福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)783号 判決 1986年5月26日
控訴人
国
右代表者法務大臣
鈴木省吾
控訴人
佐賀県
右代表者知事
香月熊雄
控訴人両名指定代理人
篠崎和人
外七名
被控訴人
中山英司
中山君江
右両名訴訟代理人弁護士
安永沢太
安永宏
杉光健治
主文
一 原判決中被控訴人中山英司に関する部分を次のとおり変更する。
1 控訴人らは被控訴人中山英司に対し、各自金八二五万四〇三六円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 同被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 控訴人らの被控訴人中山君江に対する控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人らの負担、その余を被控訴人らの負担とする。
四 この判決は、第一項の1にかぎり仮に執行することができる。
ただし、控訴人らにおいて、金三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
一 控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張の関係は原判決事実摘示と同一であり、また、証拠の関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。
理由
当裁判所は、主文第一項1掲記の限度において被控訴人中山英司の請求を認容し、その余を失当として棄却すべきであり、また原審認容の限度において被控訴人中山君江の請求を認容すべきであると判断するもので、その理由は、左記1ないし15のとおり付加、訂正するほかは原判決の説示するところと同じであるから、これを引用する。
1 原判決二九枚目裏三行目「甲第一」を「甲第一号証の一、二、第二」と訂正し、同四行目「第二七号証、」の次に「第三五号証、」を、同五行目「第四六号証、」の次に「第四八号証、」を各挿入し、同六行目「第一二三号証、」を削除し、同八行目「第一七二号証、」の次に「第二三三ないし第二三六号証、」を、同一〇行目「第二八〇号証、」の次に「第二八六号証、」を各挿入する。
2 同三〇枚目表初行の次に「(1)佐賀県西松浦郡有田町中部丙七八四番地居宅に独りで暮していた松崎ミト(戸籍簿上は松嵜―当時六〇年)の行方が昭和四四年二月二二日ころから分からなくなり、捜索の結果、同月二七日に至り、同県佐世保市木原町三二五番地通称須田川堤(池)の水中で死体となつて発見されるという事件が発生し、死体解剖の結果(死因は絞頸による窒息死とされたが、頭部に八か所の切割創もみられた)等から、ミトは同月二二日ころ何者かによつて殺害され、死体を前記堤に遺棄されたものと推定された。そこで、所轄の有田署では右を殺人事件として捜査を開始したが、犯人検挙の手がかりがなく、捜査は進展しないでいたところ、昭和四七年九月になつて、被控訴人英司方近くの山林(有田町広瀬伯山)中に掛布団が捨てられているのが発見され、その後の捜査の結果右布団はミトが使用していたものであることが判明した。なお、ミトは、昭和六年ころ中山正男と結婚して被控訴人英司ほか一女(昭和三一年死亡)を儲けたが、同九年ころ正男と離婚して同被控訴人らを残したまま実家に戻り、その後松崎昌幸と結婚して貝原エミ子を儲け、エミ子が嫁ぎ、夫昌幸が昭和四〇年七月事故死した後は、事故の補償金、保険金、厚生年金やエミ子からの援助等で独り暮しをしていたものであるが、昭和四三年春ころ被控訴人英司とミトは三十数年ぶりに親子の対面をし、その後は同被控訴人が週に二回くらいの割合でミト方を訪れていたものである。」を加え、同二行目冒頭の「(1)」を削除する。
3(1) 同三一枚目裏一一行目「また」以下同三二枚目表四行目までを削除し、
(2) 同三二枚目表五行目「右日本刀」の次に「不法所持の被疑事実」を挿入し、同六行目「杉原」を「県警本部捜査一課特捜班長杉原荒男」と訂正し、同枚目裏一一行目「前記の点を除き」を削除する。
4 同三二枚目裏一一行目の末尾に「(なお、右日本刀は被控訴人英司方二階居室の洋服ダンスの中に保管してあつたもので、もし、同被控訴人が右日本刀を本件犯行に使用したものとするならば、犯行直後であればともかく、その後長期間これを自宅内の容易に発見される場所に置いておくこと自体不自然であるといわなければならず、このことからみても、右日本刀と本件犯行との関連性は極めて薄いと考えるのが常識的であろう。)」を加える。
