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福岡高等裁判所 昭和63年(ネ)386号 判決 1994年2月21日

昭和六三年(ネ)第三八六号被控訴人・同年(ネ)第三九〇号事件控訴人

一審原告

上田國廣

右訴訟代理人弁護士

黒田慶三

外三四九名

昭和六三年(ネ)第三八六号控訴人・同年(ネ)第三九〇号事件被控訴人

一審被告 国

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

野﨑彌純

外四名

主文

一  一審原告及び一審被告の本件控訴をいずれも棄却する。

二  昭和六三年(ネ)第三八六号事件の控訴費用は一審被告の、同年(ネ)第三九〇号事件の控訴費用は一審原告の、各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

昭和六三年(ネ)第三八六号事件

1  原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

同年(ネ)第三九〇号事件

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は一審原告に対し、金二〇〇万九〇四〇円及びこれに対する昭和六〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

昭和六三年(ネ)第三八六号事件

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審被告の負担とする。

同年(ネ)第三九〇号事件

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審原告の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠関係

一  本件は、殺人等被疑事件の被疑者伊藤から同被疑事件につき弁護人に選任された一審原告(福岡県弁護士会所属弁護士)が、昭和六〇年七月二七日から同年八月八日までの間に七回にわたり、請求原因2(原判決二枚目裏六行目から七枚目裏四行目まで)の経緯で、伊藤の勾留場所である博多署の管理係(山口係長)ないし本件被疑事件の捜査担当検察官である福岡地検の樋口検事らに対し、伊藤との接見を申し入れたが、請求原因3(二)(後記訂正後の3(五)。原判決一一枚目表六行目から一二枚目裏末行まで)の(1)ないし(6)のとおり前後六回(妨害①ないし⑥)にわたり違法に接見を拒否されたとして、一審被告に対して国家賠償を求める訴訟である。

一審原告は、一審被告の責任原因として、原審においては、樋口検事の違法行為(刑訴法三九条三項違背)のみを主張したが、当審においては、右の点の主張を補充したほか、新たに刑訴法三九条三項の規定が憲法及び条約に違反するとの理由に基づき、国会議員ら、法務大臣及び検察官らによる違法行為の存在を追加して主張し、かつ、樋口検事による妨害④及び⑤について予備的に福岡地検の松隈事務官に違法行為があったとの主張を追加した。

けっきょく、本件についての当事者双方の主張は、以下のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠の関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

二  請求原因2(事実経過)の(二)(本件行為)及びこれに対する認否につき、左のとおり付加し訂正する。

1  原判決五枚目表五行目の末尾に「なお、同日、接見の日時を翌一日午前八時三〇分から同九時までの間とする接見指定があったわけではない」を加え、同表七行目の冒頭から九行目の「申し入れた。」までを「一審原告は、同日、自宅からタクシーで博多署へ行き、午前八時二七分ころ接見申請書を作成し、同八時四〇分ころ伊藤が在監中であることを確認した上、同八時四五分ころ山口係長に伊藤との接見を申し入れた。」と、同六枚目裏七行目の「(日)」を「(月)」と、それぞれ改める。

2  原判決一四枚目裏七行目の「接見及び架電の事実」とあるのを「一審原告が同日博多署に行き伊藤と約三〇分間接見したこと、山口係長及び一審原告が同日樋口検事に電話をかけたこと」と改め、同裏八行目の「(3)のうち、」の次に「一審原告が午前八時三五分ころ博多署に行き、伊藤がその直後に出監したこと。」を、同裏一二行目の「認める」の次に「(その旨の接見指定が行われたものではない。)」を、同裏末行の冒頭に「一審原告が博多署に行き、午前八時二七分ころ接見申請書を作成したこと、同八時四〇分ころ伊藤が在監していたこと、同八時四五分ころ」を、それぞれ加え、同一五枚目表二行目の「原告が電話をきったこと」を削除し、同四行目の「原告が」の次に「午前八時三二分ころ、博多署で」を加える。

三  請求原因3(違法性)の(一)(原判決七枚目裏六行目から同一一枚目表五行目まで)を次のとおりに改める。

1  原判決七枚目裏六行目の「(1)」を七行目の冒頭に移し、同八枚目裏初行の次に改行の上、「また、憲法三八条は何人にも黙秘権を保障しているところ、身柄を拘束された被疑者が捜査官による密室尋問を受けることにより、あるいは被疑者と弁護人との接見に官憲が立ち会うことにより、黙秘権が侵害される危険がある。したがって、被疑者の黙秘権の侵害を除去するためには、黙秘権の告知が励行される必要があるほか、弁護人の有効な弁護活動(被疑者との接見、取調べへの立会等)が必要であり、接見交通権の保障は、憲法三八条の範疇にも含まれる。」を加え、更に改行の上、「(2) 刑訴法三九条一項は、被疑者と弁護人との自由な接見交通権を認めているが、これは憲法によって保障された権利であり、国の刑罰権の行使によって被疑者の人身の自由に重大な制約が加えられることの代償として、また、捜査の必要と被疑者の防禦権とをかろうじて両立させる道として、憲法が認めた権利である。したがって、この接見交通権を法令によって更に制限したり、捜査機関にその制限の権限を与えたり、捜査の必要に基づく制限を認めることは、憲法上とうてい許されない。」を加える。

2  右1の付加部分の次に、改行の上、新たに左記のとおり(二)(憲法違反の主張)及び(三)(条約違反の主張)を加える。

「(二) 刑訴法三九条三項の違憲性

(1) 国会議員らの責任

刑訴法三九条三項を含む刑訴法は、昭和二三年七月五日、第二回国会において可決され、同月一〇日法律第一三一号として制定された。

国会は国権の最高機関であって唯一の立法機関であり(憲法四一条)、議院には国政調査権(憲法六二条)も与えられている。したがって、国会は、立法に当たって憲法に違反するという重大な結果が生じないよう慎重に審議し検討すべき責務が課せられている。

そうであるのに、国会議員らは、憲法三一条、三四条、三八条によって保障されている接見交通権について、その権利を制限すること自体で、そうでないとしてもその制限権者を司法機関以外の検察官等にしている点や『捜査の必要』を制限の理由にしている点で、憲法に違背する刑訴法三九条三項を制定し、その結果、一審原告の接見が妨害された。

(2) 法務大臣の責任

法務大臣は、検察官の事務に関して一般に指揮監督する権限を有し(検察庁法一四条)、その方法として訓令権(国家行政組織法一四条二項)を有している。

法務大臣は、昭和三七年九月一日、接見指定に関して法務大臣訓令である事件事務規程二八条を制定し、昭和三八年一月一日から施行し、一般的指定制度を発足させた。これに伴い、一般的指定書が発せられれば具体的指定書を持参しない限り弁護人の接見ができないとする一般的指定制度が定着化し、事件事務規程二八条に従って制度的に公然と弁護人の接見を原則として禁止し妨害することとなった。同規程は、憲法三一条、三四条、三八条に違反する。

右のとおり、法務大臣は、違憲の事件事務規程を制定し、その結果、一審原告の接見が妨害された。

(3) 検察官の責任

右(1)及び(2)のとおり、刑訴法三九条三項及び事件事務規程二八条が違憲である以上、個々の検察官も右の法令を根拠として弁護人の接見を制限することは許されない。

そうであるのに、樋口検事らは、故意又は過失により、右の法令を根拠として、一審原告の接見を妨害した。

(三) 刑訴法三九条三項の『市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下『B規約』という。)』違反性

(1) 国会議員らの責任

B規約には、一四条三項に『すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。b 防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること。d 自ら出席して裁判を受け及び、直接に又は自ら選任する弁護人を通じて、防御すること。弁護人がいない場合には、弁護人を持つ権利を告げられること。(以下略)』との規定があり、捜査段階及び公判手続を通じて、身体を拘束された被疑者、被告人の弁護人との接見交通権を含む弁護人依頼権を保障している。そして、この権利の具体的意義及び内容を明らかにするためには、国際的に承認された原則や基準を参照すべきところ、昭和六三年一二月に国連総会で採択された『あらゆる形の拘禁・受刑のための収容状態にある人を保護するための諸原則』(以下『被拘禁者保護原則』という。)の一八、3項に『拘禁された者が弁護人と相談又は通信する権利は停止されたり制限されたりしないものとする。』と定められていること、B規約四〇条四項に基づいて規約人権委員会が締約国に送付した一般的意見(昭和五九年四月採択)に前記のB規約一四条三項bにつき『本号は、弁護人に対し、その連絡の秘密を十分尊重するという条件で、罪を問われた者と連絡することを要求する。弁護士は、いかなる方面からも、いかなる制限、影響、圧力又は不当な干渉を受けることなく、その確立した専門的水準及び判断によって、その依頼人に助言しかつ依頼人を代理することが可能でなければならない。』と述べられていること、平成二年九月に開催された犯罪防止と犯罪者処遇に関する第八回国際連合会議で採択された『弁護士の役割に関する基本原則』中に『逮捕、抑留又は拘禁された者は、遅滞、妨害あるいは検閲なく、完全な秘密を保障されて、弁護士の訪問を受け、ならびに弁護士と通信、相談するための十分な機会、時間及び設備を与えられるものとする。』と述べられていること等、人権についての国際的状況下においては、B規約一四条三項の定める接見交通に関する権利は、捜査機関がその捜査の必要によって恣意的に制約することを許さないものであると解されるべきものである。

