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福岡高等裁判所宮崎支部 平成13年(行ケ)1号 判決 2001年4月11日

主文

1  平成13年(行ケ)第1号事件原告ら及び同第2号事件原告らの請求をいずれも棄却する。

2  参加人らの独立当事者参加の申出をいずれも却下する。

3  訴訟費用は、被告について生じた分は平成13年(行ケ)第1号事件原告ら及び同第2号事件原告らの負担とし、同第1号事件原告らに生じた分は同原告らの、同第2号事件原告らに生じた分は同原告らの、参加人らに生じた分は参加人らの各負担とする。

事実及び理由

第1  請求(平成13年(行ケ)第1号ないし第3号事件共通)

平成12年8月27日施行の鹿児島県大島郡伊仙町町議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)の効力に関する審査の申立てについて、被告が同年12月20日にした裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

第2  事案の概要

本件選挙では、不在者投票のうち97票が投票箱に入れられないという公職選挙法施行令(以下「施行令」という。)63条3項に違反する行為があり、しかも、最下位当選人(2名)と最高位落選人の得票数の差は20票であった。そのため、本件選挙の落選人らが選挙の効力につき異議の申出等をし、伊仙町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)は却下の決定をした(棄却の趣旨と解される。)が、これに対して審査の申立てがされ、被告は、上記の点を違法として本件選挙を無効とする裁決をした。そこで、当選人20名のうち19名が平成13年(行ケ)第1号事件原告ら及び同第2号事件原告ら(以下「1号事件原告ら」、「2号事件原告ら」といい、両者を併せて「原告ら」という。)として、いずれも同裁決の取消しを求めて本訴を提起し、上記97票の不在者投票者の一部である参加人らが独立当事者参加の申出をした。

1  争いのない事実等

(1)  原告らは、いずれも本件選挙の選挙人であり、かつ、候補者であった。

参加人らは、いずれも本件選挙の選挙人であり、かつ、不在者投票をした者である(乙29の1ないし3)。

(2)  本件選挙には、定数20名に対し別紙候補者氏名等一覧表記載の25名が立候補し、開票の結果は同表記載のとおりであるとして、原告ら19名を含む20名が当選人と決定された(乙30)。

(3)  本件選挙の投票日当日の8月27日午前10時55分、不在者投票合計184票(男子分87票、女子分97票)が第2投票所の投票管理者に送致され、うち男子分87票は投票箱に入れられたが、女子分97票(以下「本件97票」という。)は投票箱に入れられないまま、開票所で開票作業が進められ、翌28日午前1時35分ころ、当選人の決定に至った(乙30)。なお、本件97票とは別に同月27日午後4時30分に不在者投票2票が送致され、投票箱に入れられた。

選挙会終了後である同月28日午前2時35分ころ、第2投票所のゴミ袋の中から不在者投票用内封筒に入った状態の本件97票が発見された。後日、被告が警察に保管中の本件97票を借り受け検証したところ、本件97票の外封筒と内封筒はそれぞれ1通ずつビニール袋に袋詰めにされた状態で分離され、3通の内封筒が開封されていた(乙8、誰が何時内封筒3通を開封したものかは証拠上明らかでない。発見時の状態について、町選管書記長の供述(乙10の1)ではうち2通は開封済み、町選管作成の「決定書」(乙15の3)及び投票事務従事者當吉郎(乙18の3)の供述では未開封となっている。本件97票を押収した警察が内封筒3通だけを開封したとは容疑内容に照らし認めがたい。)。

(4)  落選人のうち寛文雄を除く4名が、平成12年8月29日、本件選挙の無効を主張して町選管に対し異議の申出をしたところ、町選管は、同年10月3日、これを却下する旨の決定をした(その理由は選挙の規定に違反する事実は認定できないというものであるから、棄却の趣旨と解される。)。同異議申出人らは、これを不服として、同月19日、被告に対し審査の申立てをし、被告は、本件97票が投票箱に入れられなかった点が選挙の規定に違反し、かつ、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとして本件選挙を無効とする裁決をした。

