福岡高等裁判所 昭和53年(行コ)6号 判決 1980年4月22日
控訴人(被告) 熊本市長
訴訟代理人 本田正敏 鈴木芳夫 前川典和 武田正彦 南新茂 外五名
被控訴人(原告) 藤芳壽子
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり加えるほか、原判決事実摘示(原判決一枚目―記録一六丁―裏一四行目から原判決八枚目―記録二三丁―表一四行目まで。)と同一であるから、これを引用する(但し、原判決八枚目―記録二三丁―表八行目「第五号証」の次に「(但し、甲第二、第三号証は各写を原本に代えて提出)」を加える。)。
一 控訴代理人は、次のように述べた。
1 本件復興事業の概要とその経緯は、次のとおりである。
(一) 第二次大戦下の昭和二〇年七月一日及び同年八月一〇日の空襲により、熊本市の市街地中心部をはじめとする三六二・九ヘクタール(約一〇九万八〇〇〇坪)の区域が焼土と化した。
国は、全国の戦災都市の復興が急務であることに鑑み、昭和二〇年一一月戦災復興院を設置して、熊本市を含む一一五都市を戦災都市に指定し、また、特別都市計画法(昭和二一年法律第一九号、なお土地区画整理法施行法((昭和二九年法律第一二〇号))一条一号により廃止。)を制定するなどして復興事業に着手することとなつた。
熊本市においても、昭和二一年一二月四日戦災復興院告示第二四八号により、「熊本特別都市計画事業復興土地区画整理事業」として、戦災焼失区域に戦時疎開跡地及び周辺地を加えた総面積四七三・七ヘクタール(約一四三万三〇〇〇坪)の事業対象区域が決定され、都市計画法(大正八年法律第三六号、以下「旧都市計画法」という。なお都市計画法((昭和四三年法律第一〇〇号))附則二項一号により廃止。)及び旧都市計画法の特例を定めた特別都市計画法に基づく本件復興事業が行われることとなつた。
本件復興事業の施行区域は、最も復興が急がれた白川右岸の官公庁街を中心とする区域を第一地区、白川左岸と二本木町の一部を含む区域を第二地区とし、第一地区の土地区画整理設計については昭和二二年七月一九日に、第二地区の土地区画整理設計については昭和二三年一〇月二〇日に、それぞれ特別都市計画法施行令(昭和二一年勅令第四二二号)一一条に基づく熊本県知事の認可を得て本件復興事業が開始された。
(二) 戦災復興土地区画整理事業は、当初昭和二五年度完了を目途とする五か年計画の下で実施されたが、終戦後の全国的に混乱した社会状勢の下、物価の大幅な変動と諸資材の不足、加えて政府予算の都合などによつて事業収束の見通しがたたず、このため国は事業の再検討を行い、右計画は昭和二九年度まで延長された。
更に、昭和二八年と昭和三二年に熊本市を襲つた大水害は市街地を泥土で埋め尽くし、この応急対策のため本件復興事業は一時中断のやむなきに至り、その施行は困難を極めたが、昭和三〇年以降事業計画の変更や執行年度の延長を行い、更に施行面積を二九二・四ヘクタール(約八八万四〇〇〇坪)に縮小するなどして事業を早期に収束するための努力がされた(その間、本件復興事業は、土地区画整理法の施行に伴い同法三条四項の規定による土地区画整理事業として施行されることとなり((土地区画整理法施行法五条一項))、また、特別都市計画法の廃止に伴い「熊本都市計画事業復興土地区画整理事業」と改称された。)。
(三) その結果、本件土地が存する第一地区においては昭和三六年度に工事が概成し、本件復興事業で予定した道路、公園等がほぼ完成し、大部分の家屋の移転も済んで街区も整理された。
そして、第一地区では右工事概成時以前において、同地区内の権利者の大部分の者に対して特別都市計画法一三条一項による換地予定地の指定がされている(なおその際、旧都市計画法一二条二項により準用される耕地整理法((明治四二年法律第三〇号、なお昭和二四年法律第一九六号により廃止))三〇条が適用されている。)。本件従前地の権利者であつた亡藤芳太直に対しては昭和二六年九月四日にほぼ従前地の位置に換地予定地が指定された。
また、第二地区においても昭和四〇年ころまでには換地予定地の指定若しくは仮換地の指定がされ、大部分の工事を終えた。
(四) また、特別都市計画法一三条一項による換地予定地の指定は、土地区画整理法九八条一項による仮換地の指定とみなされる(土地区画整理法施行法六条。なお、旧都市計画法一二条二項で準用する耕地整理法三〇条一項参照。)ことになつたのであるが、権利者の大部分の者は、右以前からそれぞれ指定を受けた換地予定地に家屋等を移転するなどして新たな日常生活を営みつつあつた。
そして、控訴人は、右の事実を踏まえて本件復興事業を更に進展させ、右の工事概成を経た上、残された工事を実施するとともに、換地処分への準備を進めた。
しかし、一部の家屋の移転が難航するなどしたため換地処分が遅れ、第一地区(施行面積八四万八二八二平方メートル余)においては昭和四五年一二月二二日に、また、第二地区(施行面積二〇七万五三九一平方メートル余)においては昭和五〇年三月までに、それぞれ換地予定地(仮換地)のほとんど大部分をそのまま換地とする換地処分をすべて完了し、本件復興事業はここにようやく全施行地区(最終の権利者数は五九七三名)について収束を見るに至つた。
(五) 本件復興事業により、幹線道路延長一万六二六八メートル、区画街路延長五万八〇九〇メートル、公園緑地三七か所(面積合計一三万三九五九平方メートル)及びその他の公共施設(面積合計三万九四四六平方メートル)が整備されるに至つたが、その事業費には建物(三七四一戸)等の移転等に六億一〇〇〇万円、築造工事等に五億二〇〇〇万円、その他に一一億二〇〇〇万円、合計二二億五〇〇〇万円を要した。
2 本件復興事業における清算金の本質は、次のとおりである。
(一) 本件復興事業における清算金の算定に当つては、いわゆる路線価式評価方法及び比例清算方式が採用された。
右の算定方法は、本件復興事業によつて施行地区内にもたらされた宅地の利用価値の増進(数値的には換地によつて各権利者が得たところの路線価から算出される各筆の宅地指数の増加数として表わされる。)を一定時点において金銭に換算し、これを各権利者に平均的に分配しようとするものであり、要するに、各権利者が得た各筆の宅地指数の増加数に応じて、平均よりも多い者から清算金を徴収した上、これを平均よりも少ない者に交付しようとするものである。
