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福岡高等裁判所宮崎支部 平成15年(ネ)82号 判決 2003年9月09日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

本件は、原判決別紙図面(一)記載の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(へ)、(ト)及び(イ)の各点を順次直線で結んだ線で囲まれた範囲内の土地(以下「本件甲地」という。)並びに原判決別紙図面(二)記載の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(へ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ヲ)、(ワ)及び(イ)の各点を順次直線で結んだ線で囲まれた範囲内の土地(以下「本件乙地」という。また本件甲地と本件乙地を総称して「本件各土地」という。)につき、被控訴人が、控訴人に対し、本件各土地は海を埋め立てたもので未だ登記がされていないが、被控訴人の祖父ないし父において時効取得しており、被控訴人はこれを相続したと主張して、本件各土地の所有権の確認を求めた事案である。

1  前提となる事実

争いのない事実、各掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件各土地の存する場所は、現況は陸地であるが、元は海であったものであり、本件各土地については登記が存在しない。

本件各土地及びその周辺の状況は、原判決別紙図面(三)のとおりであり、同図面の白地(1)部分が本件甲地、白地(2)部分が本件乙地である。なお、本件乙地は、その南側で国道388号線と接している。

(甲2、5、41、43)

(2)  A外1名は、昭和25年9月30日、現在本件各土地が存する場所を含む海面6000坪について、竣功期間2年以内として公有水面埋立ての免許を受け、昭和26年8月10日ころ、その埋立工事に着手し、遅くとも昭和32年9月ころまでには埋立ては完了し、本件各土地は陸地となった。

しかし、本件各土地については、竣功認可はされておらず、埋立ての追認申請もされていない。

(甲17、乙8、9の1~3、原審証人D)

(3)  被控訴人の祖父であるCは、昭和32年9月ころ、Aから本件各土地を代金22万円で購入し、その引渡しを受け、その後、販売用の松を植樹するなどして本件各土地の占有を継続した。

(甲16~21、29、原審証人D、原審被控訴人)

(4)  Cは昭和45年12月27日に死亡し、被控訴人の父であるBがCの遺産全てを相続して、本件各土地の占有を取得した。

Bも、従前同様に販売用の松を植樹するなどして本件各土地を占有管理していたが、その後、本件甲地については、昭和50年ころから昭和58年ころまでは第三者に貸して猪豚の放牧地として使用させ、昭和59年以降は下草を刈るなどして使用し、本件乙地については、昭和58年ころから網等の干場として使用し、平成3年12月には、隣接する国道388号線の高さまで地盤の嵩上げ工事をするなどして、本件各土地の占有を継続した。

(甲6~9、18~22、29、原審証人D、原審被控訴人)

(5)  Bは平成7年11月21日に死亡し、被控訴人がBの遺産を単独で相続し、本件各土地の占有を取得した。

(甲6~11、12~15の各1・2、18~21、29、42、原審被控訴人)

(6)  本件甲地の西側隣接地である大分県南海部郡蒲江町大字a字bc番d及び同番jの土地は、海面が埋め立てられたものであったが、昭和49年2月2日に公有水面埋立ての追認願がなされ、同年3月18日にはその追認がなされ、その後表示登記がされた。

また、本件乙地に隣接する西側一帯の土地である同町大字e字fg番hから同番kまでの土地は、昭和30年ころから昭和35年ころにかけて海面が埋め立てられたものであり、田などとして使用されていたが、昭和48年12月12日に公有水面埋立ての追認願がなされ、昭和49年8月26日には竣功の認可がなされ、その後表示登記がされた。

(甲25~28、乙5の1・2、6の1~3、原審証人D)

(7)  被控訴人は、控訴人に対し、平成12年7月13日送達の本件訴状により、<1>Cは昭和32年9月以降継続して本件各土地を占有したから、同人に過失がなかった場合には昭和42年9月30日の経過により、そうでない場合には昭和52年9月30日の経過により、Bは本件各土地を時効取得したものであり、また、<2>Bは昭和45年12月27日以降継続して本件各土地を占有したから、同人に過失がなかった場合には昭和55年12月27日の経過により、そうでない場合には平成2年12月27日の経過により、Bは本件各土地を時効取得した、として各時効を援用する旨の意思表示をした。

