福岡高等裁判所 昭和55年(行コ)28号 判決 1981年7月28日
控訴人(被告) 北九州市教育委員会教育長
被控訴人(原告) 副島ナオミ
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の訴えを却下する。右却下が容れられない場合は、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、控訴人において、当審証人仰木忠幹の証言を援用したほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
理由
当裁判所は、被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断するが、その理由は原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。
当審における証人仰木忠幹の証言によつても、右引用にかかる原審認定をなんら左右するものではない。
よつて、原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高石博良 谷水央 足立昭二)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
一 原告が昭和五三年三月二九日被告に進学奨励金及び入学支度金の交付を申請したのに対し、被告が何らの決定をしないのは、違法であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 本案前の答弁
1 原告の訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 進学奨励金及び入学支度金の交付申請
(一) 北九州市は、同和対策事業の一環として、進学奨励金及び入学支度金(以下進学奨励金等という。)交付の制度(以下本件給付制度ということがある。)を設けているところ、被告は、北九州市進学奨励金及び入学支度金支給要綱(以下本件要綱という。)に基づき、受給資格者に対して進学奨励金等の支給を決定する権限を有する者である。
(二) 原告は、未成年者であつて、北九州市内の同和地区に居住し、本件要綱の定める進学奨励金等の受給資格者であるところ、原告の肩書法定代理人は、原告に支給されるべき進学奨励金等の交付申請書の提出を訴外野依勇武(北九州市会議員)及び同安部千春(弁護士)に依頼した。同人らは、昭和五三年三月二九日北九州市教育委員会に赴き、学事課課長に面談の上、進学奨励金等交付申請書を所定の添付書類(本件要綱五条一項(2)(3)の書類)とともに同課長に提出し、もつて、被告に対して、進学奨励金等の交付申請(以下本件申請ということがある。)をなした。ところが、同課長は、所定の手続を経ていないことを理由に、右交付申請書の受領を拒絶したので、右安部らは、さらに同書類を受領するよう求めて、これを同課長の机の上に置いて立ち去つた。なお、被告は、その後、右書類を原告に返送してきた。
2 被告の不作為
右申請により、被告は、速やかに進学奨励金等を支給するか否かの決定をなすべき義務を負うところ、右申請のなされた日より相当期間経過した現在(口頭弁論終結時は昭和五四年九月一四日)に至るも、何らの決定をなさない。
よつて、原告は、本件申請について何らの決定をしない被告の不作為が違法であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
(請求原因に対する認否)
1 請求原因1項(一)の事実は認める。
2 同(二)の事実のうち、野依勇武及び安部千春が教育委員会の学事課長に原告の進学奨励金等の交付申請書を提出しようとしたが、同課長においてその受領を拒絶し、右両人がその場に放置していつた書類を原告(その保護者)に返送したことは認める。ただし、その交付申請が本件要綱の申請手続に従つたもので、必要な添付書類がそろつていたことは否認する。その余は知らない。
右学事課長は、右交付申請が所定の手続を経ていないため、その申請書の受領を拒絶したが、その際、野依及び安部に対し、「所定の手続きとは、関係団体の窓口においている申請用紙に必要事項を記入し、かつ、必要書類をととのえて、関係団体を経由して提出することである。」、「この場合、関係団体とは、部落解放同盟若松地区協議会(以下解同若松地協という。)である。」旨の説明を行つたが、右両名は、この説明を聞き入れず、右申請書を同課長の机の上に放置して立ち去ろうとした。そのため、同課長は、右申請書は受付けず、後日返送する旨を申し伝え、翌三月三〇日これを書留内容証明郵便で原告あて返送したものである。
3 同2の事実及び主張について、被告が進学奨励金等を支給する義務を負うとの点は争う。被告が原告主張の日時までに何らの処分をしていないとの点は認める。
(被告の主張)
本件訴は、第一に、本件要綱に基づく申請は行政事件訴訟法(以下行訴法という。)三条五項にいう「法令に基づく申請」にあたらないばかりか、右申請に対する被告の応答(支給するか否かの決定)にはいわゆる処分性が存せず、第二に、原告には申請行為と目すべきものが存在せず、かつ、原告にはその申請の適格がないので、不適法として却下すべきである。その理由を詳説すると、以下のとおりである。
1(一) 行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」とは、国民の申請権(又はこれに対応する行政庁の応答義務)の存在が裁判所によつて画一的に判断される程度に明確に法文に規定されている(もつとも、それが当該法令の解釈上認められるものであることを妨げない。)場合における当該法令に基づく申請、すなわち適式の制定手続を経て一般に公布された法律又は条例に基づく申請を意味するものと解すべきである。
ところが、北九州市においては、同和対策審議会の答申(以下同対審答申という。)及び同和対策事業特別措置法(昭和四四年法律第六〇号、以下同対法という。)の精神に基づき、同和対策事業の施策の一つとして、昭和四一年度より進学奨励金等の支給制度を設けた(昭和四一年にその支給のための要綱が制定され、昭和五一年に内容が一部手直しされて、現在の本件要綱となつた。)。
右進学奨励金等支給制度は、同対審答申及び同対法の精神に則り実施されているのであるが、同法は歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域について、国及び地方公共団体が協力して実施すべき同和対策事業に関し、包括的抽象的な事項を定めているにすぎず、右事業としてなされる各種の措置の具体的な種類、範囲、対象住民等については何らふれるところはなく、単に努力目標としてのものを定めているにすぎない。同法には、本件制度等についての具体的、個別的な規定は全くなく、また同法の条理解釈からしても、原告において本件進学奨励金等の支給を申請する権利は何ら存在しない。
本件制度は、北九州市が独自に設けた制度であつて、同法に基づく原告の権利を具体化したものではなく、また、本件要綱の規定においても、進学奨励金等の支給を審査の上決定する(同要綱六条)とのみ規定しており、原告主張のごとく決定が義務づけられているものでもない。