そして、右に述べた清算金制度の目的に照らすならば、清算金の算出に際して把握の対象となるべき土地の価値は、土地区画整理によつてもたらされた利用価値の増加分であつて、取引価格(交換価値)のそれではなく、しかも、それは、土地区画整理による利用価値増加のアンバランスが顕在化する時期である工事概成時において把握するものとすることが土地区画整理法の解釈として合理的であるというべきである。すなわち、土地区画整理事業は、公共施設の整理改善及び宅地の利用増進という公益の実現を目的とするものではあるが、同事業に伴う換地処分が私有財産権を制限する側面を有することに鑑み、土地区画整理法(以下「法」という。)は右換地処分による私有財産権の制限が許容される限度について特に定めを設け、右換地処分はいわゆる照応の原則に適合するものでなければならないとした(法八九条一項)。そして、この照応とは、他の土地と無関係に当該土地の換地の前後を通じてその利用価値に係る状況がほぼ同一であればよいというにとどまらず、各換地相互の相対的価値に係る均衡という観点からの照応をも含むものである。照応の原則に適合しない換地処分は違法であり、後記の清算金の交付によつて適法になることはない。
ところで、照応の原則に適合し、したがつて適法な換地処分であつても換地設計の技術上の制約等から従前地の利用価値に係る状況と換地のそれとが完全に一致することは一般にあり得ない。
しかし、右の程度の不均衡は、健全な市街地の造成という土地区画整理事業の目的(法一条)に鑑み、財産権に本来内在する制約として受忍すべきものであり、この意味において、右の程度の不均衡については、本来、憲法二九条に基づく補償の問題を生ずる余地はない。右の程度の不均衡をも是正することを要するか否か、そうとすればその是正をどのような方法によつてするかは純粋に立法政策の問題であるが、法は、更に権利者相互間の公平を図るためその相互間における清算金の徴収・交付という是正方法を採用したのである(法八七条一項三号、九四条、一一〇条)。換言すれば、法九四条の清算金の徴収・交付の制度は、従前地と換地が照応し、したがつて適法な換地処分であることを前提とした上で、照応の原則に違反しない程度の若干の各換地相互の不均衡を是正するための制度である。
(二) ところで、法は清算金の具体的算定方法については、何ら規定するところがない。したがつて、どのような算定方法が合理的であるかは、清算金の本質・目的に照らし考察する必要がある。
法九四条は、換地がなされる場合に限らず、換地不指定の場合(法九〇条、九一条三項、九二条三項、九五条六項)にも清算金による清算を要する旨規定し、両者の場合の清算金の性質について特に区別をしていないように見えるが、清算金の実質は、両者の場合において基本的性質を異にするというべきである。すなわち、後者の場合、本来照応の原則の適用の余地はないし、また、事業遂行のために土地を提供したような結果になるから、交付される清算金は、土地の喪失に対する補償としての実質を有することになる。これに対して、前者の場合の清算金は、さきに述べたように、照応の原則に適合した後に残る若干の価値的不均衡を是正するものであり、土地の一部喪失に対する補償という意味を全く有していない。換地が従前地に照応する以上、土地区画整理事業制度の仕組みの中においては、土地自体の過不足はないとみることができ、その後に残る不均衡は、いわば計算上現われる価値の凹凸にすぎないといつてよい。土地の交換価値は、土地区画整理による利便の増加という要因のみならず他の多くの要因によつて変動増加するものであり、土地の交換価値の増加分が、即土地区画整理による利便の増加によつてのみ生じたとするのは相当でないだけでなく、土地区画整理による利用価値の増加分は、工事概成時までに既にその価格に反映されているというべきであり、その後における土地の価格の上昇はむしろ他の要因によるとみるのが相当だからである。しかも、本件復興事業においては、工事概成時以前に大部分の権利者に対して換地予定地が指定され、その時点から従前の土地に対する使用収益権限が換地予定地(仮換地)に移転しているのであり(特別都市計画法一四条一項、土地区画整理法九九条一項)、かつ、右換地予定地の大部分がそのまま換地に移行している(本件換地も同様である。)のであるから、既に換地予定地指定の時点において実質的な交換分合があつたといえるのである。
(三) 本件清算金は、減歩に対する補償金ではなく、換地相互間の利用価値増進の不均衡を金銭的に是正するという性格のものであるのに対し、減価補償金は、宅地の総価格が事業施行により減少した場合に一面では施行者が権利者全員の損失において総価格の減少額に相当する宅地を収用したのと同じ結果となるので、この損失を補償するという性格のものであり、この点で清算金と減価補償金とは区別されるのである。
そして、本件復興事業においては、施行後の宅地の価額の総額は、施行前の宅地の価額の総額よりも大幅に増加している(第一地区内における従前の宅地の評定価格総額が一億三二五一万二八一・六一個であるのに対し、換地の評定価格総額は一億七八〇五万三六八二・五〇個である。)のであるから、損失補償ないし減価補償金の問題を生じる余地は全くない。
3 本件における路線価指数単価の算出方法に合理性があることは、次の理由からも明らかである。
(一) 第一地区における清算金を算定するに当たり、徴収清算金が本件復興事業の総事業費を上まわる額となる路線価指数単価が算出されるような方法に合理性を認めることは到底できないというべきである。
(二) 土地区画整理事業はその着手から完了まで長期間を要するところ、権利者の利益を配慮するならば、清算金額の早期確定は望ましいところであり、土地区画整理法九四条が、仮換地前に定められることを本則とする換地計画において、清算金額を定めなければならないとしているのもその趣旨に出るものと解される。原審のように、換地処分時の適正な取引価格に相当する清算金でなければならないものとすることは、換地処分の段階に至らなければ清算金が適正であるか否かの判断ができないこととなるから、清算金の被徴収者である権利者の地位を著しく不安定にし、更にはその者から換地予定地(仮換地)を取得した者に対し、その者にとつては正に予想外に高額の清算金の支払義務を生じさせることともなり、ひいては、土地流通の阻害要因ともなりかねない。特に本件復興事業におけるように、土地区画整理事業の工事概成後においても一部の家屋の移転が難航するなどの事情により換地処分までに更に長年月を要することがやむを得ないこととなる場合もあるのであつて、そのような場合に工事概成後換地処分時までに生じた土地の値上り分を含めた清算金を支払わせることは、土地区画整理事業に協力した権利者に対してはなはだ酷な結果となることは明らかである。
(三) また、前述したとおり、土地の取引価格は土地区画整理事業施行による宅地の利用価値増加という要因だけでなくそれ以外の多くの要因によつても形成されているのであつて、店舗等への投資等権利者自らの努力による地価の上昇も無視することができない。このように私人の努力による地価の上昇もすべて土地区画整理事業による地価の上昇に還元し、清算の対象に含めることにより清算金の大幅な増加をもたらすことは、権利者の保護に欠けるところがあるといわなければならない。
