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福岡高等裁判所宮崎支部 平成15年(う)82号 判決 2007年1月23日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,主任弁護人五島良雄及び弁護人中島多津雄連名作成の控訴趣意書に記載されているとおりであり,これに対する答弁は,検察官郡司哲吾作成の答弁書に記載されているとおりであるから,これらを引用する。

第1控訴趣意中,事実誤認の主張について

1  原判示犯罪事実第1の詐欺の事実(以下,「原判示第1の詐欺の事実」と表記し,他の犯罪事実についても,同様に表記する。)について

論旨は,被告人は,Aに対して現実に400万円を貸し付けており,また,B1に対して連帯保証人になってくれるように依頼したのはAであって,被告人が依頼したのではなく,そもそも,被告人がB1から連帯保証契約に関して金銭の支払を受けることは当然の権利であるとともに,欺罔行為にも当たらず,詐欺罪が成立する余地はなく,被告人は無罪であり,さらに,被告人がB1から連帯保証債権の放棄に関して交付を受けた現金は80万円のみであり,それ以外の84万円については,連帯保証契約とは何ら関係なく交付されたものであって詐欺罪が成立しないにもかかわらず,被告人がAと共謀して,Aに金員を貸し付けた事実がないのにあるかのように装い,Aに400万円を貸し付けるなどと虚偽の事実を申し向け,貸主を被告人,借主をA,金額を400万円とする金銭消費貸借契約証書に連帯保証人としてB1に署名,押印させた上,B1に対し,その金銭消費貸借契約証書を示して支払を求めるとともに,B1の代理人であるC1弁護士を介して,B1に対し,連帯保証債務の一部である164万円の支払を受けることで連帯保証債権を放棄する旨申し向け,400万円の連帯保証債務を負担しており,その全部の履行を免れるためには164万円を支払わざるを得ないものと誤信したB1から現金164万円の交付を受けて,これを騙取したとの原判示第1の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

しかし,記録を調査し,検討しても,原判示第1の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はなく,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は左右されない。以下,補足して説明する。

まず,原判示第1の詐欺の事実に関して原判決が挙示する証拠によれば,被告人及びAがB1と知り合って,被告人及びAがB1の経営する喫茶店兼レストラン「b」に関わるようになった経緯,被告人及びAが偽装交通事故による保険金詐欺事件を起こしていずれも有罪判決を受けたことなどについては,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の2(1)ないし(3)に記載するとおりの事実がそれぞれ認められ,また,B1は,平成5年7月18日,原判示の「b」において,被告人及びAも同席する中で,貸主を被告人,借主をA,金額を400万円とする金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名,押印し,その後,偽装結婚をしていたAが旧姓に復したことから,同年10月31日,原判示の当時の被告人方において,貸主を被告人,借主をA,金額を400万円,返済期日を平成6年1月6日とする金銭消費貸借証書に連帯保証人として署名,押印したこと,平成5年11月24日,原判示のC1法律事務所において,被告人とB1の代理人であるC1弁護士との間で,「b」が使用しているB1所有の平屋建店舗に関する賃貸借契約,使用貸借契約等その他家屋の使用権限(ママ)の設定に関する契約が存在しないことを相互に確認する,B1が,被告人に対し,被告人が第三者に発注したゲーム機3台及びaに発注した室内インテリア改装に関し,解決金9万円を支払う,B1が,被告人に対し,同年10月6日締結の貸付金員額100万円の金銭消費貸借契約に関し82万円の,同年11月14日締結の貸付金員額5万円の金銭消費貸借契約に関し5万円の各残額があることを認め,その金員全額87万円を支払う,B1が,被告人に対し,被告人を債権者,Aを主債務者,B1を連帯保証人とする貸借金額400万円の同年10月31日付け金銭消費貸借契約についての連帯保証債務の履行として,164万円を支払い,被告人は,上記連帯保証契約に基づくその余の請求権を放棄する,被告人が上記連帯保証契約に関して主債務者又はその関係者から元金を回収したときは,B1に対して80万円を返還するなどの条項を定め,それらの条項に定める以外には,債権債務関係がないことを相互に確認するなどとの内容の示談書が作成され,被告人は,その示談に基づいて,B1から現金260万円の交付を受け,B1に対し,金額が9万円,87万円,164万円の3通の領収証を作成して交付したことが認められ,以上の事実については疑いの余地がない。

そして,B1は,原審公判廷において,平成5年7月18日及び同年10月31日にそれぞれ上記各金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名,押印した経緯について,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の3(1)に記載するとおりの供述をし,また,C1弁護士に委任して上記のとおりの示談をした経緯について,B1は,検察官調書中で,同年11月に入ったころに,被告人が「b」にゲーム機を置かせてくれと言うので了承したが,その数日後に「b」の店内を改装すると言い出し,被告人の知人から,被告人が「b」を乗っ取ると言っていたと聞いて,心配になり,被告人に店内の改装とゲーム機を置くことを断ると,被告人が「改装は既に発注した。」「ゲーム機はリースではなく,買取りなんだ。」「この損害をどうしてくれる。」などと言い,同年10月に借りた100万円についても,「前に貸した100万円の契約書はやくざの手に渡っている。」などと態度を豹変させて凄んできた,このままでは被告人や背後のやくざに本当に乗っ取られてしまうと心配になり,調理師の師匠のDが「b」に顔を出した際に事情を話したところ,DがC1弁護士に相談してくれ,父親のB2と共にC1弁護士の事務所に出向いて,被告人から借金をしていることや,400万円の連帯保証人になっていることなど,それまでの被告人との関わりを話し,被告人から凄まれている状況も説明し,適当な金額で被告人と折り合って示談したいと思ってC1弁護士に依頼をした旨などを供述しており,さらに,Aも,原審公判廷において,B1がそれぞれ上記各金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名,押印した経緯について,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の4(1)に記載するとおりの供述をしている。

このB1が金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名,押印した経緯についてのB1及びAの各供述がそれぞれ十分な信用性があり,相互に補強する関係にあることは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の3(2)及び4(2)にそれぞれ適切に説示しているとおりであり,C1弁護士に委任して示談をした経緯についてのB1の供述も,C1弁護士の検察官調書及び警察官調書中の供述や,B1の父親B2及びDの各警察官調書中の供述とも符合し,具体性があるなど,やはり十分な信用性がある。

一方,被告人は,原審公判廷及び捜査段階において,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の5(1)に記載するとおり,Aに現実に400万円を貸し付けており,AがB1と相談してB1に連帯保証人になることを承諾してもらったものである旨など,上記所論に沿う供述をし,当審公判廷においても,同旨の供述を維持している。

しかし,この被告人の供述がB1及びAの各供述と相容れず,その供述内容も不合理,不自然であることなどから信用できないことは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第1の5(2)に適切に説示しているとおりであり,上記の信用性が肯定できるB1及びAの各供述のほか,関係証拠によれば,原判示第1の詐欺の事実はこれを十分に認定することができ,疑いの余地がないというべきである。

これに対し,所論は,まず,原判示第1の詐欺の事実については,平成5年7月から同年11月にかけての間に行ったとされる犯行であり,被告人が受刑もした恐喝未遂,横領,詐欺の罪による原判示の確定裁判があった前件の捜査の際に既に発覚していた事件であって,もともと証拠不十分で立件困難であった事件をあえて再捜査して起訴したことが強く推測される事件であり,証拠の評価に際してもこの点を看過してはならず,B1及びAの原審公判廷における各供述についても,それぞれ,その信用性はないか,極めて低く,その一方で,上記所論に沿う被告人の供述は信用できると主張し,①被告人が,B1に連帯保証人になるよう依頼したり,連帯保証人になっても絶対迷惑をかけないなどと言ったとするB1の供述は,主債務者ではなく債権者である被告人がそのような発言をして依頼をすること自体が不自然で考えられず,仮に,被告人がそのような依頼をB1にしたとすれば,B1にとっては被告人が支払を請求すること自体が不当なことであるから,B1において,C1弁護士にその点を伝えなかったということは考えられないことであるのに,C1弁護士に伝えていないのであり,B1の供述には虚偽があり,また,その中心的な供述部分に重大な疑問があって信用性は極めて低く,②被告人は,当初の金銭消費貸借契約の弁済期にB1に連帯保証契約の履行を求めず,Aが旧姓に復した際に弁済期を平成6年1月6日とする金銭消費貸借契約証書に書き換えており,被告人には連帯保証債務履行名下に金員を詐取しようという意図が窺えず,また,B1が連帯保証した金銭消費貸借契約の弁済期は平成6年1月6日であるのに,C1弁護士が期限未到来の主張をすることなく示談交渉に応じたのは,被告人の方から連帯保証債務の履行を要求したのではなく,B1やC1弁護士の方から,その債務を減額する目的で連帯保証債務の問題を提示したことが明らかであり,これらの点は,被告人が現実に400万円を貸し付けたことを示しており,③Aは,当時被告人と対立関係にあったEが兄貴分であり,Eは,偽装交通事故による保険金詐欺事件について,Aに自首をさせ,g北警察署に勤務していた警察官との間で,被告人を刑務所に送り,Aには執行猶予が付くようにしてくれとの話合いを持っていること,Aは,被告人がAを殺害しようとして穴を掘らせたなどと虚偽の供述をしていることからすると,Aの供述の信用性はないと主張し,被告人においても,原審公判廷において,上記のとおりの供述をしているほか,被告人とEとの間にトラブルがあり,被告人がEの言うことを聞かなかったため,EがAに指示して偽装交通事故の関係で自首させ,g北警察署のF係長との間で,Aは執行猶予が付くようにしてやってくれ,被告人は懲役に送ってくれとの話がされていた旨や,Aを灯油等を使用して焼き殺そうとしたこともない旨など,③の所論にも沿う供述をしている。

しかしながら,所論が前提として主張するところにかんがみ,改めて検討しても,B1及びAの各供述が信用でき,その一方で,被告人の供述が信用できないことは既に述べたとおりである。そして,所論のうち,①及び②については,所論は,そもそも,通常に行われる連帯保証の場合を前提にした主張であって採用し難い上,B1及びAの原審公判廷における各供述によれば,主として被告人がB1に対して連帯保証人になるように依頼しているものの,Aにおいても,同席したときは被告人と共に主債務者の立場でB1に対して連帯保証人となってくれるように依頼をしているのであり,また,Aの原審公判廷における供述によれば,被告人は,保証人となったB1に対して400万円を請求し,支払うことができないであろうB1から,「b」の営業権を手に入れることを意図していたことが認められ,そのような意図を有していた被告人において,B1に対して積極的に働きかけることはむしろ当然の行動であり,債権者の立場である被告人がB1に対して連帯保証人となることを依頼したことが不自然であるなどとはいえない。そして,被告人は,「b」の営業権を手に入れることを意図し,そのための手段として,B1に金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名,押印させたと認められることに加え,B1は,検察官調書中で,連帯保証人になったことについて,Dや父親から,「どうして金もないのに連帯保証人になったのか。」と責められ,1回目にC1弁護士に説明した際には,Aがやくざとの麻雀に負けて400万円の借金を作ったとのことで,頼まれて連帯保証人になったとは話すことができなかったと供述し,C1弁護士に連帯保証人となった詳細な経緯を説明していなかったと認められ,また,B1から委任を受けたC1弁護士においても,検察官調書中で,「b」を被告人に乗っ取られないようにするため,被告人との関わりを断ちたいとのB1やB1の父親のB2からの依頼によって被告人との示談交渉を受任し,被告人が持参したB1が連帯保証人として署名,押印した金銭消費貸借契約証書を示されるなどして,連帯保証債務について,返済期日が到来して支払を請求されると,争っても負けるので,連帯保証債務を消滅させる方向で交渉した旨供述しており,これらのB1及びC1弁護士の各供述にはそれぞれ不自然な点などはなく,所論の主張するところは,いずれも,連帯保証債務を負担しており,その全部の履行を免れるために金員を支払わざるを得ないものと誤信したとするB1の供述の信用性を左右するものではない。さらに,③については,被告人が供述するようなEと警察官との間の話合いが持たれたということ自体がそもそも容易に信用できない事柄である上,原審第6回公判において,検察官が行った冒頭陳述では,犯行後の状況として,被告人が,平成5年11月ころ,口封じのためにAを焼き殺して死体を穴に埋めようと考え,友人から預かった宝石を穴に埋めるなどと言ってAを騙し,宮崎県西諸県郡甲町内の被告人の祖母方付近に連れて行き,Aに穴を掘らせるなどしたが,逡巡して殺害するに至らず,その穴を埋め戻させた旨主張しているところ,Aは,原審公判廷において,この点について,同年10月ころ,被告人の知り合いが盗んだ宝石を隠すために甲の被告人の実家の建物の陰になっている部分で穴を掘り,被告人がその穴に毛布を入れて新聞紙に火をつけて投げ込んで燃やし,その後に穴を埋め戻した旨などを供述しているものの,それ以上に,被告人が殺害の意図を有していたとの趣旨の供述まではしていないのであり,いずれも,Aの原審公判供述の信用性を左右するものとはいえない。

また,所論は,被告人がB1に連帯保証人になるよう依頼した際,B1は,被告人から「A君に400万貸したいので保証人になってくれ。」と言われたと供述するが,Aは400万円を借りている(既に被告人が貸している)旨B1に説明したと供述しており,B1及びAの各供述には食い違いがあって信用性がないと主張するが,Aの供述は,具体的な時期やそれぞれのやり取り等の詳細についてはやや記憶があいまいな部分があることが窺われるもので,被告人と共に最初に依頼した際と金銭消費貸借契約証書も持参して依頼した際との状況を混同して供述しているとも認められ,B1及びAの各供述は,金銭消費貸借契約証書を持参してB1が署名,押印した際には,被告人がAに貸し付けた旨言って依頼したとする点では一致していることからすると,所論指摘の供述の食い違いがあることがB1及びAの各供述全体の信用性を左右するものとはいえない。

さらに,所論は,被告人とB1の代理人C1弁護士との間で合意した示談書には,被告人が連帯保証契約に関して主債務者又はその関係者から元金を回収したときは,被告人はB1に対して80万円を返還するとの条項があり,この条項は,B1が支払った164万円のうち,連帯保証契約に関して支払われたのが80万円であることを端的に示すものであると主張し,被告人も,原審公判廷において,164万円については,全額が連帯保証契約の解除分ではなく,連帯保証契約の解除分として80万円,被告人がEに対してB1の代わりに立て替えて支払った10日に1割の割合の利息分として50万円,被告人がB1に賭け将棋で支払った分として34万円を支払ってもらうことになったもので,C1弁護士から,賭け将棋や違法金利を文書に載せることはできない,実質的にこれでも構わないんじゃないかと譲歩を求められたもので,その趣旨で,主債務者又はその関係者から元金を回収したときは,被告人がB1に対して80万円を返還するとの条項が記載されている旨所論に沿う供述をしている。

しかし,上記示談書の7条本文で,B1が,被告人に対し,連帯保証債務の履行として,164万円を支払うとされ,同条5項で,被告人が上記連帯保証契約に関して主債務者又はその関係者から元金を回収したときは,B1に対して80万円を返還するとされているところ,C1弁護士は,示談書にそのような条項を定めた経緯について,検察官調書中で,B1の被告人からの借入金について,超過利息を元本に充当して元本残高及び遅延損害金の合計金額を計算し,借入金の返済として87万円を支払い,店内改装工事のキャンセル料などについて,9万円を支払うこととし,連帯保証債務については,当初,これを消滅させるために主債務の2割の80万円を支払うとの案を提示したが,被告人が納得しなかったことから,被告人の説明する金額に裏付けがなかったが,被告人の主張を容れて,ゲーム機買入代金54万円と賭け将棋の勝ち分36万円をその80万円に加え,示談金の総額として260万円を支払うこととし,その260万円の金額で示談することについて被告人の承諾も得た後,双方が示談書に署名,押印したものであり,連帯保証債務の履行として支払う金額を,上記のような支払総額の金額調整の結果164万円としたものの,ゲーム機買入代金や賭け将棋の勝ち分として考慮した84万円については被告人の主張を容れて加算したものであったことから,被告人が元金を回収したときに,B1が求償し得る金額を80万円としたものである旨供述しており,その加算した債権,債務の発生原因に関しての供述は,被告人の供述と相異しているところ,その点を含めたC1弁護士の供述は,弁護士として被告人との交渉に臨み,その当時に作成したメモに基づいたものでもあって,信用性は高く,上記のとおり,示談書に定められたそれぞれの支払金額ごとに3通に分けられた被告人作成の領収証の金額も164万円と記載されていることからしても,B1において,164万円全額が連帯保証契約を解消させるためにその履行として支払わざるを得ない金員として交付したと認めるに十分であり,なお,被告人においても,164万円全額がその趣旨で交付されたことは,当然にこれを認識していたものと認められる。

以上のとおりであり,事実取調べ後の弁論を含むその他の所論及び被告人の弁解にかんがみ検討しても,原判示第1の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

2  原判示第3の詐欺の事実について

論旨は,被告人は,共犯者とされているGがローン代金を支払う意思及び能力があると認識していたのであり,詐欺の故意を欠き,被告人は無罪であるにもかかわらず,被告人が,G及びHと共謀して,Gにおいて代金を支払う意思も能力もないのにあるかのように装って,有限会社c代表取締役Iに対し,普通乗用自動車の購入を申し込み,d1株式会社との間のオートローン契約を申し込むなどして,Iをしてその旨誤信させ,Iから,購入名下に普通乗用自動車1台(販売価格200万円相当)の交付を受けて詐取したとの原判示第3の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

しかし,記録を調査し,検討しても,原判示第3の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はなく,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は左右されない。以下,補足して説明する。

まず,G及びHの原審公判廷における各供述のほか,関係証拠によれば,被告人とGの関係,Iに対して普通乗用自動車の購入を申し込んでその車両の交付を受けた経緯等について,以下の事実が認められる。

(1) 被告人は,平成10年9月初旬ころ,ガラス製品,電化製品の販売等を業としていたe産業株式会社e1店の店長Jと知り合い,Jが宮崎県宮崎郡癸町内で経営していたクリーニング取次店を任されていたGとも知り合ったが,Jは仕入れた電化製品を廉売するなどしており,クリーニング取次店の経営状態も悪く,Gは自身の給料ももらえない状態であり,借入れのできないJに代わってG名義で消費者金融等から借入れをして資金繰りに充てるなどもしていたため,Gは,同年10月当時,日掛け金融のほか消費者金融に対して約400万円の借金があった。

