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福岡高等裁判所 昭和61年(う)160号 判決 1988年6月27日

工員

吉田長年

無職

岩永博征

右の者らに対する各業務上過失致死傷被告事件について、昭和六〇年一二月四日長崎地方裁判所佐世保支部が言い渡した判決に対し検察官から適法な控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官岩﨑榮之、同林信次郎出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人吉田長年、同岩永博征をそれぞれ禁錮一年に処する。

被告人両名に対しそれぞれこの裁判の確定した日から三年間右各刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は、いずれもその二分の一ずつを各被告人負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官山路隆(検察官佐々木英雄作成名義)が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人冨田康次、同石井元、同清川明、同春山九州男及び同奥川貴弥が連名で差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右控訴趣意(法令の解釈、適用の誤り、事実誤認)について。

本件公訴事実については、被告人両名の注意義務の存在の点を除き、原審もこれを認めるところであり、記録上これを肯認するに十分である。

すなわち、原審並びに当審において取り調べた各証拠、就中後記(証拠の標目)欄挙示の証拠によれば、

(原判決理由第二 火災事故に至る経緯及び被害の状況について)

原判決第二の一 バラウニ号の概要(すなわち、原判決一〇頁七行目から一二頁二行目まで。但し、別紙図面一、同二はいずれも右側が船首である。)

原判決第二の二 本船の入渠までの経緯(すなわち、原判決一二頁三行目から一三頁五行目まで)

原判決第二の三 火気作業等の準備等(すなわち、原判決一三頁六行目から一五頁八行目まで。但し、一四頁二行目に「第二現場長」とあるのを「第三現場長」と改める。)

原判決第二の四 ビルジの状況等(すなわち、原判決一五頁九行目から一九頁四行目まで。但し、一五頁一〇行目に「長崎港」とあるのを「長崎港外」と改める。)

原判決第二の五 ビルジの除去状況(すなわち、原判決一九頁五行目から二〇頁一二行目まで。但し、同頁一一、一二行目に「約二センチメートルの油性ビルジ」とあるのを「約一・五センチメートルの、殆ど油分ばかりの、ねばっこいビルジ」と改める。)

原判決第二の六 火災発生の経緯(すなわち、原判決二〇頁一三行目から三三頁一行目まで。但し、二一頁一三行目に「同日」とあるのを、「同月一八日」と、二四頁二ないし四行目に「ポンプの周囲は、船首、船尾方向約一メートル、左舷、右舷方向約〇・七七メートルプレート部分が開口している。」とあるのを「ポンプの周囲は船首、船尾、左舷、右舷各方向にいずれも数十センチメートル以上プレート部分が開口していた。」と、二七頁末行に「ガスライター」とあるのを、「シガレットライター」とそれぞれ改める。)

のほか、被告人両名は、原判決二九頁六行目から三〇頁五行目二字までのとおり、GSポンプ付近に行き、ナルカルの使用していたガス切断器を取り上げてその調整を行なった際、ナルカルがガス切断器を使用して、GSポンプの台座と本体とを固定している数個のボルトナットを溶断する作業を行ない、バナージがその傍にいてこれを監督しているのに、ナルカルもバナージも右作業を行なうについて火受け、ガラスクロス、消火器、消火ホース等の防火又は消火用具を全く準備していないことを目撃していたこと(被告人岩永は、更に、ナルカルがガス切断器の高熱の火炎により溶けたボルトナットの鉄片をハンマーで叩き落とすのも目撃していたこと)

原判決第二の七 被害の発生(すなわち、原判決三三頁二行目から三五頁四行目まで)

(原判決理由第三 被告人両名の刑事責任について)

原判決第三の一 被告人両名の業務性(但し、原判決三五頁六行目から三七頁三行目二字まで)

のほか、昭和四九年三月制定され昭和五一年七月一部改訂追記されたSSKの修繕船防火管理細則(当審で取り調べた、押収してある火災・爆発(含中毒)防止基準一冊(当庁昭和六一年押第五一号の一六)中一〇頁以下)には、修繕船工事における防火対策の徹底を図るため、防火担当者とその任務が定められ、火元確認者は、本船工事に従事する工長又は工長が指名した者で、作業開始前に火気使用場所周辺をよく点検し、必要によりガス検知を依頼し、使用の可否を確認し、使用可のときには火気使用通知書二枚に必要事項を記入して所属現場長、係長の検印を受け、一枚は火気使用者に常時携行させ、一枚は安全衛生係に提出し、火気使用前に消火ホース、消火器、火受け等を必ず準備し、火気作業前に火気見張員を指名し、火気作業中見張りにつかせ、火気作業終了後、火災発生のおそれのないことを確認し、一方、指名された火気見張員は、所定の腕章を左腕につけ、同作業中は水ホース、消火器を携行して見張りに専従し、更に持場を離れてはならないと定められていたこと、昭和五〇年七月制定され、昭和五一年七月に一部改訂追記されたSSK火災爆発防止要領(当審で取り調べた、押収してある火災・爆発(含中毒)防止基準一冊(当庁昭和六一年押第五一号の一六)中三一頁以下)には、火気使用時における現場長、工長、作業員の遵守事項中火気作業中の心得として、下部及び周辺に除去できない可燃物がある場合には、可燃物を不燃性の物(石綿等)で覆いをし、火の粉飛散防止(火受け)を行なうことと定められていたこと、被告人吉田は、SSKで修繕船に赴く際上司から火気作業中消火器、水ホース等を準備し、火気見張員を置くよう注意を受け、昭和五七年三月一五日朝作業開始時に、加藤豪から、今野がガス切断器を使用して火気作業をしている間の火気見張員をつとめるように命ぜられたが、当初は火気見張員として火受けを使うことを知らず、消火器を持って今野のガス切断器使用を見守っていたものの、同日中段フロアーにおけるパイプ切断作業中に付近を通りかかった長嶺一磨工長より火受けを使うように指示されてからこれを使い始めたこと、被告人岩永は、入社前に火気取扱いの留意点について教育を受け、SSKの修繕船防火管理細則に前記の防火のための消火ホース、消火器、火受け等を必ず準備し、火気見張員を見張りにつけさせる定めがあることを知っており、本件前、昌和工業における朝のミーティングの折などに小崎専務取締役らから、火気作業中の心得として、消火器、水ホース、火受けを使用し、火気見張員を置き、同人は腕章をつけるように指示されていたこと、被告人両名は、火災発生当日の昭和五七年三月一八日、朝からペアを組み、フレートプレート上において、被告人岩永が主としてガス切断器を使用して鉄製バンドを切断する作業を、その後被告人吉田が主として電気溶接器を使用しこのバンドを溶接して取り付ける作業を、それぞれ協同して行なったこと