(四) 清算金をいつの時点を基準として算定すべきかについて法は何ら明文の規定をおいていないが、清算金が事業施行によつて増進された利用価値の不均衡を是正するものであるならば、その基準時は、おのずから、その利用価値の不均衡が顕在化した時点ということになるはずである。本件事業にあつては、昭和三四年までに仮換地がほぼ終了し、昭和三六年の時点で工事がほぼ完成(家屋移転工事約九八パーセント、道路工事約九四パーセント、公園・緑地工事約八〇パーセント)したので、控訴人は、この時点を、事業施行の効果が施行区域全域に実現し、利用価値の不均衡が顕在化した時とみて、清算金算定の基準時としたのである。
もつとも、法一〇四条七項は清算金は換地処分の公告日の翌日に確定する旨規定するが、これは、必ずしも、清算金の算定基準時が換地処分時であることを意味しない。ここにいう「確定」とは清算金の徴収・交付の権利義務がその時に具体化することであつて、右の確定時と算定基準時とを同一に解すべき論理的必然性は何ら存しない。さきに述べたように、利用価値の不均衡は工事概成時において顕在化するのであるから、その時に清算を行うべき状況が現出したといえるが、この意味においては、この時点で清算金に関する抽象的な権利義務が発生し、それが換地処分の公告によつて具体化するとみることもできよう。このような理解に立つと、法一〇二条の仮清算の制度が説明しやすい。
また、法は、換地計画において清算金額を明示することを要求している(法八七条三号)が、仮換地に先立つて換地計画が策定される場合をも予定しており(法九八条一項本文後段)、他方、換地処分は工事が全部終了した後でなければ原則としてすることができないとしている(法一〇三条二項)のであるから、清算金額が定まつてから換地処分に至るまでに相当の時間的間隔のあることを当然に予定している。このような場合、換地処分時を基準時として清算金を算定するということはそもそも不可能を強いることになるのであつて、それより相当前の時点を基準時として算定しなければならないことになるはずである。
このようにみると、算定基準時を工事既成時とし、その時点での評価を換地処分時に相応するように修正して清算金を算定する控訴人の算定方法には十分合理性があるというべきである。
(五) 清算金は、さきに述べたように、利用価値の不均衡を是正するものであるが、その算定に当たつてどのような方法によつて土地の評価を行うか、具体的には、指数単価をどのような評価に基づいて金銭的に表現するかが問題となる。ひとくちに土地の評価といつても、様々な観点からの様々な方法があり、そもそも、土地のいかなる価値を評価するかによつてその評価方法もおのずから異なり得るのであり、土地の評価が常に時価ないし取引価格を意味しなければならないということはない。本件清算金を算定するために必要とされる土地の評価は、前述したように土地の利用価値の評価であり、したがつて土地の利用価値を把握するための評価は、土地の時価ないし取引価格とは当然異なつたものとなるはずであり、土地のもつ収益性の観点からの評価、換言すれば、継続的に土地を使用・収益することを基礎として生ずる価値を表わす評価であるべきである。
このような観点からの評価として最も代表的な公的評価は、いわゆる固定資産税評価額である。すなわち、固定資産税は、収益的財産税であつて、その課税客体たる固定資産とは使用・収益するところに財産価値が見出されるものであり、したがつて、その課税標準は収益価格としての評価であるとされている。してみると、指数単価算定の基礎として依拠すべき土地評価としては固定資産税評価額が適当ということができる。
次に、昭和三六年時点での評価に対する修正方法の合理性についてであるが、一般的な利率の程度等を勘案すると、右時点での評価に換地処分時までの年利六分の複利計算による金額を加算した控訴人の修正方法は合理的である。ここで留意すべきことは、右の修正は土地の時価ないし取引価格の上昇率に応じたものである必要はないということである。土地の評価は昭和三六年を基準時として固定した上でなされているのであるから、その時点での評価に換地処分時までの一般的な利率の程度等に見合う修正がなされれば足りるからである。
(六) ところで、清算金算定の基礎になる土地評価に当たつては、土地区画整理事業の特質、清算金の本質に由来する、次のような理論上、実際上の要請あるいは制約が存する。
<1> 宅地の利用価値が的確に判定できる評価であること。
<2> 事業施行による宅地の利用増進の程度を評価するものであるから、従前地と換地の利用価値の相対的比較を可能ならしめる評価であること。
<3> 清算金は権利者間の公平性の保持が第一義的な目的であり、その徴収と交付とは表裏の関係にあるから、そのための土地評価は、徴収される立場及び交付を受ける立場の双方の立場の各権利者を納得させられるようなもので、公正かつ公平なものであること。
<4> 多数の従前地及び換地について同一時点で公平かつ迅速な評価が可能なものであること。
右の各要請あるいは制約に照らしても、本件清算金の算定方法が極めて合理的であり、かつ妥当なものであるということができる。
なお、仮に原判決にいう「適正な取引価格相当額」の意味を「客観的な取引価格」と解した上で、原判決のいうような算定方法によるならば、本件換地処分時における事業施行区域(本件換地処分のあつた地区。以下同じ。)の客観的取引価格は一平方メートル当たり約九五、〇〇〇円と推定されるところ、これは清算価格の事業施行区域内平均価格一平方メートル当たり七、五六五円の約一三倍に相当し、事業施行区域内の各権利者は平均二二・六パーセントの減歩を受けた上、清算金を徴収される者は一人平均約三四〇万円という高額の徴収を受けることになり、これでは土地区画整理事業の円滑な遂行が全く不可能となることは火を見るよりも明らかである。そして、このような不都合は、原判決のいうように換地計画が照応の原則に適合しているか疑問があることから生ずるのではなく、そもそも原判決のいう算定方法に無理があることを示すものにほかならない。
ちなみに、本件においては、本件換地が存在する街区(施行地区三四ブロツク、施行後の水道町九番)内の各筆(現地換地のもの)について減歩と清算金との関係を見ると、別表に記載したとおりであり、被控訴人が他の宅地権利者に比べて特に不利益な取扱いを受けたものでないことは明らかである。
(七) 土地区画整理法は、施行者が清算金を定めようとする場合において、土地等の価額の評価につき評価員の意見を聞かなければならないと規定する(六五条三項、七一条)ほかは、清算金の具体的な算定方法については何ら規定していない。つまり、法は、施行者が清算金額決定処分を行うに当たり、ある特定の算定方法によらなければならないという一義的な定め方をせず、いかなる算定方法によるかは、これを施行者の裁量に委せている。
その結果、土地区画整理事業における清算金の算定方法として多くの方法が提唱されており、また、本件と同様の戦災復興土地区画整理事業に限つても現に種々の算出方法が採用されているのである。
