福岡高等裁判所 昭和30(う)369 高裁判例
主 文
本件各控訴を棄却する。
当審の訴訟費用中国選弁護人砂山博に支給した分は被告人Aの、国選弁
護人小八重直三郎に支給した分は被告人B、同Cの連帯負担とする。
理 由
被告人Aの弁護人砂山博の控訴趣意は同弁護人と同被告人が各提出した控訴趣意
書に記載したとおりで、被告人B、同Cの弁護人小八重直三郎の控訴趣意は同弁護
人名義、右被告人両名連名名義の控訴趣意書に記載したとおりであるから引用す
る。
砂山弁護人の各控訴趣意(A被告人作成名義の控訴趣意を含む)について、
原判決が証拠として引用している証人D、E、F、Gの各証言を綜合すると琉球
政府治下におけるH病院の患者からの徴収金は、同政府の歳入金として納入するこ
とを要し、被告人等においてこれを歳出金として自由に支出流用する権限はなかつ
たことが認められる。尤も行政担当官の責任においていわゆる「目」以下の金員の
流用が許されていたことは認められるけれどもそれは既に歳出金として支出を許さ
れた予算の範囲内における操作にすぎず従つて患者からの徴収金のように歳入金と
して納入しなければならぬ。被告人等において自由に処分、流用することの許され
ない金員を擅に旅費、接待費等として流用費消したことはその目的が公用であると
私用であるとを問わず違法であり、このことを知り乍ら敢てこれを為した以上被告
人等に領得の意思ないし違法の認識がないということはできない。なお奄美大島の
日本本土復帰直前の事情が所論のとおりであつたとしても被告人Aの日本本土旅行
或は琉球政府職員の歓送迎会、病院職員の忘年会等を「徴収金」を支出充当してま
でしなければならなかつた事情にあるとは到底認められないところであるから所論
の期待可能性がない旨の理論も本件の場合適切ではない。また被告人三名の共謀に
ついての認識は原判決に示した証拠により容易に認められる。また被告人A名義の
趣意書末段の奄美大島が原判示犯罪時外国であつたことを前提とする論旨について
は後段爾余の被告人の同論旨に関する説示を引用する。原判決には所論の点につい
て事実の誤認も法令適用の誤もないから、論旨は採用することはできない。
被告人B、同C連名作成名義の趣意書の論旨について。
第一、 一、二、三の各論旨については前段説明のとおりであるから引用する。
四については所論のように琉球政府において徴収金を自由に支出として流用するこ
とを許容していた旨の論旨に添う証拠は記録上見当らない。
第二、 論旨が明でないため判断しない。
第三、 前説示を引用する。
第四、 しかしながら奄美大島、沖縄等の南西諸島が終戦前において日本国の領
土であつたことはいうまでもなくその後連合国軍の占領下にあつた当時においてわ
が国の政治上又は行政上の権力の行使が右地域において停止せられていたとしても
ポツタム宣言、降伏文書によるもわが国がこれらの地域に対する領土権を喪失した
ことを認めしむる根拠はなくその後「日本国との平和条約」の成立により連合国軍
の占領は終了したけれども同条約第二条第三条によつてもわが国が同地域に対する
領土権を直に放棄したものとは認められないし同条約第三条の合衆国を唯一の施政
権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の提案もな
くわが国において同地域に対する領土権を喪失ないし放棄した事実の認められない
原判示犯罪当時においては同地は依然として日本国の領土であつたものといわなけ
ればならない。従つて原判示犯罪当時奄美大島が外国であつたことを前提とする所
論はその前提において誤があるから爾余の論旨についての判断を為すまでもなく理
由がない。
小八重弁護人の論旨第一について。
被告人等の本件所為が「日本国との平和条約」の発効後で昭和二八年一二月二五
日奄美大島がわが国に復帰する前のことであり且つ当時被告人等が奄美大島に居住
していたものであること及び同期間中合衆国は同諸島の領域及び住民に対して行
政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有していたものである
<要旨>ことはいずれも所論のとおりである。しかしながらわが国が同地域に対して
領土権を喪失ないし放棄したもの</要旨>でないことは前説明のとおりであり本来領
土権はその領土内において、司法、行政、立法上の諸権利を行使する権限を有する
ことは当然であつて特別の事情がない限りその行使を制限せられる理由はないので
ある。従つて「日本国との平和条約」第三条による合衆国の行政立法司法上の権利
の行使は同地域に対する日本国法の前記領土権の行使を制限していたに過ぎずその
間潜在的には日本国法は同地域においてもその効力を保有していたものといわなけ
ればならない。従つて同地域に対する合衆国の行政立法司法上の諸権利が失効し同
地域においてこれを適用することができない以上潜在していた日本国法はその効力
を発現し当時日本人であつた在住民の行為に適用せられるものといわなければなら
ない。所論の条約第三三号第六条の規定は琉球政府下の裁判所による確定判決の執
行と繋属事件に対する引継手続上のことを規定したに止まり日本国法の遡及効を認
めたものとは解せられないので本件との関連においては適切ではない。従つて原判
決が被告人等の原判示の所為に対して各摘示の刑法の規定を適用処断したことは相
当であり原判決には所論のような法律の解釈適用を誤つた違法はないから、論旨は
理由がない。
同第二について。
しかしながら被告人等の不正領得の犯意は徴収金はこれを納入金として処理すべ
きであり被告人等において擅にこれを他の目的のために流用処分する権限を有しな
いことを認識しながら敢てこれを流用支出した事実があれば足ると解せられ原判決
に示した証拠により被告人等において前同認識の存したことは認め得られるから被
告人等に原判示犯罪当時不正領得の犯意がなかつたとの所論は当らない。
論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し
同法第一八一条第一項本文により当審の訴訟費用は主文第二項のとおり被告人等に
負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下辰夫 裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治)