福岡高等裁判所宮崎支部 平成20年(ネ)112号 判決 2008年12月24日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 原判決別紙財産目録記載2の①ないし⑨及び⑫並びに3の各財産に関する本件訴えを却下する。
(2) その余の同財産目録記載の各財産が、A(平成15年3月31日死亡)の遺産であることを確認する。
2 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを2分し、その1を被控訴人らの、その余を控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1 控訴人Y1の控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
2 控訴人Y2の控訴の趣旨
(1) 原判決中、原判決別紙財産目録(以下「本件財産目録」という。)記載1の④ないし⑦及び2の各財産に関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
以下、略称については、本判決において新たに定めるほかは、原判決のそれに従う(<省略>)。
1 請求、争点及び各審級における判断の各概要
A(大正5年○月○日生)は、平成15年3月31日に死亡し、その相続人は、Aの子である控訴人ら及び被控訴人らである。本件(平成17年6月16日訴え提起)は、被控訴人らが控訴人らに対し、本件財産目録記載の各財産がAの遺産に属することの確認を求めた事案である。
主たる争点は、①遺産確認の利益の有無、②遺産性の有無の2点であるところ、原判決(平成20年3月25日言渡し)は、争点①・②のいずれについても、これを肯認して、被控訴人らの請求を全部認容したため、控訴人らが本件各控訴に至ったものである。
本判決は、争点①について、現金と定額貯金を除く預貯金について、遺産確認の利益を否定し、本件訴えを一部却下するほかは、原判決と同旨の判断をして、主文のとおり判決するものである。
2 前提事実及び当事者の主張
この点は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決2頁22行目から9頁26行目までに記載のとおりであるから、これを、ここに引用する。
(1) 原判決2頁22行目から24行目までを
「1 前提事実
次の事実は、いずれも本件当事者間に争いがない。」
と改める。
(2) 原判決3頁2行目の「A」から4行目の「不動産」までを「もとC(平成11年12月14日死亡。以下「C」という。)が所有していた不動産」と、6行目の「Aへの」を「Cから姉のAへの」と、9行目の「平成12年7月8日付け」を「平成12年7月8日当時、Fが所有していたものであり、同日付け」と、10行目の「前所有者」を「F」とそれぞれ改める。
(3) 原判決4頁11行目を
「2 被控訴人らの主張
(1) a町の物件について
Cの法定相続人であるA(代理人G弁護士)、D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)の間において、平成13年5月29日、Cの遺産について、遺産分割協議が調った(甲19。以下、この遺産分割を「本件遺産分割」という。)。本件遺産分割協議において、Cが死亡時に所有していたa町の物件をAに相続させることが合意された。
(2) b町の物件について
ア 被控訴人X1は、平成12年7月31日、Aの代理人として、Fから、b町の物件を代金1550万円で購入した(以下、この売買を「本件売買」ともいう。)。
イ(ア) 被控訴人X1は、自己が申し立てたAについての成年後見開始の審判手続において、平成13年2月9日、家庭裁判所調査官から、b町の物件の名義人を確認され、その名義を変更しないように指示された。同年10月17日にAの成年後見人に就任した被控訴人X1は、同年11月21日付けの書面(甲18)により、後見監督人Iから、Aの財産については、Aの療養看護等の生活費以外に使用してはならない旨の指摘を受けたことから、これを遵守するため、同書面の写しを他の被控訴人及び控訴人らにも送付するなどして、その周知方を図った。
(イ) 上記事実関係によれば、被控訴人X1は、遅くとも上記書面の写しを送付したころまでには、Fに対し、本件売買契約を追認する黙示的な意思表示をしたといえる。
(3) 本件預貯金について
ア 本件遺産分割において、Cがその死亡時である平成11年12月14日当時に有していた預貯金等から、約1億円をAに相続させることが合意された。