5 同三五枚目表一、二行目「推認され、これをもつて」を「推認されるうえ、成傷の可能性をいうのであれば、本件の成傷器となり得る凶器としては、右日本刀に限られたことではなく、むしろこれよりも適当なもの(例えばどこの家庭にもある包丁類)が種種想定されるのであるから、単に成傷の可能性があるというだけでは右日本刀と本件犯行との間に関連性があるとはいいがたいところ、前示のとおり、右日本刀と本件犯行とを特に結び付けるような事情は何もなかつたのであるし、かえつて、これを否定する方が常識的でさえあつたのであるから、前記のような連絡があつたからといつて、」と改め、同二行目「全く」を削除する。
6 同三六枚目表九行目「認識しており」の次に「(なお、後述のとおり、被控訴人英司はそれより以前に右布団発見の事実を知つていた可能性もある。)」を、同枚目裏八行目「認定した事実」の次に「並びに弁論の全趣旨」を、各挿入し、同四二枚目裏二行目「右鳥井、杉原」を「杉原警部、鳥井警部補」と訂正する。
7 同四五枚目裏六行目冒頭から同五三枚目表六行目末尾までを次のとおりに改める。
「一般にポリグラフ検査は、検査技法の原理に基づいて構成された質問を一定の順序に従つて被検査者に提示し、それぞれの質問に対応して発現した生理反応を比較検討して判定するもので、緊張最高点質問法(POT)と対照質問法(CQT)の二種類があり、前者は更に裁決質問法(KSPOT)と探索質問法(PRPOT)に区分される。裁決質問法は、検査の対象となつた犯罪の詳細な事実に対して被検査者が認識を有しているか否かを判定すもので、裁決質問と非裁決質問から構成される。裁決質問の内容は、検査の対象となつている犯罪の詳細な事実で、被害者・捜査官及び犯人以外には知られていないもので、犯罪を実行した者であれば認識している可能性が極めて大きいという条件を満たすことが重要で、これと並べて提示される質問(非裁決質問)は第三者からみて質問内容の価値に何の相違もないことが必要である。つまり第三者からはどれが裁決質問か分からないが、被害者、捜査官及び犯人には分かるので、その裁決質問に対する反応の特異性からその事実を知つているか否かを判断することが可能となるのである。したがつて非裁決質問の内容は、検査の対象となつた犯罪とは全く関係のない者にとつては裁決質問の内容と等しい価値のある事柄であることが絶対的条件とされているのである。これに対し、探索質問法は、容疑の有無を直接判定するというより、主として捜査の手がかりを得ることを目的とし、犯行の方法などに関する種種多様な質問に対する被検査者の反応をみるものである。
また、対照質問法は、有罪意識の有無及び程度を判定することを目的とするもので関係質問、対照質問、無関係質問の三種類の質問から構成される。関係質問は、直接当該犯罪について「あなたですか」と尋ねることによつて生理的な反応の発現を見ようとするもので、対照質問は、検査の対象となつた犯罪の内容とほぼ同じ性質の犯罪に関する事柄で被検査者が「いいえ」と答えることが予想される質問である。すなわちもし犯人でなければ関係質問に対しても対照質問に対しても同じように反応する(誰でも一定の犯罪事実につき「犯人はあなたですか」と問われれば多少の生理的反応がある)であろうから、対照質問の反応を基準として関係質問の反応を比較対照することにより有罪意識を判定することが可能となるのである。無関係質問は、被検査者の感情の動きを誘発せず、被検査者が肯定の返答をする事実(例えば、被検査者の氏名、年齢、住所など)であり、一連の質問を次々と呈示すると最初の質問に対して顕著な反応があるため、この無関係質問を初めにおき、また関係質問と対照質問とを連続的に提示すると、各質問に対する反応が重なり合つて判定を難かしくするので、無関係質問を入れて緩衝の役を果させるとされている(乙第二八三号証並びに「捜査のための法科学<第一部化学・文書・心理>」科学警察研究所法科学第一部長丹羽口徹吉編、令文社、昭和五五年)。
しかして、<証拠>によると、昭和四四年四月二四日及び同四八年二月二一日被控訴人英司に対して実施されたポリグラフ検査の結果は別表(2)及び(3)記載のとおりであるが、右各表の緊張最高点質問表(POT)のうち、裁決質問法によるものは昭和四八年二月二一日実施分(別表(3))のPOT(2)、(3)、(5)、(7)及び(B)のみで、他はいずれも探索質問法によるものであることが認められるところ、前記ポリグラフ検査についての考え方に基づいて右検査の結果を検討してみると、少なくとも左記(イ)ないし(ト)のようなことが指摘できる。
