福岡高等裁判所宮崎支部 平成11年(行コ)5号 判決 2001年10月30日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人の平成10年1月23日付け山川病院の保険医療機関指定申請に対して鹿児島県知事が同年3月30日付けでした拒否処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
本件は,病院の開設者である控訴人が鹿児島県知事に対し保険医療機関の指定の申請をしたところ,同知事は平成10年3月30日付けでこれを拒否する処分をしたが(以下「本件処分」という。),同処分には違法な点があるとして,控訴人が,同知事の権限を承継した被控訴人に対し,同処分の取消しを求めている事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
1 当事者
(一) 控訴人は,鹿児島県揖宿郡αに所在する山川病院(以下「本件病院」という。)の開設者である。
(二) 鹿児島県知事は,健康保険法(平成11年法律87号による改正前のもの)及びこれに基づく政令の定めるところにより,保険医療機関の指定の事務を行っていた行政庁である。
(三) 被控訴人は,平成11年法律87号により改正された健康保険法及びこれに基づく政令の各施行により,保険医療機関の指定の事務の権限を委任された行政庁である。
2 処分までの経緯
(一) 控訴人は,鹿児島県揖宿郡αに山川クリニックを開設していたが,同地において病院の開設を企図し,平成9年9月4日,鹿児島県知事に対し,医療法7条1項により,診療科目を内科,外科,脳神経外科,耳鼻咽喉科,リハビリテーション科とする50室104床の本件病院の開設許可申請をした(甲3)。
(二) 鹿児島県知事は,平成9年12月1日付けで,同病院開設について,「当該病院の開設を計画している指宿保健医療圏は病床過剰地域であって,特に同病院開設の必要を認めない。」との理由を付して,医療法30条の7の規定により,「病院開設を中止すること」という勧告(以下「本件勧告」という。)をした(甲4)。
しかし,控訴人は,同年12月3日,本件勧告に従えない旨鹿児島県知事に通知し(甲5),鹿児島県知事は,同年12月25日,医療法7条3項により,本件病院の開設許可をした(甲6)。
さらに,控訴人は,平成10年1月12日鹿児島県知事に対し,医療法27条により,病院の使用許可申請をし(甲9),鹿児島県知事は同月22日付けでこれを許可した(甲10)。
3 本件処分
(一) 控訴人は,平成10年1月23日,健康保険法(平成10年法律109号による改正前のもの。以下特にことわらない限り同じ。)43条の3第1項により,鹿児島県知事に対し,本件病院の保険医療機関指定申請をした(甲1)。
(二) 鹿児島県知事は,同年1月27日,健康保険法43条の15により,控訴人に対し,弁明の機会を設定する旨の弁明通知書(甲11)を発し,同年2月12日,弁明の期日が開かれた。
そして,鹿児島県知事は,同年2月23日,鹿児島県地方社会保険医療協議会に対し,本件病院の保険医療機関の指定拒否について諮問し(乙5),鹿児島県地方社会保険医療協議会は,同年3月20日,鹿児島県知事に対し,本件病院の保険医療機関の指定拒否について諮問のとおり議決した旨答申した(乙4)。
(三) 鹿児島県知事は,平成10年3月30日,健康保険法43条ノ3第2項により,控訴人の鹿児島県知事に対する上記の保険医療機関指定の申請に対する拒否処分(本件処分)をし(甲2),同処分の通知は,同年4月2日,控訴人に到達した。
(四) 本件処分の理由は次のとおり記載されている。
「1 本件指定申請については,平成9年12月1日付け医保第753号による県知事の開設中止勧告を同月3日に拒否し,平成9年12月25日付け指令医保第1号の11により病院の開設許可を取得した上で,保険医療機関の指定申請が行われている。
2 当該病院については,開設を計画している指宿保健医療圏は病床過剰地域であって,特に同病院開設の必要性を認めないとして,県知事による開設中止勧告が行われたものであり,昭和62年9月21日付け保発第69号による厚生省保険局長通知及び健康保険法第43条ノ4第1項の規定に基づく保険医療機関及び保険医療養担当規則第11条第3項の規定の趣旨に照らして,同法第43条第2項の指定拒否要件として規定されている「其ノ他保険医療機関若ハ保険薬局トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものである。」
二 争点及びこれについての当事者の主張
1 本件病院は,健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノ」に該当するか。
(一) 被控訴人
(1) 本件病院は,本件勧告に反して開設されたものであって,健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノ」に該当する。
同条項の解釈基準として,昭和62年9月21日付けの「医療計画公示後における病院開設等の取扱いについて」と題する各都道府県知事宛ての厚生省保険局長通知(保発69号。以下「62年通知」という。)は,地域医療計画に定める必要病床数を超える場合であって,医療法30条の7の勧告に従わないで病院の開設をし,保険医療機関の指定申請をしたものは,健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するとしている。