(5)  町選管は、平成13年3月5日、伊仙町町議会の臨時議会で本件97票の検証を求める議案が可決されたことを受けて、同日、その保存に係る本件97票の無効票につき内封筒を開披して開票し(ただし、開披した票は94票)、その結果が部外者(原告ら及びマスコミ関係者)に知れる状態で検証を実施した(以下「町選管の本件97票の開票」という。甲イ2、4の3、4の5の<1>から<9>)。

2  争点及び当事者の主張

(1)  独立当事者参加申出の適否について

(参加人らの主張)

参加人らは、いずれも、本件選挙の選挙人であり、本件97票の投票者であるが、本件選挙が無効になれば、その意思は町選管と裁判所により否定されることになるから、独立当事者参加を申し出る利益がある。

(被告の主張)

参加人らの独立当事者参加の申出に異議がある。

ア 本件訴訟への参加は行政事件訴訟法22条の参加によるべきで、独立当事者参加は許されない。

イ 参加人らは、民事訴訟法47条の「訴訟の結果によって権利が害される」者に当たらない。

ウ 参加人らは、出訴期間を遵守していない。

(2)  本件97票が投票箱に入れられなかったことに関し、公職選挙法(以下「法」という。)205条1項の選挙無効事由、すなわち選挙の規定に違反があり、かつ、選挙の結果に異動を及ぼす虞が存するか否かについて

ア 選挙の規定に違反するかについて

(被告の主張)

選挙の規定に違反があるとは、選挙の管理執行の手続に関する規定違反を意味するところ、本件97票が投票箱に入れられなかったことは施行令63条3項に違反する。

(原告らの主張)

本件97票が投票箱に入れられなかった施行令63条3項違反の事実は認める。

(2号事件原告らの主張)

一旦表明された住民の意思を地方議会に反映させる趣旨を貫徹するために法205条1項の「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙を無効にするほどに、選挙の基本理念としての自由公正が侵害されたままで選挙が行われた場合に限定して解釈適用されるべきであり、本件は同要件を満たさないというべきである。

イ 選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無について

(被告の主張)

選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合とは、当該違反がなければ、選挙の結果、すなわち候補者の当落に現実に生じたことと異なった結果の生じる可能性がある場合を意味し、異なった結果の発生が確実である必要はない。本件のように不在者投票が投票箱に入れられなかったことにより投票の効力が失われた場合は、当該票数を当選人の得票数と落選人の得票数との差と比較することにより判断すべきであり、これによれば、本件において選挙結果に異動を及ぼす虞の存することは明らかである。

また、本件97票について投票内容を点検すること(町選管の本件97票の開票を含む。)は次の理由から許されない。

(ア) 法205条1項は、選挙の結果に異動を及ぼす「虞」があればよいとするものであって、異動を及ぼすことが「確定」できることを求めていない。

(イ) 法205条3項において、同条2項の人的無効を決定する場合につき、当選に異動を生じる虞のない者を判定する方法を定め、また法209条の2においては、当選の効力に関し、いわゆる潜在無効投票の処理に関する規定を置いている。しかし、法205条1項ではこれらのような点について何ら触れるところがない。

このことは、投票の結果に異動を及ぼす虞があるか否かの判断に際しては投票中にいわゆる潜在無効投票が混入した場合であるか、あるいは有効たるべき投票が得票計算から排除された場合(いわゆる潜在有効投票)であるか、また、本件のように潜在有効投票数が特定でき、かつ他と区別可能な状態で存在するか否か、などによって区別を設けない趣旨と解すべきである。

町選管の本件97票の開票は内封筒を開披してなしたが、何ら法的根拠を有しない違法の措置である。

(ウ) 投票の秘密保持の上からも問題である。本件97票の記載内容を点検すべきであるとすると、問題となる票が1票ないし数票の場合も同様に処理することになる。しかし、不在者投票用封筒には選挙人が署名をすることになっているから、特定の選挙人が誰に投票したのかが分かることになり、投票の秘密を侵すことになる。投票の秘密保持の点から問題がある場合とない場合との限界を定めることは事実上不可能であって、恣意にわたる危険がある。

