福岡高等裁判所宮崎支部 平成15年(う)20号 判決 2004年5月21日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人後藤好成及び弁護人小林孝志連名の控訴趣意書に,これに対する答弁は,福岡高等検察庁宮崎支部検察官検事郡司哲吾の答弁書に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用するが,所論は,要するに,被告人に死刑を宣告した原判決は,原審弁護人らが指摘した被告人のために酌むべき事情のほか,犯行当時に認められる被告人のみを責められない事情,被告人の反省と更生可能性について,その評価を誤り,重過ぎて不当な量刑をしている,というのである。
そこで検討する。
1 本件は,原判示のとおり,被告人が,①平成13年11月20日,宮崎市内のA方に侵入して,現金約1万円在中の財布1個を窃取し(原判示第3の事実),②同月25日,宮崎県西都市内のB方に侵入し,帰宅してきた同女(当時53歳)の頚部を両手で締め付けるなどして窒息死させて殺害した上,同女所有の現金約3万7000円等在中の手提げバッグ1個及び鍵束1個を強取し(同第1の事実),③同月29日から同年12月5日ころにかけて,宮崎県のa町内のC方に侵入して,現金1万1000円を窃取し(同第4の事実),西都市内に置き去りにされたD所有の時価約1万円相当の自転車1台を持ち去って横領し(同第8の事実),宮崎県のb町内のE工務店現場事務所に侵入して,時価約6000円相当の靴1足を窃取し(同第5の事実),金品窃取の目的で,西都市内のF方納屋に侵入し(同第7の事実),同市内のG方に侵入して,インスタントラーメン1袋,みかん約5個,御飯約1合を窃取し(同第6の事実),④同月7日,宮崎県のc町内のHが経営する雑貨店の居宅兼店舗に侵入して,同女(当時82歳)の頚部を両手やビニール紐で締め付けるなどして窒息死させて殺害した上,同女所有の現金約63万円及びセカンドバッグ1個を強取した(同第2の事実)という事案であって,侵入盗を行った被告人が,その5日後,強盗殺人を犯し,その4日後から10日後までに,侵入盗等を5回行い,その2日後,またもや強盗殺人に及んだもので,宮崎県内で短期間のうちに連続して行われた強盗殺人,窃盗等の極めて重大な事犯である。
2 被告人が上記各犯行に及んだ経緯,動機,犯行態様等は,原判決が詳細に認定しているとおりであるが,およそ次のとおりである。
被告人は
① 土木作業員として稼働していたが,平成12年9月ころから,再会した友人に誘われるままパチンコやスナック通いに耽るようになり,次第に稼働意欲を失うとともに,サラ金から借金を重ねて,その返済を滞らせるようになって,実家にまで頻繁に催促がきて,居づらくなったため,平成13年10月14日,頼る当てもなく家出し,仕事には出ずに,昼はパチンコ,夜は馴染みのスナックに通うなどし,パチンコで稼いだ金や実母の預金から無断で引き出した金などで遊興生活を続けていたところ,やがて所持金を遣い果たし,生活費等に窮した。
② そこで,留守であるのが分かっている知人宅に空き巣に入るしかないと考え,同年11月20日,職場の同僚のA方に,高窓の施錠を外して侵入したが,現金約1万円しか盗めず,これをすぐに遣い果たしてしまい,同月24日にも,別の知人方に空き巣に入ったが,カップ焼きそばで空腹を満たしただけで,現金は見つからなかった。