(2) さらに,健康保険法43条ノ4第1項の委任に基づく保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下「療養担当規則」という。)11条3項においては,「病院である保険医療機関は,病床数の増加又は病床の種別の変更に関して,医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けたときは,当該勧告の内容に沿って,患者を入院させなければならない。」と規定しており,この規定は,「既に保険医療機関の指定を受けている病院にあっても,医療法30条の7の勧告に従わずに増床が行われた場合は,(地域医療計画に定める必要病床数を超える病床については)契約の対象としないという基本的な考え方に基づき,当該増床部分は保険給付の対象としない」(62年通知の1(3))という趣旨であり,療養担当規則に違反した場合は,健康保険法43条ノ12第2号により,都道府県知事は保険医療機関の指定を取り消すことができるのであって,かかる趣旨に照らしても,都道府県知事の勧告を拒否して新たに病院の開設を行う場合についても健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当」な場合に該当するものと解される。
(3) 健康保険法は,保険者が被保険者のために保険給付をすることを目的とし(1条),健康保険制度の在り方として,医療保険の運営の効率化及び医療費の適正化を図り実施すべきことを定めている(1条の2)。
同法43条の3第1項の定める指定の法的性質については,一般に国の機関としての都道府県知事が被保険者のために保険者を代表して医療機関との間で締結する公法上の双務的付従的契約であると解されるところ,この契約については,健康保険法43条の3第2項に規定されている要件に該当する場合には締結を拒むことができる。そして,同項に規定されている保険医療機関の指定を拒否できる場合とは,いずれも医療保険の運営の効率化や医療費の適正化(以下「医療費の適正化等」ともいう。)を図る観点から,契約を締結する保険医療機関として著しく不適当と認められる場合であるから,同項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」の要件に該当するかどうかは,同様に,医療費の適正化等を図る観点から契約を締結する保険医療機関として著しく不適当と認められるかどうかにより判断されるべきである。
(4) 都道府県知事は,医療資源を効率的に活用する観点から,必要病床数等を定めた医療計画を作成し(医療法30条の3),既存病床数が必要病床数を超える地域(病院の開設等によって超えることとなる地域を含む。)においては,医療計画の達成を推進するため,当該地域における病院の開設等の計画内容の変更又は中止を勧告することができる(同法30条の7)。
そして,医療の分野においては,供給が需要を生むことが指摘されており,実際に人口当たり病床数と1人当たり入院医療費との間には強い相関関係が認められている(乙2)ところ,都道府県知事が開設中止等の勧告を行った医療機関を新たに保険医療機関として指定すると,不必要又は過剰であると認められた病床によって本来必要とは言い難い過剰な医療費が発生することになる。したがって,勧告に反して開設又は増床された医療機関は,医療保険の運営の効率化や医療費の適正化を図る観点から契約を締結する保険医療機関として著しく不適当と判断されるべきものであり,62年通知による健康保険法43条の3第2項の解釈は合理的なものである。
(5) なお,医療計画は,昭和60年の法改正により医療法に規定が設けられたものであるが,その改正審議の際,厚生省保険局長は,同法30条の7の勧告に従わない医療機関は健康保険法43条の3第2項所定の保険医療機関として著しく不適当なものに該当し,これについては保険医療機関の指定を拒否できる旨の答弁をしており,このような経過で医療法改正が行われた以上,健康保険法43条の3第2項の解釈も改正されたものというべきである。
(二) 控訴人
(1) 健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」の要件該当性の判断については判断の余地,裁量権があるとしても,同項が確定要件をもって指定拒否の要件としているものは,「保険医療機関ノ指定ヲ取消サレ2年ヲ経過セザルモノナルトキ」,「保険給付ニ関シ診療ノ内容の適切ヲ欠ク虞アリトシテ重テ第四十三条ノ七第一項ノ規定ニ依ル指導ヲ受ケタモノナルトキ」の2つであり,これらはいずれも非違行為であり,これらの確定要件と「其ノ他」として並列され,同じ評価に値する「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」の要件について,非拘束的計画である医療計画で定めた病床規制の実効性を担保するために行われる単なる行政指導に過ぎない医療法30条の7の知事の勧告(本件勧告)に従わない場合を含むと解することはできない。
そもそも,医療計画が医療費や医療保険給付の抑制あるいは医療保険の健全な財政運営を目的にしたものではないことは,医療法の条文から明らかであるし,医療計画の導入をめぐる医療法改正の審議の経過からも明らかである。
