福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)462号 判決 1986年5月29日
控訴人
橋本省三
橋本知恵子
大川健二
右控訴人ら訴訟代理人弁護士
金子寛道
水上正博
被控訴人
日立クレジット株式会社
右代表者代表取締役
小林信市
右訴訟代理人弁護士
原口酉男
竹之下義弘
主文
原判決を取り消す。
長崎簡易裁判所昭和五九年(ロ)第一三六号事件の仮執行宣言付支払命令を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人らは主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二枚目表一二行目の「原告」から同枚目裏一行目の「ついて」までを「訴外会社が控訴人橋本省三に対して有する割賦代金債権及び右契約から生ずる一切の債権を被控訴人に譲渡するにつき」と、同一一行目の「被告」から同一三行目末尾までを「控訴人橋本省三が右割賦金の支払いを怠り、被控訴人から二〇日以上の期間を定めてその支払いを書面で催告されたにもかかわらず、その期間内にこれを履行しなかったときは、右期限の利益を失い、残金全額を即時に支払う。」と、同三枚目表二行目と三行目との間に改行のうえ「3被控訴人は、昭和五七年二月一〇日、訴外会社から、同会社が控訴人らに対して有する前記債権の譲渡を受けた。」を加え、同三行目の「3」を「4」と、同六行目の「一九」を「二九」と、同八行目の「4」を「5」とそれぞれ改め、同枚目裏四行目から五行目の「債権譲渡の点は不知」を削り、同五行目と六行目の間に改行のうえ「3 同3は不知。」を加え、同六行目の「3」及び「同3」の「3」をいずれも「4」と改める。
2 控訴人らの新しい主張
(一) 本件ショッピングクレジット契約における被控訴人と訴外会社との関係は、訴外会社が被控訴人所定のショッピングクレジットの加盟店であり、被控訴人は訴外会社に対し継続的に割賦商品代金を立替給付してきたものであるところ、右加盟店契約は被控訴人及び訴外会社双方の利益と都合のために成立したものである。本件商品の売買契約時に訴外会社と控訴人省三との間に作成された書面は、本件ショッピングクレジット契約の証として提出されている甲第一号証のみであり、その契約内容は、商品引渡前でもクレジット契約は成立すること、商品引渡後であつても割賦金完済まで商品の所有権は被控訴人に留保されることなどとなつており、被控訴人の立場は売主たる訴外会社と実質的には全く同一である。買主側が右両者を同一の立場と考えるのは無理のないことである。
また本件ショッピングクレジット契約文言中の債権譲渡に対して異議なく承諾するとの条項は、買主たる控訴人省三の売主である訴外会社に対する種々の抗弁権を切断するための法的手段とする目的で盛り込まれたものである。しかしながら、右債権譲渡に対する異議なき承諾が、控訴人省三と訴外会社との間の売買契約の後に別の用紙や方法で、また商品引渡後になされるのであればまだしも、右のとおり売買契約と同時に一通の書類でなされ、しかも商品の引渡しはその後に行うことが明文化されている本件のような場合にまで、右異議なき承諾をすれば、商品の引渡しがなかつたとの抗弁を被控訴人に対抗させないこととするのは酷である。
右のとおり本件クレジット契約における異議なき承諾に関する条項は、控訴人省三と被控訴人、訴外会社間の実質的関係を考慮すれば、割賦販売取引について法的知識に乏しい一般消費者を相手とする販売店、信販会社の取引として、信義則に著しく反するか、又は公序良俗に反するもので無効というべきである。
(二) 被控訴人は、本件クレジット契約成立後、控訴人省三に商品が引き渡されなかつたことを知つており、仮に知らなかつたとしても、訴外会社に問い合わせれば直ちに判明したはずであるから、知らなかつたことにつき重大な過失があり、このような場合には、控訴人らは商品の引渡しがなかつたとの抗弁を被控訴人に対抗できるものというべきである。なお、連帯保証人である控訴人橋本知恵子及び同大川健二は自ら異議なき承諾をした事実はないのであるから、いずれにしても右抗弁をもつて被控訴人に対抗できることは明らかである。
理由
一請求原因について
原判決理由中、請求原因に関する説示(原判決四枚目表一一行目から同枚目裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する(但し、同枚目裏二行目の「(後記措信しない部分を除く)」を削り、同四行目の「請求原因2」の次に「及び3」を加え、同五行目の「3」を「4」に改める)。