③ 同日,無断で入った資材小屋で夜を明かすうち,どうしても現金を手に入れたいと考えて,20歳のころに出入りしていたスナック店の経営者Bのことを思い出し,同店で手伝いや盗みをしたことがあり,また,同女の居宅がかつての自宅近くにあったので,同女が現金商売である程度まとまった金を持っていて,独り暮らしであることを知っていた上,留守にする時間も予想でき,同女の居宅は隣にその母親の居宅があるが,人目につきにくい場所であるし,土地勘もあったことから,同女が仕事に出て留守の間に空き巣に入り,現金があれば盗んでそのまま逃げ,なかった場合には,同女の帰宅を待ち,隙を見てその財布を奪おうと思ってはみたものの,同女に気付かれずに奪うのは難しいと考えて,警察に捕まらないためには,同女を殺害して金を奪うしかないとの思いを抱いた。
④ 翌25日午前3時ころ,上記資材小屋を出て,途中のビニール小屋から毛糸の帽子とみかん10個くらいを持ち出し,同日午前6時ころ,同女宅の裏手にある空き家に入り,仮眠などした後,留守中の同女方に現金がなかった場合どうするか改めて考えるうち,その場にあった自転車の車輪についているスポーク(針金状の金属棒)を目にして,これで道具を作れば,同女を刺し殺せるのではないかと考え,スポーク1本を車輪から取り外し,片方の先に木片を取り付けて柄を作り,もう片方の先をブロックに擦り付けて研いで凶器とし,これを携えて,同日午前10時ころ,上記空き家を出て,同女宅を見下ろせる竹林に入り,様子を窺うなどした。
⑤ 同日昼過ぎころ,同女がタクシーで外出するのを見届けた後,帰宅する様子がないのを確かめて,同日午後3時ころ,両手に軍手をはめ,上記帽子を被り,人目をさけて竹林から同女宅の裏側に下りて行き,同女宅台所の無施錠の高窓から室内に侵入して,同女宅の各部屋を物色したものの,どこにも現金は見あたらなかったため,かねて考えていたように,同女を殺害して所持金を奪うことにし,同女の帰宅を待つまでの間,同女宅にあったうどんとレトルトカレーでカレーうどんを作るなどして腹ごしらえをしたり,上記スポークの凶器は細くて刺す時に曲がってしまうと思い,台所にあった金串にガムテープを巻いて握り柄を作り,新たな凶器として準備したり,台所にあった漫画を読んだり,自慰行為をしたり,上記金串の凶器を握っているうち,これも柔な感じがして,確実に刺し殺せる凶器を台所で探すことにし,流し台の上にあった鋭利な包丁を選び出して,居間に戻り,身近に置いたり,その場にあったスナック店の売上金額が記載されたノートを見て,同女が少なくても3万円くらいは手元に現金を持って帰ってくるのではないかと思うとともに,同女からスナック店の鍵も奪い,同店に入って現金を探そうなどと考えを巡らせているうち,眠ってしまい,同日午後10時ころ,目を覚ましてから,同女の背後から口を左手で塞ぎ,胸に右手で持った包丁を突き立てるという想定した動作を繰り返しながら,同女の帰宅を待ち構えた。
⑥ 翌26日午前0時前ころ,タクシーで帰宅してきた同女に気付き,両手に軍手をはめ,上記包丁を携えて居間の隣の寝室内に隠れ,同日午前0時ころ,不審を抱いた様子もなく寝室に入ってきて,灯をつけようとした同女に対し,右斜め後ろから左手でその口を塞ぎ,右手で逆手に持った包丁をその胸部に突き出したが,刺さった手応えはなく,「殺さんで。殺さんで」という同女の声に怯んだものの,ここまできたらやるしかないという思いから,更に2回くらい包丁を胸目掛けて突き出したが,胸に当たった感触はなく,刺し殺すことはできないと思い,咄嗟に同女をベッドまで押していき,仰向けに押し倒し,馬乗りになって,同女の顔面に毛布を被せ,もがきながら「誰ね。誰ね」と声を上げる同女の口を左手で塞ぎ,右手に体重を掛けるようにして同女の首を絞め続け,同女が動かなくなっているのに気付いて,左手を離し,右手を緩めると,同女の口から息が漏れるような声を聞き,同女がまだ生きていると思い,確実に絞め殺そうと思い,馬乗りのまま,両手で親指を交差させて同女の首を絞め続けたが,同日午前0時30分前ころ,同女が身動きなどしないので,両手を離し,心音が聞こえず,呼吸もしていないのを確かめて,殺害を確認した後,同女が持ち帰って居間においていた現金約3万7000円入りの手提げバッグと玄関前の部屋においていた鍵束を奪い,その場から逃走した。
