福岡高等裁判所 昭和60年(う)205号 判決
【主文】
原判決を破棄する。
本件を福岡地方裁判所大牟田支部に差し戻す。
【理由】
本件控訴の趣意は、弁護人松岡肇提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官吉川壽純提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する点について
所論は要するに、被告人は、原審において、公訴事実第一につき、過失のなかつたことを主張し、その立証のため原審弁護人は現場写真の取調べ及び現場検証の請求を行つたがすべて理由なく却下された。被告人は実況見分調書添付の現場見取図に対し「図面のカーブはこんなものじやないんです。もつときついカーブなんです」と述べて、現場の状況が過失認定に重要な意味を有する旨主張している。本件事案ではカーブの見通しの程度、道路幅員と民家の密集の程度が過失認定を左右するものと考えられる。法は当事者の証拠調べの請求に対し理由があるときは証拠調べの義務を認めており(刑訴法二九八条)、本件は交通事故現場の検証等により犯罪の成否の認定において異なる判断にいたる蓋然性が認められる事案であるから、原裁判所が検証等の証拠調べをしなかつたことには明らかに訴訟手続の法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるので破棄せられるべきである、というにある。
そこで所論に鑑み記録を調査し検討するに、訴因変更後の公訴事実第一の業務上過失傷害の事実の注意義務及び過失は「被告人は、普通貨物自動車を運転して、大牟田市大字新町一八七番地の一先道路を通町方面から今山方面に向け時速約三〇キロメートルで進行中、同所は道路幅員が約五・三メートルと狭く右にカーブして見とおしが悪いうえ進路前方に駐車車両があつたので右側部分に出て進行しようとしたのであるから減速、徐行して対向車の有無及びその安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、交通閑散であつたことに気を許し、対向車はないものと軽信し、漫然時速約二〇キロメートルに減速したのみで右側部分を進行した過失により」とされているところ、本件交通事故現場は幅員約五・三メートルの狭い道路であつて、被告人の進路には駐車車両があり、被告人がこの駐車車両の側方を通過して進行するためには道路の右側部分に出て進行しなければならなかつたうえ、駐車車両の前方道路は右に湾曲しているため前方の見通しが悪く駐車車両の右側方を通過する際に対向して来る被害者の自動二輪車は見えにくい状況であることが窺われ、自車及び対向車の速度のみならず道路の湾曲状況を明確にし、かつ被告人が駐車車両の側方を通過しようとして道路右側に出ようとするときの被告人の目の位置付近から被告人が被害者の自動二輪車を発見したころの同位置付近までの間における道路前方の見通し状況などを明らかにしたうえ、公訴事実の注意義務をつくして相手車を発見しうる距離関係及び衝突を回避しえたか否かなどを判定し、もつて注意義務及び過失の有無程度を判断しなければならないところ、取調べ済みの司法警察員作成の各実況見分調書(二通)添附の各交通事故現場見取図に記載された道路の湾曲状況は司法警察員作成の昭和五九年八月一三日付実況見分調書に添付の写真に照らし湾曲状況が緩やかに過ぎることが窺われ、さらに、被告人は原審公判廷において、「図面(司法警察員作成の昭和五九年八月一三日付実況見分調書添付の交通事故現場見取図)のこのカーブは、こんなものじやないんです、もつときついカーブなんです」と供述しているのであるから、右実況見分調書の図面の正確性については検討を要するものであるところ、記録を調査しても、ほかに道路の湾曲状況及び見通し状況を明確に把握しうる証拠がない。してみると、本件においては現場検証を行いまたはこれに代る実況見分調書(例えばステレオカメラにより写真撮影した結果を図化した正確な図面及び写真などの添付された同調書)を取調べて右各状況を明らかにする必要があると思料される。
ところで、本件記録によれば原裁判所は、原審弁護人から請求のあつた本件交通事故の現場検証を却下し、しかもこれに代るべき正確な道路の湾曲状況及び見通し状況などを明らかにした実況見分調書の取調べをしないまま審理を終結したうえ原判示第一事実を認定しているが、本件において注意義務及び過失の有無、程度を明らかにするためにはこれらいずれかの証拠調べをすることが必要不可欠というべきであり、当事者から現場検証の請求があつたときは、これに代る実況見分調書を取調べる予定のないかぎり、現場検証を採用しなければならないというべきである。それにもかかわらず実況見分調書を取調べる予定のないままにおいて原審弁護人の現場検証の請求を却下した原審の訴訟手続には刑訴法二九八条一項及び同法一条に違反する訴訟手続の法令違反が存し、その後これを治癒させるような証拠調べをなさないままで判決しているから、右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。論旨は理由がある。
そして原判決は公訴事実第一に対応する原判示第一事実のほか原判示第二の各事実(いずれも道路交通法違反)を認定し、両者を刑法四五条前段の併合罪として一個の刑を言渡しているので、その全部について破棄を免れない。
よつて、注意義務及び過失がないことを前提とする法令適用の誤りの控訴趣意に対する判断をするまでもなく刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、本件についてさらに審理を尽させるため、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である福岡地方裁判所大牟田支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(吉田治正 井野三郎 坂井 宰)