被告である北九州市教育委員会教育長は、右制度の実施及び支給手続の事務処理基準として本件要綱を制定し、これに則つてすべての運用を行つているのであるが、本件要綱は条例でも規則でもなく、被告がその事務執行権限に基づき所掌事務につき命令又は示達するため、その補助機関たる職員に対し発した訓令又は通達であり、右補助機関たる職員らが本件要綱に基づいてその支給を受けようとする者に対してする措置は、いわゆる行政指導にほかならない。北九州市の条例規則及び教育委員会規則は、北九州市公告式条例及び北九州市教育委員会公告式規則に基づき、北九州市公報に登載することによつて(ただし、急を要する場合は、市役所および区役所の掲示場に掲示してこれにかえることができる。)、市民に公布すべきこととなつているが、訓令、通達については、かような公布を義務づけられていない。したがつて、本件要綱は、教育長の決裁を得たのみで、公布されることもなく、直ちに実施に移されている。
(二) 本件給付制度の実施には、公金の支出を伴うため、予算を要するが、予算に関しては、市長が市議会に提案し、議決を得たうえ、その要領を住民に公表することとなつており、昭和五三年度の本件進学奨励金等については、歳出予算一三款教育費二項教育総務費(右進学奨励金等はその一部をなす。)として議決されている。
しかし、右議決は、市長等執行機関を対象とする内部的な意思決定の域を出ないものであつて、市民を対象とするものでないから、これによつて市民が直接に本件進学奨励金等の交付申請をする権利を有するとはいえないのは明らかである。
(三) 本件給付制度の右主張してきたような仕組みからすれば、原告が被告に対して本件要綱に基づいてなしたと主張する申請(本件申請)は、本件進学奨励金等の支給について、単に被告の職権の発動を促すものにすぎず、もとより被告がこれに対し応答する義務を負うものではないのであつて、行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」には当たらない。よつて、本件訴えは不適法であつて、却下を免れないものである。
2(一) 本件給付制度は、前記のように同対審の答申及び同対法の精神に基づいて、北九州市が同和対策事業の施策の一つとして実施している制度である。北九州市は、この制度の実施及びその支給手続について本件要綱を制定しこれに則つてすべての運用を行つているが、本件進学奨励金等の支給手続の前提となる申請手続は、本件要綱五条においてこれを定め、同条はその具体的な申請手続を被告に委ね、被告の指定する手続に従つて所定の書類を提出しなければならないこととなつているのである。
そして、被告は、その指定する手続として、「地区住民の自発的意思に基づく自主的運動として、地区住民の多数で組織されている歴史と伝統をうけつぐ関係団体の窓口に交付申請書を備え置き、申請者がこれに必要事項を記入のうえ、必要書類をととのえて、右関係団体を通じて教育長に提出しなければならない。」と定めているのである。原告は、右の手続をとらえて、具体的な申請手続が明文化されて一般市民に公示されていないことをもつて、違法無効であつて何等法規性を有しないものと主張している。しかしそもそも本件要綱そのものが、行政内部の事務処理基準を定めたものであつて、法令としての性格をもつていないので、当然公示する必要もなく、現に公示されていない。したがつて、その具体的な申請手続についても、明文化して一般市民に公示していないのであり、公示する必要のないものである。それゆえ、明文化していないからといつて、本件要綱に基づく申請手続の定めが違法無効ということにはならない。しかも、被告の指定する手続は、教育委員会の窓口や関係団体等を通じて対象地区住民に周知徹底され、何ら問題なく実施されてきており、原告もその内容はよく知つているところである。原告は、右の、被告の定めた申請手続を全く履践せず、本件要綱五条の定めに従つた申請行為を行つていないのであるから、被告としては、原告の申込みについて審査、決定する義務はない。
なお、右の関係団体とは、本件の関係では解同若松地協である。
(二) 被告が、本件要綱五条の「指定する手続き」として、被告主張の手続きを定めている理由は、次のとおりである。
(1) 本件給付制度は、北九州市における同和対策事業の施策の一つとして行つているものであり、その実施にあたつては、他の同和対策事業と同様、地区住民の自発的意志に基づく自主的運動と緊密な連けいと調和を保つて実施しなければならない(同対審答申)。
とくに、この制度は、恩恵的な融和手段としてではなく、不当な部落差別をうけている者の教育の機会均等を保障し、自立意識を高めて自らが将来部落解放の担い手となるべく、これを積極的に育成するという、この制度の趣旨・目的を受給者がよく理解し実践することを期待するものである。このような制度の趣旨を実効あらしめるためには、行政当局のみによつては到底不可能であつて、前記関係団体との間に連けいと調和を保つて実施する以外に、その実効は期し難いのである。
(2) 次に、本件給付制度の受給の対象者は、同和地区に居住し、かつ歴史的・社会的に不当な身分的差別を受けている者であるが、右の地区に居住しているかどうか、及びそのような差別を受けている者であるかどうかについては、被告においてこれを認定することは、全く不可能である。前記地区住民の自主的運動としての関係団体を通して明らかにする以外に、これを認定する方法はない。
ちなみに、原告は、新規にこの制度の受給を希望している者であり、被告においては、この制度の対象者であるかどうかについては、全く判断がつかないのである。
(3) 同対審の答申では、「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もつとも深刻にして重大な社会問題である。」と述べられており、この趣旨からみても、本件給付制度は、対象地域に居住することのみで対象者を決定すべきではなく、その中で歴史的・社会的に不当な身分的差別を受けている人々を対象とすべきである。属人を要件とするのは、血筋や血統を問題とするのではなく、事実としてその者が現に不当な差別を受けているかどうかを問題としているのである。本件要綱二条一号が、その奨学生の要件の一つとして、「本人又はその保護者が同和対策事業特別措置法一条に規定する市内の対象地区に居住し、同和対策事業の対象となる者であること」と規定しているのは、そのあらわれにほかならない。身分的差別に無関係な住民が、たまたま同和対象地区に混住するに至つたからといつて、本件進学奨励金等を支給されるべき必要性と合理性は存しない(昭和五〇年六月一日付総理府主催全国同和地区実態調査によれば、北九州市における対象地区の混住率は四七・九パーセントである。)。
さらに、現時点においても「被差別部落地名総鑑」や「部落リスト」などが企業に販売されるといつた悪質な差別事象があとをたたない現状において、不特定多数の市民が自由に出入する市の窓口に本件進学奨励金等の交付申請書を備えおくことは、さらに差別を助長することにもなりかねない。これらの点を配慮して、被告は、前記のような申請手続を定めているのであつて、このような手続を経ることこそ、まさに同対審の答申及び同対法の精神に合致したものといわねばならない。
原告は、解同経由の手続きは違法・無効であると主張し、その根拠として、右の手続きは行政判断を直接に受ける住民の権利を侵害し、かつ、行政事務の一部を解同若松地協に代行させることになるとしているが、しかしながら、被告は、指定する手続きを経て申請した者に対し、被告の主体性に基づく責任と判断において、自ら本件進学奨励金等の支給に関する決定をしているのである。つまり、この制度は、同和対策事業の一環として関係団体と緊密な連けいと調和を保つて実施すべきであり、いわゆる属地属人の認定等は関係団体を通じて明らかにする以外に認定の方法がないが故に、関係団体を経由する申請手続きを定めたのである。歴史的・社会的に不当な身分的差別を受けている人々の基本的人権に関する問題としての重大性を考えるならば、この関係団体を経由する手続きは、当然のこととして認められるべきである。
