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福岡高等裁判所 昭和63年(行コ)7号 判決 1991年9月18日

控訴人の住所、氏名は別紙控訴人目録記載のとおり。

渡辺四郎

(外一一一名)

右控訴人一一二名訴訟代理人弁護士

谷川宮太郎

石井将

市川俊司

服部弘昭

武子文

高橋政雄

鎌形寛之

藤原修身

生井重男

小川正

山上知裕

福井康郎

被控訴人

福岡県知事奥田八二

右指定代理人

野﨑彌純

峯慎一

右訴訟代理人弁護士

真鍋秀海

三浦啓作

堀家嘉郎

平岩新吾

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人が昭和四四年二月一七日付けをもってした原判決別表第一の「一〇・八スト」欄に記載事項のある控訴人らに対する同欄中の「処分」欄記載の各懲戒処分を取り消す。

3  被控訴人が昭和四五年一月一四日付けをもってした原判決別表第一の「一一・一三スト」欄に記載事項のある控訴人らに対する同欄中の「処分」欄記載の各懲戒処分を取り消す。

4  被控訴人が昭和四六年九月二三日付けをもってした原判決別表第一の「七・一五スト」欄に記載事項のある控訴人らに対する同欄中の「処分」欄記載の各懲戒処分を取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示(控訴人となっていない一審原告のみに係る部分を除く。)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二二枚目裏九行目の「同表」(本誌本号<以下同じ>24頁2段31行目)を「別表第三」と改める。

2  同三七枚目表末行(28頁3段8行目)の後に次のとおり加える。

「1 現代社会における国や地方公共団体の行政活動の肥大化、複雑化は、公務員数の飛躍的増大と職務の多様化を招いており、わが国の地方公務員の総数は現在三二〇万名を超える膨大な人数に達し、住民生活に密着した多種多様な職務に従事している。行政分野の拡大に伴い、職種の中には民間企業類似のものが多く含まれ、外部団体としての公社形態をとる例も多く、また、下請、外注化の傾向も顕著であり、職務の公共性は相対化、希薄化しつつある。

その勤務条件の決定過程も、建前としては、条例、規則によるが、実情は労使間の交渉によって合意が形成された後に規則化されており、労働条件の決定は労使交渉を抜きにしては考えることができないのである。

地方公務員が担当する職務内容から見る限り、消防、警察、飲料水の供給、医療の提供等住民の生活に密接なかかわりをもって便益の提供に直接携わっている者の職務の公共性のみが、争議行為制約原理たり得る高度の職務の公共性を帯有しているのである。

地方公務員の争議権制約の実質的理由である職務の公共性の観点からみて、一部制約を受けることのやむを得ない職務のあることは否定できないとしても、その制限を越えて一律全面的に禁止することに十分な合理性があるとは到底言えないのである。

2  公務員に対し、労働基本権、とりわけ労働協約締結権を含む団体交渉権及び争議権を認めることと、勤務条件法定主義に表れている議会制民主主義ないし財政民主主義との関係について一つの合理的解決は両者をともに尊重する立場に立ちながら、その両者の調和的解釈を追求する途である。

公務員の団体交渉による労使合意は、私企業のようにそれだけ直ちに拘束力を生じるものではなく、更に国会、地方議会の承認手続が必要とされるが、そのような団体交渉、労使合意であっても、政府、当局に政治的、道義的責任を負わせるものであり、実際にも労使合意に基づく法律案、条例案、予算案が国会、地方議会の承認を得て、実施に移されるという場合が多いのである。すなわち、原案をめぐる交渉は、公務員の勤務条件を維持、改善する上で現実に極めて重要な役割を果たしており、その過程での争議行為にも一定の価値があるというべきである。

したがって、労働基本権を可能な限り尊重するという立場に立つべきである以上、右のような団体交渉とその裏打ちとしての争議行為とが認められてしかるべきであり、地公法三七条一項など争議行為全面一律禁止規定は、右のような調和的解釈とはおよそ無縁の立場である。全面一律禁止という立法が基本的人権の尊重という憲法上の要請を全く無視しているがゆえに、違憲というほかはないのである。

