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福岡高等裁判所 昭和56年(う)252号 判決 1981年11月26日

被告人 菊池弘

昭一三・八・一五生 会社員

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡邊彬迪が差し出した控訴趣意書、控訴趣意書追補、弁護人渡邊隆治が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

弁護人渡邊彬迪の控訴趣意第一、第二のうち事実誤認の論旨及び弁護人渡邊隆治の控訴趣意中同旨の論旨について

所論はいずれも要するに、原判決は、被告人においてイリジウム線源を収納する容器が日非検事務所前に停めた自動車の荷台に放置されたままになつていたのを認め、これを同事務所内に運び込んだ旨認定するが、右は誤認である。右容器が右事務所前に停めた自動車の荷台に放置されたままになつていた事実はなく、また、被告人が右容器を右事務所内に運び込んだ事実もない。これらのことは被告人の原審公判廷における供述及び飯田克己の司法警察員に対する昭和四九年六月二〇日付供述調書により明らかである。これに反し、原判決が証拠とする被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の右に対応する自認部分は任意性も信用性もない。従つて、原判決は証拠の評価並びに取捨選択を誤つて事実を誤認し、ひいては被告人の過失責任を誤認したものであり、右事実の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というに帰する。

よつて検討するに、なるほど所論援用の飯田克己の司法警察員に対する昭和四九年六月二〇日付供述調書及び被告人の原審における供述中には所論にそう供述部分も存するけれども、しかし、右各供述部分はいずれもあいまいさが目立ち、原判決が証拠とする被告人の司法警察員に対する昭和四九年七月二日付、同月一二日付各供述調書、被告人の検察官に対する同年一〇月四日付供述調書及びその他の関係証拠に照らすときたやすく措信しがたいものである。すなわち、

所論は、原判決が証拠とする右各供述調書の右の自認部分の任意性及び信用性を否定するのであるが、関係証拠を精査しても、被告人は身柄不拘束のまま司法警察員の取調べを受けたものであつて、その取調べを受ける前に関係者と罪証隠滅を図つたり、又はその所在をくらませたりした事実があつたため、司法警察員から罪証隠滅を図つたり、所在をくらませたりすると、逮捕されることがある旨の警告を受けたことがあつたにすぎず、右各供述調書の自認部分の任意性を否定すべき事由は何ら発見できない。更に、信用性についてこれを吟味するに、右自認部分はこれを仔細に検討しても、不自然な点は少しもなく、関係証拠に現われた諸状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由は何ら認められないので、原判決が右各供述調書の内容を措信したことは相当というべきである。

而して、被告人の右各供述調書を含む原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は昭和四七年六月二九日午後六時ころ日本非破壊検査株式会社(以下、「日非検」という。)の原判示九州石油株式会社大分精油所(以下、「九石」という。)内事務所に立ち戻つた際、本件イリジウム線源を収納する容器が右事務所前に駐車してあつた自動車の荷台に放置されたままになつていたのを認め、これを同事務所内に運び込んだことを肯認するに十分である。

なお、渡邊彬迪弁護人の所論は、当時九石構内に乗入を許可されていた自動車は作業車のみであり、日非検及び飯田組において右乗入の許可を受けていた車両は、被告人と長崎精一の各専用車であるライトバンのみであつたところ、被告人は当日午前一〇時ころから午後六時ころまで継続して、自己専用のライトバンを使用し且つ九石構内で開催されていた会議に出席していたのであるから、原判決のように、同日午後三時ころ作業を終了するにあたり、イリジウム線源を収納する容器等の運送に被告人のライトバンが使用されたり、同日午後六時ころ同車の荷台に右容器が放置されたりする筈はありえず、また、長崎精一のライトバンは飯田組作業員送迎用をも兼ねていたのであるから、既に飯田組作業員全員が引きあげていたのに、同日午後六時ころ同車のみ日非検事務所前に駐車されることもありえず、要するに当日午後六時ころ同事務所前に日非検及び飯田組において使用していた作業車が駐車されていた事実はありえないというのである。

しかし、原判決は同日午後六時ころ日非検事務所前において荷台に前記容器が放置されたままになつていたところの自動車が、被告人専用のライトバンであると認定しているものではなく、他方、関係証拠によれば、当時飯田組が原判示の業務に使用していた自動車は少なくとも被告人及び長崎精一の自動車各一台のほかにもう一台あつたことが明らかであり、また、当日長崎精一が同人の自動車に飯田組作業員全員を乗車させて引き上げたことを認めるにたりる証拠もないのである。次に、被告人が同日午前一〇時ころから午後六時ころまで継続して、九石構内で開催されていた会議に出席していたとしても、これをもつて被告人が同日午後六時ころ日非検事務所前に至つたことを否定できるアリバイとすることはできない。そうしてみれば、所論は既にその前提を欠くので失当というべきである。