しかるところ、控訴人が本件清算金決定処分を行うに当たり採用した清算金の算定方法は、土地の評価時点(工事概成時)、一点当たり単価の算出根拠(固定資産の価格=いわゆる固定資産税評価額)、時点修正(換地処分時までの年六分の複利計算)、評価方法(路線価式評価方法)、清算方式(比例清算方式)等のいずれをとつてみても全国の戦災復興土地区画整理事業における清算金の算定方法のうちの最も代表的な手法である。
すなわち、控訴人は、本件清算金決定処分を行うに当たり、何も特異な清算金の算定方法を採用したわけではなく、全国的に見て最も代表的な手法による清算金の算定方法を採用しているのであつて、この点について違法の評価を受けるいわれはないのである。
また、本件における一点当たり単価二二円五〇銭についても、他の戦災復興土地区画整理事業における一点当たり単価と比較すれば、決して不当に低いという評価を受けるものではないことは明らかである。ちなみに、乙第一五号証の二(回報書)の<7>記載の群馬県の事業は、その工事概成時、換地処分時及び清算金の算定方法において本件事業(右回報書の<60>)と軌を一にしており、かつ、その施行地は県庁所在地である前橋市であるが、その一点当たり単価は七円四九銭であつて、これに比べれば本件事業における一点当たり単価二二円五〇銭は、はるかに高額である。
4 被控訴人の後記主張に対する反論は、次のとおりである。
(一) 被控訴人は、交通量の増大や付近にできたトルコ風呂のこと等を挙げて、本件換地によつて土地利用の増進はなかつた旨主張する。
しかしながら、区画整理による土地利用の増進とは、当該事業の結果直接に生じた区画の形質変更及び公共施設の新設又は変更に基づくものに限られることは明らかであり、被控訴人の指摘する付近における現象は、事業の結果直接に生じた現象であるということはできないことは明らかであるから、それらが事実上宅地の利用に影響を及ぼすからといつて、換地自体が照応性に欠けるとか、当該事業自体によつて損失を被つたということはできない。また、被控訴人は、本件従前地上の家屋の部屋、便所、台所部分を減歩により取りこわさざるを得なくなつたと主張するが、この点に関しては、法七八条で別途補償されたものであり、本件換地の利用増進の有無とは直接関係がない。本件事業の結果についていえば、付近の道路の拡張や公園緑地の新設等により、宅地の安全性や快適性が向上して関係宅地の利用価値が増大したことは明らかである。
(二) 被控訴人は、本件清算金は換地処分が照応の原則に適合しないために生じた損失を補償する性質を有する旨主張する。
しかしながら、本件清算金は、従前地と換地とが照応する適法な換地処分を前提とした上で、照応の原則に違反しない程度の権利者間の若干の利用価値の増進の幅についての不均衡を是正するものであり、被控訴人が主張するような意味における不当利得金の徴収とか損失補償金の支払という性質を何ら有しないことは明らかである。
これに対して被控訴人が主張するところに従えば、本件におけるように従前地の価値を上まわる換地の配分があつた以上は、損失と見るべきものがないのであるから、その配分の全体に対する割合のいかんを問わずに清算金の交付を受ける余地がなくなるという、はなはだ権利者の保護に欠ける不平等な取扱いが是認されることになり、土地区画整理法九四条の趣旨に反する結果を生じることになろう。
(三) 被控訴人は、減価補償金に関する法改正の経過に照らすと、本件のように二六・五パーセントもの減歩を行つてこれに対する交付金が補償金の実質を有するものではないとするのは失当である旨主張する。
しかしながら、被控訴人の右主張は次のとおり失当である。
すなわち、土地区画整理事業により、整理後の単位当たりの宅地価額が上昇するにかかわらず、事業施行後の宅地価額の総額が施行前のそれより減少する場合があるが、この場合には、宅地権利者に損失を与えることになるので、補償をしなければならない。これが法一〇九条の定める減価補償金である。つまり、特別都市計画法(昭和二一年法律第一九号)一六条一項の規定の趣旨が現行の法一〇九条に承継されたものである。
要するに、法改正の経過について被控訴人が述べているのは、この減価補償金についてのことであり、本件で問題とされている清算金とは何ら関係がないのである。
更に、被控訴人の主張する税制上の特例は必ずしも清算金が補償金としての性格をもつているということとは結び付かない。すなわち、これら税制上の配慮は、個人の有する資産が本人の意思にかかわりなく強制的に換地処分されることに注目し、公共事業を円滑に推進するためその資産に対して税制上の特例を設けたものであつて、当該金員が補償金であるか否かとは直接関係はない。
土地区画整理事業の換地処分の中心をなすものは、施行地区内の土地を整然と区画し、従前の土地についての権利関係をそのまま従前の宅地に照応する整理された換地の上に移行させることであるから、公益事業のため起業者が目的物の所有権を取得し、従前の権利者の権利が消滅する代わりに、これに対して金銭的補償をする公用収用ないし任意買収とは本質的に異なるものである。したがつて、公用収用ないし任意買収される土地の評価が完全な自由市場を前提とするいわゆる「正常な取引価格」で評価され、これに基づいて損失補償が行われるからといつて、本質を異にする換地処分の清算金がこれと同じ価格によらなければならないという理由はない。これまで控訴人がくり返し述べているとおり、本件清算金は、権利者相互間の宅地の利用増進の不均衡を是正するための交付金であり、減歩や従前の宅地に照応しない部分について補償するという性質のものではないのであつて、被控訴人の損害に対して支払われた損失補償金ではないのである。
(四) 被控訴人は、換地処分時の時価を基礎として清算金を決定しなければ、換地処分時より前に従前地を売却した者が時価相当の収入を得られるのに対し、右時点までに従前地を売却しなかつた者は、減歩された土地について時価で売却した場合の得べかりし利益を清算金との差額において喪失することになる旨を主張するが、右の主張は、次に述べるとおり失当である。
すなわち、第一に、被控訴人の右主張は、本件清算金を減歩に対する損失補償として捉えている点で根本的な誤りを犯すものである。
第二に、従前地の売買といつても、買い受けた後に実際に使用収益できるのは換地予定地(仮換地)であり(特別都市計画法一四条一項、土地区画整理法九九条一項)、通常の場合のように(本件も同様である。)換地予定地(仮換地)がそのまま換地処分されれば、それが買い受ける目的の土地になるわけであるから、換地予定地(仮換地)が指定された後に従前地を売買するということは、とりもなおさず将来換地処分によつて取得される換地を売買するということにほかならない。したがつて、宅地売買の時点が換地処分の前か後かによつて被控訴人が主張するような不公平を生じることはない。
