福岡高等裁判所 昭和56年(う)598号 判決
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【主文】
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。
この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。
【判旨】
右控訴趣意(量刑不当)について。
所論は要するに、被告人に対し刑の執行猶予を言い渡さなかつた原判決の量刑は犯情の評価を誤つたものであり、不当に重いというのである。
よつて、本件記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠に現われている犯情を検討するに、原判決が「犯行に至る経緯」及び「罪となるべき事実」において詳細に判示する諸事実を是認しうるほかに、次の諸事情が認められる。
被告人の夫○○敏行は、昭和五二年に茨木市の藍野病院に入院治療し、アルコール中毒症の診断を受けていたが、同人が昭和五四年九月中旬ころ被告人らを追つて大分に来た当時その症状は一段と増悪していたこと、
右敏行は、気分の良し悪しにつけ、それを飲酒の口実にし、一旦飲み始めると僅かの睡眠時間をとるほかは昼夜の別なく一週間位を飲み続け、身体が受けつけなくなると数日間中断することもあるが、それを過ぎると再び同様の飲酒を繰り返し、飲酒中は被告人や子供らを傍らに引きつけて、くどくどした酔語の相手をさせ、酔いが廻わると被告人や子供らに殴る蹴るの暴行を加え、隣人や酒店あるいは被告人の親族にもこと毎に因縁をつける有様であり、そのため、被告人が月収一一万円位の中から支払う酒代は毎月四万円ないし五万円位にも達して生計は極度に苦しく、被告人は一時間ないし二時間の睡眠時間をとるのみで仕事に出ることも多く、いつも周囲に肩身の狭い思いをしながら耐え忍んでいたこと、もつとも、敏行は飲酒の中断時には優しい一面を示すこともあつたが、これもその場限りで終るのが常であつて、入院治療を話し合つたこともあつたが、同人が承諾せず、強制入院させることも後難を考え断念せざるをえなかつたこと、
ところで、右敏行は昭和五六年四月二〇日から又々飲酒を始め、同月二三日には酩酊のうえ勤務中の被告人に再三再四金を無心する電話をかけ、さらに、被告人の実兄佐藤浩三の店に押しかけて、酒の掛け売りを要求して因縁をつけ、同人に乱暴を加えかねない言動をするなどし、被告人から金を受けとるや再び佐藤の店に赴いて見栄を張るなど無軌道な行動を繰返し、これがために被告人は、勤務先の病院や兄に対し著しく面目を失し、いたく心痛するうち、事態を心配した兄佐藤から「明日会つて話をしよう」と電話を受け、離婚をすすめられるものと予測したが、それは日頃の敏行の言動から到底不可能と思つていたこと、
同日午後六時過ぎころ被告人が帰宅するや、酔つた敏行から、「お前の兄貴は剣道をやるかも知れんが、俺は喧嘩十段や。おとなしゆうしておればなめてやがつて。黙つちやおらん。」などと怒号され、被告人の兄に対してまで危害を加えかねない口振りであり、しかも、被告人が用意をした食事も満足に口に運べないまま酔いつぶれた敏行を見るにつけ、同人に対するすべての希望を失うとともに、自分や子供らは勿論兄や周囲に対する将来の禍根を絶つためには同人の死を求める以外に途はないと考えるに至り、二階に居る子供らのために食事を用意して行つたところ、長女○○から、「父さんが起きたら寝れないから、今のうちに一寸でも寝なさい。」と優しい言葉をかけられたのをきつかけに、被告人は、「今日父さんが病院に来て迷惑をかけたから、明日からは病院に行けない。」、「もうあんな父さんはいらんわ。」と呟くと子供らも「私達もいらん。」と言い、さらに○○が「この苦労は他人には分らない。知つているのは三人だけや。」などど告げ、母子三人で暫く声を殺して忍び泣くうちに、被告人の心境はいよいよ殺意の形成に傾くに至つたこと、
そこで、被告人は子供らに今夜は近くの被告人の姉宅に行つて泊るようすすめ、子供らが出て行くのを待ち、原判示のとおり、同日午後九時五〇分ころ、自宅一階四畳半の居間で、酒に酔つて熟睡中の敏行の首にコート用の布製ベルトを後部から回して前部で交差させたうえ、涙を流しながらその両端を強く引つ張つて紋めつけ、その場で同人を窒息により死亡させて殺害し、隣家の○○○○を介して自首したものであること。
以上の事実関係にも明らかな如く、本件犯行の原因は専ら夫敏行の常軌を逸した酒乱と怠惰な生活態度にあり、その動機は二児を抱えて長年にわたり忍従の生活を余儀なくされた被告人が、右敏行からのがれるためには同人を殺害するほかないと考えるに至つたことにあつて、かかる事態にまで追い込まれた被告人の心情は十分同情に値するものである。もつとも、本件犯行に到る前に、敏行のアルコール中毒症に対して治療を加えるか又は親族らの協力によつて解決の途を求めるということも客観点には一応考慮の余地がないわけではない。しかしながら、敏行の前示症状や同人の性格あるいは生活関係に徴すると、果して実効ある解決策を見出しうるかは極めて疑問であり、とりわけ、被告人としては長年にわたる苦しみから逃がれるために、右の如き解決策を模索しながら、いずれもこれを期待できないとしてあきらめていたのであるが、夫婦として事情の機微を知り尽した者の判断であつて、仮に第三者の冷静な考察からみれば、なお努力の余地があつたとして、これを被告人にとつて特別に不利な情状とみるのは相当でない。
