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福岡高等裁判所 昭和61年(ネ)719号 判決 1988年5月26日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審における控訴人の損失補償請求の訴えを却下する。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、当審において予備的、追加的に損失補償請求の併合を申し立てたうえ、「一原判決中控訴人関係部分を取り消す。二被控訴人は控訴人に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。三訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一、三項同旨、当審における控訴人の損失補償請求につき、主文第二、三項同旨、「控訴人の新請求を棄却する。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示及び当審証拠目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

1  控訴人が当審において予備的、追加的に併合申立てた損失補償の新請求について

控訴人は、被控訴人に対し、原審において、国家賠償法一条一項及び民法四一五条に基づき、各損害賠償を請求したものであるが、仮に右各請求の理由がないとしても、控訴人は、被控訴人がした本件ダムの設置、運営及び本件道路の拡幅工事により少なくとも金一二〇〇万円(損害賠償請求の損害額と同額)に及ぶ営業上の損失を被ったから、憲法二九条三項の規定に基づき、右損失につき正当な補償を求める権利を有する。

よって、控訴人は、当審において被控訴人に対し、従前の各損害賠償請求に憲法二九条三項の規定に基づく損失補償請求を予備的、追加的に併合すべきことを申し立てたうえ、損害賠償請求同様、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  控訴人の損失補償請求に対する被控訴人の答弁

(一)  本案前の抗弁

当審における控訴人の損失補償請求の予備的、追加的併合の申立ては、行政訴訟手続の特殊性を無視し民事訴訟手続を徒らに混乱させるものであり許されないし、また、民訴法二三二条一項ないし同法一三二条を適用する余地がない申立てであるから、所詮不適法な申立てといわなければならない。

(二)  本案に対する答弁

控訴人が損失補償の請求原因として主張する事実は全て争う。相当な損失補償は全て終了しており、その外に補償を必要とすべき特別な損失はない。

理由

一  不法行為に基づく損害賠償請求について

1  福岡県鞍手郡宮田町大字宮田を流れる八木山川に設置された力丸ダムの下流約二キロメートルの間は、県立大宰府自然公園内にあって「千石峡」と称せられる地域であり、控訴人は、妻である原審相原告の山本桃恵とともに、「千石峡」において、昭和三七年ころから旅館業等を営んできたものであること及び被控訴人が本件ダムを設置運営し、かつ、本件道路の局部的な拡幅工事を実施し、これに伴い、「千石峡」の樹木の一部を伐採し、コンクリートブロックで擁壁工事を施工したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、控訴人は、被控訴人所属の公務員がした本件ダムの設置運営及び本件道路の拡幅工事の一部又は全体を捉えて国家賠償法一条一項所定の違法な公権力の行使に該る旨主張するので、以下その違法性の存否について検討を加えるに、成立に争いがない甲第一ないし第三号証、原審証人荒牧敬三土、同松井皓、同大松正敏の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件ダムは、被控訴人の八木山川総合開発事業の一環として、昭和三四年計画立案され、同年着工昭和四〇年完成した洪水の調節、上水道用水、工業用水の供給等を目的とする多目的ダムであるが、その設置手続及びダム完成後の運営手続は全て関係法令に則って適法に行われ、また、本件道路の拡幅工事も道路法所定の手続により適法に施工されたものであり、本件ダムの設置、運営及び本件道路の拡幅の過程において樹木の伐採、水量水質の変化及びコンクリート擁壁、側溝の新設等千石峡近辺の自然景観等に旧と異なるなんらかの変化を及ぼすことがあったとしても、それらはいずれも適法な行政行為に基づくものであることが認められ、他に右認定を覆して被控訴人の公権力の行使につき違法性を認めるに足りる証拠はない。

3  してみれば、被控訴人の不法行為に基づく控訴人の損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり棄却を免れない。

二  債務不履行に基づく損害賠償請求について

控訴人は、被控訴人において、被控訴人福岡県土木部長と控訴人を含む宮田町民の代理人である宮田町長が締結した協定上の債務を履行しない旨主張するので考えるに、前掲甲第三号証及び原審証人荒牧敬三土の証言によれば、確かに、福岡県土木部長岡崎忠一と鞍手郡宮田町長荒牧敬三土は昭和三八年二月二〇日八木山川総合開発事業の円満な実現を図るための協定書(甲第三号証)を取り交し、主に本件ダム建設に関して被控訴人が遵守すべき各種の注意事項を約定したことが認められるが、同時にまた、同証拠によれば、右協定書の約定は、いずれも被控訴人において八木山川総合開発事業を遂行するに当たり地元宮田町に対し県として行政上留意すべき基本姿勢を明確にして地元の協力を求める性質のものであって、それ以上に、被控訴人に対し私法上の契約債務を負担させる性質のものではないし、ましてや右協定書の約定により、直ちに、被控訴人が宮田町民個人に対し民事上なんらかの債務を負担するに至るべき性質のものでないことが認められるから、被控訴人の債務不履行に基づく控訴人の損害賠償請求も、その余の点につき判断するまでもなく失当であり棄却を免れない。