B規約は、昭和五四年六月に国会において承認され、昭和五四年八月条約第七号として公布され、同年九月二一日から発効したが、その規定の性格(自由権規定)及び形式(国内法とほぼ同様に個人の権利を保障している)に照らし、基本的に自動執行的な性格を有し、発効と同時に国内法的効力を生じたものである。そして、刑訴法三九条三項は、捜査の必要を接見制限の理由としている点及び接見制限の主体を捜査機関である司法警察職員や検察官としている点で、B規約に抵触するところ、条約であるB規約は国内法よりも優位にあるから、B規約が国会で承認された昭和五四年六月以降は、刑訴法三九条三項を存続させること自体が許されなかった(憲法九八条二項)。

したがって、立法事務に当たる国会議員らは、昭和五四年六月に国会がB規約を承認した後は、刑訴法三九条三項の適用による違法行為の発生を回避するため、速やかに同項を廃止しなければならない義務があったのに、それを放置した。

そのため、その後も樋口検事らが刑訴法三九条三項を根拠として、一審原告の接見を妨害した。

(2) 法務大臣の責任

法務大臣は、前記(二)(2)の指揮監督権限を有しており、B規約が国内法的効力を生じた昭和五四年九月二一日以降、速やかに検察官に対し、違法無効の刑訴法三九条三項の適用を差し控えるよう指揮監督する義務があり、また、B規約に違反し当然無効である事件事務規程二八条を速やかに廃止する義務があったのに、それをせずに放置した。

そのため、その後も検察官が刑訴法三九条三項を根拠として、一審原告の接見を妨害した。

(3) 検察官の責任

公務員は、日本国が締結した条約を誠実に遵守する義務があり(憲法九八条二項)、刑訴法三九条三項が条約違反の故に違法無効である以上、個々の検察官も同条を根拠として弁護人の接見を制限することは許されない。

そうであるのに、樋口検事らは、刑訴法三九条三項を根拠として、一審原告の接見を妨害した。」

3  原判決八枚目裏二行目から同九枚目表初行までを削除し、これに代えて次の(四)(1)を加える。

「(四) 刑訴法三九条の解釈適用の誤り

(1) 刑訴法三九条三項の解釈

上述のとおり、同条項には人権保障上極めて重大な問題点があるので、その違憲性ないし条約違反性を回避するためには、本来自由である接見交通について、捜査の緊急性を考慮して例外的に捜査機関に指定権を付与した趣旨から考え、次の要件を満たす場合にだけ指定権を行使しうると解すべきである。すなわち、被疑者が弁護人の来訪を告げられたが、取調べの続行や実況見分、検証等への立会を予定どおりに行うことに同意し、かつ、その取調べ等が物理的に代替困難で、捜査の中断による支障が顕著な場合である。なんとなれば、接見交通権の保障は黙秘権保障の範疇に含まれ、かつ、逮捕・勾留されている被疑者には取調べ受忍義務がないのであるから、被疑者が弁護人との接見を希望するにもかかわらず取調べを続けることは、黙秘権の侵害となるのであり、弁護人が接見に赴いた場合は、捜査機関は被疑者に弁護人の来訪を告知して接見を希望するか否かを確認する義務があり、この義務を尽くさずに即時の接見をさせないで指定権を行使することは違法である。また、刑訴法三九条三項本文の『捜査のため必要があるとき』は、極めて曖昧な規定で人権侵害を招くので、恣意的主張を許さない解釈が必要であり、捜査全般説のように罪証隠滅のおそれを含ませるべきではない。このことは、最高裁昭和五三年七月一〇日の判決(以下「最高裁杉山事件判決」という。)が判示したところであるが、更に最高裁平成三年五月一〇日の判決(以下「最高裁浅井事件判決」という。)及び最高裁同年同月三一日の判決(以下「最高裁若松事件判決」という。)によって明白となった。そして、被疑者の『取調べ中』や『取調べ準備中』であれば捜査のため必要があるときに該当すると考えられがちであるが、これらは仮装され濫用され易いので限定的に解する必要がある。『取調べ中』などは、当該時期をはずしては物理的に代替困難な場合(例えば、交通遮断の手配済みの実況見分、検証や、広域捜査等で遠隔地から捜査官が取調べに来訪している場合等)に限られるべきであるし、『取調べ準備中』なども取調べ等が将来に見込まれているというだけでは足りず、時間的切迫性と実施の確実性という二つの要件が必要であり、いずれも捜査の中断による支障が顕著な場合であることを要する。ただ、以上の要件を満たす場合であっても、第一回の接見の場合は、被疑者は弁護人から直接説明を受けていない場合であるから、無条件に取調べ等を中断しても接見させなければならない。

また、刑訴法三九条三項但書は、『その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない。』と規定し、指定の要件を満たす場合でも指定権の行使が許されず、即時に接見させなければならない場合のあることを承認している。したがって、二回目以降の接見であっても、被疑者の弁護に必要で緊急やむをえないなど特段の事情があるとき(その判断権は第一義的に弁護人にある。)は、直ちに接見させるべきである。

仮に被疑者の同意が要件にならないとしても、取調べ中等であるだけでは指定権行使の要件が満たされたとはいえず、『捜査の中断による支障が顕著な場合』でなければならない。そして、この要件が満たされたとしても、第一回接見、接見妨害があり準抗告が認容された後の接見、数日以上接見していない場合の接見、その他緊急やむをえない場合には、接見を許さなければ、刑訴法三九条三項但書の『不当な制限』に該当するというべきである。」

4  原判決九枚目表二行目、同一〇枚目表六行目に「(3)」、「(4)」とあるのを、それぞれ「(2)」、「(3)」と訂正し、同一一枚目表二行目の末尾に「少なくとも、弁護人が勾留場所その他検察庁以外の場所にいる場合に、検察庁まで指定書を取りに来るよう求めることは、弁護人が場所的移動を要する限度で接見を遅延させることになるのであり、弁護人の意思に反して具体的指定書を持参しなければ接見させないとすることは著しく合理性を欠くものである。」を加える。

四1  原判決一一枚目表六行目の「(二)」を「(五)」と訂正し、同裏初行の末尾に「一審被告は、一般的指定書は捜査機関内部の事務連絡文書にすぎないというが、問題は、右文書が発行された場合に接見交通が一般的、原則的、全面的に禁止、妨害されるという状況が作出される運用がなされていたという事実である。本件行為の当時、樋口検事らの所属する福岡地検においては、接見禁止決定(刑訴法八一条)のされた全被疑事件につき一般的指定書を発行し、罪証隠滅のおそれを具体的指定書要件に含めて、一般的指定書が発せられていれば原則的に具体的指定権が行使されるという運用実態であって、弁護人の接見申出につき監獄職員が担当検察官に連絡すると、検察官は個別的、具体的な指定権行使の必要性を吟味することなく、すべての場合に具体的指定権を行使して、指定書の持参を要求するという扱いであった。このことは、福岡地裁及びその周辺の裁判所における当時の準抗告事件につき、数多くの認容決定があることからも明らかである。」を加える。

2  原判決一一枚目裏四行目の末尾に「一審原告が準抗告の申立てを行ったからといって、伊藤との接見を自主的に断念したとみるべきではない。」を加える。

3  原判決一一枚目裏末行の次に改行の上、「その上、捜査官は、伊藤に弁護人の来訪を告知し、その同意を得て取調べを実施する義務があるのにこれを怠り、また、七月二七日の接見妨害が準抗告により違法として取り消されていたのであるから、この日の接見については無条件で速やかに応じなければならない義務があるのに、これに違反して接見させなかった。なお、一審原告は検察官との電話でのやりとりにおいて、接見の了解を得ようと懸命な努力をしたが、樋口検事は取調べ中でないのに警察官に確認もしないで取調べ中であると言うなど、権力的な対応に終始した。このことは、翌八月一日以降の妨害の際も同様であった。」を加える。

