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福岡高等裁判所 昭和60年(う)555号 判決 1986年5月19日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人世利新治提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官吉川壽純提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

所論は要するに、被告人は株式会社佐賀相互銀行幹部らから同銀行代表取締役社長武田誠之のみのしろ金を交付させる目的で同人を略取したことはなく、また、同人の安否を憂慮する同幹部らに対しその憂慮に乗じて同人のみのしろ金を要求したこともなく、被告人は同人らに同銀行からの融資を依頼したにすぎないのに、原判決が本件につきみのしろ金目的拐取罪及び拐取者みのしろ金要求罪の成立を認めたのは、原判決が本件の背景について深い考察をなさず、本件を単に金銭に窮した者の仕業と単純化して考察した結果事実を誤認したからであるというのである。

しかしながら、原判示冒頭の事実及び第一の一の事実は原判決挙示の関係各証拠によつて優に認めることができ、所論にかんがみ原審記録及び証拠を精査し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは考えられず、原判決が所論と同旨の主張に対し「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところはまことに周到詳細にして当裁判所においてもこれを正当として肯認することができるのであり、所論に副うかのごとき被告人の原審や当審における弁解が信用できない所以も原判決が右「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するとおりである。なお、被告人がみのしろ金受取りを名目上、銀行より被告人への融資の形にしようとしていたことについては被告人の検察官に対する昭和六〇年一月九日付供述調書一六項(別冊七冊一七五五丁裏以下)で、右融資の担保とすべく予定していたものが銀行融資の実際では担保物件として到底通用しないところのものであつたことについては被告人の検察官に対する昭和六〇年一月七日付供述調書二項(別冊七冊一六一二丁表以下)で、被告人自身が認めていたことでもあり、証拠の証明力に対する原裁判所の判断に論理法則、経験則の違背等不合理の点は見当らない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、法令の解釈、適用の誤りの主張について

所論は要するに、株式会社佐賀相互銀行の社長武田誠之及び同銀行の幹部らは共に同銀行の役員であつて右武田は同銀行幹部である代表取締役志賀志朗らの事実上の保護関係にあるものではないから、右志賀志朗らは刑法二二五条ノ二の「近親其他被拐取者ノ安否ヲ憂慮スル者」に該当せず、原判決は原判示第一の一のみのしろ金目的拐取の事実を刑法二二五条の営利目的拐取罪をもつて処断すべきものであつたというのである。

しかしながら、この点についても所論と同旨の主張に対し原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところ、すなわち、「刑法二二五条ノ二の『近親其他被拐取者の安否を憂慮する者』とは、被拐取者と近しい親族関係その他これに準ずる特殊な人的関係があるため被拐取者の生命又は身体に対する危険を親身になつて心配する立場にある者をいい、近親以外であつても、被拐取者ととくに親近な関係があり、被拐取者の生命、身体の危険をわがことのように心痛し、その無事帰還を心から希求するような立場にあればここに含まれる」とし、関係各証拠によれば、株式会社佐賀相互銀行の代表取締役専務志賀志朗をはじめ同銀行の役員ら幹部(原判決は「役員ら幹部」とのみ判示してその役職、氏名を明らかにしていないが、関係各証拠からすれば、常務取締役で経理部長兼事務部長黒岩和夫、取締役で人事部長兼庶務部長副島昭十朗取締役で営業部長井手音之助、取締役で業務部長徳久定雄を指すものであることは明らかであり、このように被拐取者の安否を憂慮する者が複数存するときは、その代表的人物一人の氏名だけを明記し、その余の人物は「ら」に含ませて表わせば足りるものであり、その全員の氏名を列挙するまでの必要は存しない。)は被拐取者ととくに親近な関係があり、被拐取者の生命、身体の危険をわがことのように心痛し、その無事帰還を心から希求する立場にあつた者としたところは当裁判所においてもこれを正当として肯認できるものである。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は要するに、被告人を懲役一〇年に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。

そこで原審記録及び証拠を検討し、当審における事実取調の結果も参酌するに、これらに現われた本件各犯行の動機、態様、罪質、結果、被告人の年齢、性格、経歴等、とりわけ本件が金融機関を狙つた計画的で大胆不敵な犯行であり、犯行の計画性、その手段、方法、態様並びに事件の規模からみて近来まれに悪質な犯罪であり、これが社会に与えた衝撃は極めて大きく、加えて、これが金融機関の最高首脳をら致してみのしろ金を要求するという、これまでに例のない全く新しい大型の犯罪である点において模倣性、伝播性を呼び易いものであるとともに、この種事犯はしばしば被拐取者の殺害という非惨な結果を招きやすいことを考慮すると、刑の量定に当つてはこの種犯罪の再発を抑止するに役立つものであることを期さなければならないこと、に原判決が「量刑の理由」欄で説示するところを総合すると、被告人には罰金前科しかないこと、被告人は家庭的にも社会的にも厳しい制裁を受けたこと、その他所論指摘の情状を被告人の利益に十分斟酌してみても、原判決程度の科刑はまことにやむをえないものであつて、これを決して不当に重すぎるとまではいうことができない。論旨は理由がない。

なお、原判決八枚目表六行に事件番号が「(わ)第一号」とあるのは「(わ)第三号」の明らかな誤記であり、一九枚目表八行に「判示第一の罪の刑」とあるのは「判示第一の一の罪の刑」の明らかな誤記である。

よつて刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用し当審における未決勾留日数中二〇〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

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