福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)488号 判決 1980年7月29日
控訴人
藤田利久
右訴訟代理人
黒田耕一
同
一色平格
被控訴人
蒲池享
被控訴人
旭志村森林組合
右代表者理事
中村正
被控訴人
野田冨士雄
右三名訴訟代理人
山口親男
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人が昭和四四年五月二九日西条漁協の理事に就任し、その組合長として業務全般の執行をし、昭和四六年五月二九日理事を退任したこと、右退任の登記は同年一〇月九日になされたことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 控訴人は、昭和三六年頃に西条漁協の組合長理事に就任し、以後前記昭和四六年に退任するまでその職にあつたが、その間西条漁協の会計事務については築山求夫に委せ切りにしており、同人は、会計主任として西条漁協のゴム印及び組合長印を保管し、手形振出行為も代行していた。
2 昭和四二年頃控訴人は、かねて心易くしていた伊予漁網の代表者飯尾良正から、「会社の資金繰りに困つているので資金を融通して欲しい。」との依頼を受け、同席していた築山に対し、「金のことは分らんから社長と相談してやつてくれ。」「できることは協力してやれ。」と指示した。これを聞いた築山は、一切を委されたものと考え、以後飯尾の求めに応じて毎月数枚の融通手形を、当初こそ金額を書き入れたが後には金額欄も白地にしたまま同人に交付し続けた。控訴人は、伊予漁網に対する資金繰りの援助がこのような形でなされていることに関心を持たなかつた。
3 前記のとおり控訴人は昭和四六年五月二九日西条漁協理事を退任し、同年七月二日藤田孝夫が新たに西条漁協組合長理事に選任され、藤田孝夫は、その翌日控訴人から組合長印を引き継いだが、その保管は従来どおり築山に委せていた。ところが築山は、そのすぐ後に飯尾から融通手形が貰えないと伊予漁網が不渡りを出してしまうなど懇請され、五〇枚綴の手形用紙に、西条漁協組合長理事藤田利久と刻したゴム印と組合長印をそれぞれ押捺し、金額欄白地のままの手形帳一冊をそのまま飯尾に交付した。
4 西条漁協から伊予漁網に交付された融通手形は、満期が同年一二月三〇日までに到来するものは全て決済されたが、満期を同月三一日とするものが不渡りとなり、伊予漁網は倒産し、西条漁協も一億数千万円にのぼる損害を被つた。
5 本判決別紙手形目録(一)ないし(三)の手形(以下本件各手形という。)は、前記築山が飯尾に交付した手形帳の手形用紙を利用して作成されたものである。
以上の事実関係によれば、築山の伊予漁網に対する融通手形の振出、交付は、控訴人がこれを築山に教唆したと認めることはできず、かえつて築山の独断によるものといわなければならない。<証拠>中の築山の各供述記載中控訴人が築山に対し伊予漁網に手形を貸してやれといつた旨の部分はたやすく採用できず、他に控訴人が築山に融通手形の振出、交付を教唆したことを認めるに足りる証拠はない。さすれば本件各手形の支払が拒絶されたことによる被控訴人らの損害が控訴人の教唆による同人と築山の共同不法行為によるものであるという被控訴人らの主張は、失当である。
次に、被控訴人らは、控訴人が西条漁協の組合長に在任中、その職務を怠つて築山の伊予漁網に対する融通手形の振出、交付を放置したため、組合長退任後も築山が本件各手形を濫発する結果となつたので、控訴人には水産業協同組合法三五条の二の責任があると主張する。しかしながら、前叙の事実関係のもとにおいて、築山が本件各手形を伊予漁網に振り出し、交付したのは控訴人が西条漁協の理事を退任し、新たに藤田孝夫が組合長理事に選任された後のことであるから、築山が右行為をする際控訴人に築山を監督すべき任務があつたということはできないし、控訴人が西条漁協に組合長理事として在任中、築山に対する監督が不十分であつたことは認めることができるけれどもその職務を行なうにつき悪意又は重過失があつたとまでは認め難い。しかも、右在任中の控訴人の任務懈怠と控訴人が理事を退任した後に築山がした本件手形の振出、交付との間に相当因果関係があると認めることはできないので、控訴人に水産業協同組合法三五条の二第三項に定める責任があると解することはできない。
してみれば、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人らの主張は、いずれもその前提を欠き採用し得ない。
二よつて、被控訴人らの各請求は、いずれも失当として棄却すべく、これを正当として認容した原判決は、不当であるから、民訴法三八六条に従い取り消すこととし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(園部秀信 美山和義 前川鉄郎)
手形目録<省略>