4  原判決一二枚目表四行目の次に改行の上、「また、伊藤に弁護人の来訪を告知せず、その同意を得ずに取調べを実施して違法に接見を妨害したほか、前の接見妨害につき準抗告が認容された後の接見であり、数日以上も接見していない場合の接見であるのに、直ちに接見をさせようとせず(なお、樋口検事は前日において八月一日朝の接見自体が可能であるとしていたところで、同日朝には捜査の必要性はなかった。)、さらに、接見指定の要件があったとしても、弁護人と協議が調わなかったときは、その時点で最も合理的と思われる日時等を指定して弁護人に告知する義務があるのに、指定書がない限り会わせないと言うのみで何らの告知もしなかった。」を加える。

5  原判決一二枚目表九行目の末尾に「取調べ中であっても、伊藤に弁護人の来訪を告知して取調べ続行の同意を得ることなく、接見を拒否するのは違法である。仮に、被疑者の同意が要件ではないとしても、前の接見妨害につき準抗告が認容された後の接見ないし数日以上も接見していない場合の接見であるから、これを拒否するのは違法である。」を、同裏二行目の末尾に「松隈事務官は、一審原告に対し『警察と時間を調整し、八代部長に報告して具体的指定書を出す。』と述べたことはないし、もし同事務官が同日の他の時間帯での接見を調整していたならば、一審原告は伊藤と適当な時間に接見できた筈である。」を、それぞれ加える。

6  原判決一二枚目裏九行目の次に改行の上、「一審被告は、捜査全般説を前提として捜査の必要性があったと主張するが、不当である(なお、伊藤は、死体遺棄事件について実行犯とはされていなかったのであり、共犯者らの関係での実況見分は昭和五七年当時に完了していたし、死体を更に掘り起こして長崎港に捨てたという事件については全く争っていなかったのであるから、本件行為当時には罪証隠滅の可能性は全くなかった。)。仮に、同日が取調べ中又はこれに準ずる場合であったとしても、被疑者に弁護人の来訪を告知して取調べ続行の同意を得ずに接見を拒否するのは違法であり、また前の接見拒否につき準抗告が認容された後の接見ないし数日以上接見していない場合の接見を拒否するのは違法である。さらに、接見指定の要件があり、弁護人との協議が整わなかったとしても、最も合理的と思われる接見の日時等の指定告知をしなかったのは違法である。」を加える。

7  原判決一二枚目裏末行の次に改行の上、「また、八月三日の接見妨害が準抗告により違法として取り消された後の接見であり、約一〇日間も接見の機会が与えられなかった後の接見であるから、たとえ取調べ中であったとしても無条件で速やかに応じなければならないのにこれに違反したし、捜査状況からしても、同日までに既に六通の員面調書が作成されていて、樋口検事の取調べはそれを前提として関連部分について行われたにすぎず、同日の接見が捜査の遂行に支障が生ずることはなかった。一審被告の主張する捜査全般説によれば、勾留の全期間にわたり接見を認めないということすら生じかねない。また、仮に接見指定の要件があり、弁護人と協議が整わなかったときでも、最も合理的と思われる接見の日時等の指定告知をしなければならないのに、樋口検事はそれをしなかった。」を加える。

五1  原判決一三枚目表初行(責任原因)の次に改行の上、左記を加える。

「(一) 公権力の行使に当たる公務員たる国会議員らは、その職務である立法事務を行うについて、故意又は過失によって前記三2(原判決事実摘示第二、一3についての当審での追加主張(二))の違法な行為をした。

(二) 法務大臣は、故意又は過失によって前記三2(原判決事実摘示第二、一3についての当審での追加主張(三))の違法な行為をした。」

2  原判決一三枚目表二行目の冒頭に「(三)」を加え、同行の「右2の接見妨害行為」を「前記2(二)(及び3(五))の接見妨害行為」と改め、同四行目の次に改行の上、「前記2(二)(5)、(6)(及び3(五)(4)、(5))の八月二日、八月三日の妨害④、⑤については、樋口検事に責任がなければ、予備的に松隈事務官の故意又は過失による違法な行為があったと主張する。」を加える。

六  原判決一五枚目裏八行目(責任原因についての認否)の次に改行の上、「なお、一審原告が当審で追加した請求原因4(一)及び(二)並びに(三)のうち松隈事務官についての主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法であって、訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下を求める。」を、同裏九行目(損害についての認否)の次に改行の上、「接見指定に関する学説、判例、実務が必ずしも統一されていない状況下において、弁護人が検察官の接見に関する処分について是正を求めることは、弁護人の当然の職務であり、これに要する負担は弁護人としての通常の範囲内のものであるし、弁護人は刑事手続上機関ともいうべきもので、その手続上付与された権利の行使を妨害されても、弁護人たる個人が損害賠償を請求することはできない。また、本件の争点は、弁護人は在監中の被疑者に即時接見する権利があるか、接見指定書を受領持参する義務があるかであるところ、樋口検事らが確立された検察事務に従って具体的指定権を行使しようとしたのに対し、大多数の弁護人が捜査との調和を図って紛争の惹起を回避すべく検察官との事前の調整・協議を実践しているにもかかわらず、一審原告は、独自の見解に固執し信念に基づいて右の指定権を無視する行動に出て、そのためには伊藤との接見を犠牲にするもやむなし(伊藤の防禦権の行使のために名和田弁護士を選任させた。)との態度に終始したのであるから、弁護人の職責を果たせなかった事態は自ら招いたものであって、金銭で賠償しなければならない程の損害は発生していない。」を、それぞれ加える。

七  一審被告の主張(原判決一五枚目裏一〇行目から二七枚目表初行まで)につき、以下のとおり付加し訂正する。

1  原判決一六枚目表二行目の末尾に「一審原告は樋口検事と連絡をとろうともせず、同日の接見申出を撤回ないし放棄したものである。」を加える。

2  原判決一七枚目表七行目の「要望した」の次に「(伊藤を一旦留置場に戻したとしても、正に取調べを開始しようとしていた時で、捜査機関が取調べのため被疑者の身柄を現に必要とする場合であった。そして、樋口検事は、自らが予定していた午後一時からの取調べ時間を空けることにして、午後一時から二時までの間の接見を打診したのである。)」を、同裏六行目の「樋口検事は、」の次に「念のため」を、同裏八行目の「原告は、」の次に「翌朝まで時間もあり、その事務所から福岡地検まで近距離で過重な負担でもないのに、」を、同裏一二行目の末尾に「なお、七月三一日の伊藤の取調べは、午前八時三七分から午後零時二〇分まで(警察官による)及び午後一時から同四時三〇分まで(樋口検事による)行われた。」をそれぞれ加える。

3  原判決一八枚目表七行目の次に改行の上、「同日の捜査状況は、被疑事実を否認する伊藤に対し、前日の七月三一日の午後、樋口検事による核心的取調べが行われ、これを受けて八月一日から三日にかけて警察官による集中的な取調べが予定され、八月一日は午前九時から同一一時五〇分まで及び午後零時五〇分から同五時五分まで取調べが行われた。したがって、一審原告が接見の申出をした時は、取調べをする確実な予定に間近い時で、取調べのための諸準備に必要な時間をも併せ考えると、接見指定をなしうる場合であった。そして、樋口検事が接見の日時等の指定(書面による指定)をしようとしたが、一審原告は、伊藤が在監している以上は指定を受ける要はないとしてこれを拒否し、協議に応じようとしなかった(むしろ、一審原告は、前日までのやりとりで、樋口検事が緊急やむをえない場合以外は原則として具体的指定書の作成、交付という方法で接見の指定を行う方針であることを熟知しながら、指定権者の居ない博多署へ直行して同署員に即時の接見を申し出たもので、自己の主義主張を貫こうとしただけであって、真に伊藤と接見する意思を有していたかは疑わしい。)。」を加える。

4  原判決一八枚目裏一二行目の末尾に「なお、伊藤に対する取調べは、午前八時二五分から同一一時四六分まで及び午後〇時四七分から同六時二三分まで行われ、一審原告が博多署で接見の申出をした午前八時三二分当時は取調べ中であって、接見指定の要件が備わっていた。」を加える。