イ Aは、その後、相続した上記約1億円から本件預貯金の原資となる金員を、本件財産目録記載2の各金融機関にそれぞれ預け入れた。
(4) 本件現金について
本件現金は、本件遺産分割によってAが取得するとされたものであり、これがAの遺産に属することは、控訴人らも争っていない。
3 控訴人Y1の主張」
と改め、14行目の「生前贈与を受けた」の次に「(以下、この贈与を「本件Cの生前贈与」ともいう。)」を加える。
(4) 原判決7頁22行目末尾の次に「原判決は、遺産確認の訴えを過去の法律関係の確認ととらえているが、最高裁判例は、この訴えを、当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであるとして、現在の法律関係の確認を求める訴えととらえている(最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決・民集40巻2号389頁参照)から、原判決は、この判例に相反する。」を、同行目と23行目の間に
「 なお、原判決は、本件預貯金は、A名義で銀行等に預け入れられたものであるから、本件預貯金債権が控訴人Y1に帰属することはあり得ないと判示する。しかし、自らの出捐によって、自己の預金とする意思で自ら又は代理人・使者を通じて預金契約をした者を預金者とする(客観説)のが判例であるところ、本件Cの生前贈与や本件和解が存し、Cの全財産の全部又は一部が控訴人Y1にいったん帰属した場合、当該帰属部分の額に相当する本件預貯金については、同控訴人の意思に基づいて預入がされたとみるのが経験則に合致する。とすると、客観説によれば、控訴人Y1が預金者になり、本件預貯金債権の全部又は一部は同控訴人に帰属することとなる。」
をそれぞれ加え、同行目の「なお」を「また」と、25行目から8頁5行目までを
「4 控訴人Y2の主張
(1) b町の物件について
ア Aは、本件売買がされた平成12年7月31日、控訴人Y2に対し、b町の物件を贈与した(以下、この贈与を「本件Aの贈与」ともいう。)。したがって、同物件は、控訴人Y2の固有財産であり、Aの遺産ではない。
イ Aは、本件Aの贈与に先立ち、控訴人Y2に対し、「近くに引っ越してきて、日常生活等の面倒を見てほしい」と懇願し、また、Aの夫で、控訴人Y2の父であるBも、「控訴人Y1は帰ってこないから、川内に来て、俺やAを被控訴人X1と一緒に見てくれないか」と言った。控訴人Y2は、これに応じることとし、当該贈与が行われた平成12年7月31日ころ以降、現に、家族とともに、b町の物件に居住し、Aらの面倒を見ていた。」
とそれぞれ改める。
(5) 原判決8頁13行目末尾の次に「原判決は、本件の遺産確認の訴えを過去の法律関係の確認ととらえ、なおかつ、預貯金債権の分割債権性を看過し、同訴えを適法と認めており、最高裁判例に反するというべきである。」を加え、16行目の「4 原告らの主張」を「5 被控訴人らの反論」と改める。
第3当裁判所の判断
1 本件預貯金について
(1) 確認の利益の有無について
ア 遺産確認の訴えは、確認の対象となっている財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであって、その原告勝訴の確定判決は、当該財産が遺産分割の対象たる財産であることを既判力をもって確定する(最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決・民集40巻2号389頁参照)。そして、相続人が数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するのが相当である(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁参照)。したがって、当該財産を遺産分割の対象とするとの共同相続人全員の合意があるなどの特段の事情がない限り、可分債権については、遺産分割前の共有関係にあることの確認、すなわち、遺産確認の訴えの利益はないと解すべきである。
