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福岡高等裁判所 昭和57年(う)564号 判決 1983年2月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官丸山利明(検察官事務取扱検事新野利作成名義)が差し出した控訴趣意書(但し、七頁一行目に「原動付二輪車」とあるのを「原動機付自転車」と訂正)に記載されたとおりであり、これに対する答弁は弁護人村上與吉提出の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は要するに、「被告人は、昭和五七年五月一五日午前三時三五分ころ、北九州市小倉北区魚町四丁目五番三号ひかり屋文具店先てんじんじまばし上において、木原久雄管理にかかる婦人用自転車一台(時価二万円相当)を窃取した。」との窃盗の公訴事実に対し、

原判決は、被告人が、右日時、場所において、木原久雄が他から借り同所に置いていた婦人用自転車一台を、自己の用に供する目的でこれに乗つて持ち去つた事実を認めながら、右自転車は施錠もしないまま深夜までてんじんじまばし上に置かれていたのであるから、右橋の場所的特性をも合わせ考慮すると、被告人が右自転車を持ち去つた時点では、同自転車は前記木原の占有から離れ占有離脱物になつていたというべきであるとして、結局、本件公訴事実については犯罪の証明がないとして無罪を言渡した。しかしながら、原判決は、前記自転車の占有につき事実を誤認し、その結果窃盗罪に関する法令の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない、というにある。

よつて、記録を調査するに、前記公訴事実に対し、原判決が検察官主張のような理由によつて被告人に無罪を言渡したことが明らかである。

そこで検討するに、原審が取調べた証拠に当審の事実取調べの結果を総合すれば、

1  本件犯行現場である「てんじんじまばし」は、北九州市小倉北区魚町四丁目五番三号ひかり屋文具店先に所在し、南北に流れる神嶽川上に東西に架けられ、長さ20.5メートル、幅2.05メートルの鉄骨橋であるところ、同橋の東端は小倉北区随一の商店街の一画である旦過市場の南側出入口の一つとなつており、また同橋の西端も飲食店、薬店等が林立する商店街に通じ、同橋はその東西に所在する商店街に通じる人道専用橋となつていること、

2  同橋の東側に所在する旦過市場はその大通りにアーケードが設置され、その両側に生鮮食料品等一六一店があり、その営業時間も各店により異なつているものの、多くの店は午前八時三〇分ころから午後七時三〇分ころまでであり、中には午後九時三〇分ころまで開店している店もあり、そして、閉店後においても右市場内の街燈は一晩中点燈され、昼間の同市場内と変らぬ明るさを保つていること、また同橋の西側の商店街は、夜間は大体午後一〇時ころまで営業しており、特に同橋の西方9.2メートルの位置にあるコインランドリーは二四時間営業しているため、夜間もその照明で周囲が明るい状況にあり、以上の如き照明により同橋は東方からも西方からも終夜その橋上を見通せる状態にあること、

3  前記旦過市場には自転車等でくる客も多いのであるが、同市場のできたのが古いこともあつて同市場専用の自転車置場がなく、従つて、同市場の周囲の歩道あるいは前記「てんじんじまばし」は相当以前から同市場へ出入する客の自転車置場ともなつており、閉店時ころまでには大体持ち帰るものの、終夜同橋上に自転車を置いたままにしていることも度々見受けられ、現に被告人が本件自転車を持ち去つたとき、同所には右自転車のほかに一台の自転車が置いてあつたこと、

4  木原久雄は、知人の福島浅次からその所有する前記婦人用自転車(以下、「本件自転車」という。)を昭和五七年五月一三日晩借り受け使用していたのであるが、翌一四日昼ころ、買物のため右自転車に乗り前記旦過市場にきたものの、酒が飲みたくなり、同市場内にある酒屋「赤壁」で右自転車を同店の前の通路上に置き飲み始めたところ、通路上に自転車を置くと通行人の邪魔になることから、同店の者が、木原の承諾の下に、右自転車を同店から約一七メートル離れた通常客の自転車置場としている前記「てんじんじまばし」へ持つて行き、同橋の東端近く欄干寄りに欄干に沿つておいていたこと、

