福岡高等裁判所 昭和57年(う)649号 判決
1 所論は要するに,本件公訴の提起は,刑訴法248条が規定する検察官の裁量の範囲を著しく逸脱してなされたものであり,かつ,公職選挙法1条,225条に抵触する違法な捜査にもとづいてなされたもので,憲法14条にも違反するものであるから,本件被告事件については,刑訴法338条4号により公訴棄却の判決がなされるべきであるのに,原裁判所は本件被告事件の実体について裁判をしているから,原判決は同法378条2号により破棄を免れないというにある。
そこで所論にかんがみ検討するに,被告人らの本件犯行は,原判示福岡県議会議員選挙及び福岡県知事選挙に関し,当選を得又は得させる目的で選挙人方43戸を戸別訪問し,法定外文書を頒布し,事前運動をしたというものであって,犯行の罪質,態様,規模,社会的影響の点において決して軽視できるものではなく,本件犯行が刑訴法248条にいう訴追を必要としない軽微な事案にあたるものとは到底いえないところであり,また本件記録を精査しても,本件公訴提起が公職選挙法1条,225条に抵触する違法な捜査にもとづくもので,憲法14条に違反するものであることを窺うに足りる資料はなんら存しないから,原判決が本件公訴提起の手続が適法なものとして,被告事件の実体について判決したのは正当であり,原判決に所論のような訴訟手続の法令違反はなく,論旨は理由がない。
2 所論は要するに,旧公職選挙法138条1項,239条3号,142条1項(3号,4号),243条3号,129条,239条1号の各規定は,憲法前文,21条,15条に違反し無効であるのに,原判決が旧公職選挙法の右各規定を適用して被告人らを有罪としたのは,法令の適用を誤ったもので,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れないというにある。
そこで所論にかんがみ検討するに,言論,表現の自由及び選挙運動の自由は,いずれも憲法上保障された国民の重要な権利であるところ,旧公職選挙法の右各規定は,選挙に関し,投票を得又は得しめる目的をもってする戸別訪問の禁止,法定外文書図画頒布の禁止,法定期間外の選挙運動の禁止を規定しており,右戸別訪問の禁止は,選挙運動の自由を制限し,かつ結果的に投票依頼という言論,表現行為を戸別訪問の方法によって行うことを禁止することになり,また法定外文書図画頒布の禁止や法定期間外の選挙運動の禁止は,いずれも言論,表現の自由及び選挙運動の自由を制限するものであることは否めない。
しかし他方,公務員の選挙の自由と公正が確保されることは,同じく憲法上の要請であり,そして選挙に関し戸別訪問を許容すると,多数の候補者や運動員が競って選挙人方を訪問し,選挙人の居宅内という一般公衆の目の届かない場所で,投票依頼等の選挙運動を頻繁に行い,買収,利益誘導等の犯罪の温床となりやすく,投票も情実に支配されやすくなるなどの弊害をもたらし,また,選挙用文書図画の無制限な頒布を許容するときは,頒布数量について激烈な競争を招き,経済力によって候補者の優位,劣位が生じるという弊害があり,また,選挙につき常時選挙運動を行うことを許容するときは,これまた経済力その他の非合理的な要素によって候補者の優位,劣位がもたらされるという弊害があることは否定できないところであって,前記各禁止規定は選挙の自由と公正の確保という憲法上の要請に適合するものというべきである。
そして,公職選挙法において,戸別訪問以外の方法による投票依頼行為は,広く許容されており,また,法定外文書図画頒布の禁止も,選挙用文書図画の頒布を全面的に禁止しているのではなく,選挙区の規模に対応した相当の数量の文書図画の頒布が許容されており,また,法定期間以外の選挙運動の禁止も,長期に亙らない相当の期間に限局して選挙運動をなしうることを法定しているのであって,いずれも言論,表現の自由及び選挙運動の自由との調和がはかられているものというべきであり,これらの点を合せ考えると,前記各禁止規定か一定の限度で候補者の言論,表現の自由及び選挙運動の自由のみならず,その他の国民のそれらの自由をも制限する結果となるとしても,合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められないことは,原判決が詳細に説示するとおりであって,右各禁止規定は,いずれも憲法前文,21条,15条に違反するものということができない。
したがって,前記各禁止規定が憲法に違反し無効であるとの所論は採用できず,原判決が右各規定を適用して被告人らを右各規定違反の罪に問擬したのは正当であって,原判決に所論のような法令適用の誤りはなく,論旨は理由がない。