福岡高等裁判所宮崎支部 平成13年(行ケ)4号 判決 2002年1月25日
主文
1 平成12年11月19日施行の宮崎県串間市長選挙における被告の当選は,これを無効とする。
2 被告は,本判決が確定した時から5年間,宮崎県串間市において行われる同市長選挙において,候補者となり,又は候補者であることができない。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1,2項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告である検察官が,市長選挙に当選し在職中である被告に対し,被告の地区後援会の会長であって公職選挙法(以下単に「法」という。)251条の3第1項所定の組織的選挙運動管理者等に該当する者が,法221条1項1号等に当たる罪により懲役刑に処する旨の判決を受けこれが確定したとして,法251条の3第1項による当選の無効及び立候補の禁止を求めて法211条1項に基づき訴えを提起した事案である。
(前提となる事実)
争いのない事実及び証拠(甲1~53)により容易に認められる事実は次のとおりである。
1 当事者
(1) 被告は,平成12年11月19日施行の宮崎県串間市長選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補して当選し,同20日,同市選挙管理委員会からその旨告示され,現在,同市長として在職中の者である。
(2) 訴外Bは,本件選挙における被告の選挙運動組織であるa地区の後援会組織(以下「a地区後援会」という。)の後援会長であった者である。
2 選挙運動についての事実経緯
(1) 被告は,平成2年5月に行われた串間市長選挙に当選したが,同4年11月,在職中の収賄により起訴されたことから辞職し,同8年11月に行われた同市長選挙に再度立候補したが,落選した。
これらの選挙における被告のための選挙運動は,A後援会の本部(以下「本部」という。)の下に串間市を12に分けた地区後援会を組織し,各地区後援会が本部と連携を保ちながら,独自に具体的な選挙運動を計画,実行するという形態で行われていた。
(2) 被告は,本件選挙に立候補する決意を固め,平成11年8月ころ,支持者のC,同Dに対し,本件選挙に向けて後援会の組織作りを依頼した。
Cらは,この依頼を引き受けて本部役員に就任し,同年10月ころから各地区の支持者に対し,地区後援会の組織作りを働きかけた。
(3) Bは,Cの依頼を受けて,平成12年1月20日ころ,a地区後援会の会長に就任した。
3 Bの選挙違反行為に対する刑事判決
Bは,
(1) 平成12年9月2日ころ,宮崎県串間市大字b番地のB方において,被告の選挙運動者であるEから,被告の当選を得させる目的で,同人のための投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,現金10万円の供与を受け,
(2) 被告の当選を得させる目的で,未だ同人の立候補届出のない同年9月上旬ころから同月下旬ころまでの間,前後10回にわたり,宮崎県串間市大字c番地内の牛舎ほか9か所において,いずれも同選挙の選挙人で,かつ,同人の選挙運動者であるFほか9名に対し,被告のため投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,10万円を供与し,一面,立候補届出前の選挙運動をし,
(3) 同年11月1日ころ,B方南南西約70メートルの路上において,被告の選挙運動者であるG及びEから,被告の当選を得させる目的で,同人のための投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら,現金30万円の供与を受け,
(4) 被告の当選を得させる目的で,未だ同人の立候補届出のない同月上旬ころ,前後12回にわたり,宮崎県串間市大字c番地内の牛舎ほか11か所において,いずれも同選挙の選挙人で,かつ,同人の選挙運動者であるFほか11名に対し,被告のため投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金合計12万円を供与し,一面,立候補届出前の選挙運動をし,
