福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)135号 判決 1984年9月26日
控訴人
古崎一弘
控訴人
鶴田繁俊
控訴人
西島清計
控訴人
玉川博美
控訴人ら訴訟代理人
林健一郎
津田聰夫
藤原修身
伊藤祐二
被控訴人
福岡市
右代表者市長
進藤一馬
右訴訟代理人
松崎隆
主文
一 本件各控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人古崎一弘、同西島清計に対し各金一一〇万三、三四二円、控訴人鶴田繁俊に対し金一二〇万四、七四五円、同玉川博美に対し金五八万四、七一七円、及びこれらに対する昭和五三年八月二一日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張の関係は、左記一ないし三のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一1、2<省略>
3 同一六枚目裏一二行目の次に行を改めて「(3)しかして、被告市においては、右(1)の勤務時間に係る特殊性を含む消防吏員全員に共通する職務の特殊性については給料でこれを考慮し、右(2)の具体的作業段階において発生する特殊性については特殊勤務手当―第三ないし第四種勤務差手当―を支給する方法でこれを考慮してきたものである。」を加える。
二 控訴人らの補足主張
控訴人ら隔日勤務の消防吏員の勤務時間の特殊性が給料で考慮されていたことはない。
すなわち、被控訴人市において、行政職給料表とは別途に消防職給料表が設けられた趣旨は、消防吏員の「職務の危険度及び特殊性」に基づくものであつて、被控訴人主張のように消防吏員の勤務時間の特殊性(長時間であること)が考慮されているものではない。このことは、
(1) もともと、行政職給料表、医療職給料表、研究職給料表など各種給料表は、「職務の種類に応じて」定められるものであつて、「正規の勤務時間の長短」は全く考慮外にして作成されているのであり、消防職給料表のみがその例外とは到底考えられないこと、
(2) 消防吏員について労働時間の特例措置を認めてきた労働基準法施行規則二九条は、昭和五六年二月六日の改正により削除され、同五八年四月一日から廃止となり、消防吏員も一般行政職員と同じ労働時間制のもとにおかれることになつたが、これに伴う消防職給料表の改廃は何ら行われていないこと、
(3) 被控訴人市の消防吏員中、毎日勤務者は行政職給料適用職員と同じ勤務時間で勤務しているけれども、消防職給料表はこれら毎日勤務者にも等しく適用されている。すなわち、正規の勤務時間の異なる隔日勤務者と毎日勤務者に同一給料表が適用されていること、
(4) また、被控訴人市における医療職給料表(2)適用の看護婦についても、正規の勤務時間に差のある者に同一の給料表が適用されており、勤務時間差を給料においては考慮していないこと、
(5) 更に、消防職員勤務規程の改正(昭和五三年八月三一日消防局訓令甲第八号)により、昭和五三年九月一日以降控訴人ら隔日勤務の消防吏員の正規の勤務時間は一週間について三九時間となり、行政職給料表が適用される職員の勤務時間と同じになつたにもかかわらず、消防職給料表の改廃は行われていないこと
などによつて根拠づけられるものである。
従つて、職員間における勤務時間の差を調整する趣旨で支給される第一種勤務差手当について、控訴人らがその支給対象外とされるいわれはない。
三 右補足主張に対する被控訴人の認否及び反論
消防吏員の勤務時間の特殊性が給料で考慮されていない旨の主張は争う。
なお、昭和五三年八月の消防職員勤務規程の改正によつても、控訴人ら隔日勤務の消防吏員の正規の勤務時間は一週間につき三九時間と変更されたものではない。右改正後の「一当務一三時間、一週三九時間」という時間は、現実の作業時間の割振り基準を表わしているにすぎず、従つて、一週間につき六〇時間という正規の勤務時間そのものが三九時間に変更されたことにはならない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1及び3の事実並びに控訴人らが原判決別表(一)の「隔日勤務の期間」欄記載の期間のうち、同別表(三)の「隔日勤務でなかつた期間」記載の各期間を除くその余の期間につき隔日勤務をしていたことは、当事者間に争いがない。