ところで、旧郵便貯金法7条1項3号(平成17年10月21日法律102号による廃止前のもの。なお、同法附則4条ないし6条により、現在もなおその効力を有する。)は、被相続人の遺産である定額郵便貯金について、一定の据置期間を定め、分割払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定めている。すなわち、定額郵便貯金は、その預入時において、分割払戻しができないという契約上の制限が、法律の定めにより付されていることになる。そして、この契約上の制限は、その後の相続によっても何ら影響を受けることなく、当然相続人に承継されるものである。それゆえ、定額郵便貯金の貯金者が死亡した場合に、その共同相続人が定額郵便貯金債権をその法定相続分に応じて承継取得しても、そのうちの一人がする法定相続分に応じた払戻請求は許されないと解するのが相当である。その意味で、定額郵便貯金については、預入の日から起算して10年(政令で定められた据置期間)が経過するまでの間は、遺産の共有状態解消の手続である遺産分割の対象になるというべきであり、可分債権の例外として、なお遺産確認の訴えの利益があるものと解すべきである。
イ これを本件についてみるに、本件預貯金のうち番号⑩と⑪は、いずれも定額郵便貯金(以下、同⑩と⑪を併せて「本件定額郵便貯金」という。)であり、預入日からいまだ10年が経過していないことが明らかである。したがって、これについては、なお遺産確認の訴えの利益がある。他方、その余の本件預貯金については、これを遺産分割の対象とするとの共同相続人全員の合意があるなど特段の事情を認めるに足りる証拠は全くないから、遺産確認の訴えの利益はない。
(2) 遺産帰属性について
そこで、本件定額郵便貯金がAの遺産に属するか否かを検討するに、証拠(甲19、20)及び弁論の全趣旨によれば、本件遺産分割により、AはCの遺産のうち9000万円余りの預貯金を取得し、これを原資として、本件定額郵便貯金がA名義で預け入れられたことが認められる。
この点、控訴人Y1は、本件Cの生前贈与又は本件和解によって、その全部又は一部は控訴人Y1に帰属したものであるから、本件定額郵便貯金も、その出捐者である控訴人Y1に帰属する旨主張する。しかしながら、後述するように、本件Cの生前贈与及び本件和解の事実は、いずれも認めることができないから、同主張は、前提において採用することができない。
したがって、本件定額郵便貯金債権は、Aの遺産に属するものと認めるのが相当である。
2 本件現金について
本件現金がAの遺産に属することは、本件当事者間に争いがない。したがって、本件現金に関する本件遺産確認の訴えは、確認の利益がないことは明らかであるから、不適法である。
3 a町の物件について
(1) 本件和解の成否について
ア 前記前提事実、証拠(甲19~22、44、乙イ1、2、5-1~9、14-1~3、被控訴人X1本人、控訴人Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) Cは、平成11年12月14日に死亡したが、その法定相続人は、Cの兄弟姉妹であるA(大正5年○月○日生)、D(大正7年○月○日生)及びE(大正14年○月○日生)の3名であった。ただし、Dについては、戸籍上の父母が異なっていた。
(イ) 被控訴人X1、D・J(以下、単に「J」という。)夫婦、E・H(以下、単に「H」という。)夫婦及び控訴人Y1(Cの甥)らは、平成12年1月30日、Cの法要が行われた後、控訴人Y1の自宅に集まった。(控訴人Y1[3頁]、被控訴人X1[22頁])
その席上、被控訴人X1、J及びHは、控訴人Y1が持参していたC名義の鹿児島銀行の通帳や郵便局の証書をもとに、Cの遺産を書き出して一覧表にした。そして、Dがその場を取り仕切り、Cの遺産について、「Y1も(Cの面倒を見るのに)難儀したろうから、Y1にも分けてやらんならんね」との発言をしたが、Eは、多額の金員を領収書等の証拠も残さずに授受することに難色を示した。ただし、控訴人Y1に4分の1を取得させることについて、特に異議を述べる者はいなかった。(甲44、被控訴人X1[23~29頁])
(ウ) 被控訴人X1は、平成12年4月5日、Aの代理人として、Eとともに、税理士の立会いの下、Cの相続人をAとEの2名とし、各2分の1ずつ遺産を取得する旨の遺産分割協議書を作成した。
被控訴人X1は、同月12日、上記遺産分割協議書を利用して、Cの郵便貯金約9000万円からほぼ半額の約4500万円をAの郵便局の口座に入金し、同日、同口座から500万円を引き出し、同月30日、これをDの妻であるJに手渡した。
(甲19、乙イ14-1~3、被控訴人X1[27頁])