(イ) 昭和四八年二月二一日実施分の裁決質問法によるPOT(2)は、被害者のものと思われる布団が発見された場所に関するもので、発見当時捜査官、発見者及び犯人以外の知り得ない事実であつたが、四問中裁決質問である3のみが道から奥に入つたところにあり、非裁決質問との差異が認められる他、本件ポリグラフの実施された時は、発見後五か月も経過しており、大体の場所は伝え聞いていた可能性がない訳ではなく、そうするとこれに対し被控訴人英司が反応したからといつて特異反応ということはできない。(証人宮地良雄は、検査に先き立ち、同被控訴人が右発見場所に関し知識を有しないことを確認した旨証言するが、<証拠>によると、捜査当局は、布団発見後、これを被害者のものと確定するために、多数の参考人から事情を聞くなどして捜査を続けていたことが認められるのであつて、かかる事情に照らすと、果して同被控訴人が検査官に対し正確に応答したのかどうか疑問である。)
(ロ) 同POT(3)の裁決質問に対する反応についても、もし被控訴人英司が布団の発見された大体の場所を伝え聞いていたとすれば、それが雑木林であることも知りうるのであるから、やはりこれをもつて特異反応といえるかは疑問がある。
(ハ) 同POT(5)については、被控訴人英司はしばしばミト方に夜出かけて行つていたのであるから、犯行当時ミト方からなくなつた掛布団の柄模様を知つていたとしてもおかしくなく、これも犯人以外は知り得ない事実と言えるか疑問がある。なお、甲第一号証の一によれば、貝原エミ子は昭和四四年二月二五日当時ミト方から紛失した寝具、衣類の種類、枚数等を詳細に述べており、貝原エミ子も布団の柄模様について認識があつたと推認される。
(ニ) 同POT(7)は、3が裁決質問であるところ、ミトの死体が発見されたのは本検査の四年前のことであり、当時の新聞等では被害者の受傷の内容、死因、及びこれらから推測される犯行態様などが報道されていたものと推認されるから、犯人以外は知り得ない事実といえるか疑問である。(したがつて、被控訴人英司が検査官に対しこれらの点につき知識がないと述べたとしても、その応答の正確性には多分に疑問がある。)
(ホ) 同POT(B)も裁決質問とされる3のみが、「あなたの家の近く」とあり、各質問の第三者に対する価値的同一性がない。
(ヘ) 次に、探索質問法によるPOTについてみるに、被控訴人英司が特異反応を示したとされる質問は、主語が「あなた」となつたり、或いは本件犯罪に直接、間接に関連するものが殆どで、他の質問と対比すると誰でも多少の生理的反応を示すであろうと考えられるものである。したがつて、同控訴人がこれらの質問に反応を示したからといつて、これを、裁決質問法の場合に準じ、犯人確定の参考資料にすることはできないといわなければならない。なお、探索質問法として質問構成が妥当と考えられるのは、別表(2)のPOT(2)、(5)、(7)、(9)、別表(3)のPOT(8)、(9)等であるが、注目すべきは、別表(2)(昭和四四年四月二四日実施分)のPOT(5)につき、当時は犯人以外の何人にも知られておらず後日判明した客観的事実に合致する内容の質問1に対しては反応を示さず、かえつて客観的事実とは合致していなかつた他の質問に対し反応を示していることであつて、このことは、ポリグラフ検査結果が必ずしも信用できるものではないことの証左といえよう。
(ト) また、対照質問法(CQT)によるものについては、いずれも、3、5、9が関係質問とされているが、8、10についても本件に関係のある事実で有罪意識を問う質問であり、6も本件に関係がないとはいえず、対照質問として適切といえるかについて疑問が残る。そうすると対照質問に比べて関係質問により多くの特異反応が認められたとしても、それから当然に有罪意識を有すると推定してよいかについても疑問が残る。
しかるに、<証拠>によると、有田警察署長に対する右ポリグラフ検査結果の回答書では、昭和四四年四月二四日実施分については、POT(3)の5、同(4)の3、同(6)の3、同(8)の3、同(9)の3の各質問及びCQTの各関係質問に特異反応があり、心理的動揺が認められるとして、総合的考察の結果陽性と判定し、また昭和四八年二月二一日実施分については、POT(A)、(B)の各3、同(7)、(8)、(11)の各3、同(9)の1、2、同(10)の1、3、同(12)の3、4の各質問及びCQTの各関係質問に特異な反応があり、心理的動揺が認められるとして、総合的考察の結果陽性と判定していることが認められる。