(五) 被控訴人は、清算金算定の基準時を工事概成時とするのであれば、清算金額の決定時も換地計画ないし換地処分時ではなく、工事概成時にすべきであつた旨を主張する。
しかし、被控訴人の右主張は、次に述べるとおり失当である。
すなわち、清算金額の決定が換地計画においてなされるべきことは、土地区画整理法九四条の明定するところであるから、控訴人が換地計画において清算金額を定めたことについては何らの違法もない。また、清算金算定の基準時をもつて清算金額の決定時としなければならないとか、逆に、清算金額の決定時をもつて清算金算定の基準時としなければならないという論理的必然性は全くない。
(六) 被控訴人は、清算金算定の基礎に不当に低い固定資産税評価額を用いることは許されない旨を主張するが、右の主張も次に述べるとおり失当である。
すなわち、被控訴人の右主張は、本件清算金が減歩に対する損失補償金の実質を有するから、その金額は実際の取引価格相当額でなければならないとする前提に基づくものであり(したがつて、固定資産税評価額が不当に低いというのは、実際の取引価格又は現実の時価との比較においての意味であると理解される。)、右の前提自体が誤りであることは控訴人において既に指摘してきたとおりである。
これを要するに、本件清算金は、宅地の利用増進の受益の不均衡を金銭的に是正するものであるから、本件清算金を算出するための宅地の評価は、宅地の利用価値を把握するための評価、換言すれば、継続的に宅地を使用・収益することを基礎として生ずる価値を表わす評価であるべきであり、このような観点からの評価として最も代表的な公的評価は、固定資産税評価額である。つまり、固定資産税は、いわゆる収益的財産税であり、その課税対象である固定資産は、その交換価値を目的としてではなく、これを使用、収益する価値に着目して所有されるものであるから、固定資産税評価額、すなわち地方税法三四一条五号にいう「適正な時価」とは、固定資産を処分するときの価格ではなく、その現況において再取得する場合の価格をいうものと一般に理解されているのである。
したがつて、控訴人が本件清算金を算定するに際し、固定資産税評価額を基礎として指数単価の算出を行つたことには合理性があると言うべきである。
(七) 被控訴人は、本件清算金算定に用いられた手法の全国的な位置付けが違法判断の上で無意味である旨を主張する。
しかし、被控訴人の右主張は、次に述べるとおり失当である。
すなわち、控訴人が本件清算金算定に当たり用いた手法が、全国的規模で同時期に施行された戦災復興土地区画整理事業のうち最も代表的な手法であるということは、第一に、本件復興事業における各権利者が原告も含めて他の大部分の事業における権利者と比較して不公平、不平等な取扱いを受けたわけではないこと、第二に、右の手法が全国の事業における施行者や権利者など多数の関係人の大方の納得の下に長年にわたり実務に定着しており、右の手法の合理性が一般に認められていること、を端的に示すものであり、本件清算金決定処分の違法性の有無を判断するに当たつての重要な資料となるべきものである。
二 被控訴代理人は、次のように述べた。
1 一1の控訴人主張事実を認める。
2 一2の控訴人主張事実のうち、本件復興事業における清算金の算定に当たつていわゆる路線価式評価方法及び比例清算方式が採用されたことを認めるが、その余は争う。
控訴人は、本件区画整理事業により宅地の利用増進がはかられたとして評定価格の比較を根拠に、被控訴人が同事業の施行の前後を通じて財産上の損失を被つていないと主張するけれども、本件土地は、区画整理前は知事公舎に隣接し静かな住宅街に存していたが、区画整理によつて一三三・〇二平方メートルも減歩となり、同地上家屋の部屋、便所、台所部分を取り壊わさざるを得なくなつた上、右土地に接する道路幅に変更がないのに交通量が増大し、隣接地においてトルコ風呂の経営までがなされ、区画整理前に比して環境の悪化こそあれ利用が増進された点はない。そして、区画整理による地価の上昇は居住者にとつて直接土地利用の増進につながらない。
旧特別都市計画法(大正一二年法律五三号)八条は、土地区画整理施行後の宅地総面積が施行前の宅地総面積より一割以上減少するときは、その一割を超える減少部分について補償金を交付すると定め、また、特別都市計画法(昭和二一年法律一九号)一六条も右と同様に面積が一割五分以上減少したときは、その一割五分を超える減少部分について補償金を交付する旨定めていたのであつて、その理由は、いずれも土地区画整理事業の施行によつて面積が減少しても通常右割合程度の価額が増加するから、その減少部分を無償で公共施設用地にしても土地の権利者に損失がなくその権利を侵害したことにはならないとの考えによるものである。しかし、旧特別都市計画法については当時一割無償提供につき旧憲法二七条に違反するとの理由で相当な反対があり、特別都市計画法施行後も現憲法二九条違反の点で問題となり、遂に昭和二四年一月二六日法務調査意見局長官から建設次官に対し、一割五分以内の宅地無補償の規定は違憲であるから改正されるようにとの勧告がなされ、法改正がされた経緯がある。このような経緯に照らすと、本件のように二六・五パーセントもの減歩をし、これに対する交付金が補償金の実質を有しないとするのは強弁とのそしりを免れない。土地区画整理法八九条は、照応の原則を定め、そのなかで地積の照応も当然としており、減歩なる文言は同法のどこにもみられないから、減歩は本来例外的にあるいは極めて謙抑的になされるべきである。
土地区画整理事業の施行による換地処分に伴い、換地とともに清算金を取得する場合には、従前の土地のうちその清算金に対応する部分について譲渡があつたものとして譲渡所得の課税が行われるが、この場合は土地収用法に基づく収用対象事業のために土地等が買い取られる場合と同様にその清算金対応部分について三〇〇〇万円の特別控除の適用を受けるか、あるいはその清算金で他の代替資産を取得して取得価額の引継ぎによる課税の繰延べの特例の適用を受けるかのいずれかの選択適用が認められる(租税特別措置法三三条、三三条の四)。このことも清算金が補償金としての性格をもつていることをあらわしているものといえる。
また、控訴人は、従前地の評定価格より換地の評定価格が高いことをもつて照応の原則に適合している旨主張し、その算定の基礎となる路線価が七五個から一二五個へ増加しているとしているが、路線価をもつて区画整理後の最高価格路線の路線価を一〇〇〇個とした場合の相対的な価値を示す指数とするだけで、右の路線価七五個及び一二五個についてそれ以上の説明はないから、それが適正であるか否かを判断する材料はなく、したがつて、単に評定価格の比較によつて単純に照応の原則に適合すると断ずることはできない。のみならず、本件区画整理においては減価補償金の交付がなかつたから、控訴人の主張からすれば、すべての人に照応の原則の適合があつたことになり、清算金の交付、徴収の根拠が失われる。すなわち、控訴人の主張からすれば、すべての対象者に関し従前地の価値を上まわる換地の配分がなされたことになるから、すべての人から上まわつた価格を不当利得として清算金を徴収するならば格別、そうしないで清算金の徴収、交付という方式をとることは自己矛盾となる。なんとなれば、清算金の交付を受ける者は不当利得を更に増加することになり、それを懲収される者は本来徴収されるべき以上のものを徴収されるという結論になるからである。