原判決第三の二 バラウニ号機関室内のビルジに対する被告人両名の予備知識(すなわち、原判決三八頁九行目から四〇頁四行目まで)

原判決第三の三 被告人両名のビルジ現認状況について(すなわち、原判決四〇頁五行目から四二頁四行目まで)

が認められる。以上の事実によれば、被告人吉田はSSKの溶接工としてSSKの施行する修繕船内の給水パイプ新設工事等及びこれに伴うガス切断器等の火気を使用する業務に従事していたものであり、被告人岩永はSSKの下請会社である株式会社昌和工業の溶接工として被告人吉田と同種の業務に従事していたものであることが明らかである。

論旨は、右事実関係を前提とし、被告人両名には、ガス切断器等の火器を使用する業務に従事する者として、(一)事故発生の予見される右火気作業を行なおうとしていたバラウニ号船員ナルカルらに対し被告人両名保管にかかるガス切断器を貸し渡したという作為による注意義務違反と、(二)その後ナルカルの使用していたガス切断器を取り上げてその調整を行なった際、ナルカルらがガス切断器の取り扱いに不慣れであることを知りながら、事故を防止するために、(1)これを取り戻し、あるいは、(2)そのガスの元栓を閉止し、又は、(3)火受け、消火器を貸与するか、準備させ、見張員を配置させることを怠ったという不作為による注意義務違反が認められ、右注意義務違反と本件事故発生との間には法律上の因果関係が存在するにもかかわらず、原判決は刑法二一一条前段の注意義務の解釈を誤り、事実を誤認し、被告人両名のいずれにも業務上の過失を認めえないとして無罪を言い渡したものであり、右の解釈の誤り、事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というに帰する。

よって、右主張の当否を按ずるに、論旨は、被告人両名に二個の業務上の注意義務違反、すなわち、(一)危険の発生を制止すべき義務、及び(二)危険な状態における用心深い態度に出るべき義務の違反があると主張するので、右各注意義務相互の関係について、先ず検討することとする。本件の場合、右(二)の危険な状態は(一)の注意義務違反によって招来されたことが明らかである。ところで、実定法上現実に結果が発生した場合にのみ過失犯の成立を認めうるとされている以上、発生した結果と無関係にある時点における被告人の不注意な行動を非難することは無意味であるから、被告人両名の過失責任の存否を判断するには、まず、現実に生じた法益侵害の結果を起点として因果の連鎖を遡り、被告人両名の作為又は不作為によって結果を回避しえたと目される最初の分岐点において、被告人両名による結果の予見及びその回避の可能性を検討し、これが否定された後初めて順次それ以前の段階に遡って同様の検討を繰り返すことが必要であり、かつ、これをもってたりるといわなければならない。本件についてこれをみるに、先ず、発生した結果に最も近接する論旨(二)の注意義務、就中、(二)の(1)ないし(3)のうち最も直截、適切な(二)の(1)の注意義務の存否を確定することが先決問題であり、これが肯認されるにおいては、それ以前の段階に属する論旨(一)の注意義務の存否を論ずることは、被告人両名の刑事責任を追究する上で全く無意味であるということになる。すなわち、論旨(二)の注意義務が肯認される限り、その遵守によって結果発生を回避することができたことになるのであるから、それ以前の段階において被告人両名に不注意な行状が認められようと、このような行状は、発生した結果に対する被告人両名の過失責任を基礎づけるものではなく、(二)の時点における被告人両名の注意義務の前提となる客観的状況の一つとして把握すればたりるのである。

そこで、論旨(二)の(1)の注意義務の存否につき判断する。以上の事実関係に現われる注意義務の前提たるべき関係状況をみるに、被告人両名がGSポンプ付近に行き、ナルカルの使用していたガス切断器を取り上げてその調整を行なった際、GSポンプ台座周辺のタンクトップ上及び付近一帯には易燃性残油を含むビルジが滞留していたのであり、被告人両名もそれまで同所付近に油性ビルジがあるのを目撃していたこと、その際被告人両名は、ナルカルが先に被告人両名から借り受けたガス切断器を使用して、GSポンプ台座と本体を固定している数個のボルトナットを溶断する作業を行ない、フレートプレートにおけるGSポンプの周囲は、船首、船尾、左舷、右舷各方向にいずれも数十センチメートル以上プレート部分が開口し、バナージがその傍にいて右作業を監督しているのに、ナルカルもバナージも右作業を行なうについて、火受け、ガラスクロス、消火器、消火ホース等の防火又は消火用具を全く準備していないことを目撃したことに照らすと、ナルカルらが右火気作業を続行すれば、赤熱して溶断されたナットやボルトの鉄片等が右開口部からタンクトップ上に落下し、同所の易燃性残油を含むビルジに着火しこれを炎上させて火災を発生させ、バラウニ号機関室で作業中の工員等を死亡させ、又は同人等に傷害を負わせる事故を惹き起こすおそれがあったものであり、被告人両名は当然にこれを予見することができ、かつ、ナルカルにガス切断器を貸し渡した状況及びその後の経緯からしてナルカルらからガス切断器を取り戻して右事故の発生を回避することができたものと認められる。

そして、被告人両名は、それぞれ被告人両名の使用していたガス切断器をナルカルに貸し渡すという自己の先行行為によって事故を惹き起こす危険のある状態を成立させたものであるから、そのような危険な状態を認めた以上、その際ナルカルから右ガス切断器を取り戻して、本件のような事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものといわなければならない。

しかるに、後記挙示の関係証拠によると、被告人両名はいずれも、平素修繕船における火気作業中に防火用具の準備を必ずしも励行していなかった、それまでのルーズさに対する慣れや、火災の危険に対する感覚麻痺、本船側による作業とSSK側による作業とが混在して行なわれていたバラウニ号修繕工事における本船船員に対する遠慮及び本船側作業に対する無責任感等から、前記のおそれを予見せず、右ガス切断器を取り戻さなかったため、その後ナルカルらが右ガス切断器を使用してボルトナットを溶断する作業を続行し、赤熱したその溶断片等が落下してGSポンプ台座付近のタンクトップ上にあった油性ビルジに着火しこれを炎上させて一〇名を死亡させ、二名に傷害を負わせたものであって、当時被告人両名に前示注意義務を期待することができたものと認められる。すると、右死傷は被告人両名の右過失に基づくものと認めるのが相当である。