2  争点

本件各土地は所有権の対象となる不動産であるか。

3  争点についての控訴人の主張

(1)  本件各土地は、もともと公有水面たる海面であり、公有水面埋立法所定の手続を経ないで埋め立てられたいわゆる無願埋立地である。

公有水面にあっては、公有水面埋立法上の竣功認可の告示がない以上、これが埋め立てられて事実上陸地の状態を呈していたとしても、これをもって民法上の土地として、その上に所有権その他の不動産物権の成立を認めることはできない。最高裁判所第1小法廷昭和57年6月17日判決(民集36巻5号824頁)は「公有水面を埋め立てるため土砂を投入した場合でも、未だ埋立地が造成されず公有水面の状態にある段階においては、右の土砂は公有水面の地盤と結合しこれと一体化したものとしてその価値に格別の増加をもたらすものではないのが通常であり、また、埋立地が造成されてもそれが公有水面に復元されることなく土地として存続すべきことが確定されるまでは、なお右の土砂は公有水面埋立法35条1項に定める原状回復義務の対象となりうるものと考えられること等に照らすと、右の土砂は、その投入によって直ちに公有水面の地盤に附合して国の所有となることはなく、原則として、埋立権者が右の土砂を利用して埋立工事を完成し竣功認可を受けたときに、公有水面埋立法24条の規定により埋立地の所有権を取得するのに伴い、民法242条の不動産の附合の規定によって直接右の土砂の所有権をも取得するまでは、独立した動産としての存在を失わないものと解するのが相当である。そして、右の投入土砂の所有権は、埋立権の存否及び帰属とはかかわりのないものであるから、その所有者は、埋立権とは別にこれを譲渡することができるものと解すべきである。」と判示しており、公有水面を埋め立てるため投入された土砂は、原則として、埋立工事の竣功認可の時までは独立した動産としての存在を失わず、土地化することはない。

したがって、埋立免許を受けないで違法に埋立工事を行って埋立地を造成した者はもちろん、同人から占有を承継した者も、その埋立地につき所有権を時効取得する余地はない。

(2)  仮に、本件各土地に土地性が認められるとしても、本件においては、公用廃止がなされていないから、被控訴人に取得時効が成立する余地はない。

公有水面が適法に埋め立てられた場合は、当該埋立てにかかる公有水面は、公有水面埋立免許と竣功認可の告示によって公用廃止がなされることになるが、本件のような無願埋立地の場合は、昭和48年の法改正により追認制度が廃止された以上、原状に回復させるか、原状回復義務を免除した上で公有水面に存する土砂その他の物件を無償で国に帰属せしめる以外に方法がないのであり、公用廃止はあり得ない。そして、大審院昭和4年4月10日判決(刑集8巻174頁)は、公用廃止がされた後でなければ公有水面を時効取得することはできない旨判示している。

また、黙示の公用廃止については、最高裁判所第2小法廷昭和51年12月24日判決(民集30巻11号1104頁)は、「公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないものと解するのが相当である。」と判示しているが、公有水面埋立法においては、昭和48年の法改正により追認制度が廃止されており、無願埋立てに対しては原状回復を命じることでこれを排除するとの立法政策が採用されているから、本件について、昭和45年の時点で本件各土地を公共用財産として維持すべき理由がなくなったと評価するのは適切ではない。のみならず、黙示の公用廃止を認めることは、自然公物としての公有水面の有する公的機能を害するとともに、公有水面の埋立てについて厳格な規制をしている公有水面埋立法の趣旨をも害するものであり、公の目的を害するものであることは明らかであるから、本件各土地について黙示の公用廃止が成立する余地はない。

4  争点についての被控訴人の主張

本件各土地は、Aが埋立工事をするまでは公有水面であったが、昭和28年末ころには既に同人による埋立工事が完了しており、所有権の対象となる土地として存在していたことは明らかである。