⑦ その後,同月28日までに,上記現金をパチンコ等の遊興費やモーテルの宿泊代に費消してしまい,再び金員に窮し,同月29日,職場の上司の実家であるC方に侵入して,現金1万1000円を盗んだが,翌30日には,パチンコで全てを使い果たし,またも現金を奪うしかないと考えているうち,かつて立ち寄ったことがあるたばこなどを扱う雑貨店のH商店を思い出し,隣家と離れた一軒家で高齢の女性しかいないから,金を奪うのは同店しかないと思ったものの,遠方だったため,近場で現金を手に入れたほうが無難だと思い,その日は山小屋で過ごしてから,同年12月1日ころ,側溝にはまって放置されていた自転車1台を見つけて,足代わりにするため横領し,この自転車に乗り,盗みをする場所を探して付近を徘徊し,翌2日,プレハブの工事現場事務所に侵入したが,現金も食べ物もなく,安全靴1足を盗み,ビニールハウス内で夜を過ごし,その後,同月4日,独り暮らしであるのを知っていたF方が留守だと思い,同人方納屋に侵入して母屋に向かおうとしたところ,同人に気付かれて声を掛けられ,その場を取り繕って,逃走し,その夜は付近の山小屋で寝て,翌5日,昼間は留守と分かっていたG方に,台所勝手口の取っ手の下に穴を開けて錠を外して侵入し,現金を探したものの見当たらず,そこにあったインスタントラーメンを作って食べるなどした後,みかんや菓子類を盗んで,立ち去り,西都市内のI組工事現場事務所に入り込み,その外部周辺に火の玉と思われるものがゆらゆら動いているのを眺めながら,一夜を過ごした。
⑧ 同月6日午前6時ころ,同事務所を出て,人に見つからないよう現金を盗むことができれば,それにこしたことはないと考えていたものの,何度盗みに入っても全く金が手に入らなかったため,切羽詰まった気持ちになり,現金さえあれば,好きなものを飲み食いできるし,パチンコもできるという思いが募る一方,今更母親の通帳等を持ち出した実家に帰ることはできないし,住み込みで働く仕事先が見つかるあても全くなく,ビニールハウスや留守宅においてある食べ物でずっと生きていくこともできないので,どうしても現金を手に入れ,できればまとまった金を手に入れて県外に逃げたいと思い,まとまった金を奪えるのは上記H商店しかないと考え,絶対にばれたくないという強い思いがあったことから,その女性を殺してでも金を奪おう,客を装って店内に入り,同女が背を向けた隙に後ろから襲いかかって店の奥に連れ込んでそのまま両手で首を絞めようなどと,殺害する時間や方法をあれこれ考えて,ビニールハウスで夜を過ごした。
⑨ 同月7日午前7時ころ,ビニールハウスを出て,橋の下で時間を潰し,同日午前10時ころ,自転車でH商店に向かい,同店脇で自転車を下りて,同日午後2時30分ころ,店内に入ろうとすると,同店前のたばこ自動販売機の陰でHが詰め替え作業をしているのが分かったが,そのまま店内に入り,現金のありかを探しながら,同女を待ち受けたものの,すぐには戻らず,やがて戻る気配を感じて,咄嗟に店の奥に素早く移動して隠れた後,更に店の裏側にある倉庫内に身を潜めて,同女の不意を襲うことにし,同所内で,たばこを吸い,置いてあった缶コーヒーを飲むなどし,その場にあったビニール紐で同女の首を絞める道具を作ることにして,紐を4重にして適当な長さにし,両端に結び目を作って引っ張りやすくするなどし,これを上着のポケットに忍ばせて,機会を窺った。