(4) 原告は、全国部落解放運動連合会(以下全解連という。)若松支部を関係団体として認めるべきであると主張するが、全解連は、属地主義を主張し、解同を暴力と利権あさりの集団であると誹謗中傷することにより、市民の間に同和地区住民があたかも暴力と利権あさりの集団であるかの如き誤つた偏見と差別意識を助長している。これらは同和行政を推進する北九州市の基本的な考え方と相容れないので、関係団体とは認めていないところである。この同和行政推進に関する北九州市の基本的な考え方については、北九州市の昭和五二年六月の市議会において、共産党を除く全議員の一致で支持されている。
原告は、本件手続きによるならば、全解連若松支部に所属することのみをもつて進学奨励金等の支給を受けることができず、信条による差別をもたらすと主張しているが、これは誤りである。本件手続きは、所属団体の違い・思想信条の違いによつて差別するものではない。いかなる団体に加入し、いかなる思想信条を有しているかに関係なく属地属人の要件に合致し、自覚自立意識を有する者であればたりるのである。現に、原告と同じ波打地区に居住する者の子弟で、昭和五一年度には三名の者が教育長の指定する手続きに従つて申請し、進学奨励金等を支給されており、解同を脱退した後の現在においても、継続して支給されている事実がある。
原告は、被告の説明にもかかわらず、一度も解同若松地協に赴いておらず、いたずらに対立と混乱をもちこみ、自ら申請支給の道をとざしているのである。
(三) 以上の点から、申請行為をしていない原告には本件訴の原告適格はなく、本件訴は却下されるべきである。
三 被告の主張に対する原告らの反論及び主張
(被告の主張1に対する原告の反論及び主張)
1 被告の主張は、要するに、原告が被告に対して本件要綱に基づいてなした行為は行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」に該らず、右行為は、本件進学奨励金等の支給について単に被告の職権発動を促すものにすぎず、被告にはこれに対する応答義務はないので、被告の本件進学奨励金等の支給するか否かの決定は処分性を有しないというのである。
2 たしかに、本件要綱は条例でも規則でもなく、本件申請の手続、要件については、本件要綱の定めのほか、直接これを定めた法規は存在しない。しかし、行訴法三条五項にいわゆる「法令に基づく申請」とされるためには、その申請権が法令の明文によつて規定されている場合だけでなく、法令の解釈上、該申請につき、申請をした者が行政庁から何らかの応答を受け得る利益を、法律上保障されている場合をも含むと解すべきであり、本件のように、支給するか否かの決定権限を自らが有するとなす被告が、その給付手続について定めた本件要綱に申請制度を採用している場合においては、右支給するか否かの決定をただの私法上の契約の申込に対する承諾の類とみるか、行政処分としての決定と促えるかは、単にその規定の仕方が規則、形式に適つているかどうかだけで決することはできず、右申請制度を含めた本件給付制度の総体について、その制度の趣旨、目的をさぐり、そこから該申請に対し行政庁として応答をなすべきことが一般法理上義務付けられると認められる場合においては、本件申請(制度)は、行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請(制度)」となり、これに対する被告の応答(支給するか否かの決定)は自ずと処分性を具備するものと解するのが相当である。
3 以下の事実は、被告も認めているところである。即ち、
(一) 北九州市が同和対策事業の一環として進学奨励金等支給の制度を設け、被告が、本件要綱に定めるところにより右進学奨励金等の支給を決定する権限を有していること。
(二) 北九州市における本件進学奨励金等支給の制度は、昭和四一年四月に発足したものであり、それをうけて、被告はその受給資格、支給額、交付申請手続その他所要の事項を定めた支給要綱を制定し、昭和五一年一部手直しされて、本件要綱が制定され、これに従つて進学奨励金等の給付手続をなしている。
本件要綱五条によれば、進学奨励金等の支給を受けようとする者は、所定の様式による交付申請書に在学証明書、住民票写し等を添付して被告に提出すべきものとされているが、実際の取扱いとしては、制度発足当初より、右交付申請書用紙は解同の各地協に備え付けられており、各申請者はその者の属する解同地協を通じて申請書等を被告に提出し、その際解同地協の責任者が申請書に確認印を押捺するという方法によつていた。
本件要綱五条の規定は、昭和五一年四月一日改正され、教育長の指定する手続に従つて所定の書類を被告に提出しなければならないこととされたが、右改正の趣旨は、右に述べた従前の取扱いの根拠を定めようとするものであつて、被告は、その「指定する手続」を文書により明らかにしているものではないが、右の「指定する手続」として、各申請者が所属する解同地協を通じて申請書等を提出すべきものと定めている(そのことは、申請者に対し、必要に応じ個々的に説明している)。
(三) 北九州市においては、同対審答申及び同対法の精神に基づき、同和対策事業の施策の一つとして、進学奨励金等の支給制度を設けたこと。それは、予算として議会で議決し、被告がこれを執行していること。
4 以上の事実を前提に考えれば、本件給付は、同対法四条、八条(その準用する六条)の趣旨を受けて、北九州市が地方公共団体の権能に基づき行う「同和対策事業」(それは一般公共事務に属すると考えられる。)の執行として被告が行つているものであり(地方自治法二条二項、一四八条)、財務上は地方自治法二三二条の二によつて議会の議決を受けた予算の執行たる性質を有し、その給付を実施する具体的制度を定立するものとして、本件要綱が定められたものとみることができる。
そして、本件要綱に具体化された本件給付制度の総体は、北九州市が同対法の要請を具体化するためにしているもので、その存在が同法によつて裏付けられた一つの法制度ということができる。
同対法は、同対審の答申の趣旨をうけて昭和四四年七月一〇日公布(同日施行)された限時法(昭和五四年三月三一日限りのところ、昭和五三年法律第一〇二号(同法の一部改正法同年一一月一三日公布)によつて更に三年間延長)であるが、その立法目的を「すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのつとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)について国及び地方公共団体が協力して行なう同和対策事業の目標を明らかにするとともに、この目標を達成するために必要な特別の措置を講ずることにより、対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与する。」ものとし(一条)、これが達成のため「同和対策事業」の「迅速かつ計画的な推進」が「地方公共団体の責務」とされ(四条)、そのために、地方公共団体は「国の施策に準じて必要な措置を講じなければならない」ものとし(八条)、右同和対策事業の目標を、窮極において「対象地域の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消すること」に置いている(五条)のである。かかる同和対策事業にかける同法の理念およびその実現の仕組みに照らせば、同法が、対象地域において行なわれる同和対策事業の内容を具体的に直接法定していないのは、国又は地方公共団体が、その事業の実施に当り、各地域が置かれている現実に即して、法六条各号に定めるような事業を任意に選択して弾力的に実施できるようにして置くことが、より効果的であると考えたためと解されるのである。してみると、各地方公共団体が、その選択した具体的施策を実施するに当り、必ずしもこれを条例・規則化する義務はないとしても、一旦地方公共団体が同法の掲げる同和対策の実施としての具体的施策を、たとえ要綱(それが長の事務執行権限に基づくものとしても)によつてではあれ、対象地域の住民に対して宣明し、これを制度化したときは、同制度は、同対法に基づく制度として機能、かつ機能さすべきものと解すべきである。