5  原判決一九枚目表六行目の次に改行の上、「同日は正午まで取調べが行われて死体遺棄事件の供述が得られた結果、五日(月)に現場の実況見分ないし引当捜査の実施を計画することになり、人員や機材の準備を進めたので、その時点で弁護人に無制限な接見を認めれば、共犯者らの供述が伊藤に伝達され、伊藤が供述を覆すなどして実況見分の実施が無意味となり、捜査の計画が大幅に変更を余儀なくされるおそれがあった。また、接見申出があったのは土曜日の閉庁間際で、それから接見の手続きをとると執務時間外の接見となって、被疑者の戒護上問題が生ずるおそれがあった。したがって、特段の事情がない限り、同日の接見申出は拒否できる筋合である。」を加える。

6  原判決一九枚目表八行目の「午前午後を通じて」の次に「福岡地検で」を加え、同表九行目の「いったん中断した直後の」を「いったん中断して伊藤を博多署に戻した直後の」と改め、同裏八行目の次に改行の上、「同日の取調べは午前九時から同一一時五五分(博多署に戻った時間)までと午後一時(博多署を出監した時間)から同五時まで行われたが、事案の性質、捜査の進展状況、起訴・不起訴の処分決定までの残存期間(勾留延長期間は八月一四日に満了となるが、他事件の捜査との関係から同月一〇日に処分を決する捜査計画となっていた。)等の関係で、弁護人との接見が無制限に行われることによる支障が生ずるおそれが顕著であった。また、当日は長時間にわたる密度の濃い取調べが予定されていたので、伊藤に昼食と十分な休憩をとらせる必要があり、昼休みの時間に接見を認めると午後の取調べが大幅にずれ込むおそれがあった。」を加える。

7  原判決一九枚目裏九行目(適法性)の次に改行の上、左記を加える。

「(一) 一審原告の追加主張について

(1) 刑訴法三九条三項が違憲であるとの主張は争う。憲法は、国の固有の権限としての刑罰権の存在を踏まえた上で、憲法三一条ないし四〇条の各規定を設けているのであり、接見交通権が憲法三四条に由来する権利であるにしても、国の刑罰権ないし捜査権に優越するものではない。両者の関係をどのように調和させるかは、合理的な立法政策にゆだねられていると解すべきである。また、接見交通権と黙秘権は、被疑者の防禦権という意味で共通するものの、直接かつ不可分の関係に立つものではない。いずれにしても、刑訴法三九条三項が合憲であることは、最高裁判所の判例(杉山事件判決、浅井事件判決、若松事件判決)も当然の前提にしているところである。

(2) B規約は、その総則規定である二条二項に『この規約の各締結国は、立法措置その他の措置がまだとられていない場合には、この規約において認められる権利を実現させるために必要な立法措置その他の措置をとるため、自国の憲法上の手続及びこの規約に従って必要な行動をとることを約束する。』と規定しており、同規約一四条はいわゆる自動執行的な条項でなく、自由権の範疇に属する権利の具体的範囲については法律で明確化されるべきものである。そして、刑訴法三九条は、その一項で、憲法三四条の趣旨にのっとり被告人及び被疑者に弁護人等との接見交通権を認めた上、三項において、捜査段階における被疑者の場合につき、捜査の必要性とを調整するため、検察官等が捜査の必要があるときに限って、しかも被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限しない範囲においてという配慮を加えて、接見の日時、場所及び時間を指定することができる旨を定めたものであるから、同規約一四条三項bに違反しない(なお、同規約一四条三項dは、被告人に関する規定であって、被疑者に関するものではなく、また、被拘禁者保護原則等は、条約としての効力を有するものでないことはもとより、各国の司法制度が異なることを前提として、各国がそれぞれの社会、文化、伝統に照らして最も適当と認める制度を確立運営していくガイドラインを示したものにすぎないのであって、B規約の解釈につき拘束力のある基準となるものではない。)。」

8  原判決一九枚目裏一〇行目に「(一)」とあるのを「(二)」と訂正し、同二〇枚目裏二行目の次に改行の上、「特に、わが国の検察官は、公益の代表者として、綿密な捜査を主宰し、公訴権を細心に運用する厳しい責務を負っているにもかかわらず、捜査の期間や捜査手続等は厳しく制約されていることを考慮する必要がある。また、捜査の必要性の判断を捜査機関が行う点についても、前述のように捜査段階では当事者主義が徹底されていないこと、捜査は本来的に秘密裡に行われ、かつ日々流動するものであること、公益の代表者たる検察官は被疑者の人権にも十分配慮する立場にあること等を考慮するときは、接見指定権行使の要否の判断は第一次的には捜査機関の合理的裁量にゆだねるほかなく、不服があれば準抗告手続により早期に裁判所の判断を得る仕組みとすることにより、接見交通権の保障が図られているのである。」を加える。

9  原判決二〇枚目裏六行目の「相当でなく」の次に「(限定説は捜査の実情を無視した非現実的な考え方である。)」を、同裏八行目の「勘案し」の次に「(本件被疑事件は、多数の暴力団員が関与した凶悪・重大かつ典型的な組織暴力犯罪で、先に逮捕された首謀者と目される篠崎組長は犯行を否認して公判中であり、勾留中の伊藤が他の共犯者らや篠崎と情報交換を図るおそれがあることが明らかで、八月一日、三日、八日の各段階においても、弁護人との接見を無制限に認めるときは捜査の密行性が著しく害され捜査の遂行に支障が生ずるおそれが顕著であった。)」を、それぞれ加え、また、同二一枚目裏四行目の次に改行の上、「そして、最高裁杉山事件判決は、被疑者の取調べ中であった当該事案に即した判示をしたにすぎず、限定説を採用したものではないし、最高裁浅井事件判決も狭い限定説を排斥した(取調べ開始予定の二〇分前における接見指定の必要性を肯定した。)ものの、捜査全般説(非限定説)を否定したわけではなく、捜査の必要性の意義については、判例上、未だ一義的な決着がつけられていない。一審原告は、被疑者を取調べ中であっても、『捜査のため必要があるとき』に該当するとは限らないと主張するが、これは接見交通権が捜査権に絶対的に優越するとの考え方であり、両者の調和と均衡を無視するものである。」を加える。

10  原判決二二枚目裏七行目の「いうべきである」の次に「(なお、一般的指定の適法性については、最高裁若松事件判決も肯定している。)」を加える。

11  原判決二二枚目裏一二行目に「されないから、」とあるのを「されず、また弁護士事務所と検察庁とは一般に近接している(一審原告の事務所と福岡地検との距離は約四〇〇メートルである。ちなみに、福岡地検と博多署との距離は約二二〇〇メートルである。)から、」と、同二三枚目表五行目の「弁護士等」を「弁護人等」と、それぞれ改め、同表六行目の「受領を求めることは、」の次に「過重な負担を課すことになるなど特段の事情のない限り」を加える。

12  原判決二三枚目表末行に「(二)」とあるのを「(三)」と、同裏八行目の「そして、」から同裏一〇行目の末尾までを「そして、右違法性を評価するに当たっては、刑訴法三九条三項に違背するか否かの判断と、国家賠償法上違法か否かの判断とは基準を異にすることに留意すべきであり、国家賠償法上違法というためには、通常の検察官であれば、当時の状況下での判断として何人も当該行為には出なかったであろうと認めるに足りる事情(著しく合理性を欠いていることが明らかであること)が必要である。」と、それぞれ訂正し、同二四枚目表初行の「踏襲した」の次に「も」を、同表三行目の「事務処理方式」の次に「(刑訴法の施行に際し、右と同趣旨の処理方式を採用するに当たり、最高検察庁と東京弁護士会ほか二八弁護士会とが打合わせの上、了承を得た経緯がある。)」を、それぞれ加え、同表六行目に「福岡弁護士会」とあるのを「福岡県弁護士会」と訂正し、同二四枚目裏二ないし三行目の「明白であり」の次に「(弁護人の接見申出の都度、取調べ中の被疑者に接見の意思を確認すべき義務を定めた法規はないし、検察官による接見指定が被疑者の供述を強制することになるものでもない。)」を、同裏六行目の末尾の次に「なお、接見指定権行使の要件を満たす場合、実務上は、検察官と弁護人の双方が誠実に協議して調整をする必要性が極めて高いのであり、それにもかかわらず弁護人が指定権の存在そのものを争って協議に応じなかったり、検察官の指定しようとする日時等に不服で協議を打ち切り立ち去ってしまうなどした場合は、接見指定権の行使が不能となり、検察官がこれを怠ったということはできない。」を、それぞれ加える。

13  原判決二五枚目表三ないし四行目の「双方協議の結果、」を「一審原告の都合も聞いた上、」と、同表五ないし六行目の「接見指定をして解決したものである。」を「接見が可能であると伝えたが、一審原告は即時の接見の主張と具体的指定書を持参する必要はないとの主張に固執して物別れに終り、接見指定に至らなかった。」と、それぞれ訂正する。

