福岡高等裁判所 昭和59年(ラ)62号 決定
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【判旨】
一本件抗告の趣旨及び理由
別紙のとおり。
二当裁判所の判断
1 一件記録によると次の事実を認めることができる。
(一) 抗告人の家族構成は申立人(昭和二二年四月二六日生)、妻美千代、及び子女三名と妻の母の六名である。
(二) 抗告人は、昭和五五年四月から同五六年六月頃まで山福電設株式会社九州営業所に、同年七月一日から瀬本工務所に勤務し、現在に及んでいる。抗告人の収入は日給月給で満勤した場合で金一四、五万円のところ、抗告人は肝臓、胃腸が悪く欠勤する日が多かつたので、月収は六、七万円前後にとどまる月もかなりあつた。昭和五六年一月妻が妊娠し、その中絶費用が必要となつたが、抗告人は、昭和五四年頃日商クレジットから金五万円を借用したのを始めとして生活費の不足を補うためサラ金業者から金員を借用しては返済していたこともあつて、中絶費用も平和信販から金二〇万円を借りてあてた。
(三) しかし、抗告人の家計費はその家族構成から一六万円を下ることがなく、生活費にも不足しているうえに、サラ金業者から借用した高金利の支払に追われ、抗告人の妻美千代も昭和五六年一一月頃からマージャンクラブに勤務し始め、月収一〇万円を得るようになつたものの、前借などで手取りは少いため、なお生活費に不足する始末であつたばかりか、昭和五七年頃からはサラ金業者の強硬な取立てもあつて、サラ金業者から借用した金員を他のサラ金業者に対する金利の支払に廻すのが精一杯の状態に追い込まれ、昭和五八年八月一日福岡地方裁判所小倉支部に自己破産の申立をなすまでの間に、二五店舗のサラ金業者から総額四七六万五〇〇〇円を借用し、妻美千代が一三店舗(抗告人の借入先のサラ金業者と一部競合)のサラ金業者から総額二三二万五八〇〇円を借用するについて連帯保証するとともに、自己の右借用金の大部分について妻美千代の連帯保証を受けた。そしてこれらの借用金は一部を生活費に充てたほか、大部分はサラ金業者に対する高利の支払に充てられた。そして抗告人夫婦にはこれと言つた資産は何もなかつた。
(四) ところで、抗告人が昭和五八年二月一五日中央リースこと金井新一から金一〇万円を日歩二八銭で借用するにつき、その申込書の「他の借入先」欄に、「平和、日新、富士、北九、クラウン、アポロ、西友」を記載したが、当時既に二〇社前後に及んでいたサラ金業者名を記載しなかつたし、また、連帯保証人となることの承諾を受けていないのに右申込書の連帯保証人欄に叔父に当る熊埜御堂俊明を記載したほか、同年四月一二日九商産業株式会社から金二〇万円を日歩一八銭で借用した際、その申込書の抗告人の月収手取金額欄に一八万円と記載したこともあつた。
(五) なお、抗告人の妻美千代は抗告人と同時に福岡地方裁判所小倉支部に自己破産の申立をし、抗告人と妻は、ともに同日に破産宣告(いずれも手続費用を償うだけの資産がないとして同時廃止)を受けたが、抗告人の免責申立は不許可となり、妻美千代は免責許可の決定を受けた。
2 以上のとおり、抗告人が破産宣告前一年内に借金を重ねた件数、金額、使途、破産手続費用も負担することのできない資産状態であつたこと、借用金申込書には一部事実と異なつた記載もあつたことなどを総合すると、抗告人には破産法第三六六条の九の二号に該当する事実があつたと認められてもやむを得ないものといわなければならない。
ところで免責不許可決定は破産法第三六六条の九所定の事由があるときに限り免責不許可決定をなすことができるのであつて、破産者個人の更生を容易にしようとする免責制度の趣旨、目的からすれば、形式的に破産法第三六六条の九所定の事由に該当する事由があつても、その事実が軽微で、破産者の不誠実性が認められないときは、裁判所は裁量によつて免責を許可できるものと解される。