(エ) 選挙に関して採用されている秘密投票制ないし無記名投票制(法46条4項)という個々の制度は、単に個々の選挙人の個人的な権利の保障にとどまらず、併せて、選挙の公正さをいわば制度的に保障するという公の秩序を確保する目的もある。したがって、個々の選挙人が、自ら任意に投票した被選挙人の氏名を明らかにすることを承諾したとしても、証人尋問、検証などの方法で、被選挙人の氏名を明らかにすることは秘密投票制ないし無記名投票制を制度として保障した趣旨に反するので許されない。

(1号事件原告らの主張)

(ア) 地方議会の議員を選挙によって選定する権利は、住民にとって地方自治の根幹をなす、重要な権利である。したがって、その公正に表明された選挙人の意思はできるかぎり結果に反映させることが憲法上の要請である。

本件97票は、開票手続を経ていないからこれから開票しても各候補者の有効投票とすることはできない。しかし、これらについて、開票手続を経ていたならば異なった結果が生じたか否かを確認する(以下「本件97票の検証」ともいう。)ことは可能であり、これらは既に投票意思が公正に表明されたものであるから、その投票内容をできるだけ選挙結果に反映することが選挙人の意思を尊重するという憲法の精神に合致する。

(イ) 被告主張の比較による方法は、無効票が混入したまま開票された場合など、当該投票の内容を確認できない場合にのみ妥当するもので、本件のように本件97票の検証が可能な場合には妥当しない。

よって、開票手続を経ていたならば異なった結果が生じたか否かを確認することが可能であり、これを否定する法的要請がない限り、これを確認した上でなければ、選挙結果に異動を及ぼす虞の有無を判定できないというべきである。公職選挙法は、本件97票の検証を排除することまで要求していないし、それを排除するとすればその方が問題であり、法の不備とさえいいうる。

(ウ) 町選管の本件97票の開票結果によれば、選挙の結果に異動を及ぼさないことが明らかである。

町選管は、同町議会議員選挙に関する事務を専属的に管理する機関であり(法5条)、選挙の結果につき疑問が生じた場合、同選管で保管中の投票用紙を検証することは、同条にいう「選挙に関する事務」に含まれている。法71条はかかる場合を予想している。少なくとも、町選管による相当な手段・方法による検証を禁じる趣旨の規定は存しない。

町選管の本件97票の開票は、無記名の内封筒をかき混ぜた上で開封されたから、投票の秘密を侵していない。したがって、町選管の本件97票の開票の結果を証する証拠は何ら違法に収集された証拠ではない。

同開票の結果はすでにマスコミ等で大々的に取り上げられており、周知の事実であるから、その証拠を調べないのは不当である。

(エ) 本件97票の検証をせず本件選挙を無効とした場合、本件選挙に要した費用(税金)552万6925円が全く無駄になるとともに、再選挙までの町運営が停滞することは明らかであるから、この点にも配慮すべきである。

(2号事件原告らの主張)

(ア) 地方議会の議員を選挙によって選定する権利は、住民にとって地方自治の根幹をなす、重要な権利である。したがって、その公正に表明された選挙人の意思はできるかぎり結果に反映させることが憲法上の要請である。

したがって、本件選挙において投票意思が無効とされた本件97票の不在者投票であって、任意に秘密投票の権利を理解した上でその権利を放棄し、かつ投票の秘密に配慮して、当選者に投票した旨、あるいは落選者に投票しなかった旨を供述する、書証及び証人尋問は許されるべきである。

(イ) 法205条1項は、選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無について何ら証拠資料を制限していないから、裁判所は口頭弁論終結時までの訴訟資料をもとにその判断をすべきである。そして、選挙の結果に異動を及ぼす虞があることの立証責任は被告にあるところ、同原告らがその反証として申し出た上記書証及び証人はこの点からも取り調べるべきである。