その他被告人が現在まで本件につき厳しく自責を続け、僅かに子供らが家庭の平和が蘇つたことにより明るさを取り戻したことに慰めを感じていること、とくに被告人は生来的には温順であり、真面目で控え目な性格であつて、親戚、隣人、職場の人など被告人を知る者はすべて本件の発生に一様に驚くとともに被告人に対し深い同情を示しており、殊に敏行の父親や兄弟らにおいてすら非はすべて敏行にあるとして、幼い子供らのためにも寛大な処罰を望んでおり、子供らも被告人の心情をよく理解し、母子三人の生活を強く望んでいること、もとより被告人はこれまで何らの前科前歴を有しないこと等が認められる。
そこで、これら被告人に有利な情状とりわけ、行為の目的や行為に現われた情操等を斟酌すると、本件における犯行態様の特異性や結果の重大性を考慮しても、被告人に対して実刑を科することにより被告人自身や子供らに対する将来の禍根を残すよりも、刑の執行を猶予してその将来を戒め、自律的更生を期待するとともに子供らの健やかな成長に努めさせ、併せて亡き敏行の慰霊を求めるのが科刑の目的に副うものと考えられる。そうしてみれば原判決の被告人に対する科刑は重きに過ぎるものと判断され、これを維持するのは相当でない。論旨は理由がある。
(平田勝雅 池田憲義 矢野清美)
《参考・第一審判決理由抄》
(犯行に至る経緯)
被告人は、昭和三九年三月大分市内の高等学校を卒業後、愛知県小牧市の縫製工場に集団就職し、その後、バスガイドをした後、名古屋市所在の中日ビルの案内係として働いていたころ、当時タクシーの運転手をしていた○○敏行と知り合い、昭和四二年夏ころから同人と同棲を始め、翌昭和四三年八月一六日正式に婚姻し、同月二八日には長女を出産したが、そのころから夫敏行は飲酒にふけつて仕事をせず、家賃も払えなくなつたことなどから、一家は名古屋市から守口市、岸和田市、茨木市と転住し、その間更に長男を出産したが、右敏行の酒乱と怠惰な生活は改まらなかつたため被告人がキャバレーのホステスとして働き生計を維持していたものの右敏行は被告人に対ししばしば暴行を働くのみならず、他人とも喧嘩をし、或いは飲酒の上車を運転して事故を起すなどして罰金刑に処せせられるといつた状態を繰返したため、被告人は三度ほど子供たちを連れて大分の実母○○○の許へ逃げ婦つたこともあつたが、その都度実母から、子供もいることだし辛抱して頑張るよう励まされ、思い直して右敏行の許に戻つていた。しかし、同人はその後も従前からの生活態度を一向に改めようとしなかつたところから昭和五四年七月、被告人は、ついに同人と別れることを決意して二人の子供と共に大分の実母方へ帰り、大分市内の中央外科病院に補助看護婦として就職し、同年八月ころには母子三人で同市大字○○○に移り住んだが、同年九月中旬ころ、突然被告人らを追つてきた右敏行行が被告人の右住居に入り込みそのまま居すわつたため、再び同所で親子四人での生活が始まつた。しかし右敏行は二、三度セールスの仕事を始めたもののいずれも短期間でやめ、仕事もせずに朝から飲酒しては被告人ら家族の者に対してのみならず、隣人や被告人の親族らにもいいがかりをつけて困惑させるようなことが再三にわたつた。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五六年四月二三日、夫敏行(当時三九歳)が飲酒のうえ、勤務中の被告人に再三電話をかけて金を要求したのみか、被告人の実兄佐藤浩三の店に押しかけ酒を要求していいがかりをつけ、同人に乱暴しかねない言動をしたことなどから、いたく心痛していたところ、同日午後六時過ぎころ帰宅した際、酔つている右敏行が、「お前の兄貴は剣道をやるかも知れんが、俺は喧嘩十段や。おとなしゆうしておればなめやがつて。黙つちやおらん。」などと被告人の兄に対しても危害を加えかねない口振りであるのを聞き、夕食の準備をしながら、このままでは右敏行は被告人に対してだけではなく、被告人の兄達にまで危害を加え迷惑をかけることになり、兄達に対して申し訳けないと考えるに及び、このうえは、二人の子供の将来のためにも、兄達を含め周囲の人達のためにも右敏行を殺害するほかはないと決意し、同日午後九時五〇分ころ、前記被告人宅一階四畳半の居間において、コート用の布製ベルト一本(昭和五六年押七三号の1)を、酒に酔つて熟睡中の、同人の後部から回して前部で交差させたうえ、その両端を強く引つ張つて絞めつけ、よつてそのころその場で同人を窒息により死亡させ殺害したが、同日午後一一時二〇分ころ、隣家の○○○○方に赴き、同人らに右犯行を打ち明けて大分警察署に電話通報を依頼し、同人を介して同署司法警察員木許栄喜に自首したものである。