大判例

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福岡高等裁判所 昭和55年(行コ)31号 判決 1983年3月07日

控訴人

飯盛町長

島田正良

右訴訟代理人

芳田勝己

被控訴人

鳥居豊樹

右訴訟代理人

松尾千秋

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

地域住民の生活環境としての清純な風俗環境の保全は、地域住民の生存権保障にかかわる重大な問題であり、本来的な地方自治事務に属するものであつて、風俗営業取締法や旅館業法による国の事務としての監督行政は、その性質上全国的最低基準に過ぎず、地域の行政需要に応じた上のせ的規則を法律施行条例とは別に行政事務条例として制定する余地と必要性がある。

しかして、被控訴人が建設しようとする建物は、モーテルではないが、その使用目的はモーテルと全く変らないもので実質的には風俗営業であるから、平和な田園地帯である飯盛町の中心部にモーテル類似の旅館が建設されると、地域住民の清純な生活環境が破壊されることは明らかである。このような建物に対し公共の福祉の立場から一定の制限を加える条例を制定し、右条例に基づきモーテル類似旅館の規制をなすことは旅館業法に違反するものではない。

なお、被控訴人の建設予定地が本件条例三条三号に該当しないとしても同条六号には該当することが明らかであるから、本件不同意処分は適法である。

(被控訴代理人の主張)

控訴人の右主張は争う。

(証拠)<省略>

理由

一被控訴人が昭和五三年一一月九日控訴人に対し本件条例二条に基づき旅館建築の同意処分を求めたところ、控訴人が、同月一七日本件不同意処分をし、昭和五四年一月二九日これが被控訴人に通知されたことは当事者間に争いがない。

二本件の第一の争点は控訴人が本件不同意処分の根拠とした本件条例が旅館業法に違反しないか否かにあるので、まずこの点について検討を加える。

憲法九四条は、「地方公共団体は……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、また地方自治法一四条一項も「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。これは、条例制定権の根拠であるとともに、その範囲と限界を定めたものである。したがつて、普通地方公共団体は、法令に反する条例を制定することは許されず、法令に反する条例は、その効力を有しないものといわなければならない。

しかしながら、問題は、いかなる場合に条例が法令に反することになるかの点にある。

憲法九二条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と規定し、一定の地域内の行政がその地域の住民の意思に基づいて行われるべきこと及び一定の地域を基礎とする地域団体が自主的に地方の公共事務を処理すべきことを保障しているのであつて、前記憲法九四条の規定も、地方公共団体が、法律の委任に基づくことなく、法律と同様に広く条例の形式で法規を定立することを認めたものといえる。

従つて、条例の法令適合性を判断するには、条例が法令と同趣旨の規制目的のもとに法令より強度の規制を行つている場合でも、両者の対象事項と規定文言のみを対比して直ちにその間に抵触があるとすることは相当ではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、法令が当該規定により全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨か、あるいはその地方の実情すなわち当該地方の行政需要に応じた別段の規制を施すことを容認する趣旨であるかを検討したうえ、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。

これを本件の場合についてみると、まず、旅館業法は、公衆衛生の見地及び善良の風俗の保持という二つの目的をもつて種々の規制を定めているが、旅館業を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないとし(同法三条一項)、都道府県知事は、許可の申請に係る施設の設置場所が、学校、児童福祉施設、及び社会教育法二条に規定する社会教育に関する施設で、学校、児童福祉施設に類するものとして都道府県の条例で定めるものの敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合において、その設置によつて当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときは、許可を与えないことができるとしている(同条三項)。

旅館業法に右善良の風俗の保持という目的が加えられ、施設の設置場所が学校の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合において、許可を与えないことができるとされたのは、昭和三二年法律第一七六号による改正においてであり、さらに学校の周囲の他に児童福祉施設、社会教育施設などが加えられたのは昭和四五年法律第六五号による改正においてであり、これらは善良の風俗の保持という目的から社会の一般道徳観念に反するモーテル営業等の旅館営業の規制を行うことにあつたと考えられる。(なお、モーテル営業については、昭和四七年法律第一一六号による風俗営業取締法の改正により、四条の六が付加され、モーテル営業が営まれることにより清浄な風俗環境が害されることを防止する必要のあるものとして、都道府県の条例で定める地域においては、営むことができないこととされた。)

一方、本件条例の規定する内容は、その成立に争いがない乙第三号証によれば、別紙のとおりであることが認められる。

そこで旅館業法と本件条例とを対比すると、本件条例が飯盛町内における旅館業につき住民の善良な風俗を保持するための規制を施している限り、両者の規制は併存、競合しているということができる。