(ウ) 投票の秘密は自由な投票意思を確保するための制度であっても、本件では投票時点で将来証言が予定されていたわけでもなく、またその証言自体、強要の要素を一切含まないものである。任意に被投票者の氏名を明らかにすることが、公の秩序を乱すとは考えられない。

(エ) 本件97票は、施行令62条、63条1項、2項の手続が未了で有効票であると確定されていないところ、大量の無効票が混入しているとすれば、候補者の当落に現実に生じたことと異なった結果の生じる可能性がないことになるから、これを確認した上でなければ、選挙結果に異動を及ぼす虞の有無を判定できないというべきである。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)(独立当事者参加申出の適否)について

参加人らは、本件97票の不在者投票者である(乙29の1、2)が、本件選挙が無効になっても、再選挙により投票することができるので、参加人らの選挙権が本件訴訟の結果により害されることはなく、参加の利益を欠くと解される。

参加人らは、本件選挙での投票が開票されず無視され、さらに自己の投票内容を考慮して本件訴訟の判断を求めているのに、その意思は町選管と裁判所により二重に否定されることになるから、自己の権利を守るために参加の利益があると主張している。

しかし、参加人らが、投票箱に入れられず無効に帰した自己の投票内容につき、投票の秘密を自ら放棄して法廷で供述する権利が保障されているものではない。また、証拠(乙36の1、2)によれば、本件裁決書の要旨の告示の日は平成12年12月20日(その訂正が平成13年1月9日)であると認められ、独立当事者参加の申出は平成13年3月28日であるところ、参加人らは、少なくとも本件裁決書の要旨の告示の日から30日以内(法203条1項)に独立当事者参加の申出をしていないから、同申出書を訴状とみる余地もない。

よって、参加人らの独立当事者参加の申出は不適法であり、却下を免れない。

2  争点(2)のうち、選挙の規定に違反するかについて

選挙の規定に違反するとは、選挙の管理執行の手続に関する規定の違反をいうものであるが、不在者投票の管理に関する違法が上記選挙の規定の違反として選挙無効の原因となりうるところ、不在者投票の管理に関する違法行為により、投票中に帰属不明の無効投票が混入した場合であるか、あるいは有効たるべき投票が得票計算から排除された場合(いわゆる潜在有効投票)であるかによって別異に解すべきでない(最高裁判所昭和46年4月15日第1小法廷判決・民集25巻3号275頁等参照)。

これを本件についてみるに、本件97票が投票箱に入れられなかった施行令63条3項違反の事実は、不在者投票の管理に関する違法であるから、選挙無効原因たる選挙の管理執行の手続に関する規定違反となる。また、同違反は軽微な違反でないから、選挙無効原因から除外すべきではない。

3  争点(2)のうち、選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無について

(1)  選挙の結果に異動を及ぼす虞とは、当該違反がなければ、選挙の結果、すなわち候補者の当落に現実に生じたことと異なった結果の生じる可能性がある場合をいうと解される。すなわち、異なった結果発生の可能性があれば足り、それが確実である必要はない。その可能性の有無の判断は、具体的事情の下で現実に異なった結果の生じる可能性があるかどうかを客観的に見て決すべきであり、本件のように不在者投票が投票箱に入れられなかったことにより投票の効力が失われた場合は、当該票数を当選人の得票数と落選人の得票数との差と比較することにより判断すべきである。そして、このことは、投票中に帰属不明の無効投票が混入した場合であるか、あるいは有効たるべき投票が得票計算から排除された場合であるかによって、別異に解すべきものではない(最高裁判所昭和46年4月15日第1小法廷判決・民集25巻3号275頁、同昭和32年5月31日第2小法廷判決・民集11巻5号894頁、当庁平成5年4月14日判決・判例時報1467号31頁)。

これを本件についてみるに、投票管理者に送致された本件97票が投票箱に入れられず、不法にその効力を失わしめられたこと、本件選挙の最下位当選人(2名)と最高位落選人の得票数の差が20票であるから、この違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があることは明らかであり、本件選挙は、無効とすべきものである。