⑩ しばらく静かな状態が続いた同日午後9時ころ,倉庫の高窓から同女の居室を覗いたところ,同女がこたつで横になってうたた寝をしているのが見えたので,この機会に金を奪おうと思い,倉庫から居室に通じる出入口を開けようとしたが,内鍵が掛けられていて,ドライバーで鍵をこじ開けようとしても,開かず,そうするうち,同女が起き出して入浴しているのが分かり,再び内鍵を開けようとしたが,開けられないと思い,わざと物音をたてて,これに不審を抱いた同女が出入口の戸を開けるのを狙い,同女に襲いかかろうと考え,同女が入浴を終えるのを待っていたところ,同日午後10時前ころ,同女が浴室から出てきたので,物音をたてようとしたが,そうする前に,同女が倉庫出入口の戸の取っ手を回して内鍵を開き戸を10センチメートルほど開けたので,戸を押すようにして開けようとすると,同女が開けさせまいと押し返したが,さらに力を入れて押し開けて,土間に入り,怯えた表情で,全裸のまま両腕で胸を守るようにして立ちすくんでいる同女と向き合い,大きな叫び声を上げる同女の首に掴みかかり,強く締めつけたまま,その場に俯せに倒し,その背後から中腰の状態で両手で力一杯首を絞め続け,同女が全く動かなくなってから,確実に同女を殺害するため,上記の結び目で4重にしたビニール紐を同女の首下に通し,首上で交差させ,強く引いて,締め付け,さらに,両端を捻じるなどして,緩まないようにして締めつけて,同日午後10時ころ,同女を殺害した後,居室内を物色し,手提げバッグに入っていた多数の祝い袋から現金の札だけを取り出したほか,室内にあった硬貨をかき集めて,合計約63万円をその場にあったセカンドバッグに入れて奪うなどして,逃走した。
⑪ 同夜は,ホテルに泊まり,翌8日から同月11日までの間,ホテルに宿泊しながら,連日パチンコに興じ,勝ち負けを差引きして上記約63万円のうちから約8万円を遣い,このほか,ホテル代,食事代,タクシー代,スナックでの飲食代,女性へのプレゼント代に約18万円を費消したが,同月11日午前11時53分ころ,宮崎市内のパチンコ店にいるところを,指名手配中の被告人を探していたJ警察署の警察官から職務質問されて,同署に任意同行され,同日午後0時39分ころ,上記F方納屋に侵入した容疑(原判示第7の事実)で通常逮捕され,その後,本件各犯行を自供するに至った。
3 以上の事情によると,本件各犯行は,被告人が,遊興に耽った挙げ句,多額の借金を負い,その返済から逃れるために家出し,その後,生活を立て直す努力をしないどころか,パチンコやスナックで遊び暮らした末,さらに遊興費等を得たいがために,かねて事情を知った被害者を狙うなどして,次々と犯行を繰り返したのであって,短絡的かつ身勝手であると認めて誤りはなく,その動機には酌量の余地がない。
次に,本件各犯行の態様であるが,いずれも金品を奪うという明確で確固とした犯意に基づいて行われたもので,悪質であり,とりわけ,上記B宅での住居侵入,強盗殺人の事犯(以下,甲事件ともいう)及び上記H宅での住居侵入,強盗殺人の事犯(以下,乙事件ともいう)では,いずれも事前に知り得た事情をもとに,現金を身近に置いている独り暮らしで非力な女性に目を付け,あらかじめ様々な場面を想定してあれこれ考えを巡らし,発覚を免れるため,被害者が帰宅しないと確信するまで長時間付近で様子を窺い,あるいは,人目に付きづらい時間帯を選んだ上,指紋を残さないよう軍手をはめるなどして侵入行為に着手し,その場で金品を盗めないと分かると,被害者の帰宅を待ち続け,あるいは,被害者を襲う機会を窺い続けて,その間,凶器とする道具を準備しながら,被害者らを殺害する犯意を固めるとともに,想定した殺害行為の身のこなし方を繰り返すなどして,確実に目的を遂げるための段取りをし,被害者らの不意を突いて殺害行為に及んで,ためらうことなく一方的に暴行を加え続けて,被害者らがほとんど身動きしないことが分かりながら,さらに首を絞め,あるいは,ビニール紐を巻き付けて,殺害を確認して,強取の目的を遂げたのであって,その犯行態様は,強固な犯意に基づいていることが明らかであるばかりでなく,計画的かつ周到な備えのもとに,手慣れた手段を駆使した執拗かつ冷酷非道なものと断じるほかない。
