福岡高等裁判所 昭和55年(う)498号 判決 1980年12月01日
主文
原判決を破棄する。
本件を小倉簡易裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、福岡高等検察庁検察官検事石井寛提出にかかる小倉区検察庁検察官事務取扱検事新野利作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人河野美秋提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
所論にかんがみ、職権により判断するに、記録によると、
(一) 本件は、原審においては、その第一回公判期日から第四回公判期日まで、終始、裁判官安川輝夫によって取り扱われた(裁判所法三五条)。
(二) 昭和五五年五月二一日の第一回公判期日においては、被告人に対する人定質問、検察官の起訴状の朗読、被告人の権利保護のための告知、被告人並びに弁護人の被告事件に対する各陳述、簡易公判手続で審判する旨の決定及び検察官請求の書証の証拠調べがなされた。
(三) 同年六月一八日の第二回公判期日においては、弁護人請求の証人甲野花子に対する尋問並びに職権による被告人質問がなされた。
(四) 同年七月一六日の第三回公判期日においては、弁護人請求の書証(甲野花子作成名義被告人あての金一〇万円の同日付領収証)の証拠調べ、職権による被告人質問、検察官の論告、弁護人の弁論及び被告人の最終陳述がなされて、弁論が終結され、次回公判期日(判決宣告期日)が同年八月六日午前一〇時三〇分と指定告知された。
(五) 同年八月五日、検察官並びに弁護人の各同意のもとに、職権により、右の同月六日午前一〇時三〇分の公判期日を同月二七日午前一〇時三〇分に変更する旨の公判期日変更決定がなされた。
(六) 右の同月二七日の第四回公判期日においては、弁護人の請求により弁論再開決定がなされたうえ、弁護人請求の書証(いずれも甲野花子作成名義被告人あての、金六〇万円の同年七月二一日付、金五〇万円の同年八月二二日付各領収証)の証拠調べ、職権による被告人質問、検察官の論告、弁護人の弁論及び被告人の最終陳述がなされて、弁論が終結され、右裁判官により原判決が宣告された。
以上の事実が明らかであるところ、この事実に、《証拠省略》を総合すると、原審裁判官安川輝夫は、原審第二回公判期日の後である昭和五五年七月一一日午後九時ころ、国鉄小倉駅前の喫茶店「カーミン」で、自己が電話をかけて呼び出した被告人に対し、本件被害の弁償方を促し、次に、右第二回公判期日の後であって、原審第三回公判期日の前日である同月一五日午後七時ころ、北九州市小倉北区船頭町にある丸山旅館で、被告人と性関係を結んだ後、同日午後八時ころ、国鉄小倉駅構内で、被告人に対し、本件被害弁償金の一部に充当させるため現金五万円を手交し、更に、右第三回公判期日の後であって、前記公判期日変更決定分日の前日である同年八月四日午後五時ころ、国鉄城野駅前の喫茶店「ストップ」等で、被告人と話を交したことが認められるのであって、以上の諸事実によると、原審裁判官安川輝夫は、原審第二回公判期日の後である昭和五五年七月一一日に電話で被告人を呼び出し、被告人に対し本件被害の弁償方を促したうえ、同月一六日の原審第三回公判期日の前日である同月一五日に被告人と性関係を結び、かつ被告人に対し本件被害弁償金の一部に充当させるため現金五万円を手交した段階において、本件につき、刑訴法二一条所定の「不公平な裁判をする虞があるとき」に該当するものとして忌避の事由が発生し、刑訴規則一三条一項により自ら回避すべきであったにもかかわらず、その後も、右第三回公判期日の審理、同年八月五日の公判期日変更決定及び同月二七日の原審第四回公判期日の審理に関与し、同第四回公判期日において自ら原判決を言い渡したものというべきであるから、同裁判官が、右のとおり、忌避の事由があるにもかかわらず、回避することなく、原審第三回公判期日以降の審理判決に関与したことは、その訴訟手続が法令に違反したものであって、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。従って、原判決は破棄を免れない。
以上の次第であるから、検察官の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を小倉簡易裁判所に差し反すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 桑原宗朝 裁判官 池田憲義 寺坂博)