(5) 被告の当選を得させる目的で,同月18日ころ,宮崎県串間市大字d番地 S株式会社車庫において,同選挙の選挙人で,かつ,同人の選挙運動者であるHに対し,被告のため投票及び投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5000円を供与し,
(6) 被告の当選を得させる目的で,同日ころ,上記S株式会社車庫において,同選挙の選挙人で,かつ,同人の選挙運動者であるIに対し,被告のため投票及び投票のとりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,Hを介して現金5000円を供与し,
(7) 同月19日ころ,宮崎県串間市大字e番地のJ方において,被告の当選を得させる目的で,同人のために投票することの報酬として,及び,Jが被告に当選を得させるために投票とりまとめ等の選挙運動をしたことの報酬とする目的で,同選挙の選挙人で,かつ,同人の選挙運動者であったJに対し,現金1万円を供与し,以上(1)ないし(7)の行為(以下総称して「選挙違反行為」という。)について公訴提起され(以下「刑事事件」という。),平成13年2月26日,宮崎地方裁判所において,選挙違反行為のうち(1)、(3)が法221条1項4号,1号に,(2),(4)が同項1号,239条1項1号,129条に,(5),(6)が221条1項1号に,(7)が同項3号,1号にそれぞれ該当するとして,禁錮以上の刑である懲役2年(執行猶予5年)に処する旨の判決(以下「刑事判決」という。)の言渡しを受け,同年9月21日,刑事判決は確定した。
(争点及び当事者の主張)
1 Bは組織的選挙運動管理者等に該当するか。
(1) 原告
被告は,平成12年1月20日ころBが開催したa地区後援会の発起人会に出席して支援を求める挨拶をしたほか,同年7月上旬ころ開かれた会長会においても,Bを含む地区後援会長らに支援を要請したから,a地区後援会の選挙運動は,被告と意思を通じたものであった。
Bは,a地区後援会の会長として同後援会を統括していた者であるが,本件選挙に当たり,a地区後援会により行われた選挙運動において,当該選挙運動の計画の立案及び調整並びに選挙運動に従事する者の指揮及び監督その他選挙運動の管理を行ったものといえるから,組織的選挙運動管理者等に該当する。
なお,被告はBの自白調書の証拠能力を争っているが,Bは,刑事裁判の第1審までは何ら自身の自白調書の任意性,信用性を争っておらず,むしろ自ら選挙運動を主導した旨を法廷で述べていたものであり,Bの自白調書に任意性,信用性があることは明らかである。
(2) 被告
Bは,名目上,a地区後援会長に就任したが,妻が重病のため実質的な活動は全くしておらず,他の役員や世話人らにおいて,実質的な選挙運動を主導,計画,立案し,実行していたものである。
すなわち,Bは,①本件選挙について,立案,調整,整備について直接指導した者ではなく,特にビラ配りの計画や個人演説会の計画,地区におけるミニ集会には一切関与しておらず,②ビラ配り,戸別訪問等に当たる選挙運動従事者に対する指揮,監督や,資金調達もしておらず,③選挙運動支援のための会場確保,事務所の手配等にも関与していないから,組織的選挙運動管理者等に該当しない。
なお,本件証拠中のBの捜査機関に対する自白調書(甲6~15)では,Bは地区後援会長として実質的な活動をした旨記載されているが,Bは,警察から長時間取調べを受けたり,警察官から自白すれば被告に迷惑はかけない旨告げられたりしたことから,虚偽の自白をしたもので,上記の自白調書は証拠として用いることはできない。
2 Bの選挙違反行為は,法251条の3第2項1号,又は2号に該当するか。
(1) 被告
Bの選挙違反行為は,本件選挙の対立候補者であったKの選挙運動従事者であったLの誘導又は挑発によってされたものであり,Lは,連座制適用により被告の当選を失わせ又は立候補の資格を失わせる目的をもって誘導又は挑発をしたものである。