(エ) 被控訴人X1、D・J夫婦、E・H夫婦及び控訴人Y1は、平成12年4月30日、Dの呼びかけにより、Cの遺産分けについて話し合う目的で、D宅に集まった。税理士の資格も有する(被控訴人X1[25頁])Dは、その際、Y1にもCの遺産の4分の1を分けてはどうか、相続税については、相続人をAとEの2名として申告し、相続税を支払った後のCの遺産の4分の1ずつをA、D、E及び控訴人Y1の4名(以下「控訴人Y1ら4名」ともいう。)で取得したらどうか、その際、贈与税の支払を免れるために、清算については、AとEからDと控訴人Y1に対して現金を交付する方法で、領収書等の証拠を残さずに行ってはどうかとの提案をした。この提案に対し、少なくとも、控訴人Y1にCの遺産の4分の1を取得させることについては、明確に異議を唱える者はいなかった。
なお、同月5日にCの遺産分割協議書が作成された際、K税理士から、Dの戸籍が訂正されれば、相続税も安くなるとの助言があったところ、同月30日の上記話合いにおいても、出席者から、Dの戸籍を訂正すべきではないかとの話も出た。
(甲44、被控訴人X1[26~29頁])
(オ) 被控訴人X1は、平成12年5月1日、Dの妻Jから、亡Cの遺産は、裏では4人で分けることになっているとして、前記500万円とは別に、更に清算金の支払を求められたことから、同月18日、前記(ウ)のAの郵便局の口座から1000万円を引き出し、これをJに手渡した。(甲20、乙イ14-1~3)
(カ) 被控訴人X1は、平成12年10月31日、A名義で、Cの相続税4850万円余りを納付した(なお、Aは、平成14年1月25日、国税還付金として2270万円余りの支払を受けているが、これは、後記(キ)のとおり、遺産分割協議がやり直されたことを受けて、再度相続税の申告が行われたことによるものと思われる。)。(甲21、22)
(キ) Dは、平成12年、Cらの戸籍上の父母であるL・Mとの間の親子関係存在の確認を求める訴訟(鹿児島地裁平成12年(タ)第38号)を提起し、平成13年2月3日、Dの同請求を認容する判決(乙イ17)が確定した。
これを受けて、改めて、Cの相続人をA、D及びEの3名とする遺産分割協議が行われ、Aの代理人弁護士、D及びJ(Eの代理人)は、平成13年5月29日、Cの遺産について、遺産分割協議書(甲19)及び覚書(甲20)を作成した(本件遺産分割)。
遺産分割協議書(甲19)は、A、D及びEがCの遺産を概ね3分の1ずつ取得する内容となっており、a町の物件については、Aが取得するものとされている。また、覚書(甲20)には、前記のとおり被控訴人X1からJに交付された1500万円を含む2250万円を、DがAから預かっていることが確認され、その清算方法についても具体的な取決めがされている。なお、控訴人Y1は、この遺産分割協議には参加しておらず、また、上記各書面に同控訴人の財産取得に関する記載はない。
(ク) 控訴人Y1は、平成15年8月20日、D(平成14年9月24日死亡)の妻であるJとの間で、次の内容を含む合意書(乙イ1)を作成し、同人は、控訴人Y1の代理人弁護士に対し、同日、1320万円の支払をした。(乙イ1、2)
a 控訴人Y1、D・J夫婦、E・H夫婦及びAの代理人被控訴人X1の間において、平成12年1月30日、控訴人Y1宅において、控訴人Y1ら4名がCの遺産を各4分の1ずつ取得するとの合意(本件和解)が成立したことを相互に確認すること
b Jは、控訴人Y1に対し、平成15年8月31日及び平成16年1月10日限り、控訴人Y1とその家族ら6名に対し、各110万円(なお、合計金額1320万円となる。)を贈与することを誓約すること
(ケ) Eは、平成17年3月16日、控訴人Y1とその家族ら9名に対し、各110万円、合計990万円を支払った。(乙イ5-1~9)
(コ) 控訴人Y1は、Aの存命中、被控訴人X1に対し、Cの遺産についての清算金を支払うよう督促したことはない。(控訴人Y1[51頁])
イ(ア) 上記認定事実に基づいて検討するに、平成12年4月30日、控訴人Y1ら4名が同席する場において、Dから、Cの遺産について、相続税の支払をした後、控訴人Y1ら4名がそれぞれ4分の1ずつ取得してはどうかとの提案がされ、これに明確な異議を唱える者がいなかったのであるから、遅くとも、この時点において、上記4者間において、黙示的な合意がされたとみる余地がないではない。
しかしながら、平成12年10月に被控訴人X1が相続税の納付を了した後も、控訴人Y1がCの遺産に関する清算を、A、D及びEに対して積極的に求めた形跡は見られず、Aらから任意に清算金を支払ってもいない。結局、Dとの関係では、同人の死亡後で、本件遺産分割協議の成立から2年余りを経過した平成15年8月に清算に関する合意が成立して支払が行われ、Eとの関係では、更に1年半以上後の平成17年3月まで最終的な清算がされず、Aに至っては、控訴人Y1は、その存命中、清算金の支払の督促さえしていないのである。