なお、<証拠>によると、昭和五八年三月七日被控訴人市条例第一〇号により本件特勤手当条例の一部改正がなされ、控訴人らのように消防職給料表の適用を受ける者については第一種勤務差手当を支給しない旨の明文の規定が設けられたことが認められる。
二しかして、本件の第一の争点は、控訴人らが、右昭和五八年三月改正前の特勤手当条例(以下特記しないかぎり右改正前のものをいう。)において、第一種勤務差手当の支給対象となつていたか否かであるから、この点につき検討する。
1 特殊勤務手当について
(一) 控訴人ら地方公務員法三条二項所定の一般職の地方公務員の給与は、同法二四条六項により、条例で定めるべきものとされているところ、地方自治法二〇四条一、二項によれば、右給与は給料と特殊勤務手当を含む諸種の手当とに大別されている。
被控訴人市では、これらをうけて福岡市職員の給与に関する条例(給与条例)を設け、まず給料については、その三条一、二項で「各職員の受ける給料は、その職務の複雑、困難及び責任の度に基づき、かつ勤務の強度、勤務時間その他の勤務条件を考慮したものでなければならない。」「給料は、別に定める正規の勤務時間による勤務に対する報酬であつて、この条例で定める……手当を除いたものとする。」と規定している。
次に、手当のうち特殊勤務手当については、給与条例二一条で「職員の特殊勤務手当の額及びその支給方法については、別に条例で定める。」と規定し、これをうけて前記争いない事実(請求原因3)のとおり本件特勤手当条例が制定されているものである。
(二) しかして、右特勤手当条例三条一項(なお、国家公務員についての給与法一三条一項も同旨)の文言に照らすと、一般に、特殊勤務手当は、職員が特殊な勤務に従事する場合に、給料とは別途に支給されるものであるが、右特殊勤務手当の対象として考慮されるべき勤務の特殊性とは、被控訴人主張のとおり、第一に、著しい危険、不健康又は困難、その他著しい特殊性のある勤務であるもの、第二に、給与上特別の考慮を必要とするもの、第三に、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものという三要件を満たす類のものであると考えられる。そして、右第二、第三の要件、並びに、前示のとおり職員の職務ないし勤務に対する報酬としては基本的に給料があり、右給料については「その職務の複雑、困難及び責任の度」や「勤務の強度、勤務時間その他の勤務条件」を考慮しなければならない(給与条例三条一項)とされていることに鑑みると、本件特勤手当条例は、給与上考慮すべき勤務の特殊性についても、基本的には給料で考慮することを原則とし、例外的措置としてのみ特殊勤務手当としてこれを支給する旨の定めをしているものと考えられる。
しかるときは、職員が給与上考慮されるべき特殊な勤務に従事している場合であつても、その特殊性が給料の面で考慮されているならば、その特殊性については、当該職員は特殊勤務手当の支給対象とならないものと解するのが相当である。
(なお、勤務の特殊性を給料で考慮することが適当でない場合―すなわちその特殊性を特殊勤務手当の支給により考慮することが相当な場合―としては、第一に、その特殊性が臨時的、一時的、偶発的又は不規則的に発生するものである場合、第二に、その特殊性を恒常的もしくは常態的にとらえることが困難である場合、第三に、その特殊性を標準化し又は画一化して評価することが困難な場合等がこれに当たるほか、第四に、その特殊性がある程度恒常的もしくは常態的に存するからといつて、常にこれに対する措置を給料で考慮することが適当であるとは限らない場合、例えば、給料では影響が大きすぎるような場合などを考えることができる。)
(三) そして、特殊勤務手当のうち、本件で問題とされている第一種勤務差手当により考慮されるべき勤務の特殊性は、前示特勤手当条例四条の規定(請求原因3)に照らすと、職員の勤務時間についての特殊性であることが明らかである。
2 控訴人ら消防吏員の職務ないし勤務の特殊性