あるいは,Bは,連座制適用により被告の当選を失わせ又は立候補の資格を失わせる目的をもって,Lと意思を通じて選挙違反行為をしたものである。
したがって,Bの選挙違反行為については,法251条の3第2項1号,又は2号に所定の,おとり又は寝返りに該当する事実がある。
(2) 原告
被告の主張する,おとり,寝返りの事実はいずれも否認する。
3 被告は,Bが選挙違反行為を行うことを防止するため相当の注意を怠らなかったといえるか(法251条の3第2項3号所定の免責事由が存するか。)。
(1) 被告
被告は,次のとおり,Bが選挙違反行為を行うことを防止するため相当の注意を怠らなかったものである。
① 被告は,本部の選挙運動者に対しては地方選挙の手引書を引用して勉強させる等の啓蒙に努め,確認団体に対しては法に基づいて選挙運動をするよう勉強会,研修会を常時開催して選挙浄化に努め,支援団体等に対しては選挙違反をしないよう依頼し,平成12年10月開催の顧問会議においては,対立候補者が買収をしているので被告の運動員にも実費支給はできないかとの意見が出たのに対し,絶対に法に触れる買収等はしないよう指示し,選挙運動そのものについても金のかからないボランティアによる選挙をするよう指導していた。
② 被告は,選挙運動組織を編成するに当たり,市選挙管理委員会の事務に携わった経験のある者等,市の元職員らを多数配置していた。
③ 本部は,平成12年8月,地区後援会に対し,法に関する研修会を開催し,違反行為をしないよう指示した。
④ 本部は,各地区の寄合場所に,飲食や買収を禁じる旨の貼り紙をしたり,資料を備えつける等して,選挙違反防止のため注意喚起をしていた。
⑤ 本部は,政治資金の規正や選挙運動費用の制限について,市選挙管理委員会の指導により適正に運用しており,a地区に対しては,本部からは一切選挙運動資金は支給しておらず,事務所用消耗品等に限定して現物支給していた。
⑥ 本部における選対会議は,平成12年10月3日,10月23日,11月10日に,事務局会議は同年9月から毎週月曜日午前9時から10時の間に開かれていたが,その都度,被告は,選挙違反をしないよう厳重に注意し,繰り返し指導,徹底させていた。
⑦ 被告は,内部牽制のため,対立候補者に関するものも含め,選挙違反に関する情報や噂は些細なことでも本部に連絡,報告させ,その都度本部で具体的に指示,指導して選挙違反の防止に努めていた。
(2) 原告
相当の注意を怠らなかったというためには,選挙違反をしないよう通り一遍の注意をしたというだけでは足りず,Bの活動を資金の流れから管理監督する措置を採る必要があったというべきである。Bは,ミニ集会の費用をGに支払わせているが,このような供応の費用支出をチェックする態勢は何ら採られておらず,被告が管理監督していたとはいえない。
第3当裁判所の判断
(争点1について)
1 前提となる事実及び証拠(甲6~53)によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告は,平成11年8月ころ,C,Dに後援会の組織作りを依頼し,Cらは,この依頼を引き受けて本部役員に就任し,同年10月ころから各地区後援会の組織作りのため活動していたが,Cは,被告の了解を得て,同年12月ころ,Bに対し,同人が居住するa地区の後援会を組織して被告のための選挙運動を行うことを依頼し,Bは,これを引き受けた。
Bは,平成12年1月20日ころ,被告を支持する知人ら二十数名を集め,被告を招いてa地区後援会の「発起人会」を開き,a地区後援会を発足させて自ら会長に就任し,会長代行,副会長,事務局担当等の役員を指名した。その席上,被告は,出席者に対し,選挙運動への支援を求める挨拶をした。
その後,Bは,a地区内の41集落にそれぞれ戸別訪問等の選挙運動の中心となる「世話人」と称する運動員を配置することとし,a地区内の各集落に居住する知人等に順次依頼して世話人の役を引き受けてもらい,a地区後援会の組織体制を整えた。
(2) 被告は,同年7月上旬ころ,本部が主催して各地区後援会会長を集めて開いた会長会に出席し,Bら出席者に対し,選挙運動への支援を要請した。
