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福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)541号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、参加によつて生じた部分を含めて、全部被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

1  控訴の趣旨

一  主文第一、二項同旨

二  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

1  請求の原因

一  訴外戸部田利幸(以下戸部田という。)は、主事として控訴人山田市に勤務していた者であるが、昭和五四年五月八日福岡地方裁判所飯塚支部に自己破産の申立をし、同月二九日破産宣告を受け、被控訴人はその破産管財人に選任された者である。

二  同支部は、破産宣告に先立つ同月一一日、職権により、破産宣告前の保全処分として、戸部田が第三債務者である控訴人山田市から受けるべき退職手当金債権を仮に差押える、第三債務者はその支払をしてはならないとの決定をし、右決定は同日午後六時頃第三債務者に送達された。

三  戸部田は同月七日控訴人山田市の市長宛退職願を提出し、同月一一日同市長から戸部田に対し同月八日付で退職願を受理し、退職手当金五五八万九六〇〇円を支給する旨の通知がなされた。

四  従つて、戸部田についての破産宣告にともなつて、右退職手当金債権は全額破産財団に帰属し、その管理処分権は破産管財人である被控訴人に属している。

五  しかるに、控訴人山田市は右退職手当金五五八万九六〇〇円から、所得税金六万七八〇〇円、退職金支払にかかる市県民税金二万八七一〇円、昭和五三年度市県民税金一万二一七〇円、昭和五四年度市県民税金一八万六六二〇円の合計金二九万五三〇〇円のほか、左記合計金三一七万二九〇九円を控除したと主張し、同年七月一四日残余の金二一二万一三九一円を被控訴人に支払つたのみで、その余の支払をしない。

(イ) 福岡県市町村職員共済組合返済金一八〇万〇九五二円

(ロ) 福岡県労働金庫返済金一三七万一九五七円

六  よつて、被控訴人は控訴人山田市に対し、右五(イ)(ロ)相当の合計金三一七万二九〇九円の退職手当金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一〇月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因の認否

一  請求の原因一、二、三及び五の事実は認める。

二  同四及び六は争う。

3  抗弁

一(一)  本件退職手当金債権は、「山田市職員の一般職の退職手当支給条例」に基づき退職者に支給される生活保障ないし給与後払いの性質を有する債権であること等から旧民事訴訟法六一八条一項五号、六号、二項の準用により、右債権は四分の一の限度でのみ差押えることができ、その余は差押えることができないものである。また、差押許容範囲の拡張の申立はなされていないのであるから、同法六一八条二項但書、民事執行法一五三条一項の準用等により、右債権全額を差押可能とする余地もない。従つて、右債権は四分の一の限度でのみ破産財団を構成し、その余の四分の三は破産者の自由財産となるものである。

(二)  控訴人山田市は、昭和五四年七月一四日、被控訴人に対し、戸部田の右退職手当金五五八万九六〇〇円の四分の一に相当する金一三九万七四〇〇円を超える金二一二万一三九一円を支払つた。

(三)  従つて、被控訴人が管理処分権を有する退職金請求権は、弁済により消滅した。

二(一)  控訴人山田市が、戸部田の退職手当金を破産管財人である被控訴人に支払うに際し、請求の原因五(イ)(ロ)の各金員を控除したのは、その福利厚生事業の一環として、(イ)補助参加人福岡県市町村職員共済組合(以下「共済組合」という。)が共済組合員である戸部田に貸付けた未償還元利金一八〇万〇九五二円、(ロ)補助参加人自治労山田市職員労働組合(以下「市職労」という。)が福岡県労働金庫から借受けて同労働組合員である戸部田に貸付けた未償還元利金一三七万一九五七円の弁済に充当するためであつた。

そして、控訴人山田市は、賃金全額直接払の原則(労働基準法二四条、地方公務員法二五条二項)に対する法律の留保に基づく例外として、共済組合については地方公務員等共済組合法一一五条二項、市職労については山田市職員の一般職の給与に関する条例六条の二第五号に基づいて、各構成員に対する貸付金の弁済に充当するため退職手当金から未償還元利金を控除(チェックオフ)することを認められているものである。

(二)(1)  共済組合の行う事業は、本来自治体が職員に対する福利厚生制度の一環として行うべきものを別の組織を設立して実施しているものであり、右共済組合の目的、組織、事業費の負担、業務等に関する地方公務員法、地方公務員等共済組合法の規定の趣旨からすると実質的には両者を同一体と見ることができるものである。このような共済組合と自治体との一体性が共済組合の貸付金の回収を確実にし、給与や退職手当金が事実上の担保として機能することが要請されているのである。特に退職手当金の担保的機能は大きく、このことは住宅貸付の限度額が退職金の額を基準としていることからも明らかである。

