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福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)246号 判決 1984年5月17日

控訴人

崎津漁業協同組合

右代表者理事

山田正名

右訴訟代理人

山田至

被控訴人

出崎宥喜応

外八名

右被控訴人ら訴訟代理人

楠本昇三

紫垣陸助

樋口雄三

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。被控訴人らは本案前の答弁として「本件控訴を却下する。」との判決、本案についての答弁として主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり訂正付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決摘示事実の訂正<省略>

二  控訴人の付加した主張

1  水産業協同組合法(以下「水協法」という。)第一〇条のいう漁民、水産加工業者とは基本的には個人概念であつて、いわゆる九州真珠有限会社(以下「九州真珠」という。)の従業員の如き企業労働者は含まれない。すなわち、被控訴人らは、

(一)  労働基準法第八条七号の「水産動植物の採捕若しくは養殖事業」を営む、九州真珠の従業員であり、労働基準法の適用を受ける企業労働者である。従つて右会社との間に労働契約が存在し、就業規則等によつて、雇用関係や、労働条件等が明確にされている。

(二)  よつて被控訴人らは、右会社に対し忠実義務を有して、右会社の従業員たる地位において生活を維持し社会生活を営むものである。従つて同人等は給与労働者として当然、労働基準法の適用を受ける企業労働者である。

(三)  つまり水協法第一条の「漁民の経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進とを図る」と言う目的規定の適用外において、社会生活を営んでいるものである。

(四)  これに対し現在の控訴人組合員らはいわゆる零細漁民であつて、まさに協同組合組織によつて、その経済的社会的地位の向上と水産業の増進とを図ることを必要とする原始的水産業の従事者でありまさに水協法によつて保護されなければならない存在である。

(五)  組合員資格取得に必要な出漁日数について控訴人組合の定款による組合員取得に必要な出漁及漁業従事日数は、いわゆる原始産業である非企業的漁業者としての組合員資格取得要件としての出漁及漁業従事日数を定めたものである。

然るに九州真珠の従業員の従事日数は、いわゆる会社業務に対する従事出勤日数であつていわゆる漁業協同組合員たる漁民としての目的意識による漁業従事日数ではない。

(六)  ちなみに右会社の就業規則に定められた就業日数の一部を右組合の組合員資格取得日数とするならばあえて漁業協同組合法をもつて、組合員資格に必要な漁業従事日数を定める必要がない(水協法第一八条)。更に右会社の従業員が右組合の組合員資格を有するとするならば、自然現象に左右される沿岸漁業に従事する漁民の集合全体であるべき崎津漁業協同組合は右会社従業員の労働者団体となり協同組合の意味を有しないこととなる。

(七)  更に組合はその行う事業によつて、その組合員のために直接奉仕することを目的としている(水協法四条)。然るに九州真珠の従業員は、右組合事業に無関係であるのみならず、むしろ右会社の企業内組織によつて、その生活の維持と向上を図つているものであつて右組合活動とは無縁である。

(八)  以上のように、水協法第一条の目的は、組合員が組合の施設を利用するという形式で実現されるところ、被控訴人らは企業労働者であつて漁民として控訴人組合の施設を利用することは困難であるというより不可能といえるから、被控訴人らは控訴人組合の正組合員資格を有しない。

2  九州真珠と控訴人組合との間に昭和四八年九月一日締結された契約の第七条は「第三者が新たに区画漁業権の免許申請をなす場合は、崎津漁協と九州真珠と話し合いの上定めるものとする。」と定め、協議を義務的なものとし、その第九条において「右約定に反した場合崎津漁協は九州真珠に対し損害賠償を負う。」と規定している。つまり、控訴人は九州真珠の同意のない限り他者と区画漁業権の設定が事実上できないこととなつている。すなわち、法律上区画漁業権の設定は控訴人組合自体の決定するところであつて(許可の点は別として)、第三者の同意等を必要としない。にもかかわらず、控訴人が、第三者の真珠養殖のための区画漁業権を控訴人の共同漁業権内に設定するについて九州真珠の同意を要するとすることは、同会社が不同意を表明することによつて、第三者と控訴人間の区画漁業権の設定を不可能ならしめることとなり、このこと自体右組合に対する九州真珠の重大なる支配介入である。<以下、事実省略>