所論は,被告人が,強盗殺人を決意したのは犯行の前日ないし前々日に過ぎず,殺害しないで現金を奪うことも考えていて,殺害を回避しようとしていた姿勢が窺われ,凶器を決めていたわけではなく,殺害方法も二転三転して場当たり的なものであることからすると,計画性は低いし,殺害の手段として,絞殺がとりわけ残虐であるとはいえないと主張する。
しかしながら,被告人の計画性は,綿密に練り上げたとまではいえず,スポークの凶器に見られるように実効性を疑うべき点があるとはいえ,企てに日数をかけていないとか,様々な場合を想定して対処する方法を複数思い描いていたからといって,場当たり的で計画性が希薄であるとはいえない。また,被害者らが,中年あるいは高齢の非力な女性であって,無防備な状況にあったことなどからすると,本件の絞殺という殺害方法を残虐と言い表すことができる。所論は容れ難い。
そして,本件各犯行のうち,甲事件及び乙事件についての結果は,いずれも金品ばかりでなく,何ら落ち度のない婦人の生命が,2人も瞬時に奪われた極めて重大なものである。
甲事件の被害者は,長女とは別居して,実母の居宅と同じ敷地内の別棟で,独り暮らしをしながら,スナック店を経営していたのであり,明るくさっぱりとした義理堅い性格で,周囲から好感をもたれる人柄であったところ,かつての同店の客で店の手伝いをさせて小遣いを与えたこともある被告人に殺害されて金品を奪われたのであり,その無念の思いは察するに余る。遺族となった実母は,被害者殺害の翌朝,被害者方でベッドに横たわった被害者の無惨な姿を発見して,驚愕と悲嘆にくれ,被告人に対する思いを「八つ裂きにしても足りないくらいの気持ちだ,Bの無念を晴らす意味からも最高の刑罰を与えて欲しい」などと述べ,被害者の長女も,「お金が欲しいとの,自分勝手な欲望を満たすためだけに,私にとってかけがえのない,たった1人の母を虫けら同然に殺した犯人を許すことはできない。犯人を死刑に処してもらって,母の無念を晴らして欲しい」などと極刑に処することを訴えている。
乙事件の被害者は,子女が3人いて,その家族らとは別に暮らし,夫を亡くしてからも店舗を1人で切り盛りしながら,独居生活していたのであり,穏やかで,面倒見がよく,親族はもちろんのこと,近所の者や馴染み客らから慕われる人柄であったところ,かつて店に来たことがあるというだけの被告人に殺害されて金品を奪われたのであり,その無念の思いも容易に推察される。遺族となった者のうち,日頃から行き来していた長女は,殺害の当日,被害者を訪ねた際,見慣れない自転車が店外に置かれているのが気にかかりながらも,被告人が店舗内に潜んでいるとは,ついに気づかず,翌日夜,土間で全裸のままうつ伏せに倒れている被害者の悲惨な姿を発見して,驚愕と悲憤にくれ,被告人に対する思いを「犯人を絶対に許すことはできない。死刑にしてもらいたい」などと述べ,その他の親族らも,同様に述べている。
このような遺族らの厳しい処罰感情を考慮に入れないわけにはいかない。
所論は,被害者らが,若くはなく,扶養すべき家族もいなかったから,遺族らに与える心理的,経済的影響は比較的少ないというが,被害者が働き盛りで扶養すべき家族がいる場合には,結果が一層重大であるといえても,そうでないからといって,社会内で有為な活動をしていた被害者らと大差なく,その生命が奪われた結果が重大でないとはいえない。
さらに,上記両事件に及んだ直後の被告人の行状についてみると,被告人は,甲事件の後,「徐々に実感が沸き非常に嫌な気持ちになって眠れなかった」などと後悔の気持ちを述べているが,その翌朝にはパチンコに,夜はスナックに行くなどし,スナックで店の女性から甲事件のことを話題にされても平然と知らないふりをしているのであって,悔やんだ気持ちが長続きしたとは考えられず,再び金に困ると,わずか12日後に乙事件を犯しており,同事件で,多額の金員を得て,翌日から遊興費や女性の歓心を買う出費をしており,尊い人命を奪ったことに対する後悔や自省の念は見出せず,人命軽視が著しいのであって,よろしくない。