3  憲法解釈論としての代償措置論は、ILOの理論的示唆を受けたものであるが、ILOが代償措置の内容として想定したのは、当事者があらゆる段階において参加することができ、また、その裁定があらゆる場合に両当事者を拘束する適正にして公正、しかも速やかな調停、仲裁の手続と裁定の完全な、迅速な実施というものである。

すなわち、労働基本権制約の代償措置として人事院制度及び人事委員会制度の存在を論じる場合には、それが公正な調停、仲裁の第三者機関であること、当事者のあらゆる段階での参加が制度的に保障されていること、勧告、仲裁裁定に拘束力が与えられていること、機関の構成に公正さが保障されていることという四つの要件を具備していることが要請される。

しかし、人事院制度にせよ、人事委員会制度にせよ、ほとんど右の要件を充足していないもので、このことはILOが近年においても再三指摘しているところであり、人事院勧告制度がILOの考える代償措置ではないこと、日本が批准している八七号、九八号条約の原則に適合するよう現行制度を調停、仲裁制度に変更することを再三要請しており、このILOの考えは、一九五一年の結社の自由委員会創設以来今日に至るまでまったく変更されていないだけでなく、一五一号条約第八条の文言にみるように、いわば判例法の地位から制定法上の規定にまで強化、確立されている。わが国で、それと異なる代償措置論が理論上肯認される余地がないことは明白である。

4  ILO八七号条約は、労働組合等の団結権に関する条約であるが、団結権を保障することの論理的帰結として団体行動権の保障に及ぶものである。団結権は保障するが、団体行動、争議行為の保障には及ばないと解するのでは団結権を保障する意義が失われてしまうからである。

わが国の憲法は国際協調主義に立ち、条約を最高法規として遵守することを明記しているが、ILO八七号条約は、その規定する権利の内容、規定の形式のいずれからみても、自動執行力を有する条約、少なくとも自動執行力を有することを予定された条約としていることは疑いなく、この条約はわが国の国内法としてその効力を有するものである。

地公法三七条、地公労法一一条の争議行為禁止規定は、右条約の団体行動権保障規定に違反し、したがってまた、憲法九八条二項に違反するものである。」

3  同三八枚目表二行目の「明らかである。」(28頁3段30行目)の後に改行して次のとおり加える。

「 地方公共団体の収支状況を示す最も指標的な「実質収支」の推移をみると、福岡県財政は昭和四〇、四一年度は全国的な傾向もあって、財政的に苦しい時期に置かれていたが、昭和四三年度を境に収支が大きく好転し、同年度の場合は単年度収支で約八億円の黒字を計上し、昭和四四年度には更に実質収支面で一八億七一〇〇万円という大幅な黒字をみるに至っている。特に一般財源、そのうち地方交付税額の伸長が著しいものがあった。

また、前記のとおり昭和四五年度以降人事院勧告ないし人事委員会勧告は完全に実施されることになったが、それは県財政が好転したからではなく、かえって昭和四六年度の場合は単年度収支が赤字となっている。このことから、完全実施するかしないかは、県財政が完全実施を不可能ならしめる状況にあったかどうかというより、むしろ公務員の賃金を低く抑えようとする県当局の賃金政策にかかっていたといえよう。」

4  同九行目(28頁4段10行目)から裏二行目(28頁4段20行目)までを次のとおり改める。

「 本件懲戒処分が懲戒権の濫用として違法、無効であることは、次の事情を考慮すれば、当然に導き出すことができる。

1(1)  第一に、昭和四五年に人事院勧告は完全実施に至り、その後永年の経過において慣熟した慣行と人事院総裁をして言わしめた原動力は、昭和三五年に結成された公務員共闘の永年の闘争のゆえであったこと。

(2)  その完全実施の過程において、本件控訴人らの所属する県職労をはじめとする自治労などは、おびただしい懲戒処分と刑事弾圧という幾多の試練を経てきたこと。

(3)  それゆえ、控訴人らの本件昭和四三年一〇月八日、昭和四四年一一月一三日、そして昭和四六年七月一五日の各争議行為の正当性は、歴史的にもこれを肯定せざるを得ないこと。