しかし、右各判断は、本来捜査の手がかりを得るための検査にすぎない探索質問法によるものをも、裁決質問法によるものと同じように取り扱つている点で妥当を欠くと考えられるうえ、裁決質問法によるもの及び対照質問法によるものについてもその質問構成に前記指摘のような問題点が存するのであるから、その判定結果には多大の疑問を抱かざるを得ない。のみならず、<証拠>によると、ミトの子である点で被控訴人英司と立場を同じくする貝原エミ子についても、昭和四四年四月頃実施のポリグラフ検査の結果では陽性(もしくは疑陽性)と判定されていることが認められるのであつて、このことからしても、本件において実施されたポリグラフ検査は信頼性に欠けるものであつたといわざるをえない。」
8(1) 同五四枚目裏六、七行目「当然に」の次に「国家賠償法上」を、同五五枚目表八行目「第一四五号証、」の次に「第一四六号証、」を各挿入し、同九行目「第二一一ないし第二三七号証」を「第二一〇ないし第二二六号証、第二三二ないし第二三七号証、第二八六号証」と訂正し、
(2) 同五七枚目裏一一、一二行目「自白の存否が重要な証拠であつて、」を「さきになされた自白とのちの否認とが真否」と、同五八枚目表一、二行目「合理的な疑いを容れない程度に」を「全体として」と各改め、
(3) 同五八枚目表七行目「第二七六号証、」の次に「第二七九号証、第二八四号証の一、」を挿入し、
(4) 同五九枚目表四、五行目「乙第一六八号証」を「乙第一六六号証」と訂正し、同六行目「三月九日」の次に「警察官に」を挿入し、
(5) 同六一枚目表七、八行目「合理的な疑いを容れない程度に」を削除する。
9(1) 同六一枚目裏一〇行目「十分」を削り、同六四枚目表九行目「免脱」を「逸脱」と、同一一行目「証拠価値の評価」を「証拠能力、証拠価値の判断、評価」と、同六八枚目表六行目「第三三号証」を「第三〇号証」と、各訂正し、
(2) 同六九枚目裏四行目「第二九号証、」の次に「第三二号証、」を、「第三四号証」の次に「、乙第二六三ないし第二六六号証」を、各挿入し、
(3) 同七〇枚目表九行目の末尾に「(もつとも、右事情のうち、原重のライトバンがあつた場所付近の状況は、本件起訴当時の捜査資料では明らかになつていなかつたことがうかがわれるが、これらは、捜査すれば容易に判明した事実であり、捜査官としては、被控訴人英司の供述の信用性を吟味するために当然捜査すべきであつたと思われる。)」を加え、
(4) 同七一枚目表二行目「七日」を「七日付」と訂正し、同四行目「第二五四号証」の次に「、第二八六号証」を挿入し、
(5) 同七二枚目裏七行目「、「松崎」の名入り包丁が現われ」を削除する。
10(1) 同七三枚目裏六行目「電気毛布」の次に「のカバー」を、同七四枚目表五行目「甲第一号証」の次に「の一、二」を、各挿入し、同枚目裏一一行目「(三月七日付)」を削除し、同末行「抜けてからは、」の次に「木原山中まで」を加え、同七五枚目表六行目「(三月四日付)」を削除し、
(2) 同七六枚目表三行目「被害者」の前に「捜査官が、昭和四八年三月六日に、」を加え、同六行目「(三月六日付)」を削除し、
(3) 同七六枚目裏二行目「事実は、」の次に「(ロ)、」を挿入し、同行目の「四点」を「五点」と改め、同一〇、一一行目「ならないこと、」の次に「また(ロ)についても、最初の自供のときには木原山中の川の存在については何も述べておらず、現場確認で川があることが判明した後の二月二八日になつてはじめて、木原山中の川を渡つた旨を述べており(乙第一五九号証)、したがつて、川の存在の点も被控訴人英司の供述の信用性の裏付けとはならないこと、」を加え、
(4) 同七七枚目表一、二行目「なつていないこと」の次に「(もつとも、乙第一八七号証によると、池田周作は、本件の刑事事件の公判廷においては、鶏舎を建てたのは昭和四四年の三月以降である旨証言していることが認められるが、本件起訴当時の捜査資料では前記(二)のとおりと認められた。)」を加える。