加えて,本件各犯行のうち,甲事件及び乙事件は,その凶悪重大事犯のゆえに,その地域ばかりでなく広く社会一般に衝撃と不安感を与えたのであり,当然のことながら,大きく報道されて,社会に与えた影響は甚大であって,本件の帰結に対する関心は高い。
以上検討してきたように,本件各犯行のうち,甲事件及び乙事件だけをみても,重大な事犯であること,動機に酌量の余地はないこと,計画的かつ強固な犯意に基づく犯行であること,無防備な被害者を急襲して惨殺した犯行態様は残虐であること,結果は重大であること,繰り返し強盗殺人を犯したこと,被害感情が厳しいこと,社会に与えた影響が甚大であることなどからすると,被告人は,誠に厳しい非難を免れない。
4 これに対し,所論は,被告人が,①成育期に家庭環境に恵まれず,規範意識を醸成する機会を与えられず,社会適応能力が十分に形成されないまま成長したこと,②本件当時,極端な飢餓状態に置かれ,これに寒さ,経済的逼迫,社会的孤独感が加わり,心理的に極めて追いつめられていて,自制心が著しく弱まった状態であったこと,③犯行時には,軍手をはめ,帽子を被るなどして,証拠を残すことを恐れる反面,被害者宅で平然と食事をしたり,たばこを吸い,自慰行為までしてその場にティッシュペーパーを捨てたままにするなど,痕跡を残しても意に介さないという不合理な行動をしているし,火の玉を見たという幻覚に陥っていて,異常性が認められること,さらに,④本件の強盗殺人は,これまでの窃盗等の前科とは,暴力を手段としている点で罪質が全く異なり,しかも,被害者宅に長時間とどまるなど,著しい相違点があることなどが認められ,このような事情があることからすると,被告人に,本件各犯行に及ばないことを期待する可能性が相当減少していたとみるべきであり,被告人のみを責めることはできない旨主張する。
被告人は,その出生の翌年,両親が離婚したため,姉とともに父方祖母の下で成育し,再婚した実父から放任され,祖母には過保護に育てられて,小学5年から中学卒業まで養護施設で過ごし,その後,職に就いても,いずれも長続きせず,転々として,少年時に窃盗等の非行で保護処分を受けるなどし,成人した後も,平成元年5月から平成6年5月にかけて,窃盗等の罪で4回懲役刑に処せられ,いずれも服役して,その間の大半を刑務所で暮らし,最終刑を平成7年4月に仮出獄して,パチンコ店従業員として住み込み稼働中の同年11月ころ,職場の同僚の女性と婚姻して同女とともに花卉販売店を営むなどしたが,うまくいかず,平成10年2月に同女と離婚して,実父方に戻り,平成11年6月ころから,土木作業員として稼働して,その収入と実父の援助で,それまで滞っていたサラ金からの借金を返済するなど,安定した生活を送っていたところ,上記のように,平成12年9月ころ,再会した友人に誘われて,パチンコやスナック通いを始め,やがて,これに熱中して,平成13年3月ころから,再びサラ金業者から借金を重ね,同年10月ころには,その借入額が約230万円にもなり,取立てを逃れて家出した末,本件に至ったのである。
このような事情によると,所論が指摘するとおり,①被告人は,複雑な家庭環境の中,両親の十分な情愛に恵まれず半ば放任されて育ち,盗癖などの問題もあったことから,養護施設で過ごすなど不遇な境遇にあり,それらが,被告人の能力や資質の発達に悪影響を及ぼしていることは否定できない。原審における鑑定結果によると,知能検査は軽度の精神遅滞の範疇にある低い数値を示しており,養育環境や親からの遺伝的要因などが影響していることが指摘されている。しかしながら,被告人は,上記のように,最終刑を受け終わって仮出獄した後,安定した生活をしてきた時期があったことからすると,社会生活における適応力に疑問があるとまでは認め難いのである。また,被告人は,家庭裁判所の保護観察処分や4度の服役を通じて,これまでに改善更生の機会を与えられてきており,本件当時,既に33歳であったのであるから,成育歴に不遇な面があり,社会適応力が弱いことを,本件で改めて主張してみても,これを特段の情状とみることはできない。