理由

一本案前の抗弁について<省略>

二本案について

1  被控訴人らの本訴請求は、いずれも正当として認容すべきものと判断するが、その理由は次のとおり訂正、付加し、次項を追加するほか、原判決理由説示と同一であるから原判決七枚目表一三行目から最後までを引用する。

(一)  原判決八枚目表一三行目の末尾に「なお、控訴人は、法人に正組合員資格を認める水協法第一八条第一項第三号はその立法目的に反し無効であり、従つて、正組合員たる資格のない九州真珠のために真珠養殖に従事している被控訴人らに正組合員たる資格は認められないとも主張している。しかし、同法所定の要件を具備した法人を正組合員と認めることが同法の第一条に掲げた目的に反するとは考えられないから、同法第一八条第一項第三号の規定を無効ということはできない。しかも、九州真珠が控訴人組合の組合員であることは控訴人の自認するところであるから、控訴人組合の組合員資格を有しない九州真珠の従業員たる被控訴人らには正組合員資格は認められないとする主張も、独断の主張というべきである。」と付加する。<中略>

2 控訴人は、被控訴人らは労働基準法の適用を受ける企業労働者であつて、漁民の経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進とを図るという水協法第一条の目的規定の適用外に社会生活を営んでいるから、もともと漁業協同組合の組合員たる資格を有しないものである旨主張する。しかしながら、水協法第一〇条は、漁民とは漁業を営む個人又は漁業を営む者のために水産動植物の採捕若しくは養殖に従事する個人をいうと定義しているところ、漁業を営む者としては、水産動植物の採捕又は養殖の事業を営む個人企業、法人企業を含むものと解されるから、真珠養殖を営む法人企業の漁業従事者としての被控訴人らが、控訴人組合の組合員資格を取得するに必要な所定の日数を超えて水産動植物の採捕若しくは養殖に従事していることが前記引用の原判決の認定<編注・控訴人の地区内に住所を有する被控訴人らが九州真珠のために一年を通じて一二〇日を超える期間真珠養殖に従事している旨の認定>で明らかな以上、被控訴人らも水協法第一条にいうところの漁民であるというべきである。被控訴人らが、他面では企業労働者として労働基準法の適用を受ける労働者であるとしても水協法所定の漁民であることと相容れないものとは言えないし、控訴人組合の施設を利用することが不可能とも言えないから、被控訴人らの経済的、社会的生活が、水協法第一条の目的と無関係であり、控訴人組合の事業と無縁であるとは言えない。なお、企業から賃金を受けて漁業に従事した日数は水協法第一八条所定の漁業日数に当たらない趣旨の控訴人の主張も、控訴人独自の見解で採用することができない。しかして控訴人組合の定款は、正組合員たる漁民を漁業を営む者のみに限定していない(水協法第一八条三項、控訴人組合定款(乙第一号証)第八条参照)から、漁業従事者たる被控訴人らも一年を通じて一二〇日を超えて水産動植物の採捕又は養殖に従事している以上、控訴人組合の正組合員たる漁民である。

控訴人は、また、控訴人と九州真珠間の契約において、控訴人の共同漁業権の範囲水面内に第三者の真珠養殖のための区画漁業権を設定するについて、九州真珠の同意を必要とすることとなつているのは、控訴人組合に対する九州真珠の重大なる支配介入である旨主張している。しかし、控訴人主張のように、控訴人の共同漁業権の範囲水面内に第三者の真珠養殖のための区画漁業権を設定するにつき九州真珠の同意が必要であるとしても、それは、控訴人が九州真珠との間に、控訴人が主張するような条項を含む契約を締結した合意による効果であつて、これを捉えて支配介入というに当らないことはいうまでもない。そして、右契約締結の過程で九州真珠が支配介入したことを認めるに足る証拠もない。従つて、九州真珠の支配介入を防ぐために、その従業員である被控訴人らを控訴人組合の正組合員としての地位を認めないことに正当の理由があるかのごとく主張する控訴人の主張も亦理由がない。

三よつて、原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(西岡徳壽 岡野重信 松島茂敏)

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