二抗弁について
右認定の事実に<証拠>によれば、控訴人省三は、昭和五七年二月七日、売買物件の見本とかカタログを確認せずに本件ショッピングクレジット契約を締結し、一週間ないし一〇日後、訴外会社から売買物件と同様の右品を示され、その説明を受けたが、右商品が、同控訴人において当初抱いていた商品のイメージと異なつたため、同控訴人が経営するレストランに展示するにはふさわしくないとして、訴外会社にその旨を述べて本件ショッピングクレジット契約の解消方を申し入れ、訴外会社の了解を得たところ、訴外会社は、同年二月末頃不渡手形を出して事実上倒産し、右商品もその頃仕入先に引き上げられたこと、被控訴人(以下、被控訴会社ともいう。)の従業員で本件ショッピングクレジット契約の担当者であつた本田享は、その頃右事情を知つたので、同年三月頃から、訴外会社に対し、被控訴会社が債権譲渡の対価として訴外会社に支払つた代金の返還を求めるようになつたが、話し合いがつかないまま日時が経過するうちに、訴外会社の経営状態が増々悪化し、遂に右代金の回収が不能となつたこと、そこで本田は、右交渉から約一年を経過した昭和五八年四月頃に至り、控訴人省三に対し債権譲渡にかかる本件割賦代金の支払いを求めたが、拒否されたため、被控訴人は、前記のとおり同年一二月二九日の経過をもつて期限の利益を失わせ、同五九年一月に本件支払命令の申立てをしたことが認められ、<証拠>のうち、本件商品の納品を確認したとの部分は、<証拠>に照らし信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はなく、右事実によれば、本件ショッピンググクレジット契約は、控訴人省三と訴外会社との間において、昭和五七年二月中旬頃売買物件の引渡しがなされないまま合意解約されたものというべきである。
ところで前掲各証拠によれば、被控訴会社は訴外会社を自己所定のショッピングクレジットの加盟店として、訴外会社が顧客と結んだ右クレジット契約により手数料名下に利益を得ていたものであること、右クレジット契約は、いわゆる債権譲渡型ローン提携販売といわれるもので、顧客と訴外会社間の商品割賦販売契約と訴外会社が顧客に対して有する右割賦代金債権等を被控訴会社に譲渡するについての顧客の承諾を主な内容とするものであつて、被控訴会社は右契約の直接の当事者とはなつていないこと、しかし被控訴会社は、訴外会社との右債権譲渡契約により、訴外会社の顧客に対する割賦代金債権のほか訴外会社が売主として顧客に対して有する一切の権利を取得し、その結果商品の所有権は被控訴会社に移転し、割賦代金完済まで被控訴会社に留保されることになつていること、顧客が右クレジット契約を締結するにあたつては、右債権譲渡がなされることを当然の前提として、割賦販売契約の成立と同時に右債権譲渡を承諾する旨の条項が予め記入された契約用紙により申し込まなければならず、しかも商品は右契約成立後に引き渡されることになつているため、顧客としては、商品の引渡しを受ける以前において、右債権譲渡を異議なく承諾せざるを得ない関係にあることが認められ、右事実によれば、控訴人省三と訴外会社間の本件ショッピングクレジット契約と訴外会社と被控訴会社間の本件債権譲渡契約とは、法的形式的には別個の形をとつているが、経済的実質的には密接不可分の関係にあり、顧客である控訴人省三の立場からすれば、越外会社と被控訴会社とは一体として同じ売主の関係にあるものと解するのが相当である。
以上認定の事実関係のもとにおいては、控訴人省三は被控訴人に対し、訴外会社との本件ショッピングクレジット契約が商品の引渡しがなく合意解約されたとの理由をもつて、本件割賦代金の支払いを拒み得るものとしなければ、著しく信義に反する結果となる。これを、前記債権譲渡につき、控訴人省三が異議なく承諾をしたとの一事をもつて、民法四六八条に基づき、被控訴人に対し本件割賦代金の支払いを拒み得ないとするのは、本件ショッピングクレジット契約の実態及び控訴人省三と訴外会社、被控訴人間の実質的関係を無視するものであつて、はなはだ皮相的であるとの批難を免れない。
控訴人らの信義則違反の抗弁は理由があるというべきである。
三よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、これと符合しない主文第二項掲記の仮執行宣言付支払命令も相当でないのでこれを取り消すべきところ、これと結論を異にする原判決は相当でないのでこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩田駿一 裁判官鍋山 健 裁判官最上侃二)