11 同七七枚目裏一〇行目「したがつて」以下同七八枚目表三行目末尾までを「したがつて、本件逮捕後の自白調書を、違法な別件逮捕中に作成された本件自白調書と区別し、特に信用すべき事情があるとは到底認められず、そうすると、前記各裁判例に従えば本件逮捕後の自白調書も刑事手続上違法な逮捕、勾留中に作成された自白調書としてその証拠能力を否定されるべきものというべく(ちなみに、本件の刑事事件の判決では、前示のとおり、一、二審とも、本件逮捕、勾留は刑事訴訟手続上違法なもので、その間に得られた本件逮捕後の自白調書は証拠能力を有しない旨断定している。)、右自白調書につき証拠能力及び信用性を認めた検察官の判断には裁量権の範囲を逸脱した違法があつたと解するのが相当である。(被控訴人英司が起訴時まで終始自白を翻さなかつたのであれば格別、同被控訴人は、前示のとおり、否認及び自白を繰り返したのち、三月一二日以後は一貫して否認を続けていたのであるから、検察官としては、本件逮捕後の自白調書につき、特に慎重にその証拠能力の有無を検討すべきであつたといえよう。)なお、被控訴人英司の勾留質問の際の裁判官に対する陳述録取調書(乙第一五七号証)については、いわゆる証拠能力はこれを認め得るとしても、その内容は、被疑事実の読み聞けに対し単に『お告げの事実は間違いありません。』というものにすぎず、前示のとおりの違法な別件逮捕及び本件逮捕に引き続いた時点での陳述であることを考慮すると、その内容に十分な信用性があるものとはいいがたく、到底これをもつて主要な証拠として本件につき公訴の提起、維持ができるようなものではない。」と改める。
12(1) 同七九枚目裏六行目「前記のとおり」の次に「その緊張最高点質問法(POT)によるものはいずれも探索質問法に属するものにすぎず、また対照質問法(CQT)によるものは」を、同七行目「乏しく、」の次に「かつポリグラフ検査では他にも疑われる者が存在したのであるから、」を各挿入し、
(2) 同八〇枚目裏初行「甲第一号証」の次に「の一」を、同三行目「第五二号証」の次に「第八七号証」を、各挿入し、
(3) 同八三枚目裏一一行目「一問一問」を「その内容について」と訂正する。
13 原判決八四枚目裏一〇行目「十分」を削除し、同行の次に行を改めて次の判断を付加する。
「すなわち、本件公訴の提起に際して、被控訴人英司を本件犯行と結びつける証拠としては、違法な別件逮捕中の自白、及び右自白に基いて発布された本件についての逮捕状・勾留状による引続く身柄拘束中になされた自白(基本的にはさきの別件逮捕中の自白を踏襲したもの)以外に明確な資料は何も存在しなかつたばかりでなく、右自白も、突然の逮捕勾留による精神的混乱の時期になされただけでその後永くは維持されず、起訴に先立つて決定的に撤回されたものであり、しかも右撤回の経緯にてらし右自白が深い悔悟に貫かれたものとは到底考えがたく、またその内容自体、大部分はすでに捜査当局に判明していた事実関係を犯人の立場に立つた形で安易に肯定しただけの、真実味に乏しい首肯しがたいものであつたといわざるを得ない。
してみれば、かゝる証拠能力・証拠価値を肯定しがたい右自白に依拠して有罪判決を期待し得る合理的理由は存在しなかつたものと断ずるほかはない。」
14(1) 同八五枚目裏一〇行目「賃金」の次に「(ただし、昭和四八年三月分については、違法な身柄拘束期間である同月一七日から同月末日までの期間相当分の四万〇五二七円)」を捜入し、
(2) 同枚目裏末行「原告主張どおり」以下同八六枚目表初行末尾までを「被控訴人英司の逸失利益の損害は計四五九万八一〇四円となる。」と改め、
(3) 同八六枚目裏八行目「七〇〇万円」を「五〇〇万円」と、同一一行目「身格」を「身柄」と、同八七枚目表六、七行目「賠償された」を「賠償がなされた」と各訂正し、
(4) 同八八枚目表七行目「一三九五万〇八六五円」を「一一八四万七六三六円」と、同八行目及び同枚目裏八行目の「一〇三五万七二六五円」を各「八二五万四〇三六円」と、それぞれ訂正する。
15 同九八枚目裏一一行目「貝原恵美子」を「貝原エミ子」と、同一〇四枚目表二行目「22日」を「24日」と、同一〇六枚目裏一〇行目「認められる」を「認められない」と、同一一〇枚目裏一二行目「9」を「⑨」と、各訂正する。
よつて、原判決中被控訴人英司に関する部分は一部失当であるからこれを主文第一項1、2のとおり変更し、被控訴人君江に関する部分は相当であつて、控訴人らの同被控訴人に対する控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行及びその免脱宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官蓑田速夫 裁判官柴田和夫 裁判官亀川清長)