(3) Bは,同年8月ころから,a地区後援会の役員及び世話人らに指示して,本部から届けられた被告のパンフレット及び後援会入会申込書を有権者に配付させる方法により,被告のための投票依頼等を行わせた。
Bは,さらに,各集落毎に被告への支援や投票の依頼を目的とするミニ集会を開催する方針を立て,同年9月上旬ころから同年10月上旬ころにかけて,世話人であるM,Nらに指示して,各々の自宅においてミニ集会を開催させ,そのうちM及びN宅の会場に被告を招いて,被告に自己への支援及び投票を依頼する挨拶をさせるなどした。各ミニ集会に集まった有権者に飲食させる費用(出席者から徴収した会費を上回る部分)については,もともとa地区後援会は会員から会費を取る仕組になっておらず,したがって活動資金がなかったので,Bの依頼により,被告を支持する地元の建設業者であるGが支出した。
(4) Bは,同年10月6日,a地区に所在する建設業者の車庫建物を借りて同所にa地区後援会の事務所を開設し,その事務所開きに被告を招いて,a地区後援会の役員及び世話人らに対して選挙運動への支援を依頼する挨拶をさせた。
さらに,Bは,同月上旬から同年11月上旬までの間,同事務所にa地区後援会の役員及び世話人を集めて「定例会」と称する会合を週1回開催し,出席した役員及び世話人らから各集落における選挙運動の状況報告を受けたり,役員をして,世話人らが回収してきた後援会入会申込書を集計させて票読みを行わせるなどし,それを踏まえて集票活動が低調な集落の世話人には戸別訪問等に一層努力するよう指示し,これを受けて,役員及び世話人らが更に戸別訪問等の選挙運動を行った。
また,Bは,a地区での集票活動のため被告のチラシを配布することを計画し,本部に依頼してa地区用のチラシを作成してもらい,a地区後援会の役員及び世話人らに指示して,同チラシをa地区内の有権者に配布させた。
2 1の認定に反する証拠として,Bは名目上はa地区後援会長であったものの,実際には組織的選挙運動管理者等としての活動はしていない旨のBの刑事事件控訴審での尋問調書(甲55),陳述書(乙21)及び当法廷での証言,関係者らの尋問調書ないし陳述書(乙7~12,17~19,24(枝番のあるものはそれらを全て含む。以下同じ。)),証人Oの証言並びに被告本人の供述が存する。
しかし,前提となる事実及び証拠(甲6~53)によれば,Bは,刑事判決で認定されたとおり,現金の供与を受け,これを用いて買収行為をしたほか,これに先立って,平成12年3月下旬ころEから現金10万円を受け取り,同年4月ころまでに,a地区後援会の役員や世話人ら約15名に対し上記10万円の中から5000円ずつ配り,同後援会への参加等を依頼したこと,同年11月に30万円の供与を受けたのは,Bの側からE,Gに資金供与を依頼したためであったことが認められる。すなわち,Bは,平成12年4月ころ,9月ころ及び11月ころの3つの時期において,延べ約40名の者に現金を交付し,そのための資金の一部については供与をEらに求めていたものであるが,このように極めて積極的に活動していたBが,他のa地区後援会での活動に関与しなかったとは到底考えられないところである。また,証拠(甲50,53)によれば,Bに資金を供与したEは,昭和62年ころから一貫して被告を支援してきた者であり,被告を支援する建設業者の団体であるT会の一員であるほか,業者の二世の集まりであるU会にも加わっていた者であること,同じくBに資金を供与したGも平成2年ころから被告を支援してきた者で,やはりT会の一員であることが認められ,このような古くからの被告の支援者らから合計50万円の資金を託されたということは,Bが,実質的にも後援会長であったことを示すものといわざるをえない。
以上検討したところに照らすと,1の認定に反する上記の各証拠はにわかに採用できない。
3 また,被告は,本件証拠中のBの捜査機関に対する自白調書(甲6~15)は任意性のない虚偽内容のものである旨主張する。そして,この主張に副う証拠としては,Bの刑事事件控訴審での尋問調書(甲55)が存する。