のみならず、本件各争議行為当時は、最高裁判所昭和四一年一〇月二六日判決(刑集二〇巻八号九〇一頁)及び昭和四四年四月二日判決(刑集二三巻五号三〇五頁)が判例として妥当した時期であった。最高裁判所がこの二つの判例を変更したのは、昭和四八年四月二五日判決であるから、本件争議行為当時の判例法が変更前のものであったことは疑いない。当時妥当していた判例法は、いわゆる国民生活論によって、争議行為の禁止は、その業務の停廃が国民生活に重大な困難を惹起する場合に限られ、当該争議行為の違法性も、国民生活への影響度によって判断されるべきものとされていたのである。この判例法のもとで、本件各争議行為は、業務に影響を与えないためにごく短時間の同盟罷業にとどまったのである。本件争議行為当時の右の判例状況とそれを肯定する国民世論及び争議行為参加組合員らの法的確信が考慮されるべきである。

(4)  これに対し、政府、県当局は、人事院、人事委員会勧告に拘束力がないことを奇貨として、勧告完全実施の姿勢を見せず、また完全実施に向けて特段の努力を尽くした形跡がみられないこと。

(5)  被控訴人県当局の場合も、財政事情をはじめとして完全実施を阻む要因はなく、ただ単に国の方針に追随しただけであったこと。

(6)  本件各争議行為は、いずれも短時間の同盟罷業というべきであり、控訴人らは自治労本部の方針にしたがい、組合役職員としての通常の範囲内にある任務に従事したに過ぎないこと。

(7)  控訴人らは、本件各争議行為にあたっては、保安要員の配置など国民生活に与える影響を防止する所要の措置をとり、国民生活にほとんど支障らしい支障を与えていないこと。

(8)  しかるに、控訴人らに対する懲戒処分は、他の自治体にはみられない大量、苛酷なものであり、そこに当時の亀井知事の県職労弾圧の意図がうかがわれ、不当労働行為というべきこと。

(9)  控訴人らは人事院、人事委員会の勧告が完全実施されないことによって、永年にわたって相当な損害を被ってきたが、本件懲戒処分により、たとえ戒告という最も軽い懲戒処分であっても、三か月の昇給延伸となり、それが退職金、年金まで不利益な影響を及ぼすことにより、ばく大な損失となること。」

5 同三八枚目裏三行目の「多数の」(28頁4段22行目)の後に、「、単なる職場離脱の域にとどまる、」を加える。

6 同三九枚目表一一行目の「針巻」(29頁1段22行目)を「鉢巻」と改める。

7 同九九枚目(別表第六の一枚目)裏の井上道人(略)の欄の時間欄に「五・一〇」とあるのを「五・〇〇」と改める。

第三証拠

原審及び当審の記録中の各書証月録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する(略)。

理由

当裁判所も控訴人らの被控訴人に対する各請求は、いずれも理由がないと認定、判断するが、その理由は、次のとおり付加し、改めるほか、原判決の理由説示(控訴人となっていない一審原告のみに係る部分を除く。)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決四一枚目裏六行目(29頁3段8行目)、同四五枚目表九行目(30頁3段27行目)、同五〇枚目表一一行目の「栗山益男」(32頁1段29行目)を「栗山益夫」と、同四二枚目裏八行目(29頁4段18行目)、同四三枚目表初行(29頁4段26行目)、同四六枚目表九、一〇行目(31頁1段3行目)、同五一枚目裏五行目の「樋口隆男」(32頁3段16行目)を「樋口隆夫」と改める。