国民健康保健法等の一部改正法(平成10年法律109号)により,医療法による勧告に従わない場合に保険医療機関の病床の指定拒否ができることが健康保険法43条の3第4項に新たに法定されたが,同条3項(従前の同条2項)の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」の解釈基準について定めた通知(平成10年7月27日付け都道府県知事宛厚生省老人保険福祉局長・同省保険局長通知第14)に規定された同要件の例示と対比しても,被控訴人の前記解釈が誤りであることがわかる。
(2) 厚生省は,62年通知によって,医療法30条の7の勧告に従わないで病院の開設をし,保険医療機関の指定申請をしたものは,健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するとの解釈基準を定めたのであるから,62年通知以後に改正された健康保険法1条の2(平成9年法律94号により全部改正)の規定を前記解釈の根拠とすることはできない。また,健康保険法1条の2は,健康保険制度の運用の方針を定めたものであり,同法の目的規定ではないから,同法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」の解釈指針にはならない。
(3) 療養担当規則11条3項は,保険医療機関の指定を受けた病院等の責務を規定した訓示規定であり,保険医療機関の指定を受ける際の規定ではないから,本件処分の適法性の根拠たりえない。同項は,医療法30条の7の規定による勧告が行政指導であることを前提として行政指導の内容に沿って患者を入院させるよう訓示した規定であり,病床数の増加又は病床の種別の変更に関して同勧告を受けたとしても保険医療機関として指定されることを前提としており,同項の趣旨についての62年通知の1(3)の解釈自体が誤りである。
(4) 仮に,病床規制が行えるとしても,医療圏内における各病院の設備,診療科目,地域性等を考慮して,地域住民の健康を損なわないことが考慮されるべきで,本件病院の所在地であるβには病院がなく,脳血管疾患や心疾患に対応する医療機関が不足し,しかも指宿医療圏内全体でみても多数の患者が,他の医療圏である鹿児島市まで搬送されているので,病院による診療は地域住民の生命身体の安全及び健康にとって不可欠である。
(5) 国民皆保険制度をとる我が国では,病院の開設が認められたからといって,特定の例外を除いて保険医療機関の指定がなければ,営業が成り立たないことは公知の事実であるから,保険医療機関の指定拒否は,憲法22条で保障された営業の自由及び医療法7条で保障された病院開設の自由を侵害する。
(6) なお,仮に保険医療機関の指定の性質を契約と解するとしても,本件処分の適法性を根拠づける論理的関連性はない。
2 本件処分は行政手続法32条2項に違反したものか。
(一) 被控訴人
本件処分は,健康保険法43条の3第2項に基づいて行ったものであり,単に行政指導に従わなかったことを理由として行ったものではないから,行政手続法32条2項に抵触することはない。
(二) 控訴人
医療法30条の7の規定による都道府県知事の中止勧告(本件勧告)の法的性質は行政指導であるところ,鹿児島県知事は,控訴人がこの中止勧告に従わなかったことを理由に,本件処分を行って控訴人に対し不利益な取扱いをしたものであり,行政手続法32条2項に違反する。
3 本件処分は,行政手続法8条に従って処分の理由を提示したものといえるか。
(一) 被控訴人
行政処分の理由付記の程度については,いかなる事実関係に基づき,いかなる法規を適用して拒否されたのかを,申請者が,その記載自体から了知しうるものでなければならないと解されているところ,本件処分の理由付記は必要にして充分である。
(二) 控訴人
(1) 鹿児島県知事は,本件病院が健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するとして本件処分を行っているが,同項の前記規定はその意味内容が一義的に明白でない不確定概念であるから,合理的な裁量権を用いてこの内容を確定した上,本件処分に当たっては,本件病院について,その要件に該当する判断の根拠となる具体的な理由を示さなければならない。
しかし,鹿児島県知事は本件処分に当たって,本件病院が同要件に該当すると判断した理由を具体的に明示していないから,行政手続法8条に違反する。
(2) なお,鹿児島県知事は本件処分の理由として,62年通知及び療養担当規則11条3項の規定の趣旨を示しているが,62年通知は,単なる指導通達であり,医療法30条の7の勧告に従わないで病院の開設をし,保険医療機関の指定申請をしたものが,なぜ健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当すると判断されるべきなのかについての具体的な説明もなく,また,療養担当規則11条3項の規定は訓示規定にすぎないから,62年通知及び同規則によって,本件処分の理由を示したことにはならない。
4 地方社会保険医療協議会の答申手続に瑕疵がなかったか。
(一) 被控訴人
(1) 健康保険法において,都道府県知事は,保険医療機関の指定について,地方社会保険医療協議会に「諮問」することと規定されており(同法43条の14第2項),社会保険医療協議会法1条2項は,地方社会保険医療協議会は,保険医療機関の指定について,都道府県知事の諮問に応じて審議し,及び文書をもって「答申する」と規定し,健康保険法43条の3第3項に係る議決について個別の規定を設けず,全ての諮問に対して答申するという形式を採っているから,同項の保険医療機関の指定拒否処分についても,手続としては,地方社会保険医療協議会に対して諮問し,その答申を得ることになる。