14  原判決二六枚目表初行の「指示し」の次に「、八代部長にも同旨の依頼をし」を、同表三行目の「しない」の次に「(福岡地検では、主任検察官が不在のときは、弁護人からの接見申出については、部長検事又は他の適宜の検察官が対応することとされ、このことは昭和五八年一一月二五日開催の第一審強化方策福岡地方協議会で弁護士会に連絡済みであり、一審原告もこれを知っていた。)」を、同表八行目の末尾の次に「したがって、松隈事務官には何らの権限がなく、一審原告は同日は接見指定権者への接見申出そのものを行っていない。仮に、松隈事務官が(八代部長の指揮を受けて)書面による接見指定をしようとしたものとしても、現に取調べ中で指定要件があったし、書面による指定には合理性があるのに、一審原告が即時の接見を迫ったために紛糾し、協議の上の指定ができなかったのである。」を、それぞれ加える。

15  原判決二六枚目表一二ないし一三行目の「樋口検事による」を「樋口検事及び松隈事務官による」と改める。

16  原判決二六枚目裏九行目末尾の次に「しかるに、一審原告は、伊藤が在監しているから即時に接見させよと要求して、接見指定の協議に応じなかったため、樋口検事は事実上、指定権を行使しえなかったのである。」を加える。

理由

一請求原因1(当事者)の各事実は当事者間に争いがなく、同2(事実経過)の各事実についての当裁判所の事実認定は、次に付加、訂正するほか、原判決理由二(原判決二七枚目表八行目の冒頭から同三六枚目表一〇行目の末尾まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二七枚目裏初行の「接見及び架電の事実」とあるのを「一審原告が同日博多署に行き伊藤と約三〇分間接見したこと、山口係長及び一審原告が同日樋口検事に電話をかけたこと」と改め、同行の「(3)のうち、」の次に「一審原告が主張の時間に博多署に行き、伊藤がその直後に出監したこと、」を、同裏四行目の「述べたこと」の次に「(ただし、その旨の接見指定があったわけではない。)」を、同行の「(4)のうち、」の次に「一審原告が博多署に行き、午前八時二七分ころ接見申請書を作成したこと、同八時四〇分ころ伊藤が在監していたこと、同八時四五分ころ」を、それぞれ加え、同裏七行目の「原告が電話をきったこと」を削除し、同裏八行目の「原告が」の次に「午前八時三二分ころ、博多署で」を加える。

2  原判決二八枚目表一一行目の「<書証番号略>、」の次に「<書証番号略>、」を、同表末行の「<書証番号略>」の次に「(原本の存在とも)」を、同裏二行目の「同樋口生治」の次に「、当審証人名和田茂生」を、同二九枚目表四行目の「共謀」の次に「及び殺意」を、それぞれ加える。

3  原判決二九枚目裏四行目の「伊藤との接見を申し入れた」を「伊藤と接見をしに行く意向を伝えた」と、同裏六行目の「同日の接見を諦め、」を「同日は、それ以上に接見の可否について意見を述べたり、担当検察官に連絡をとったりせずに、」と、それぞれ改め、同三〇枚目表二行目の「原告は、」の次に「午前九時ころから」を加える。

4  原判決三一枚目表六行目の「検事は、」の次に「検察庁の取扱いは法務大臣訓令や上司の指示に基づくものであり、担当検事個人を責められても、いかんともし難い等と説明した上、」を加え、同表七行目の「別途」を「国賠訴訟などの」と改め、同表九行目の次に「同日、接見の日時を翌日午前八時三〇分からとする接見指定が行われなかったことは、当事者間に争いがないが、樋口検事は、一審原告との右の問答を受けて、念のため、八月一日の午前八時三〇分から九時までの間に一五分間と接見の指定をする旨の具体的指定書を用意し、博多署の捜査員にもその旨を連絡したが、一審原告がこれを受け取りに行かなかったので、右指定書を破毀し、かつ、博多署員に対しても八月一日の朝から伊藤の取調べを行うよう指示をした。」を加え、同表一〇行目の「同日」を「七月三一日」と改め、同行の「八時三七分」の次に「(ただし、その後に暫時、留置場に戻っていたことは、前記のとおりである。)」を加える。

5  原判決三一枚目裏二行目の「行き、」の次に「午前八時二七分ころ接見申請書を作成したが、管理係が受付に居なかったので、しばらく待った後、」を、同三二枚目表二行目の「五時三〇分まで」の次に「の間に」を、同表七行目の「翌二日から」の次に「五日まで、立会事務官(花田高則)と共に」を、同行の「松隈事務官」の前に「八代部長に対し、休暇中の接見申出に対処されたい旨を依頼し、かつ、」を、同表九行目の「取扱い」の次に「(弁護人の希望と警察の取調べ時間とを調整した上、八代部長の指揮を受けて指定書を作成すること。ただし、八月二日は終日警察が取調べをする予定なので、できるだけ八月三日の午前中に接見させるよう調整すること。指定書を作成したら弁護人に取りに来てもらうこと。)」を、それぞれ加える。

6  原判決三二枚目裏二行目の「いきなり」から同裏五行目の「進展しないまま、」までを「警察と時間を調整します。樋口検事に言われているので指定書を取りに来て欲しい。」と、指定書の持参が必要である旨を繰り返したので、一審原告は「指定書の持参は必要がない。直ちに接見させよ。」と言って電話を切ってしまった。このようにして、」と改め、同裏九行目の次に改行の上、「なお、伊藤に対する同日付の勾留延長請求につき、福岡地裁裁判官は、八月五日から同月一四日まで、その延長を認めた。」を加える。

7  原判決三三枚目表三行目の「やり取り」の次に「(同事務官は、指定書を取りに来るよう何度も繰り返し、一審原告は、伊藤が取調べが終わって在監しているから、直ぐに会わせよと繰り返し述べた。)」を、同表四行目の「八代部長」の前に「上司と電話を替わるようにとの一審原告の要請を受けて」を、同表一二行目の「名和田弁護士も、」の次に「午前一〇時三〇分ころ博多署に行って接見の申出をしたが、電話に出た」を、同裏末行の「要求され」の次に「(同事務官は博多署での取調べ状況等を確認することもなく、とにかく検察庁に指定書を取りに来るよう要求した。)」を、それぞれ加える。

8  原判決三三枚目裏四行目の「(日)」を「(月)」と改め、同裏九行目の「在監中であること」の次に「(午前中の検察庁での取調べの後、昼休みのため博多署留置場に戻されていた。)」を、同三四枚目表九行目の「検察官」の前に「検察庁での」を、それぞれ加え、同裏四行目の「同日」を削除する。

9  原判決三五枚目表二行目の次に改行の上、「そして、福岡地裁が本件の一般的指定を取り消す旨の決定をしたことは、当事者間に争いがなく(もっとも、<書証番号略>には、認定した具体的事実は記載されていない。)、<書証番号略>によれば、福岡地裁管内において、昭和五八年四月から昭和六一年一〇月までの間に、検察官による一般的指定を違法な接見禁止処分に当たると解して取り消した準抗告決定例があることが認められ、さらに<書証番号略>には、樋口検事の立会事務官が福岡地裁書記官に対する電話回答中で、『被疑者伊藤に対し接見するには、別途検察官の指定する指定書を持参しない限り接見をさせないようにとする指示を博多警察署係官に出していたことは間違いない。』と述べた旨の記載もあり、本件行為の当時、福岡地検の検察官が一般的指定書を発布した場合には、勾留場所の担当者において一審原告主張のような対応をしていた例があったものと推認しうる余地がある。」を、同表七行目の「仰いでいること」の次に「(当審証人大栗敬隆の証言によれば、本件行為以前に、福岡地検刑事部長から福岡県警本部の管理課等にその旨の指導をしたことが認められる。)」を、同表九行目末尾の次に「本件においても、一審原告が昭和六〇年七月二七日に博多署に赴いて管理係に伊藤との接見を申し出たならば、他の日における接見申出の際と同様に、管理係から樋口検事に電話をして指定を行うかどうかの指示を求める運びとなったであろうと推認されるのであり、その結果により接見ができた可能性もないとはいえず、電話でのやり取りをもって、博多署の管理係が接見を拒否したものと決めつけることには無理がある。なお、<書証番号略>の記載も、警察署留置場係官限りでの接見拒否を指示した趣旨であると断定することは困難であろう。」を、それぞれ加える。