被告人の当審公判廷における供述を聞いても右の説示と相容れない部分は措信できないので、原審の右認定を覆すことはできない。

以上のとおりであるから、原判示の事実認定に誤りはなく、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き証拠評価又はその取捨選択の誤りに基づく事実誤認を見出すことはできない。論旨は理由がない。

弁護人渡邊彬迪の控訴趣意第一、第二のうち訴訟手続の法令違反の論旨及び弁護人渡邊隆治の控訴趣意中同旨の論旨について

渡邊彬迪弁護人の所論は要するに、原判決は、被告人においてイリジウム線源を収納する容器が日非検事務所前に停めた自動車の荷台に放置されたままになつていたのを認め、これを同事務所内に運び込んだ事実を認定し、右の事実を前提として被告人の過失の存在を認定しているが、右事実については被告人の自白のほかに補強証拠がないのであるから、原判決には憲法三八条、刑訴法三一九条二項に違反した訴訟手続の法令違反があり、右違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というに帰し、

また、渡邊隆治弁護人の所論は要するに、原判決が補強証拠として挙示する飯田克己の司法警察員に対する昭和四九年六月二〇日付供述調書(同弁護人の控訴趣意書中「飯田の証言」とある部分は右の誤記と認める。)中本件イリジウム線源を紛失した日の午後四時ころ、右線源を収納する容器をライトバンに積んで日非検事務所に引きあげた時、被告人も同所にいた旨の供述部分、及び渡辺令一の司法警察員に対する昭和四九年七月一六日付供述調書謄本(右控訴趣意書中「渡辺の証言」とある部分は右の誤記と認める。)中右渡辺が昭和四七年六月三〇日に右容器が日非検事務所物置に置いてあつたのを、被告人から教えられて同事務所から持ち出したが、これにはイリジウム線源が入つていなかつた旨の供述部分は、いずれも信用性がないことを付加するほか、渡邊彬迪弁護人の前記所論と同一である。

よつて、先ず右所論指摘の原判決の証拠とする飯田克己の司法警察員に対する昭和四九年六月二〇日付供述調書及び渡辺令一の司法警察員に対する同年七月一六日付供述調書(謄本)中前記主張に副う各供述部分の信用性につき検討するに、飯田克己の右供述部分は他の関係証拠に現われる諸状況と整合しないので、これを採用することができないことは所論指摘のとおりであるけれども、右供述部分は原判決の認定事実に反することが明らかであつて、該供述部分は採用していないことが窺われ、他方、渡辺令一の前記供述部分はこれを仔細に検討しても、不自然な点は少しもなく、関係証拠に現われた諸状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することができないので、原判決がこれを措信したことは相当というべきである。

而して、原判決の挙示する守谷肇の司法警察員に対する昭和四九年六月二五日付、同年七月一二日付各供述調書、守谷肇の検察官に対する同年一〇月三日付供述調書、渡辺令一の司法警察員に対する同年七月一六日付供述調書(謄本)、証人渡辺令一の原審における供述、その他の関係証拠中には、守谷肇は昭和四七年六月二九日午後三時ころ作業を終え、日非検事務所前に駐車された自動車の荷台に、イリジウム線源を収納する容器を放置したまま同所から退去したこと、飯田組の作業員であつた渡辺令一は、翌日右容器が日非検事務所に収納されていることを被告人から教えられ、これを同所から持ち出して作業現場まで運びそのキヤツプを開けたが、右容器にはイリジウム線源が入つていなかつたことが窺われ、これらは、被告人において昭和四七年六月二九日午後六時ころ右容器が日非検事務所前に駐車されていた自動車の荷台に放置されたままになつていたのを認め、これを日非検事務所内に運び込んだという被告人の自認部分(右のうち重要な点は右容器の放置を現認したという部分である。)を補強するにたりるものと認められる。