本件についてこれをみると、抗告人の借入先はすべてサラ金業者であるところ、抗告人がサラ金業者から借金を重ねるに至つた経緯、サラ金業者の中には抗告人が他の業者からも借入金があつて債務超過の状況であることは承知のうえ金融に応じたものもいるだけでなく、むしろ高金利の支払を強硬に催促して他のサラ金業者から金員を借用してでもその支払を要求し、抗告人の見通しの甘さもさることながら、抗告人をして多数のサラ金業者から借金を重ねさせる要因ともなつていること、また破産宣告直前に抗告人に始めて融資したサラ金業者は別としても、抗告人の債権者たるサラ金業者は大なり小なり高金利の支払を受け或る程度の貸金の回収を得ていること、前叙認定のように、抗告人が(イ)実際の手取額と異なる月収を借用申込書に記載し、(ロ)他の借入先欄に一部しかサラ金業者を記載せず、(ハ)叔父熊埜御堂俊明を連帯保証人欄に記載したことが認められるが、(イ)、(ロ)については、中央リースこと金井新一及び九商産業株式会社が抗告人に他の資料を提出させて確認する方法をとつた形跡はなく、金一〇万円ないし二〇万円を貸付けるにつき左程重視したとは思われないこと、そして抗告人の妻美千代の収入をも併せると、抗告人夫婦の実収入は金一八万円に近似するものであつたこと、(ハ)については、叔父熊埜御堂俊明の名下に押印するなどしてあたかも叔父が連帯保証人となつたかのように作為したのではなく、借用申込書の連帯保証人欄(そこには押印欄などはない)にその候補者を記載したにとどまるとみるべきであることからして、その行為の違法性の程度は軽微にとどまると思われるから、抗告人につき免責を不許可にするのは相当でないというべきである。そして抗告人には他に破産法第三六六条の九所定の免責不許可事由は認められないから本件免責の申立は許可すべきである。
3 よつて原判決を取消して本件免責の申立を許可することとし主文のとおり決定する。
(西岡德壽 岡野重信 松島茂敏)
別紙
抗告の趣旨
原決定を取消す
抗告人(即時抗告人なり以下同じ)に対して免責を許可するとの御裁判を願います。
抗告の理由
一 抗告人の破産宣告を申立てた事情
(a) 抗告人は生来病弱にして昭和五五年より勤務の山福電設(株)を退職の止むなき状態で辞職し同五六年七月一日より現在まで八幡西区頼本工務店に勤務しておる処昭和五五年以来病弱の為収入少なく生活費不足の場合を間々生じたので止むなく街の金融業者(以下業者と言う)より借金したが初めのうちは(昭和五四年の一年も含めて)完全に支払つて来りたるも昭和五六年一月に妻の妊娠あり此れを下ろす必要上同月平和信販(債権者一覧表12番)より金二〇万円借用した処その後における抗告人の収入には別段変化はなかつたがその健康状態の良否により収入の差を生じる有様なりし処(満勤にて残業をすれば一ケ月約金十七万円、欠勤の多い時は平均金七万円位であつた)その少なき時は六人家族の生計維持が著しく困難の為と業者よりの借金も累増したので此れを弁済すべく昭和五六年十一月より妻も深夜業たるマージャンクラブに勤務して一ケ月金十一万円余を得たがその間の生活費の膨張に気付かざりし事が失敗であつた処其の生活費不足と借金の利払の為次々と借りたるも夫婦共稼ぎで何とか返えす心算でいたが其の後両者の収入では如何ともなし得ぬ事が判つた時は(昭和五七年)既に遅く只々業者の激しい督促に堪え兼ねて次々とその資金作りに奔走したがその一例を示せば添付別紙実例の通りであつた処本件借金にて遊興費、ギャンブル、賭博等には一円の銭も費つておらずその弁済を唯一の目的としました。以上の次第であつたが法律に無智の抗告人夫婦は当時は破産法及び利息制限法の存在さえも知らず弁済の途は給料と借金の外途なしと考えていたのであるが