控訴人ら消防吏員の職務ないし勤務には、消防の使命、目的(消防法一条)に必然的に伴うところの、主として危険性に係る特殊性があることは論を俟たないが、その勤務時間についても、次のとおり特殊性が存することが認められる。
(一) まず、地方公務員法二四条六項により、一般職の地方公務員の勤務時間その他の勤務条件は条例で定めるべきものとされているところ、これをうけた被控訴人市職員、特に消防職員の勤務時間についての法令上の規定が控訴人ら主張のとおり(請求原因4)であつたことは当事者間に争いがない。
なお、<証拠>によると、労働基準法施行規則の改正によつて、消防吏員等については一週間につき六〇時間まで労働させることができる旨を規定していた同規則二九条が削除されたのに伴い、被控訴人市でも、昭和五八年三月七日条例第一〇号により、勤務時間条例三条二項が右施行規則改正の趣旨に沿うように改められ、また、同年三月二八日消防局訓令甲第一号により、消防職員勤務規程六条の「一週間を通じ六〇時間」が「一週間について四八時間」と改められたことが認められる。(以下、勤務時間条例及び消防職員勤務規程は、特記しないかぎり右昭和五八年三月改正前のものをいう。)
(二) しかして、<証拠>を総合すると、八〇〇名を超える被控訴人市の消防吏員のうちその七〇ないし七五パーセントに当たる者が隔日勤務者であるところ、隔日勤務とは、一当務と呼ばれる勤務開始時刻(午前九時)から勤務終了時刻(翌日午前九時)までの継続二四時間を勤務した後、他の者と交替し、継続二四時間の非番日をおいた後、更に二四時間の勤務を繰り返す勤務形態をいい、消防職員勤務規程四条一、二項により隔日勤務者には四週間を通じて四日の勤務を要しない日が認められ、二日を単位として指定されるように定められているところ、隔日勤務者は、実際に、一週間につき三当務の勤務をしていること(なお、昭和五〇年四月以降は、地下鉄工事に伴う交通混雑の減少を図るため、勤務開始時刻及び終了時刻をいずれも午前九時三〇分とする時差出勤の運用がなされた。)が認められる。従つて、隔日勤務者は、一当務の二四時間、また四週間を平均して一週間につき七二時間の拘束を受けることになる。
もとより、右一当務二四時間(一週間につき七二時間)のすべてが、給与条例や特勤手当条例にいう正規の勤務時間(労働基準法第四章に定める労働時間に相当する。)とされるものではなく、そのなかには当然休憩時間も含まれる(なおこの点については後述する。)のではあるけれども、消防吏員には、労働基準法四〇条、同法施行規則三三条一項一号によつて、休憩時間自由利用の原則(同法三四条三項)の適用が除外されているから、現実には、被控訴人市の消防吏員につき、消防職員勤務規程九条五項(昭和五三年の改正前は二項)で、「休憩はすべて庁舎内において行わなければならない。」、同条六項(同じく三項)で、「職員は休憩時間中外出しようとするときは所属長の承認を受けなければならない。」との規定があるにとどまるにしても、消防吏員の休憩時間は、建前として自由に利用することができるものではなく、従つて、権利として勤務から離れることを保障されているわけでもないと見なければならないし、かつ、消防吏員は、その職務の性質上、火災等の災害が発生すれば、一当務二四時間のどの時間帯であれ、出動して現実の勤務に就かざるを得ないのである。
一方、成立に争いのない乙第一号証及び被控訴人市の職員の勤務時間等に関する規程(昭和二六年八月二〇日庁達第一九号)並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人市の他の一般の職員の勤務時間は、原則として、休日を除き月曜日から金曜日までは午前九時から午後五時まで(その間正午から一時間の休憩時間が設けられている。)、土曜日は午前九時から午後一時までで、一週間計三九時間が正規の勤務時間とされていることが認められ、この勤務形態(休憩時間を含めても一週間四四時間)と前記隔日勤務の消防吏員のそれとを比較すれば、消防吏員の勤務時間が著しく特殊なものであることは多言を要しないところである。