従つて、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

弁護人渡邊彬迪の控訴趣意第三、第五、及び弁護人渡邊隆治の控訴趣意中業務性否定の論旨について

渡邊彬迪弁護人の所論は要するに、原判決は、被告人が飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたものであり、イリジウム線源を収納する容器は所定の保管庫に格納されるべきものであるのに、同容器の取扱方に杜撰な状況を認めたのであるから、線源の取扱にも不十分なことがあるかも知れないことを予見して、線源の有無を確認すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、これを怠つた過失がある旨認定するが、右は誤認である。被告人は日非検の九石作業現場における安全管理責任者でも、現場責任者でもなく、その他飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたものでもなく、日非検から派遣された単なる連絡員にすぎず、また、ガンマー線使用非破壊検査については無資格であり、イリジウムの現実的占有及び管理は、飯田組限りで行なわれていたものである。仮に、被告人が飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたものであるとしても、飯田組の作業現場においてはイリジウムの線源を収納する容器は事務所内の土間に収納すればたり、所定の保管庫に格納すべきものとはされていなかつたのであるから、右容器が自動車の荷台の上に放置されていた事態をもつて異常、杜撰な状況であるということはできず、また、被告人において右容器を発見した当時同容器にはキヤツプが施されていたのであるから、日常その取扱に習熟している専門家である飯田組の作業員がイリジウム線源を脱落したまま右キヤツプをすることはないものと信頼して行動すればたり、同人が右線源を脱落しているおそれがあることを予見して、同線源の有無を確認すべき注意義務はなく、更に、右の確認をなすべき期待可能性もなかつたものであるから、被告人には過失はない。而して、前記誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というに帰する。

渡邊隆治弁護人の所論は要するに、原判決は、被告人が飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたものである旨認定するが、右は誤認である。被告人は大分に存在する九石作業現場等約一〇個所の日非検の請負作業場における連絡や雑務のため日非検から同所に派遣されていたにすぎず、イリジウムの管理は飯田組において実施し、同組の長崎精一がその管理責任者となつていたものである。而して、前記誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というに帰する。

しかし、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示の事実を認めるに十分であつて、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き事実誤認を発見することはできない。すなわち

右関係証拠を総合すれば、

1  日本揮発油株式会社は九石からその製油所の第三期増設工事を請け負い、日揮工事株式会社(以下、「日揮工事」という。)は日本揮発油株式会社から右工事のうち配管工事を下請し、日非検は日揮工事から右配管工事のうち溶接部分の非破壊検査を下請し、更に飯田組こと飯田克己が右検査を下請したこと、日非検は放射性物質を使用して非破壊検査を行なうこと等を営業目的としていたものであるが、右下請をした検査業務は日非検広島出張所が担当したこと、日非検広島出張所長佐藤有材(以下、「佐藤」という。)は昭和四六年九月ころ同出張所に勤務していた被告人に対し、九石の作業現場責任者として出向くよう指示して、被告人のみを日非検職員として右作業現場へ派遣し、九石構内に石川島重工業の事務所を借り受け、これを事務所(以下、「日非検事務所」という。)として使用していたこと、飯田組こと飯田克己は日非検の専属下請業者であり、日非検から右検査業務に必要な機械器具、殊に本件イリジウム線源、自動車、フイルム等を借り受け、住宅費、食費、燃料費等の支給を受けるなどし、従業員六、七名を使用して、右下請業務を遂行していたものであつて、飯田克己及び同人の従業員はその業務の遂行について日非検から直接間接に指揮監督を受けていたこと、日非検職員の中で飯田克己及びその従業員を現実に日常的な指揮監督をなしうる者は被告人のみであり、飯田克己及びその従業員の右業務内容はイリジウム線源などを使用して非破壊検査を行なうことを主としていたが、被告人は右飯田克己及びその従業員に対し作業内容やイリジウムの保管方法等について指示を与えていたこと、被告人は九石構内において作業をしていた各社の安全専任者をもつて構成されていた工事安全打合会や日揮工事の主催する安全会議に、その都度現場責任者及び安全管理者として出席していたこと、

2  本件発生の当時、右非破壊検査に使用されたイリジウムは放射性物質で、これに人体が被爆すると放射線障害を起こし、細胞組織が破壊されるに至る極めて危険性の高いものであつて、被告人もその危険性は十分知悉していたこと、そのため右イリジウム保管庫(格納庫)は日非検事務所とは別個に日揮工事によつて建設されていたのであり、当然イリジウムは同保管庫に格納されるべきものであつたこと、被告人においても当初は当日の作業の開始及び終了の際に、右保管庫の鍵を開け、あるいはこれを閉めてイリジウム線源の出し入れを行ないこれを厳重に保管していたこと、なお、日非検事務所にはイリジウム等放射線を探知する測定器(サーベメーター)一台が備え置かれていたこと、