被告人吉田及び同岩永の原審における各供述、並びに被告人吉田の当審における供述中右認定と相容れない部分は、いずれもあいまい、不自然、不合理であり、他の関係証拠と対比して信用することができない。

ちなみに、この点に関し、右のガス切断器取戻義務が本件訴因に含まれているかどうかを検討するため、本件公訴事実中の結果回避義務の一つである「ガス切断器の貸与を拒否してその使用を阻止する措置を講ずべき義務」の意義について考えてみるに、これに関する公訴事実の記載は、「被告人両名は、(中略)バナージ及びナルカルの両名がガス切断器を使用して前記GSポンプとその台座を固定しているボルト・ナットを溶断する火気作業を行うに当たり、ナルカルから被告人両名の保管にかかるガス切断器の貸与方を申し込まれたが、当時、同GSポンプ台座周辺及び付近一帯には易燃性残油を含むビルジが滞留しており、右バナージらの火気作業が行われた場合には、赤熱した溶断片やボルト・ナットが落下し、右ビルジに着火炎上して火災を発生させ、同機関室で作業中の同造船所の工員等を死傷させる危険があったのであるから、右ガス切断器の貸与を拒否してその使用を阻止(中略)する等して右ビルジへの着火炎上を防止する等の措置を講じて火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠り、前記バナージらに対し前記ガス切断器を貸与し、かつ、その火口を取り替え、火力の調整をする等火気作業を指導した上、(中略)漫然右バナージらに火気作業を行わせた過失により、同日午後三時一五分ころバナージらの火気作業中に生じた赤熱した溶断片やボルト・ナット等を前記GSポンプ台座付近の前記ビルジに落下して着火させて、同船機関室内を炎上させ、よってそのころ、」本件死傷事故を惹起させたというものであって、右にいわゆる、当時予見された「GSポンプ台座周辺及び付近一帯には易燃性残油を含むビルジが滞留しており、右バナージらの火気作業が行われた場合には、赤熱した溶断片やボルト・ナットが落下し、右ビルジに着火炎上して火災を発生させ、同機関室で作業中の同造船所の工員等を死傷させる危険」は、バナージ及びナルカルの両名がガス切断器を使用して前記GSポンプとその台座とを固定しているボルト・ナットを溶断する火気作業を開始、継続する間は存続していたというものであり、被告人両名がナルカル又はバナージに「ガス切断器の貸与を拒否してその使用を阻止」しえた機会として、「ナルカルから被告人両名の保管にかかるガス切断器の貸与方を申し込まれた」ときと、「その火口を取り替え、火力の調整をする等火気作業を指導した」ときとを掲げ、「バナージらに火気作業を行わせた」ことを過失として構成していることが明らかであり、しかも、被告人両名においてバナージらに火気作業を行わせないための最も有効、適切な手段は、当初はガス切断器を貸し渡さないこと、一旦貸し渡した後はこれを回収することであり、右の貸し渡しを拒否することとこれを回収することとを含めて貸与を拒否すると表現しても必ずしも字義に反しないことに照らすと、右にいわゆる「ガス切断器の貸与を拒否してその使用を阻止する措置を講ずべき義務」とは、当初「ナルカルから被告人両名の保管にかかるガス切断器の貸与方を申し込まれた」ときの「ガス切断器の貸与を拒否してその使用を阻止する措置を講ずべき義務」ばかりでなく、その後の「その火口を取り替え、火力の調整をする等火気作業を指導したとき」の、バナージ及びナルカルのガス切断器使用による火気作業継続中における、「ガス切断器の貸与を拒否(すなわちガス切断器を回収)してその使用を阻止する措置を講ずべき義務」をも包含するものと解するのが相当である。現に本件審理の経過をみても、原審の論告において検察官は、被告人両名が、ナルカルにガス切断器を貸与した後、ナルカルとバナージがGSポンプとその台座とを固定しているボルト・ナットを溶断する火気作業に着手しようとしているのを認識したときと、その火口を取り替え、火力を調整する等火気作業を指導したときとにおける、ナルカルらの火気作業を中止させる被告人両名の注意義務の存在を主張し、原審弁論において弁護人らは、被告人両名がナルカルの右ガス切断器使用を現認した際、被告人両名にそのガス切断器使用阻止義務を要求することは過酷であることを主張し、原判決は、被告人両名がナルカルらのガス切断器使用状況を目撃した段階におけるその継続使用を阻止すべき被告人両名の注意義務の存否について判断し、当審に差し出した控訴趣意書、及び当審弁論において、検察官は、被告人両名には、ナルカルらがガス切断器の取扱いに不慣れであることを知った時点において、先ずガス切断器を取り戻してその使用を差し止めるべき義務があったと主張し、当審に差し出した答弁書、及び当審弁論において、弁護人らは、検察官の右主張は火器貸与禁止義務とその違反を前提としているが、被告人両名には右貸与禁止義務違反がないから失当であるし、また、本船側で自由に火器を使用できる体制下にあってはガス切断器回収義務が発生するはずもないと主張して、いずれも右の解釈を前提としているのである。

原判決は、本件訴因に関する右の解釈を前提としながら、右の注意義務に関する認定に反して、右(二)の(1)の注意義務の存在を否定し、その根拠を次のとおり説示する。

すなわち、被告人両名が、GSポンプ付近に行き、ナルカルの使用していたガス切断器を取り上げてその調整を行なった際、ナルカルからガス切断器を取り戻してその継続使用を阻止しておれば、本件結果の発生を回避することができたものと考えられるが、

(1)  被告人吉田の検察官及び司法警察員に対する各供述調書中には、同被告人が、昭和五七年三月一五日午前、同月一七日、同月一八日午前にそれぞれビルジを現認した際と、同月一八日バナージ、ナルカルが火気作業をしているのを見た際、GSポンプ台座付近タンクトップ上にはビルジがあるものと思い、これに着火して火災が発生するおそれがあると思った旨の供述記載があり、被告人岩永の検察官、司法警察員及び司法巡査(謄本)に関する各供述調書中にも同旨の供述記載があるが、他面、被告人両名は右各供述調書の他の部分では、格別の根拠もないのに、まさか火災が発生するとは思わなかった旨供述しているのであるから、前記の各供述記載は、現実に惹起した火災発生の重大性を認識したがために、これから遡って危険性を供述したものと解され、直ちに信用することができず、他に被告人両名がナルカルらの作業の時点においてGSポンプ台座付近のタンクトップ上に多量のビルジが滞留し、これによって火災が発生する危険性が大きいことを具体的に認識していたことを認めるにたりる証拠はないこと