そして,鹿児島県地方社会保険医療協議会は,鹿児島県知事の平成10年2月23日付け保第2359号による「山川病院の保険医療機関の指定申請については,健康保険法第43条の3第2項の規定に基づき指定拒否したいから,同法第43条の3第3項による意見を求めます。」との諮問(乙5)に対し,同年3月20日に「諮問どおり議決しましたので答申します。」(乙4)との結論を出し,鹿児島県知事は鹿児島県地方社会保険医療協議会の前記結論と全く同じ内容の本件処分を行ったものであり,答申手続上の違法はない。
(2) 鹿児島県地方社会保険医療協議会における審議の内容は本件処分の違法性に関係がない。また,本件処分の適法性は,本件病院の所在地が医療圏に定める必要病床数を越える地域内にあるか否か,控訴人が医療法30条の7の規定に基づく中止勧告に従わなかったか否か,また,医療法施行規則30条の32第1項の特定の病床等であったか否かを判断すれば結論が出るものである。したがって,同協議会の委員である鹿児島県医師会長の発言が議決に影響を与えたとは認められない。
(二) 控訴人
(1) 健康保険法43条の3第3項は,都道府県知事が保険医療機関の指定を拒否するには,地方社会保険医療協議会の「議ニ依ルコトヲ要ス」と規定している。
参与機関の議決を必要とする行政処分が参与機関の議決の答申を経てなされた場合おいて,当該参与機関の審理,議決,答申の過程に重大な法規違反があることなどにより,その答申自体に法が同参与機関に対する議決を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは,同行政処分は違法となる(最高裁第1小法廷昭和50年5月29日判決・民集29巻5号662頁参照)ところ,処分内容について参与機関で十分な審議がなされないことも,当該行政処分の違法事由となると解するべきである。
健康保険法43条の3第3項が,保険医療機関の指定拒否処分に当たって地方社会保険医療協議会の議に依ることとした趣旨は,保険医療機関の指定拒否処分が,当該指定申請者のみならず,当該病院を利用する患者の利益に重大な影響を及ぼすことから,地域の実情ことに住民の要望及び申請者の病院の診療科目等あらゆることを斟酌し,保険医療機関の指定をすることによる公益に対する影響と指定拒否をすることによる地域社会に及ぼす影響の全てを考慮して処分がなされることを期待している。また,地方社会保険医療協議会が,指定拒否の要件が認定できても,なお,当該医療機関の置かれている場所,周辺人口,周辺の医療機関診療科目等諸般の事情を考慮して医療機関の指定をする法効果裁量を働かせることをも期待している。
(2) しかしながら,鹿児島県知事は,本件処分をなすにあたって,鹿児島県地方社会保険医療協議会に対して諮問手続を行ったに過ぎず,本件処分は地方社会保険医療協議会の議決によっていないから,同項に違反する手続上の違法がある。
(3) 鹿児島県知事は,本件処分を行おうとするときは,地方社会保険医療協議会に付議すべき知事の諮問書に具体的に知事が弁明により把握した事実とその証拠,拒否処分を正当とする具体的事実関係を提示し,これについて地方社会保険医療協議会の委員が参与機関の設置の趣旨にふさわしい審議をして意見を形成し,その上で付議に係る保険医療機関の指定拒否を支持するのか否かの議決をして答申しなければならない。
しかしながら,鹿児島県地方社会保険医療協議会の審議においては,同協議会の委員である鹿児島県医師会長が,控訴人の経営する診療所について誤った認識を持ち,これを同協議会において主張することにより,保険医療機関の指定拒否を正当とする結論を誘導し,また既存医療機関の権益のみを考慮して審議会をまとめ,本来考慮してはならない点を考慮した点で,いずれも瑕疵があるから,この答申は違法である。また,鹿児島県知事及び鹿児島県社会保険医療協議会は,前述の効果裁量を働かせることを考慮していない点においても瑕疵がある。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件病院が健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノ」に当たるか。)について
1 本件処分の根拠事実について
証拠(乙8の2)によれば,控訴人が本件病院の開設を計画している指宿保健医療圏は,医療法30条2項3号による病院の病床数は813床と定められ(平成9年10月1日告示),本件処分当時の既存病床数は1143床であり,330床の病床過剰地域(過剰病床率140.59パーセント)であったことが認められる。
上記事実に基づく本件勧告及び本件処分の経緯は第二の一2,3のとおりである。
2 まず本件処分の適否を論ずる前に,その前提となっている医療法に基づく医療計画及び同法30条の7に所定の勧告の各法的性格について検討しておく。
(一) 医療計画創設の趣旨
医療計画及び同法30条の7に所定の勧告に係る規定は,昭和60年法律第102号により追加された規定であるが,その創設の趣旨は,以下のとおりである(甲75,76,乙14)。
我が国の医療供給体制は,戦後着実に整備が図られてきた結果,病院病床数,医師数等欧米諸国と比較して遜色ないところまで到達した。しかし,トータルとしては量的に相当の水準に達しているものの,地域的な偏在が極めて大きいこと,医療施設相互の機能分担及び連係の問題を始めとする医療供給体制のシステム化が図られておらず,全体として非効率な面が指摘されていた。そのため,医療計画の制度が創設され,無秩序な病床の増加のコントロールによる医療資源の地域的偏在の是正と医療関係施設間の機能連係の確保を図ることとした。