3  しかし、当日の作業終了後、イリジウムを収納した容器を前記保管庫に格納する際に、右測定器を用いてイリジウム線源が紛失していないかどうかを点検する作業は行なわれていなかつたこと、特に、日時の経過につれ、保管庫からイリジウム線源を出し入れする作業も、煩雑さのため直接被告人が行なうことなく飯田克己の従業員が行なうようになり、また、イリジウム線源を格納する場所も必ずしも一定することなく、日非検事務所などに収納されていたり、作業中イリジウム線源を収納した容器を持ち運ぶ際にも、その収納口にキヤツプをかぶせることを怠るなど、飯田克己の従業員らのイリジウム線源の保管方法には次第にルーズな行動が見受けられるようになり、被告人においても当時これらを知悉していたこと

以上1ないし3の事実が認められる。

而して、右1、2の事実関係を総合すると、被告人は飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたものであることを肯認するに十分である。

そこで、本件事故が被告人の過失行為によるものであるかどうかを按ずべきところ、以上の事実関係に現われる注意義務の前提たるべき関係状況をみるに、飯田克己の従業員らのイリジウム線源に関する保管方法は、時の経過とともに危険物の取扱に対する慣れと煩雑な手間を省くという怠惰心も手伝つて、漸次に杜撰になつてきていたのであるから、イリジウム線源を容器に収納した後、収納口にキヤツプをかぶせるという同人らの励行すべき収納方法についても、時の経過とともに杜撰になる危険(ひいては本件のような事故を惹き起こすおそれに繋がる)が存したことも否定できないところである。特に、被告人は昭和四七年六月二九日の作業終了後、イリジウム線源を収納する容器が前示保管庫に格納されることなく、日非検事務所前に駐車させてあつた自動車の荷台に放置されたままになつているという極めて杜撰な取扱状況を現実に認めたのであるから、当時右容器に収納されるべきイリジウム線源が紛失しているかも知れない危険につき、当然にこれを察知すべき状況にあつたものというべきである。とりわけ、人体に前叙のような重大な危害を加えるおそれのあるものを管理する業務に従事する者としては、かかる容器の放置という危険状況を認めたのであるから、前記測定器を使用する等して同容器内のイリジウム線源の有無を点検するとともに、その紛失を認める限り、直ちに前記従業員らを指揮するなどしてこれを探し出し、右容器に収納したうえ前記保管庫に格納し、もつて本件の如き事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものといわなければならない。

しかるに、被告人は右容器にキヤツプが施されていたところから右線源が収納されているものと軽信し、右の点検措置を講じなかつたため、同日の作業中飯田克己の従業員守谷肇が本件イリジウム線源を紛失していたことがわからず、翌日ころこれを拾得して接触した九石社員ら四名に原判示の各傷害を負わせたものであつて、被告人が前示注意義務を尽しておれば、本件事故の発生を防止することができたものであり、また、当時被告人にこれを期待することができたものと認められる。してみれば、右各傷害は被告人の右過失に基づくものと認めるのが相当である。

なお所論は、被告人において右容器を発見した時、同容器にはキヤツプが施されていたのであるから、日常その取扱に習熟している専門家である飯田組の作業員が、イリジウム線源を脱落したまま右キヤツプをすることはないものと信頼したものであつて、脱落を予想してまで事故の発生の防止につとめなければならない注意義務はない旨主張するのである。なるほど、被告人が右容器を発見した時、同容器にキヤツプが施されていたことはそのとおりであるけれども、関係証拠に現われるところによれば、イリジウム線源を使用のために取り出すためには、容器のキヤツプをはずさなければならないが、その後右キヤツプは別のフイルム入れ木箱に入れて置かれ、線源の使用終了後に、これを入れた容器はキヤツプをしないままに、木箱のキヤツプのところまで持ち運ぶ場合が多く、被告人においても作業員がキヤツプをしないまま容器を運んでいるのを見て注意したこともあつたことが認められる。しかして、右の如き取扱状況では、キヤツプをしめる前にイリジウム線源がなんらかのはずみに逸出し、これを知らないでキヤツプが施されるおそれもあつて、キヤツプが施されていることのみを以て、使用後のイリジウム線源が収納されたことの証左とすることはできないのである。したがつて、右線源の収納は、これを他の方法で確めない限り、キヤツプが施されていることだけに信頼してよいというものではない。