ところで、地方公共団体が当該地方の行政需要に応じてその善良な風俗を保持し、あるいは地域的生活環境を保護しようとすることは、本来的な地方自治事務に属すると考えられるので、このような地域特性に対する配慮を重視すれば、旅館業法が旅館業を規制するうえで公衆衛生の見地及び善良の風俗の保持のため定めている規定は、全国一律に施されるべき最高限度の規制を定めたもので、各地方公共団体が条例により旅館業より強度の規制をすることを排斥する趣旨までを含んでいると直ちに解することは困難である。もつとも、旅館業法が旅館業に対する規制を前記の程度に止めたのは、職業選択の自由、職業活動の自由を保障した憲法二二条の規定を考慮したものと解されるから、条例により旅館業法よりも強度の規制を行うには、それに相応する合理性、すなわち、これを行う必要性が存在し、かつ、規制手段が右必要性に比例した相当なものであることがいずれも肯定されなければならず、もし、これが肯定されない場合には、当該条例の規制は、比例の原則に反し、旅館業法の趣旨に背馳するものとして違法、無効になるというべきである。

そこで、更にすすんで前記本件条例の規制内容を検討すると、およそ飯盛町において旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ町長の同意を得るように要求している点、町長が同意しない場所として、旅館業法が定めた以外の場所を規定している点、同法が定めている場所についてもおおむね一〇〇メートルの区域内という基準を附近という言葉に置き替えている点において、本件条例は、いわゆるモーテル類似旅館であれ、その他の旅館であれ、その設置場所が善良な風俗を害し、生活環境保全上支障があると町長が判断すれば、町におかれる旅館建築審査会の諮問を経るとはいえ、その裁量如何により、町内全域に旅館業を目的とする建築物を建築することが不可能となる結果を招来するものであつて、その規制の対象が旅館営業であることは明らかであり、またその内容は、旅館業法に比し極めて強度のものを含んでいるということができる。そして、<証拠>をはじめとする本件全証拠によつても、旅館業を目的とする建築物の建築について、このような極めて強度の規制を行うべき必要性や、旅館営業についてこのような規制手段をとることについての相当性を裏づけるべき資料を見出すことはできない。右<証拠>によれば、本件条例は、いわゆるモーテル類似旅館営業の規制を目的とするというのであるが、規制の対象となるモーテル類似旅館営業とは、どのような構造等を有する旅館の営業であるかも明確でなく、本件条例の各条文につき合理的な制限解釈をすることもできないし(条例三条中の「附近」を旅館業法三条三項のおおむね一〇〇メートル程度と解する余地があるにせよ、本件旅館の建築予定地が最寄りの中学校から直線距離で約七〇〇メートル、保育園からは同じく約六〇〇メートル離れていることは当事者間に争いがないのである。)、また、一般に旅館業を目的とする建築物の建築につき町長の同意を要件とすることは、職業の自由に対する強力な制限であるから、これと比較してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては、前記の規制の目的を十分に達成することができない場合でなければならないが、そのようなよりゆるやかな規制手段についても、その有無、適否が検討された形跡は窺えない。

以上の検討の結果によれば、控訴人が本件不同意処分をするにあたつて、その根拠とした本件条例三条の各号は、その規制が比例原則に反し、旅館業法の趣旨に背馳するものとして同法に違反するといわざるを得ない。

してみれば、本件においては、その余の争点につき判断するまでもなく、本件不同意処分は違法であつて取消を免れない。

三よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(西岡德壽 松島茂敏 前川鉄郎)

飯盛町旅館建築の規制に関する条例

(目的)

第一条 この条例は、飯盛町地域内における旅館業を目的とした建築の規制を行うことにより、住民の善良な風俗を保持し、健全なる環境の向上を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする。

(同意)

第二条 旅館業(旅館業法(昭和二三年法律第一三八号)第二条第二項、第三項及び第四項に規定するものをいう。以下同じ。)を目的とする建築物を建築しようとする者(以下「建築主」という。)は、当該建築及び営業に関する所轄官庁に認可の申請を行う以前(許認可を必要としない行為については、行為の着手前)に町長の同意を得なければならない。

(同意の基準)

第三条 町長は、建築主から前条に規定する同意を求められたときは、その位置が次の各号の一に該当する場合は同意しないものとする。ただし、善良な風俗をそこなうことなく、かつ、生活環境保全上支障がないと認められる場合は、この限りでない。

(1) 住宅地

(2) 官公署、病院及びこれに類する建物の附近

(3) 教育、文化施設の附近

(4) 児童福祉施設の附近

(5) 公園、緑地の附近

(6) その他町長が不適当と認めた場所

(旅館建築審査会)

第四条 町長は、建築主から第二条に規定する同意を認められたときは、旅館建築審査会(以下「審査会」という。)に諮り、決定するものとする。

第五条 審査会は、委員五人以内で組織し、委員は町長が委嘱又は任命する。

2 町長が特に必要と認めるときは、臨時委員若干人をおくことができる。

(委任)

第六条 この条例の施行について必要な事項は、町長が別に定める。

附則

(施行期日)

1 この条例は、公布の日から施行する。

(条例の準用)

2 この条例施行の際、現に旅館業の用に供している建築物の増改築又は移転及び旅館業の用に供していない建築物の用途を変更して旅館業の用に供する場合においては、この条例を適用する。

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