(2)  2号事件原告らの主張(エ)(本件97票に大量の無効票が混入している可能性)について

上記(1)のとおり、本件のように不在者投票が投票箱に入れられなかったことにより投票の効力が失われた場合は、当該票数を当選人の得票数と落選人の得票数との差と比較することにより判断すべきである。法は、本件97票のような無効票となった不在者投票につきその受理不受理を決定する手続を予定した規定を設けていない。

また、前記第2の1(3)、(5)のとおり、本件97票は開票されているから(同開票前においても、外封筒が開披され内封筒との関連がなくなっていたから)、本件97票につき不在者投票の受理不受理を決定する手続を実施する前提をも欠いている(不受理とした不在者投票者の投票を特定できない。)。

いずれの点からしても、2号事件原告らの主張(エ)は採用できない。

(3)  1号事件原告らの指摘する再選挙を実施することに伴い、再選挙費用(税金)の負担を生じることの弊害を考慮して選挙の効力を判断することは、法205条1項の求めていないところで考慮できない。

4  原告らの申し出た証拠を許容しなかった理由

(1)  原告らは、本件審理において、本件97票の存在が選挙の結果に異動を及ぼさない事実、あるいは選挙の結果に異動を及ぼす虞のない事実を立証するため、以下の証拠を申し出た。

(1号事件原告ら)

<1> 伊仙町選挙管理委員会委員5名の証人尋問の申出(尋問事項は町選管の本件97票の開票結果等)

<2> 本件97票の検証の申出

<3> 町選管に対し、同開票結果につき、調査嘱託

<4> 甲イ4の4、同4の5の<10>、<11>の書証の申出(町選管の本件97票の開票の結果を証するもの)

(2号事件原告ら)

<5> 不在者投票者87名の証人尋問の申出(尋問事項は落選者に投票しなかった事実等)

<6> 不在者投票81名の陳述書(甲ロ98ないし106、不在者投票者のうち79名が当選者に投票したことの陳述書)

<7> 参加人10名の人証申出(尋問事項は参加人10名が当選者に投票したこと等)

(2)  裁判所は口頭弁論終結時までの訴訟資料をもとに、選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無についての判断をすべきであると思料するが、上記各申出を敢えて採用しなかった理由は次のとおりである。

ア 憲法15条4項前段は、国民にすべての選挙における投票の秘密を保障する(国家機関は投票の秘密を侵害してはならない。)とともに、後段で「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない。」と規定し、この制度の徹底を命じている。法はその趣旨を受けて、何人も投票した被選挙人の氏名等を陳述する義務のないこと(52条)、無記名投票制度(46条4項)、混同開票主義(66条2項)、公務員が選挙人に対し投票した被選挙人の氏名の表示を求めたときは刑事罰に処すること(226条2項)等の詳細な規定を定めている。同各条は、何人に投票したかの事実の公表を防止して選挙人の自由な意思による選挙権の行使を確保し、もって秘密投票の趣旨を徹底しようとするものである。

したがって、秘密投票の確保を貫徹しようとする同法条の趣旨ないし精神に照らし、選挙訴訟に当たる裁判所、異議の申出ないし審査の審議に当たる選挙管理委員会もその審理に際して、選挙人が何人に投票したかを調査すべきではなく(行政裁判所昭和10年2月15日判決・行政裁判所判決録第46輯57頁)、人証、検証又は鑑定等の方法によってこの規定の適用を免れ、選挙人が投票した被選挙人の氏名の公表を強いることも許されない(大審院大正7年9月30日判決・大審院民事判決録総括目録第24輯1759頁)と解すべきである。

もっとも、法237条各項所定の犯罪などの捜査又は処罰においてその投票者が投票した被選挙人を明らかにすることが必要不可欠な場合には、憲法上の投票の秘密の要請に反しない範囲で可能と解する余地はあるとしても、上記のとおり本件訴訟のような選挙の効力を定める訴訟においては、選挙結果に異動を及ぼす虞の有無を判断することで足りるのであるから、このような必要はなく、この手続において各選挙人の投票内容を検証したり、各選挙人を証人として尋問して、投票内容(被選挙人の氏名の表示を求めるのでなく、当選者に投票した限度でその表示を求めるものを含む。)を尋問したり、投票内容を検証する前提としてこれに異議がないかを尋問することは許されないものというべきである。