10  原判決三五枚目裏二行目の「電話で話をした」を「電話で話をし、樋口検事が接見を遠慮するよう伝えた」と改め、同裏三行目の「さらに、」の次に「午前九時三〇分ころの」を加える。

11  原判決三五枚目裏一〇行目の「(6)ないし(8)」を「(7)及び(8)」と、同三六枚目表五行目の「話をしたことか否か」を「話をしたか否か」と、同行の「それが」を「話をしたことが」と、それぞれ改め、同表九行目の「事実等」の次に「(<書証番号略>、当審証人徳永賢一及び同名和田茂生の証言によっても、一般的指定のある被疑事件について弁護人が直接警察署留置場に赴いた場合、担当検事と電話をして具体的指定書なしに接見している例がかなりあることが認められる。)」を加える。

12  原判決三六枚目表一〇行目の次に改行の上、「右(一)の(10)に関し、一審原告本人尋問の結果中に、一審原告は松隈事務官との電話を終えてから改めて八代部長に電話をかけた旨の供述があるが、右は証人松隈秀雄の証言と対比して採用し難く、前認定のとおり、一審原告は松隈事務官には決定権がないため電話を決裁権のある上司(八代部長)に回させて話を続けたものと認められる。」を加える。

二刑訴法三九条一項に規定する接見交通権の意義、同条三項の規定が憲法及び国際条約に適合するかどうか、並びに刑訴法三九条三項の規定に基づく接見交通権の制限がどのような場合に、どの程度まで、どのような方法で許されるかという、本件における法律上の争点に関する当裁判所の判断は、次に付加、訂正するほか、原判決理由三、1(原判決三六枚目表一一行目の冒頭から同三九枚目裏一二行目の末尾まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三六枚目裏二行目の「弁護人を依頼する権利」の次に「(この権利は、単に弁護人を選任できる権利であるに止まらず、実質的な弁護を受ける権利を含むと解すべきである。)」を、同裏五ないし六行目の「規定している。」の次に「最高裁杉山事件判決(最高裁昭和四九年(オ)第一〇八八号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁)の判示するとおり、この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つである。」を、それぞれ加え、同裏六行目の「そして、同条三項は、」を「他方、刑訴法三九条三項は、」と改め、同裏一二行目の「捜査」の次に「(捜査権が国の固有の権能である刑罰権に由来することは、後期のとおりである。)」を、同三七枚目表四行目の「解すべきである」の次に「(最高裁杉山事件判決も、弁護人等の接見交通権が憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は、あくまでも必要やむをえない例外的措置であって、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではないと判示しているところである。)」を、それぞれ加える。

2  原判決三七枚目表一二行目の冒頭から同裏二行目の末尾までを「措置を採るべきである(最高裁杉山事件判決参照)。そして、右の捜査の中断による支障が顕著な場合としては、右に挙げた場合のほか、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むと解すべきである(最高裁昭和五八年(オ)第三七九号、第三八一号平成三年五月一〇日第三小法廷判決・民集四五巻五号九一九頁=最高裁浅井事件判決及び最高裁昭和六一年(オ)第八五一号平成三年五月三一日第二小法廷判決・裁民一六三号四七頁=最高裁若松事件判決参照)。しかし、右の意味における「捜査の必要」がないのに、検察官が弁護人等の申出に即した接見を認めずに、他の日時等の指定をすることは、違法である。なお、右最高裁判決の趣旨にかんがみると、取調べ中等である場合又は間近い時に取調べ等をする確実な予定がある場合であっても、取調べ等を適宜中断したり、取調べ等の予定開始時刻を若干遅らせることが可能で、それによって捜査上に顕著な支障を来すおそれがない等の場合には、その限度で捜査の要件が満たされないものと解すべきであるが、反面、取調べ中等を、当該時期をはずしては物理的に代替困難な場合だけに極端に狭く限定してしまうことは、捜査の必要との調整原理として常に必ずしも妥当ではないと考えられる。刑訴法三九条三項の『捜査のため必要があるとき』の意義についての以上のような解釈は、最高裁杉山事件判決及びその後の下級審裁判例の趨勢からして、遅くとも本件行為当時においては確立した判例理論として形成されていたというべきである。一審被告は、この点につき、罪証隠滅のおそれを含む捜査全般の状況をも勘案して判断するべき事柄であり、最高裁杉山事件判決もこの考え方を否定していない等と主張するが、いわゆる捜査全般説は、憲法上の保障に由来し原則として自由な接見交通権を例外的に制約するにすぎない場面において、適格な調整機能を果たすことは到底できるものではなく、刑訴法三九条三項の制約を極めて例外的な場合に厳格な解釈によってのみ承認できるとする最高裁杉山事件判決が同説を支持するものと解する余地はない。」と改め、同裏三行目の冒頭から六行目の末尾までを削除する。

3  原判決三七枚目裏六行目の次に改行の上、左記を加える。

「(二) 一審原告は、刑訴法三九条三項は憲法三一条、三四条、三八条に違反するものと主張する(この主張は、法律上の主張であって、訴訟の完結を遅延させるものでもないから、民訴法一三九条により却下すべき場合にあたらない。)。確かに、接見交通権は、憲法三一条を具体化した規定の一つである憲法三四条に由来する権利であり、また、憲法三八条が何人にも保障する黙秘権の保護とも密接な関連を有する権利であって、被疑者との接見交通権の保障は、憲法三一条の理念に合致することはいうまでもない。しかしながら、憲法は、国民生活の基礎となる法秩序を維持するための国の刑罰権(その行使のための捜査権)の存在を当然の前提として認めており、その上で捜査権と人権との関係の大枠を定めているのであるが、被疑者の身柄拘束の制限時間内における捜査権の行使と、その時間内における接見交通権の行使の二つは、制限時間が短いほど深刻な対立関係に立たされざるをえないのであり、憲法自体がその優劣関係を定めていない以上は、法律によって両者の関係の調整を図らざるをえないのである。けっきょく、憲法は、右の調整を、憲法の精神を踏まえた上での立法政策にゆだねたものと解するほかはない。したがって、弁護人等による接見交通権を尊重しつつ、これにつき捜査の必要上のやむをえない例外的場合に、防禦権の不当な制限とならない範囲で、法律上の制約を設けることは、憲法の許容するところである。そして、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」は、前述のとおり限定的に解釈される(しかも、接見の日時、場所等の指定を迅速、合理的に行う要がある。)のであるから、右条項は、接見交通権について課されるやむをえない必要最小限度の制約と評価することができる。また、同条項が、接見の日時等の指定を検察官等の権限としている点も問題として指摘されるところであるが、限られた身柄拘束時間内において迅速を要する手続であって、取調べ状況等を把握している捜査機関側に第一次的な判断権を与えることは必要やむをえない方法であり、その判断及び措置の誤りに対しては裁判所に対する準抗告(刑訴法四三〇条)による是正の途が用意されていることを考慮すれば、右の点も許容限度内のやむをえない立法というべきである。なお、わが国の憲法上、接見交通権が被疑者の取調べへの弁護人立会権をも含むとまでは解し難く、さらに、身柄を拘束された被疑者が取調べ受忍義務を負わないことを憲法上保障されていると解することもできない。

以上のとおり、刑訴法三九条三項の規定は憲法に違反しないというべきであるから、その違憲を前提として、国会議員らの立法による違法行為及び樋口検事らによる同条項に基づく職務執行の違法をいう一審原告の主張は、採用することができない。また、法務大臣による事件事務規程二八条の制定・施行及び樋口検事による右訓令に基づく職務執行の違法をいう点は、本件行為における一般的指定に基づいて一審原告が損害を被ったとの事実の存在を前提とする主張にほかならないところ、本件において右事実を認めるに足りないことは前記認定及び後記判断のとおりであるから、右主張もまた失当である。

(三) 一審原告は、刑訴法三九条三項の規定は国際条約であるB規約に違反すると主張する(この主張も、民訴法一三九条により却下すべき場合にあたらない。)。そして、国際主義を標榜するわが国が国際条約を尊重すべきであることはいうまでもなく、特に普遍性を有する人権問題についての国際的動向に留意する必要があることも論をまたないが、B規約一四条三項bはわが刑訴法三九条一項と同趣旨の規定と解することができる。問題は、同条項にいう弁護人と連絡する権利の制約が絶対的に許されないかどうかであるが、一審原告の引用する国連決議等(それらは加盟国に対して条約としての効力を有するものではなく、B規約の解釈を拘束するものではないが)においても、一定の場合に制約が課されることを予定している文言が含まれているところである。刑訴法三九条三項について、先に検討したような限定的な解釈を採って捜査機関の便宜のためのみの制約を許さず、被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限することがない範囲で接見交通権についてやむをえない必要最小限度の制約(その第一次的判断権を捜査機関に与える点を含む。)を設けることは、同規約に違反しないというべきである。