とくに、本件では先にも述べたとおり、予ねてから飯田組の作業員によるイリジウム線源の取扱いや保管が杜撰になつており、当日は自動車の荷台の上に放置されていたのであり、かかる危険状況を目前にせる被告人としては、前示の如く容器にキヤツプが施されていても、これは必ずしも中味の存在を保証しえないことを考えて、イリジウム線源が使用後収納されたかどうかを管理義務者として当然に確めるべきである。そうすると、かかる場合に所論の如き信頼の原則が適用される余地は全くないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

弁護人渡邊彬迪の控訴趣意第四(量刑不当)について

所論は要するに、被告人に対し本件イリジウム線源を脱落紛失した原審相被告人守谷肇と同一の刑を科した原判決の量刑は不当に重いというのである。

そこで、記録を精査し、かつ当審の事実取調べの結果をも加えて検討し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様(過失の程度や結果)、被告人の年齢、性格、経歴、環境、犯罪後における態度、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状、とりわけ、本件は、被告人が極めて危険な放射性物質であるイリジウム線源の管理などの重要な業務に従事していたところ、同線源を収納する容器が作業終了後所定の保管庫に格納されることなく放置されていたのを現認しながら、同容器内にイリジウム線源が収納されているかどうかを点検しなかつた過失により、同日の作業中既に紛失していた右線源を拾得してこれに接触した四名に対し、それぞれ治療日数約三年一〇か月、同約三年、同約三年、同約一五日を要する放射線障害を負わせたというものであつて、被告人の過失は大きく、その結果も極めて重大であること、被告人は右イリジウム線源を紛失した原審相被告人守谷肇を間接に指揮監督すべき立場にあつたことなどに徴すると、本件イリジウム線源に対する日非検の管理体制等が著しく杜撰であつたこと、本件事故の直接原因を作つたイリジウム線源紛失者は右守谷であつたことなど被告人に有利な事情を十分に参酌し、かつ右守谷との量刑上の均衡を考慮しても、原判決の被告人に対する科刑(懲役一年、二年間執行猶予)は相当であつて、不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

それで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文に則り被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 吉永忠 池田憲義)

参考

(原判決が認定した事実)

一 日本非破壊検査株式会社の概要

日本非破壊検査株式会社(以下日非検という。)は、昭和三一年四月二五日設立され、東京都大田区大森北四―四―三に本社を置き、主に理化学機器による検査、修理などを目的とする資本金二、〇〇〇万円、総社員四〇名位の株式会社で、その代表取締役は所澤恭(以下所澤という。)である。同社は、本社の外に、イリジウム一九二(以下イリジウムという。)を保管するために開設した座間支店を置き、昭和四七年当時、千葉、鹿島、四日市、大阪、水島、広島にそれぞれ出張所を置いていた。そして、同社の専属の下請として飯田組(責任者飯田克己)があつた。

日非検広島出張所は、昭和三六年一一月ころに開設され、本件当時は佐藤有材(以下佐藤という。)が所長で、日非検における西日本区域の非破壊検査業務を担当し、社員は被告人菊池弘(以下菊池という。)、大久保英雄(以下大久保という。)及び女子従業員一名であつた。

日非検では、放射性物質を使用しての非破壊検査業務をその営業目的としていたものであり、イリジウムについては、科学技術庁長官の許可を得て、日本アイソトープ協会から、昭和四三年三月に一〇キユリーの線源ホルダーを購入したのを初めとして、順次同線源ホルダーを購入して非破壊検査に使用していたものであるが、昭和四七年三月ころから、大分市大字一ノ洲一番地ノ一にある九州石油株式会社大分精油所(以下九石という。)において、イリジウムを使用して、製油関係の第三期増設工事に伴つて設置されたパイプラインなどの溶接部分の非破壊検査を始めた。九石の右第三期増設工事の建設関係は、日本揮発油株式会社が元請し、その配管工事を日揮工事株式会社(以下日揮工事という。)が下請し、更に配管工事の検査関係を日非検が日揮工事から請負つていた。日非検では、右検査を広島出張所が担当し、本件当時には、菊池が九石作業現場へ派遣され、飯田組の飯田克己(以下飯田という。)らと右検査業務に従事していた。

