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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)550号 判決 1982年5月27日

控訴人

武本靖己

右法定代理人親権者父

武本勝己

同母

武本佐登枝

右訴訟代理人

稲沢勝彦

被控訴人

藤井綱志

右訴訟代理人

立川康彦

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対して三一万五、〇五八円及びこれに対する昭和五四年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は、当審において請求を減縮し、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対して三二一万九、五八四円及びこれに対する昭和五四年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

<証拠関係>省略

理由

一控訴人がその主張の日時、主張の道路を自転車に乗つて進行中、自転車もろとも道路に沿つて流れる椎原川の護岸壁から転落する事故にあつたこと、控訴人主張の犬は被控訴人が飼つていたものであることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人は右事故により左眼球破裂等の傷害を受け、左眼を失明したことが認められる。

二そこで、右事故発生の状況について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は事故発生当時小学二年生(七才)で、当日は近所の同級生訴外浜本尚樹と各自の自転車に乗つて遊んでいた。

控訴人は、四才のころから子供用自転車を買つてもらつて乗つていたが、小さくなつたため、事故の約一〇日前に買い替えてもらつたばかりであり、当日乗つていた右自転車は車長約1.4メートル、サドルの高さ約0.75メートル、ハンドルの高さ約0.9メートルで、控訴人の身体にはやや大きめで、ペダルに充分足が届かなかつたものの、当日まで転倒等の事故を起こしたことはなかつた。

2  本件犬は被控訴人が愛玩用に飼つていた体長約四〇センチメートル、体高約二〇センチメートルのダックスフント系雄犬で、被控訴人は、通常は庭に鎖でつないでいたのを、当日運動をさせるつもりで首輪から鎖を外したため、犬は一旦被控訴人方前の幅員約三メートルの舗装道路の中央付近まで走り出た。

ところが、たまたま右道路の中央よりやゝ椎原川寄り(進行方向に向つて左側。)を自転車に乗つた控訴人が通りかかり、犬との距離が約8.5メートルになつたころ、右のとおり走り出た犬は吠えることなく歩いて川の方に寄りながら二メートル程控訴人の方に近付いたので、控訴人は道路の端に寄つて通り抜けるため、ハンドルを左に切つた際操縦を誤り、右道路に沿つて流れる椎原川に自転車もろとも転落した。なお、控訴人が転落した頃本件犬は控訴人の転落地点道路上から前方約三ないし四メートルの道路中央よりやや左寄に佇立しており、控訴人が運転を誤らなければ、本件犬の左側を通り抜けて走行することは可能であつた。

3  控訴人は日頃から犬嫌いであつた。

<反証排斥略>

三右認定事実によれば、本件犬は大型犬ではなく、格別吠えたわけでもなく、歩いて控訴人の方に約二メートル近付いたにすぎなかつたのであるから、犬の側を通り抜けることは不可能ではなかつたとしても、飼主の手を放れた犬が控訴人に近付いたことと、普段から犬嫌いであつた控訴人が近付いて来る犬に一瞬ひるんだこととが、控訴人が身体に比してやや大きすぎる自転車の操縦に充分慣れていなかつたことと相俟つて本件事故発生の原因をなしたものと認めるのが相当である。

ところで、本件犬は大型ではない愛玩犬であつて、一般的には人に危害を加えたり畏怖感を与えるおそれはないものということができるが、しかし子供にはどのような種類のものであれ、犬を怖れる者があり、犬が飼主の手を離れれば本件のような事故の発生することは予測できないことではないから、犬を飼う者は鎖でつないでおくなど常に自己の支配下においておく義務があるものというべく、本件事故時運動させるため鎖を外した被控訴人は犬を飼う者としての右注意義務を欠いたものであつて、民法七一八条による責任を免れることはできない。

四そこで控訴人の受けた損害につき検討するに、<証拠>を総合すると、控訴人は事故の日である昭和五四年六月一六日から同年七月一七日まで三二日間福岡大学病院に入院し前記傷害の加療をし、その治療費等として一三万六七八四円を要したこと、右入院期間中少なくとも控訴人主張の一万三八〇〇円の雑費を要したことが認められる。控訴人は付添費用を請求するが、控訴人の右入院期間中何日間付添看護にあたつたかについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

前記認定のとおり、控訴人がペダルに足が届かずしかも乗り慣れない自転車に乗つていたことが本件事故の一因と考えられるので、被控訴人との過失割合は一対九とみるのが相当であるから、前記損害額を右割合にしたがつて過失相殺すれば一万五〇五八円(円未満捨。)になる。

慰謝料額は、前記の控訴人の傷害及び過失の程度その他諸般の事情を考慮すると三〇万円をもつて相当と認める。

五そこで、控訴人の本訴請求は、右合計三一万五〇八五円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五四年六月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきところ、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は不当であるからこれを変更すべく、訴訟費用の負担ついて民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 諸江田鶴雄 日高千之)

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