(2) Jは,被告人からも借入れをしていたが,Gに対し,その返済資金を工面してくると述べ,同年10月10日,z1空港から台湾に出国し,その後,いったん帰国したが,資金の工面ができなかったとして,z1空港に出迎えに来たGに車でz2国際空港まで送ってもらい,同月14日,再び台湾へ出国し,以後所在不明となった。同月15日,Gは,被告人から,そのことなどに関して,「どうして連絡しなかったんだ。」などと責められ,Jが帰国しなかったため車の中に泊まってz1空港で待っていたなどと虚偽の説明をし,その後,Gは,被告人に対し,消費者金融等から約400万円の借金があることを告げて相談したところ,被告人から,「二,三十万円よこせば破産宣告させてやる。」と言われ,さらに,「400万円の借金では金額が少ないから,負債を増やした方が破産宣告しやすいから,自分の言うとおりにすればいいから,自分に任せろ。」などと言われ,被告人の指示により,d8のローンを組んで価格64万円のロレックス社製の女性用腕時計を購入し,携帯電話ないしPHS3台を購入し,また,10万円分のd9のカードを作ったりした。なお,上記腕時計及び携帯電話のうち2台は購入後直ちに被告人に手渡され,上記カードは被告人の使用に委ねられた。

(3) 被告人は,同月21日,自己の使用する車を購入したことがある有限会社cから,被告人とHが相談して車種を決めた普通乗用自動車(セドリック)をGに購入させることに決め,翌22日,H及びKも同行して原判示のc事務所に赴き,IにGを紹介した上,Gに普通乗用自動車の購入を申し込ませ,Kを連帯保証人とし,被告人がIに依頼したオーバーローン分40万円を含めた購入代金240万円について,毎月2万8200円(1回目のみ3万1560円),7月及び12月のボーナス月支払加算額各15万円,60回の分割支払の約定でオートローン契約を締結させ,同月28日,d1株式会社から立替払金が振り込まれたことから,Iは,被告人及びHと共に訪れたGに上記オーバーローン分の40万円を渡し,Gはその40万円を被告人に手渡し,購入を申し込んだ普通乗用自動車については,Gは行けないとする被告人の強引な要求により,同月31日,Hと同行した被告人に引き渡され,Hがその車両を専ら使用していたところ,同年12月9日,Gから有限会社iに所有名義の変更がされ,同月11日,中古車業者に103万円で転売された。

(4) Gは,1回も車のローン分割金の支払をしておらず,連帯保証人のKが,第1回目の支払期日を過ぎた同月21日にその第1回分を支払い,それ以降,連帯保証人Kの名で平成11年3月から同年12月にかけて支払がされた。

(5) Gは,Lに対する事件の発覚を恐れた被告人から殺されそうな気配を察し,平成10年10月30日から一時期大分方面に身を隠し,その後,宮崎県東諸県郡壬町内の実家に身を隠していたが,逮捕された後,g県暴力追放県民会議を通じてC3弁護士を紹介され,同年12月11日,自己破産を申し立て,平成11年4月28日,破産宣告を受け,同年9月20日,免責決定を受けた。

以上の認定に沿うG及びHの原審公判廷における各供述の信用性がいずれも高いことは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第2の3(2)アに適切に説示しているとおりである(なお,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,GとHの供述には大きな食い違いがあり,信用できない旨主張しているところ,両者の供述の間には細部においては符合しない点もあるが,それは,主として,Hにおいて,細部の記憶があいまいなことによるものと認められ,両者の供述の核心部分における信用性に疑いが生じるものではない。)。

そして,以上に認定した事実によると,Gにおいて,Iに対してローン契約を申し込んで普通乗用自動車の購入を申し込んだ当時,消費者金融等に対して約400万円の債務があり,その支払に窮しており,Jから任されて店長をしていたクリーニング取次店の営業状態も芳しくなかったことが明らかである上,被告人は,平成10年10月15日,Gから,約400万円の債務があることを相談され,Gに対して,破産宣告を勧めたばかりか,債務額が少ないから破産宣告は受けられないなどと言って,Gに指示し,G自身が必要としない高級腕時計や携帯電話等の購入をさせたりもしていたこと,さらには,Gが購入を申し込んだ普通乗用自動車のローン分割金支払についても,G自身がその支払をしたことはなく,また,その普通乗用自動車は,G自身が必要としていたものではなく,専らHが使用するためのものであったのであり,1か月余の短期間で他に転売されていることなどからすると,被告人において,Gに購入を申し込んだ普通乗用自動車の代金支払の意思も能力もなかったことを認識していたことは,これを十分に推認できるというべきである。

これに対し,所論は,被告人は,捜査段階から一貫して,Gが代金を支払う意思も能力もあると認識していた旨供述しており,この被告人の供述は信用できると主張し,①被告人は,自ら相当長期間にわたって現実にローン分割金50万円以上の相当額を支払っており,これは,詐欺の故意を有している者の行動としては相容れず,また,被告人は,ローン契約の際,自ら依頼して知人であるKを連帯保証人にしており,Gがローン分割金を支払わない場合に連帯保証人として支払請求を受けたKから,被告人に対する責任を追及されることは必至であるのに,被告人において,あらかじめKからの責任追及に対する対応をとっておらず,むしろ,Kに迷惑がかからないように自ら支払を継続してきたものであり,②被告人は,Gに対し,Gの日掛け金融業者からの借金の返済資金を貸し付けており,自己破産を念頭に置いている者にそのように返済資金を貸すというのは矛盾しており,③被告人は,Iに対し,「金を貸したのに返さんから,車で回収するわ。」と告げており,Iは,被告人がGに普通乗用自動車(セドリック)を購入させ,これを代物弁済として受け取って債権回収を図ることは分かっていたことが窺われると主張する。

しかし,被告人の原審公判廷及び捜査段階における供述は,原判決が「事実認定の補足説明」の項第2の3(2)イに記載するとおりであり,被告人は,当審公判廷においても,同旨の供述を維持しているところ,所論にかんがみ,改めて検討しても,これらの被告人の供述が信用できないことは,原判決が同項第2の3(2)ウで適切に説示しているとおりである。また,所論のうち,①については,連帯保証人となったKは,警察官調書(原審検甲128)中で,ローン分割金について,d1からの電話で,Gと連絡が取れず,第1回分の支払もされていないとして支払を求められ,平成10年12月21日,自身の預金から払い戻した金によって第1回目の3万1560円の振込をしたほか,第2回目の平成11年3月29日に振り込んだ5万6400円については,金がなく,被告人から借りて支払い,第8回目の同年7月2日に振り込まれた30万円については,被告人が支払っているが,それ以外はK自身が支払っている旨供述しており,第5回目の同年5月10日の2万8200円の振込について,被告人から借りたような気もするが,パチンコで勝った金で振り込んだか,新聞配達のアルバイト代で支払ったようでもあると供述し,記憶のあいまいな点はそのまま供述している上,上記の振込に関する供述は,Kが保管していた振込受取書又は利用明細に基づき,預金通帳の記帳とも照合しながら供述しているもので,客観的な裏付けもあり,なお,Kは,預金通帳の記帳を確認しながら,被告人に貸していた金員の一部を返してもらったり,被告人のために消費者金融から借り入れた金員の支払のために被告人から金を出してもらったことについても説明しており,被告人からローン分割金支払のために受け取った金員と他の債務の支払等のために受け取った金員とを区別して供述していることも認められるなど,その信用性は高く,被告人がローン分割金の相当額を支払ったとする所論は,その前提が異なっている。そして,特に,Kは,検察官調書及び警察官調書中で,平成11年7月2日に振り込まれた30万円について,被告人が「警察が動いているらしい。とりあえず30万円入れておく。」と言っていた旨供述し,また,d1との裁判では,被告人から「ローンの支払金は全て俺が出していると裁判で言え。」と言われ,その裁判でその指示どおりに嘘を述べた旨も供述しているのであり,被告人がローン分割金の支払を負担したのは,詐欺の事実の発覚を免れるためであったと認めることができる。さらに,Kは,株式会社f電機に勤務し顧客として被告人と知り合ったものであるところ,被告人から会社を興すとして資金協力を依頼され,消費者金融から借入れをして被告人に貸し付けるなどして多額の借金を負わされ,また,被告人が700万円を貸し付けたとする者に対する連帯保証人になり,主債務者の行方が分からなくなったとして,Kの被告人に対する450万円の債権とその連帯保証債権を対当額で相殺する内容の相殺契約書に署名するなどもし,しかも,Kは,上記検察官調書及び警察官調書において,Gのローン契約の連帯保証人となった経緯について,被告人から指示されてその優柔不断な性格から断れずに保証人になった旨供述しているのであり,被告人において,Kを利用する意図を有していたことが認められるのであり,所論は採用できない。②については,Gは,平成10年10月15日,被告人から,支払期限がきていた消費者金融に対する返済資金として七,八万円を渡されたことが認められるものの,被告人との間で破産宣告の話が出たのは,その後のことであり,のみならず,被告人において,Gを利用する意図を有していたと認められることからすると,被告人がGの幾分かの借金の肩代わりをしたとしても,これを不自然であるなどとはいえない。③については,Iは,検察官調書中で,平成10年10月21日に被告人がGを連れてきて,「Gさんが車を欲しがっている。」と紹介された旨供述している上,被告人から,「Gさんが金を貸したのに返さんから,車で回収するわ。」とは言われていない旨供述し,被告人の供述を否定しているのであり,被告人からそのようなことを告げられていたら,Gが被告人に対して借金を抱えて金を返せない状態で車で代物弁済しなければならないような財産状態であると思い,ローンの支払も危ぶまれ,その結果d1に損害を与え,ひいては,Iの責任が追及されるので,絶対にGに車を販売していない旨も供述しており,それらの場に同行していたHも,原審公判廷において,被告人がそのようなことを言ったのは聞いたことがない旨これを否定する供述をしており,とりわけ,Hにあっては,このような点に関して特段被告人に不利となる虚偽の事実を供述する理由は何ら窺えず,所論は採用できない。

以上のとおりであり,事実取調べ後の弁論を含むその他の所論及び被告人の弁解にかんがみ検討しても,被告人において,Gに普通乗用自動車購入代金支払の意思も能力もないことを認識していたことが認定できることも含めて,原判示第3の詐欺の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

3  原判示第4の電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事実について

論旨は,被告人にはL所有の不動産を騙し取る目的はなく,L自身も,その不動産に設定される抵当権が被告人のGに対する架空の債権を担保する虚偽のものであることを説明を受けて知っていたものであるのに,犯行動機について,専ら,被告人において,Lからその所有の不動産を騙し取る目的であったと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

上記主張については,仮にその主張するとおりの事実の誤認があるとしても,その誤認が構成要件的評価に影響を及ぼすことはないとも考えられるが,量刑判断の基礎となる犯罪行為自体に直接関係した犯罪の動機,目的についての主張でもあるので,記録を調査し,検討すると,原判決が「事実認定の補足説明」の項第2の2ないし4でその認定,判断を説示するところにより,上記のとおりの被告人の犯行動機を認定した原判決に事実の誤認はなく,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は左右されない。以下,補足して説明する。

Gは,原審公判廷において,平成10年10月15日,被告人方において,被告人から破産宣告の話を持ちかけられた後,被告人から,「造園業をやっているLが,借金もあるが,土地を持っていて,そこの土地が後々値上がりしそうだから,1000万円をGに貸したということにして,Lにその連帯保証人にならせ,Gが身を隠して,連帯保証人の土地を取る。」などと言われ,その後の同月19日ころ,被告人方において,被告人から,Gがクリーニング店のほかに高級食器などを扱う商売もやるので,高級食器を買い占めるための資金として,被告人がGに対して5000万円を貸し付けるなどと説明すると言われ,話を合わせるようにと言われた旨を供述しているとともに,同月28日に,被告人から,Lの義理の息子のMがGを探している,Mに見つかったらやばいから,身を隠せなどと指示され,その指示によって,g空港近くの駐車場に車を置き,Hが申し込んだウィークリーマンションに,被告人から見張りを指示されたとするNと共に身を隠していた旨などを供述し,また,Hも,検察官調書中で,Lを被告人に紹介した経緯も供述した上で,同月中旬,被告人方において,被告人が,「行政書士の先生に頼んでLの家や土地の登記を調べたが,いい土地をかなり持っている。」「Lの家と土地を乗っ取ろうか。」と言い出し,「乗っ取ろうか。」と言ったことは間違いなく,その言葉はよく覚えているが,被告人の言葉を聞いて,被告人が架空の融資を作り上げてLから自宅の土地,建物を騙し取ろうと考えていることが直ぐに分かった,同月15日にも,被告人方において,被告人が,Gに対し,破産宣告の話をした後,「Lという人間がいる。俺がお前に融資することにして,その人間を保証人につける。今度,サミットがあるから,それに関して高級食器を納入する商売をして金儲けができるということにするから,お前は,副業としてその食器を卸す商売をやると言え。お前はそのために俺から金を借りることにしろ。」と指示していた旨供述している。そして,このG及びHの各供述は,その供述内容がいずれも具体的かつ詳細で,不合理な点もなく,特に,Gについては,その供述するところは自身の刑事責任も問われかねない不利益な供述であって,捜査段階においても,同旨の供述をしてその供述は一貫しており,また,Hについては,被告人が「Lの家と土地を乗っ取ろうか。」と言っていたのを聞いて,LがHの元妻の父親であるOの知人であり,Lを紹介したのは自分であったので,Lが土地,建物を騙し取られることになっては申し訳ないと思って,Oに電話をかけ,「Lさんには被告人と縁を切らせた方がいい。そうでないと,Lさんが家も土地も取られてしまう。」と話した,被告人がLが連帯保証人になったことを話すのを聞いた後にも,Oに電話をして,「なんでLさんは保証人になったのだろう。家も土地も取られても知らんからな。」と話したが,Oは「俺も何度も言ったのだけれど,Lは言うことを聞かない。放っておきなさい。俺も知らない。」と言っていた旨も供述しており(なお,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,HがOに対してそのような忠告の電話をしていたのであれば,OがLにその旨を伝えているはずであり,Lが騙されるようなこともなかったはずであるとし,H供述の信用性を争っているが,Oは,警察官調書中で,Hから,「被告人は悪い奴やから,今日被告人がLさんに手渡した5万円はすぐに被告人に返すようLさんに言ってくれ。利子はつくし,とんでもないことになる。」と言われ,「被告人とは関係を持たない方が良い。」とLに忠告したが,Lは,「Gという男は,癸の財閥だ。あれの為なら何でもする。」と聞く耳をもたない感じであった旨供述しており,むしろ,Hの供述と符合する供述をしている。),さらに,G及びHのいずれにおいても,被告人に不利な虚偽の供述を作り上げて供述する理由も見当たらない。

そして,被害者であるLの供述は,原審で取り調べられた証拠中には存在しないが,Lから相談を受け,代理人として不動産仮処分を申し立て,根抵当権設定登記等の抹消登記訴訟を提起したC2弁護士は,警察官調書謄本中で,要旨,以下のとおり供述している。

平成10年10月28日,L及び娘婿のMがC2弁護士の事務所に相談に来て,被告人から詐欺の被害に遭ったとして次のように説明した。Lは,サラ金からの借金が約100万円あり,金を貸してくれる人の紹介を知人であるOに依頼していたところ,同月9日ころ,Hを介して被告人を紹介された。被告人から,「自分は物件を担保に大きい金は貸すが,小さい金は貸さない。担保に入れるような物件を持っているか。」などと聞かれ,宅地,居宅,田を所有していることやその所在地等を説明し,「これを使っていい。一応貸付けであるが,催促なしのある時払いでいい。」と言われて5万円を渡してくれた。四,五日後,とりあえず4万5000円を返還しようと思って被告人の自宅に行くと,Gを紹介され,被告人から,「Gにお金を1000万円貸す予定であるが,Lさんが保証人になってくれれば,Lさんが私から借りた5万円は返さなくてもいい。」と言われ,これを承諾し,金額1000万円の借用書の保証人になった。1週間後くらいに被告人の事務所に行くと,Gも来ており,被告人から,Gを高級ブランドのバッグや食器を扱う仕事をやりたがっている男と紹介され,「1000万円は返してもらった。」と言われ,被告人が借用証書を破り捨てたので,被告人とGをすっかり信用してしまった。被告人から,「私がGに5000万円を貸す予定であるが,Lさんが保証人になり,自宅の土地,建物を担保提供してくれれば,そのお礼としてLさんがサラ金から借りている100万円の借金を私が払ってやる。5000万円は私がg銀行h支店で借りて,Gに貸すので,Lさんは,自宅の土地,建物を銀行借入れの担保に貸して欲しい。」と頼まれ,被告人とGをすっかり信用していたことから,その申出を了解した。さらに,同月27日に被告人の事務所の下の駐車場で被告人と会った際,被告人から,「私がg銀行h支店から3000万円を借りてGに貸すので,保証人になって欲しい。Gの借入保証と銀行借入れのためにLさんの土地を担保に提供して欲しい。」と言われ,これも被告人とGを信用していたことから,承諾した。その後,妻に相談し,法務局で登記簿を確認すると,平成10年10月21日受付で,被告人を根抵当権者とする極度額5000万円の根抵当権が設定されていることが判明し,被告人がg銀行h支店から5000万円を借りるために,銀行を担保権者とする担保を設定すると言っていたことが全くの嘘と初めて分かった。3000万円の担保については登記手続中であったため確認できなかった。

このLがC2弁護士に説明した内容は,上記G及びHの各供述と符合し,C2弁護士が事実確認のためGに事情を聴取した際,Gが作成した説明書とも符合しているのであり,これらの関係者の供述によれば,原判示第4の電磁的公正証書原本不実記録,同供用の犯行についての被告人の動機については,専ら,Lからその所有の不動産を騙し取る目的であったと認めるに十分である。