そして、前記の事実によれば、本件給付制度が、これを受けようとする者の申請があつて始めて、被告がその応答(支給するか否かの決定)をなす制度として定着していることは明らかである。
5 右のように、本件給付制度は、同対法に定める同和対策事業を具体化したものとして、同法に根拠を置くと認められるところ、同対法がその目的とし、同和対策事業の目標とする「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)」につき、その「住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消すること」すなわち同和問題の早急な解決こそは、すべての国民に基本的人権の享有を保障した日本国憲法の理念に照らし(一条)、国及び地方公共団体に課せられた重要な責務であると同時に、国民的課題でもなければならないのであり(同対審答申前文参照)、これに法の平等原則とを重ね合わせれば、同対法が、これに基づき行なわれる地方公共団体の具体的施策を、対象地域の住民に等しく均霑せしめようとしていることは敢えて多言を要せず、その同和対策事業の内容が、対象地域住民を対象に、一定の受給要件を定めて補助金給付をなすものである場合においては、その受給要件を備えた者には等しくこれに与らしめようとするものであることは、疑を容れる余地のないところである。
そして被告も、地方自治法二三二条の二に基づき、予算を計上して市議会の議決を受けるとともに、本件要綱によつて一定の受給要件を定立して関係者に周知させ、受給資格を有すると思料する者の申請に応じようとしているのである。そうであればもはや、その支給するか否かが被告の権限にあるとはいえ、それが絶対的な自由裁量に委せられて、要綱の定める受給要件を充たす者についても、支給しないこととする恣意的自由を有するものとは到底考えられず、本件要綱に定められた受給要件を充たした者からの受給申請に対しては、これを拒否するにつき合理的な事由の存しない限り、被告は本件要綱の定める給付をなすべき義務が生ずるものと解すべきである。
6 そのように、本件給付制度が同対法に基づく同和対策事業の具体化された施策の一つであること、同法の立法趣旨等に鑑みれば、本件給付の実施に当り、その受給資格者の間における恣意的選択が許されないことなど、以上の諸点を総合して勘案すれば、本件給付制度によつてその受給有資格者が享受する受給付利益は、法律上の保護に値いする一個の法的利益と認められるのである。
そして、本件給付制度の仕組の下においては、右法的利益の実現は、受給を希望する者の申請に基づいてする被告の支給決定によつてはじめて遂げられるのであり、かつ、その支給要件の存否については、受給資格が具備されているかどうか、更には、それが具備されているときでもなお支給しないこととし得る特段の正当理由が存するかどうかの第一次判断権が、被告に留保されているものとみなければならない。してみると、被告のする支給するか否かの決定は、右受給申請者の法的利益を具現すると否との法的効果を直接かつ一方的に生ぜしめる効力を有するものであるとともに、被告は、右受給申請者の持つ法的利益に対応して、これを具現することができると否との応答義務を負うものとしなければならない。そして、それらの点と前記同対法の要請に基づき実施される同和対策事業の帯有する公益性とに鑑みれば、右応答(支給するか否かの決定)は、もはや単なる給付の申込に対する承諾するか否かの意思表示に止まらず、一個の公権的行為として、行政処分性をも具有するものと解すべきである。そうであるとすれば、その受給資格を有するものとして、被告に対し、本件要綱の定める給付金の受給申請をなした者は、その支給するか否の応答を受ける法律上の利益を有し、被告には、その応答をなすべき義務が生じ、右申請は不作為違法確認の訴における「法令に基づく申請」にあたると解すべきである。
7 よつて、本件給付制度における本件要綱に基づく申請は、これを行訴法三条五項にいう法令に基づく申請と解すべきであり、これに対する被告の応答は処分性を有するものと解すべきである。
(被告の主張2に対する原告の反論及び主張)
被告が指定した旨主張する申請手続は、以下に述べる理由により、違法、無効であり、原告らが本件申請を現実になし、現在も決定を待つていることは明白であるから、原告らに本件訴をなす適格がないとの被告主張は失当である。
1 被告は、本件要綱五条に基づき、「教育長の指定する手続」として、「地区住民の自発的意思に基づく自主的運動として地区住民の多数で組織されている歴史と伝統をうけつぐ関係団体の窓口に交付申請書を備え置き、申請者がこれに必要事項を記入のうえ必要書類をととのえて、右関係団体を通じて教育長に提出しなければならない。」ことと定めていると主張するが、同条において申請の手続を教育長に包括的に委任している点に問題があることは別にしても、被告主張のような申請手続が教育長によつて指定されたことについては何ら明文化されておらず、口頭で関係者に指示されているだけである。このような方式で指定された教育長の手続は、それ自体違法、無効であつて、何ら法規性を有しないものである。
2 本件進学奨励金等の給付制度は、北九州市が憲法、同対法、地方自治法上の権能に基づき、その行政の一環として制定実施されたものであり、被告は、その事務を自らの判断と責任において、誠実に管理し、及び執行する義務を負う(地方自治法一三八条の二)ものである。そして、北九州市がその権限の一部を委任もしくは臨時に代理させることのできる範囲は「当該普通公共団体の吏員」に限定されており(同法一五三条)、およそ、その事務を第三者に代行させることはできないのであつて、憲法九四条の趣旨からもそのことは明らかである。
被告は、本件進学奨励金等の交付申請は「関係団体」を通じてなされなければならず、原告にとつてこの関係団体とは解同若松地協であると主張する。しかし、解同若松地協なるものは、何ら法令の規制も受けない純然たる民間団体であり、北九州市がその運営を関知し、これに介入するような立場にはない性格の団体である。しかも、本件進学奨励金等支給手続に関して、解同若松地協と北九州市の間に事務委託契約が締結されている事実もないのであるから、解同若松地協は北九州市に対して法的に完全に無責任であり、まして北九州市民に対して法的責任を負う立場にないことは明らかであつて、いかなる意味においても、解同若松地協が北九州市の行政権能を代行することはできないのである。
従つて、被告が主張するように、本件申請の「窓口」を解同地協「一本」にすること、即ち被告若しくはその補助機関が直接本件申請を受理できず、解同地協を経由させること自体、受理業務という本来被告に属すべき行政権能を、事実上、解同地協に代行させるものであるから、行政庁の判断を直接受けるという住民固有の権利を侵害するものであり、違法と言わざるを得ない。