なお、各選挙人の投票内容を記載した陳述書(上記<6>、当選者に投票したとする限度での投票内容の表示)については、それが全く任意に作成され、内容が真実であることを確認することは上記と同様許されないというべきであるから、結局これを証拠として使用することも許されない。

イ 原告らは、地方議会の議員を選ぶ権利は、住民にとって重要な権利であるから、その意思はできる限り選挙結果に反映させることが憲法上の要請であるとして、上記(1)の証拠の採用を求めた。

しかしながら、本件選挙が無効となって再選挙が実施されても、原告らは、地方議会の議員を選ぶ権利を行使することができるのであるから、同権利が侵害されたり、無視されたりすることはない。

また、上記アのとおり投票の秘密に配慮して、法は選挙の結果に異動を及ぼす「虞」があれば足りるとしており、住民の投票意思を尊重するために潜在有効投票につき、検証等の証拠調べをする規定を設けていない。言いかえれば、無効票と確定された投票内容を選挙終了後に調査し、その投票内容如何により選挙の結果を左右するような重大な手続は法の予定していないところであると解される。

そうだとすれば、法は、投票の結果に異動を及ぼす虞があるか否かの判断に際しては、投票中にいわゆる潜在無効投票が混入した場合であるか、又は有効たるべき投票が得票計算から排除された場合(いわゆる潜在有効投票)であるか、あるいは本件のように潜在有効投票数が特定でき、かつ他と区別可能な状態で存在するか否か、などによって区別を設けない趣旨と解される。

以上の点からしても、上記(1)の証拠は採用できない。

ウ 2号事件原告らは、不在者投票者が秘密投票の趣旨を理解した上で当選者に投票した(あるいは落選者に投票しなかった)旨の証言にとどめることにするから、投票の秘密を侵害しない旨主張する。

しかし、秘密投票は、社会的弱者が自由に投票できることを保障した制度であって、公正な選挙を確保するために秘密投票制度自体をも保障する必要があるから、選挙人の個人的な権利というにとどまらない。

したがって、個々の選挙人の承諾があるからといって、人証及び検証等によって、被選挙人の氏名を明らかにすることは(当選者に投票した、あるいは落選者に投票しなかったという限度においても)、秘密投票制を危うくするおそれがあるから許されない。同原告ら主張の証拠調べをすれば、今後の選挙において、選挙人は、当選者に投票した(あるいは落選者に投票しなかった)旨の証言をしなければならない不安を抱く者が出ることが予想され、秘密投票を制度として保障した趣旨が損なわれるといわなければならない。

さらに、当選者に投票した(あるいは落選者に投票しなかった)旨の証言を求めることは、投票内容の一部の開示を求めるものであるから、法226条2項に違反するおそれがある。

エ 町選管の本件97票の開票の結果の不採用について

(ア) 1号事件原告らは、町選管は、同町議会議員選挙に関する事務を専属的に管理する機関であって(法5条)、法71条により、本件選挙の投票を、その有効無効を区別し、投票録及び開票録と併せて、当該選挙に係る議員の任期間保存する責任と権限があるから、選挙の結果につき疑問が生じた場合、同選管で保管中の投票用紙を検証することができるので、その検証・開票結果は違法収集証拠ではない趣旨の主張をする。

しかし、法5条は「市町村の議会の議員の選挙については市町村の選挙管理委員会が管理する(一部省略)。」と規定され、選挙の管理執行の任に当たる選挙管理機関について規定したものであるが、個々の選挙管理行為については、同条とは別に、各条文の定めるところにより管理執行され、その意味では、同条は単にその選挙につき、管理執行の中心となるべき機関を示したものにとどまると解されている。したがって、町選管は本件選挙に関する事務を取り扱うといっても、具体的には法律又はこれに基づく政令の定めるところにより選挙に関する事務を取り扱う(地方自治法186条)のであるから、法5条の規定は町選管の本件97票の開票の根拠規定にはならない。