これに対し,被告人は,原審公判廷及び捜査段階において,Zから,被告人の第三者に対する貸金債権を担保するものとして抵当権を設定してもらい,その抵当権に銀行のための質権を設定して銀行から融資を受けるという方法を教示され,Gに金を貸したことにして,その貸金債権を担保するものとして,Lの土地,建物に抵当権を設定してもらい,その抵当権を担保にして,銀行から,iの事業資金の融資を受けようと考えたものであり,架空融資についての物上保証人になることはLも承諾していた旨所論に沿う供述をし,なお,当審公判廷においても,同旨の供述を維持しており,所論も,この被告人の供述は信用できると主張する。

しかし,この被告人の供述は,そもそも,上記のG,Hらの供述と全く相容れないものであり,Hの検察官調書によれば,被告人において,平成10年10月28日,Hに対し,「Lの件でMという男が出てきた。」「Mは納得できないので,本当にLが金を借りたのか聞きたいから,Gに会わせろと言っている。Gなら,Mから聞かれたら,本当のことを喋るだろう。それじゃまずい。Gは隠しておかないといかん。」などと言って,Gの所在を隠すためのウィークリーマンションを予約することを指示したことが認められ,また,Nの原審公判廷における供述及び検察官調書によれば,上記の10月28日,被告人は,Nに対しても,「Lの親戚のMがGを探している。MがGに会わせろと言っている。GがMに見つかったら,やばい。Gは喋るから,消す。お前に500万円やるから,お前がやれ。」と言って,Gの殺害を指示したこと,Nに指示して,Nを見張り役として,Gと共にウィークリーマンションに寝泊まりさせたことなどが認められるところ,このような被告人のHやNに対する指示等の言動とも相容れないというべきである(なお,被告人は,Gをウィークリーマンションに住まわせたのは,Gが逃げるのを防止し,Jと連絡を取り合うのを突き止める考えであった旨や,Gの車をg空港近くの駐車場に停めさせたのは,Gから足となる車を取り上げ,駐車代金が増えることによって,Gが多少慌てるのではないかと考えたからである旨を供述しているが,不自然で到底納得できるものではなく,信用できない。)。加えて,被告人が有限会社iの設立登記をしたのは,平成10年10月22日であるところ,そのころにg銀行から融資を受けようとして行動していたことを裏付けるような証拠は全くなく,むしろ,被告人らがg銀行h支店に融資の相談や申請をしたりしたのは,平成11年5月中旬が最初であったことが認められること(なお,所論は,原判決が「Zから教示されたという抵当権に質権を設定するとの方法については,そのような方法をとることが法律上不可能であって,税理士であったZがかかる方法を教示するということ自体不自然,不合理である」と説示する点について,被告人が供述しようとした内容は債権質のことであり,抵当権の付従性,随伴性の効果として質権の目的とされた債権に付着した抵当権についても,債権質権者がその権利を行使しうるということを意味するものであり,税理士がこれらについて正確な理解や表現ができないと考えられ,ましてや,被告人が正確な法律的内容を理解,表現するのは困難であり,被告人の供述が不自然,不合理であるとはいえないと主張しているが,所論を前提にしても,被告人において,g銀行に融資の申込みをしていないことは,Zからそのような教示を受けたとする供述の信用性を大きく減殺するものである。),また,被告人は,捜査段階の当初には,Lから,貸主を被告人,借主を第三者とする架空金銭消費貸借契約書を作成することを言い出した旨供述していたところ,思い違いをしていたなどとするのみで,その後において,供述を変遷させていることなどからすると,被告人の供述は到底信用できないというべきである。

その他事実取調べ後の弁論を含む所論及び被告人の弁解にかんがみ検討しても,原判示第4の電磁的公正証書原本不実記録,同供用の犯行の動機が,専ら,Lの所有不動産を騙し取る目的であったと認定した原判決に事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

4  原判示第5の詐欺の事実について

論旨は,被告人は,平成11年2月16日,原判示のj駐車場に停車中の普通乗用自動車内において,P1の面前で,P2に対し,「取立屋があんたの会社に行けば,あんたも会社に行けんじゃろう。あんたの人生も終わりじゃね。」と申し向けた事実は全くないにもかかわらず,これを積極に認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

上記主張については,原判示第5の詐欺の事実が架空の金員貸付事実を作出した上でその連帯保証債務履行名下に金員を詐取したとの犯罪事実であることからすると,仮にその主張するとおりの事実の誤認があるとしても,その誤認が構成要件的評価に影響を及ぼすことはないとも考えられるが,量刑判断の基礎となる犯罪行為自体に直接関係した犯情の軽重にかかわるものでもあるので,記録を調査し,検討すると,被告人は,原審公判廷において,上記の言辞は言っていない旨供述し,捜査段階及び警察官調書においても,そのような言い方は恐喝になるので言っていない旨所論に沿う供述をし,当審公判廷においても,同旨の供述を維持している。

しかしながら,P2は,平成11年2月16日に原判示のj駐車場に停車中の普通乗用自動車内で被告人から連帯保証債務の履行を請求された状況について,検察官調書中で,上記駐車場で被告人の帰りを待ち,帰ってきた被告人から「車の中で話をしましょう。」と言われ,被告人の車にP2がその助手席に,P1が後部座席に乗り,運転席の被告人と話をした際,被告人から,P1に対し,「P1,連帯保証人になった400万円の返済期日が過ぎている。期日が過ぎたから,今後利息が膨らんでいく。P1,400万円を即払え。うちも金を回していかなければならないから,遊ばせとく金はない。」などと言われ,P2に対しても,「うちは何処から回収してもいい訳やから,取立屋に債権を譲渡しても困らん。お前が払わなければ,これを債権譲渡して,取立屋に回してもいい。取立屋の方に回せば,取立屋が何処に行ってもついてまわるだろうから,生活も困るだろう。取立屋があんたの会社に行けば,あんたも会社に行けんじゃろう。あんたの人生も終わりじゃね。」と少し凄みのある言い方で言われた旨供述し,警察官調書中でもほぼ同旨の供述をし,また,P1においても,警察官調書中で,「P1,連帯保証人になった400万円の返済期日は過ぎたがね。今後は,利息がどんどん大きくなって膨らんでいくよ。うちも金を遊ばせておく余裕はないのよ。P1,どんげしてくれるとか。400万円即払えよ。払わんければ,取立屋に債権を譲渡することになるわな。うちはどこから回収してもいい訳やから,取立屋に譲渡しても困らん。」等と言われ,さらに,今度はP2に対して,「取立屋に回せば,取立屋があんたの所に行くわな。取立屋があんたの会社に行けば,あんたも会社に行けんようになるわな。あんたの人生も終わりじゃがね。」と言われ,このとき,大変なことになった,被告人は脅し文句を言って私(P1)が払えないときには,親父から払わせるつもりだと思った旨供述し,検察官調書でもほぼ同旨の供述をし,両名の各供述はほぼ完全に符合し,その前後の経過等も含めてそれぞれの供述内容には何ら不自然な点はなく,また,両名が被告人から申し向けられたとする上記の言辞についてのみ虚偽の供述をする理由も何らないことからすると,両名の各供述の信用性は高く,これに反する被告人の供述は信用できない。

これに対し,所論は,P2は主債務者ないし連帯保証人ではなく,被告人が返済義務のないP2に対してそのような言辞を申し向けて強引に請求したというのは不自然極まりなく,また,P2は銀行員であり,被告人が「銀行に」と言ったとするならともかく,「会社に」と言ったというのも不自然であると主張する。

しかし,H及びQの各検察官調書謄本によれば,被告人は,P1の父親が銀行員であることを知っており,当初から,P2に対しても,P1の連帯保証債務の履行に関して金員の支払を求める意図を有し,その意図したとおりにP2に対してもその履行を迫ったことが認められる(なお,被告人においても,Zの発案であることを前提に供述しているものの,P1の父親で銀行員であるP2に支払わせる意図で犯行に及んだことを認める供述をしているのであり,また,P2は信用金庫職員であり,銀行も含めて金融機関を「会社」と表現することが特段不自然であるとすることもできない。

したがって,上記P2及びP1の各供述によって被告人の上記言辞を認定した原判決に誤認はない。

論旨は理由がない。

5  原判示第6の3の詐欺の事実について

論旨は,被告人は,平成11年3月13日ころ,電話で,S1に対し,「私の会社は返済期限を過ぎたらすぐ取立てに若い者をやりますよ。」と申し向けた事実は全くないのに,これを積極に認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

上記主張については,原判示第5の詐欺の事実についての事実誤認の主張と同様に,仮にその主張するとおりの事実の誤認があるとしても,その誤認が構成要件的評価に影響を及ぼすことはないとも考えられるが,量刑判断の基礎となる犯罪行為自体に直接関係した犯情の軽重にかかわるものでもあるので,記録を調査し,検討すると,被告人は,原審公判廷において,S1に対して上記の言辞を言ったことはない旨供述し,当審公判廷においても,同旨の供述を維持している。

しかし,S1は,検察官調書及び警察官調書中で,平成11年2月末ころ,S1が多額の貸付けをしていたRから,Rが返済に充てるための金員を借り入れる相手として被告人を紹介され,その際,被告人から,Qが保証人になることを条件として,S1に対してであれば500万円を貸し付ける旨を申し向けられ,その後,被告人から,電話で,Qにまず500万円を貸し付け,その返済を受けた後にS1に500万円を貸し付けるので,Qに対する貸付けについてS1が保証人になってくれないかと申し向けられるなどし,Qからも,Qが返済した後にS1が被告人から貸付けを受ける際にはQにおいて保証人になる旨を申し向けられるなど,原判示第6の1に認定するとおりの虚偽の事実をそれぞれ申し向けられ,貸付保証金名下に現金20万円を交付した経緯,さらに,被告人及びQから,原判示第6の2及び3に認定するとおりの虚偽の事実をそれぞれ申し向けられ,S1及びS2において,Qに対する貸付資金名下に現金100万円を交付し,また,S1において,連帯保証債務の履行名下に現金500万円を交付した経緯をそれぞれ具体的かつ詳細に供述しているのであり,それらの供述中で,平成11年3月13日に被告人から電話で,「Qは,結局600万円持ってきませんでした。返済期限を過ぎると利息も増えますよ。前にも話しましたけど,私の会社は返済期限を過ぎたらすぐ取立てに若い者をやりますよ。今回は,3月15日までにはS1さんが500万円を返済してくれるとのことですから,それまでは自宅や職場には取立てには行きませんので,3月15日までにはちゃんと500万円を払って下さいよ。」「私の方からもQには何度も連絡を取っていますが,Qの携帯電話は留守電になっており,連絡が取れません。」などと言われた旨供述している。そして,これらの被告人から虚偽の事実を申し向けられたとするS1の供述は,原判示のスナック「k」やスナック「l」に同行し,有限会社i事務所に居合わせ,被告人がS1に対して申し向けた言辞を聞いたとするTの検察官調書中の供述,さらには,共犯者のQの検察官調書謄本中の供述ともほぼ符合し,その前後の経緯からしても,被告人がS1に対して上記の言辞を申し向けたというのは自然であり,また,S1が被告人の上記の言辞についてのみ虚偽の供述をする理由もなく,その供述の信用性は十分である。

所論は,債権者は被告人個人であり,「私の会社は」という表現をしたというは不自然であるとも主張するが,被告人において,Qから返済がなかったときは,とりあえず被告人の会社が他から借入れをして,貸す予定をしていた第三者に貸すこととし,その利息の負担を求める旨の話もしているのであり,被告人が「私の会社は」という言辞を述べたことが不自然であるなどとすることはできない。

したがって,被告人がS1に対して上記の言辞を申し向けたと認定した原判決に誤認はない。

論旨は理由がない。

6  原判示第7の1の殺人の事実について

論旨は,被告人はUを殺害しておらず,そもそも,被告人にはUを殺害しなければならない動機はなく,また,Uにどのようにしてハルシオンを摂取させたのか,ハルシオンをどの程度摂取すればいかなる身体的変化が生じ,その変化がどの程度の時間継続するのか,ハルシオンを摂取させられて抵抗できない状態に陥ったとされるUがどのようにして落ちた穴から這い上がってくることができたのかも証拠上解明されておらず,さらに,筋ジストロフィーに罹患して体力のない被告人がUの右側頸部のみを圧迫してUを窒息死させることができるかどうかも証拠上解明されていないにもかかわらず,被告人が,平成11年3月25日午後8時前後ないし午後8時20分ころから同日午後9時30分ころまでの間,原判示の休耕田(以下,原判決の表記に従って「乙の土場」という。)において,確定的殺意をもって,Uに対し,何らかの方法でハルシオンを摂取させて抵抗できない状態に陥らせた上,Uの両手首に後ろ手錠をかけて産業廃棄物を焼却中の穴に落とし,さらに,穴から這い上がってきたUを,何らかの方法でUの使用する普通乗用自動車(ボルボ,以下「ボルボ」という。)のトランク内に入らせるとともに,そのころ,同トランク内に横たわっているUの右側頸部を手指で強く圧迫し,よって,そのころ,同所において,Uを窒息死させて殺害したとの原判示第7の1の殺人の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

しかしながら,記録を調査し,検討しても,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の2ないし8に詳細にその認定,判断を説示するところはいずれも正当であって是認することができ,原判示第7の1の殺人の事実を認定し,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はなく,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は左右されない。以下,補足して説明する。

(1) 関係証拠により認定できる事実

被告人が設立した有限会社iの組織及び事業内容,Uの経歴,財産状況及び性格,被告人がUと知り合った経緯,被告人の偽装交通事故の実行並びに被害直前のUの行動等は,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の3(1)に,また,Uの死体が発見された経緯及びその死体の状況等は,原判決が同項第5の4(1)⑩⑫及び⑬にそれぞれ詳細に認定しているとおりであるが,その概要は,以下のとおりである。

ア 被告人は,偽装交通事故を起こして保険金を詐取することを計画し,平成11年2月中旬ころ,知り合いの中古自動車販売業を営むVに偽装交通事故の加害者役の紹介を依頼し,その後,有限会社iの従業員であるH,N及びTに被害者役になることを承諾させ,同月19日,宮崎市内の喫茶店「q」において,Vからボルボを購入したがローンの支払を滞納していたUを加害者役として紹介され,Uとの間で,Uの報酬を200万円とし,偽装交通事故を起こして保険金を詐取することを取り決め,その後,被告人方において,Uを被害者役のH,N及びTと引き合わせて偽装交通事故の具体的な段取りを打ち合わせ,同年3月15日,Tが運転しH及びNが同乗する普通乗用自動車の後部にUが運転するボルボの前部を故意に衝突させる偽装交通事故を起こさせ,原判示第8の1ないし3の詐欺の各犯行に及んだ。

イ Uは,同月18日,それまで勤務していた有限会社mを退社し,そのころから,乙の土場で有限会社iの従業員であるWらと共に廃棄物の埋立て作業に従事するようになったが,同月23日,g北警察署において,上記偽装交通事故の被疑者として取調べを受け,同事故は自己の一方的な過失によるもので被害者役の3名とは面識がない旨虚偽の供述をし,その取調状況を被告人に報告した。なお,Uは,同月18日及び同月24日,ユンボ等の重機をリース会社等から借り入れ,被告人に引き渡し(なお,Uの署名押印がある重機売買契約書と同一の書式のものが,Zのフロッピーディスクの中に保存されていた,同日及び同月25日,数軒のビデオ店でレンタル会員になりアダルトビデオ等二十数本を借り受け,同日午後零時30分ころ,元同僚と宮崎市内の喫茶店で会って食事し,その元同僚に対し,「俺は今ユンボに乗っている。」「別口で近々まとまった金が入る。」「4時から仕事だけどその前に人と会う用があるから。」などと話した。

ウ 同日午後6時30分ころから午後7時ころ,有限会社iの従業員であるX,Y及びWが廃棄物を積んで乙の土場に着くと,Uは既にユンボで廃棄物の埋立て作業に従事していた。当時は小雨模様であったが,雨の日でもタイヤやプラスチック製品に火がつき燃え始めると火が消えるようなことはなく,Xらが廃棄物を穴に入れて燃やしていた際,被告人が一人車でやって来て,Xらに,「後の火の始末は俺達がしておくから。」などと言って,同日午後8時前後ころから午後8時20分ころまでの間にXら3名は帰り,被告人とUの二人が残った。

エ 被告人は,その後間もなく,Qに電話をし,一旦uのいる被告人方に帰ってマッサージを受けるなどした後,翌26日未明,Qの帰宅に合わせてQ方に行き,事情を打ち明けて事後処理の相談をしたり,レンタルビデオ約20本を渡すなどした。

オ また,被告人は,同月25日午後10時前後ころ,Wに対し,「灰がまだそのままにしてある。農家の人が出てくる前に出てきてくれんか。」「農家の人が7時くらいに出てくるから,その前に埋めんといかん。」などと言って,翌朝の7時前ころに乙の土場に来て作業をするよう指示し,翌26日午前8時ころ,乙の土場に赴き,Wに指示して掘らせた穴にボルボを埋めさせた。

カ 被告人の供述に基づき,同年10月28日及び同月29日に乙の土場での検証が実施され,同月29日,被告人の指示説明によって,土中から上下逆さまに埋められたボルボが発見され,そのトランク内からUの死体が発見されたが,その死体の状態は,ボルボのトランク内に,中央左寄りに置かれたスペアタイヤを避けるように,うつ伏せの状態で,頭部を左前方に,両足を右後方に向け,顔面から頸部にかけてタオルが付着し,両足をくの字型に曲げ,ソックス履きで,後ろ手にされた両手首に手錠をかけられていた。また,トランク内から,その死体以外に一部溶解したトイレットペーパーの塊が発見された。