したがって、刑訴法三九条三項の規定がB規約に違反することを前提として、国会議員らの立法上の不作為の違法並びに法務大臣及び樋口検事らによる職務執行上の違法をいう一審原告らの主張は採用できないし、法務大臣による事件事務規程二八条の改廃に関する不作為の違法をいう点も、先に同規程の制定・施行上の違法の主張につき説示したところと同様に理由がない。」

4  原判決三七枚目裏七行目冒頭の「(二)」を「(四)」と改め、同裏八行目の冒頭に「本件行為の当時、」を加え、同三八枚目表二行目の「通例である」を「通例であった」と改め、同裏一二行目の次に改行の上、「本件行為の当時に行われていた一般的指定の取扱いにおいて、右の前段に述べたような違法な効果を生じさせる例があった可能性のあることは前述のとおりであるが、本件において一般的指定の違法が問題とされている七月二七日の行為がその例に該当するとの証明がないことは前記認定及び後記説示のとおりであるから、この点につき更に論じる要をみない。」を加える。

5  原判決三八枚目裏末行の冒頭から同三九枚目裏一二行目の末尾までを、左のとおりに改める。

「(五)  (具体的指定の方法)

前述のとおり、弁護人等からの被疑者との接見の申出をそのまま認めると、捜査の中断による支障が顕著な場合には、検察官は弁護人と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである(最高裁杉山事件判決)が、これを更に具体的にいえば、最高裁浅井事件判決が判示するとおり、『弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明した場合には、捜査機関は、直ちに接見等を認めることなく、弁護人等と協議の上、右取調べ等の終了予定後における接見等の日時等を指定することができるのであるが、その場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである。そのため、弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、右合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである』のであって、当裁判所も右判示は至当なものであり、本件行為当時における検察官の職務執行上の規範として妥当すべきものと考える。

ところで、検察官(捜査機関)が右日時等を指定する際に、いかなる方法を採るかについては、刑訴法等に何らの定めがなく、この点も最高裁浅井事件判決が説示しているとおり、検察官の合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであり、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(具体的指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されない、ということになる。本件行為の当時、福岡地検の検察官は、具体的指定書の交付による方法を採用していたわけであるが、この方法は、指定の内容を明確にし、指定をめぐる後の紛争を防止し、不服申立ての際の対象を明確にするなどの利点がある反面、弁護人等(その事務員等を含む。)が指定書を検察庁まで受領に赴いた上、これを接見場所に持参しなければならないなどの点で、弁護人等の側にそれなりの時間や労力の損失を強いることになるという問題がある。そして、最高裁浅井事件判決の場合のように、富山県魚津市所在の魚津警察署(被疑者の勾留場所)に接見に赴いた弁護人に対し往復約二時間を要するほど離れている富山地検まで接見指定書を取りに来るよう求めることが、著しく合理性を欠く措置であることは多言を要しないが、弁護人等の自宅や事務所と検察庁とが近接している場合や、検察庁と勾留場所が近接しているような場合など、弁護人等に対して検察庁での指定書の受領・持参を求めることが常に必ずしも著しく合理性を欠くとはいえない場合も考えられる。合理性の存否は具体的な諸事情を勘案して決するほかはないが、本件における事実関係に照らして若干付言すれば、弁護人等が検察官との事前の打合わせをせずに直接被疑者の勾留場所である代用監獄等に行って接見の申出をした場合に(一般に、弁護人等としては、事前に検察官に接見の予告をし又は打合わせをしておく方、無駄が省けるなどの利点があるので、実務の通常の運用については、両者の紳士的な協議によって望ましい指針を立てておくべきであろうが、弁護人等が都合により直接代用監獄に赴いたからといって、取調状況等の確認に要する待時間が必要となることがあるのはともかく、接見の申出そのものの拒否が許されるわけでないことは、いうまでもない。)、電話連絡を受けた検察官が、被疑者の取調べ状況等を調査・確認することもなく、とにかく検察庁まで指定書を取りに来るよう求めて譲らないという対応をしたとすれば、問題がある。この場合、もし接見指定の要件がないとすれば、弁護人等の申出に即して直ちに接見させなければならないのであるから、それにもかかわらず指定書の受領・交付を求めることは何としても無用な負担を弁護人等に負わせることとなる。また、もし接見の日時等につき指定の要件が満たされているとすれば、即時の接見が認められないことはやむをえないけれども、検察官が指定書の持参要求に固執して迅速かつ合理的な接見指定の措置に出なかったと評価される限り、捜査担当の検察官としての義務を怠って弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害したものといわざるをえない(なお、刑訴法三九条三項が、前述のとおりに接見交通権と捜査の必要性との調整を図るための規程である以上、接見指定については検察官と弁護人等との間で良識に基づいた協議が行われることが前提とされているのであり、仮に弁護人等が自己の信念に基づくとしても、検察官の指定権そのものを否定して即時の接見の実現のみを求めて譲らず、指定のための協議にも応じようとせず又は検察官による合理的な指定をも拒否するという挙に出るような場合には、接見指定に至らなかったことの責を検察官のみに負わせることができないことは、いうまでもない(個々の場合における指定要件の存否や指定の合理性の有無に争いがありうるであろうが、その点についての不服は準抗告によって是正を求めるべき問題である。))。

(六) なお、一審原告は、刑訴法三九条三項の解釈に関して、上述したところのほかに、いくつかの主張をしているので検討する。

(1)  弁護人が接見の申出をした場合には、捜査機関は被疑者に対しその旨を告知した上、取調べ等の続行に同意するかどうかを確認する義務がある(任意の取調べを受けている被疑者については当然であるが、身柄を拘束されて取調べを受けている被疑者についての主張と解される。)というが、右は弁護人依頼権や黙秘権を保障した憲法の趣旨に合致するものであるにせよ、所詮は立法論に属する主張であり、憲法及び現行刑訴法が身柄を拘束された被疑者の取調べ受忍義務を否定していると解し難いこととあいまち、現行法上は採用することができない。

(2)  第一回の接見、接見妨害があり準抗告が認容された後の接見、数日以上接見していない場合の接見、その他緊急やむをえない場合の接見の場合には、いかなる場合でも直ちに接見させる義務があるという点は、これらの場合に被疑者及び弁護人等の側に接見の必要性が大きいであろうし、刑訴法三九条三項が『被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する』ことを戒めていることからして、指定要件の存否の判断ないし指定の態様の決定に当たり右の点をも考慮に入れつつ、接見交通権を不当に制限することのないよう配慮すべきであるが、一定の場合には、取調べ等の要否いかんにかかわらず、一律に即時の接見を認めるべきであるとの主張は、採用することができない。」

三以上の見解に基づく本件行為の違法性についての当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由三、2(原判決三九枚目裏末行の冒頭から同四三枚目裏九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  (七月二七日の行為)

原判決四〇枚目表一〇行目の「自主的に」から一一行目の「ものであって、」までを「一般的指定処分の取消しを求める準抗告を申し立てることとし、博多署の職員や樋口検事とはそれ以上のやり取りをしなかったというのであって、」と改める。

2  (七月三一日の行為)

原判決四〇枚目裏七ないし八行目の「諸事情」の次に「(右は弁論の全趣旨により認められる。)」を、同裏八ないし九行目の「被疑者を取調べ中である場合に準じて」の次に「ないしは極めて間近い時に取調べを開始する確実な予定があって、一審原告申出の接見を認めたのでは右取調べが予定どおり開始できなくなることが確実であって、」を、それぞれ加え、同四一枚目表三行目の「措置を講じた」を「措置を講じることとした」と改め、同表四行目の末尾の次に「なお、被疑者に対する弁護人等の来訪の告知及び取調べ等の開始・続行についての同意とりつけを問題とする点は、前述のとおり捜査機関にその法的義務がなく(ちなみに、七月三一日は一審原告が取調べ室に移動中の伊藤と会って接見に来た旨を告げたことは、前認定のとおりである。)、また、準抗告が認容された後の接見申出であるとの点も、一審原告は準抗告が認容された日の翌々日である七月二九日に既に伊藤との接見をしているのであるから、これらの主張はいずれも採用できない(八月一日ないし八月三日の本件各行為の場合も同様である。)。」を加える。

3  (八月一日の行為)