(三) なお、<証拠>を総合すると、昭和五三年に改正されるまでの消防職員勤務規程においては、その九条で、隔日勤務者の休憩時間は別に定めるところによる旨が規定されていたのに、実際には右別段の定めがなされず、従つて、隔日勤務者の正規の勤務時間(いわゆる拘束時間から休憩時間を除いたもの)は規定上明確でなかつたこと、控訴人ら消防吏員としても、従来、隔日勤務の場合は正規の勤務時間と休憩時間との区別を格別意識することなく、むしろ一当務二四時間通しての勤務というような気持であつたこと、その後昭和四三年頃から同四七年四月頃までの間勤務日誌の作成上などで勤務時間を一当務一四時間とする運用がなされたこともあり、また、昭和五三年九月一日以降は消防職員勤務規程の改正により、一当務一三時間、一週間について三九時間と正規の勤務時間が明確化されたのであるが、その間を通じ隔日勤務者の勤務の実態には実質的な変化はないことが認められる。
3 右特殊性についての給与における考慮
右に述べたような、勤務時間の特殊性を含む消防吏員の職務の特殊性は、給与において考慮する必要があるものと考えられるが、被控訴人市における給与上のその取扱いを、沿革に徴して考察してみる。
<証拠>によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
(一) 「地方公務員法の施行に伴う消防職員に関する条例及び規則の取扱について」と題する国家消防庁管理局長通知(乙第九号証)によれば、消防庁では、地方公共団体の消防職員の給料については、その職務の危険度及び勤務の態様の特殊性等に鑑み、原則として、一般行政職員と異なる給料表を適用するのが適当とされた。被控訴人市では、右の行政指導に従い、給与条例(昭和二六年三月制定当時のもの)四条四項に基づき、「消防職員の級の格付等に関する規程」(乙第一四号証)を定めて、消防吏員には、消防吏員級別表を用いて、全職員共通の給料表の号俸調整を行い、右特殊性を考慮した給料上の優遇を図つていた。
(二) 更に、給与法の一部を改正する法律(昭和三二年六月一日法律第一五四号)が公布されるに際して発せられた「地方公務員の給与制度等の改正について」と題する自治庁次長通知(乙第一〇号証)によれば、地方公務員の給与制度についても、勤務態様等が特殊な職については、職員の数、人事交流の状況、勤務の実態等を考慮し、特別の給料表を用いて簡素化することが適当であるとされた。被控訴人市では、右の行政指導に従い、給与条例の一部を改正する条例(昭和三二年一〇月五日条例第四七号)により、消防吏員については、一般行政職員とは異なる消防職給料表を新設し、一般行政職員(これについては行政職給料表が適用される。)よりも有利に措置した。
その結果、例えば、昭和五三年において、高等学校卒業者が新たに被控訴人市に職員として採用された場合の初任給は、一般行政職員であれば行政職給料表の六等級四号給で金八万二、三〇〇円であるのに対し、消防吏員は消防職給料表の六等級三号給で金九万六、八〇〇円であり、行政職給料表に換算すると四号給上位に格付けされ、右給料額の開きは以降少なくとも三〇年近くはそのまま継続することになるもので、このような割合による給料面での消防吏員に有利な取扱いは、(実際の金額はベースアップにより変つてきてはいるが)消防職給料表が新設された当初から、更には遡つて前記(一)で述べた昭和二六年の号俸調整当時から、ほぼ同様の傾向で推移してきた。
(三) 他方、被控訴人市では、昭和二六年八月一日、条例第五〇号をもつて、被控訴人市職員の特殊勤務手当に関する条例を制定したが、右条例には本件第一種勤務差手当のような勤務時間の特殊性に対する手当の支給は規定されていなかつた。(消防吏員には危険手当が支給されることとされていた。)
次いで、被控訴人市は、昭和二九年四月一日条例第九号をもつて右条例の全部を改正した(旧特勤手当条例)が、右旧特勤手当条例では、二条に
「この条例において職員とは、次に掲げる者をいう。
一 事務吏員……及び技術吏員(被控訴人市水道局職員を除く。)
二 議会……の事務部局に属する職員(臨時に雇用される者を除く。)
三 警察吏員……並びに消防吏員及びその他の消防職員」