(2)  当時本船側による作業とSSK側による作業とが混在して行なわれていたのであるが、インド船籍である本船側船員あるいは作業員は本船側から修繕工事を請け負ったSSK側の作業上の指揮命令系統とは、別個の指揮命令に属して作業に当っているものであって、本船側との連絡調整の職務を有する区画担当の主務を通じては格別、各作業員において本船側船員等との間で直接指示等をなしうる根拠もなく状態にもなかったこと

(3)  被告人両名はSSK側の作業の末端の一作業員に過ぎず、作業上安全衛生又は防火責任者たる義務を負うこともなく、本船側との連絡、調整の職務にある区画担当者でもないから、法令上本船側作業員の行為についてその危険の防止措置をすべき義務はないこと

(4)  安全管理責任を有する山北工長においても船員らによるSSK側火器の使用事実を黙認し、その作業状況を見ていながら火口に点火してやって作業を継続させたこと

(5)  本件火災事故の直接原因となった火気作業は本船船員バナージ及びナルカルによるGSポンプ取りはずし作業であったこと

(6)  被告人両名の所為は火災発生原因に対して間接的であることを指摘するのである。

しかし、刑法二一一条前段の業務上過失致死傷罪の結果予見義務についていえば、結果発生の予見可能性があればたりる(最高裁判所第二小法廷昭和五五年四月一八日決定、刑集三四巻三号一四九頁、最高裁判所第二小法廷昭和五七年一一月八日決定、刑集三六巻一一号八七九頁等)のであるから、原判決が右(1)において「これによって火災が発生する危険性が大きいことを具体的に認識していたことを認めるにたりる証拠はないこと」と判示する部分が、右罪の結果予見義務につき「結果の発生する危険性が大きいことを具体的に認識していたこと」を要すると解しているとすれば、それはその解釈を誤ったものといわなければならない。

そればかりでなく、前叙のように、被告人吉田は、SSKで修繕船に赴く際上司から火気作業中消火器、水ホース等を準備し、火気見張員を置くよう注意を受け、昭和五七年三月一五日朝作業開始時に、加藤豪から、今野がガス切断器を使用して火気作業をしている間の火気見張員をつとめるように命ぜられたが、当初は火気見張員として火受けを使うことを知らず、消火器を持って今野のガス切断器使用を見守っていたものの、同日中段フロアーにおけるパイプ切断作業中に付近を通りかかった長嶺一磨工長より火受けを使うよう指示されてからこれを使い始めたこと、被告人岩永は、入社前に火気取扱いの留意点について教育を受け、SSKの修繕船防火管理細則に前記の防火のための消火ホース、消火器、火受け等を必ず準備し、火気見張員を見張りにつけさせる定めがあることを知っており、本件前、昌和工業における朝のミーティングの折などに小崎専務取締役らから、火気作業中の心得として、消火器、水ホース、火受けを使用し、火気見張員を置き、同人は腕章をつけるように指示されていたこと、被告人両名は、昭和五七年三月一八日午後二時三〇分ころ、ナルカルがGSポンプのすぐそばで先に被告人両名の貸し渡したガス切断器を使用して、GSポンプの台座と本体を固定している数個のボルトナットを溶断する作業を行ない、ガス切断器の酸素とガスの調節をよくすることができないためパタパタという音を立てさせているのに気づき、ともにGSポンプ付近に赴き、ナルカルの使用していた右ガス切断器を取り上げてその調節を行なったのであるが、その際フレートプレートにおけるGSポンプの周囲は、船首、船尾、左舷、右舷各方向にいずれも数十センチメートル以上プレート部分が開口しているのに、ナルカルは、バナージがその傍にいて右作業を監督しているもとで、火受け、ガラスクロス、消火器、消火ホース等の防火又は消火用具を全く準備することなく、右火気作業を行なっていたのを目撃したこと、

被告人吉田は、その検察官に対する昭和五七年五月二七日供述調書(検乙二号)において、

「(前略)私は、岩永さんが火口を取り換えたりしている間の初のころに、ナルカル達が何を切断しているのかと思って、GSポンプの下の方をフレートプレート上からのぞき込んで見たところ、GSポンプの台座取付けのボルトをこのガスカッターで切断しようとしている事が判りました。その台座の一部はフレートプレートの床で見えませんでしたので何本のボルトで止めてあるのか判りませんでしたが、目に見えたGSポンプ台座の右舷側でもっとも船首側にあるボルトのナットやその付近の台座辺りが外のところと比べて炎で焼いた為か油がありませんでしたので、私はナルカル達がこのボルトを切断していた途中だと思いました。

その際私は、その台座の見える所の側面全体に黒い油がついておりそれがベトベトしている感じで黒びかりしているのを見ました。その様子からも、私は、このGSポンプのあるタンクトップの付近には油があるだろうと思いました。GSポンプの側面についている油は重油の様な感じでした。左舷側のボルトがどうなっていたのかは気をつけて見ませんでしたので、気がつきませんでした。

私は、GSポンプの側面についた油や、そのタンクトップ上に沢山油があると思われる状態でしたので、この様な状態でナルカル達がこのガスカッターを使うと、ガスカッターの炎や火花や切断した鉄片などが油に当って発火し炎になるおそれがあると思いましたし、そうなれば私を含めこのころこのエンジンルーム内で働いていたインド人達や六〇名位の日本人作業員達が多数死傷する大慘事になるのではないかと不安になりました。しかし私は、油で大変汚れたエンジンルーム内でこれまでに沢山のガスカッターや電気溶接器を使っての火気使用作業をやっていましたし、私自身も火気使用作業をしていて、これまでは火災になりませんでしたので、大変危険だと不安を感じながらも、火災にはならないだろうと自分なりに勝手に考えていました。