また、Dの戸籍が訂正された後、改めて、本件遺産分割協議が行われたが、正式な遺産分割協議書(甲19)はともかく、内部的な清算関係の詳細を取り決めた覚書(甲20)においてすら、控訴人Y1の取得分に関する定めは全くない。控訴人Y1の供述によれば、4分の1ずつ取得させるとの提案を行ったのは、もともとDのはずであるから、真実、その提案に沿った確定的な合意が成立していたのであれば、控訴人Y1に対する清算金の支払について、何らの話合いも行われないというのは不可解である。
以上の諸点に加えて、平成12年4月30日の話合いにおいても、Eが、証拠を残さずに多額の金員を授受することについて難色を示していたことも併せると、本件和解の成立を確認する書面等の客観的証拠が他に存在しない本件では、控訴人Y1ら4名の間において、控訴人Y1に一定の財産を分配することについては必ずしも異論はなかったものの、その具体的な方法について問題があり、最終的に、法的な拘束力を有する確定的な合意にまでは至らなかったとみるのが相当である。
なお、控訴人Y1は、Dの妻であるJと、平成12年1月6日、Cの遺産である商工債券3000万円を中途換金し(甲47)、各1500万円をそれぞれ所持していたところ、本件和解に基づき、同年6月ころまでには、控訴人Y1が650万円、被控訴人X1(Aの代理)が850万円、DとEが各750万円をそれぞれ取得したと供述する(控訴人Y1[38~42頁])。しかしながら、4分の1ずつ取得する合意(本件和解)があったのであれば、控訴人Y1の取り分がなぜ独り650万円(4分の1は750万円)になるのか疑問であるし、この分配の時期・経緯に関する控訴人Y1の供述は非常に曖昧であるし、控訴人Y1ら4名による平成12年1月30日及び同年4月30日の話合いの際も、商工債券3000万円の件が話題にされた形跡もない(なお、被控訴人X1は、上記商工債券の件について確認したのは同年8月末ころであると供述する(被控訴人X1[32頁])。)ことに照らすと、上記控訴人Y1の本件和解に基づいて分配したとする主張は、たやすく採用できない。
(イ) さらに、付言すると、上記認定のとおり、Dの提案内容は、Cの遺産について、戸籍上の法定相続人間において遺産分割を行い、これに基づいて相続税を納付した後に、贈与税の発生を回避するため、控訴人Y1やD(Dは戸籍の関係で当初遺産分割の当事者にならなかった。)に対し、証拠が残らないように現金を交付するという内容であったものであり、仮に、控訴人Y1ら4名の間でこれに沿った合意が形成されたと考えるとしても、上記の内容を超えるものでないことは、その後の事実経過に照らしても明らかである。
そうすると、いずれにしても、A及びE(本件遺産分割後はDも加わることになろう。)は、控訴人Y1に対して清算金として現金の支払をすべき債権的な義務を負担するのにとどまるのであって、控訴人Y1の主張するように、本件和解の効果として、控訴人Y1がCの特定の遺産について4分の1の持分を当然に取得するものとは到底解されない。この点、控訴人Y1は、本件和解は物権的な効果を生ずる合意であると主張するが、その理論的根拠は不分明であり、採用の限りではない。
(ウ) 以上によれば、本件和解によってa町の物件について、4分の1の持分を取得したとする控訴人Y1の主張は、いずれにしても失当を免れない。
(2) 本件Cの生前贈与の成否について
この点は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決12頁23行目から14頁23行目までに記載のとおりであるから、これを、ここに引用する。
ア 原判決12頁23行目の「(2) そこで次に」を「(1) 」と改める。
イ 原判決14頁18行目の「不可解であること」の次に「、⑥Cの生前の生活は質素で、Cが金銭に執着していたことは、控訴人Y1も自認するところであるが、そのようなCが、甥である控訴人Y1が長年にわたってCの面倒を実際に見てきたという実情や実績もない時点において、その全財産を贈与するというのは、通常では考えにくいこと、⑦Cが控訴人Y1と同居した期間は、平成8年11月から6か月程度であり、その後のCは、病院に入院していたか、控訴人Y1の自宅近くに自己名義で借家を借りるなどして生活をしていたこと(控訴人Y1本人[24~25頁])」を加え、21行目から23行目までを次のとおり改める。