(2)  市職労は控訴人山田市の職員によつて構成される地方公務員法にいう職員団体である。市職労は昭和三四年頃福岡県労働金庫に加盟し、組合員の生活資金に充てるため、同金庫から融資を受けて組合員に貸付けてきた。右の生活資金貸付金の返済については、市職労役員による回収手続の煩雑を避けるため、市職労は控訴人山田市と再三務議し、チェックオフの方法によることになつたものである。昭和四〇年に至り、市職労と控訴人山田市との再三の交渉の結果、条例上に市職労及び労働金庫に対する支払金をチェックオフできる条項(山田市職員の一般職の職員の給与に関する条例六条の二第五号)が新設された。控訴人山田市は念のため職員各人からチェックオフを承諾する旨の書面を提出させている。そして右のチェックオフの制度が、市職労の組合員に対する貸付金の回収を確実にする機能を持つている。

(3)  右のとおり、給与や退職手当金に事実上の担保的機能をもたせ、貸付金の回収を確実にし、かつ回収手続の煩雑を避けるための制度として、また自治体の義務として採用されているのがチェックオフの制度である。

(4)  以上の事実を総合すると、共済組合及び市職労のチェックオフ制度による債権回収は、法律関係としては、控訴人山田市に対し債権の取立及び弁済受領の代理権を付与した委任ないし準委任関係と見るべきであるから、戸部田の退職手当金からチェックオフされた金員が現実に共済組合及び市職労の手元に送金されるまでもなく、控訴人山田市が共済組合及び市職労のためチェックオフすべき金額を確知し実行した時点で、戸部田の共済組合及び市職労からの借受金に対する弁済があつたものと解すべきである。

控訴人山田市は、昭和五四年五月一一日午後二時に市長応接室で、係員が戸部田に対し「退職手当額の通知」という書面を交付し、共済組合及び市職労の貸付金未償還元利金をチェックオフした残額の退職金の受領を催告した。従つて、右の時点で戸部田の共済組合及び市職労からの借受金に対する弁済があつたことになる。

(5)  控訴人山田市は、昭和五四年五月八日午前九時三〇分頃、皆川人事企画課長補佐を通じ、戸部田及びその代理人である登野城弁護士と交渉させ、共済組合及び市職労の貸付金未償還元利金をチェックオフして退職金の支払をなすことについて戸部田の承諾を得、さらに控訴人山田市の係員が前記同月一一日午後二時に市長応接室で退職手当金残金の受額を催告した時点でも、戸部田は右チェックオフ自体には何ら異議をとどめず再度承諾した。

従つて、チェックオフの制度の法律関係を、前記(4)のように債権取立及び弁済受領の委任ないし準委任関係と見ることができないとしても、本件の場合には、右の具体的合意に基づいて、同月一一日午後二時の時点で戸部田の共済組合及び市職労に対する弁済についての控訴人山田市による代理受領の効果が発生したものである。

(三)  従つて、本件破産宣告前の保全処分による仮差押決定が控訴人山田市に送達されたのは、昭和五四年五月一一日午後六時頃であつたから、その時点では既に戸部田の共済組合及び市職労に対する弁済は終了しており、戸部田の控訴人山田市に対する退職手当金請求権はその限度で消滅したものというべきである。被控訴人が控訴人山田市からその後残余の退職手当金の交付を受けたことは請求の原因において自ら陳述しているところである。

(四)  従つて、被控訴人が、否認権を行使して、共済組合及び市職労に対し、弁済受領した金員の返還を請求するのであればともかくとして、控訴人山田市に対し戸部田の退職手当金を請求する何らの理由もない。

4  抗弁の認否

一(一)  抗弁一(一)は争う。

差押禁止の規定は、社会政策的事由等から債権者の犠牲において債務者を保護する例外的規定であるから、無闇にその趣旨を拡張することは許されない。また、戸部田の意思は、退職手当金全額を破産財団に提供することにあつたものである。もし控訴人の主張を認めるようなことがあると、差押禁止規定の趣旨に反し、戸部田には何ら留保されず、破産法上優先権のない共済組合及び市職労のみが優先弁済を受ける結果となり、他の破産債権者との均衡を失することになる。

(二)  同一(二)の事実は認める。

(三)  同一(三)は争う。

二(一)  同二(一)前段の事実は認め、後段は争う。

(二)  同二(1)ないし(5)の事実中、控訴人山田市が昭和五四年五月一一日午後二時に市長応接室で戸部田に対し「退職手当額の通知」という書面に基づき退職手当金の内容を告知した事実及び控訴人山田市は同月八日午前九時三〇分頃皆川人事企画課長補佐を通じ戸部田及びその代理人である登野城弁護士と控訴人主張の内容の交渉をした事実は認め、その余は争う。

(三)  同二(三)の事実中破産宣告前の保全処分による仮差押決定が昭和五四年五月一一日午後六時頃控訴人山田市に送達された事実は認め、その余は否認する。

(四)  同二(四)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因一、二、三及び五の事実は当事者間に争いがない。