(中略)私が中段フロアーの階段口近くに来た時(中略)船首側の天井近くまで白ぽい煙りが立ちのぼっているのに気がつきました。修繕船の場合には排気が十分でありませんので、ガスカッターや電気溶接器を使用する時に出る白ぽい煙りが立ち込める事がありますので、私はこの時の白ぽい煙りもそれではないかとも思いましたが、私はナルカルとバナージが油でぬれたGSポンプのボルトをガスカッターで切断する作業をしており、カーゴポンプタービンフロアやビルジウエル内にドロドロした油のビルジが沢山溜っていて重油の様なものが入ったドラム缶も置いてあり、GSポンプの周りのタンクトップの上にも油があると思われる状態であるのに、消火器など全く側に置かず火受けなども使わずに私達が貸したこのガスカッターで切断作業を続けていましたので、もしかしたらその事が原因で火災になったのではないかと大変不安になり、「火事じゃないか」と一人言を言いました。(中略)やはり同じ様な白ぽい煙りが船首側の天井辺りに立ち込めているのが見えました。それで私はもしかしたら本当にナルカル達が使っているガスカッターの炎や火花がそれにカッターで切断した焼けた鉄片などが原因で火災が起ったのではないかと心配になり、私の直ぐ近くの左舷側階段を降りて下段フロアの踊り場から階段口をのぞき込む様にして中かがみになり、ナルカル達が火気作業をしていたGSポンプの方を見ました。(中略)フレートプレートの<11>の辺りつまりメインエンジンの左舷船首側角辺りのエンジンとプレートの鉄板の間にある幅約一〇センチ位の透き間から長さ約三〇センチ位に亘って約一五センチ位の高さの真赤な炎が見え、その周りに真黒な煙りが立ち込めていました。それで私は、燃えているのはGSポンプの周りメインエンジンの左舷船首側角付近のタンクトップ上の油だと思いました。私は心配していた通りナルカル達のガス切断作業が原因で、私と岩永さんが貸したガスカッターの炎か火花かそれで切断した焼けたボルトなどの鉄片がタンクトップ上の油に落ちて発火して火災になったのだと思いました。(後略)」と供述し、

その検察官に対する昭和五七年五月二九日付供述調書(検乙三号)において「(前略)このバラウニ号機関室内は、全体に油で汚れており、特にカーゴポンプタービンフロアやビルジウエル内には大変ドロドロした油のビルジがありましたし、この外のタンクトップの上もドロドロした油の層が残っているだろうと私は思っていました。(中略)

私と岩永さんは、ナルカルとバナージが実際にこのガスカッターを使ってGSポンプとその台座を固定結合しているボルトを切断する火気作業をしているのを見ましたし、私が直接見たGSポンプ台座の側面は重油の様な油でぬれており、その台座が設置されているタンクトップの周辺にも多量の油が溜っていると思われましたし、その近くのカーゴポンプタービンフロアやビルジウエル内には先程お話した様に多量の油のビルジがあり更には重油の様な油の入ったドラム缶が何本もフレートプレート上に置いてあるのを私も知っていました。

それで私は、ナルカル達がこのガスカッターを使ってボルトの切断作業をすれば、ガスカッターの炎や火花それにカッターで切断した焼けた鉄片などがこれらの油に落ちてこれらの油が着火して燃え上がって火災となるおそれがある事も、私はよく判っていましたし、私自身で不安を感じていました。またこの時のこの機関室内には、日本人作業員六〇名位とはっきりした人数は判りませんが何人かのインド人がいましたので火災になればこれらの人達の中で死傷者が多数でるおそれがある事も私は判っていました。また直接に切断しているナルカルが、ガスカッターの取扱いが下手である事も私にはよく判っていました。(後略)」と供述し、

その検察官に対する昭和五七年六月三日付供述調書(検乙六号)において、

「(前略)なお私は、これまで造船部から修繕部に何回か応援に行き、修繕船内での作業中に私が使用していた電気溶接器の火花がスラッジにとび散って当りそのスラッジが燃え出した事が十数回ありましたが、それはいずれも足で踏みつけるなどして消しました。私は私自身の作業でビルジが燃え出したのを経験した事がありませんでしたが、このバラウニ号に溜っていたビルジは、私が燃えたのを経験したスラッジよりもベトベトドロドロしていてより燃え易いだろうと思っていました。(後略)」と供述し、

その検察官に対する昭和五七年六月九日付供述調書(検乙七号)において

「(前略)次に私がナルカルやバナージらの火気作業を見て危険だと思ったのに中止させたり、火受け等の準備をさせるようにしなかった理由について話します。その一つの理由は、自分達も普段していないのに自分達以外の人間にあまり色々とうるさいことが言えなかったことです。つまり一般的に防火や消火については私達は普段から割合い安易に考えており、水ホースや火受けを準備しないこともよくありました。付近に油分の多いビルジやほかの可燃物があって消火用具や火受けや見張り等をきちんとしなければならないような時でもこれらを用意しないで安易に大丈夫だろうと考えて火気作業をすることがありました。それで一般的に火気作業の時の防火や消火についての考え方が非常にルーズになっていたのが実情でした。そのように私だけでなく、他の作業員の人も防火や消火についてあまり注意を払っていないのが実情でしたので、自然と人のやっている火気作業についてまで、あれこれ色々と注意したりすることはなかったのです。それで今回の時も私はナルカルらがやっていた火気作業を見て危いとは思いましたが、それに対して、注意をして、防火や消火の準備をきちんとやらせようということまでしなかったのです。つまり私の心の中には人の仕事にまで、うてあわれない、そこまで自分が気を配ってやることもないという気があったのです。

もう一つの理由は、相手が船員さんというお客さんであり、しかも外国人でしたので、遠慮がありましたし、言葉もよく判らなかったということです。やはりお客さんですとあまり色々と口出してやかましく言えば相手も気を悪くするだろうと思いました。それで相手に対し、きがねして、やれ消火器を用意しろとか、やれ火受けを持って来いというようなことまで言いずらかったのです。それに私は簡単なイエスとかノーとかいう英語は出来ますが、もっと難しい英語は判りませんから、言葉もよく通じないと思いました。そのようなことでありましたので私はナルカルやバナージらに火気作業を中止させたり、使用させるとしても、防火や消火の準備をきちんとさせるように言ったりすることはしませんでした。

このように考えたほかに私としては、危険だと思いながらも、自分なりにまさか火災になることはないだろうと勝手に思いました。このように自分なりに勝手に火災にはならないだろうと考えたのは、これまでの調べでも話しているとおりです。特に格別の根拠やしっかりした理由があったのではありませんが、私はこれまで大きな火災は一回も経験したことがありませんでしたので、そのように思ったのです。