3 一3の控訴人主張事実のうち、本件換地についての減歩と清算金との関係が控訴人主張のとおりであること、本件清算金算定の基準時が工事概成時の昭和三六年であつたこと、清算金の算定方法として控訴人主張の方法がとられたことを認めるが、その余は争う。
土地区画整理事業区域内の土地所有者は清算金の告知を受けるまで従前地を時価で処分することが可能であり、また、それは当然の権利である。このため清算金の告知以前に従前地を売買した者は時価相当の収入を得るのに対し、売買しなかつた者は、減歩された土地について時価で処分した場合の得べかりし利益を、清算金との差額について喪失したこととなるのである。
してみれば、清算金の告知時(本件では昭和四五年の換地処分時)における時価が当然、清算金決定の基礎とならなければならない。
控訴人も認めるとおり、土地区画整理事業以外に多くの要因で土地の価格は上昇する。そして、その上昇した利益が土地所有者に帰属することはこれまた論理上当然のことである。土地区画整理事業による価格の上昇は必ず生ずるということもできないし、また、仮に生じたとしても換地処分時までの価格の上昇全体に占める割合は他の要因の方が圧倒的に大きい。この利益は当然土地所有者に帰属するのである。
本件における清算金の決定時は、換地計画の作成及び換地処分の行われた昭和四五年に至つてからのことであり、まさに換地処分の段階に至つてはじめて清算金が決定されているのである。控訴人のいうように工事概成時を基準時とするのであればその時点において清算金を決定すべきであつた。それを換地処分時においてようやく清算金を決定しておきながらその基準時を九年前にもつていき、かつ、不当に低い固定資産税評価額を用いることは到底許されることではない。
控訴人は、本件の清算金算定に用いられた方式が代表的であることをもつて違法の評価を受けるいわれはないとのべているが、代表的であるか否かが法に適合するのか否かを判別する基準とはならないことは明らかである。控訴人の議論は本末転倒というほかはない(また、控訴人の調査によつても固定資産税評価額によらない例、工事概成時によらない例、時価による例などがみられる。)。
なお、清算金を換地処分時の適正な取引価格で算定すれば、全国の戦災復興事業における清算金の総額は莫大となり徴収も過大となるとのべているが、そうであれば原判決がのべるとおりまさに照応の原則に適合しているかが疑問となつてくるのである。
また、徴収金と交付金を同額とする比例清算方式をとらなければならないという根拠もなく(いかなる方式をとるか自由であることは控訴人も主張するところである。)、右の結果は、比例清算方式自体が清算金算出方法として不適当であることを示すものである。
減少をうけ、なおかつ徴収金を課せられる事態が生じていることは、右方式が完全に破綻していることを示すものである。
また、本件において清算金を適正に定めることが、徴収金の増加をきたしたり、これまで行われてきた換地処分を否定することにつながらないことは、わが国の法制上当然の事柄である。
控訴人は、前叙一3(六)で清算金算定の制約を挙げているが、<1>ないし<3>の制約はいずれも清算金の本質に対する誤つた基本的認識から出発しており、<4>の制約については土地の正常な取引価格をもつて補償の基準とする土地収用や任意買収の原則に照らして固定資産税評価額を基礎とするのは妥当でない。本件のように客観的取引価格の一三分の一の価格を基準にすることこそ問題といわねばならず、客観的取引価格を基準にすると、平均二二・六パーセントの減歩をうけたうえ清算金約三四〇万円が徴収される結果を来たすような算定方式こそ是正されなければならない。
固定資産税の評価は、昭和三九年度から新しい方法に改められている。それ以前においては、自治大臣の示す固定資産評価基準に準じて行うものとされていた。しかし、実際にこの基準によつていた自治体は、全体の三分の一ほどであり、残りは賃貸価格を基準として評価するなどまちまちであつた。そのため、市町村間でしだいに評価の不均衡が拡大されてきた。また、地価の騰貴にもかかわらず評価水準の引上げも行われていなかつた。こうしたことを理由に、統一的な新評価の必要がいわれるようになり、固定資産評価制度調査会にこれがはかられたのである。この調査会答申は昭和三六年三月に行われ、これに基づいて、昭和三九年度から新しい評価基準による統一的な新評価が行われたのであつた。
この昭和三九年度の評価替えによつて宅地の評価は約六・五倍に引きあげられることになつた。現在においても固定資産税評価額は取引価格に比して低額であることは公知の事実であるところ、昭和三八年以前の固定資産評価額はそれにもまして、きわめて低額であつたのである。それを基準にして一〇年間の複利率として一・六倍のみを乗じて修正した数値をもつて算出の根拠とする方法は到底正当といえないことは明らかである。
三 証拠<省略>
理由
一 本件復興事業の概要とその経緯が控訴人主張のとおりであること、本件各従前地がもと亡藤芳太直の所有であつたが、同人が昭和四三年八月七日死亡したので被控訴人が相続によりその所有権を取得したこと、控訴人が本件整理事業の施行に伴い本件各従前地の登記簿上の所有名義人であつた藤芳太直宛の昭和四五年一二月二二日付通知書をもつて本件各従前地の換地として本件換地を指定する旨の本件換地処分をすると同時に右換地処分に伴う清算金の交付金額を九万四、八七九円と定める本件処分をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 控訴人が熊本都市計画事業復興土地区画整理事業施行規程二二条一項に基づき権利価格と本件換地の評定価格との差額をもつて本件清算金の交付金額としたことは被控訴人が明らかにこれを争わないから自白したものとみなすべく、権利価格の算定にあたつては控訴人主張のいわゆる比例清算方式が採用されたこと、本件整理事業施行地区内の土地を評価するにあたつて控訴人主張どおりの路線価式評価方法が用いられ、土地の評価指数を円単位に換算するにあたつては右施行地区内の工事概成時である昭和三六年当時の固定資産税価額に基づき算出する方法が採られたことは、当事者間に争いがない。
そこで、本件清算金の本質、路線価式評価方法の合理性、土地評価にあたつて工事概成時の固定資産税価額を基準とすることにつき争いがあるので、これらの点について順次判断する。