そして、本件各土地は、昭和28年末ころには公共用物としての形態、機能を喪失した状態となり、漁港区域としても全く利用されず、かつ漁港関係者も私人が自己のものとして占有管理していても何ら支障がなかったもので、昭和28年末当時、既に黙示的な公用廃止の意思表示がされていたと認めるのが相当である。

仮にそうでないとしても、本件各土地と同時期に埋め立てられて雑種地等として利用されていた、本件甲地の西側隣接地である大分県南海部郡蒲江町大字a字bc番dの土地が昭和49年3月18日に、本件乙地の西側隣接地である同町大字e字fg番hから同番iまでの土地が同年8月26日にいずれも公有水面埋立てを原因として私人に所有権の表示登記がされている事実を考慮すれば、遅くともBが占有を開始した昭和45年12月27日には、既に黙示的な公用廃止の意思表示がされていたと認めるのが相当である。

第3  争点に対する判断

1  公有水面は、公共の用に供せられる公物であるから、公用廃止がされない限り、その上に私権が成立することはない。公有水面埋立法では、竣功認可(昭和48年の法改正後は竣功認可の告示)により、埋立ての免許を受けた者は埋立地の所有権を取得するものとされているから、公有水面については竣功認可が公用廃止の意思表示であるということになる。したがって、原則的には、公有水面は、事実上埋立てが終了し陸地が完成している場合であっても、竣功認可がない限り、原状回復義務の対象となるものであり、土地として存続することは認められないと解するべきであり、この点は控訴人の主張のとおりである(このような場合における投入された土砂の所有権の帰属等については、控訴人が引用する昭和57年の最高裁判例が判示するところである。)。

しかしながら、公有水面の埋立てについて竣功認可がされていない場合であっても、事実上埋立地が完成し、かつ当該公有水面について黙示的な公用廃止がされたと見られるときには、もはや原状回復義務の対象とはならないと考えられるから、以後、当該埋立地は土地として私権の対象たりうるものとなり、これについて取得時効が成立しうるものと解される。ただし、正式な竣功認可ないしその告示がされていない以上、埋立てをした者が当然に埋立地の所有権を取得するものではなく、投入された土砂は国の所有である地盤に附合し、埋立地は民法242条により国の所有となるものと解される。控訴人の引用する昭和4年の大審院判決は、埋立てのされていない公有水面を時効取得した旨の主張がされた事案についてのものである上、黙示的な公用廃止があった場合については一切触れていないから、上記のように解しても同判決に抵触するものではない。

2  黙示的な公用廃止が認められるためには、控訴人の引用する昭和51年の最高裁判決が判示するとおり、公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなったことが要件となる。

本件各土地については、遅くとも昭和32年9月ころまでには埋立ては完了して事実上陸地となっており、Cは、昭和32年9月ころ以降昭和45年12月27日に死亡するまで、販売用の松を植樹するなどして本件各土地の占有を継続していることは第2の1で認定のとおりであり、この間を含めこれまで本件各土地について原状回復が求められたとの事情はうかがえないことをも併せ考えると、遅くとも、昭和45年にBが本件各土地の占有を開始するまでには、本件各土地は長年の間事実上公有水面として公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産たる公有水面としての形態、機能を全く喪失し、そのうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなかったものといえる。そして、本件各土地は、もともとA外1名が正式に免許を受けて埋立てを開始したもので、少なくとも免許がされた時点では、将来、免許が失効することなく埋立てが完了し、竣功認可がされることも予定されていたものであること、本件各土地に隣接する埋立地については昭和49年ころに埋立ての追認を経た上竣功認可がされていることも前記認定のとおりであり、昭和45年にBが本件各土地の占有を開始するまでには、もはや本件各土地を公共用財産として維持すべき理由はなくなっていたものと推認される。

そうすると、本件各土地は、Bが占有を開始した昭和45年12月27日までには、私権の対象となりうる土地となり、かつ黙示的な公用廃止がされたものとして取得時効の対象になっていたものといえる。したがって、平成2年12月27日の経過により、Bは本件各土地を20年間占有したことにより時効取得したものといえ、その後の相続により本件各土地は被控訴人に帰属したものである。

3  よって被控訴人の請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

(口頭弁論終結の日 平成15年7月15日)

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