2  同五七枚目表六行目(34頁2段17行目)の後に次のとおり加える。

「 なお、控訴人らは、現代社会において地方公務員が担当する職務は民間企業類似のものも多く、職務の公共性は相対化、希薄化していること及び財政民主主義と労働基本権の調和的解釈からすれば、地方公務員の争議行為を一律全面的に禁止することに十分な合理性はないと主張するけれども、公務員は、その担当する具体的職務の如何を問わず、すべてその職務は行政にかかわる事務であり、その給与は、その労働があげる利益によってではなく、国民一般から徴収される租税等によって支弁されるのであって、そのため私企業の労働者の場合の労働があげる企業利益に当たるものを公務員の場合には実際上把握することができず、前記のとおり、経営悪化といった面からの制約や市場の抑制力も働く余地がなく、しかも、争議行為の影響の及ぶ相手方は一般国民ないし住民であり、そのような相手方に公務員の給与その他の勤務条件を決定する直接的な権能はないなど、争議行為が機能する環境として、私企業における労使関係とは異質であることは否定することができず、このことを考えると、地方公務員に争議行為を、その担当する職務の公共性の程度の如何を問わず、一律全面的に禁止することに合理性がないとはいえないというべきである。すなわち、憲法二八条にいう勤労者のうち、公務員については、同法一五条にも表われている地位の特殊性、同法八三条にいう財政処理の基本原則との調和上、憲法二八条所定の労働基本権の一部が制約を受けるものというべきである。

また、控訴人らは、人事委員会勧告制度は、地方公務員の争議権を制約する代償措置として必要な四つの要件を具備していないもので、この制度の存在を代償措置として地方公務員の争議権を制約することは違憲であると主張する。しかしながら、右要件のうちの勧告に拘束力を認めるという点は、憲法八三条にいう財政民主主義との関係で我が国においては採用することができないのであるが、そもそも右の四つの要件を備えた制度が現行制度と比較して優れているかについては、疑問の余地がある。勧告の主体性を第三者機関とし、当事者の参加を認め、勧告に拘束力をもたせた場合に、適切、公平かつ迅速な勧告が必ずしも得られるとは限らず、かえって公務員の処遇の決定過程に混迷と遅滞を招くおそれはないかとの危惧も存するところである。むしろ、原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)からうかがわれる人事院の調査、判断、勧告に関する作業の実情と、それがひいて人事委員会の迅速さをもたらしていることを考えると、人事院、人事委員会が調査、判断、勧告し、更に公務員と当局との交渉ももたれるなどした上、議会の審議、議決に至るという現行の制度は、すぐれた実際的妥当性、迅速性、公正さを備えており、十分な合理性を有しているというべきであり、現行の制度が公務員に労働基本権の一部を制約したことの代償措置として不適切であるという控訴人らの主張は、にわかに肯認することができない。

さらに、控訴人らは、我が国が批准したILO八七号条約三条一項は、公務員の争議権を保障した規定であり、これに抵触する地公法三七条一項及び地公労法一一条一項の各規定は、憲法九八条二項に違反すると主張するけれども、右条約三条一項は、文言上結社の権利、すなわち、労働三権のうちの団結権の保障を定めたものと解するが自然であり、またそれが採択された当時、争議権について言及したものではないとされたこと、そのことを前提として我が国において批准されたものであることは、原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)によってうかがえるところであり、控訴人ら主張のILOの結社の自由委員会の右条約の公務員に対する適用についての近時の見解等も、同委員会の見解自体が変遷していることからうかがえるように、ひとつの解釈論としての意義を有するにとどまるものというべきであるから、控訴人らの右主張は採用することができない。」

3  同五八枚目表三行目(34頁3段20行目)の後に次のとおり加える。

「 なお、控訴人らは、本件争議行為当時における福岡県の財政状況には、人事委員会勧告の完全実施を阻む要因はなかったと主張するのであるが、人事院等の勧告は、民間企業の労働者の賃金動向等を調査し、その結果に基づいて、もっぱら民間企業の労働者の賃金等と公務員の給与等との格差の是正という視点から勧告をするものであるところ、地方公共団体の財政は、地方公務員の処遇を適切に定めるという要請のほかに、その収入をできるだけ社会資本に還元し、あるいは住民の租税負担等をできるだけ軽減するという要請を担っており、地方公共団体はこれらの諸要請を総括した視点に立って公務員の処遇を決定することになり、更には地方公務員法一四条にいう情勢適応の原則の要請もあるのであるから、単に財政収支が黒字であるのに人事委員会勧告の完全実施をしないということから直ちに地方公共団体の措置を不当ということはできないというべきである。