しかし,証拠(甲1,2,6~55)及び弁論の全趣旨によれば,Bは,刑事事件の第1審においては,捜査段階における自身の自白の任意性を全く争っておらず,刑事判決に対する控訴の趣旨ももっぱら量刑不当のみであったところ,控訴審での審理中に,はじめて,警察から過酷な取調べを受けたり,被告に迷惑はかけないから自白するよう言われたりしたので自白した旨述べ始めたものであること,上記各自白調書の内容は他の多数の関係者らの捜査機関に対する供述調書(甲16~53)の内容と整合していることが認められ,これらの事情に照らすと,上記の被告主張に副うBの証言等はにわかに信用できず,かえって上記の各自白調書は任意性を有する,真実に合致するものと認められる。
4 1で認定したとおり,C,Dは,被告の依頼により,後援会の本部を組織し,更に,従前の市長選挙の際と同様に各地区の後援会組織作りを進め,その一環として,Bに対し,a地区後援会の組織作り,会長就任及び選挙運動を依頼し,Bはこれに応じて,a地区後援会長として,組織を作り,これを指揮して被告のため選挙運動を行ったものであり,被告は,a地区後援会の行事に度々出席して挨拶する等していたものである。すなわち,被告と本部の総括者的立場にあるC,Dとが意思を通じて組織により選挙運動を行っていたものであり,本部の下部組織としてa地区後援会が選挙運動をし,被告自身もa地区後援会の行事に参加していたのであるから,本部及びその下部組織であるa地区後援会による選挙運動が被告と意思を通じて組織により行われた選挙運動であったことは明らかである。
そして,Bは,自らa地区後援会の組織を編成した上,同会事務所の開設,パンフレットの配付等による投票依頼,同会独自のチラシの配付,あるいはミニ集会の開催等,同後援会による選挙運動を立案,指示,指揮等していたというのであるから,Bは名実ともにa地区後援会の会長として活動していたもので,選挙運動の計画の立案,調整及び選挙運動に従事する者の指揮,監督を行っていた者であるから,組織的選挙運動管理者等に該当することは明らかである。
(争点2について)
1 被告の主張する,おとり,寝返りの事実に副う証拠としては,Bの証言及び陳述書(乙21)並びにLの証言が存在する。
2(1) そこで検討するに,Bの証言及び陳述書(乙21)(以下両者を「Bの供述」という。)の要旨は次のとおりである。
① 平成12年8月下旬ころ,被告の支援を依頼するため,Lを訪ねて,同人方に行ったところ,同人から焼酎をふるまわれた上,逆に,被告の対立候補であるKを支援するよう誘われた。
② その2,3日後,先日の礼の趣旨で焼酎を2本持参して,再びL方を訪ねたところ,同人から,報酬を出すので,被告の支援者に金を配ってほしい旨依頼された。この依頼の趣旨は,a地区後援会長の地位にある自分が買収で処罰されることで,連座制の適用により,被告の当選を無効にすることにあると理解した。
しかし,具体的に,いつ,誰から,いくら買収資金の供与を受けるか,といった会話は全くしなかった。
③ その数日後,自宅に何者かから「Lから頼まれて,留守中に玄関の下駄箱に茶封筒を入れておいた。」との電話があり,自宅の下駄箱を調べると,封筒に入った現金100万円があった。この現金は,Lから送られたものと理解した。
④ この100万円のうち95万円は自分や家族の負債返済等に使用し,5万円を買収のために使ったが,買収した相手の名前は記憶にない。5万円配れば,連座制適用に十分なだけ重い処罰を受けられると考えていた。
⑤ Lとは,②のとおり同人宅で会った後は,本件選挙が終了するまでの間,会ったことも電話で話をしたこともない。
刑事判決が確定した後,Lが前言を翻して,報酬は払わない旨言いだしたので,憤慨し,今回事実を明らかにすることにした。
⑥ なお,平成12年4月ころ,Eから受け取った10万円を配ったが,これはLと無関係にしたことである。
(2) しかし,このBの供述は,次のとおり,不自然な点を多く含んでいる。
