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福岡高等裁判所宮崎支部 平成19年(く)3号 決定 2007年4月04日

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

1  本件即時抗告の趣意は,主任弁護人L,弁護人M,同N,同O,同P,同Q,同R及び同S連名作成の即時抗告申立書に記載されたとおりであるから,これを引用する。

論旨は,要するに,原決定は,弁護人らの証拠開示命令の申立てに対し,①D及びEのすべての未開示の供述録取書等について,Dの平成18年11月30日付け警察官調書謄本及びEの同月29日付け警察官調書謄本以外の両名の供述録取書等は,現時点における当事者双方の主張とは関連性が明らかではなく,D及びEの各供述の証明力を判断するのに重要であるとは認められないとして,証拠開示命令の申立てを棄却し,また,上記D及びEの警察官調書謄本2通の証拠開示を命じたものの,Dの同月30日付け警察官調書謄本中の金融業者の事務所の所在及び名称並びに店長の名前に関する供述部分,Eの同月29日付け警察官調書謄本中の金融業者の事務所の所在及び名称並びに金融業者の関係者に関する供述部分は,いずれもD及びEが一緒に金融業を行っていた者に迷惑がかかる恐れを懸念しているとして,証拠開示命令の申立てを棄却し,さらに,②平成18年5月1日から現在に至るまでの間に作成された捜査報告書及び捜査官の手控えメモであって,伝聞供述を含むD及びEの各供述が記載されているものすべてについては,捜査報告書は開示済みのもの以外に存在しないと認められ,また,手控えメモは検察官手持ち証拠中に存在しないことが認められる上,その他,当然に検察官に事件を送致等する際に送致書や送付書に添付すべき関係書類及び証拠物といえるような手控えメモの存在も窺えないとして,証拠開示命令の申立てを棄却したが,原決定中のこれらの弁護人の証拠開示命令の申立てを棄却した部分は,いずれもその判断を誤ったもので不当であるから,これを取り消し,検察官に対し,上記の各証拠のすべての開示を命じるとの決定を求める,というのである。

2  そこで,検討する。

(1)  Dの平成18年11月30日付け警察官調書謄本及びEの同月29日付け警察官調書謄本以外の両名の供述録取書等について

所論は,上記D及びEの警察官調書謄本2通以外の両名の供述録取書等については,本件が,Bに対する盗品等有償譲受け被告事件(以下「B事件」という。)の弁護人である被告人において,B事件の真犯人はDであると特定して弁護活動を行い,弁護側証人としてDの証人尋問を申請したところ,Dにおいて,被告人が証拠隠滅の犯行を敢行した旨の証言をしたという特異な経緯を辿って立件されたものであり,Dは,平成18年8月4日,B事件の期日外の証人尋問期日において証人として供述し,Dの同日付け警察官調書が開示されているが,それより以前に既に被告人によってDが真犯人であると指摘されていたのであるから,警察官又は検察官がDと接触してDが真犯人であるか否かについて事情聴取しているはずであって,その際にDから供述を求め,供述録取書が作成されている可能性が極めて高く,D及びEの各供述の証明力を判断するためには,最も重要である初期段階の供述も含めて,D及びEのすべての段階の供述を検討することが必要不可欠であることは明白である旨主張する。

しかし,刑事訴訟法316条の15第1項本文によれば,同条項各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し,かつ,特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて,その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し,相当と認めるときは開示をしなければならないものであり,原決定は,上記D及びEの警察官調書謄本2通以外のその余の両名の供述録取書等については,今後弁護人の明示する争点と関連するとして開示すべきか否かはともかく,現時点における当事者双方の主張とは関連性が明らかではなく,供述の証明力を判断するのに重要であるとは認められないと判断しているところ,当裁判所においても,検察官から当該開示請求に係る証拠の提示を受けてその内容を調査したが,上記D及びEの警察官調書謄本2通以外の当該開示請求に係る証拠に記載された事項は,検察官請求証拠であるD及びEの各供述の証明力を判断するために重要であるとは認められず,その他開示の必要性について所論が主張するところを検討しても,上記D及びEの警察官調書謄本2通以外のその余の両名の供述録取書等の開示請求証拠の開示を命じることが相当であるとも認められない。

(2)  Dの平成18年11月30日付け警察官調書謄本中の金融業者の事務所の所在及び名称並びに店長の名前に関する供述部分,Eの同月29日付け警察官調書謄本中の金融業者の事務所の所在及び名称並びに金融業者の関係者に関する供述部分について