仮に、解同若松地協等を通じての申請が単なる経由であるならば、それ自体は合法であると解する余地があるとしても、実態に即して見るならば、原告らの申請が解同若松地協を経由する過程で「申請者が制度の趣旨に合致した者であるかどうかを明確にする。」のであるから、つまるところ解同若松地協が北九州市に代つて申請を認容し若しくは拒否する権限を有していることになり、これは被告の行政権能の一部代行にほかならず、原告の有する前記の権利を侵害することは明らかであつて、このような経由手続は違法、無効と評価されるべきである。
3 被告は、解同地協を通じて申請書類を提出しなければならない理由の一つとして、申請者が本件進学奨励金等の支給制度の趣旨に合致した者であるかどうかは、関係団体を通じて明確にするほかに方法がないと主張する。
しかし、先ず、本件制度の受給対象者が同和地区に居住する者のうち歴史的、社会的にいわれのない身分的差別を受けている者に限定されるとの被告の主張(北九州市の同和行政におけるいわゆる属地属人主義)に誤りがあり、そのような前提に立つが故に、対象者の判別をしなければならなくなるのである。
即ち、同対法は、同和対策事業が対象地域に対する施策であることを明白に規定しているのであつて(同法一条、五条、六条参照)対象地域における住民のうち「社会的に身分的差別を受け」ている住民のみを対象にする施策とは規定していない。「社会的に身分的差別を受け」ている住民のみを対象とするならば、その基準は血筋、血統であるが、部落が血筋を起源とするものでないことは、学問的にはすでに明らかにされた歴史的事実であり、水平社以来の解放運動も「部落―血筋」という謬見に対してたたかつてきたのである。同対審答申も、世人の偏見を打破するため、この点に触れて、部落は血統によつて継承されたものではないことを強調している。
以上のとおり、北九州市の、ひいては被告の同対法の解釈は明らかに誤つたものである。
なお、仮に被告主張の見解をとるとしても、社会的に身分差別を受けている住民か否かの判断が被告にとつて絶対に不可能であるとは到底考えられない。
4 仮に、本件制度の受給資格者が、地区住民の自主的運動としての関係団体を通して明らかにする以外にこれを認定する方法がないとしても、関係団体を解同のみに限るのは理由がない。解同も全解連も各地区単位で組織されており、解同若松地協と全解連若松支部を比べれば、全解連若松支部の方が多数を組織しているのであつて、全解連は地区住民の自主的運動としての関係団体というべく、受給資格者の認定は原告の属する全解連若松支部でも十分に可能である。そして、全解連は、解同の部落排外主義と反共、暴力、利権路線の逆流に反対し、部落解放運動の正常な前進をめざしてたたかつてきた部落解放同盟正常化全国会議(正常化連)が昭和五一年三月改組し、部落解放運動の本流をになうにふさわしい方針と体制を確立したものであつて、まさしく水平社以来の歴史と伝統をうけついでいるのである。
5 被告主張の申請手続は、同和対策事業はすべて解同を通じて行うというものであり、この「窓口一本化」は、かつて多数の自治体において採用されていたが、近時、全解連の結成等、同和地区住民の間に正しい部落解放運動への動きが強まる中で、「窓口一本化」行政の不公正、乱脈な実態が次第に明らかにされ、それに対する批判が社会的世論として大きく盛り上るに至つた。
このような状況の中で、国は、昭和四八年五月一七日政府各省事務次官連名で、都道府県知事及び指定都市市長らに対し、「同和対策事業の推進について」と題する通達を出し、その中で、同和対策事業の執行に当つては、同和対策行政のめざす受益が対象地区住民に均しく及ぶことが必要であるので、行政の公平性と対象地区住民の信頼の確保のため十分留意するよう指示するに至つた。
全解連若松支部も、右のような状況を背景に結成されたものである。即ち、従来、解同若松地協は稲国支部のみであつたが、昭和四八年三月三〇日、若松区の波打地区に波打支部(支部長田中学、書記長今井春夫)が結成され、以後同地協は波打支部と稲国支部とから成ることとなつた。
その後波打支部は、部落解放のための様々な活動を行うとともに、地区内での学習会、他団体との交流等を精力的に推進し、加盟者は八六世帯、三二〇人にも達した。そして、その中で、特に八鹿高校事件の現地調査や学習、いわゆる狭山事件裁判に関して昭和五一年五月二二日に同盟員の子弟を一斉休校させるという方針(いわゆる狭山同盟休校)について、解同波打支部で数次にわたつて学習、討議をなした結果、現在の解同の方針は基本的に誤つているという結論に達し、同年五月九日同支部の臨時総会を開き、満場一致で支部ぐるみで解同を脱退し、全解連に加入する旨の決議をなしたのである。
以上のような実情のもとにおいて、なお「窓口一本化」に固執し、解同地協を通じてでなければ本件進学奨励金等支給の申請ができないとすることは、思想、信条による差別をなすものにほかならず、到底許されない。けだし、本件において、原告が解同若松地協を通じて申請をするとなると、最終的な決定は被告が行うにしても、解同若松地協の意見は原告らの申請が認められるかどうかについて大きな影響を与えることになる。部落解放の運動方針をめぐつて同和地区住民の間に深刻かつ様々な対立があり、異なる運動方針をもつ団体が複数存在している以上、一方が他方を排除することは十分にありうるところである。
このような現状のもとでは、被告主張の申請手続は、地区住民の間にいたずらに対立と混乱をもち込むのみであつて、有害無益であるのみでなく、行政の公平性を損うとともに、同和事業対象者の間に新たな差別を生むことになり、同対法の目的に反することになるのである。
以上、いずれの観点からするも、被告が指定したと称する申請手続は違法、無効であつて、原告の本件申請行為は適法な申請と評価さるべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 被告は、第一に、本件要綱に基づく申請は行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」には該らず、また、右申請に対する被告の進学奨励金等を支給するか否かの決定は処分性がないので、原告が申請手続を経たと否とにかかわらず、本件訴は却下されるべきであると主張しているところ、元来不作為の違法確認の訴えを提起するにつき法律上の利益を有するのは、法令上何らかの申請権が付与されている者に限られるから、本件要綱に基づく申請が、かように行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」に当るかどうかは、原告適格の問題即ち訴訟要件の問題であると解するのが相当である。そこで、まずこの点につき判断する。
1 被告が昭和五一年に本件要綱を制定したこと(右要綱は、昭和四一年に制定されていた支給要綱のうち、主として「教育長の指定する手続」の部分を改めたものである。)、右要綱は公布されていないこと、被告が、右要綱に基づき進学奨励金等を支給するか否か決定する権限を有することは、当事者間に争いがなく、右要綱以外に、直接本件申請の手続、要件を定めた法令は存在しない。
そして、本件要綱は、もとより条例、規則にあたらず、その本来的な性質としては、行政庁内部における訓令または通達的なものと目するほかはないから、本件申請制度は、被告主張のように、一見法令に根拠がないとみられなくもない。