「(2) 控訴人Y1は、当審において、①Cは、平成9年ころ、税理士から、税金の負担が大きくなることを避けるにはY1を養子にした方がよいとの助言を受けたとして、自ら養親欄に署名・押印をした養子縁組届(乙イ18)を同控訴人のもとに持参したこと、②Cは、生前贈与をした際、控訴人Y1に対し、通帳、預金証書、印鑑、土地の権利証等のほか、土地の売買契約書(乙イ20-1・2、23-3)、国民年金証書(乙イ21)、医療受給者証(乙イ22)、介護保険被保険者証(乙イ24)その他の重要書類を渡していたことから、Cが控訴人Y1に対してその全財産を贈与する意思を有していたことは明らかである旨陳述する(乙イ19、25)。
しかしながら、既に認定・説示したところに加えて、①については、養子縁組届(乙イ18)の成立の真正の点は措くとしても、当該養子縁組届が最終的に作成・提出されていないこと、②については、証拠(甲57、乙イ8)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人Y1は、Cの死亡後、被控訴人X1らを連れて、Cの借家の鍵を使用して中に入り、屋内を見せたことが認められ、これによれば、控訴人Y1はCの所持品を管理し得る状況にあったといえるし、贈与とは直接関係のない国民年金証書、医療受給者証、介護保険被保険者証まで渡すというのも腑に落ちないことにかんがみると、本件Cの生前贈与があったというには、なお合理的な疑いが残る。よって、この点に関する控訴人Y1の主張は、当裁判所の上記判断を左右しない。
(3) 小括
a町の物件がもとCの所有であったことは、本件当事者間に争いがなく、前記認定事実によれば、本件遺産分割協議において、Aが同物件を相続するとされたことが認められるところ、本件和解及び本件Cの生前贈与は、いずれも認めることができないから、結局、a町の物件はAの遺産に属することとなる。
4 b町の物件について
(1) 本件売買の成否について
ア 前記前提事実、証拠(甲26-1~3、40、41、乙ロ2、5、6、被控訴人X1本人、控訴人Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば、b町の物件についての売買契約書(甲41)が作成された経緯に関して、次の事実を認めることができる。なお、認定に供した主たる証拠等を個別に掲記する。
(ア) 平成12年5月当時、鹿児島県旧薩摩郡入来町(現薩摩川内市。以下、単に「入来町」という。)に居住していた控訴人Y2は、同月ころ、不動産業者である有限会社アート不動産(以下「アート不動産」という。)を通じて、Aが当時住んでいた同県旧川内市(現薩摩川内市。以下、単に「川内市」という。)内に、居住用の賃貸物件を探し始めたが、適当な物件が見つからなかったところ、同年6月ころ、適当な売却物件として、b町の物件が見つかった。(乙ロ2、被控訴人Y2[1、14、15頁])
(イ) 平成12年7月8日、FからA及び控訴人Y2に対して、b町の物件を代金1550万円で売却する旨の売買契約書(甲40)が作成された。控訴人Y2は、同契約書の買主欄に自ら署名押印したが、Aの署名押印については、Aの事前の承諾を得ずに、被控訴人X1がこれを行った。被控訴人X1は、同日、Fに対し、手付金として150万円を支払った。
この時点では、控訴人Y2と被控訴人X1の間において、b町の物件のうち、建物部分の代金については、控訴人Y2が支払ってこれを同控訴人名義とし、土地部分の代金については、Aの財産から支出して、これを同人名義とすることが合意されていた。(甲26-1、40、控訴人Y2[16~18頁]、被控訴人X1[5~7頁])
(ウ) ところが、被控訴人X1と控訴人Y2が、b町の物件の引渡日である平成12年7月31日、残代金の決裁のために、Aの預金口座のある鹿児島銀行川内支店に赴いた際、控訴人Y2は、被控訴人X1に対し、建物の購入代金(売買代金1550万円の約半額である七、八百万円)が準備できなくなった旨を告げた。
そこで、被控訴人X1は、急遽、Aの単独名義でb町の物件を購入することに決め、同日、同月8日付けで、買主をAとする新たな売買契約書(甲41)を作成し、従前のもの(甲40)と差し替えるとともに、Aの預金から、Fに対し残代金1400万円を、アート不動産に対し仲介手数料50万円をそれぞれ支払った。そして、b町の物件について、同月31日受付で、同日売買を原因とするAに対する共有者全員持分移転登記がされた。
なお、Aは、当時、寝たきりの状態であり、b町の物件の売買には全く関与していない。
(前提事実(3)、甲26-2・3、41、控訴人Y2[18~19頁]、被控訴人X1[7-11頁])
イ 上記認定事実を総合すると、被控訴人X1は、平成12年7月31日、Aの代理人として、Fから、b町の物件を1550万円で購入したこと(本件売買)が認められる。