(二) 医療計画の内容
(1) 医療計画すなわち医療を提供する体制の確保に関する計画については,医療法2章の2にこれに関する条項が置かれているが,都道府県は,当該都道府県における医療計画を定めるものとされ(同法30条の3第1項),その必要的記載事項として,医療計画の単位となる区域の設定(以下「医療圏」ともいう。),その必要病床数を定め,任意的記載事項として,地域医療支援病院の目標,医療提供施設の設備,器械又は器具の共同利用等,救急医療の確保,へき地医療の確保,医療従事者の確保等を定めるものとされている(同第2項各号,第3項)。医療圏の設定及び必要病床数に関する標準は厚生省令で定める(同第4項)。医療計画を作成するに当たっては,診療又は調剤に関する学識経験者の団体の意見並びに都道府県医療審議会及び市町村の意見を聴取しなければならない(同第9,10項)。都道府県は医療計画を定め,又は変更したときは,これを厚生大臣に届出するとともに,その内容を告示する(同第11号)。
(2) 国及び地方公共団体は,医療計画の達成を推進するため,病院又は診療所の不足している医療圏における病院又は診療所の整備その他必要な措置を講ずるように努めるものとする(医療法30条の5)。
他方,都道府県知事は,都道府県ないし市町村又は共済組合等(同7条の2第1項)が病院(以下「公的診療機関」という。)を開設又は病床数の増加の許可申請をした場合において,その病床数が医療計画で定める医療圏の病床数にすでに達しているか,又は当該病院の開設等によってこれを超えることとなると認められるときは,都道府県医療審議会の意見を聴いて,その許可を与えないことができる(医療法7条の2)。
また,都道府県知事は,医療計画の達成の推進のため特に必要がある場合には,病院を開設又は病床を増設しようとする者に対し,都道府県医療審議会の意見を聴いて,病院の開設もしくは病床数の増加等に関し勧告することができる(医療法30条の7)。
(3) 公的診療機関の開設者以外の者(以下「私人」という。)に対する上記勧告は,病院の開設等をある方向に誘導することを内容とした行為であり,具体的には,私人に対し,その計画内容の変更(開設場所,病床数等の変更又は計画の中止)を勧めることを内容としている。
(三) 上記(一)(二)の医療計画創設の趣旨及び医療計画の内容に照らせば,医療計画は,医療資源の効率的活用を図るため,医療圏毎に必要病床数を定め,これより既存病床数が不足する医療圏においては,入院医療を確保するために医療機関の整備等の措置を講じることを目指した,医療資源の整備計画であるとともに,既存病床数が必要病床数を超える医療圏においては,無秩序な病床の増加をコントロ-ルするため,病床数を抑制し,病床数の適正規模を維持しようとする病床数の総量抑制のための計画(病床数抑制計画)と解される。ただし,その病床数抑制の効果については,公的診療機関は,開設又は病床数の増加が否定される(同法7条の2)のに対し,私人に対しては,知事が同法30条の7に基づき開設中止の勧告をする(ただし,同勧告は,都道府県医療審議会の意見を聴いてなされる。)にとどめ,私人がこれに従わないときにも,病院開設又は病床の増設の許可がなされる(同法7条4項)。同勧告が医療法上任意の協力を求める行政指導にとどまるのは,私人には病院開業の自由(職業選択の自由)があるためである。
また,上記趣旨及び医療計画に係る条項に照らすと,医療計画は医療資源の効率化を図ることを目的にしたもので,医療費の抑制あるいは医療保険の健全な財政運営を目的にしたものではないと解される。
3 医療計画上で病床数が過剰とされる医療圏において開設予定の病院は,健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当卜認ムルモノ」に当たるかについて検討する。
(一) 健康保険法の目的,健康保険制度の在り方について
(1) 健康保険法の目的は,保険者が被保険者及びその被扶養者に対し,業務外の事由による疾病,及び負傷若しくは死亡等につき,保険給付を行うことにある(同法1条)。したがって,健康保険制度は,被保険者及びその被扶養者に対して業務外の事由による疾病等に対する救済を目的とした,国民の生存権保障の1施策である。
そして,健康保険制度の在り方については,「コレガ医療保険制度ノ基本ヲナスモノデアルコトニ鑑ミ高齢化ノ進展,疾病構造ノ変化,社会経済情勢ノ変化等ニ対応シ其ノ他ノ医療保険制度並ニ此等ニ密接ニ関連スル制度ト併セテ其ノ在リ方ニ関シ常ニ検討ガ加エラレ其ノ結果ニ基キテ医療保険ノ運営ノ効率化,給付ノ内容及費用ノ負担ノ適正化並ニ国民ガ受クル医療ノ質ノ向上ヲ総合的ニ図リツツ実施サルべシ(同法1条の2)」と規定され,健康保険の運営の効率化や医療費の適正化が健康保険制度の在り方として考慮(実施)されなければならないとされている。
(2) 健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノ」の不確定要件の解釈にあたっては,上記健康保険の目的(1条)及び在り方(1条の2)を踏まえなければならないことは,同条が同法の総則規定であることからも明らかである。そうすると,上記「保険医療機関トシテ著シク不適当卜認ムルモノ」の判断にあたっては,健康保険法1条の2の趣旨に従い,健康保険の運営の効率化,医療費の適正化及び医療の質の向上の観点から総合的に考慮するのが相当である。