キ Uの死体は,解剖等による鑑定の結果によれば,その全身の外表が灰白色ないし淡灰褐色の死ろう状を呈し,頭部,顔面,左右下肢,左右足部は著しく組織が崩壊し骨質が露わになり,上記と同色の死ろう状組織が付着する状態であり,頸部浅層の前頸右側部に拇指頭面大の,右側頸中央部に示指頭面大の,項部右側中央前部に大豆面大の筋間出血と思料される淡灰褐色の変色がそれぞれみられ,頸部中層では,喉頭蓋部の前方右側軟部組織間及びその右後方の舌骨大角部,甲状軟骨上角部の直外方軟部組織間にそれぞれ暗灰褐色の変色がみられ,右甲状軟骨上角の先端部から約0.4センチメートルの部位で離断骨折が形成されていたことから,人の手指による扼圧の可能性が最も高いとされ,死因は人の手指をもって強力に圧迫した扼頸に基づく窒息と推測されるとされている。さらに,膀胱粘膜及び胸腔液についてトライエージによる薬物スクリーニング検査を実施したところ,その結果は陰性であったが,ガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(以下「GC/MS」という。)による検査によって,右上腕骨から採取した骨髄及び膀胱壁からトリアゾラム(商品名ハルシオン)の明瞭なピークが検出され,胸腔液から測定限界以下のピークの痕跡が認められ,GC/MSによる定量検査により,骨髄から1グラム当たり156.1ナノグラムの,膀胱壁から1グラム当たり61.0ナノグラムのトリアゾラムが検出された,なお,同鑑定書については,平成11年10月30日に発付された鑑定処分許可状に基づいて,当時のg医科大学法医学教室教授辛1によって,同年11月1日にUの死体の解剖が行われ,さらに,その後に血液型検査及び薬毒物検査,歯牙レントゲン写真による個人識別が実施され,平成12年3月21日に鑑定書が作成されたことが認められるところ,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,上記鑑定処分許可状の有効期間は平成10年11月6日までとされており,辛1が鑑定に着手したのはその有効期間経過後であり,その結果作成された鑑定書は証拠として用いることはできないと主張するが,鑑定処分許可状が発付されたのは平成11年10月30日であり,有効期間が平成10年11月6日と記載されているのは,平成11年11月6日の明らかな誤記であり,辛1はその有効期間内に鑑定に着手していることが明らかであり,その鑑定手続を違法とすることはできず,したがって,上記鑑定書を証拠として採用し,事実認定に供した原審の訴訟手続に法令違反があるとすることもできない。)。

また,Uが身に付けていた着衣のうち,ジャンパーの左袖部に複数の,後面部の裏地に1個の焼損がみられ,ソックスには,一方の土踏まず相当部と他方のくるぶし相当部にそれぞれ焼損が認められた。

(2) Uの殺害及び死体遺棄に関する被告人の言動についての関係者の供述

ア 上記(1)エで認定した平成11年3月25日に被告人から電話連絡を受けたりしたQは,検察官調書において,以下のとおり供述している。

午後9時30分前ころ,勤務先の飲食店が入っているビルの前にいた際,携帯電話に被告人から電話がかかり,「Qちゃーんー,何しよっとー。」というゆっくりした,疲れたような,間の抜けたような,生気のない,だるそうな,震えたような言い方で言われた。「元気がねえが,どんげしたつや。」と尋ねると,被告人は,「あー疲れたあ。今,土場の帰りよぉー。Uのおっさんやってしもうたわー。」とだるそうな感じで言ってきた。その前の3月下旬ころ,被告人から,「Uのおっさんがしょっちゅう電話してきてうるせえ。やってしまおかな。ハルシオンを飲ませて寝ている時に首絞めたら分からせんわ。」という話を聞いていたので,すぐに,被告人がその土場で本当にUを殺したのだと思った。話を聞かれると困ると思って,人のいない駐車場に移動し,被告人に「Uをやったつや。」と聞くと,「うーん」と言って,言いづらくて言うのをためらっているような感じに受け取れる返事をし,「どんげしてしたと。」と尋ねると,「手錠をかけて火の中に落とした。」「這いずり出てきたからそのままトランクに入れてきた。」と答えた。被告人に,「今,一人や。」と尋ねると,「一人よ。帰りの車の中だ。」と言い,「トランクの中に入れてきたって,誰の車によ。」と尋ねると,「Uのおっさんの車に」と答えたので,「そのまま土場に置いてきたっね。」と尋ねると,「車はそのまま置いてある。」と答えた。「一人でやったつや。」と尋ねると,「うーん」と言って,いっとき沈黙した。被告人の身体が心配になり,「大丈夫や。」と尋ねると,「疲れた。汚れた。」「何回もこけたわ。」「とりあえず今から帰るから,帰って風呂入るわ。」と言い,「今日仕事何時ころ終わるのか。」と聞くので,「平常通り3時は過ぎるね。」と答えると,「後から電話する。」と言って電話を切った。その後,また,被告人から携帯電話に電話がかかり,「Qちゃん,今日何時ころ終わっと。」とやはり力のない声で話し,「3時過ぎやせんかな。」と答えると,被告人は,「どんげしたらいいじゃろか。仕事が終わったら会ってくれる。身体が痛えわ。汚れたから,帰って風呂に入るわ。仕事が終わったら会ってくれる。もう帰り着くから,仕事が終わったら電話してくれる。」と言うので,断ることができず,「分かった。」と言って電話を切った。さらに,午後10時30分ころに3回目の電話があり,被告人から「今風呂から上がった。マッサージを呼んだ。」「今,uと一緒だ。」と聞き,「まだ仕事終わらんと。」と尋ねられたが,「まだ終わらない。」と答えて電話を切った。その後にも2回電話があり,午前3時30分過ぎから午前4時ころに仕事を終えて,当時住んでいたマンションに帰り着いたが,すぐにまた,被告人から電話がかかり,「まだ仕事終わらないか。」と言われたが,被告人と関わらないように会いたくないと思って,「まだ終わらない。」と嘘を言って電話を切った。その後,sが来て,被告人から人を殺したと電話がかかってきたことを話したが,その際に,被告人から電話があり,「仕事が終わったのか。」と言ってきて,午前4時を回っていたので,仕事が終わっていないとは言えず,「仕事が終わって今家に帰ってきたとこや。」と答えると,被告人が訪ねてくることになった。sを巻き込みたくなかったので,sを帰らせた後の午前4時30分から午前5時前ころに被告人が来たが,「どんなしてしたのか。」と尋ねると,被告人は「手錠をかけて火の中に落とした。」「這いずり出てきたから,おじかった(怖かったとの意味)。出てきたから,そのままトランクの中に押し込んで入れた。」と答え,他に共犯者がいるのではないかと思って,「一人でや。」と尋ねると,「うーん」と言って,どう答えてよいか考えているような,言いにくそうな感じで一人でやったことを肯定も否定もせず,「2台二人で行ってから,火を焚いて,突き落とした。」と答え,「トランクの中に入っている。とどめを刺していないから,まだ生きているかもしれん。」と言った。被告人は「どんなしたらいいやろか。」と相談してきたので,関わりになりたくないと思って黙っていたところ,被告人は,独り言のように「車があるからなあ。」「車ごといけようか(埋めようかとの意味)。」と手伝ってほしいように言ってきたので,手伝いたくないと思い,「車ごといけよったら人の土地やから,何かあったら出てくるよ。」と言い,さらに,被告人が「海に持っていって捨てようか。」と言うので,「海は余計やばいわ。海に持っていっても,車が落ちれば誰か見てるぞ。」と言ってやめるように言った。自分が逃れる口実として,「まだ生きちょっとやったらどうにかならんか。」と尋ねたが,被告人は,「んー」と少し間をおいて,「もうどうしようもねえもんね。」と言い,「Wだけ土場に呼んで,Wに埋めさせるわ。」と言い出し,Qが「Wにこのまま埋めさせたら,Wがおかしく思わないか。」と警察に発覚するのではないかと心配して言うと,「前に1台埋めさせたことがあるから,いけてくれと言えばいけるやろ。」と言い,Qが「それはやめとった方がいいんじゃないか。」と言ったり,「どんげすると。俺は何もできないよ。」と言ったが,被告人は「いいわ,何とかするわ。」と言って,午前5時ころから午前5時30分ころまでの間にマンションから帰った。その日の午後7時ころ,被告人から電話がかかり,「もう済んだから。Wを朝一で呼んで,重機を使って車ごと埋めた。車を穴の中に落としたら,斜めに落ちたから,ユンボで潰した。」「埋めるときに音がした。蹴ったっちゃねえか。」などと言っていた。

この犯行直後の電話を含めた被告人とのやり取りについてのQの供述は,詳細かつ極めて具体的な内容で臨場感にも富むものであり,Qには殊更被告人に不利な虚偽の供述をする理由もない上,被告人が人を殺してしまったとの被告人からの電話があったことをsに話したとする点については,sの原審公判廷における供述によって,被告人がQ方に来たとする点については,uの警察官調書中の供述によってそれぞれ裏付けられているなど,十分な信用性がある。

イ なお,上記(1)オで認定した被告人の指示によってボルボを埋めたWは,検察官調書中で,その状況について,要旨,以下のとおり供述している。

平成11年3月26日午前7時前ころに乙の土場に着いたが,被告人はまだ来ておらず,前日ごみを燃やしていた穴の二,三箇所で煙がくすぶっていたことから,ユンボで穴の中の燃え殻に土を被せ,その土をユンボのバケットで押し固める作業をし,1時間くらい経ってもう少しでその作業が終わるころに被告人が車に乗って来た。被告人から「もう終わったか。」と聞かれ,「もう少しで終わります。」と答えたところ,「終わったら,今掘っている穴より奥の方にもう一つ掘ってくれ。」と言われ,燃え殻に土を被せる作業を終えた後に,新たな穴を1時間くらいかけて堀った。すると,被告人がUのボルボを穴の近くまで移動させてきて,「この車はもういらんから,これも埋めるわ。もう少し大きく掘ってくれ。」などと言ってきたので,言われるままに穴をもう少し大きく掘った。穴を掘った後,付近の足下がぬかるんでいたことから,被告人をその乗ってきた車のところまでおぶって連れて行き,ユンボに戻ってユンボのアームでボルボの左側面を押し,穴の中に落とし込み,ボルボが半回転して車体が逆さ状態になり,ボルボが穴に落ちた際に「シュー」という空気が漏れるような音がした。ユンボのアームの爪がボルボのタイヤに当たりパンクしたのだと思ったが,ユンボのアームでボルボの左側面のドア付近を押したので,トランクには当たっておらず,ボルボの中から人の声は聞こえなかった。その後,ボルボの上に土を被せて埋め始めたが,被告人は乗ってきた車を移動させてその様子を見ており,穴の中のボルボが見えなくなったころ,「終わったら電話くれ。」と言って帰っていった。

このWの供述の信用性については争いがなく,被告人よりも間近な位置で,Uがそのトランクに入れられていたボルボを穴に埋める作業をしており,その供述内容も具体的かつ詳細であることから,その観察力は正確なものとみて差し支えない。

(3) U殺害の動機に関する被告人の言動についての関係者の供述

被告人の犯行動機に関する言動についてのQ,T,N及びVの捜査段階ないし原審公判廷における各供述は,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の3(2)①ないし④に記載するとおりであり,そのいずれの供述の信用性も高いと認められることは,原判決が同項第5の3(2)・※に適切に説示しているとおりである。

なお,当審公判廷において取り調べた「Nへのアンケート」と題する書面は,Nが記載したものであり,その書面中には,被告人が偽装交通事故の発覚を心配していたことは一度もなく,「Uを殺す。消す。」などと被告人から聞いたこともなく,原審公判廷における供述は虚偽である旨などが記載されているところ,N(なお,Nは養子縁組によりy姓となっている。)は,当審公判廷において,上記「Nへのアンケート」と題する書面は,被告人に面会に行った際に宅下げによって同時に預かった「Nへのアンケート結果」と題する書面の回答部分を,被告人の依頼によってその書いてあるとおりに事実と異なることも含めて書き写し,被告人に対し恩義を感じていたので,何に利用するのかよく考えずに記載したものであり,改めて原審公判廷では事実をありのまま記憶どおりに証言した旨供述しており,Nの原審公判供述の信用性を左右するものではない。

これに対し,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,Nは,偽証罪で刑事訴追を受けることや自己の別件の刑事事件が捜査の対象となることを危惧し,当審公判廷において,上記のような真実に反する供述をした旨主張し,被告人も,当審公判廷において,Nは自身の刑事事件を不問に付してもらった見返りに検察官に迎合して証言したものである旨供述しているが,何らの裏付けのない根拠のない憶測に過ぎない。

そして,これらの関係者の供述を総合すると,被告人は,Uを紹介されて以降,有限会社iの従業員でないUを,偽装交通事故のことを警察に告げたりするのではないかと考え信用できない人物と思っていたところ,Uが報酬の前払いを要求するなどしてきたことから不快に思い,偽装交通事故後,Uの取調べが終わり役目を果たしたとみるや,重機等を借り受けさせるなどした上,口封じのために殺害する意思を生じたものと認められ,所論がいうように被告人においてUに対する殺意が生じる動機がないなどとはいえない。

なお,所論は,原判決が,平成11年3月10日か11日に被告人から営業中の車中で「Uは大丈夫じゃろうか。俺はUにユンボか何かを借らして,やろうと思っている。」と聞いた旨のTの供述によって,被告人のUに対する殺意の発生時期を認定したのは,論理の飛躍があり,偽装交通事故の加害者役としてUを信用できないと考えたのであれば,偽装交通事故の犯行計画を中止し,新たに加害者役を探して別途計画を立てればよく,経験則に反する旨主張し,被告人も,原審及び当審公判廷において,Uが秘密を守れないような者と思えば,Vに別の人物を依頼するか,被告人自身で加害者役を探すかして計画を変更し,あるいは,計画実行を中止しており,また,「借らして,やろう」と言ったのは,「殺す」という意味ではなく,「借りさせてやろう」という意味で言ったに過ぎないなどと所論に沿う供述をしている。

この点,Tは,被告人の以前の言動から,被告人が「やろう」と言った言葉を「殺す」という意味に受け取ったと供述しており,その前後の被告人の言動に照らしても,Uの殺害の意図を表した言葉と認められるものの,その供述のみで被告人に確定的な殺意が生じていたと認めるにはなお疑問が残るものということができ,偽装交通事故の犯行計画の変更等をいう被告人の弁解も直ちに排斥し難い面もあるが,原判決は,上記の3月10日か11日に被告人に確定的な殺意が発生したと認定しているものではなく,その後に,被告人が,同月下旬ころ,Qに対し,Uから報酬の支払を求められていることに対する不快感を示した上で,Uにハルシオンを溶かした酒を飲ませ,Uが寝ている間にその首を絞めて殺害することをほのめかし,同月23日ころ,Tに対し,偽装交通事故についてのUに対する警察の取調べが終わり,Uの存在が不必要になったことをほのめかし,同月20日ないし21日ころ,Nに対し,Uを偽装交通事故の口封じのために殺害することをほのめかしたことも認定して,被告人にU殺害の意図を窺わせる言動があった旨認定しているのであるから,所論の指摘は当たらない。

(4) U殺害の犯行状況に関する被告人の言動についてのQ以外の関係者の供述

犯行状況等について被告人から話を聞いた旨のT及びNの原審公判廷における各供述の要旨は,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の6(2)及び(3)に記載しているとおりであるが,Tは,平成11年3月終わりか4月初めころ,被告人から電話で「Uを殺した。トランクに閉じ込めて殺した。トランクに入れて土場に埋めた。」と落ち着いた口調で低い声で小さく話すような感じで話され,同年6月初め,営業中の自動車内で,「俺はUさんを殺したっちゃが。」「手錠をかけて,タイヤとかを燃やしてる穴の中に突き落とした。そしたら,Uはあちいあちいと言いながら這い上がってきたわ。その這い上がってきたところを袋叩きにした。」「ボルボのトランクに閉じ込めた。だから,手錠には俺ん指紋がべったり付いちょるはずじゃ。」と打ち明けられたこと,同年7月か8月に,被告人がNに対し,「実は,俺はUを殺して土場に埋めている。」などと自慢するように話し,「あんなときは力が出るもんやねえ,Tちゃん」と同意を求められるように言われたことなどを供述しており,これらの供述は,Qが供述する被告人が話した犯行状況とも符合しており,いずれも信用性が認められることは,原判決が同項第5の6(4)に適切に説示しているとおりである。

なお,「Nへのアンケート」と題する書面には,偽装交通事故後,Tとの間で,Uのことについて一度も話したことはなく,「n1病院の裏の駐車場に停めた車の中で,Tさんから,どうも被告人がUさんを殺しているみたいだよと聞きました」「丙の土場に死体を埋めたと聞きました」などと証言したのは嘘です,「私がn2病院に入院中,被告人から電話で,Uはいないと,人に頼んで消してもらったと言っていました」などと証言したのも嘘ですなどと記載されているが,上記アンケートの作成経緯は既に認定したとおりであり,Nの原審公判供述の信用性を左右するものではない。

(5) Uの死因ないし殺害態様について

所論は,Uの死因ないし殺害態様について,①頸部を片側から圧迫しても気道閉塞が生じることはありえず,Uの死体には,窒息の3大徴候としての血液の暗褐色流動性,臓器の鬱血,眼瞼結膜等の溢血点の所見は確認できなかったのであるから,Uが窒息死した可能性はなく,②下肢がほぼ完全に麻痺し,握力も右が3キログラム,左が3.5キログラムしかない被告人が,Uの気道閉塞が生じるまで扼圧することはできず,さらに,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,③Uの死体からGC/MS検査によってトリアゾラムが検出されたとする鑑定結果にはそのピークの保持時間にずれがあり,根本的な疑問があって信用できないと主張する。