5  本件自転車は昭和五六年春ころ前記福島浅次において新車を購入したもので、まだ新しく、その後輪泥よけ(ステンレス)の中央に青色ペンキで「福島」と記入されていたものであるが、前記木原は、右酒店で飲酒しているうち酔が廻り、同日午後二時ころ、右酒店から帰る際、本件自転車に乗つて帰るのは危ないと考えたため、右自転車が前記「てんじんじまばし」上にあるのを確かめた後、後から取りにくるつもりで同所にそのまま置いて約六〇〇メートル位離れた自宅へ帰つたが、当時右自転車の前輪上に取付けてある白色かごの中に茶色折りたたみ式傘一本、白色タオルを入れたままにし、無施錠のままであつたこと、

6  前記木原は、その翌日である昭和五七年五月一五日午前五時三〇分ころ、本件自転車を取りに前記「てんじんじまばし」に行つたが、これよりさき、被告人において、同日午前三時三五分ころ同橋上を通りかかつた際、本件自転車をみつけ、自己の用に供するため、前輪上のかご中にあつた傘、タオルを取り出してその橋上に置き、本件自転車を持ち去つたものであること、

右事実を認めることができる。

原判決は、刑法二三五条の「窃取」の概念に含まれる「占有」とは人が物を現実に所持又は監視している場合だけでなく、占有者が支配していると社会通念上認められる場合も含むとしながらも、本件においては、前記「てんじんじまばし」の人道専用橋という特性にかんがみ、前記木原が本件自転車を無施錠のまま夜半まで同橋上に放置したという事実を考慮すると、もはや木原に右自転車につき同法条の保護に値する「占有」を認めることはできないとして、被告人の右自転車を持ち去つた時点における木原の本件自転車に対する占有を否定しているのであるが、前記認定のとおり、「てんじんじまばし」は人道専用橋であるものの、事実上旦過市場にくる客の自転車置場ともなつており、終夜自転車を置いたままにしておくことも度々見受けられ、現に被告人が本件自転車を持ち去つたとき、同所には右自転車のほか一台の自転車が置かれており、しかも、本件自転車は購入後いまだ一年くらいしか経ていない新しい品物で、後輪泥よけ部分には青色のペンキで「福島」と鮮明に記入されており、その前輪上のかごのなかには折りたたみ傘一本とタオルが入れられて、通行の邪魔にならないように同橋の東端近く欄干寄りに欄干に沿つて置かれていたのであり、木原は、同橋上がそのような場所であることを認識し、後で取りにくる積りで本件自転車をそのまま同所に置いて一旦帰宅したものであるから、かかる事実関係の下では、右自転車が以後約一四時間を経過して夜半を過ぎて午前三時半ころに及び、しかも無施錠でそのまま置かれていたこと等を考慮しても、社会通念上、被告人が本件自転車を持ち去つた時点においても、本件自転車は木原の占有下にあつたものと認定するのが相当である。

してみれば、原判決において前示のように被告人が本件自転車を持ち去つた時点では、右自転車は木原の占有から離れ、占有離脱物になつていたとして、結局本件については右自転車が木原の占有であることについての証明がない場合に該当すると判断したのは、まさに事実を誤認するとともに、窃盗罪に関する法令の解釈適用を誤つたものというのほかなく、弁護人の答弁書中の右説示に反する所論は採用し難い。そして、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、更に次のように判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五七年五月一五日付午前三時三五分ころ、福岡県北九州市小倉北区魚町四丁目五番三号ひかり屋文具店先てんじんじまばし上において、木原久雄管理にかかる婦人用自転車一台(時価二万円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)<省略>

(累犯前科)<省略>

(法令の適用)<省略>

よつて、主文のとおり判決する。

(山本茂 池田憲義 松尾家臣)

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