私はもともと造船部船殻課に所属しており、今回のバラウニ号は応援として来ておりました。それでこれまでの工事はほとんどが新造船であり修繕船の工事はバラウニ号を入れて五~六隻位でした。新造船の場合はビルジ等はありませんし、またほかの油で汚れているということもありません。それで新造船の工事で火気作業をする時には火受けを用意したり消火器を用意することもありません。また私は新造船の工事の時に火を出したという経験もありません。そんな訳で私はいわば新造船の工事をする時と同じような感覚でおり、本当は修繕船については、ビルジ等が多く油で汚れているケースが多いので、火気作業には注意しなければいけないのですが、あまりそう言ったことに気を付けておりませんでした。

そして、私がこれまで修繕船の工事に行った時にも、先程も話しましたように火気作業について防火や消火の心配りがルーズになっているのが実情でした。私はこれまで修繕船の工事の時に付近にスラッジ等がある時にも消火器等を用意せずに作業したことがあり現実にスラッジに火花等が落ちてポッと火が出たことも何度かありました。しかしそんな時でもはじめから消火器等を用意したり、火受けを用意したりすることをせずにポッと出た火をその場で踏み消すといったことをしておりました。それでも幸いなことに大きな火災になることはなかったのです。

そんなふうに防火や消火についてルーズになっており、私をはじめほかの人も火災について感覚がまひしているというのか安易なムードがあったのです。今にして思えば本当にこれまで今回のバラウニ号と同じような火災が起こらなかったのが不思議な位です。これまでも今回の事故のような火災が発生したとしてもおかしくない実情だったのです。そんな訳で私はこれまで大きな火災を経験していませんでしたので今度の時も自分なりにまさか火災になることはないだろうと簡単に考えてしまいました。今から思うと本当にこのような考えは安易でしかも自分だけの勝手な判断でした。

私としてはナルカルらが火気作業をしているGSポンプの下にビルジ等があるだろうことはよく判っておりその上での火気作業は危険でしかもナルカルはカッターの使用が下手くそであったから増々危険でありひょっとしたら火災になって死傷者が出るかも知れないことは十分判っておりました。それなのに相手に遠慮したり、人のことだと思ったりして火気作業を中止させたり防火用具等を準備させなかったりしたことや自分だけの判断で、まさか火災にならないだろうと勝手に考えたことは本当に間違いだったと思います。(後略)」と供述し、

他方、被告人岩永は、その検察官に対する昭和五七年五月二七、二八日付供述調書(検乙九号)において、

「(前略)その時のナルカルの作業を見ていて私は、これは随分危険だなあと思ったのです。というのも私は、この三月一八日の日もまだ油分の多いビルジがタンクトップ上には残っていると思っていましたので、溶断片や火花や火の粉がそこのビルジに落ちれば燃え出してしまうかも知れないと思ったからです。ナルカルは溶断片をハンマーで叩いて落としているのにナルカルもまたバナージも火受けをするかガラスクロスをするとかいった防火措置は何もしていませんでした。更に消火器や消火用の水ホースも自分達の手元に置いておりませんでした。

そんな状態で作業をしていましたので、私は、簡単にしとるねと心の中で思ったのです。この簡単にしとるねという意味は、下のビルジが燃え出して火災になる危険があるのに防火のための措置や消火のための措置を何もとらずにしているという意味です。私はその時GSポンプの台座の下のタンクトップ上は意識して見てはいませんでした。しかし、私はバラウニ号の工事に入って以来バラウニ号のタンクトップにはかなりビルジがあってその油分は非常に燃え易い危険なものであることを見て知っていましたし、三月一七日の日の時点でもまだビルジが残っているのを見ましたし、三月一八日も依然ビルジはあったようでしたので、私はナルカルが作業をしているGSポンプの下に燃え易いビルジがあるだろうと思っていました。それだからこそ火気作業をしているのに、何にも防火や消火の措置をしていないナルカルやバナージを見て簡単にしとるねと心の中で思ったのです。(中略)

このナルカルが火気作業をしているのを発見した時、私としては、先程話しましたように、下のタンクトップには燃え易い油を含んだビルジがあり、そのビルジの上に溶断片や火の粉、火花が落ちることは十分あると思っていましたのでひょっとしたらそのビルジあるいは何かの可燃物が燃えてしまい火災になって死傷者が出るかも知れないということは十分予想出来ました。(中略)

私は火災の危険があると思いながらもまさかそんなことは起こらんだろうと思いました。それまで、私は火災事故に会ったこともありませんでしたし、油分のかなりあるビルジが多い処でもこれまで作業して来ておりましたので、危険だけども、まさか火災にはならないだろうと自分なりに考えていたのです。それに相手はお客さんでしたので、お客さんに対し、カッターを返せとかビルジを取れとか消火器を用意しろとか指示するのは、どうしても出来にくいことでした。それに私の心の中には相手のインド人二人はこの船に乗っている船員さんだから自分達より船のことに詳しく船の構造等もよく知っているので、それなりに防火や消火のことは考えているんだろう、だからまかせておけばいいという気持がありました。またこれらに加え私や吉田さんは、自分達の仕事を持っており、その作業をやらなければいけませんでしたので、ナルカルやバナージの作業につききりでいる訳にはいきませんでした。(中略)

ボイラーの前あたりに煙がただよっているのが見えました。(中略)「火事だ。」とか「消火器を持って来い。」と叫ぶ日本人の声がしました。(中略)タラップのすき間から下を向いたのですが、インド人のナルカルらが作業をしていたGSポンプ付近と思われる場所から煙がもうもうと噴き出していました。

私はこれは大変なことになったと思いました。その時同時にこれはインド人が火を出したと直感的に思ったのです。それというのもGSポンプ付近らしい場所から煙がもうもうと出ていましたし、そこで火気作業をインド人のナルカルらがしていたからです。(中略)

これまでビルジがあって危いと思った時でもそこで作業をすることがありました。そのような時にこれまでも幸いにして火災は起こらなかったので私の心の中に、気のゆるみというか、ビルジ等に対する慣れがあったのでした。(後略)」と供述しているのであって、