しかし,①については,辛1作成の鑑定書(原審検甲301)によれば,Uの死体の左右眼窩部は,顕著な死ろう化のため,眼瞼結膜及び眼球の性状を検査することができず,脳質は,著明に軟化腐敗しているが,出血をうかがわせるような局限性の色調の変化はなく,血管系にも特に異常を認めず,胸腔腹腔内の臓器組織は,顕著に軟化腐敗しているが,損傷,病変等の異常は認めず,血液の貯留をうかがわせる色調の変化も特になかったとされているところ,辛1の原審公判廷における供述によると,Uの死体は古く腐敗していたことから,窒息の3大徴候が確認できなかったが,頸部を片方から圧迫した場合,気道の通気性を保っている甲状軟骨辺りを圧迫することにより,咽頭腔の後壁に舌根部が当たって気道の喉頭蓋辺りが塞がり気道閉塞を生じさせることが可能であること,窒息の死亡に至るまでの状態は,意識もしっかりしていて耐えられる無反応期ないし適応期,空気を吸い込もうとする呼吸困難期,意識がなくなり,独特の痙攣をする痙攣期,鼻翼が開き空気を吸っているかのようにみえる無呼吸期,呼吸運動が間延びし最後に止まってしまう終末期の5期に区分され,それぞれの状態が約1分間であり,気道閉塞後概ね5分で仮死状態になり呼吸運動が止まるが,心臓は更に15分くらいは動いており,その後真死に至り,痙攣期が経過すると蘇生が困難となることが認められ,窒息死の判断には,窒息の3大徴候以外にも,頸部軟部組織内出血,甲状軟骨の骨折などを総合して判断すべきであるとされていることからすると,Uの死因が窒息死であることに疑問があるとはいえない。②については,「身体障害者手帳に関する照会について」と題する書面(原審弁2)に添付された身体障害者診断書・意見書によれば,平成6年7月18日付けで医師により,被告人の握力は,右が3キログラム,左が3.5キログラムと診断されていることが認められる。しかし,辛1の原審公判廷における供述及び鑑定書によれば,被告人の上肢及び下肢の筋力の程度等について,g医科大学法医学教室教授の辛1のほか,同大学整形外科教授辛2及び同大学第1内科教授辛3の3名に鑑定嘱託がされ,辛1においては,平成12年4月28日及び同年5月23日に筋力鑑定検査を,辛2においては,同年4月17日及び同月19日に筋電図検査等を,辛3においては,同月24日に診察等をそれぞれ行ったが,その鑑定の結果,被告人は,進行性の三好型遠位型筋ジストロフィーに罹患していると診断され,下肢については,ほぼ完全麻痺に近い状態にあるが,物につかまっての起立や,杖を用い介助人の肩に支えながらの歩行は可能であり,上肢については,手の筋力低下が著しいが,それ以外は正常の50パーセント程度の低下であり,最低でも荷重5.0キログラムに対応する腕の筋力を残しており,杖を押さえて体重を支えていることから,肘関節をまっすぐに伸ばした状態に保てば更に大きな物を押さえる力を発揮できるとされていることが認められ,この鑑定結果がそれぞれ専門分野が異なる教授によって実施されたものであることからしても,十分な信頼性があり,被告人が平成11年3月当時にUの死体に存した損傷を生じさせること,すなわち,Uの頸部を手指で圧迫して気道閉塞を生じさせて窒息死させることは十分に可能であったと認められる。③については,辛1の原審公判廷における供述によると,トライエージによるスクリーニング検査は,ろ紙に薬剤を添加し,対象溶液に反応試薬を滴下し,陽性の反応がでるか否かを調べる予試験であり,トリアゾラムの検出限界は1ミリリットル当たり300ナノグラムとされており,それ以下の量であったことから検出できなかったが,より微量検査のできるGC/MSによる検査によってトリアゾラムが検出されたというのは合理性があり,さらに,辛1作成の鑑定書に添付された附表第5の4のトリアゾラム標品を分析したチャートグラフのピークの保持時間は31.083であり,Uの死体の骨髄及び膀胱を分析したチャートグラフのピークの保持時間はいずれも31.2付近にあることが認められるところ,vの当審公判廷における供述によると,vは,g県警察本部刑事部科学捜査研究所主任研究員としての専門的知見に基づいて,GC/MSによる定性分析については装置の状態や目的化合物の濃度による誤差,更には日内誤差ないし日間誤差があり,それらによってピークの保持時間にずれが生じることがあり,その誤差の許容範囲は一般に標準品の保持時間のプラスマイナス2パーセント以内とされているとし,そのことは文献(「薬毒物鑑定の精度管理・信頼性確保のための戦略研究」抜粋写しによっても裏付けられており,また,vは,本件の定性分析については,その誤差範囲は最大限プラス0.5パーセント程度に過ぎず,ピークの出始めの時間(開始時間)と出終わりの時間(終了時間)も一致しており,トリアゾラムに特有のイオン(フラグメントイオン)をモニタリングイオンとして,そのトリアゾラムがあれば出るべきモニタリングイオンのピークが一致していることをみても,このピークはトリアゾラムが持つべきフラグメントイオンを持っていると認められ,このピークがトリアゾラムであると判断できるとしており,GC/MSによる定量分析について,検体中の特定化合物濃度は装置により自動計算され,その数値は装置のモニター画面に表示され,辛1作成の鑑定書附表第5の4の定量分析のグラフによると,内部標準物質(IS)のエスタゾラムを添加して定量分析を行っている旨も供述しており,その信用性について疑義はない。したがって,Uが生前トリアゾラムをその体内に摂取したことに疑問を生じる余地はない。

さらに,ハルシオンの投与量については,眠気,めまい,ふらつき及び健忘等が用量依存的に現れるので,投与する場合は1回0.125ミリグラム以下の少量から投与を開始し,0.5ミリグラムを超えないこととされ(「ハルシオン0.125mg錠 ハルシオン0.25mg錠」と題する書面(当審弁74)),トリアゾラム0.25ミリグラムないし0.5ミリグラムを摂取した場合,その血中濃度は摂取後1.2ないし1.4時間で最高値に達し,1.7ないし3時間で半減し,その平均血中濃度の最高値は1ミリリットル当たり2ないし4ナノグラムであるとされており,死亡後濃縮されていることを考慮しても,Uの死体の骨髄や膀胱壁から検出されたトリアゾラムはその常用量を超えた摂取量であると推定されていること(鑑定書)からすると,健常者であるUより体力的に劣る被告人において,その常用量を超えるハルシオンを身体に摂取してその作用が出現していたUを穴に落とすなどすることも十分に可能ということができる。また,辛1の原審公判廷における供述によると,トリアゾラムは睡眠導入作用を有する薬剤であり,人の緊張状態など別の刺激が加わると入眠作用が低減することも認められ,Uが落ちた穴は,数日前にUがユンボで掘ったもので,掘られてから二,三回ごみを燃やして,その燃え殻に土を被せて埋めたことから,穴の底は高低差があり,深さは深いところで2メートルから1.5メートルくらい,浅いところで1メートルくらいであったことからすると,ハルシオンの作用の影響下にあったUが落ちた穴から這い上がってくることができたとしても,これを不自然とすることもできない。

なお,上記Q及びTの各供述によると,被告人は,Qに対し,「とどめを刺していないから,まだ生きているかもしれん。」「Wに重機を使って車を埋めさせるとき,音がした。蹴ったっちゃねえか。」と話し,Tに対し,「ユンボでボルボを埋めるときに,ユンボの爪がトランクに当たって何か穴がほげた。そのときに,Uの『ううう』という声が聞こえ,ひやっとした。」などと話しており,穴に埋めるとき未だUが生存していたかのような話をしていることが認められる。しかしながら,上記辛1の原審公判廷における供述によると,痙攣期を過ぎて無呼吸期に至っても,その後も約15分間は心臓は動いているとされていることからすると,とどめを刺すなどしていない被告人が,Uは生きているかもしれないと思ったということはあり得ることであり,その一方で,確定的殺意をもってUの右側頸部を手指で圧迫していた被告人が,未だUの動きがある痙攣期までにその手指をはずすなどして途中で任意に殺害行為を中止するとも考えられず,無呼吸期に至れば,蘇生術を施さなければ再び呼吸を開始し蘇生することはないのであるから,原判示の日時にUが死亡したと認めた原判決に誤認があるとはいえない。

さらに,事実取調べ後の弁論において,弁護人は,辛1作成の鑑定書によると,Uの死体の胃内には黒色の粘稠物がやや多量粘膜面に附着するとされているのみで,食物残渣がなかったことからすると,Uは被告人が立ち去った後も生存していたと推認されると主張しているが,胃内に食物残渣がなくなるのは食後6時間以上とされていること(南山堂出版 新法医学35頁)からすると,昼に元職場の同僚と会った時にとった食事の食物残渣が胃内に認められなかったことは首肯できることであり,その後Uが食事をした証拠も存しないから,原判示の日時にUが死亡したとの認定を左右するものではない。

(6) 被告人の弁解

被告人の犯行状況等についての原審公判廷及び捜査段階の供述は,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の7(1)に記載するとおりであり,被告人は,当審公判廷においても,同旨の供述を維持しているところ,その要旨は,以下のとおりである。

平成11年3月17日にUに偽装交通事故の報酬の200万円を支払ったが,同月25日にUから呼び出され,夜に乙の土場で,Uから,偽装交通事故の紹介をしたVにUが受け取った報酬のことを告げたのか聞かれ,肯定すると,「あと100万円か200万円出さんか。」などと言われた。断るといきなり後頭部を手拳で1回殴打され,更に20回以上足蹴りされたり殴打されて全身の至る所が赤く腫れた。Uに左手首に手錠をかけられ,左腕を引っ張られてエビ反りになるなどし,燃えている穴に落とそうとして左足を引っ張るのを,うつ伏せになって必死で両手で前に行こうとしていたら,Uの手がすっぽ抜け,Uが穴の中に落ちた。Uが必死に這い上がるのを手伝い,ぐったりした状態のUの両手に後ろ手錠をかけた。しばらくして,手を添えてUを立たせてやると右足で左膝付近を蹴ってきて,その場に倒れ,Uも体勢を崩して倒れた。それ以上暴れないようブルーのジャケットでUの両足首付近を縛り,Uが「向こうで休ませてくれ。」と言うので,道路に止めてあったボルボのところに行かせ,開いていたトランクに入るように言うと,トランクの中に左肩から自分から転げ込むようにして入った。Uの両足を縛っていたジャケットが解けたか解けかかっていたので,車の中にあったビニール紐で両足を結び直し,トランク内にあったトイレットペーパーをちぎって丸めてUの口に入れ,騒がないようにその上からタオルで縛り,トランクを閉めたが,Uがドンドンとトランクを蹴る音が聞こえた。Qと相談するため土場を離れ,翌朝,現場に戻りトランクを開けてみると,Uは既に死亡していた。そこで,Uの死体をトランクに入れたまま,事情を知らないWに,ユンボで車ごと土中に埋めさせた。

しかしながら,この被告人の供述が信用できないことは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第5の7(2)に適切に説示するとおりであり,とりわけ,Uの死体の頸部右側部等に局限性の筋間及び組織間出血と考えられる変色や甲状軟骨右上角部の骨折が存すること(なお,被告人は,車ごと穴に転落させた際などに生じた損傷である可能性を供述するが,手指大の出血痕や右甲状軟骨のみの骨折が車の転落により生じるとは考えられない。)や,Uの体内からトリアゾラムが検出されたことと明らかに矛盾するほか,以下の諸点からも,その信用性はないというべきである。

被告人は,平成11年3月17日にUに偽装交通事故の報酬の200万円を支払ったとし,さらに,当審公判廷においては,Uに報酬を支払っておけば,Uの刑事責任がそれだけ重くなり,警察に対して偽装交通事故による詐欺事件を漏洩しづらくなるなどとも供述している。しかし,Uが付けを少しずつ支払っていた元スナックの経営者は,偽装交通事故後の同月23日にUに会い,落ち込んで今まで見たこともないような生気のない顔をして,「事故自体は大したことなかった。ぶつけた奴が悪かった。200万作らないといけない。これ以上金作れないからな。どうしようか。」などと相談があった旨供述し,Uが住んでいたアパートの家主は,平成10年12月からUが家賃の滞納がある旨供述し,家賃の連帯保証をしていた上記アパートの住人は,Uが,「ボルボでおかまをほったから,保険屋に話をせにゃいかん。相手には金を支払わにゃいかん。ボルボも至急修理せにゃいかん。じゃから仕事も日給のいいところに代わりたい。」などと言っており,交通事故を起こしてから,まだ1週間も経っていないと言っていた旨供述し,Uの元職場の同僚は,平成11年3月25日の昼,Uと喫茶店で会い,Uが「人身事故を起こして相手が入院した。事故は俺が一方的に悪い。示談金を支払わなくっちゃいけないが,その金がない。家賃,携帯電話代も払えなくて困っている。」「別口で近々まとまった金が入る。」などと深刻な顔で話していた旨供述しており,被告人と何ら利害関係のないこれらの者が虚偽の供述をする理由は存せず,これらの関係者の供述から認められるUの言動は,むしろUが200万円の報酬を受け取っていなかったことを窺わせるものである。

被告人は,Uがもらった報酬金の一部をVがUに請求したことが,被告人とUとのトラブルの原因であるかのように供述しているところ,Vは,検察官調書中で,Uを被告人に偽装交通事故の加害者役として紹介したのは,金に困っているUに金が入れば,車のローンを払ってくれることを期待したためであり,被告人にもUにも手数料を要求したことは一度もなく,また,被告人から事故を起こす前に「礼をせないかんな。」と言われたが断った,被告人からUに200万円渡したとは聞いていない旨供述しており,偽装交通事故の加害者役としてUを被告人に紹介したことを素直に認めているVが,報酬の点についてだけ虚偽の供述をするとは考え難い。

被告人は,Uから多数回殴打足蹴りされ至るところが赤く腫れるなどの暴行を振るわれたと供述しているところ,被告人の内妻uは,警察官調書中で,被告人が乙の土場でごみを燃やすために掘っていた穴に落ちたと言って全身泥だらけになって帰ってきた際,被告人のどちらかの手の甲に軽い火傷のような赤くなった痕を見たが,この手の甲の傷のほかに被告人の体に擦り傷や内出血の痕は見当たらなかった旨供述し,また,Qも,検察官調書中で,平成11年3月25日午前4時30分から午前5時前ころにQの自宅に被告人が来た際,「本当にやったのか。」と聞くと,スウェットの両腕と両膝の部分をめくって見せ,前腕,手,膝下,足にみみず腫れとまではいえないが,赤く線ができるような傷がついていたが,拳骨で殴られたようなものではなく,顔については怪我をしていなかった旨供述しており,これらの者が観察したことについて虚偽の供述をする理由もない。

その他,火が燃えている穴に落とそうとしたUを穴から助け出そうとしたり,Uが被告人からなされるがままに,後ろ手錠をされたり,自らボルボのトランク内に入り,トイレットペーパーを口に入れられ,タオルで猿ぐつわをされたというのも,不自然の感を免れない上,Uの死体の解剖結果でも,トイレットペーパーがその量的にUの気道を閉塞し窒息の原因となることはなかったことが認められ,被告人の供述を前提にすると,なぜUが死亡したのか全く説明がつかない。

さらに,被告人は,以下のような犯行隠蔽工作を試みており,そのような事情を考慮しても,被告人の供述は信用できない。

すなわち,被告人は,g北警察署の留置場において平成11年11月9日の就寝時間前に,近くの房にいたQに対し,「あの日2時から5時までおったと言ってくんない。」「Uやった日よ。」「4月5日ころと言ってくんない。」と言い,Qが返事をしないで黙っていると,「全身傷だらけと言ってくんない。」「生きちょったと言ってくんない。朝行ったら死んじょったと言うから。」と話を合わせるよう依頼し,また,被告人は,平成13年7月2日,Nの証人尋問の出廷予定日を記載した上,「迷惑を掛けて申し訳なく思う。Nの出所時に役立つことを約束する。」「『ハルシオンが手に入ったら取っておけ』と指示した事はない。」「『Uは喋るかもしれん。あんやつが喋ったら最後やかい。あんやつが喋るといかんから消すわい。』等とU殺害の計画を話した事はない。」「『あんやつはおらんからな。ある人に頼んで消してもらったからな』等と話した事はない。」「平成11年7月ころ,源泉徴収票を取りに来たNに対し,『前にUをある人に頼んで消してもらったと言ったやろうが,あんやつは本当は俺がやったとよ』『俺もいざとなれば力が出るんじゃ』と話したことはない。」「平成11年6月中旬,俺のマンションにNが来た際,『事故の件は皆,大丈夫ですか?!』と聞いて来たので,『Uさんは死んでしまった。事故やったんや。それ以上は聞くな』と応え,その他には一切説明しなかった。」などと記載したメモ紙を,受刑中のNがいるg刑務所の病舎に丸めて投げ込み,手渡そうとした。

次に,被告人は,当審公判廷において,上記「Hへのアンケート」と題する書面の作成経緯について,以下のとおり供述している。すなわち,Hと10回くらいg刑務所で面会し,事実関係を質問して回答を得た内容を書面化した。平成16年7月15日に「Hへのアンケート」と題する書面と「ハルシオンについて」と題する書面及び「社長からの回答」と題する書面をHに郵送した。「ハルシオンについて」と題する書面と「社長からの回答」と題する書面を郵送したのは,Hとの面会でHの回答が矛盾していたからである。同月23日に最初のアンケートを受け取ったが,同年8月11日に「ハルシオンについて」と題する書面(右上部に重要と朱書きしたもの)と「保険金について(d2火災海上保険)」と題する書面(右上部に重要と朱書きしたもの),「社長からの回答について」と題する書面(右上部に重要と朱書きしたもの)を送付し,後日訂正するということで,2回目に実施したアンケートにHが回答したものが,当審弁71号証の「Hへのアンケート」である。しかしながら,Hにとって,平成11年4月8日ころはn3整形外科を転院してn4脳神経外科に入院したことは容易に判明する事柄と考えられるところ,仮にHの記憶が面会当初は不鮮明であったとしても,面会を通じて記憶を喚起することは十分できることからすると,Hの1回目のアンケートに誤りがあったのでもう一度アンケートをやり直したというのは,いかにも不自然であり,むしろ,被告人が,Uを殺害した当日にはハルシオンを入手していなかったとの事実を作出する意図のもとに,平成11年4月8日に入手したとの記載をさせたが,Hがn3整形外科からn4脳神経外科に転院していたことが証拠上明らかであったことから,病院名をn4脳神経外科と改めさせたとみるのが自然であり,これらの点からすると,「Hへのアンケート」と題する書面の作成経緯についての被告人の供述は到底信用しがたいというべきである。