すなわち,Bは,被告の人柄やその考え方・決断力に心酔して昭和58年ころから,被告が各種選挙に立候補する度に被告を支持応援してきたものであるが(甲12),前記のとおり,本件選挙においてもa地区後援会の最高責任者として積極的な組織作りをしていたさ中に,何故突然に,被告を裏切る重大な背信行為(おとりないし寝返り)を行うことになったのかにつき,Bの供述はその動機について,具体的かつ説得的に語ることころがなく曖昧かつ抽象的である。そして,そもそも,100万円の供与を受けたとするBの供述はこれを裏付ける客観的な証拠(例えば,自分や家族が負債の返済したことを証するもの等)が全くない。
また,おとりないし寝返りといった隠密裡に慎重に事を運ばなければならないことを話し合ったはずであるのに,最も肝心な買収資金の金額及びその受け渡しについて全く話が出なかったというのは不自然極まりないことである。
他方,Lの側からすれば,100万円もの資金を提供した以上,Bがこれを買収に用いたかどうか大きな関心を有していたはずであるのに,Bの供述は本件選挙が終わるまでの間,LとBが全く接触していないというのであって,不可解である。
また,Lとすれば,本件訴訟において被告の当選無効及び立候補禁止の判決がされ,これが確定するまでの間は,BがLからの依頼を明らかにしないよう行動して所期の目的を達成するはずであるから,Lが同判決の前に前言を翻して報酬を払わない旨言い出したとするBの供述は不自然である。
(3) 以上検討したところに照らせば,被告の主張に副うBの供述は到底信用できないといわざるをえない。
3(1) Lの証言は,曖昧な部分が多いが,要旨は概ね次のとおりである。
① 本件選挙では,被告の対立候補であるKを応援していたが,K陣営の幹部から,Bを買収するよう頼まれていた(具体的な指示の内容については曖昧な証言しかしない。)。その幹部の名前は覚えていない。
② 平成12年8月の盆過ぎころ,Bが焼酎を2本持参して,自宅を訪ねて来た。そこで,Bに対し,金をK派の幹部が用意するから,Kに投票するように買収をするよう依頼したところ,Bは承諾した。
いくら金を渡すか等の具体的な話は自分はしていない。BとK陣営の幹部が話をしたものと思う。
③ Bが持って来た焼酎2本は,知人と相談の上,Bに返すことにし,同人の義母に預けた。
④ Bは,自分の依頼のとおり,Kへの投票を依頼する趣旨で買収をしたものと思っている。
これにより,連座制の適用により,被告の当選は無効になると考えていた。
⑤ 現在でも,Kに当選してほしかったという気持ちが強い。
(2) しかし,このLの証言もまた,次のとおり,不自然な点を多く含んでいる。
まず,L証言によれば,LはKへの投票を依頼するため有権者を買収することを依頼したというのであるから,その買収が発覚したときはKが連座制の適用を受けるおそれがあっても,被告が連座制を適用され当選が無効等となることはなく,L証言はこの一点において,本件のおとりないし寝返りを立証することにはならないことは明らかである。
仮に,Lが被告の当選を失わせる等の目的をもって被告へ投票するための買収を依頼したとしても,Lとすれば,現在でもKの当選を望んでいるというのであるから,本件訴訟において被告の当選無効及び立候補禁止の判決がされ,これが確定するまでの間は,Bへの買収依頼を明らかにしないよう行動するはずであるのに,なぜ,この時点で買収依頼の事実を証言するのか,合理的に説明するところもない。
また,対立候補の地区後援会長であるBにKのための投票を依頼するという,極めて大胆な陰謀を誰から指示されたか覚えていないというのは不可解であり,隠密裡に慎重に事を運ばなければならないことを話し合ったはずであるのに,買収資金の額等,核心部分については一切話をしなかったというのは不自然である。
(3) 以上検討したところに照らせば,被告の主張に副うLの証言もまた,到底信用できないといわざるをえない。
4 その他,被告の主張する,おとり,寝返りの事実を認めるに足りる証拠はない。
(争点3について)
1 証拠(乙3~11,14~20,24,証人P,同D,同O,同Q,被告本人)によれば,被告が相当の注意を怠らなかったことの具体的事情として主張する事実のうち①ないし⑥を概ね認めることができる。しかし,これらの事実だけでは,Bが選挙違反行為を行うことを防止するため相当の注意を怠らなかったとはいえない。何となれば,これらの行為は,組織による選挙運動,とりわけ政治家の後援会組織による選挙運動に際しては当然に行われるべきもので,この程度の施策をもって「相当の注意」に当たるとは到底解しえないからである。