また,②被告人が,本件当時,浮浪生活に陥り,飢えや孤独感などに追い詰められて,自制心が著しく弱まっていたことは容易に推察できる。しかしながら,被告人が陥った状況は,先の見通しを立てないまま,自らが招いた結果であるし,帰る場所がなかったわけでもないのであって,そのために自制心が弱まったからといって,これを酌むことはできない。
そして,③被告人が,被害者宅で機会を窺う間,食事して飢えを満たし,あるいは,その場にあった漫画に刺激を受けて性欲を解消したことは格別不自然ではないにせよ,その痕跡を残すことは,犯罪者の心理からみると無警戒すぎるとはいえるが,これは被告人の資質の問題とみるべきであって,異常な行動とまではいえない。
加えて,④窃盗等の前科しかない被告人が,それまでとは著しく異なる凶悪事件を犯したとはいっても,上記のような明確な動機等のもとに行ったことが明らかであることからすると,本件が被告人の意思とは別の事情に影響されて行われたとはいえない。
したがって,所論の指摘はあたらず,被告人に,本件各犯行に及ばないことを期待する可能性が減少していた事情があるとは認め難い。
次に,所論は,被告人が本件に及んだのは,被告人のパチンコへの過度の依存症に陥った病的賭博の状態にあったことに起因しており,被告人だけを責められず,社会が射倖性の高いパチンコを放置していることにも責任があるというのである。
しかしながら,被告人が,パチンコにのめり込み,これから容易に抜けきれない状態であったとはいえるものの,このような習慣性は自らの意思だけで立ち直ることができない病気ではなく,専ら自らの嗜好を満足させたいという気持ちが強いにすぎないのであって,つまるところ,被告人の意思によっているから,その責任がないとはいえず,また,パチンコを容認している社会に責任があるともいえない。所論は容れることができない。
5 このようにみてくると,本件罪責は極めて重いのであって,所論が指摘し,証拠上肯認できる事情,すなわち,甲事件及び乙事件について,当初から被害者殺害を確定的に決意していたわけではなく,殺害をためらおうとする場面もあったこと,逮捕された当初から本件各犯行について全面的に自白し,その経緯,態様や心情についても詳細かつ具体的に述べていること,被害者らの冥福を祈り,いかなる罰も覚悟している旨述べるなど反省していて,更生可能性が皆無であるとまではいえないこと,被害者らの遺族に謝罪の手紙とともに線香代として各2000円を送付していること,乙事件で強取した金員のうち,逮捕時に被告人が所持していた37万円余は遺族に返還されること,成育歴に不遇な面があること,臓器提供やアイバンク提供の意思を表示していることなど,被告人のために酌むべき事情を最大限考慮に入れた上,死刑が刑罰として最も重い峻厳な刑であり,これを選択するのに慎重を尽くすべきであることを勘案してみても,被告人に対し死刑を宣告した原判決は,相当にしてやむを得ないものというべきであり,これが重過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
よって,本件控訴は理由がないから刑訴法396条によりこれを棄却し,当審における訴訟費用は,同法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。
(国選弁護人 後藤好成(主任),小林孝志)
(裁判長裁判官 岡村稔 裁判官 村越一浩 裁判官 飯淵健司)