したがって、被控訴人が人事委員会の勧告を完全実施しないことが不当であるとして行った本件各争議行為に地公法三七条一項、地公労法一一条一項を適用することが憲法二八条に違反するとの控訴人らの主張も採用することができない。」

4  同五九枚目裏六行目の「多数の」(35頁1段2行目)の後に、「、単なる職場離脱の域にとどまる、」を加える。

同六〇枚目表二行目(35頁2段2行目)から裏七行目(35頁2段28行目)までを削除する。

同六一枚目表三行目の「内容とする」(35頁3段8行目)の後に「公務員共闘会議・自治労福岡県本部、甘木朝倉公務員共闘会議各作成名義の」を、一一行目の「いたことを、」(35頁3段17行目)の後に「なお、120山本清は右場所において携帯マイクを所持していたこと、154長本昭雄は集合者を次長に点検、確認させていた遠賀保健所長に対し、点検をやめるよう抗議したこと、104慶田喜長は腕章及び鉢巻をつけて県総務部指定の集合場所付近にいたことを、」を加え、一二行目(35頁3段19行目)の後に次のとおり加える。

「 また、前記認定のとおり、109吉村勝、119山下睦夫、120山本清は、昭和四四年一一月一三日の争議行為の際、職場離脱、ピケ張り、争議行為参加呼びかけ(ただし、120山本清を除く。)の各行為をしたことにより、昭和四五年一月一四日被控訴人からいずれも戒告の懲戒処分を受けた者である。」

その裏初行の「戒告の」から五行目(35頁3段22行目~28行目)までを「単なる職場離脱の域にとどまる、いわゆる単純参加者とは異なるものとして、戒告の懲戒処分に付したことが裁量権の範囲を逸脱したものとは認められない。」と改める。

5  同六六枚目表七行目(37頁1段13行目)の後に次のとおり加える。

「 なお、控訴人らは、本件懲戒処分が懲戒権の濫用に当たる事由として、本件各争議行為当時、人事委員会勧告が完全実施されない状況にあったこと、本件各争議行為の国民生活への影響は軽微であったことや、本件争議行為当時における最高裁判所の判例状況などを主張するけれども、前記のとおり、地方公務員の争議権制約の代償措置とされているのは、人事委員会の勧告そのものに限られるのではなく、人事委員会の調査、判断、勧告から地方議会における議決に至るまでの手続等をも含む諸制度の全体であると考えられ、その過程には公務員と当局との交渉など人事委員会勧告の完全実施を要請するための合法的な手段、方法が存在していること、人事委員会勧告を受けた地方公共団体が、諸々の要請を総合的に勘案してどのように決定するかは、地方議会における自由、公正な審議にゆだねるべきで、人事委員会勧告が完全実施されない場合でも、そのことをもって直ちに地方公共団体の措置を不当ということはできないこと、更には法律の執行である行政事務の遂行を職務とする公務員が違法行為に及ぶことは、そのことだけで既に国民生活に与える影響は甚大であるというべきこと、控訴人らが指摘する本件争議行為前の最高裁判所昭和四一年一〇月二六日判決及び昭和四四年四月二日判決も、公共企業体等労働関係法一七条一項違反の行為について刑事罰を科するに当たっては、その行為が労組法一条二項にいう正当なものであるか否かを具体的事実関係に照らして認定、判断し、郵便法七九条一項の罪責の有無を判断すべきこと及び地公法三七条一項違反の争議行為のあおり行為等とされるものの中には、同法が単なる争議行為者には刑事罰を科さないとしていることとの関係上、争議行為に通常随伴する行為として、同法六一条四号所定の刑事罰をもって臨むべき違法性を欠くものがあることを判示したものであって、公共企業体等労働関係法一七条一項や地公法三七条一項は憲法二八条に違反するものではなく、違反行為をした職員は懲戒処分の対象とされるなど民事上の責任を免れないことを明言しているのであり、これらの各点を併せ考えると、控訴人らが主張する各事由は、いまだ本件各懲戒処分が懲戒権の濫用に当たるとの主張を肯認するに足りない。」

よって、控訴人らの各請求をいずれも棄却した原判決は正当であって、本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 石井義明 裁判官 牧弘二)

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