三  当審における控訴人の損失補償請求について

1  控訴人は、当審において被控訴人に対し、従前の国家賠償法一条一項の規定及び民法四一五条の規定に基づく損害賠償請求に、憲法二九条三項の規定に基づく損失補償請求を予備的、追加的に併合申立てをし、被控訴人は右申立ては不適法であると主張するので、先ず、その適否について判断する。

2  損失補償請求権は、本来適法な公権力の行使により特定人に通常受忍すべき限度を超える財産上の犠牲を生ぜしめる場合に、その犠牲の公共性に照らし社会構成員全員がその犠牲を平等に負担すべきであるとの理念に基づき認められるものであって、公法的性質を有し、公権力の主体との間においてのみ問題となる特殊な規律に係るものであり、損失補償の要件が法律で具体的に規定されている場合はもちろん、本件のような財産上の被害の補償について、憲法二九条三項の規定を直接の根拠とし、あるいはこれらの類推適用を主張する場合であっても、その根拠たる法規が私法に属するということはできないから、損失補償請求権は公法上の請求権であり、右憲法の規定を根拠とする損失補償請求訴訟は、行訴法四条後段にいういわゆる実質的当事者訴訟にあたると解するのが相当である。

3  ところで、行訴法四一条二項は、同法一三条、一六条、一九条を当事者訴訟に準用しており、本件のダムの設置、運営という同一の公権力の行使に起因するとして構成された国家賠償請求等と損失補償請求とは、行訴法一三条一号又は六号の準用により、関連請求にあたると解するのが相当である。

4  ところで、行訴法一六条一項は、当初から取消訴訟に関連請求に係る訴えを併合して提起する場合又は両訴訟が別個に係属するときに取消訴訟に関連請求に係る訴えを併合する場合について定めたものであるから、追加的併合の許否が問題となる本件においては、同条項の規定は準用されるものではなく、むしろ、同法一九条一項の規定の類推適用の可否について検討すべきである。

行訴法一九条一項は、取消訴訟に関連請求に係る訴えを追加的に併合して提起することができる旨を定めているが、その逆の場合にも追加的併合が許されるかどうかについて直接定めた規定はない。行訴法は、行政訴訟の特殊性にかんがみ、行政庁の訴訟参加(二三条)、職権証拠調べ(二四条)、取消判決の拘束力(三三条一項)等の特則を定め、かつ、行政訴訟を中心として関連請求の移送、併合等の規定を設けていて、基本となる請求とその関連請求との間には主従の区別をしており、関連請求が民事訴訟の場合は、これを主として行政訴訟を従とすることは、行政訴訟手続を中心として規定する行訴法の予想するところのものではないというべきである。更に、一般的に民事訴訟に行政訴訟を併合することを認めると、その審理手続がどのようになるのかとの問題があり、主たる民事訴訟の手続で審理がされることになると解するときは、そのような結果は行訴法の趣旨を没却することになり、妥当でないと考えられる。本来行訴法の予定する形態での追加的併合の場合は、行訴法の手続のみで審理がなされるべきであり、請求の併合の場合に手続の混在を認め、又は民事訴訟の手続で審理がなされるとすることは問題である。

以上のように考えると、行訴法一九条一項の規定の類推適用を根拠として民事訴訟である本件国家賠償請求等に当事者訴訟である本件損失補償請求を追加的に併合することは許されないというべきである。

5  また、本件の予備的、追加的併合の申立てが民訴法二三二条一項の規定による訴えの追加的変更のそれであるとしても、同条項は同種の手続を前提とするものであって、本件は異種の手続にかかる請求の追加的変更の申立てであるから、同条項によることも許されない。

6  また、本件損失補償請求は、当審において予備的、追加的に併合申立てがされたものであって、前記のとおり右請求は異種の手続に係るものであり、かつ第一審において審理判断を経ておらず、本件国家賠償請求等とは審級を異にするものであるので、当審において民訴法一三二条の規定により弁論を併合することはできない。

7  そして、控訴人は、本件損失補償請求は本件国家賠償請求等に予備的、追加的に併合してその審理判断を求めることを目的とするものである旨明らかにしており、これを別訴として第一審の管轄裁判所へ移送することまでも求めるものでないから、本件損失補償請求を新たな訴えの提起と解して第一審の管轄裁判所へ移送する余地はない。

8  そうだとすれば、本件損失補償請求は不適法であり、却下を免れない。

四  よって、不法行為及び債務不履行に基づく各損害賠償請求について、右と結論を同じくする原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における控訴人の損失補償請求の訴えを却下することとし、当審における控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

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