1 まず、本件清算金の本質につき判断する。
土地区画整理は、都市計画区域内の一定範囲の土地を健全な市街地に造成するため、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図ることを目的として、土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する工事をするものであつて(土地区画整理法二条一項)、当該施行区域内の土地を一団とみなし、これから必要な道路、公園、広場等の公共施設の用地をまず控除したうえ、残地の区画形質を整然とし、整理前の宅地の権利関係を原則として整理後の宅地(換地)に移行せしめるのである。そして、換地は、従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等に照応するように定められなければならないが(同法八九条一項)、具体的な土地区画整理事業においては、公益上の必要及び換地設計上の技術的理由から、換地相互間に若干の不均衡が生ずることはやむを得ないところであつて、その不均衡を金銭でもつて是正しようとするのが清算金の制度であると解される(同法九四条参照)。この場合において、最も公平に換地指定されるべき換地各筆の価額と現実に指定された換地各筆の価額とを比較し、後者が大となる場合に両者の差額が当該従前の土地の権利者から徴収されるべき清算金であり、逆に後者が小である場合に両者の差額が交付されるべき清算金となる。
しかし、換地不交付となつた土地や創設換地された土地、また、適正化により増換地又は強減歩を受けた土地については、換地照応の原則の適用外にあつて、著しく損失を受け又は利益を得るものであり、不均衡是正という前叙の清算の特質になじまないから、実質的には損失補償金の支払又は不当利得金の徴収として処理するのが相当である。
そして、成立に争いのない乙第一三号証によると、本件換地が存在する街区(施行地区三四ブロツク、施行後の水道町九番)内の各筆(現地換地のもの)についての減歩は、別表記載のとおりであることが認められるから、本件換地は強減歩を受けたものということができない。
さすれば、本件清算金は、本件整理事業の施行による宅地の利用増進という事業効果を同事業施行地区内の宅地等の権利者に配分した場合に生ずる不均衡を是正するためのものであつて、損失の補償としての性格を有さないと解するのが相当である。
2 本件整理事業における土地評価について採用された路線価式評価方法が合理的であるか否かにつき判断する。
路線価式評価方法とは、宅地の価格を求めるにあたつて、まず街路に面した標準的な宅地の価格、すなわち路線価を想定し、これを各街路に沿つて布設し、次に具体的な宅地につき標準的な宅地と異つた個別的属性に応じてこの路線価を修正することにより、その価格を求めようとするものであり、宅地としての利用価値を街路、接近、宅地の三係数に分解し、それぞれごとに各条件を客観的数値表により計算する方法である。路線価式土地評価方法は、土地区画整理事業施行地区内における各宅地の相対的価格差及びそれらの宅地の右事業前後の相対的価格差を、各宅地の有している条件あるいは将来有することになる条件と関連づけて、統一的かつ合理的に秩序立てて把握せんとする方法で、その科学性は広く認められていて、固定資産、相続財産の評価等にも採用されており、また、成立に争いのない乙第一六号証の二によると昭和四〇年以降に換地処分が行われた全国の戦災復興事業の全部が評価方法として路線価式評価方法を用いていることが認められるから、土地区画整理における清算金の算定のための土地の評価について右の方式によることは、土地区画整理法九四条の趣旨にかなう合理的な方法というべきである。
3 本件整理事業における土地評価にあたつて工事概成時の固定資産税価額を基準とすることの当否につき判断する。
土地区画整理事業の施行地区内において、工事が概成するとほとんどすべての仮換地につき使用収益が開始されて利用増進の度合いが顕現化する。そして、時が経過するにつれて土地区画整理事業以外の要因により利用状況も変化し、評価の要素も変わるので、土地の評価に区画整理事業以外の要因を排除するために、工事が概成した時点で清算金算定のための土地の評価をするのが合理的である。工事概成時と換地処分時とが異なるときは、工事概成時に仮清算をすることが望ましいが、仮清算をしなかつた場合には、工事概成時から換地処分時までの年六分の利率による復利加算をして時点修正をするのが相当である。交付清算金及び徴収清算金は、前叙のように換地相互間の不均衡を是正するためのものであるから、右清算金算定のための土地の評価額は、時価による必要はなく、施行地区内の権利者の相当数が納得する固定資産税評価額でもさしつかえないというべきである。ちなみに、前掲乙第一六号証の二によると昭和四〇年以降に換地処分が行われた全国の戦災復興事業のほぼ全部が評価時点を工事概成時に定め、かつ、その路線価の一点当たり単価を固定資産税評価額あるいは相続税評価額から算定して、従前地と換地の評価をしており、一点当たり単価の評価時点である工事概成時から換地処分時までの時点修正については、半数以上が時点修正を行つていて、その修正方法は年六パーセントの複利加算、年四ないし五パーセントの単利加算をしているものが多数を占めていることが認められる。
被控訴人は、本件清算金を算定するにあたつての土地の評価は換地処分時の取引価格によるべきである旨主張するけれども、同主張は本件清算金をもつて実質的に損失補償金であることを前提とするものであるからその前提において採用することができない。
三 次に、被控訴人に対する清算金算定の当否につき判断する。
成立に争いのない乙第三ないし第八号証、第一二、第一三号証、第一六号証の二、第一八、第一九号証に原審証人米村俊男の供述を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件整理事業において本件換地は従前の宅地があつたほぼ原位置に指定されたもので、従前の宅地に接していた道路(以下従前の道路という。)は、幹線道路(国道)の電車通りから白川縁りに至る道路の一部で途中から熊本県庁構内に通ずる道路が分岐し、また、白川縁りに至つて行き止まりとなる袋路であつたが、右整理事業の施行により拡幅延長され、北は県道である通称明午橋通りから南は県道熊本―高森線に達する道路が新設されたため、本件換地に接する道路は、右新設道路に至近の距離で接続することとなり、また、舗装整備された。そして、同整理事業の施行により本件換地の至近の場所に白川公園及び白川沿いの緑地公園が新設され、公共施設の整備改善がなされた結果、排水施設も完備し、公共空地も増加した。