右にみるように、被告人両名は、ナルカルらの火気作業を目撃した当時、一方では火災が発生するおそれがあると思いながら、他方では火災が発生するとは思わなかった根拠について、これまで、五、六隻ぐらいの修繕船工事に関し、油で大変汚れた修繕船のエンジンルーム内で防火用具等を整えることなく沢山の火気作業を行なってきたのに火災に出会っていなかったので、その旨自分なりに勝手に考えた旨、更に、私達は一般的に防火や消火については普段から割合い安易に考えており、付近に油分の多いビルジやほかの可燃物があって消火用具や火受けや見張り等をきちんとしなければならないようなときでもこれらを用意しないで安易に大丈夫だろうと考えて火気作業をすることがあったので、一般的に火気作業のときの防火や消火についての考え方が非常にルーズになり、火災の危険についての感覚が麻痺していたのが実情であった旨を述べていること、人は危険な状況に置かれたときでも、一方では危ないと思いながら、他方ではまあ大丈夫だろうと希望的観測をしたり、あるいは感覚を麻痺させたりして、危険な状況に耐えることもあるから、同じ機会に右の二つの心情が交錯することは不自然ではないことに照らすと、被告人両名は、ナルカルらの火気作業を目撃した当時、一方では火災が発生するおそれがあると思いながら、他方では火災が発生するとは思わなかったことについて、相当の根拠を述べていることが明らかであって、原判決がいうように格別の根拠を述べていないとすることはできない。

翻って考えるに、被告人両名が検察官及び司法警察員に対し、ナルカルらの火気作業を目撃した当時火災が発生するおそれがあると思った関係状況について供述する部分は、いずれも、供述にかかる事柄すべてが具体的、詳細であり、個個の印象形成の状況も極めて自然で、関係証拠に現われた客観的状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することができず、原判決が説示するように、現実に惹起した火災発生の重大性を認識したがために、これから遡って右危険性を供述したことを窺わせる形跡を見出すことはできない。すると、原判決の右(1)の見解を是認することはできない。

なお、この点に関し、弁護人らは、昭和五七年三月一七日午前八時三〇分から同日午前一〇時三〇分過ぎまでの間本船左舷二重底燃料タンクからビルジウエルに容量一時間五トン以上の排水ポンプにより燃料油が投棄されたと主張するけれども、これを窺わせるにたりる証拠はない。そればかりでなく、たとえそのような燃料油投棄がなされたとしても、前叙のように、被告人両名が同月一八日午後二時三〇分ころGSポンプのすぐそばでナルカルの使用していたガス切断器の調節を行なった際、GSポンプ下部のタンクトップ上に、ナルカルが前示ボルトナット溶断作業を行なえば、赤熱して溶断されたボルトナット等が落下してこれに着火炎上するおそれのある油性ビルジの滞留していることの予見可能性は増しこそすれ、これを否定することはできないのであるから、右主張は被告人両名の罪責の有無に影響を及ぼすものではない。

前記(2)及び(3)に関していえば、被告人両名がナルカルに対しガス切断器を貸し渡した行為は、SSK側と本船側との混在作業の指揮命令系統ないし連絡調整職務の一環としてなされたものではなく、それらとは全く無関係に、SSK側作業員と本船船員との間で直接なされた行為であるから、自己の右先行行為によって結果発生の危険を生じさせた者が、その結果発生を防止する義務を負うかどうかは条理によって判断すべきものである。すると、SSK側作業員である被告人両名が、本船船員であるナルカルらに対し直接指示等をなしうる指揮命令系統上あるいは連絡調整職務上の根拠を有しなかったこと、あるいは法令上本船側作業員の行為についてその危険の防止措置をとるべき義務を負わないことを根拠にこれを否定する原判決の右見解に左袒することはできない。

前記(4)に関していえば、なるほど関係証拠によると、山北英二は、当時、SSK修繕部機関課工長として江口博視現場長のグループに属していたが、被告人両名がナルカルの使用していたガス切断器の調節を行なった少し後ころ、GSポンプのすぐそばを通りかかった際、ナルカルから呼び止められ右ガス切断器に点火することを求められてこれに応じ、ガス切断器点火用のライターでこれに点火してやったこと、その際右ガス切断器はSSKのものであると思ったけれども、ナルカルがこれを誰から借り受けたか知らず、その使用を黙認したことが認められるけれども、山北は右ガスカッターをナルカルに貸し渡したものではなく、しかも、右点火行為はナルカルのガス切断器使用によるボルトナット溶断作業の続行過程において行なわれたものであって、新たな危険状態を成立させるものではないから、山北は自己の先行行為によって結果発生の危険を生じさせたものということはできず、以上の事実によって山北に本件の結果発生防止義務があるとすることはできない。すると、前記(4)によって被告人両名の前示注意義務を否定することはできない。

なお、この点に関し、弁護人らは、被告人岩永がナルカルの使用していたガス切断器に点火してやった後、その火はまもなく消え、その後インド人船員が何度もその点火行為を続けており、山北も右のようにこれに点火してやっているのであるから、それらによって本件の因果関係は中断されている旨主張する。そこで検討するに、関係証拠によると、バナージは、昭和五七年三月一八日午後二時過ぎころ、GSポンプの近くにきたバグヮガルからシガレットライターを借りてナルカルが被告人両名から借り受けたガス切断器に点火し、これをナルカルに手渡し、ナルカルは、ガス切断器を使用して一本目のボルトナットの溶断を始めたが、右作業の途中火が消えたので、バナージはナルカルをしてバグヮガルからシガレットライターを借りてこさせ、これでガス切断器に点火してやり、ナルカルはガス切断器を使用して一本目のボルトナットの溶断を終了し、一旦その火を消し、体の向きを変え、バナージから右シガレットライターでガス切断器に点火を受け、これを使用して二本目のボルトナットの溶断を始め、その途中酸素とガスの調節が悪いためガス切断器がパタパタという音を立てているのに気づいた被告人両名からその調節とガス切断器への点火を受けて、右作業を続行中火が消えたので、バナージから右シガレットライターでガス切断器に点火を受け、同作業を続けたものの、また火が消え、その際付近にバナージがいなかったので、折から通りかかった山北から前叙のようにガス切断器に点火を受けて同作業を続行し、二本目のボルトナットの溶断を終了し、一旦その火を消し、そばに戻ったバナージから右シガレットライターでガス切断器に点火を受け、三本目のボルトナットの溶断作業を終了し、一旦その火を消し、右同様バナージからガス切断器に点火を受け、四本目のボルトナットの溶断作業を終了したことが認められる。ところで、特定の過失に起因して特定の結果が発生した場合に、これを一般的に観察して、その過失によってその結果が発生するおそれのあることが、実験則上当然予想しえられるときは、たとえ、その間に他の行為が介在しても、これによって因果関係は中断されず、右過失と結果との間には法律上の因果関係があるというのが相当であるところ、ガス切断器を借り受け、これを使用して溶断作業を行う者が、その途中その火が消えれば、自ら所持するライター、あるいは付近の者から借り受けたライター等でこれに点火してその使用を続行することは当然に予想される事柄であって、本件において、前叙の状況のもとで、被告人両名がナルカルらから右ガス切断器を取り戻さなければ、前示火災事故を招来するおそれのあることは実験則上予想しえられるところであるから、山北の右点火行為等が介在するからといって、これにより因果関係は中断されないといわなければならない。従って、弁護人の右主張は採用することができない。