また,被告人は,「Nへのアンケート」と題する書面の作成経緯について,当審公判廷において,以下のとおり供述している。すなわち,Nと平成15年6月初旬から10回くらいg刑務所で面会し事実関係を確認し,できるだけ丁寧に具体的に書いてほしいと依頼した上で,同年8月27日に回答部分が記載されていないものをN宛に郵送した。同年10月30日に回答部分が記入された上記アンケートを郵送で受け取り,これを基に,「Nへのアンケート結果」と題する書面を作成し,Nから写しを送って欲しいと頼まれたので,被告人としても再確認してもらう必要があると判断し,平成16年3月15日に「Nへのアンケート」のカラーコピーと共にN方に郵送した。「Nへのアンケート結果」は,「Nへのアンケート」と文章の並べ方,句読点の打ち方等を少しずつ違えて作成したが,これは,一審と同じようにNが検察官に迎合して証言するのではないかとの危惧があったことから,Nに控訴審で言い逃れをさせないためである。しかしながら,なぜ句読点や文章の並べ方等を少し違えて書き写したものを作成することによって,Nに控訴審で言い逃れをさせないことができるのか,言い逃れをさせないためとしながらも,なぜ「Nへのアンケート結果」と「Nへのアンケート」のカラーコピーの双方をNに送付したのかについては被告人の供述するところは容易に納得できないものであり,既に判断を加えた「Hへのアンケート」と題する書面の作成経緯についても同様に不自然な供述をしていることも併せ考えると,この被告人の供述も到底信用しがたいというべきである。

さらに,被告人は,当審公判廷において,Hに依頼してハルシオンを入手したのは,Hがn4脳神経外科に入院中の平成11年4月8日ころである旨供述している。しかし,Hは,検察官調書中で,同年3月16日,n3整形外科に入院中不眠を訴えると,被告人から「ハルシオンをもろうたらええよ。俺にももろうちょってくれんか。」と頼まれ,同月21日に,同病院駐車場で1錠当たり0.125ミリグラムのハルシオンを3錠手渡し,同月25日か翌26日の日中にも同様にハルシオンを3錠手渡した旨供述しており,Hがn3整形外科において同月16日に1錠,同月17日,24日及び31日に各7錠のハルシオンの投与を受けたことは客観的に裏付けられており,その供述内容も前後の状況を含めて具体的で詳細なものである。加えて,Hは,当審公判廷において,改めて供述した際にも,n3整形外科に入院中の平成11年3月中に,被告人にハルシオンを2回か3回手渡したことを認め,また,「Hへのアンケート」と題する書面に記載した「平成11年4月7日ころ」,「n4神経外科駐車場」という記載は,被告人から同時に送られていた「社長からの回答」と題する書面(右上部に朱書きで「重要」と記載されたもの)に既に記載されていたとおりに書き写したもので,被告人の刑が少しでも軽くなればいいと思って記憶に反することを記載した旨供述しており,Hは,その供述時には既に仮出獄期間も経過しており,原審で死刑の宣告を受けた被告人に殊更不利な供述をする動機も存しないことからすると,ハルシオンを渡された時期についての上記被告人の供述は信用できない。これに対し,被告人は,当審公判廷において,Hは自分の刑事事件を不問に付してもらった見返りに検察官に迎合して証言した可能性が極めて高いなどと供述しているが,何ら根拠のない憶測に過ぎない。

なお,所論は,被告人がUにどのようにしてハルシオンを摂取させたのか解明されていないと主張しているが,Uは死亡しており,被告人はハルシオンをUに摂取させたこと自体を否認しているのであるから,具体的にどのような方法で摂取させたか解明できなくともやむを得ず,犯罪事実の特定としても欠けるところはない。

(7) 小括

以上のほか,事実取調べ後の弁論を含む所論や被告人の弁解にかんがみ検討しても,被告人において,平成11年3月25日までの間に,偽装交通事故がUから発覚するのを防ぐとともに,Uから引渡しを受けた重機等の取得を確実なものとするため,偽装交通事故の報酬の支払を求めてくるUの殺害を決意し,原判示の日時,場所において,Uに対し,確定的殺意をもって,何らかの方法でハルシオンを摂取させ,Uの両手首に後ろ手に手錠をかけて産業廃棄物を焼却中の穴に落とし,さらに,穴から這い上がってきたUを,何らかの方法でボルボのトランク内に入らせるとともに,トランクに横たわっているUの右側頸部を手指で強く圧迫し,よって,そのころ,同所においてUを窒息死させて殺害したとの原判示第7の1の殺人の事実を認定した原判決に事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

7  原判示第9の威力業務妨害の事実について

論旨は,被告人が,原判示のe産業株式会社e1店の業務を妨害した期間は,平成11年6月12日からせいぜい2日間に過ぎないのに,同日午後7時ころから同年7月5日午後8時40分ころまでの間,同店従業員等の同店倉庫兼作業所及び事務所への出入りを阻害し,威力を用いて同店の業務を妨害したと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

そこで,記録を調査し,検討する。

関係証拠によれば,被告人が,平成11年6月12日午後7時ころ,情を知らないW,Y及びXをして,原判示のe産業株式会社e1店の東側倉庫兼作業所及び事務所の各出入口付近に古タイヤ約300本,ソファー1脚,あんま機1台及び燃え残った新聞紙等を積み上げさせて放置し,同倉庫兼作業所へのトラック等の出入りや同事務所への人の出入りの邪魔になり,同月14日には,トラックが倉庫に乗り入れられず,商品の積込みに時間がかかり遅配が生じるなどしたこと,その2日後ころ,e1店の従業員らが,人の出入りの邪魔になることから,事務所出入口付近に置かれていた古タイヤを等を倉庫兼作業所側に移動させて一箇所にまとめたが,駐車場として利用できなくなったり,商品を積み込むのにトラックの転回に支障が生じ,積込みに時間がかかるなど,業務に支障を生じ,このような状態が被告人らによって古タイヤ等の撤去がされた同年7月5日午後8時40分ころまでの間継続したことが認められる。

これに対し,被告人は,当審公判廷において,古タイヤ等を置いたが,二,三日後にe1店の様子を見に行ったところ,古タイヤ等が駐車場の片隅に移動されており,事務所には人が出入りし,倉庫兼作業所にも人や車が出入りし,業務は通常どおりに行われていた旨所論に沿う供述をしているが,この供述は,上記認定に反し,信用できず,上記の原判示第9の威力業務妨害の事実を認定した原判決に事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

8  原判示第12の1の殺人の事実について

論旨は,被告人において,Tと共同してZを殺害する犯行実行の意思が生じたのは,犯行当日の平成11年9月20日であるにもかかわらず,遅くとも,TにZ殺害の報酬支払を約束した同年8月24日の時点で,被告人がZ殺害を決意したと認定した原判決には,その殺意形成の時期の認定に事実の誤認がある,というのである。

上記主張は,直接は,その殺意形成及び共謀成立時期について誤認があるとの主張であるものの,本件の事実関係のもとでは,原判決が認定した被告人のZに対する殺意形成の経緯及び殺害動機も含めて原判決に事実の誤認があることを主張するものと解されるところ,記録を調査し,検討しても,原判決が「事実認定の補足説明」の項第7の2ないし5に詳細にその認定,判断を説示するところはいずれも正当であって是認でき,原判決に事実の誤認はなく,当審における事実取調べの結果によっても,この認定,判断は左右されない。以下,補足して説明する。

(1) 被告人とZとの関係及び殺害,死体遺棄の犯行に至る経緯

被告人とZとの関係及び殺害に至る経緯については,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,平成10年7月に前刑の仮出獄後間もなく,税理士をしていたZと知り合い,同年10月,有限会社iを設立した際,Zにおいて,監査役に就任し,同社の経理事務を担当し,原判示第5及び第6の詐欺の各犯行の用に供した虚偽の金銭消費貸借契約書等を作成し,原判示第8の詐欺の犯行では,内容虚偽の給与所得に対する所得源泉徴収簿を作成するなどして被告人の犯罪行為にも加担していた。その後,被告人は,平成11年3月,スナックの飲み代等が嵩んで消費者金融や知人などから多額の借金をしていたZから,顧客である病院経営者に病院改装のため銀行から融資が受けられるまでのつなぎ資金として500万円を貸してもらえないかと依頼され,知人のxから借り入れた500万円を貸し付けたが,返済期限になっても返済がなかったことからZを問い詰めたところ,Z自身の借金の返済に充てていたことが判明し,Zに,同年5月7日付けで,貸主を被告人,借主をZ,連帯保証人をZの妻とする金額1000万円の金銭消費貸借契約書を作成させ,その交付を受け,担保として,Zから生命保険の保険証書や不動産の権利証の交付も受け,さらに,同月28日付けで,保険契約者を有限会社i,被保険者をZ,保険受取人を有限会社i,死亡・後遺障害の保険金額を5000万円(交通傷害の場合は8000万円)などとするエリート傷害保険契約を締結した。また,被告人は,同年6月初旬,Zからコンピュータなどの買換資金として150万円の借入れを申し込まれ,手元の現金の持ち合わせがなかったことから,Hに会社名義で消費者金融から借り入れさせた150万円をZに貸し付けたが,Zからは最初のころに8万円の返済があったのみであった。同年8月23日,被告人は,Zと連絡が取れなくなったことから,同日夜,Zの自宅を訪ね,Zの妻の携帯電話の留守番電話に警察に行ってくる旨のメッセージが入っていたことを知り,深夜,T及びZの妻と共にg北警察署に赴いたが,実際には,Zは友人の警察官のところに借金の相談に行っていた。その後,被告人は,Zに日掛け金融業者から現金を借り入れさせたり,高級腕時計をローンで購入させようとしたり,ユンボ等をレンタル業者からリースさせたりしたが,同年9月12日,Zを溺死させる計画を立て,Zを誘い,T及び被告人の妹夫婦らと共に宮崎県東諸県郡戊町内のp川河川敷に行ったが,Tがカヌーを用意できず,準備したフローターという浮き輪状のボートではひっくり返すことができず,上記計画は実行できなかった。そして,被告人は,同月17日,Tに対し,Zが飲みに行った帰りに金槌でZの頭を殴るよう指示したが,TはZの自宅付近で金槌を用意してZの帰宅を待ち伏せしたものの,計画を実行しなかった。さらに,被告人は,同月20日,Tに対し,Zの殺害計画を実行することを打ち明け,今日トラックでZを轢いてひき逃げ事故を装うこと,死体を軽トラックで己小学校横の道路に捨てることなどを指示し,Tに布製粘着テープや軍手を準備させるなどした上,Zに産業廃棄物処理業をしている株式会社oのw社長が金を貸してくれるなどと騙して,原判示の株式会社o産業廃棄物屋外積替保管施設まで連れ出し,普通貨物自動車で2回にわたって轢過するなどして殺害行為に及び,翌21日,原判示のoの乙処分場において,廃棄物と共にZの死体を穴に投棄する死体遺棄の犯行に及んだ。

(2) 被告人のZに関する言動

Tは,原審公判廷及び捜査段階において,要旨,以下のとおり供述している。

偽装交通事故による入院を終え,平成11年5月31日からiで主に被告人と共に営業活動に従事するようになったが,その後の6月に,被告人から,Zが病院改装のためのつなぎ資金として被告人から借りた500万円を,実はd5の人から借りている借金の返済に使ったとZが自供した旨聞かされ,その際,被告人は「頭くっじゃろう。人を馬鹿にしちょるわ。」と言っていた。同年7月ころ,営業中の車の中で,被告人から,「先生がちょくちょくお金を貸してくれと言ってきている。返さんくせに,金を貸してくれと言う。自分には返さないくせに,飲みとかママにはお金を使っている。」などと愚痴を聞かされ,同年7月終わりか8月ころ,Zから30万円借金を申し込まれた被告人が,「先生は俺がやっちょること全部知っちょるから,俺が何もせんと思っていい気になっちょる。俺どうしてもやらないかん。」と言っていた。同年8月12日,xと宮崎県都城市内の居酒屋で飲食し,被告人が返済できないことの謝罪をした際,「先生には5000万円の保険金を掛けている。どうしてもだめなときは先生を殺して保険金で払うわ。」と言ったが,xが止めていた。同月23日,Zが警察署にいるらしいと連絡すると,被告人は,非常に慌てた様子であり,被告人及びZの妻と共にg北警察署に行ったが,いなかったことが分かり車で帰る途中,被告人がZからZの妻にかかってきた電話を取り上げ,「どういうことですか。お金ができんならできんで,そんなこそこそせんで,私の前に出てきて,ないならないと言ってください。北署に行ったと言うとるが,何でそんな嘘をつくのか。俺はそういうことをされるのが一番好かん。明日事務所に行くから,その時話し合いましょう。」と興奮気味で話をして電話を切り,その後,被告人と二人で帰る途中,「あん奴はふざけちょる。あんまり俺が金,金というたら,俺はいつでも警察に行けるとぞという風なこつが言いてかったじゃねえか,あん奴は。ふざけちょる。絶対やらないかん。」と言って相当怒っていた。翌24日,庚の土場に来た被告人が,「先生はもう駄目じゃ。サラ金から借りまくっている。もう辛抱できん。殺さないかん。先生は会社の顧問ということで生命保険に入っている。だから先生をやってその保険で払わんとどうしようもない。先生を殺して,生命保険で借金の分を返して貰う。」「Tちゃんがやってくれれば,1000万やるっちゃけどね。」などとTに殺害計画を持ちかけてきた。同年9月初旬,被告人は,Zが借金で苦しいと言いながらスナックなどに飲みに行っていることを聞き出し,立腹して「絶対やる。やらないかん。」と述べ,同月上旬,庚の土場において,「こんままやっと,先生はいつかヒネ(警察)に行く。」「もうやらんといかん。」「早くせんとユンボの期限が来る。」「先生を川に誘って,カヌーに乗せて,ひっくり返して,溺れさせる。」「カヌーだったら,ひっくり返って,すぐに抜けないから。」「ひっくり返した後に,おなかを踏むか握るかすれば,水を飲む。俺が潜ってするわ。」「その後は,もう1回みんなのところへ帰って,『先生が帰ってこんからTちゃん見てこい。』と俺が言うから,Tちゃん見てこい。そして,先生がひっくり返っているのを見て,俺を呼べ。俺が来るから。その後,先生を岸に上げて,救急車を呼ぶ。」などと溺れさせて殺害する方法をTに指示した。また,被告人は,同月14日から同月17日までの間に数回にわたり,庚の土場において,「今度は金槌で先生を殺そうと思っている。例えば,先生を飲みに誘って,ビルのちょっと暗いところに呼んで話しているときに後ろから頭を殴る。先生が駐車場に帰るときに後ろを付いていって,駐車場の暗いところで後ろから殴る。」などと金槌で殴り殺す計画をTに話し,「Tちゃんは人を殴ったことがあるか。」「俺は人を殴ったことがある。刑務所でけんかになったときに人を殴った。人を殴るときは金槌の頭はちっちゃいのじゃ駄目ぞ。ちっちゃいので殴っても跳ね返ってくる。殴るときは金槌の頭の大きいやつで殴らんと駄目じゃ。」などと金槌の殴り方を指示し,同月17日,「今日,先生を飲みに誘ってる。ほかにtやwと飲むことになっている。今日行くことになったから,Tちゃん,やってくんない。」「4人で飲んでて,先生が帰る30分くらい前にはTちゃんに電話するから,電話があったらすぐ先生の家に行って,先生が帰ってくるのを待っちょってくれ。俺はそのまま残ってtとwと飲んどく。Tちゃんが先生を殴れば一番初めに疑われるのは自分だから,自分はtとwと飲んでアリバイを作っておくから。疑われるのは自分で,Tちゃんはただの従業員だから疑われることはないが。」「頭の大きい金槌を使って,先生が帰ってきたら,まず後ろから殴れ。そして倒れたとこを,こめかみのところを思いっきり殴れば死ぬが。」などと具体的にTにZ殺害を指図し,さらに,同月20日,「今日,先生をやろうと思っている。今日でユンボの期限が切れる。先生を轢いてひき逃げのように見せようと考えている。」「oのでやろう。そういえば,あそこには10トン(トラック)がある。10トンならいいことないだろうか。」「Tちゃん,軽トラックを準備しない。あれに乗せて運ぼう。捨てる場所は,己小学校の横の道路がいい。あそこは人が通らん。」などと指示し,Tと共にZ税理士事務所に向かう途中,己小学校東側の道路をゆっくり走行しながら,「Tちゃん,ここに捨てるとよ。ここやったら分からんわ。」「ヘッドライトをばらまいておけば分からん。事故のごつあるから。ヘッドライトはごみであるやろ。5秒以内でせんといかんぞ。」などと指示した。

これらのTの供述について,その信用性が肯定できることは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第7の3に適切に説示するとおりであるところ,被告人は,当審で取り調べた「Tの公判における供述内容について」と題する意見書,「Z事件の事実」と題する申述書,「Z事件について」と題する意見書,「御連絡」と題する意見書,「Tの供述内容の変遷について」と題する意見書,<身上経歴等>で始まる意見書において,Tの供述の信用性を争い,①Tが病院を退院してiに復帰したのは平成11年7月中旬以降であり,②同年8月24日に被告人がZの殺害をTに持ちかけた際,Tは「長崎の保険金殺人の件もあるし,やばいですよ。」と言ったと供述しているが,長崎の保険金殺人の容疑者が逮捕されたのは同月30日であるから,そのようなやり取りをすることはあり得ず,③Tは,Zに掘削機等をレンタル業者から借りさせようとしたのはrの解体工事に使うためであったように供述しているが,その工事にはiは関与しておらず,また,④Tは,Zを連れ出すためにZ税理士事務所へ向かう途中,己小学校の東側道路を通過する際に被告人が「Tちゃん,ここに捨てるとよ。」などとあたかもZをもう殺すんだというような言い方をしたと供述しているが,被告人はそのようなことは言っていないなどとする。しかし,①については,Tの保険金請求支払関係書類中の損害額積算明細書写しによると,Tはn1病院に平成11年5月29日まで入院し,翌日から同年7月12日までの間通院して治療を受けたとされており,Tの症状自体が詐病であったことからすると,同年5月31日からiで営業に従事するようになったというTの供述の信用性に疑問があるとはいえない。②については,長崎の保険金殺人の報道がされるようになった時期は容疑者の逮捕以後であるとまでの証拠はなく,仮に報道がその逮捕後のことであっても,一連の被告人とのやり取りの中で出たものとすれば,Tの供述の信用性を左右するものではない。③については,Tは,平成11年9月の初めころ,rの解体工事がとれるかとれないかの時期に,iの仕事でユンボを使う可能性が出てきたので,被告人が「その仕事でユンボを使うから先生に借りて貰う。明日先生のところまで運ばせる。そのユンボをoに預け,自分は先生が誰か第三者に売ってしまったことにするから,俺は善意の第三者じゃ。」などと言っていた旨供述しているのであり,上記工事をiが行うことまでは供述しているわけではなく,④については,被告人は,原審公判廷において,Tの心情が量れなかったからとはするものの,「Tちゃん,この辺に置いときないよ。」とZの遺体をこの辺に置いときないよという趣旨の言葉を言った旨自認しているのであり,いずれもTの供述の信用性を疑わせるものではない。