控訴人は,健康保険法43条の3第2項で拒否要件としている,①「保険医療機関ノ指定ヲ取消サレ2年ヲ経過セザルモノナルトキ」,②「保険給付ニ関シ診療ノ内容ノ適切ヲ欠ク虞アリトシテ重テ第43条ノ7第1項ノ規定ニ依ル指導ヲ受ケタモノナルトキ」という非違行為に限定して,上記「保険医療機関トシテ著シク不適当」と認めるかを判断すべきであると主張するが,右主張は,国民の生存権を保障した1施策である健康保険の在り方を示した健康保険法1条及び1条の2の趣旨に沿わないので採用できない。
(3) また,控訴人は,健康保険法1条の2の規定は平成4年法律7号により追加され,平成9年6月法律第92号により全部改正されたので,62年通知よりも後に制定された右法条を持出すことは許されない旨主張するが,平成10年3月30日になされた本件処分は,平成9年6月法律第92号による改正後になされているので,本件処分の当否を判断するに当たっては,同法条を考慮しなければならないものである。
(二) 医療計画上で病床数が過剰とされる医療圏において開設予定の病院について,まず健康保険の運営の効率化や医療費の適正化(医療費の適正化等)を図る観点から検討する。
(1) 医療計画に定める必要病床数を超過する医療圏において,病院の開設により新たに病床数が増える場合,医療供給体制の効率的活用の観点から,この新たに増加する病床は不必要ないし過剰なものとなる。
ところで,医療の分野は通常の市場と異なり,政府が保険診療費用を決定し,自由な価格設定を許さないため,需給調整のメカニズムを有しておらず,供給が需要を生む傾向があり,人口当たりの病床数と1人当たりの入院費は強い相関関係がある(乙2,17)。
そのため,旧厚生省も,増大する医療費を抑制するための主たる対応策(処方せん)として,医療供給体制の効率化を推進することとし,その推進が医療費の適正化にも資するとして医療計画の創設をしてきた経緯がある(甲76ないし78,乙2l,22)。
そうすると,医療供給体制の効率的活用の観点から,不必要ないし過剰な病床を増加しようとする病院が保険医療機関に登録されれば,健康保険財政上,不必要ないし過剰な入院医療費を生じることになると認められる。なお,保険医療機関の競争(新規参入)が入院費の低下をもたらすのであれば,医療費の適正化の見地からは,必要病床数を超過する医療圏において開設される病院に対し保険医療機関の指定を拒むことはできないことになる。
(2) この点につき,控訴人は,「過剰病床率」と「1人当たりの医療費」との関係,また「過剰病床率」と「人口10万人当たりの推計入院患者数」との関係はいずれも希薄であるから,供給が需要を生むとは認められない旨主張する。
証拠(甲55ないし57)に基づき作成した別表1(過剰病床率が少ない順に並べたもの。),別表2(1人当たり医療費額が少ない順に並べたもの。)及び別表3(人口10万人当たりの推計入院患者数(以下単に「入院患者数」という。)が少ない順に並べたもの。)によると,過剰病床地域であるが1人当たりの医療費が中位より上にある府県(千葉県,神奈川県,沖縄県,愛知県,福島県,岩手県,京都府)がある一方,逆に非過剰病床地域であるにもかかわらず1人当たりの医療費が高額県(島根県,広島県,香川県,愛媛県,大分県)があること,また,過剰病床地域であるが入院患者数が中位より少ない県(千葉県,神奈川県,愛知県,大阪府,青森県,京都府)がある一方,逆に非過剰病床地域であるにもかかわらず入院患者数が中位より下位にある県(広島県,福井県,島根県,愛媛県,香川県,大分県)があることが認められる。
しかしながら,上記(1)のとおり,人口当たりの病床数と1人当たりの入院費は強い相関関係があるというのであって,病床数と1人当たり医療費額を問題としているものではないから,上記(1)の認定を覆すものではない。
仮にその点をおくとしても,別表4によれば,ほとんどの過剰病床道府県では1人当たりの医療費,入院患者数のいずれにおいても全国平均を上回っている(過剰病床の24道府県のうち,1人当たりの医療費が全国平均を下回るのは5県,入院患者数が全国平均を下回るのは8府県に過ぎないこと,過剰病床地域と非過剰病床地域を全体として比較すると,1人当たりの医療費は,非過剰病床地域が22万2000円であるのに対し過剰病床地域は25万2900円と約3万円高いこと,入院患者数も人口10万人当たりで非過剰病床地域が1059人であるのに対し,過剰病床地域が1405人と346人も多いことが認められる。
上記事実によれば,医療の分野は通常の市場と異なり,供給が需要を生む傾向があるといわざるをえない。
(3) 本件病院は,開設を予定している指宿保健医療圏が病床過剰地域であって,特に同病院の開設の必要性を認めないとして,医療供給体制の効率的活用の観点から,県知事による開設中止勧告が行われたものであるが,上記(1)のとおり,医療計画上過剰ないし不必要な病床を増加させることは,健康保険財政上過剰ないし不必要な入院医療費を生じることになるので,医療費の適正化等を図る観点から,同条項の「保険医療機関トシテ著シク不適当卜認ムルモノ」に当たると解するのが相当である。
上記解釈は,健康保険法43条ノ4第1項の委任に基づく療養担当規則11条3項において,「病院である保険医療機関は,病床数の増加又は病床の種別の変更に関して,医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けたときは,当該勧告の内容に沿って,患者を入院させなければならない。」と規定しており,この規定は,「既に保険医療機関の指定を受けている病院にあっても,医療法30条の7の勧告に従わずに増床が行われた場合は(地域医療計画に定める必要病床数を超える病床については)当該増床部分は保険給付の対象としない」という趣旨にも沿うものである。なお,62年通知は行政解釈であって,法令上の根拠とはなりえない。