所論は,上記の各供述部分については,その供述部分が開示されることによって,罪証隠滅や証人威迫,供述者に対する嫌がらせや報復のおそれが生じることは全くなく,また,金融業者の事務所の所在及び名称並びに金融業者の関係者の氏名は,金融業を営む上で社会に公表されている事項であって,私生活にわたる事項が明らかにされるものではなく,関係者らの名誉・プライバシーの侵害が問題となるものではなく,仮にその侵害があったとしても極めてわずかであることは明白であり,刑訴法316条の15第1項に定める「当該開示によって生じるおそれのある弊害」がある場合には当たらず,かつ,検察官の証明予定事実記載書面には,D及びEの関係者が偽名を使用していたことが記載されており,これらの偽名は一定の職業ないし業務に関連して対外的に用いられているのであるから,D及びEの職業や業務を明らかにすべく,上記の各供述部分の開示を受けてその検討を行うことは重要であって,被告人の防御準備のために必要不可欠であると主張する。

しかし,本件公訴事実は,B事件の弁護人であった弁護士である被告人が,Cと共謀の上,東京都F区内の喫茶店において,Eをして,B事件の真犯人がD及びEである旨の内容虚偽の書面を作成させ,宮崎地方裁判所第205号法廷において,これを真正な証拠であるように装って同裁判所刑事部に提出し,他人の刑事被告事件に関する証拠を偽造して使用した,というものであり,D及びEは,被告人らが身代わり犯人に仕立て上げようとしたとされる当の本人であり,被告人の共犯者とされるCが暴力団構成員であり,公訴事実の犯行に及んだ際に被告人が「逃げても無駄だ。組織で捜すから。」などと言ったとされていることなどにも照らせば,被告人及びCやその意を受けた者らにおいて,D及びEが従事していた金融業の関係者が特定されることによって,それらの関係者に接触,働きかけがされ,あるいは,嫌がらせに及ぶおそれがあると認められ,現に,Dは,「調書の内容のうち,一緒に金融をやっていた関係者の名前やそのほか関係者が特定されてしまうような店の名前,場所については,関係者に迷惑がかかるので弁護士たちにも分からないようにしてください。」と,また,Eは,「取調べの中で過去に金融の仕事をしていたことを話していますが,その時の店の名前,場所,一緒にやっていた関係者の名前については,関係者に迷惑がかかるので弁護士たちにも分からないようにしてください。」との意向を明らかにしている。そして,検察官から提示を受けた当該Dの平成18年11月30日付け警察官調書謄本及びEの同月29日付け警察官調書謄本に録取された各供述内容を検討しても,それらの関係者の特定に関わる供述部分を除いたその余の供述部分によって,D及びEの各供述の証明力の検討は十分に可能であると認められ,金融業の関係者の特定に関する供述部分の開示を受けることが被告人の防御準備のために必要不可欠であるともいえない。

(3)  平成18年5月1日から現在に至るまでの間に作成された捜査報告書及び捜査官の手控えメモであって,伝聞供述を含むD及びEの各供述が記載されているものすべてについて

所論は,上記捜査報告書及び手控えメモについては,(1)で主張したとおり,平成18年8月4日以前に,既に被告人によってDが真犯人であると指摘されていたのであるから,警察官又は検察官がDと接触してDが真犯人であるか否かについて事情聴取しているはずであって,その際にDから供述を求めている可能性が極めて高く,供述録取書が作成されていないとしても,その供述が録取された捜査報告書が作成されている可能性が極めて高く,また,当然,警察官又は検察官は事情聴取時に手控えメモを作成しているはずであり,D及びEの各供述の証明力を判断するためには,これらの開示を受けて,最も重要である初期段階の供述も含めて,D及びEのすべての段階の供述を検討することが必要不可欠であることは明白である旨主張する。

しかし,所論にかんがみ検討しても,検察官は,本件の証拠開示の裁定請求に対する平成19年3月5日付け意見書の中で,上記捜査報告書は存在せず,また,捜査官の手控えメモは検察官の手持ち証拠に存しないとしており,所論がいう手控えメモの多くは,捜査官が捜査の過程で随時作成する備忘録の類と考えられるところ,これらの手控えメモが当然に検察官に事件を送致又は送付する際に送致書又は送付書に添付すべき関係書類又は証拠物であるともいえず,さらに,検察官の弁護人らに対する具体的な証拠の開示状況に照らしても,本件において,この検察官の回答に特段の疑問はなく,その存在を前提とする所論は採用の余地がない。

3  よって,本件即時抗告は理由がないから,刑事訴訟法426条1項により,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 竹田隆 裁判官 横山秀憲 裁判官 林潤)

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