福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)352号 判決 1982年9月21日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき昭和四六年三月一二日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
水産業協同組合法四五条は民法五四条を準用しているから、被控訴人組合がその組合長理事の代表権に加えた制限をもつて善意の第三者に対抗することができないところ、同条にいう善意については、代表者につき一定の制限的制度が客観的に存在しているということのみしか知らない場合は、いまだ善意であつて、当該具体的な代表者の行為が右制限に違反しているというところまで知つて始めて善意ではない(即ち悪意)と解すべきである。そうすると、控訴人が被控訴人組合の代表者にかかる制限違反の行為があることまでは知らなかつたのであるから、悪意であつたというを得ない訳であり、しかも善意についての主張立証責任は、代表権に制限を加える側において第三者の悪意を主張立証すべきである。
(被控訴人の主張)
控訴人の右主張は争う。もともと被控訴人組合の当時の組合長理事が控訴人とその主張する内容の売買契約を締結した事実がないので、控訴人主張の善意悪意は問題ではない。
(証拠)(省略)
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないものと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、後記二、三項を付加するほか、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。
1 原判決八枚目裏一一行目に「同年」とあるのを「昭和四六年」と、同九枚目裏四行目に「前掲甲第三号証は」とあるのを「前記売買契約証(甲第三号証)及び委任状(甲第六号証)の被控訴人組合及び被控訴人組合代表者の記名印及び代表者印は」と、同五行目に「作成」とあるのを「押捺」と改める。
2 同九枚目裏八行目、同一二行目、同一〇枚目表二行目、同四行目、同六行目に「放棄」とあるのをいずれも「売却」と改める。
3 同七枚目裏九、一〇行目の「同藤井照義」とある次に「(但し一部)」と、同裏一〇行目の「同坂野虎松(第一、二回)」とある次に「(但し各一部)」とそれぞれ挿入し、同九枚目裏一行目の「証人坂野虎松」とある次に「(第一、二回)」と、同一一枚目表八、九行目の「原告本人尋問の結果」とある次に「(第一回)」とそれぞれ挿入する。
4 同一〇枚目表一二行目から同裏六行目の「べきである。」までを、「被控訴人組合が水産業協同組合法により設立された漁業協同組合であることは弁論の全趣旨により明らかなところ、同法四五条は役員の代表権に関し、民法五三条、五四条を準用しているから、社団法人である被控訴人組合は、その組合定款又は組合総会の決議によつて組合長理事の代表権を制限することができ、この制限に違反してなした組合長理事の法律行為は無効であり、善意の第三者に対してのみ無効をもつて対抗することができないこととなる。しかして成立に争いのない甲第三一号証により認められる被控訴人組合定款三一条は「組合長はこの組合を代表し、理事会の決定に従つて業務を処理する。」と規定し、同三三条は、固定資産の取得又は処分に関する事項を理事会の決定事項の一つとして掲げていることが認められる。右規定は、もとより理事会の権限を定めた組合の組織上の規定であるとともに、組合長理事が定款に定めた一定の事項につき業務執行行為をなすについては、理事会の決定に従うことを定めたものであつて、組合長理事の代表権に対する制限規定でもあると解すべきであるから、右制限規定に違反してなした組合長理事の対外的法律行為は原則として組合に対し効力を生じないものというべきである。」と改める。
二 控訴人は、被控訴人組合はその組合長理事の代表権に加えた制限をもつて善意の第三者に対抗することができないのであるが、第三者がその善意を主張立証するのではなく、無効を主張する者が第三者の悪意を主張立証すべきであり、しかも、悪意の内容としては、当該具体的な代表者の行為がその制限規定に違反していることまで知つて始めて悪意であると解すべき旨主張する。しかし、定款により代表権に制限を加えられた代表者の代表行為は、もともと無効のものであるから、無効をもつて自己に対抗し得ないことを主張する第三者においてその善意を主張立証すべきである。そして右にいうところの善意とは、代表者の当該具体的な代表行為について代表権の制限がなされていることを知らないことを言うものと解される。従つて、第三者が代表者の当該具体的な代表行為について代表権の制限がなされていることを知つていた以上、右代表者が理事会の承認決議を得ることなく代表権制限違反の行為をしていることまで知らなくとも、善意というを得ないものであり、控訴人の前記の主張は採用し難い。
三 当審証人坂野虎松の証言及び当審における控訴本人尋問の結果中、原判決認定の事実に反する部分は採用し難く、控訴人が当審において提出したその余の証拠によつても前記の認定判断を覆し難い。
四 よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙物件目録は第一審添付目録と同一につき省略)