(三) (1) 次に国民が受ける医療の質の向上の観点から上記判断によれない特別の事情があるかについて検討するに,控訴人は,病床規制が行えるとしても,医療圏内における各病院の設備,診療科目,地域性等を考慮して,地域住民の健康を損なわないことが考慮されるべきで,本件病院の所在地であるβには病院がなく,脳血管疾患や心疾患に対応する医療機関が不足し,しかも指宿医療圏内全体でみても多数の患者が,他の医療圏である鹿児島市まで搬送されているので,病院による診療は地域住民の生命身体の安全及び健康にとって不可欠である旨主張する。
前記第二の一2(1)の事実及び証拠(甲60,66)によれば,本件病院の所在地であるβには病院がないこと,本件病院は診療科目を内科,外科,脳神経外科,耳鼻咽喉科,リハビリテーション科とする50室104床であるが,同医療圏内において脳神経外科を標榜する医療機関はないこと,平成8年度の同医療圏内の救急業務出動は約2200人で,その搬送先の大半は同医療圏内への搬送であるが,約20パーセントが鹿児島市への搬送となっている(特に鹿児島市に隣接するγは70パーセント近くが鹿児島市へ搬送されている。)こと,鹿児島県においても,第二次救急医療体制の整備として,一般疾病に係る病院群輪番制の普及・定着を促進することが施策の方向とされていることが認められる。
(2) しかしながら,国民が受ける医療の質の向上の観点からは,医療計画において必要病床数が確保されていない医療過疎地域(別表1ないし4参照)における医療の質の向上が限られた保険財源の中で重視されるべきであるし,また,入院医療を確保するため,自然的条件及び社会的条件を考慮して定められる医療圏を単位にして病床数を定めていることからすると,市町村単位で病院(病床数)の過不足を論ずることは必ずしも適当でない。さらに,病床過剰地域にあっても,整備の必要が認められる特定の病床については,本件処分当時,医療法施行規則30条の32第1項に規定するとおり,専らがんその他の悪性新生物,小児疾患若しくは周産期又は循環器疾患に関し診断及び治療,調査研究並びに医療関係者の研修を行う病院並びにこれに準ずる機能及び性格を有する病院の病床,専らリハビリテーションに関し,診断及び治療,調査研究並びに医療関係者の研修を行う病院並びにこれに準ずる機能及び性格を有する病院の病床など9種類があったが,本件病院はこのいずれにも該当しない(弁論の全趣旨)。上記の国民全体が受ける医療の質を等しく向上させる必要性及び多様かつ高度な医療の質の向上が求められる分野があるなかにあっては,本件病院の標榜する脳神経外科による診療が救急医療に一定の寄与をするなど,地域住民の生命身体の安全及び健康にとって有益であるとしても,医療費の適正化等を図る観点から健康保険法43条の3第2項の「保険医療機関トシテ著シク不適当ト認ムルモノ」に当たるとした判断によれない特別な事情があるとは解されない。
(四) 控訴人の主張に対する反論
控訴人は,国民皆保険制度をとる我が国では,病院の開設が認められたからといって,特定の例外を除いて保険医療機関の指定がなければ,営業が成り立たないことは公知の事実であるから,保険医療機関の指定拒否は,憲法22条で保障された営業の自由及び医療法7条で保障された病院開設の自由を侵害する旨主張する。
しかし,憲法22条の営業の自由は,病院の開設を自由に行える(医療法7条)ことで保障されているところ,健康保険制度は憲法25条が定める国民の生存権を保障するための1施策であり,医療機関の経営を保障する制度ではないことに照らすと,憲法22条の営業の自由は,病院開設者に対し保険診療をできる地位まで保障しているものではないと解するのが相当である。確かに,我が国においては,国民皆保険となり,美容整形,漢方医学等を除き,保険医療機関の指定のない病院はその経営が成り立たないのは公知の事実といえる。そこで,国民皆保険制度のもとで保険医療機関の指定を受ける地位は営業の自由に準じて保障すべきであると解されるにしても,前記のとおり,限られた保険財源で運営する健康保険制度において医療費の適正化等を図る観点から,医療計画の達成に過剰ないし不必要な医療機関に対し,保険診療を担当させることが「著しく不適当」としてその指定を拒否することは合理的でやむを得ない制約というべきである。
よって,控訴人の同主張は採用できない。
二 争点2(本件処分は行政手続法32条2項に違反したものか。)について
医療法30条の7の規定による都道府県知事の中止勧告(本件勧告)の法的性質は行政指導であるが,本件処分は健康保険法43条の3第2項に基づいて行ったものであり,単に行政指導に従わなかったことを理由として行ったものではないから,行政手続法32条2項に違反しない。
三 争点3(本件処分は行政手続法8条に従って処分の理由を提示したものといえるか。)について
1 行政処分の理由提示の程度について
行政手続法8条による行政処分の理由の提示の程度については,行政処分の公正を担保して行政庁の恣意を抑制するとともに相手方に不服申立ての便宜を与えるため,いかなる事実関係に基づき,いかなる法規を適用して行政処分がされたのかを,申請者がその記載自体から了知しうるものでなければならないと解される(最高裁判所昭和60年1月22日第3小法廷判決・民集39巻1号1頁参照)。