また、法71条は市町村選挙管理委員会に投票等の保存義務を規定しているが、法71条は、議員等の選任根拠となった投票等の重要な資料をその任期間に限り保存して、選挙及び当選の効力が争われる等して当該議員の選任根拠に疑問が生じる場合に備えて資料を確保しておく趣旨で保存義務を課していると解される。しかし、町選管の本件97票の開票は、その保存に係る本件97票の無効票につき内封筒を開披して開票し(ただし、開披した票は94票)、その結果を部外者(原告ら及びマスコミ関係者)に知れる状態で検証を実施したのであって、保存のために検証が許されるとしても、その範囲を超える行為であることが明らかである。しかも、司法の場で、本件選挙の効力を判断するための証拠方法として、本件97票の検証を実施することの可否が重大な争点として審理されているときに、町選管がその実施を可能と判断して実施した上記行為は、当事者の一方に組みして証拠資料を作成したとみられても仕方がないもので、保存の目的を逸脱している。

(イ) 投票の秘密が害されるおそれがないといえるかについて

不在者投票用内封筒を開封し投票を取り出した上、本件97票を混同して投票内容の確認をすれば、ある程度投票の秘密は維持できるとはいいうる。

しかし、法の予定する混同開票主義(法66条2項)は、投票区と投票区との混同であるからその要請を満たすものではなく、また、本件97票の不在者投票者の氏名は明らかになっていた(被告が不在者投票事務処理簿を乙29の1ないし3の証拠として提出した。)ところ、伊仙町という地域の特殊性から詳細な票読みがされており(1号事件原告らは、訴状において、現地における選挙情勢の分析結果では本件97票が開票されていても当選人の異動は生じなかった蓋然性が高いと主張していた。)、また、第2投票区内の女性票であり、かつ不在者投票であるという限局された票であることから、投票が一定の候補者に集中したり、又は特定の候補者には誰も投票していない等して、特定の投票者の投票内容がその一部にしても判明する危険性がある。

このような点からすると、実質的に見て投票の秘密が害されるおそれがあるというべきである。

(ウ) 以上によれば、町選管の本件97票の開票は、法の根拠規定を欠き、投票の秘密を侵害したおそれがあるといわざるを得ないので、当裁判所はその開票結果を、調査嘱託、書証あるいは証人尋問によって取り調べることができない。

オ なお、本件97票が投票箱に入れられなかった事実以外でも、選挙の結果に異動を及ぼす虞があった可能性について付言する。

本件97票が投票箱に入れられることなく、第2投票所のゴミ袋の中から不在者投票用封筒に入った状態の上記97票が発見されたこと等前記第2の1の事実に加えて、証拠(乙16、17、18の1ないし8)によると、同投票所内には投票管理者を始め多数の関係者がおり、8月28日未明から順次関係者から事情聴取がなされているにもかかわらず、本件97票がゴミ袋に入れられた時期や経緯が判明せず、しかも、その後3通だけ開封されており、この間に何らかの作為が加えられた可能性がないとはいえないこと、また、これらの点に、投票箱に入れられた男子分87票にも施行令62条、63条1項、2項等に違反する不在者投票の管理の不備が存すること、立会人が投票管理者の作業を手伝うなど立会人の職務が適正に行われたか疑問があること(乙11及び12の各1、2、本件裁決書6頁5)、これらの点に鑑みると、第2投票区の不在者投票のうち代理投票が50票(本件97票中に少なくとも28票)であった(乙31の2)ところ、代理投票の手続が適正に行われたかの審査も疑問があること、以上の諸点を考慮すると、本件選挙全体について選挙の公正を疑わしめるに足るものであって、本件97票が投票箱に入れられなかった事実以外でも選挙の結果に異動を及ぼす虞を認め得る余地があったものである。

5  結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がなく、参加人らの独立当事者参加の申出はいずれも不適法であるから、主文のとおり判決する。

(別紙)

<省略>

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