と規定し、三条で特殊勤務手当の種類として、第一種勤務差手当、第二種勤務差手当、危険手当、及び特殊業務手当を設ける旨を定め、第一種勤務差手当につき、その四条で「第一種勤務差手当は、正規の勤務時間(休憩時間を除く。)が一週間につき三九時間を超える職員にこれを支給し、その額は、その勤務時間に応じ、別表第一に定める額とする
ただし、二条三号……に掲げる職員については、この限りでない。」
と規定され、別表第一では一週の勤務時間が四二時間、四五時間、及び四八時間の職員についてそれぞれ手当の月額が定められた。
かくして、勤務時間の特殊性についての特殊勤務手当である第一種勤務差手当が新たに設けられたのであるが、右二条及び四条但書の文言により、消防吏員には第一種勤務差手当が支給されないことが規定上明らかとなつていた。(なお、右旧特勤手当条例には、現行の特勤手当条例三条一項に相当する条文は存しない。)
(四) その後、昭和二九年一二月二七日被控訴人市条例第六九号により旧特勤手当条例の一部が改正され、その二条が
「 この条例において職員とは、地方公務員法三条二項に規定する一般職に属する職員をいう。ただし、左に掲げる職員を除く。
一 被控訴人市水道局職員
二 常時勤務を要しない職務に従事する職員
三 任用期間が一月未満の臨時的任用職員」
と改められたにもかかわらず、四条はそのままとされたので、全体を通じた条例の文言上は、消防吏員を第一種勤務差手当の支給対象としない旨の明文の規定を欠くかたちとなつた。(なお、右改正後の条文によれば、四条但書により二条三号の「臨時的任用職員」が第一種勤務差手当の支給対象から除外されることになるが、更に、右改正で、九条として「四条……の規定は、……非常勤職員及び臨時的任用職員については適用しない。」旨の規定が設けられたので、四条但書は九条の規定と重複する結果を招来しており、このことは、二条の改正に伴つてなさるべき四条但書の改正が看過されたことをうかがわせる。)
更に、昭和三三年三月二九日被控訴人市条例第一〇号による旧特勤手当条例の改正においては、四条但書の文言が全く改められたが、右改正後も、消防吏員を第一種勤務差手当の支給対象から除外する明文の規定は存在しないかたちとなつた。
(五) そして、昭和四一年三月三一日被控訴人市条例第一一号をもつて本件特勤手当条例が制定、同年四月一日から施行され、同時に旧特勤手当条例は廃止されたのであるが、これまで、被控訴人市の消防吏員には第一種勤務差手当が支給されたことはないし、また、少なくとも昭和五三年頃以前において、本件特勤手当条例(ないし旧特勤手当条例)の解釈上第一種勤務差手当を消防吏員に支給すべきか否かが問題とされたこともなかつた。
以上認定の事実によつて考えると、被控訴人市では、控訴人ら消防吏員については、その隔日勤務の場合の勤務時間の特殊性をも含めて、専ら給料面で勤務の特殊性を考慮するという取扱いをしてきたものと認めるのが相当である。特に、旧特勤手当条例施行の当初において、消防吏員を第一種勤務差手当の支給対象職員から除外する旨の規定が設けられたのは、その趣旨を明らかにしたものとみることができる。しかして、その後、旧特勤手当条例の改正の段階において、右明文の規定を欠くかたちになつたのは、前記認定の事情に照らすと、改正手続の際の過誤によるものか、或いは、第一種勤務差手当はその性質上、給料面で別途考慮されている消防吏員には支給されないのが当然で、明文の規定を俟つまでもないとされたことによるものと推認され、積極的に、第一種勤務差手当を消防吏員にも支給することを意図して、右改正がなされたものとは到底解しがたい。
4 以上によれば、本件第一種勤務差手当の支給により考慮されるべき勤務時間の特殊性については、控訴人ら消防吏員はすでに給料面において考慮されているのであるから、本件特勤手当条例三条及び四条の趣旨を前記二の1の(二)のとおり解する以上、控訴人らは第一種勤務差手当の支給対象とならないものというべきである。なお、このことは、前示のように、旧特勤手当条例の当時から控訴人ら消防吏員は第一種勤務差手当の支給対象とされていなかつた沿革に徴しても根拠付けられるところである。(第一種勤務差手当の内容は、本件特勤手当条例におけるものと旧特勤手当条例におけるそれとで異なるところはないし、また、右新旧両条例施行の前後を通じ、消防吏員についても他の一般行政職員についても、給料面での取扱いや原則的な勤務形態に特記すべき変動を生じた事実もうかがえない。)