2 本件処分の理由提示について
本件処分の理由の提示は,前記第二の一3(四)のとおり,本件病院が開設を計画している指宿保健医療圏は病床過剰地域であって,特に本件病院開設の必要性を認めないとして,県知事による開設中止勧告が行われたが,これを拒否して病院の開設許可を取得した上で,保険医療機関の指定申請が行われているとの事実関係に基づき,健康保険法第43条の3第2項の指定拒否要件として規定されている「其ノ他保険医療機関若ハ保険薬局トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」を適用したことが明記されているので,控訴人がその記載自体から本件処分の理由を了知しうると認められる。
よって,本件処分は行政手続法8条に違反しない。
四 争点4(地方社会保険医療協議会の答申手続に瑕疵がなかったか。)について
1 地方社会保険医療協議会の答申手続の瑕疵と本件処分の違法性との関係について
健康保険法43条の14第2項は,都道府県知事は,保険医療機関の指定について,地方社会保険医療協議会に「諮問」することと規定されているが,他方,同条の3第3項は,都道府県知事が保険医療機関の指定を拒否するには,地方社会保険医療協議会の「議ニ依ルコトヲ要ス」と規定し,諮問と異なり,都道府県知事はその議決に従わなければならない。したがって,同協議会は同条の14第2項の「諮問」の文言にかかわらず実質的には参与機関であると解される。
参与機関の議決を必要とする行政処分が参与機関の議決の答申を経てなされた場合おいて,当該参与機関の審理,答申(決定)の過程に重大な法規違反があることなどにより,その答申自体に法が同参与機関に対する議決を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは,同行政処分は違法となると解される(最高裁第1小法廷昭和50年5月29日判決・民集29巻5号662頁参照)。
2 答申手続の瑕疵の有無について
(一) ところで,鹿児島県地方社会保険医療協議会は,鹿児島県知事の平成10年2月23日付け保第2359号による「山川病院の保険医療機関の指定申請については,健康保険法第43条の3第2項の規定に基づき指定拒否したいから,同法第43条の3第3項による意見を求めます。」との諮問をした(乙5)。同協議会は,社会保険医療協議会法3条に従い,保険者・被保険者・事業主・船舶所有者の代表者合計8名,医師・歯科医師・薬剤師の代表者合計8名,公益の代表者4名で構成された。同協議会委員は,十分な審議を可能とするため,事前に被控訴人側からの上記指定拒否に係る資料並びに控訴人側の弁明期日の弁明聴取録及び同期日に提出された証拠書類の交付を受けて,同年2月24日と同年3月18日の2期日にわたり,被控訴人係官の説明も受けながら,保険医療機関の指定拒否の根拠(本件病院の所在地が医療圏に定める必要病床数を越える地域内にあり,控訴人が医療法30条の7の規定に基づく中止勧告を受け,これに従わなかった事実)を中心に控訴人の弁明内容(地域の実情ことに住民の要望及び申請者の病院の診療科目等)等を審議した(乙10ないし13)。そして,同日出席者15名の全員一致で,諮問どおり議決し(乙13),同月20日鹿児島県知事に対し,その旨文書で答申した(乙4)。鹿児島県知事は鹿児島県地方社会保険医療協議会の前記結論と全く同じ内容の本件処分を行ったものである。
(二) 上記事実によれば,鹿児島県知事は,本件処分について,健康保険法43条の14第2項に基づき諮問を行い,本件処分を相当とする答申(同法43条の3第3項の議決と解される。)を得た上,同議決と同旨の本件処分を行ったものであるから,同項に違反する手続上の違法があるとはいえない。
3 審議の瑕疵の有無について
(一) 上記2(一)の事実によれば,鹿児島県地方社会保険医療協議会は,本件処分の根拠事実及び控訴人の弁明事項についても審議をしているから,審議に上記1のような重大な瑕疵があるとは到底解されない。
(二) また,控訴人は,鹿児島県地方社会保険医療協議会の審議においては,同協議会の委員である鹿児島県医師会長が,控訴人の経営する診療所について誤った認識を持ち,これを同協議会において主張することにより,保険医療機関の指定拒否を正当とする結論を誘導し,また既存医療機関の権益のみを考慮して審議会をまとめ,本来考慮してはならない点を考慮した答申であるから違法であると主張する。
しかしながら,本件処分の適法性は,本件病院の所在地が医療圏に定める必要病床数を越える地域内にあるか否か,控訴人が医療法30条の7の規定に基づく中止勧告を受け,これに従わなかったか否か,また,医療法施行規則30条の32第1項の特定の病床等であったか否か,控訴人の弁明内容を判断すれば結論が出るものである。そして,鹿児島県地方社会保険医療協議会は前記1のとおり三者の代表20名によって構成され,その合議に基いて答申内容が出席委員の全員一致で議決されたが,その審議録(乙11,13)に照らし,同協議会の委員である鹿児島県医師会長の発言が(仮に虚偽の内容を含むとしても)議決に重大な影響を与えたとは認められない。したがって,その審議自体に上記1のような重大な瑕疵があると解することはできない。
五 よって,控訴人の本件請求を棄却した原判決は結論において相当であるから,本件控訴を失当として棄却することとする。
(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 黒津英明 裁判官 岡田健)