(2) 追認の有無について
ア 本件売買契約は、上記認定のとおり、被控訴人X1がAの代理人として締結したものであるが、代理権授与の事実についての主張・立証はないので、無権代理行為である。そこで、本件売買契約について追認の事実があったかを検討するに、前記前提事実、証拠(乙ロ5、6)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X1がAの成年後見人に就任した前後の経緯について、次の事実が認められる。
(ア) 被控訴人X1は、平成13年1月5日、鹿児島家庭裁判所川内支部に対し、Aについて、後見開始の申立てを行い、同年2月9日、同家庭裁判所調査官から、Aの財産関係の調査を受けたが、その際、b町の物件をAの財産として申告した。(乙ロ5、6)
(イ) 被控訴人X1は、平成13年10月17日、Aの成年後見人に選任されたが、その後、平成15年3月31日にAが死亡するまで、b町の物件に関する本件売買が無効であるとして、売主のFに対し、既払代金の返還を求めたりしていない。(前提事実(4))
イ 上記認定事実によれば、被控訴人X1は、終始一貫して、本件売買が有効であるとの前提で、Aの成年後見人としてその財産を管理してきたといえるから、遅くともAが死亡する平成15年3月31日までには、Fに対し、本件売買契約を追認する黙示的な意思表示をしたと認めるのが相当である。
(3) 本件Aの贈与の成否について
ア 控訴人Y2は、平成12年5月ころ、Aから、「家を買ってあげるから、Aらの面倒を見るために川内市に帰ってこないか。」という旨の話があったのがきっかけで、b町の物件の贈与を受けることになった旨供述する(控訴人Y2[1~4頁等])。
しかしながら、本件売買契約の締結に至る経緯は、前記(1)アに認定したとおりであるところ、これによれば、控訴人Y2は、当初、川内市内に賃貸物件を探していたが、良い物件が見つからなかったために、b町の物件を購入することになったこと、しかも、b町の物件のうち、少なくとも建物については、初めは、控訴人Y2が代金を負担して、同控訴人名義で購入する予定であったのであるが、物件の引渡日になって結局代金が用意できなかったために、急遽、被控訴人X1の判断で、Aの財産で売買代金を支払ったことが認められる。Aが控訴人Y2のために居宅を購入するというのであれば、同控訴人が賃貸物件を探す必要もないし、建物の購入代金を自ら負担しようとするのも不自然である。Aの面倒を見るために川内市に戻ったという点も、実際には、控訴人Y2は仕事のために自身が面倒を見ることはできず、その妻が週に2、3回買い物や雑用をしていたというにとどまるのである(控訴人Y2[23、24頁])。
以上の諸点に照らし、控訴人Y2の上記供述は、たやすく採用できない。
イ 加えて、前記認定のとおり、b町の物件の所有名義は、Aが亡くなるまでAのままであったことや、控訴人Y2は、平成12年7月31日にb町の物件に転居して以降、Aに対し、敷金又は家賃の名目で、同年8月4日に12万6000円、同月31日、同年9月25日及び同年10月25日に各4万2000円を振込送金する一方、同物件について、贈与税の申告はしておらず、固定資産税も一切負担していないこと(甲15、控訴人Y2[7、27、31、32頁])も併せると、本件Aの贈与の有無について、控訴人Y2のるる主張するところを勘案しても、贈与があったと認めることは到底できない。他に、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ なお、b町の物件の権利証が、後日、被控訴人X1から控訴人Y2に預けられているが、それは、本件売買から1年以上も経過した平成13年10月ころであり、同権利証は、その後、平成14年4月に控訴人Y2から被控訴人X1に返却され、現在、被控訴人X1が貸金庫に入れて管理していること(控訴人Y2[29、30、44、47、48頁]、被控訴人X1[19、20頁])に照らすと、上記判断を左右しない。
(4) 結論
以上によれば、b町の物件は、Aの遺産に属するものと認められる。
5 まとめ
以上によれば、本件現金及び本件定額郵便貯金を除く本件預貯金に関する被控訴人らの本件訴えは、確認の利益を欠いて不適法であり、却下すべきであるが、その余の財産に関する被控訴人らの請求は、いずれも理由がある。
第4結論
よって、当裁判所の上記判断と異なる原判決は相当でないから、一部変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山秀憲 裁判官 林潤 山口和宏)