5 右認定、判断に反する控訴人らの主張は、当裁判所の採らないところであるが、なお若干この点について述べる。
まず、控訴人らは、控訴人ら隔日勤務の消防吏員の勤務時間の特殊性が給料で考慮されていたことはないとして、その理由をあげている(控訴人らの補足主張(1)ないし(5))。
しかし、右(1)は、前示給与条例三条(給与法四条も同旨)の規定に照らせば、控訴人らの独自の見解に過ぎないものというべく、採用に値しない。
次に、(2)及び(5)については、なるほど控訴人ら主張のような各法令の改正がなされたのに、これに伴つての被控訴人市の消防職給料表の改廃がなされていないことは弁論の全趣旨によりこれをうかがうことができるけれども、正規の勤務時間数の如何にかかわらず消防吏員の勤務時間には前示(二の2の(二)、(三))のような特殊性が存するもので、しかもその特殊性は右法令の改正によつても実質上の変化はないのであるから、右法令の改正に伴う消防職給料表の改正がなされなかつたからといつて、直ちに控訴人ら消防吏員の勤務時間の特殊性が給料面で考慮されていないとはいい得ず、控訴人らの主張は理由がない。
次に、(3)については、前示のとおり八〇〇名を超える被控訴人市の消防吏員のうちその七〇ないし七五パーセントに当たる者が隔日勤務者であり、その余が概ね毎日勤務者なのである。そうだとすれば、消防吏員は、その大部分が隔日勤務者であつて、その勤務は長時間にわたることを常態とするもの、換言すれば、消防吏員の勤務体制は、総体的に見て、隔日勤務を通常の形態とするものであるということができる。しかも、消防職員勤務規程六条によれば、毎日勤務者であつても、消防吏員であれば、必要に応じ、隔日勤務者と同じように、一週間につき六〇時間の勤務をすることがある。のみならず、前記一ノ瀬証人の証言によれば、消防吏員である以上、毎日勤務と隔日勤務との間の人事交流の要請があることを認めることができる。以上を総合すると、消防吏員に対して、一律に消防職給料表を適用する必要性と妥当性が存するというべきである。そして、前記国家消防庁管理局長通知(乙第九号証)の趣旨に鑑み、消防職給料表において消防吏員の職務の危険度などの特殊性をも考慮されているとみられることを併せ考えると、消防吏員に対して一律に同給料表が適用されるからといつて、隔日勤務者の勤務時間についての特殊性が給料上考慮されていないとすることはできない。
また、(4)については、<証拠>を総合すると、看護婦に対して医療職給料表(2)が制定、適用されるに至つたのは、被控訴人市の人事委員会が昭和四九年八月一二日付で、「看護業務の複雑困難化及び要員確保の必要性等の事情を考慮して」所要の措置を講ずるよう勧告した結果であると認められるので、消防職給料表の制定とは趣旨を異にし、医療職給料表(2)は勤務時間の特殊性を給料表化したものではないといわなければならない。従つて、医療職給料表(2)の適用を受ける看護婦が第一種勤務差手当の支給を受けたからといつて、このことをもつて、消防職給料表において消防吏員の勤務時間の特殊性が考慮されていないとすることはできないし、また看護婦と消防吏員との間に不公平を生じるものとも考えられない。
更に、控訴人らは、本件特勤手当条例に定める第三種勤務差手当及び第四種勤務差手当については控訴人ら消防吏員にも適用されているのに、第一種勤務差手当については適用されないとするのは矛盾がある旨主張する。しかし、特勤手当条例に規定されている諸種の特殊勤務手当は、それぞれ別個のものであるから、ある職員につきどの手当が支給されるかは、対象となる手当ごとに別途に考察するのが当然で、消防吏員に第三或いは第四種勤務差手当が支給されるからといつて、第一種勤務差手当をこれと同一に考えるべきでないことはいうまでもなく、控訴人らの右主張も採用の限りでない。
三以上の次第で、控訴人らの本訴請求は、その余の点につき検討するまでもなく失当としていずれもこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(蓑田速夫 柴田和夫 宮良允通)