しかしながら、行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」とは、当該法令上明文の規定をもつて申請ができる旨定められている場合に限らず、当該法令に根拠を置く法制度として、特定の者に対し、行政庁が応答義務を負うような申請権が付与されていると認められる場合をも包含するものと解すべきである。したがつて、本件のように、進学奨励金等を支給するか否か決定する権限を有する被告が、これを支給するために必要な事項を定めた本件要綱(同要綱第一条)において、その給付を受ける者の申請を受給のための要件の一つとして定めている場合には、その支給するか否かの決定を、単に私法上の契約の申込に対する承諾や行政庁の職権発動を促すだけの行為とみるか、それとも行政処分としての決定とみるかは、その法形式的な規定のしかただけで決することなく、本件要綱が窮極的に依拠する同対法とその基盤となる同対審答申等によつて右給付の制度全体を観察し、同要綱に定めた右給付に関する規定の内容と従来の行政実務における取扱いの実状をも参酌して、同要綱に基づいてなされた申請に対して、被告が行政庁としての応答義務を負う法制度があると評価できる場合においては、行訴法三条五項の「法令に基づく申請」にあたり、これに対する被告の応答(支給するか否かの決定)は処分性を有するものと解するのが相当である。
2 成立に争いのない甲一号証、乙一号証(右各号証は同一のもの。)、乙六、七、一〇号証、原本の存在、成立とも争いのない甲二号証、乙三号証(右の各号証は同一のもの。)、甲七号証(今井春夫の証人調書)、証人野依勇武、同仰木忠幹の各証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 北九州市は、同対法制定以前からも、あらゆる国民に基本的人権の享有を保障している日本国憲法の理念、同対審答申の精神から、行政が同和問題の解決に責任をもつべきことは当然であると考え、同和問題の早急な解決をはかるため、さまざまの施策、事業を実施してきており、同対法制定後も、その法の精神をふまえた同和対策事業を推進してきた(なお、同法は、昭和四四年に制定されたもので、一〇年間の時限立法であつたが、同五三年一〇月二〇日に同法の期限を同五六年三月三一日まで延長することになつた。)。
(二) 北九州市は、右事業の一環として、昭和四一年から進学奨励金等支給の制度を設け、それをうけて、被告は、同年その受給資格、支給額、交付申請手続その他所要の事項を定めた支給要綱を制定し、昭和五一年それを一部手直しして本件要綱を制定し、これに従つて進学奨励金等の支給手続をなしている。本件要綱五条には、所定の様式による交付申請書に在学証明書、住民票の写し等を添付して被告に提出すべきものとされているが、実際の取扱いでは、制度発足当初から、右交付申請書用紙は解同各地協(本件においては若松地協)に備え付けられているのみで、市役所の窓口等には備え付けられておらず、申請者は解同地協を通じて申請書等を被告に提出し、その際解同地協の責任者が申請書に確認印を押捺することにより、被告は申請者が支給の対象となる者であることを確認するという方法によつていた。
本件要綱五条の規定は、昭和五一年四月一日に改正され、「教育長の指定する手続に従つて」所定の書類を被告に提出しなければならないこととされたが、右改正の趣旨は、右に述べた従前の取扱いの根拠を定めようとするものであつて、被告は、「その指定する手続」を文書により明らかにしているものではないが、右の「指定する手続」として、「地区住民の自発的意思に基づく自主的運動として地区住民の多数で組織されている歴史と伝統をうけつぐ関係団体の窓口に交付申請書を据え置き、申請者がこれに必要事項を記入のうえ、必要書類をととのえて、右関係団体を通じて教育長(被告)に提出しなければならない。」と定め、かつ、この「指定する手続」を、関係団体を通じてその支給対象となる地域に周知させており、又問合せ等があれば、その「指定する手続」を含む申請方法を教えて周知させている。なお、本件における関係団体とは、解同若松地協をさしている。
(三) 被告は、従来の行政実務として、「指定する手続」に従つた申請があれば、すべて受理したうえ、その申請が本件要綱に定める要件に合致している以上、必ず進学奨励金等を支給しており、右要件に合致していても、予算がないなどの他の理由によつて支給しない等といつた例はなく、申請を受理して要件に合致しているのに、支給しないというような裁量的な取扱いは許されないものとして、これまで運用してきた。
(四) 北九州市は、進学奨励金等支給の制度には、当然公金の支出を伴うため、予算を要することとなるので、市長が市議会に提案し、昭和五三年度の進学奨励金等の支給については、歳出予算一三款教育費二項教育総務費(右進学奨励金等はその一部をなす。)として議決されている。
3 右2の認定した事実関係によれば、本件給付は、同対法制定以前は日本国憲法及び同対審答申の精神をふまえ、同対法制定後はこれに加えて同対法八条(同法四条、六条による国の施策に準じて)の趣旨に則つて、北九州市が地方公共団体として執行する同和対策事業(一般公共事務に属する。)として、被告が行つているものであり(地方自治法二条二項、一四八条)、財務上は、地方自治法二三二条の二に基づき、議会の議決を受けた予算の執行たる性質を有し、その給付を実施する具体的制度を定立するものとして、本件要綱が定められたものとみることができる。換言すれば、本件要綱によつて具体化された給付制度は、北九州市が同対法八条の趣旨を具体化するために行つているもので、少なくとも同対法制定後は、その存在が同法によつて裏付けられた一つの法制度ということができる。
そして、同対法は、その立法目的を、「すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのつとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)について国及び地方公共団体が協力して行なう同和対策事業の目標を明らかにするとともに、この目標を達成するために必要な特別の措置を講ずることにより、対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与する」ものとし(一条)、右目的達成のため、同和対策事業の迅速かつ計画的な推進が地方公共団体の責務とされ(四条)、そのために、地方公共団体は国の施策に準じて必要な措置を講ずるよう努めなければならないものとし(八条)、右同和対策事業の目標を、窮極において対象地域の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消することに置いている(五条)のである。右のような同和対策事業における同法の理念及びその実現の仕組に照らすならば、同法が、各対象地域における現状がそれぞれ異なり、それに応じて同和対策事業も異なることに着目して、具体的には対象地域において行われる同和対策事業の内容を六条各号における程度にしか法定せず、地方公共団体等が、各対象地域のそれぞれの現状に応じて、個々的に制度等を設定し、法六条各号の事業を選択して実施できるように配慮して制定されたものと解される。そうすると、地方公共団体は、法六条各号の事業のどの施策を実施するかとか、或いは、どの施策の実施をしてはならないとかいつた事業の選択における拘束をうけることはないが、一旦具体的施策を選択し、それを実施するに至つた場合には、それを制度化する直接の根拠が、たとえ元来事務処理上の指針として一般に公布されることのない要綱によるものであつても、該制度が、対象地域の住民に公知のものとされ、これが制度化されたときは、右制度は、同対法に基づく法制度として機能しているものと解すべきであり、本件給付制度の場合も、その例外ではないというべきである。