原判決四一枚目表六行目の「樋口検事による」から同裏初行までを「前日に続いての新たな申出(前日の接見指定に基づくものではない。)であり、樋口検事としては、同日朝からの取調べを警察に指示してはいたものの、一旦は同日朝の接見が可能である旨を一審原告に伝えたという経緯があったことでもあり、また右申出当時、伊藤が留置場にいたというのであるから、改めて博多署の担当警察官に取調べ予定の有無を確認し、間近かに確実な取調べ予定がなければ直ちに一審原告に接見の機会を与えるべきであったし、もしその予定があって具体的指定要件が存在すると判断したのであれば、速やかに接見の日時等の指定のための措置を講じるべきであったのである。しかも、樋口検事は、一審原告が具体的指定書の受領・持参を拒否しているため前日も伊藤と接見できなかった経過をも認識しながら、博多署員による取調べ状況等を調査確認することもなく、博多署に来ている一審原告に具体的指定書を受け取りに来るよう要求して譲らず、接見指定のための措置を何ら講じなかったものである。そして、同日は午前九時から伊藤の取調べが開始されており、接見申出があった時は間近かに確実な取調べ予定があったのであるから、即時の接見は許されなかったにしても、接見指定に関する樋口検事の行為は著しく合理性を欠き、弁護人と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害するもので、違法といわねばならない。もっとも、一審原告も即時の接見にこだわったという面もあるが、前日以来の経緯と同日伊藤が在監中であった事実に照らすと、樋口検事が行おうとする接見指定を妨害・拒否したとまで認めるには足りない。」と改める。

4  (八月二日の行為)

原判決四一枚目裏四行目の「あったから」から同四二枚目表五行目末尾までを「あったのであり、前認定(右(2)の七月三一日の行為の項参照)の本件被疑事件の性質等にかんがみ、検察官において接見の日時等の指定をすることができる場合であったと認められる。そして、休暇中の樋口検事から指示を受けていた松隈事務官の応待は、右の接見指定のための準備行為とみられるところ、同事務官においても指定書の持参にややこだわった嫌いがあるものの、同日、接見の指定に至らなかったのは、一審原告が、松隈事務官に接見指定の権限がないことを知りながら、権限のある検察官(八代部長)に電話を回してもらったり、自ら電話をしたりすることなく、松隈事務官との電話を打ち切ってしまった(これらの点は、一審原告が本人尋問において自認しているところである。)ことにあると認められ、樋口検事ないし松隈事務官の行為の違法性を論じる要はない。」と改める。

5  (八月三日の行為)

原判決四二枚目表一一行目冒頭から同裏五行目末尾までを「したがって、休暇中の樋口検事の指示に基づいて一審原告に応待した松隈事務官としては、直ちに博多署における取調べ予定等を調査確認の上、八代部長の指示を求めるべきであったのに、前日同様に指定書の持参要求にこだわったのは、接見交通権に関する検察事務に従事する公務員の措置として妥当を欠いたものというべきであるが、本件における同事務官の行為は、あくまでも八代部長の補助者としてのものであって、同事務官の接見指定の権限に基づくものではない、そして、一審原告は、同事務官に対して権限のある八代部長に電話を回すよう求め、その後は一審原告と八代部長との話合いとなった結果、前認定のとおり交渉が決裂したというのである。そうであるとすれば、右交渉決裂が違法な接見拒否にあたるとしても、それは樋口検事ないし松隈事務官の行為ということはできない筋合であるから、そのいずれかの公務員の違法行為であることを前提とする一審原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない(なお、<書証番号略>によると、福岡地裁裁判官は八月三日の接見拒否を樋口検事の行為であるとして準抗告の決定をしているが、同決定に既判力はなく、当審における右の認定の妨げとはならない。)。」と改める。

6  (八月八日の行為)

原判決四三枚目表一二行目の次に改行の上、「もっとも、一般的指定のされていない通常の事件と本件被疑事件とでは事案の重大さ、複雑さ、取調べ所要時間等々の点で大きな差異があることは推測に難くなく、同日の昼休み中の接見を認めることにより午後の取調べに無視できない影響を及ぼすおそれがあったものとみる余地もないではない。したがって、仮に昼休み中の接見を認めることに支障があったとしても、伊藤は弁護人である一審原告と一〇日間も接見を認められておらず、また八月三日の接見拒否行為及び具体的指定書持参要求行為につき(樋口検事の行為として)準抗告による取消しの決定が出されていること、八月八日は午後も自ら取調べを行うため、接見指定のための速やかな協議をするには右昼休みの時間帯を逸することができなかったことなどをも勘案すれば、樋口検事としては速やかに合理的な接見指定のための措置を講じるべきであったといわなければならない。しかるに、樋口検事は、前認定のとおり、単に『接見は明日以降に願いたい。』として、それ以上に一審原告と協議をしたり、具体的な日時等の指定をしようともせず、電話を切ってしまったというのであるから、右行為は、弁護人と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害するもので、違法といわねばならない。」を加える。

7  原判決四三枚目裏四行目の「違法であり」の前に「接見の日時等の指定に関する行為が」を加え、同裏五行目の「行為と結果」から六行目の「十分でなく、」までを「違法行為の存在が認められず、」と改め、同裏七行目の「行為の違法を判断するまでもなく、」を削り、同裏八行目冒頭から九行目末尾までを「八月三日の妨害⑤については、樋口検事ないし松隈事務官の行為とは認められないから、一審原告の主張は理由がなく、八月八日の妨害⑥は、接見指定の要件がないのに即時の接見を妨害したか又は迅速かつ合理的な接見指定をしなかった点において違法というべきである。」と改める。

四一審被告は、検察官の行為が法令に照らして違法と評価されたとしても、直ちに国家賠償法上の違法行為とはいえないし、弁護人が刑事手続上の権利行使を妨害されたとしても弁護士個人が損害賠償を請求することはできない旨主張するが、本件については右主張を採用することができない。

一般に、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例、学説がなく、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに当該公務員に過失があったとすることはできない筋合であるが、刑訴法三九条三項の解釈適用については、先に判示したような判例理論が確立されていて、本件行為の当時に被疑者の身柄を拘束して取調べ等を行う検察官としても、これを尊重し遵守すべきであったと解されるのである。また、検察官は独立の官庁であるが、他面、上級官庁の指揮監督を受ける立場にあり、ある事項に関する法律解釈、適用につき所属検察庁の方針にのっとって、職務を執行したときは、原則として故意、過失があったとされることはないが、その方針に反する違法な職務執行行為をしたときは、特段の事情がない限り、少なくとも過失責任を免れないと解すべきことは、原判決理由四、1(原判決四三枚目裏一〇行目から同四四枚目表七行目まで)に説示したとおりであり、刑訴法三九条三項の接見指定の解釈、適用に関する本件行為の当時における福岡地検の運用方針の内容は、原判決理由四、2(一)(原判決四四枚目表八行目から同裏八行目まで)のとおり(ただし、原判決四四枚目表九ないし一〇行目の「証人樋口生治の証言」を「原審証人樋口生治及び当審証人大栗敬隆の各証言」と改め、同表末行から同裏初行にかけての「意に解し」の次に「(この点が前述の判例理論に反することは、さて措く。)」を加え、同裏四行目の「判断し、」の次に「指定の必要がないと判断したときでも、具体的指定書が必要である旨、その受領・持参を求めるが、必要に応じて指定書なしに直ちに接見させ、また、」を加え、同表七ないし八行目の「運用方針であった」の次に「(少なくとも、取調べ状況等を把握することもなく、また、事情のいかんを問うことなく、ともかく具体的指定書を受領するために検察庁に来なければ指定のための協議にも応じないし指定もしないというような取扱いではなかった。)」を加える。

しかるに、前認定判断にかかる樋口検事による八月一日の接見指定に関する行為及び八月八日の接見妨害ないし接見指定に関する行為が、右に述べた意味での法律解釈及び福岡地検の運用方針に反するものであったことが明らかであるから、過失責任を免れない。

そして、当裁判所も、一審原告が本件行為の一部により損害を被り、これを慰謝すべき金額は三〇万円が相当であって、本訴請求は原審認容の限度で正当であるが、その余は棄却すべきであると判断するものであり、その点に関する理由は原判決理由五及び六(原判決四六枚目表初行の冒頭から同四七枚目表三行目の末尾まで)と同一であるから、これを引用する。

五以上のとおりで、原判決は相当であって(なお、当裁判所が認定した本件行為の内訳の一部は原審認定のそれと異なるが、認容した損害賠償請求としては変わりがない。)、一審原告及び一審被告の本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官友納治夫 裁判官足立昭二 裁判官有吉一郎)

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