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福岡高等裁判所 昭和61年(う)1号 判決 1986年5月21日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人小泉幸雄提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官吉川壽純提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、法令の解釈、適用の誤りの主張について

所論は要するに、株式会社佐賀相互銀行の専務志賀志朗が本件被害者である同銀行の社長武田誠之との関係において、里子に対する里親、住込店員に対する店主等のように事実上の保護関係にないこと、また、右両名間には被拐取者の生命、身体又は自由に対する危険を回避するためにはいかなる財産的犠牲もいとはない、被拐取者の危険と財産的な犠牲をはかりにかけるまでもなく危険の回避を選択すると通常考えられる程度の特別な人間関係があるとはいえないから、右志賀は刑法二二五条ノ二の「近親其他被拐取者ノ安否ヲ憂慮スル者」に該当せず、原判決は原判示第一の一のみのしろ金目的拐取等の事実を刑法二二五条の営利拐取罪をもつて処断すべきものであつたというのである。

しかしながら、この点については所論と同旨の主張に対し、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところ、すなわち、「刑法二二五条ノ二の『近親其他被拐取者の安否を憂慮する者』とは、被拐取者と近しい親族関係その他これに準ずる特殊な人的関係があるため被拐取者の生命又は身体に対する危険を親身になつて心配する立場にある者をいい、近親以外であつても、被拐取者ととくに親近な関係があり、被拐取者の生命、身体の危険をわがことのように心痛し、その無事帰還を心から希求するような立場にあればここに含まれる」とし、関係各証拠によれば、株式会社佐賀相互銀行の代表取締役専務志賀志朗をはじめ同銀行の役員ら幹部(原判決は「役員ら幹部」とのみ判示してその役職、氏名を明らかにしていないが、関係各証拠からすれば、常務取締役で経理部長兼事務部長黒岩和夫、取締役で人事部長兼庶務部長副島昭十朗、取締役で営業部長井手音之助、取締役で業務部長徳久定雄を指すものであることは明らかである)は被拐取者ととくに親近な関係があり、被拐取者の生命、身体の危険をわがことのように心痛し、その無事帰還を心から希求する立場にあつた者としたところは当裁判所においてもこれを正当として肯認できるものである。論旨は理由がない。

控訴趣意中、理由不備の主張について

所論は要するに、原判決は「被拐取者の安否を憂慮する者」に「志賀ら」と、志賀以外の氏名不詳の者を加えているが、その者の氏名、被拐取者との関係、なぜ「被拐取者の安否を憂慮する者」に該当するのか、を具体的に判示していないから刑訴法三三五条一項に違反し、同法三七八条四項の「判決に理由を附せず」に該当し、破棄さるべきであるというのである。

しかしながら、原判決の「罪となるべき事実」中に「武田誠之を略取して同人の安否を憂慮する同銀行幹部らからみのしろ金を交付させようと企て……もつて、右武田の安否を憂慮する前記銀行幹部らからみのしろ金を交付させる目的で右武田を略取し」「右武田を介して、前記株式会社佐賀相互銀行代表取締役専務志賀志朗らに対し、「現金三億円を準備してくれ。事情は後で話す。居場所は言えない。……などと告げ、もつて右武田の安否を憂慮する右志賀らの憂慮に乗じてみのしろ金を要求する行為をし」とあり、「弁護人の主張に対する判断」の欄には右銀行が「人的色彩の濃い銀行で」あること「志賀を含めた同銀行の役員の殆んどは前記武田と同じく同銀行のいわゆる生え抜きの役員であること、」志賀は武田の「無事帰還のため直ちに同銀行の役員らと協議したうえ」対策を講じたこと、「志賀を除く同銀行の役員ら幹部も、右武田の生命及び身体の安全を第一に考え、そのためには、現金三億円を犯人に交付することもやむなしと考え志賀ともども右武田の安否を親身になつて心配していたこと」などとあることから、原判決において「被拐取者の安否を憂慮する者」とされたのは志賀及び株式会社佐賀相互銀行の生え抜きの役員で武田社長救出のための協議等に参加するなどした者と優に読みとれるものであるだけでなく、なぜに右役員らが被拐取者の安否を憂慮する者に該るかの説示もなされているのであつて、これが理由不備であるとは到底いえないものである。なお、被拐取者の安否を憂慮する者が複数存するときは、その代表的人物一人の氏名だけを明記し、その余の人物は「ら」をもつて表わせば足りるのであつて、その全員の氏名を列挙するまでの実益は見出しがたい。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は要するに、被告人を懲役四年六月に処した原判決の量刑は重すぎるので破棄のうえ減刑すべきであるというのである。

しかしながら、本件の量刑の事情については原判決が「量刑の事情」欄において詳細に説示しているところであつて、その内容は極めて適切、妥当なものであり、当審における事実取調の結果を参酌しても何ら付言すべき点を見出しがたいものであり、被告人に懲役前科がないこと、本件佐賀相互銀行社長誘拐事件関係に限れば、被告人の果した役割は終始従属的なものであつたこと、本件各犯行とも、被告人の極めて恵まれない境遇からもたらされた生活苦、借金苦が遠因、近因となつているものであること、すなわち、被告人の両親の離婚、実母の病気入院、死亡、右病気中の看病の筆舌に盡せないほどの苦労と出費、夫との離婚後、働きながらの幼児二人の養育、その間に石橋啓一から物心両面にわたり受けた恩義に被告人が背きえなかつた心情等々、所論指摘の諸情状を被告人の利益に十分斟酌してみても、原判決の量刑を、これを破棄しなければならないほどに重すぎるとまではいうことができない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の刑算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法一八一条一項但書を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉田治正 裁判官井野三郎 裁判官坂井 宰)

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