4 かようにして、本件給付制度は、同対法六条六号の具体化としての同和対策事業の一施策(制度)であるが、前述のように、同対法及びそれに基づく同和対策事業の目的であり、また目標である、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)について、教育の充実等を図ることによつて、その住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消することは、すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念に鑑みて国及び地方公共団体に課せられた責務であり、このことと、法の下の平等の原則とに照らすならば、同対法に基づき行われる具体的施策は、対象地域の差別をうけている住民全てに対し、各施策の性質に応じて公平に行われなければならないことは明らかであり、本件給付制度のように、対象地域の差別されている住民に対し、一定の支給要件を定めて補助金給付をなすものである場合には、その要件を備えている者はすべて公平にその支給をうけられるべきものであることは、当然の事理に属する。
そして、北九州市は、地方自治法二三二条の二に基づき、本件給付制度を裏付ける予算措置をとるため、市議会に諮つてその議決を受け、他方、被告は、本件要綱によつて一定の支給要件を定め、これを関係者に周知させ、受給資格をそなえた者の申請に応じているのである。そうすれば、本件進学奨励金等を支給するか否かを決定することが、被告の権限に属せしめられていても、それは、その支給を申請した者に対し応答をするか否かの恣意的な裁量までを許すものでないことは、みやすい道理である。即ち、被告は、本件要綱に定められたところに従つて本件進学奨励金等受給の申請がなされれば、これを支給するか否かの応答をなすべく、その場合、該申請が同要綱に規定した支給要件を満たすものである以上、特段の事由のない限り、同要綱に定められた給付をなす義務が生ずるものと解すべきである。
5 以上るる検討してきたところに従えば、本件給付制度は、憲法及び同対審答申の精神を受けて制定された同対法に基づく同和対策事業の具体化されたものであり、右給付制度の実施において、被告においてこれに応答する否かが恣意的に選択できるものではなく、しかも、支給要件を満たす者からの申請に対しては、特段の事由のない限りその支給に応じなければならないことなどの諸点に照らして勘案すれば、本件給付制度によつて進学奨励金等の支給を受け得る利益は、具体的な権利とまではいえないにしても、法的に承認されあるいは保護さるべき利益ということができる。そして、前認定の事実によれば、本件給付制度でとられている給付の仕組としては、受給希望者の申請とそれに基づく被告の支給するか否かの決定を経なければ、右法的利益は実現できないこととされており、しかも、その際の支給要件の存否を判断する権限は、もつぱら被告に属しているのである。かように、被告のなす支給するか否かの決定は、受給申請者の法的利益を実現するか否かの法的効果を直接かつ一方的に生じさせるもので、かつ、その決定に際し、恣意的な判断(選択)が許されるわけではないことからすれば、受給申請者の申請に対して被告がなすべき応答(支給するか否かの決定)は、まさしく行政処分としての決定と解すべきであつて、これを目して、私法上の契約の申込みに対する承諾や行政庁の職権発動による行為として評価することはできない。
そうすると、本件要綱の定めに従つて給付申請をした者は、その支給するか否かの応答を受ける法律上の利益を有する反面、被告はその応答をなすべき義務を負うものというべきであるから、右申請は、行訴法三条五項に定める「法令に基づく申請」にあたり、被告のこれに対する応答(支給するか否かの決定)は、行政処分性を有することが明らかである。叙上の判断に反する被告の前記主張は、これを採用することができない。
二 被告は、第二に、原告のなした本件進学奨励金等給付の申請なるものは、本件要綱に定められた手続を履銭していないので、不作為の違法確認の前提となるべき申請が存在せず、したがつて、本件訴は、原告適格を欠き、却下されるべきであると主張するので、以下この点につき判断する。
1(一) 北九州市が、同和対策事業の一環として、進学奨励金等の支給制度(本件要綱)を設け、被告が、本件要綱に定めるところにより、右進学奨励金等の支給を決定する権限を有していること、北九州市会議員の野依勇武及び弁護士の安部千春(本件原告訴訟代理人)が、昭和五三年三月二九日北九州市教育委員会に赴き、学事課長に面談して、本件申請書類(内容については後述)を同課長に提出したが、同課長は、所定の手続を経ていないとの理由で、右書類の受取りを拒否したので、右両名は、学事課長に対し、同書類を受取るよう言つて、右課長の机上にこれを置いて立ち去り、右書類は、その後、被告から原告に返送されたことは、当事者間に争いがない。
(二) 証人野依勇武の証言によれば、右提出した書類の内容は、本件要綱五条による入学支度金及び進学奨励金交付申請書、高校の合格証明書、戸籍謄本、住民票であり、かつ、前記野依、安部の両名は、原告の保護者堂山フミ子(本件原告法定代理人)から右書類提出のための委任を受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 前掲甲一、二、七号証、乙一、三、六、七号証、甲七号証により成立の認められる甲四号証、前掲野依勇武、仰木忠幹の各証言及び弁論の全趣旨に前記当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 北九州市における本件進学奨励金等の制度は、昭和四一年に発足したものであり、被告はその受給資格、支給額、交付申請手続その他所要の事項を定めた支給要綱を制定し(昭和五一年それを一部手直しして本件要綱とした。)、これに従つて進学奨励金等の給付手続をなしている。
本件要綱五条によれば、進学奨励金等の支給を受けようとする者は、所定の様式による交付申請書に在学証明書、住民票写し等を添付して被告に提出すべきものとされているが、実際の取扱いとしては、制度発足当初より、右交付申請書用紙は解同の各地協に備え付けられており、各申請者はその者の属する解同地協を通じて申請書等を被告に提出し、その際、解同地協の責任者が申請書に確認印を押捺するという方法によつていた。
右要綱五条の規定は、昭和五一年四月一日改正され、「教育長の指定する手続に従つて」所定の書類を被告に提出しなければならないこととされたが、右改正の趣旨は、右に述べた従前の取扱いの根拠を定めようとするものであつて、被告教育長は、その「指定する手続」を文書により明らかにしているものではないが、右の「指定する手続」として、各申請者が所属する解同地協を通じて申請書等を提出すべきものと定めている(そのことは、申請者に対し、必要に応じ個々的に説明している。)。
(二) 原告の居住する北九州市若松区深町(波打地区の一部である。)は、いわゆる同和地区の一つであるが、従前は同和運動の団体に組織化されていなかつたところ、昭和四八年三月地区住民の発意により解同若松地協波打支部が結成され、従来から存在した稲国支部と共に同地協を構成し、以来同市における各種の同和対策事業の対象とされるようになつた。
その後、若松地協波打支部においては、学習会等の活動を通じて同和問題に取り組むうち、殊に兵庫県八鹿高校で生じた暴力事件の現地調査を契機として、解同の運動方針に疑問を抱くようになつたのであるが、たまたま昭和五一年五月いわゆる狭山差別裁判抗議のための同盟休校が解同の運動方針として打ち出された際、このような活動に子供達まで巻き込むことに対する強い反対意見が出され、何度も集会を開いて討議した結果、波打支部の所属者全員が解同を脱退して全解連に加入し、新たに全解連福岡県若松支部を組織するに至つた。