右事実、<証拠>によると、(1)戸部田は控訴人山田市に主事として勤務していたが、昭和五四年五月七日同市長宛辞職願を提出したこと、(2)戸部田は住宅資金ないし生活資金の用途で共済組合及び市職労から貸付を受け、同月八日現在で、共済組合に対し金一八〇万〇九五二円、市職労に対し金一三七万一九五七円の未償還元利金債務を負担していたこと、(3)戸部田は同月八日福岡地方裁判所飯塚支部に自己破産の申立をしたこと、(4)控訴人山田市は、同月一一日午後二時頃までに、同月八日付で戸部田の辞職を承認し、山田市職員の一般職の退職手当支給条例に基づく退職手当金五五八万九六〇〇円を支給する旨の決定をし、その旨戸部田に告知したこと、(5)その際、控訴人山田市は右退職手当金五五八万九六〇〇円から、(イ)所得税金六万七八〇〇円、市県民税金二万八七一〇円、昭和五三年度市県民税金一万二一七〇円、昭和五四年度市県民税金一八万六六二〇円の合計金二九万五三〇〇円、(ロ)共済組合返済金一八〇万〇九五二円、(ハ)市職労返済金一三七万一九五七円の総合計三四六万八二〇九円が控除され、差引金二一二万一三九一円が現実に支給される旨戸部田に告知したこと、(6)これに対し戸部田は右各控除について控訴人山田市当局に、退職金はすべて破産管財人に移付する意思である旨を告げるとか、これを共済組合や市職労に支払うことのないよう申し入れる等の挙に出でた事実はなく、同(ロ)(ハ)の各控除は地方公務員等共済組合法一一五条二項、山田市職員の一般職の給与に関する条例六条の二第五号に基づくものであつて、制度の仕組を承知して各貸付を受けたと推認できる戸部田の意思にも終局的には符合していること、(7)控訴人山田市は、右告知後の同月一一日午後、右(5)(イ)の源泉控除した諸税分を関係機関の口座に振込んで支払い、右(5)(ロ)(ハ)の返済金相当額金三一七万二九〇九円及び戸部田への現実支給相当額金二一二万一三九一円総合計金五二九万四三〇〇円を同市収入役名義の山田信用農業協同組合の普通預金口座に入金して保管したこと、(8)その後の同月一一日午後六時頃、控訴人山田市に対し右退職手当金全額の支払を禁じる同支部の職権に基づく破産宣告前の保全処分としての仮差押決定が送達されたこと、(9)控訴人山田市は、同月二三日右(5)(ロ)の共済組合返済金相当額金一八〇万〇九五二円を、同年一一月八日右(5)(ハ)の市職労返済金相当額金一三七万一九五七円をそれぞれの口座に振込んで支払つたこと、(10)この間の同年五月二九日同支部において戸部田につき破産宣告決定がなされ、同年七月一四日破産管財人である被控訴人は控訴人山田市から右(5)の戸部田に現実に支給すべき退職手当金相当額金二一二万一三九一円の支払を受けたこと、(11)被控訴人が支払を受けた右金員は、戸部田の退職手当金総額の二分の一には達しないが、同額の四分の一をこえていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二被控訴人は、仮差押決定後になされた控訴人山田市による共済組合及び市職労に対する合計金三一七万二九〇九円の弁済は破産財団に対する関係では無効であつて、戸部田の退職手当金はその限度で未払であるから、その支払を求める旨主張するので、右認定事実に即して、判断する。

破産者が破産宣告の時に有する財産は破産財団を構成するが、差押を禁止された財産は破産財団に属せず破産者の自由財産となる(破産法六条一項三項)。被控訴人主張の戸部田の控訴人山田市に対する退職手当金請求権は、山田市職員の一般職の退職手当支給条例に基づき山田市職員の退職者に支給される賃金の一部の後払的性質を有する請求権と解されるから、旧民事訴訟法六一八条一項五号六号、二項の準用により、その四分の一だけが差押を許容される債権として破産財団を構成し、その余は差押を禁止される債権として破産者の自由財産となるものである。もつとも、同条二項但書によると、右退職手当金請求権も事情によつては裁判所の許可を得て二分の一まで差押えることができるが、本件破産宣告前の保全処分による仮差押決定は破産裁判所の職権によるものであつて、利害関係人が差押の範囲の拡張についての許可の申立をしたと認めるに足る証拠はないから、同仮差押決定が右退職手当金請求権の全額をその目的としているのは、専ら戸部田利幸の財産の現状を固定し将来の破産手続開始に備えることをねらいとしているに過ぎないのであつて、差押の範囲を拡張しその全額を破産財団に組み入れるものとする趣旨を含むものではないと解すべきである。そうすると、右退職手当金請求権の四分の一をこえる部分につきこれを破産財団に帰属せしめる事由のあることについて他に主張立証のない本件においては、被控訴人は控訴人山田市から右限度をこえる金二一二万一三九一円の支払を受けて破産財団に組込んでいる以上、最早右退職手当金請求権から破産財団に組込むべき部分は存在しないことになる。

従つて、仮りに控訴人山田市による共済組合及び市職労に対する弁済の時期が同市に右仮差押決定が送達された後であるとしても、最早被控訴人は控訴人山田市に対し請求できる退職手当金請求権を有しないものといわなければならない。控訴人山田市の抗弁一は理由がある。

三右に説示したとおりであるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消し、右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蓑田速夫 柴田和夫 宮良允通)

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