二 イリジウムの危険性と被告人両名のその認識及び線源収納容器の構造など

本件当時の非破壊検査に使用されたイリジウム一九二は、天然にはイリジウム一九一として存在し、これを原子炉に入れて中性子を原子核に入れると放射線を発生するイリジウム一九二ができる。その放射線はr線で、これに人体が被爆すると放射線障害を起し細胞組織が破壊されるに至る極めて危険性の高いものであり、その危険性は被告人両名とも充分に知悉していた。また、線源を収納する容器は、別紙図面のような形態で、線源を収納した後、その収納口にキヤツプを被せ、線源を容器内に押し込んでしまえば、右収納口の反対側に線源のジヨイント部分が少し突き出るため、この部分を確認すれば、線源が収納されているか否かを容易に識別できる構造であつた。なお、本件当時、九石構内の日非検事務所には放射線を探知する測定器(サーベイメーター)が一台備え置かれていた。

三(罪となるべき事実)

被告人菊池は日非検広島出張所に勤務し、同社が日揮工事から請負つた九石第三期増設工事において九石作業現場に派遣され、同所におけるイリジウムなどを使用しての日非検専属下請飯田組作業員に対する作業の指揮、機器の管理などの業務に従事していたもの、被告人守谷は飯田組の作業員としてイリジウムなどを使用して製油パイプなどの非破壊検査業務に従事していたものであるところ、昭和四七年六月二九日、被告人菊池の指示により、午前中から被告人守谷と松川利明(以下松川という。)が九石構内の通称一六〇メートル煙突近くのパイプラインの検査をイリジウムを使用して写真撮影をしていた際、午前中からの雨が午後三時ころになつて激しくなつたため、作業を中止することとし、日非検事務所から自動車を呼んで道具を片付け始めたのであるが、

1 被告人守谷は、松川が先にフイルムやイリジウム線源ホルダー(以下線源という。)を収納する容器のキヤツプなどを入れた木箱を一六〇メートル煙突付近に停まつていた自動車に運び込んでしまつていたので、線源を容器に収納して止めネジ(ストツパー)を締めただけで別紙見取図<a>点から自動車の停まつていた<B>点まで持ち運んだのであるが、前記のとおりイリジウムは常時放射線を発散する危険物であり、かつ止めネジだけでは線源の脱落防止に不十分であるからこそキヤツプもする構造になつているのであるから、右のようにキヤツプをせず止めネジを締めただけで持ち運んだ場合には、移動中線源が脱落することがあるやも知れないことを予見して、移動後直ちに線源が脱落していないかどうかを確認したうえでキヤツプをし、若し線源が脱落紛失しているときは直ちにこれを探し出して容器内に収納し、事情を知らない者が脱落した線源に接触して放射線による傷害を負うことがないようにすべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、移動後安易にキヤツプをしただけでそれ以上に線源が脱落していないかどうかを確認することなく、自動車の荷台の上に容器を放置した過失により

2 被告人菊池は、同日午後六時ころ九石側との打ち合わせなどを終えて日非検事務所に戻つた際、前記のように作業を中止して持ち帰つた容器が事務所前に停めた自動車の荷台に放置されたままになつていたので、これを事務所内に運び込んだのであるが、前記のようにイリジウムの管理などの業務に従事する者としては、右容器は所定の保管庫に格納されるべきものであるのに放置されており、危険物の取扱い方に杜撰な状況を認めたのであるから、線源の取扱いにも不十分なことがあるやも知れないことを予見して線源の有無を確認し、若し線源が脱落紛失しているときは直ちにこれを探し出して容器に収納し、事情を知らない者が脱落した線源に接触して放射線による傷害を負うことがないようにすべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、何らの確認措置も講じないまま漫然と容器を事務所内に運び込んで放置した過失により

被告人守谷が前記のように容器を持ち運ぶ途中一六〇メートル煙突付近で線源を脱落紛失したのに気付かず、これを放置した結果、同月三〇日ころ、右線源を拾得してこれに接触した九石社員の関祥二ら後記記載の四名に治療日数約一五日間乃至約三年一〇月間を要する放射線障害を負わせたものである。

氏名

当時の年令

傷害の部位および病名

治療日数

関祥二

二八

両手放射線障碍

約三年一〇月

矢野隆司

二七

右一、二、三、四指放射線皮膚炎

約三年

今村磨

一九

右一、二、三指放射線障碍

約三年

田代浩二

一九

左四、五指放射線障碍

約一五日

別紙見取図(略)

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