2 本件換地処分における清算金の交付金額は、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業施行規程二二条一項に基づき、権利価格(最も公平に換地が指定された場合の想定換地価格)と本件換地の評定価格との差額とする基本方式が採られたことは前叙のとおりであるところ、権利価格の算定にあたつては、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業第一地区及び第二地区第四工区換地規則(以下単に規則という。)一五条に基づき、次の方式によるいわゆる比例清算の方法が用いられた。
{(C-A)/(B-A)×(b-a)}+a=権利価格
aは従前地の評定価格、bは基準地積の評定価格、Aは整理事業施行地区内の従前地の評定価格総額、Bは基準地積の評定価格総額、Cは換地の評定価格総額である。
そして、本件整理事業施行地区内における土地価格を評定するにあたり規則一二条一項に基づき路線価式評価方法が採られたが(この点は当事者間に争いがない。)、その方法は、土地区画整理施行前後の各路線(道路)について路線価を付し、次いでこの路線価を基準として各路線に面するそれぞれ形質を異にする土地について修正を施しながらその価格を評定するものである。
右路線価は、道路ごとにその道路に接する幾つかの標準的な奥行一五メートルを有する土地を基準地として選定した上(規則一二条二項)、土地価格形成の諸要因を考慮しながら、道路ごとに各基準地の単位面積一平方メートルあたりの平均価格を算出し(規則一二条二項)、これをその道路の評定価格とするものである。右土地価格形成の諸要因を考慮するにあたり、本件整理事業前後における街路係数(宅地が接する街路のみによる利用価値をあらわす係数)、接近係数(宅地と交通、慰楽、公共機関等の諸施設との相対的距離関係等による受益又は受損価値をあらわす係数)及び宅地係数(宅地自体の有する利用状態、文化性、保安性による価値をあらわす係数)等を加味して算定された。右路線価は、円単位の評定価格によらず指数で表示し、本件整理事業においては、整理後の最高評定価格を一〇〇〇個とした上、これとの比率において各道路の路線価指数が求められた。右路線価を基準として各路線に面するそれぞれの土地の価格を評定するにあたり、各土地ごとにその基準地と比較した場合の条件に差異があつて、それぞれの条件によりその路線価指数を修正する必要があるため、本件各従前地及び本件換地のような普通地については当該土地の接する道路の路線価にその奥行に対する規則別表第2所定の奥行価格百分率を乗じ、その積にさらに当該土地の面積を乗じて得られる相乗積を求める方法が採られた。
3 前叙2の方法により数値を求めると、次のとおりである。
(一) 権利価格(指数)四万八三八五・〇六個
(1) 本件各従前地の評定価格(指数)合計三万七六一八・五〇個
本件各従前地の接する道路の路線価指数は七五個と評定され、その奥行はいずれも基準地と同じ一五メートルであるから奥行価格百分率は共に一・〇〇〇〇となり、「路線価」×「奥行価格百分率」×「従前地の面積」=「従前地の評定価格」の算定方式によつて本件各従前地の評定価格(指数)合計を求めると三万七六一八・五〇個となる。
(2) 基準地積の評定価格(指数)四万七七七七・八一個
本件換地の基準地積は規則四条所定の方式に従つて三九八・六八平方メートルと算定され、その奥行は二二・五三メートルであるから奥行価格百分率は規則別表第2により〇・九五八七となり、その接する道路の路線価は一二五個と評定され、「路線価」×「奥行価格百分率」×「基準地積」=「基準地積の評定価格」の算定方式によつて本件基準地積の評定価格(指数)を求めると四万七七七七・八一個となる。
(3) 本件整理事業施行地区内の従前地の評定価格総額は一億三二五一万〇二八一・六一個、基準地積評定価格総額は一億七五四八万四九六九・二五個、換地評定価格総額は一億七八〇五万三六八二・五〇個である。
(4) 以上の各評定価格を前叙2の権利価格算定方式に各代入して算定すると、権利価格(指数)は四万八三八五・〇六個となる。
(二) 本件換地の評定価格(指数)四万四一六八・二三個
本件換地は、面積三六八・五六平方メートル、奥行二二・五三メートル、奥行価格百分率〇・九五八であつて、その接する道路の路線価は一二五個であるから、「路線価」×「奥行価格百分率」×「換地面積」=「換地の評定価格」の算定方式によつて本件換地の評定価格(指数)を求めると四万四一六八・二三個となる。
(三) 指数の換算
指数で表示された評定価格を円単位に換算する必要があるため、右換算にあたり本件整理事業施行地区内の工事概成時である昭和三六年(右工事概成の時期は当事者間に争いがない。)当時の固定資産税評価額に基づき右施行地区内の各路線の路線価指数単価を算出するため、まず、同施行地区内の各路線について四〇か所の地点を選定し、次いで、右各地点における路線価指数一個当りの固定資産税価額による路線価を算出した上、その総和を四〇で除じた平均値に、これに対する昭和三六年から本件換地処分年度の昭和四五年までの年六分の複利計算による利子相当金額を加算して、各路線の換地処分時の路線価指数単価を求める方法が採られた。その結果、平均値一三・三一一四八円に利子相当額九・一八八五二円を加算した二二円五〇銭が指数一個当りの価格となつた。
(四) 本件清算金の交付金額九万四八七九円
前叙指数単価に基づいて権利価格及び本件換地の評定価格をそれぞれ円単位に換算すると、権利価格は一〇八万八六六四円(指数四万八三八五・〇六個に二二円五〇銭を乗じた額)、本件換地の評定価格は九九万三七八五円(指数四万四一六八・二三個に二二円五〇銭を乗じた額)となり、その差額である九万四八七九円が本件清算金の交付金額とされた。
(五) 本件整理事業において採用された前叙の清算金算定方式は、全国的事業として開始された戦災復興土地区画整理事業の最も代表的な手法である。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
被控訴人は、本件換地付近は本件整理事業前に比して住宅環境の悪化こそあれ宅地の利用増進がない旨主張するけれども、宅地の利用増進の有無は住宅環境のみでなく道路並びに交通、慰楽、公共機関等の諸施設との関係及び当該宅地の利用状態などを総合的に把握して決すべきところ、本件整理事業前後における本件土地周辺の状況は前叙1で説示したとおりであるから宅地の利用増進があつたものと解すべく、被控訴人の右主張は失当である。
してみると、本件清算金の算定には何らの違法がない。
四 したがつて、本件清算金決定処分の取消を求める被控訴人の本件請求は失当であるから、これを棄却すべきである。
五 よつて、これと結論を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い原判決を取り消し、被控訴人の本件請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)
別表<省略>