福岡高等裁判所 昭和59年(ラ)37号 決定 1984年6月20日
抗告人
松藤高明
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 本件抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一抗告人は、「原決定を取消す。債権者柳川市農業協同組合、債務者兼所有者松藤高明(本件抗告人)間の福岡地方裁判所柳川支部昭和五八年(ケ)第三四号不動産競売事件において、同裁判所が昭和五九年四月一九日にした買受申出人宮崎寿への売却許可決定を取消し、同人への売却を許可しない。」との決定を求め、その理由として次のとおり主張する。
1 抗告人は、申立の趣旨に記載した競売事件(以下「本件競売事件」という。)の債務者兼所有者であるが、同裁判所は、昭和五九年四月一九日、本件競売事件において買受申出人宮崎寿への売却許可決定を言渡した。
2 ところで抗告人は、同年五月二日、本件競売事件の申立債権者である柳川市農業協同組合に対し、その申立債権全額に相応する現金を弁済のため提供してこれの受領を促したところ、同組合は、その場は一旦受領を拒んだものの、同年五月二二日になつてこれを受領するところとなつた。
3 そこで抗告人は、同年四月二五日、前記1の売却許可決定を取消すとともに買受申出人宮崎寿への売却を許さない旨の執行抗告をしたところ、同年五月四日、執行裁判所によつて執行抗告を却下された。
よつて、抗告人は、申立の趣旨どおりの決定を求めて執行抗告するものである。
二本件記録によれば、抗告人は、昭和五九年四月二五日、執行裁判所に対し、同裁判所が同年四月一九日にした買受申出人宮崎寿への売却許可決定の取消しと同人への売却不許を求めた執行抗告状を提出したが、これには執行抗告の理由を記載せず、その後一週間以内に執行抗告の理由書を提出しなかつたこと、このため執行裁判所は、同年五月四日、民事執行法一〇条五項に基づき右執行抗告を却下する旨の決定をなし、この決定は翌五日に抗告人に告知されたこと、本件執行抗告は、この執行抗告却下決定に対する同法一〇条八項に基づいてなされた再度の執行抗告であること、以上の事実を認めることができる。
そこで検討するに、右認定のような経緯を辿つてなされた本件執行抗告において、その執行抗告の理由とすることのできる事由は、右の執行抗告却下決定の取消しを求めうる事由、すなわち執行裁判所が同法一〇条五項を適用する前提事実の認定を誤り、同条項を適用すべきでないのにこれを適用したということに限定されるものであつて、それ以外の当初の執行抗告において主張すべき事由を本件執行抗告の理由として主張することはできないものと解すべきである。なぜならば、もしも当初の執行抗告において主張すべき事由を再度の執行抗告たる本件執行抗告の理由として主張することを許し、これについて当裁判所が審理せねばならないとするならば、たとえ右認定のように当初の執行抗告において同法一〇条三項所定の理由書の提出期間の制限を守らなかつたがために同法一〇条五項により執行裁判所によつて右の執行抗告を却下されても、これに対して再度の執行抗告をなし、このとき当初の執行抗告において主張すべき理由書を初めて提出することによつて、同法一〇条三項所定の制限を回避することができることになるわけであつて、このような事態は、執行手続の迅速処理の保持を目的とする右条項の趣旨に鑑みるとき、とうてい容認し難いものといわねばならないからである。
そうすると、抗告人が主張するところの本件執行抗告の理由は、その主張自体に照らして、当初の執行抗告において主張すべき事由であつて(もつとも、その主張事実によるとき、抗告人が当初の執行抗告において右主張をすることは未だできなかつたであろうが。)、執行裁判所が同法一〇条五項の適用を誤つたことを理由とするものではないことが明らかであるから、その主張事実の存否いかんにかかわらずそれ自体失当であり、採用できない。
そして、前記認定事実によれば、原決定は正当であり、他に原決定を取消すべき事由は本件記録上見当らない。
三よつて、本件抗告は理由がないものとして棄却すべく、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(矢頭直哉 近藤敬夫 木下順太郎)