福岡高等裁判所 昭和53年(行コ)2号 判決 1981年11月27日
控訴人
福岡県教育委員会
右代表者委員長
田中耕介
右訴訟代理人
国府敏男
外八名
被控訴人
城之内義観
外四名
右五名訴訟代理人
立木豊地
外一五名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの各請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
<中略>
四本件懲戒処分の適法性
進んで、本件三市教委の内申抜きで控訴人がした本件懲戒処分の適法性について、以下判断する。
1 地方自治法は、市町村を基礎的な地方公共団体とし(二条四項)、市町村を包括する広域の地方公共団体である都道府県において処理することと定められた高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校を除いて、一般的に学校の施設の設置、管理、その他教育に関する事務を市町村が処理するものと定め(二条四項、六項、三項五号)、学校教育法は、これを受けて市町村に小・中学校の設置義務を課した(二九条、四〇条)。そして、旧教育委員会法は、都道府県教育委員会と地方教育委員会(市町村の設置する教育委員会)とをそれぞれ独立した同種同等の行政機関としたうえ、都道府県が設置する学校その他の教育機関については都道府県教委が、市町村の設置する学校その他の教育機関については地教委がそれぞれ所管し(四八条一項)、各教育委員会は、その所管にかかる教職員の任命その他の人事に関する事務を行うものとした(四九条六号)。なお、都道府県教委と地教委は、教職員の任命等人事について共通する必要な事項については都道府県教委と地教委が連合して構成する協議会の全員一致の決議によつてのみ決定することができるものとしていた(五一条一、二項)。
しかし、旧教育委員会法のもとでは、右のような各教育委員会の権限及び構造から、都道府県下の教職員の人事について適正な運営が困難な事態が生ずるに至つたため、右弊害の除去を一つの理由として、昭和三一年に地教行法が制定され旧教育委員会法は廃止された。
2 右のような趣旨から制定された地教行法は、いわゆる県費負担教職員について、その身分を当該市町村の公務員とし(三七条一項、三五条)、地教委がその服務を監督する(四三条一項)こととしながら、その任命権を都道府県教委に属せしめ(三七条一項)、それに伴つて県費負担教職員の任免、分限または懲戒、給与、勤務時間その他の勤務条件については都道府県の条例で定めることとし(四二条、四三条三項)、更に都道府県教委は、県費負担教職員の任免その他の進退を適切に行うため、地教委の行うこれら職員の服務の監督または都道府県が制定する右条例の実施について、地教委に一般的指示を行うことができることとし(四三条四項)、また地教委相互の連絡調整を行うものとし(五一条)、そのうえで、都道府県教委がその任命権を行使するについては、地教委の「内申をまつて」行うものと規定した(三八条一項)。
右のような県費負担教職員に関する都道府県教委と地教委との関係からすると、地教行法は、市町村立学校に勤務する県費負担教職員の人事、特に任免その他の進退については、都道府県教委が独断で行うものではなく、服務監督権者である地教委の意思を反映させて主体的な相互の協力により都道府県単位における人事行政の適正かつ円滑な運営、あるいはまた教育の統一的水準の維持を図ろうとしたものであるというべきであり、右の趣旨にそつて解釈すれば、同法三八条一項は、県費負担教職員について都道府県教委が任命権を行使するには、原則として地教委の内申を手続的に必要としたものと解される。
判旨しかしながら、地教行法が、本来身分が市町村に属する県費負担教職員について、機関委任事務によりその任命権を地教委から都道府県教委に移行させ、かつ都道府県教委に地教委に対する指導助言、連絡調整を行うことができるとした(四八条、五一条)ほか、県費負担教職員の任免、懲戒等について制定された都道府県の条例の実施に関し、地教委に対する一般的指示権を与えている(四三条四項)ことからすると、同法は、かかる教職員の人事行政について最終責任を負う都道府県教委をして、服務上の監督権者として右人事行政について責任の一部を分担する地教委との密接な協働により、都道府県単位における人事行政に関する統一的処理を行わしめるよう意図したものであることが明らかであるから、都道府県教委の任命権の行使に地教委の内申を必要とした趣旨について、地教委の内申を任命権行使の絶対要件とし、しかもあらゆる場合において内申するか否かにつき地教委の自由裁量を認めることにより、都道府県教委の任命権の行使を地教委の内申に絶対的に拘束させようとしたものであるとは到底解することはできず、右のような人事行政に関する都道府県単位における統一的処理を要する事項について、都道府県教委から一般的指示権の行使により内申を求められた地教委は、内申をする義務があり、従つて都道府県教委の最大限の努力にもかかわらず、なお地教委が右義務に違反して内申をしない場合には、都道府県教委は、例外として内申抜きで任命権の行使ができることを許容しているものと解するのが相当である。
なお、都道府県教委の行う一般的指示とは、地教行法四二条、四三条三項に基づいて都道府県が条例で定めるとされている懲戒等の事項について、都道府県教委が都道府県単位における統一的運用を行うため地教委に対してする指示をいい、これによつて都道府県教委は地教委との協働関係を維持することが保証されているものであるから、一般制度的な指示にとどまらず、本件におけるように、都道府県教委が地教委に対し、一定の統一的な懲戒処分の方針・基準を示して、一般的にその該当者に関して処分内申を指示することも、右一般的指示に含まれるものと解すべきである。
判旨3 ところで、前記認定の事実からすると、控訴人は、本件三市教委を含む地教委に対し、県下一斉に行われた本件各ストライキについて一般的指示権を行使して内申を求めたものであるところ、本件三市教委のほか、碓井町教委、行橋市苅田町立長峡中学校組合教委のみが、控訴人において度重なる督促をして内申をうるための最大限の努力をしたにもかかわらず、最終的に内申をしなかつたものである(ただし、大牟田市教委については昭和四八年中のストライキについてのみ)ことが明らかであり、かつ、本件のように県下の教職員の大部分が地公法三七条一項に違反して一斉にストライキに参加した行為に関しては、その任命権者である控訴人としては、ストライキ参加者の処分について市町村間で不公平を生じさせないように県単位で統一処理をする必要があると解されるから、控訴人が本件各ストライキに参加した本件三市教委管下の教職員に対し、本件三市教委の内申抜きでした本件懲戒処分は、少なくとも、例外的に内申抜きで任命権の行使が許される場合に該当するものとして、結局適法のものであつたというべきである。
五本件懲戒処分の妥当性
地方公務員につき、地公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、これを行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されており、その裁量が恣意にわたることをえないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである。従つて、裁判所において右処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか、またはいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。
これを本件についてみるに、被控訴人らは、原判決別紙五記載のとおり、福教組の支部役員として本件各ストライキを指導しかつ参加したことは、被控訴人らにおいて明らかに争わないところ、被控訴人らは、地方公務員の争議行為及びそのあおり行為を禁止する地公法三七条一項に違反する違法行為を率先して重ねたものであつて、特に昭和四八年四・二七ストライキの場合は、ストライキの時間が半日に及び、その公務の停廃及びこれによる児童・生徒の教育上の悪影響は到底無視できるものではないから、ストライキに参加した教職員の懲戒処分が福岡県では他県に比して苛酷であるとの被控訴人ら主張の事情を考慮に入れても、本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものということはできない。<以下、省略>
(松村利智 原政俊 寒竹剛)