(三) 北九州市では、本件進学奨励金等に限らず、出産助成金、就職支度金その他の給付、住宅資金の貸付等同和対策事業にかかる各種の給付の申請は、すべて解同地協に備え付けられた用紙により解同地協を通じて行わせること(いわゆる「窓口一本化」)としているため、従前解同若松地協波打支部に所属していた者は、全解連若松支部の結成以来右各種の給付を受けられなくなつたほか、同市保健所による定期健康診断等も打ち切られる事態となつた。
そこで、原告(その保護者)は、本件進学奨励金等の支給の申請にあたつては、解同若松地協を経由せずに、前記野依勇武、安部千春の両名に右申請手続の代行を依頼し、右両名が被告の担当職員に申請書等を提出したのであるが、担当職員は、右の申請が解同若松地協を通じてなされていないことを理由に、その受領を拒絶し、これに対し、原告の右代理人らは、右経由の不要を主張して譲らず、前記のように、右代理人らがその場に差置いた申請書類が返送されるに至つたものである。
3 原告は、本件要綱五条の「教育長の指定する手続」は、具体的に何によつて定められているのかが明らかでなく、その内容が一般に知りうる状態にないので、恣意的に運用されるおそれがあり、法規性を有するものではないと主張している。そこで、この点につき判断するに、同条の「指定する手続」とは、申請書等を解同地協を通じて提出することをいい、それは本件進学奨励金等の制度の発足以来一貫して行われてきた手続であることは、前記のとおりであるうえに、その支給の対象となる者の範囲が比較的限定されていることからするならば、解同地協を通じての申請手続の指定が、外部的に明確な方式でなされていないからといつて、それがために、右指定自体が直ちに無効なものであるとはいえない。
しかしながら、右の「指定する手続」の内容については、更に検討の必要がある。本件進学奨励金等の性格を考えてみると、それは、同和対策事業の一環として実質的な教育の機会均等の確保を目的とするものであり、そこで本質的に重要なのは、本来進学奨励金等を受けるべき地位にある者が適正に選定され、これによつて同和問題の解決に効果的に寄与することであるのは、多言を要しない。従つて、右の「指定する手続」も、この見地にたつて定められるべきものであり、もし仮に、右「指定する手続」が著しく不合理なものであつて、そのために本件進学奨励金等支給の制度目的が甚しく阻害されるような場合においては、右の手続の指定は、その内容において違法、無効と評価されてもやむを得ないものと解される。
4 そこで、右の点につき考えるに、被告は、本件進学奨励金等の交付申請書及びその他の必要書類を解同地協を通じて被告に提出しなければならないとした理由は、同和対策事業の一環たる制度の目的を実効あらしめるためには、地区住民の自発的意志に基づく自主的運動と緊密な連けいと調和を保つて実施する必要があること、進学奨励金等の支給対象者を被告が独自に判定することは不可能であつて、前記の自主的運動としての関係団体を通じてこれを明らかにする以外に方法がないこと等の点にあると主張する。
しかしながら、右の方法は、関係団体が一つに統合されているか、あるいは複数の関係団体の間に正常な関係が保たれている場合には、問題なく有効に機能するであろうけれども、関係団体の間に対立、反目が存在するときは、そこに複雑、困難な問題が生じることは容易に予測されるところであり、ひいては、同和行政本来の目的に背く結果となることも決してあり得ないことではない。
これを本件についてみるに、原告が被告の勧告にもかかわらず本件進学奨励金等の交付申請を解同若松地協を経由して行わなかつたのは、従前原告の保護者の所属していた解同若松地協波打支部が解同から脱退して全解連に加入したためであることは前記のとおりである。そして、右の脱退が同和運動団体内部における活動方針についての対立を原因とすることも前記のとおりであるが、前認定の事実に加え、前掲甲四、七号証、弁論の全趣旨及びそれにより成立の認められる甲三、八、九号証によれば、同和運動の方針をめぐつて解同内部に生じるに至つた対立、抗争及びこれを引き継いだ解同と全解連の対立関係は、同和運動のあり方、更には党派闘争にもかかわる深刻なものであつて、事柄の性質上、全国的な規模のものであり、かつ根の深いものであることが窺われる。前掲甲七号証によれば、原告の属する解同若松地協波打支部が解同を脱退して全解連に加入するに至つたのも、右の対立が原因であると認められ、このような状況であるから、原告に対し、全解連に加盟しつつ、本件進学奨励金等の交付申請は解同若松地協を通じてなされるのを期待するというのは、むしろ難きを強いるものといわざるを得ない。
以上のとおりであつて、解同を通じての申請手続が効果的に機能してきた基盤は、一部崩壊してきており、かえつて、そのために本件紛争が生じたということができる。
右のように、被告主張の「指定する手続」の合理性を担保する前提は既に消滅しているにもかかわらず、従前の取扱いを「指定する手続」として原告に強制することは、原告に対し、本件進学奨励金等の受給の途を閉ざすことを意味し、著しく不合理な結果となる。
なお、被告は、同和対策事業の対象者は、関係団体を通じてでなければこれを明らかにすることはできない旨主張するが、被告のいう関係団体とは解同を指すと解されるところ、原告らの属する全解連波打支部がかつては解同若松地協波打支部であつたことから考えても、被告において原告が同和対策事業の対象者であるか否かの判断をなす手段を全く有しないとは考えられず、被告の右主張は失当である。
5 以上考察したところからすれば、被告の指定した手続の履践が本件申請の要件であると解する限り、右指定手続は違法、無効といわざるを得ない。
しかしながら、右指定手続が成文化されておらず、申請者に対し口頭で説明されていること、また、申請者が解同に属する場合にはその所属地協を経由して申請書等を提出するのにも利点があることをも考え合わせると、ここでは右指定手続を合理的に解釈し、右は申請行為の有効要件たる性格を有しない訓示的なもの(いわば行政当局の希望を述べたもの)に過ぎないとみるのが相当である。
従つて、原告らが右指定手続を履践していないからといつて、本件進学奨励金等の交付申請行為が存在しないということはできず、被告の主張は採用できない。
三 次に、被告が原告の右申請につき決定をしないことが違法であるかどうかについて判断する。
原告が、被告に対し、昭和五三年三月二九日に本件進学奨励金等の交付申請をなしたことは前認定のとおりであり、被告が本件口頭弁論終結時に至るも支給するか否かにつき決定をしないことは、当事者間に争いがない。
被告が原告の申請に何の応答もしないのは、本件要綱に基づく申請は行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」に該らず、また、原告が被告の指定した手続を履践していないため申請行為が存在しないという理由によるものであるが、被告の右主張が失当であることは前述のとおりであり、前記二1(一)、(二)の事実関係を前提とするかぎり、原告の代理人が本件要綱による本件進学奨励金等の交付申請書及び所定の必要書類を被告に提出したことにより、有効に本件進学奨励金等の申請をしたものと認めることができる。
しかるに、被告は、本件申請がなされた後長期間を経過しても、原告に対し本件進学奨励金等の交付の許否につきいずれの決定もなさず、かつ将来その決定をなす意思があるとも認められないが、それが本件申請をなした原告の地位を不安定ならしめることはいうまでもないから、被告の右不作為は違法であるといわざるを得ない。
四 以上の次第で、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。