(b) 以上の状態を原審は破産法三六六条の九第二号に当るとの御認定の処此れを第三者が静視する時は①債権者は返済受ける事を期待して始めて貸与したであろうから抗告人が騙ました上借りたと見られたか②その方法として借用申込み書記載の抗告人の収入金額を③同様記載の他の業者よりの借用件数を各偽わつたとの御認定か又其のうちの何れかを御認定の結果ではないかと考えられるが然りとせばそれは抗告人に酷に過ぎると思料します。蓋し
二 右(b)の項の①は(a)項記載の通り抗告人は業者の激しき督促の緩和に専念するのみにて他を騙ます事など考える精神的余裕は全くなかつたと申しておる処抗告人としては単に一方に弁済する為に借りる又同様に行為する即ち自己の遊興、ギャンブル等に使用する事ではないので此れを罪悪視する事がなく行動した(要旨)と申しておりますがその時の抗告人の心理状態は場合は異なるも一種の刑法三七条の緊急避難者にも準ずる状況であつたであろうと推認する次第でありまする処この事は同条に所謂その行為より出でたる害がその避けんとしたる害の程度を少くとも主観的、精神的には超えないと思われ又一面此の事は同三六条の急迫不正の侵害(過度の激しい督促は昨年十一月一日施行の貸金業の規制等に関する法律出資の受入れ預り金及び金利等の取締りに関する法律の一部の改正法施行前と難も違法不正であつたと思料する)にも主観的に相通ずるものを感ぜられ尚右督促は、民法七二〇条の「他人の不法行為」に当る可能性多分にあり抗告人は止むもなく借金をしたと見られる蓋然性大である等の問題を生じ此等を我が国の法秩序全体より見る時は本件免責の御判断に当り破産法三六六条の九の二号該当事由ありと見る事は同理由三項(四丁表御参照)の立法趣旨並びにその導入経過より見て少くとも不当と考える次第であります。次に②③に就いて言えば即ち当時より現在も同様と思料するが業者の過剰貸付並びに貸付競争が昨年十一月一日前は相当激しかつた事は公知の事実と思料する処②については原審にて昭和五九年六月二七日付上申書(以下上申書という)の記「記」1の(1)項記載の通りであり元気で稼働せし時は残業手当を含めて一ケ月約金一七万円貰つた事もあれば借用申込み書に此れを書く事は人情的には社会相当性を外れているとは思えないし又同③は上申書2項記載の如く業者の従業員の殆どは借金申込者に件数を少くな目に書く事を暗黙に教示しているので藁をも掴む思いの申込者は遂いその教唆に従つたのであるが此の事は今日でも業者の窓口では一般的に客に対して常時行われておる事と思料される処(因みに叔父の名を保証人欄に記載した場合もあるも此れは業者の指示に従い押印なく単に住所氏名を書いたのみであり為に叔父の保証契約の法律上無効なる事は業者自身がその職業上の知識よりして知悉していたと考える(上申書1の(3)項御参照)ので何等騙ました事にはなつていない)
三 以上の状況である処破産法は右の程度は免責許容の範囲に含めていると考える次第です。蓋し破産法第三六六条の九は全体として其の不許可事由を制限的列記主義を採用した事、原審決定の所謂同条二号にも詐欺とせず詐術とした点を考えた上尚且つ破産法上の免責規定の立法の経過(米英法導入の経過)を考える場合は自ら右の点は明白と思料するからであります。元来破産法に免責規定が戦後取入れられしは不誠実ならざる破産者に対する特典として裁判所の裁判により破産手続による配当で弁済出来なかつた(弁済の有無にかゝわらず)債務につき破産者の責任を全面的に免除しその免責決定の確定により復権をなさしめて身軽く健全な社会に厚生さすべく再出発せしめる事と思料され此の点我が国の破産法は高く評価されており本件自己破産も当然その恩恵に浴し得るものと思料する処であります蓋し然らざるに於いては所謂サラ金問題の大半については右の免責並びに復権の法文は実質的にその大半は空文化される結果となるからであります。