前記(5)及び(6)に関していえば、なるほど本件火災事故の直接原因となった火気作業は本船船員バナージ及びナルカルによるGSポンプ取りはずし作業であったのであり、その意味において被告人両名の所為は火災発生原因に対して間接的であることは、原判決の説示するとおりであるけれども、しかし、刑法二一一条前段の注意義務の存否は、その作為又は不作為によって結果を回避しえたと目される関係者ごとに結果の予見及びその回避の可能性等を検討して決すべきものであるから、被告人両名の所為が本件火災発生原因に対して間接的であることをもって、被告人両名の右注意義務を否定することはできない。

すると、前示の理由により、被告人両名のいずれにも刑法二一一条前段の注意義務を認めえないとし、結局本件公訴事実につき犯罪の証明がないことに帰するとして、被告人両名に対しいずれも無罪の言渡しをした原判決は、刑法二一一条前段の注意義務の解釈を誤ったか、あるいはその注意義務の前提事実を誤認したものというのほかなく、右の誤り又は誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、更に次のように判決する。

(罪となるべき事実)

被告人吉田長年は、佐世保重工業株式会社佐世保造船所の配管工として同造船所の施行する修繕船内の給水パイプ新設工事及びこれに伴うガス切断器等の火気を使用する業務に従事するもの、被告人岩永博征は、同造船所下請会社である株式会社昌和工業の工員として被告人吉田と同種の業務に従事するものであるところ、被告人両名は、昭和五七年三月一八日午後二時過ぎころ、長崎県佐世保市立神町二一番地所在右造船所構内蛇島南岸壁に係留されたインド船籍鉱石兼用油槽船バラウニ号(総トン数四万五七五二トン。以下「本船」という。)機関室フレートプレート部において、本船船員アミット・バナージ及びスレッシュ・ヴァサント・ナルカルがガス切断器を使用して同所に設置されたゼネラル・サービスポンプ(以下「GSポンプ」という。)とその台座とを固定しているボルトナットを溶断する火気作業を行なうにあたり、ナルカルの申し込みを受けて同人に被告人両名の保管にかかるガス切断器を貸し渡し、同日午後二時三〇分ころ、ナルカルがGSポンプのすぐそばで右ガス切断器を使用して右火気作業を行ない、ガス切断器の酸素とガスの調節をよくすることができないためパタパタという音を立てさせているのに気づき、ともにGSポンプ付近に赴き、ナルカルの使用していた右ガス切断器を取り上げてその調節を行なったのであるが、当時右作業実施場所の下部にあたるGSポンプの台座周辺のタンクトップ上及び付近一帯には易燃性残油を含むビルジが滞留しており、フレートプレートにおけるGSポンプの周囲は、船首、船尾、左舷、右舷各方向にいずれも数十センチメートル以上プレート部分が開口しているのに、ナルカルらは火受け、ガラスクロス、消火器、消火ホース等の防火又は消火用具を全く準備することなく右火気作業を行なっていたので、右火気作業が続行された場合には、同作業により赤熱して溶断されたナットやボルトの鉄片等が右開口部から下部のタンクトップ上に落下し、同所の易燃性残油を含むビルジに着火しこれを炎上させて火災を発生させ、右機関室で作業中の右造船所の工員等を死亡させ、又は同人等に傷害を負わせるおそれがあったのであるから、ナルカルから右ガス切断器を取り戻して火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然ナルカルらに右ガス切断器を使用させて右火気作業を続行させた過失により、同日午後三時一五分ころ、ナルカルらの右火気作業によって生じた赤熱したナットやボルトの溶断片等がGSポンプ台座付近のタンクトップ上にあった油性ビルジに落下し着火させて右機関室内を炎上させ、よってそのころ同機関室内において船内修理作業に従事していた別紙死亡被害者一覧表記載の工員水江兼則ほか九名を焼死させるとともに、工員前川勝俊(当時三〇歳)に対し加療約三か月間を要する吸入性肺炎の、同堀田信(当時四二歳)に対し加療約一〇か月間を要する熱傷(皮膚、気道)の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)―略

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、いずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右はいずれも一個の行為で一二個の罪名に触れる場合であるから、それぞれ刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い木村和博に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、各所定刑期の範囲内で処断すべきところ、本件は、被告人両名が、ナルカルにガス切断器を貸し渡し、その後同人らにおいてこれを使用し事故を惹き起こすおそれのある作業をしているのを目撃しながら、同人からガス切断器を取り戻さなかった業務上の過失により、死者一〇名、負傷者二名を出す大慘事を惹き起こしたものであって、その過失の程度は軽くなく、その結果はまことに重大、悲慘であること、死亡した被害者らの遺族及び負傷した堀田は被告人両名の相当の処罰を望んでいることにかんがみると、被告人両名の刑事責任を軽視することはできないが、本件火災発生の直接的な原因は本船船員バナージ及び同ナルカルによるずさんな火気作業にあったこと、SSKの火気管理体制等の不備も本件発生の一因をなしていること、死亡した被害者らの遺族に対しては右被害者らの各勤務先からかなりの程度の補償がなされていること、被告人吉田にはこれまで取り立てるべき前科がなく、被告人岩永には全く前科がないこと、被告人吉田は定職を有し、被告人岩永は中学校卒業後正業についてきていたことなど被告人両名のため酌むべき事情を斟酌して、被告人両名をそれぞれ禁錮一年に処し、いずれも同法二五条一項一号を適用してこの裁判の確定した日から三年間右各刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は、いずれも刑事訴訟法一八一条一項本文によりその二分の一ずつを各被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田謙二 裁判官 池田憲義 裁判官 陶山博生)

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