(3) 犯行状況

Zを殺害した状況についても,Tは,捜査段階において,具体的かつ詳細に供述しているところ,その信用性が認められることは,原判決が適切に説示しているとおりであり,Tの供述のほか関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,平成11年9月20日午後8時ころ,Tと共に,Zをセルシオの後部座席に乗せて,原判示のo産業廃棄物屋外積替保管施設に到着し,同所において,被告人が,Zに対し「先生,あんまり俺を馬鹿にするなよ。俺んことをなめちょっとじゃないか。」「何を考えちょるのか。」などと怒鳴り,「先生,俺を馬鹿にすんなよ。外に出とけ。反省しとけ。」と命じて車から降りさせ,「先生,俺を馬鹿にしすぎじゃが。なめすぎちょる。俺もやるときはやっとじゃかい。」と激しい口調で文句を言い,Zを土場の西側の区画に連れて行った。被告人は,Tに指示し,土場にあった長さ約170センチメートル,幅約40センチメートル,厚さ二,三センチメートルの板と準備させていた粘着テープを持って来させ,「先生が逃げんごとガムテープで縛り付けとけ。」「背中に板を当てて巻けばいっちゃが。先生に背中に板を背負わせるような感じで,先生をガムテープで板に逃げんように巻き付けろ。」と指示し,Tをして,うつむき加減に立ったままのZの背中に板を縦長に当てて粘着テープを巻き付け板に縛り付けさせた。被告人は,Zに対し,「もう1回ここで横になって反省しちょけ。先生,あんた罰じゃ。頭冷やしない。」と言い,Tをして,背中に板を縛り付けられたまま立っていたZを仰向けに横たわらせ,Tが進入路に平行に横たわらせたのを垂直になるよう向きを変えさせた。被告人は,付近に停めてあった10トントラックの運転席に乗り込んだがエンジンキーが見当たらなかったため,別のトラックに乗り換え,そのトラックを発進させ,横たわらせていたZの手前でトラックを停め,トラックから降りて,Zに対し「先生俺をなめるな。馬鹿にするな。」と言い,再度そのトラックに乗り込み,時速約5キロメートルの速度で,運転席側前輪をZの右胸部付近に乗り上げさせたが,Zの身体が前方にずり動き,粘着テープで縛った板からその身体が外れた。さらに,被告人は,トラックをバックさせ,トラックを降り,スーツが破れシャツから血がにじんでいる右腕を左手で押さえ苦しそうな声で「あーあいた」「うー」となどとうめき声を上げているZとその様子を見ていたTの近くに来て,Zに対し,「おう,先生分かったか。俺やるといったらやるっとじゃから。俺を馬鹿にするな。」と荒っぽい口調で言い,Tに対し「もう1回板を持ってこい。」と言って,板を持って来させ,「先生を板の上に寝かせちょけ。」「ビニールシートをかけてやれ。」と言って,さらに,「こうやってしきこむんよ。」などと身振りを交えながら指示し,Zを板の上に横たわらせ,その上にビニールシートをかぶせ,その端をZの背中と板の間に差し込ませ,Zに「大丈夫ですか。」と声をかけているTに対し,「何喋っとか。どいちょけ。」と怒鳴りつけた後,再度トラックに乗り込み,時速五,六キロメートルの速度で発進させ,右前輪を横たわらせていたZの胸部付近に乗り上げさせ,Zを数メートルずり動かした。その後,被告人は,トラックから降りてきて,かすかな声で謝罪している様子のZに対し,「どんげか。先生分かったか。俺あんまり馬鹿にすんなよ。」などと言い,Tに「先生が逃げんごつ見張っちょけ。」と命じ,セルシオの助手席に戻って携帯電話で電話をかけ,車から出てきて,Tに「4トントラックを元の位置に戻して,パッカー車を持ってこい。」と言って,パッカー車をZの近くまで持って来させ,パッカー車のごみを投げ入れる部分にビニールシートを敷かせ,Zに対し「先生,こん中入っちょけ。」と言って,自力で立ち上がることのできないZをTが抱き抱えるようにして起き上がらせ,ビニールシートの上に横たわらせ,Tをして,その手首を粘着テープで巻かせた上,身体をビニールシートで包ませ,その上から電気コード及び粘着テープでその足元,胸,頭を縛り付けさせ,Tに対し,「何しよっとか。中に入れんか。中に入れんと逃ぐっじゃろうが。」「早よせんか。早よボタンを押して中に入れんか。」と指示し,パッカー車の回転板を作動させ,Zの身体をごみが積まれているパッカー車の中にかき込ませた。被告人は,パッカー車の中のZの様子を窺っていたTに対し「なんしょっとか。ほっちょけ。明日には死んじょっとじゃが。俺そんげやってUも殺したが。」「さっきwに電話して盗品を埋めるいうことで穴を掘らしとる。」と言って,セルシオに戻って後部座席に座り,Zのセカンドバッグの中から,キャッシュカード数枚を取り出し,「こんげ借りちょるが。」と言ってTに見せ,財布を取り出し,「おお,持っちょるじゃねえか。」と言って紙幣を抜き取り,自分の左胸ポケットに入れた。その後,被告人は,Tに対し,「明日こんパッカー車は仕事で使うから。朝の5時半にここに来い。先生をoに運ぶから。」と言って,セルシオに乗って帰った。翌21日,被告人がセルシオを運転して先導し,Tがその後をパッカー車を運転して,午前6時過ぎに乙処分場に着き,被告人は,oのw社長が掘った穴を更に掘らせ,Tに対し,「穴が掘れたら,俺が社長を向こうに連れていく。その間に先生を穴に入れろ。」と言って,Tをして,パッカー車をバックで穴の縁のぎりぎりに近づけさせ,荷台を上げるスイッチを押させて,Zの死体をほかのごみと一緒に廃棄物の穴の中に落とし込ませた。

(4) 被告人の弁解

Zとの関係,犯行に至る経緯及び犯行状況等についての被告人の原審公判廷及び捜査段階における供述及びそれらの供述が信用できないことは,原判決が「事実認定の補足説明」の項第7の4(1)ないし(4)にそれぞれ説示しているとおりであり,被告人は,当審公判廷においても,同旨の供述をしているところ,なお,被告人の供述にかんがみ補足しておく。

被告人は,架空融資による詐欺事件や偽装交通事故による保険金詐欺事件によって詐取した現金合計2100万円ないし2200万円をZに預けていたところ,Zが全て自己の借金の返済や遊興費に費消してしまい,本件犯行当日にZからもう一度架空融資などの方法で金を集めてくれと言われ,気持ちが切れて殺意が生じた旨供述をしている。

しかしながら,Zの財産状況についてみるに,平成10年夏から平成11年8月までの金融機関からの借入れ,返済状況について,最終月の165万円余の借入れ以外は,各月数万単位の借入れが続き,これに対しほぼ10数万円単位で各月の返済を続けていること,d3公庫からの借入金500万円の残高が450万円程度,金融会社のd4からの借入金360万円の残高が約220万円,借入金340万円の残高が300万円近く残っており,d6とd7に合計350万円のリース料を負担しているほか,税理を担当していた顧客らからの借金残高が判明するものだけで合計270万円程度存しており,Zが集金を依頼された金を着服した91万3000円のうち50万円が未払になっていることや,知人から平成11年3月に1週間の約束で借りた60万円のうち45万円を結局返せず,さらにどうしても金が要るなどと言って10万円と30万円を借り入れていること,Zはラウンジの女性経営者に入れあげ月に二,三十万円ほどを貢いでいたものの,その他ギャンブルなど浪費をしていた形跡はみられないことからすると,架空融資による詐欺事件や偽装交通事故による保険金詐欺事件を起こした約半年間のうちに,Zが2000万円以上もの金銭を遊興費や借金の返済に充てたものとは到底認め難い。また,原判決が指摘するように,平成11年3月8日にZに偽られて貸し付けた500万円の返済を受けていないのに,そのような人物に大金の管理を任せたというのは不自然であること,500万円の貸付けの事情や返済を受けていないことについて,Tらiの従業員らに不満を漏らすなどしているのに,Zに預けていたとする2000万円以上の金員を使い込まれたことについては,他に話した形跡が見当たらないことなどに照らすと,被告人が,架空融資による詐欺事件や偽装交通事故による保険金詐欺事件によって詐取した2000万円以上の現金をZに預けていたということ自体信用できず,また,Zが被告人に対し,もう一度架空融資などの方法で金を集めてくれなどと言える状況にはないことも明らかである。

さらに,被告人は,当審公判廷において,①平成11年9月12日にZを溺れさせて殺害する計画を立てたとされるp川は浅く,周りに一緒に行った家族がおり,仮に実行しようとしても,客観的に溺れさせて殺すことはできず,②Tに金槌でZを殴り殺させようとしたとされるが,Zとトラブルになった直後であり,自分の不満を聞いてくれればそれでいいという感じで言ってしまったもので,殺すつもりで言ったものではないなどと供述している。しかし,①については,Zを溺れさせようとしたとされるp川付近は,農村地帯で昼夜とも人車の交通量は少なく,川遊びをした丁橋南方約100メートル付近は相当の水深がある箇所もあるものと見受けられ,Tは,原審公判廷において,Zがフローターに乗っていたところは水深120センチメートルか130センチメートルくらいであったが,その先のほうは深いような緑色をしていた旨供述しており,被告人の妹夫婦を呼んだのは,妹夫婦に河原で飲食させておいて,被告人とTがZを深みに連れて行って溺死させ,とりあえず二人が妹夫婦のいるところに戻り,被告人がZがなかなか帰ってこないからTに見てきてと言って,Tが様子を見に行き,被告人を大声で呼び,被告人と妹夫婦がZが死亡しているのを確認するという計画であったのであり,妹夫婦を目撃者に仕立てようとしたことが認められることからすると,被告人の立てた殺害計画がおよそ実行ができないものとはいえない。②については,金槌で頭部を強打して殺害することは可能であり,そもそも,被告人のTに対する指示は,極めて具体的な内容であり,Tの原審公判廷における供述によれば,Tは被告人の指示に従ってその殺害を実行する意思はなく,被告人に実行の機会がなかった旨虚偽の事実を告げてその実行には至っていないものの,金槌も準備してZの帰宅を待ち伏せする行為に及んでおり,被告人の指示がその殺害の意思まではなかったとすることはできないことも明らかである。

(5) 小括

以上のとおりであり,被告人は,Zから,虚偽の説明を受けて貸し付けた500万円の返済を受けることができず,その貸付金を事実上担保する目的で被保険者をZ,保険金受取人を有限会社i,死亡・後遺障害の保険金額を5000万円(交通傷害の場合は8000万円)などとする傷害保険契約を締結したが,その後もZが500万円の返済の努力をすることなく,スナック通い等の遊興を止めず,更に被告人に借金を申し込むなどしたことから腹を立て,遅くとも平成11年7月終わりか8月ころには,Zが被告人の犯罪行為等を知っていることをよいことに,被告人から何もされないと思って図に乗っているとしてその殺害を考えるようになり,さらに,同年8月23日にZが警察へ話しに行くと家族に話して所在が不明になった件を機に,自己の犯罪行為や違法行為について知っているZが,被告人から厳しい取立てを受ければ警察に対して被告人の犯罪行為等の情報を提供すると牽制してきたものと受け取り,Zに対して益々立腹するとともに危機感を強め,遅くとも翌24日には,Zを口封じのために殺害しようと決意し,殺害に当たっては偶発的な事故を装ってZに掛けた保険契約の保険金を詐取しようと考え,Tに殺害を実行すれば保険金から1000万円の報酬を支払うなどと持ち掛け,さらに,同年9月3日にはZをしてリース会社との間で掘削機等のリース契約を締結させて,同月11日にその掘削機等の引渡しを受けた上,水難事故を装って殺害する計画を立て,同月12日にZを河川に連れ出したが,失敗し,次いで,Tに金槌で頭部を殴打して殺害することを指示し,同月18日にTにおいて被告人からの連絡によってZの自宅付近で待ち伏せるなどしたが,Tが逡巡して実行するに至らず,ひき逃げ事故によって死亡したように仮装してZを殺害することを計画し,同月20日に原判示のとおりのZを殺害する犯行に及ぶに至ったものと認定できるのであり,その殺意の形成時期や動機についての原判決の認定に事実の誤認はないというべきである。

論旨は理由がない。

第2控訴趣意中,量刑不当の主張について

論旨は,原判示第12の1の殺人の罪について,死刑をもって処断すべき事案とはいえず,その罪を含めた原判示第2ないし第13の罪について,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。

そこで,記録を調査し,検討する。

1  事案の概要

原判示第2ないし第13の各犯行は,被告人において,平成7年2月15日に恐喝未遂,横領,詐欺の罪により懲役3年10月に処せられ,同年3月2日にその裁判が確定して受刑したが,平成10年7月に仮出獄した後,同年10月から平成11年10月にかけての1年足らずの間に,被告人が実質的に経営していた産業廃棄物収集運搬会社の従業員らと共謀して,偽装交通事故による保険金詐欺等の11件の詐欺の犯行(うち1件は未遂,原判示第2,第3,第5,第6,第8の1ないし3,第10の1及び2,第11並びに第13の各事実)を繰り返して敢行し,また,電磁的公正証書原本不実記録,同供用の犯行(原判示第4の事実)や威力業務妨害の犯行(原判示第9の事実)各1件を実行し,さらには,上記偽装交通事故の加害者役の共犯者及び上記詐欺事件において書類作成等に関与した税理士の2名を,それぞれ,自己の犯行の発覚を防ぎ口封じなどのために殺害し,その死体を遺棄する犯行(原判示第7の1及び2並びに第12の1及び2の各事実)を重ねた事案である。

2  被告人の経歴及び各犯行に至る経緯,動機等

被告人は,宮崎市内で出生し,実父母が幼少時に離婚した後,実父及び継母に育てられたが,小学生時から盗癖があったため,小学生時に教護院に入り,高校中退後,東京都内の飲食店や宮崎市内の美容店で働いたりしたが,窃盗等の非行を重ねて2回にわたって少年院送致を受け,成人した後にも,窃盗,詐欺等の事件を犯し,平成元年7月に懲役1年2月に処せられて服役し,その仮出獄後間もなく恐喝事件を起こして,平成3年1月に懲役1年8月に処せられて服役し,平成4年7月に仮出獄した後,3か月足らずで偽装交通事故による保険金詐欺を敢行し,さらに,平成5年7月から同年11月にかけての間に原判示第1の詐欺の犯行に及んだ上,同年8月にも再度偽装交通事故を起こして保険金詐欺に及び,その後恐喝未遂,横領事件を起こし,平成7年2月に懲役3年10月に処せられ,平成10年7月に仮出獄した後,以下のとおり犯行を重ねたものである。

すなわち,被告人は,二度目の服役中に筋ジストロフィーと診断され,医師から1年後くらいして体が保たなくなるかもしれないと言われて強い衝撃を受け,体が動くうちに事業を起こして金儲けをしたいとの気持ちを強め,会社の設立を準備し,代表者の就任方を知人のHに依頼し,かつて少年院で一緒になり前刑服役中に再会したNを会社に入れることとし,まず,事業資金等欲しさから,H及びNと共謀の上,ガソリンスタンドの従業員として潜入したNが,作業中に誤って被告人らが普通貨物自動車に積載していた家具にオイルをこぼすなどして汚損,損壊したかのように見せかけ,その損害賠償名下に現金30万円を詐取し(原判示第2の事実),会社代表者の体裁作りのためHに自動車を保有させる必要があると考え,H及び知り合いとなっていたGと共謀して,相当額の借金を背負って支払能力のないGに資力を偽らせて普通乗用自動車の購入を自動車販売業者に申し込ませ,普通乗用自動車1台(販売価格200万円相当)を詐取し(原判示第3の事実),被告人に借入れを申し込んできたLが資産価値がある不動産を所有していることを知り,その不動産を騙し取ろうと考え,被告人のGに対する架空貸付けを真実の貸付けであるかのように装ってL所有の不動産を担保に供させ,不実の抵当権設定登記を作出させこれを備え付けさせる犯行(原判示第4の事実)に及んだが,犯行の発覚を恐れて不動産を騙し取ることは中止した。

また,被告人は,平成10年10月22日にHを名目上の代表者とする有限会社iを設立し,同年11月ころから産業廃棄物の収集運搬業を営むようになったものの,赤字経営であったことから事業資金欲しさに,iの従業員であったP1から借入れの申込みを受けるや,その父親が金融機関に勤務して信用力を有することから,出所してきたばかりの知人のQに架空貸付けをし,P1に真実の貸付けと誤信させてその連帯保証人とならせ,Qが支払えなくなったと偽らせて連帯保証債務の履行名下に金員を詐取しようと考え,H及びQと共謀の上,P1の父親のP2から現金200万円を詐取し(原判示第5の事実),同様に,Qと共謀して,Qに対する貸付けを仮装し,地方公務員であったS1に対し,Qの連帯保証人になってくれたら500万円貸し付けるなどと偽って連帯保証をさせ,S1から貸付保証金名下に20万円を,S1及びその父親のS2からQに対する貸付資金名下に100万円を,S1から連帯保証債務の履行名下に500万円を詐取し(原判示第6の各事実),その傍ら,偽装交通事故による保険金詐欺を計画し,知人に依頼して偽装交通事故の加害者役としてUを紹介され,Uに対して報酬200万円を支払うことを約して加害者役を引き受けさせ,H及びNのほか,i従業員のTを偽装交通事故の被害者役に誘い込み,偽装交通事故を起こして保険会社等から合計1442万円余の保険金を詐取した(原判示第8の1ないし3の各事実)。

そして,被告人は,偽装交通事故の関係者のうち,被告人との関係の薄いUについては信用できず,Uから保険金詐欺事件が発覚しかねないと危惧し,さらに,金に困って報酬の支払などを要求してくるUを疎ましくも思ったことから,Uを殺害しようと企て,iで使用する重機等を借り受けさせて引渡しを受けた上,産業廃棄物処分場で作業に従事させていた折りにUを殺害し,情を知らない従業員Wをして,その死体を車のトランクに入れたまま産業廃棄物処分場の穴に埋めさせて遺棄した(原判示第7の1及び2の各事実,以下「U事件」ともいう。)。