また,被告が主張する⑦の点,すなわち選挙違反に関する情報を本部に報告させ,その都度本部で具体的に指示,指導して選挙違反の防止に努めていたとの主張は,きわめて抽象的であり,これが下記2で説示するような事情を指すものであればこれを認めるに足りる証拠がないというべきであり,さもなければ具体性を欠くがゆえに主張自体失当というべきである。
2 すなわち,Bの選挙違反行為は,資金の供与を受けて複数の者を買収したというものであるが,このような行為を防止するため相当の注意を怠らなかったというためには,被告ないしその意を受けた本部が恒常的に選挙運動従事者らに聴取調査を行う等して,買収をし,又は買収をしようとしている者がいないかを日々チェックし,買収の事実ないしそのおそれが判明した場合には直ちにこれを中止させる等の具体策を講じる必要があったというべきである。
前記のとおり,Bは,平成12年4月ころ,9月ころ及び11月ころの3つの時期において,延べ約40名の者に現金を交付していたものであり,また,証拠(甲21~49)によれば,金を受け取った者の中にはa地区後援会副会長等の主だった運動員らも含まれていたことが認められるから,上記のようなチェック態勢を整えていれば,Bの選挙違反行為は容易かつ早期に判明し,少なくとも11月ころの買収は未然に防止できた可能性が高いといえる。
しかし,被告や本部,a地区後援会において,そのようなチェック態勢を設け,実施していたことをうかがわせる証拠はない。かえって,証拠(甲17~20,証人D)によれば,本部の役員らは,買収行為に走る運動員が出ることは想定しておらず,平成12年10月ころ,被告は当選しても選挙違反で摘発されるとの噂が流れたことがあったが,本部からは選挙違反をしないよう注意をしたのみで,具体的に買収の存否について調査することはしなかったことが認められる。
3 また,Bが選挙違反行為を行うことを防止するため被告が「相当の注意」を怠らなかったというためには,a地区後援会の選挙資金の管理・出納が適正明確に行われる態勢をとることも必要であった。
すなわち、前記第3の1(3)の事実及び証拠(甲12,37)によれば,Bは,平成12年9月上旬ころ,a地区後援会副会長Rから,ミニ集会で有権者に飲食させた費用をa地区後援会で支払って欲しいと依頼され,a地区後援会は会員から会費を徴収する仕組みになっていなかったので選挙運動資金がなく,したがってGに依頼してその費用を支出させ,また,そのころから同年10月上旬ころにかけて,a地区後援会の世話人であるM,同Nらに指示して各々の自宅においてミニ集会を開催させ,集った有権者に飲食させた費用(出席者から徴収した会費を超える部分)についてもGに支出させたこと,被告はM,N宅で開かれたミニ集会に出席してその活動状況を知っていたが,被告ないしその意を受けた本部はその費用が実際にいくらかかったか,その収支状況を調査しなかったし,また報告もさせず,これを把握していなかったこと,が認められる。
同事実によれば,a地区後援会の選挙運動資金は,その管理・出納がBに任され,いわば野放しの状態であり,被告ないしその意を受けた本部が資金の流れからBの選挙運動を管理していたとは認められない。同資金の管理が適正に行われていれば,Bの選挙違反行為を未然に防止できた可能性が高いといえるから,この点からも被告がBの選挙違反行為の防止のため相当の注意を怠らなかったとはいえない。
4 以上によれば,被告は,a地区の選挙運動資金の管理・出納を適正に行う態勢をとらなかった上,選挙違反行為を阻止するため日々これを点検するなどの具体策も講じなかったから,Bが選挙違反行為を行うことを防止するため相当の注意を怠らなかったとはいえない。
第4結論
よって本件請求はいずれも理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 黒津英明 裁判官 岡田健)