福岡高等裁判所宮崎支部 平成19年(行コ)6号 判決 2007年12月26日
主文
1 原判決を取り消す。
2 本件訴えを却下する。
3 訴訟費用は第1、2審とも控訴人の負担とする。
事実及び理由
第2事案の概要
以下、原判決の略称に従う。
1 請求、争点及び各審級における判断の各概要
本件(平成18年12月26日訴え提起)は、県立高校の教員として勤務していた控訴人(昭和23年○月○日生)が、パチンコ店で景品のゲーム機を窃取した(本件窃取行為)との被疑事実で逮捕され、罰金20万円の略式命令を受け、その事実が新聞等で報道されたことを理由として、宮崎県教育委員会から地公法29条1項1号及び3号に基づく懲戒免職処分(本件処分)を受けたところ、同処分には裁量権を逸脱した違法があると主張して、宮崎県教育委員会の所属する地方公共団体である被控訴人に対し、本件処分の取消しを求めた事案である。
争点は、(1)控訴人は宮崎県人事委員会に対する審査請求及びこれに対する同委員会の裁決を経ることなく本件訴えを提起したところ、このことについて、行訴法8条2項2号に規定する審査請求前置主義の例外事由である「処分等により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要」があるといえるか否か(本件訴えの適法性)、(2)本件処分は不当に重く、社会通念上著しく妥当性を欠くもので、宮崎県教育委員会がその裁量権を逸脱して行った違法なものといえるか否か(本件処分の違法性)の2点である。
原判決(平成19年8月6日言渡し)は、争点(1)について、控訴人は、大学生と高等専門学校生の子と妻との4人家族であること、本件処分当時、手取り月額約41万円の収入を有していたが、現在は、妻の月額約10万円のパート収入に頼って生活をしていること、家計支出は月額約39万2000円であること、資産として、無担保の自宅土地建物と約1000万円の預金を有していること、精神疾患で入院中の61歳の姉がおり、将来的に入院費用の負担をする必要が生じること等の各事実を認定し、これによれば、控訴人ら家族の生活は一定期間相応の生活水準を維持することが一応可能といえるが、控訴人は、年金受給年齢に達するまで相当期間が残されており、また、再就職も困難と考えられることも併せると、審査請求から裁決までに相当程度の期間を要すると予想される本件においては、控訴人に大きな経済的困難が生じ、これが相当程度拡大するおそれがあるから、行訴法8条2項2号に規定する「著しい損害を避けるため緊急の必要」があると認められる旨、争点(2)について、本件窃取行為は、生徒の模範となるべき教職員が他人の財物を窃取したというものであり、教職員に対する信用を傷つけ、教職員全体の名誉を害するものであると同時に、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であることは明らかである上、控訴人は本件窃取行為から約2か月間、その事実を捜査機関等に申告せず、本件ゲーム機を隠匿しているなど、犯行後の状況等も悪質といわざるを得ず、加えて、控訴人が逮捕され略式命令を受けるに至った経過が新聞等によって報道されたことにより、生徒、保護者、教職員その他関係者に動揺や混乱等を生じさせたこと、控訴人が意識減損発作又はてんかん発作を起こし、無意識のうちに本件窃取行為に及んだと認めることもできないことなどを考慮すると、宮崎県教育委員会が本件処分を行ったことは、社会観念上著しく相当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものと認めることはできない旨の各判断をし、結論として、控訴人の本件請求を棄却した。
そこで、控訴人が本件控訴に及んだものであるが、本判決は、争点(1)について、原判決が指摘する上記各事情を総合すると、本件において「著しい損害を避けるため緊急の必要」があったとは認められないと判断し、原判決を取り消し、本件訴えを不適法として却下するものである(ただし、事案にかんがみ、争点(2)について、原判決と同旨の判断をした。)。
2 基本的事実、争点及び当事者の主張
この点は、原判決の「第2 事案の概要」欄の「1 基本的事実」及び「2 争点及び当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを、ここに引用する。
第3当裁判所の判断
この点は、次のとおり付加・訂正するほかは、「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを、ここに引用する。
1 原判決9頁19行目の「〔証拠省略〕」の次に「〔証拠省略〕」を、22行目の「原告」の次に「(昭和23年○月○日生)」をそれぞれ加える。
2 原判決10頁12行目の「61歳」の次に「(平成19年1月18日当時)」を、15行目の「89歳」の次に「(上記日時当時)」をそれぞれ加え、18行目から11頁21行目までを次のとおり改める。
「 ウ そこで、以上の認定事実を前提として検討するに、確かに、控訴人は、本件処分によって、月額約41万円の給与の支給を受けることができなくなる上に、今後の再就職も、控訴人の年齢(昭和23年○月○日生)等を考えれば決して容易でないものと推測されるから、本件処分の結果、控訴人に生じる経済的な損害は、決して小さいとはいえない。
しかしながら、上記のとおり、控訴人は、無担保の自宅土地建物を単独名義ないしは妻との共有名義で所有するとともに、約1000万円の預金を保有しており、妻が月額約10万円のパート収入を得ているというのであるから、他方で、控訴人が妻及び子2人(いずれも学生)との4人暮らしであって、家計支出が月額40万円程度に上ることや、近い将来実姉の入院費用を負担する必要が生じ得ること等を考慮しても、審査請求を経ていたのでは、控訴人らの家族の生活が経済的に困窮し、深刻な危機に瀕するおそれがあるものとは認められない。すなわち、本件処分によって控訴人に生じる経済的な損害は、事後的な金銭的補償によって十分に回復し得るものというべきである。なお、原判決は、本件窃取行為時の控訴人の精神状態いかんが争点として予想される本件事案において、審査請求に係る手続に相当程度の期間を要するものと見込まれることを指摘するが、審査請求があった日から3か月を経過しても裁決がないときには、裁決を経ないで本案の訴えを提起することができること(行訴法8条2項1号)にかんがみると、法の定めた審査請求前置主義の例外を認めるための事情としては、なお不十分であると解さざるを得ない。
したがって、本件処分の結果として収入が途絶することにより、控訴人に少なからぬ経済的な損害が生じるとしても、これをもって「著しい損害を避けるため緊急の必要」があったものということはできない。
(4) 小括
以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の本件訴えは、不適法であって却下を免れないが、本件の事案にかんがみ、本件処分の違法性についても次項において判断する。」
3 原判決16頁12行目の「当時に」を「同時に」と改める。
4 原判決17頁1行目の「、本件窃取行為」から「いえないこと」まで、4行目の「及びその」をそれぞれ削り、7行目の「原告の」を「極めて高い倫理性が求められる控訴人の」と改める。
第4結論
よって、当裁判所の上記判断と異なる原判決は不当であり、これを変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山秀憲 裁判官 林潤 山口和宏)