次に,被告人は,被告人から借入れをしたまま行方を眩ました会社店長の実父に対し返済の交渉をしたが,拒まれたことから,嫌がらせをするため,情を知らないi従業員らをして,その実父が経営する会社敷地に自動車用の古タイヤ約300本等を積み上げさせて放置し,威力を用いて業務を妨害し(原判示第9の事実),さらに,事業資金等欲しさに,中学時代の先輩であった高校教諭から借入れの申込みを受けるや,同人及びその知人の教諭を騙して金員を詐取しようと考え,Hと共謀して,HのQに対する貸付けを仮装し,上記両名がHのQに対する貸付けの連帯保証人になれば,Qから貸付けを実行するなどと騙して連帯保証をさせ,その履行名下に,先輩の高校教諭から現金120万円を,その知人の教諭から現金175万円をそれぞれ詐取し(原判示第10の1及び2の各事実),上記Wと共謀の上,i所有のクレーン付き普通貨物自動車(ユニック車)を偶発的な事故により損壊したものと見せかけて,保険会社から保険金名下に75万円を詐取した(原判示第11の事実)。

さらに,被告人は,iの監査役を務めていた税理士のZに貸し付けた500万円について,Zが期日に返済しなかったばかりか,借入金の使途について,真実は自己の借金返済に費消していたのに虚偽の説明をしていたことから,立腹し,その後もスナック通い等の遊興を止めず,更に被告人に借金を申し込むなどするZに対して,被告人の犯罪行為を知っていることをよいことに,被告人が何もできないと思って図に乗っていると怒りを強めてその殺害を考えるようになり,その後,Zが警察へ話しに行くと家族に話して所在不明となった件を,被告人から厳しい債務の取立てを受ければ被告人の犯罪行為等に関する情報を警察に提供する旨牽制してきたものと受け取り,Zに対して益々立腹するとともに危機感を強め,自己の犯罪行為等を警察に口外するおそれのあるZを口封じのために殺害しようと決意し,Zに掛けた保険金も詐取しようと考え,リース会社から掘削機等のリース契約を締結させてそれらの引渡しも受けた上,Tと共謀して,Zを普通貨物自動車で轢過するなどして殺害し,その死体を産業廃棄物を捨てる穴に投棄して遺棄し(原判示第12の1及び2の各事実,以下「Z事件」ともいう。),その後,T及びWと共謀して,クレーン付き普通貨物自動車(ユニック車)のクレーン操作中に,Zの事務所から運び出したコンピューター等を含めi所有の物を損壊したかのように見せかけ,保険会社から保険金を詐取しようとしたが,被告人が原判示第6の詐欺事件により逮捕されたことから未遂に終わった(原判示第13の事実)。

以上の各犯行の内容等をみると,被告人は,醜悪な金銭欲のために,自らが実質的に経営する会社の従業員等を巧みに利用し,被害者らの事情など何ら意に介することなく,また,偽装交通事故を起こし,多額の金員を詐取しようと企て,狡猾な詐欺事件を次々と敢行し,それらの犯行の中で,不実の抵当権設定登記を作出供用せしめ,他の会社の業務を威力を用いて妨害し,さらに,自己の犯行の発覚を免れるための口封じのためなどに,これらの犯行に加担した二人の生命を奪うことを企図してその殺害及び死体遺棄の犯行を実行しているのであり,被告人には罪障感や同情心を微塵も感じさせない強い反社会性が認められる。そして,被告人が回復の見込みのない進行性の筋ジストロフィーに罹患していることが判明して強い衝撃を受け,経済的に恵まれない生活を余儀なくされることを不安に感じ,そのことが被告人をこれらの犯行に駆り立てた遠因になっているものとみることができるが,そうであるからといって,他人の財産や生命を犠牲にしてよいわけがなく,それぞれの犯行に至る経緯ないし動機にも酌量の余地は全くない。

3  各犯行の態様,結果等

原判示第2の詐欺の犯行は,被告人が,共犯者のNらと共謀して,あらかじめNをガソリンスタンドに従業員として潜入させ,他の従業員が少なくなる時間帯を見計らい,顧客役の被告人及びHが被告人所有のソファーベッド等の家具を積載した普通貨物自動車でガソリンスタンドを訪れ,応対に出たNにおいて,その家具をわざと汚損,損壊させ,損害賠償名下にガソリンスタンド店長から現金30万円を詐取したものであり,周到に計画された犯行である上,雇用者の従業員に対する信頼を逆手に取った狡猾な犯行態様である。

原判示第3の詐欺の犯行は,被告人が,Gらと共謀して,自動車販売業者に対し,代金支払の意思及び能力がないのにあるように装って,販売価格200万円の普通乗用自動車の購入をG名義で申し込み,同車を詐取したものであり,計画的な犯行である上,相当額の借金を抱えるGの弱みに付け込んで共犯者として引き込んでいる点も看過できない。なお,被告人は,購入代金として立替払されたローン分割金の一部を支払っているが,犯行の発覚を免れるためのものであり,特に有利に酌むべき事情とはいい難い。

原判示第5,第6並びに第10の1及び2の各詐欺の犯行は,いずれも,被告人が被害者らから借入れの申込みを受けたことを奇貨として,共犯者と共謀し,共犯者の間又は被告人と共犯者との間の架空貸付けの事実を作出し,被害者らに言葉巧みに虚偽の事実を申し向けて欺き,被害者らに対する貸付けの条件としてその架空貸付けの連帯保証をさせた上,貸付保証金等名下又は連帯保証債務の履行名下にそれぞれ現金を詐取したものであり,犯行後に一部の金員が被害者側に返されているものの,それぞれの犯行によって被害者らから合計1115万円もの多額の現金を詐取したものであって,いずれの被害者においても,厳重処罰を望んでおり,また,原判示第4の電磁的公正証書原本不実記録,同供用の犯行も,Gに対する架空貸付けの事実を作出し,被害者に連帯保証をさせた上,その担保として被害者所有の不動産に抵当権設定登記を経由させたという,それらの詐欺と類似の手口の犯行ということができ,そのいずれもが法律知識を悪用し巧妙に仕組まれた犯行である上,同じ手口による詐欺の犯行を確定裁判である前刑を挟んで重ねている点においても常習性の認められる犯行である。

原判示第8の1ないし3の詐欺の各犯行は,被告人が,共犯者らと共謀し,入念に打ち合わせるなどの周到な計画の下に偽装交通事故を起こし,その後事故当事者役の共犯者らにおいて交通事故の捜査を担当した警察官に対して偶発的事故であった旨虚偽を述べた上,被害者役の共犯者らにおいて,その交通事故で受傷したように装って長期間入院し,また,虚偽の給与証明書等を作成するなどして,保険会社2社及び郵便局から合計1442万円余の保険金を詐取したものであり,計画的な犯行である上,被告人は前刑の事件時にも同種犯行に及んでいることからすると,この種事案に対する常習性も認められる。

原判示第9の威力業務妨害の犯行は,被告人が,情を知らないi従業員らをして,被害会社敷地に産業廃棄物であった自動車用古タイヤ約300本等を積み上げて放置し,24日間にわたって会社の業務を妨害したものであり,被害会社が被った迷惑も甚だしい。

原判示第11の詐欺及び第13の詐欺未遂の各犯行は,いずれも被告人が,共犯者と共謀の上,保険金を詐取する目的で,i所有あるいは第三者所有のユニック車を用いて物損事故を偽装し,ユニック車自体,あるいは,Z殺害後,被告人らがZの事務所から持ち出してプレハブ建物に搬入したコンピューター等を同建物ごと損壊して,保険金を請求したものであり,上記の詐欺の各犯行と同様,巧妙に仕組まれた計画的犯行であり,殊に,後者の犯行は,Z殺害後にZの財産をも使って金を得ようとしたもので,その犯情も悪い。

これらの各犯行で被告人の果たした役割は,自己が実質的に経営するiの従業員である共犯者に対しては被告人に従属的な立場にあることを利用し,あるいは,報酬を約束するなどして犯行に引き込んだ上,犯行計画の立案からその遂行に至るまで,他の共犯者に綿密な指示をするなどして終始首謀者として中心的役割を果たしているのであり,一連の犯行により不正に取得した合計2600万円余もの金員の大半を自らが取得している。

そして,原判示第7の1及び2の殺人及び死体遺棄の各犯行,すなわち,U事件については,被告人がU殺害の犯行を否認しているため,その具体的な犯行態様までは確定できないが,証拠上明らかにできる限りにおいても,筋ジストロフィーに罹患して体力的にUに劣っていた被告人が,Uを殺害するために睡眠導入剤であるハルシオンを摂取させようと考え,偽装交通事故で入院中のHからハルシオンを入手し,U殺害の機会を作るため,Uを産業廃棄物の処分作業に従事させ,U以外のi従業員らを帰宅させるなどもして殺害を実行し,その殺害の態様も,Uにハルシオンを摂取させて抵抗力を奪った上,両手首に後ろ手に手錠をかけ,Uを産業廃棄物を焼却中の穴に落とし,その後,穴から這い上がったUを普通乗用自動車のトランク内に入らせ,そのトランク内に横たわっているUの右側頸部を手指で強く圧迫して窒息死させたもので,極めて冷酷かつ非道なものであって,確定的で強固な殺意が認められる犯行である。また,Uの殺害後,情を知らないi従業員のWに指示して,普通乗用自動車のトランクに入ったUの死体を普通乗用自動車ごと土中に埋めさせて遺棄しており,その死体遺棄の犯行態様も,死者に対する畏敬の念や憐れみの感情など微塵も窺えない。一方,Uは,報酬欲しさに偽装交通事故の加害者役を引き受けたものであるが,被告人から殺害されなければならない理由など全くなく,被告人から報酬を受け取ることもないまま,ハルシオンを摂取させられ,手錠をかけられた状態で廃棄物が燃えている穴に落とされ,穴から這い上がるや,自動車のトランクの中で頸部を強く圧迫されて殺害されるに至ったのであり,その間のUの恐怖や苦痛,そして,離婚後も子らの成長を楽しみにしていたUにとって,二人の子を残したまま,理不尽にも被告人から裏切られ,突如としてその生命を奪われるに至った無念さは察するに余りあり,残された二人の子は学校に行けなくなるなどその遺族らの被った精神的衝撃にも大きなものがある。しかるに,被告人は,これらの遺族に対し,慰謝の措置を何ら講じておらず,遺族らが被告人の厳重処罰を求め,その処罰感情が峻烈であるのも当然である。

さらに,原判示第12の1及び2の殺人及び死体遺棄の各犯行,すなわち,Z事件については,被告人らは,ひき逃げ事故に見せかけてZを殺害することを計画し,粘着テープ等を準備するとともに,あらかじめZの死体を遺棄する路上を下見するなどして,Zを騙して連れ出し,木板に粘着テープでZを縛り付けた上,仰向けの状態で地面に横たわらせ,逃げることができない状態のZに対し,車両重量約5トンの普通貨物自動車を低速度で走行させてその胸部付近を2回にわたって轢いた上,うめき声を上げるなどして苦しんでいるZに対し,「おう,先生分かったか。俺やるといったらやるっとじゃから。俺を馬鹿にするな。」などと申し向け,さらに,瀕死の状態のZをビニールシートで包んで電気コード等で縛り付けた上,パッカー車の中にかき込ませ,外傷性一次性ショックにより死亡させたものであり,計画的である上,その殺害態様は極めて残忍かつ冷酷で悪質なものである。そして,被告人は,Tと共に,その犯行実行前には,川遊び中の水難事故を装ってZを殺害しようと計画し,さらには,Tにおいて夜間帰宅してきたZを金槌で撲殺しようと自宅付近で待ち伏せるなどしたものの,いずれも実行に至らないまま失敗に終わったにもかかわらず,その殺害を躊躇することなく凶行に及んでいることからすると,Zに対する殺意は極めて強固なものである。また,被告人は,その殺害の犯行の翌日,パッカー車の中に入ったままのZの死体を廃棄物と共に処分場の穴に投棄して遺棄しており,その死体遺棄の犯行態様もまた,およそ非人道的で極めて悪質というべきものである。加えて,被告人は,これらの犯行実行の約1か月前,Tに対して,Z殺害によって得られる見込みの保険金から1000万円の報酬を支払うなどと言って犯行に誘い込み,犯行に際してもTを終始主導し,自ら普通貨物自動車を運転してZを轢過するなどし,犯行において中心的役割を果たしている。他方で,Zは,木板に粘着テープで縛り付けられて身動きができない状態で2回にわたって轢過された上,生存している間にパッカー車にかき込まれ,ごみの中で息絶えたのであり,その間のZの恐怖,苦痛,そして,妻や3人の子らを残して生命を絶たれた無念さは察するに余りある。なお,Zは税理士という職にありながら,虚偽の書類を作成するなどして被告人の詐欺の犯行に加担していたほか,金銭的にルーズで,虚偽の理由を述べるなどして被告人から多額の借金をしつつ,これを返済していないことが被告人の殺意を招来した一つの原因になっていることが認められるが,これらの事情が被告人の殺害行為を正当化する理由にならないのは当然のことである。また,Zの妻は,Zの遺体が発見された後,自殺を考え,その後心身に変調をきたして精神科に通院するようになり,Zの父母ともども,悲憤を募らせており,父親を失った子らの悲嘆も深く,遺族らの被った精神的衝撃は甚大である。さらに,原判決も指摘しているとおり,被告人は,犯行直後,行方不明となったZを案じる遺族らに対し,Zが交際相手の女性と失踪したかのように虚言を述べたり,親切心を装って,Zに対して1000万円の債権を有しているが,150万円を支払えば返さなくてよいと述べるなどし,公判廷においても,遺族らが傍聴する面前で,架空融資の手口による詐欺事件はZの指南を受けた,偽装交通事故による保険金詐欺についてもZから持ちかけられた,詐欺事件で不正に取得した金の大半はZが闇金融で運用する約束で預託していたが,全額Zに使い込まれたなどと,自己の刑責の軽減を図るためにZに責任転嫁し,一方では遺族らに真摯に反省しているかのような謝罪の手紙を送付しており,このような被告人の態度に遺族らが更に怒りを募らせ,いずれもが極刑を望んでいるのも当然のことである。

4  犯行後の情状

被告人は,捜査段階及び公判廷において,U事件についてはその殺害の事実関係等を争い,Z事件についても殺意形成時期等を争い,終始不合理な弁解を構え,また,一連の詐欺事件におけるZの関与の程度等についても殺害したZに責任を転嫁する内容の供述をするなどしており,その供述態度は,捜査機関側が確かな証拠を有していて言い逃れることができないと判断した場合には,必要な限度で自己に不利益な事実も認めるが,そうではない場合には,死者に罪を被せたりして責任転嫁や責任軽減を図ろうとし,虚構の事実を作り上げて供述する狡猾な態度が窺われ,反省悔悟の態度は全く見受けられない。

そして,被告人は,上記第1でも認定したとおり,U事件について,g北警察署の留置場において,Qに対して口裏を合わせるように求め,また,g刑務所において,証人としての出廷が予定されていたNの部屋に,自己の弁解内容を書いたメモ紙を投げ入れ,さらに,H及びNに対し,アンケートと称し被告人の望む回答書を同封した書面を送付してその回答を求めるなどして種々の罪証隠滅工作を行っているのであり,犯行後の情状も甚だ悪い。

5  被告人の犯罪性向

被告人は,上記のように,2回にわたって少年院に入院し,成人した後も本件に至るまでに3回も服役しながら,いずれも仮出獄後短期間で再び犯罪に手を染め,前刑を平成10年7月に仮出獄した後わずか3か月余りで原判示第2の犯行に及び,その後にも,次々と原判示第3ないし第13の各犯行に及んでいるのであり,被告人の犯罪性向は度重なる服役にもかかわらず何ら矯正されておらず,奸知にたけた性癖が身に付いており,さらに,Uを殺害して尊い生命を奪ったにもかかわらず,それを反省悔悟するどころか,約半年の短期間で又もやZを殺害する犯行にも及んでおり,人命軽視の態度も甚だしく,その犯罪性向は拡大,深化しているといわざるを得ない。そして,それぞれの犯行に至る経緯,動機,態様,犯行後の情状等を併せ勘案すると,被告人の非人道的で反社会的な人格傾向は被告人自身に深く根差したもので,もはやその改善更生は望めない域に達しているといわざるを得ない。

6  結論

以上でみてきたところを総合して原判示第2ないし第13の罪についての被告人の刑事責任を検討すると,他方で,被告人に不遇な生育歴が認められること,U事件について,捜査段階において,Uを死亡するに至らしめ,その死体を遺棄したことを涙ながらに取調官に供述した上,その後自殺を試みており,その当時には一定程度悔悟していたと窺われること,Z事件について,遺族に自賠責保険から約3000万円が支払われており,被告人において,遺族に対して被害弁償の一部として約46万円を支払おうとしたが,受け取りを拒絶されたため,法律扶助協会に贖罪寄付し,当審公判廷において,その殺意形成の経緯等はなお争って弁解を構えているものの,「Zさんが病院に連れていってくれと言ったときに病院に連れて行くべきでした。」「生きてきた中で一番後悔している。」と述べ,一定の反省の情を示していることなど被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても,上記のような各犯行の内容,とりわけ,原判示第7の1及び第12の1の殺人の各犯行についての罪質,動機,態様の計画性,凶悪性,結果の重大性,殺害された被害者の数,さらには,遺族の峻烈な被害感情及び犯行後の情状に加えて,被告人の犯罪性向等の事情を考慮すると,被告人の罪責は誠に重大であって,罪刑の均衡の見地及び一般予防の見地から,原判示第12の1の殺人の罪について死刑を選択せざるを得ないとともに,原判示第7の1の殺人の罪についても死刑を選択するほかなく,したがって,原判示第2ないし第13の罪について,被告人を死刑に処した原判決の量刑はやむを得ないものと認められ,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

第3結語

よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて同法181条1項ただし書を適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田隆 裁判官 重富朗 裁判官 髙原知明)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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