福岡高等裁判所宮崎支部 平成20年(ネ)131号 判決 2008年10月24日
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
控訴人
株式会社シティズ
上記代表者代表取締役
●●●
上記訴訟代理人弁護士
●●●
宮崎市●●●
被控訴人
●●●
上記訴訟代理人弁護士
小林孝志
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 請求,争点及び各審級における判断の概要
本件(平成19年7月19日訴え提起)は,被控訴人が控訴人から借り受けた金員(300万円)に対する返済を繰り返したところ,被控訴人が控訴人に対し,控訴人への既払額を利息制限法所定の制限利率に引き直して再計算すると,過払金が発生しているなどと主張して,控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づき,174万7716円(元金166万9094円,平成15年1月19日までの確定過払金利息7万8622円)及び元金166万9094円に対する平成15年1月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めるとともに元金166万9094円に対する平成19年7月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件の争点は,(1)平成18年法律第115号による改正前の貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条のみなし弁済が成立するか,(2)控訴人が民法704条の悪意の受益者といえるか,(3)民法704条前段の規定による法定利息の他に遅延損害金の支払請求ができるか,の3点である。
原判決(平成20年4月24日言渡し)は,争点(1)について,控訴人主張のみなし弁済は成立しない旨の,争点(2)について,控訴人は過払金発生時から悪意の受益者となる旨の,争点(3)について,法定利息の他に遅延損害金の請求をすることはできない旨の各判断をして,被控訴人の請求を一部認容した。
これに対し,控訴人が敗訴部分について本件控訴に及んだ。
控訴人は,当審において,みなし弁済の主張を撤回したが,他方,被控訴人が平成10年3月30日以後期限の利益を喪失したから,弁済金の充当については遅延損害金の利率年30%で計算するべきである旨主張した。
本判決は,争点(2)(3)について,原判決と同旨の判断をするとともに,控訴人の当審における上記主張も採用できないとして,本件控訴を棄却するものである。
2 前提となる事実
(1) 控訴人は,貸金業法3条所定の登録を受けて貸金業を営む株式会社である。
(乙19~23)
(2) 控訴人は,被控訴人に対し,平成10年2月19日,下記約定により300万円を貸し付け(以下「本件契約」という。),被控訴人は,別紙計算書の日付欄,返済額欄各記載のとおり弁済した(以下,上記貸付けと一連の返済を「本件取引」という。)。
① 利息 年29.8%(年365日の日割計算)
② 遅延損害金 年39.8%(年365日の日割計算)
③ 返済方法 平成10年3月から平成15年2月まで毎月20日限り元金5万円を経過利息とともに控訴人の本店・支店に持参又は郵送,控訴人の口座に振り込む方法により支払う。
④ 特約 借主が上記元利金の支払を怠ったときは,元利金について当然に期限の利益を失い,直ちに債務の全額を一括して支払う。
(乙1~3,18,28~146(枝番を含む),弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 控訴人は過払金発生時から民法704条の悪意の受益者に当たるか。
(2) 被控訴人は過払金について法定利息とは別に遅延損害金を請求できるか。
(3) 被控訴人は平成10年3月20日の経過により分割払いの期限の利益を喪失したか。
3 当事者の主張
(1) 争点(1)について
(被控訴人の主張)
ア 控訴人は金融業者であり,本件取引の約定利率が利息制限法1条1項所定の制限利率を超過していることを認識している。
イ 後記控訴人の主張については,たまたま控訴人の主張を認めた裁判例が複数存するとしても,それは誤った判断がされたというにすぎず,控訴人が,約定利率による利息を受領した際,貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有するに至ったことについて,やむを得ない特段の事情があるとはいえない。
ウ したがって,控訴人は,過払金が発生した当時から民法704条の悪意の受益者となり,過払金について民法所定の年5分の割合による法定利息を支払う義務がある。
(控訴人の主張)
本件取引は,最高裁平成18年1月13日第二小法廷判決・民集60巻1号1頁(以下「平成18年判決」という。)言渡し以前のものであるところ,以下のとおり,貸金業法43条1項のみなし弁済の要件が満たされており,また,控訴人は,貸金業法43条1項の適用があると認識し,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情がある。
ア 控訴人は貸金業法3条の登録を受けた貸金業者である上,控訴人は,被控訴人に対し,貸付けの際,17条書面である「貸付契約説明書」及び「償還表」を交付し,弁済の都度,18条書面である「領収書兼利用明細書」を交付し,貸金業法43条が適用されるべく,手続を忠実に履践していた。
イ そして,平成18年判決は,①18条書面の記載事項である契約年月日を契約番号に代えることはできない,②期限の利益喪失条項に基づく支払は「特段の事情」のない限り任意性がないと判示しているところ,①の点については,貸金業法施行規則第15条2項自体が無効であり,これを制定した内閣府(金融庁)の行為が違法であるという理由であったのであるから,貸金業法施行規則に従った一民間企業に過ぎない控訴人に何らの落ち度もないし,②の点については,内閣府(金融庁)が想定していなかった判断であり,ましてや,高等裁判所においては,控訴人の主張が認められた判決が5件,認められなかった判決が1件言い渡されていた状況下にあったのであるから,平成18年判決は予想外の判決であったといえる。
(2) 争点(2)について
(被控訴人の主張)
控訴人は,法704条後段による「損害」として,被控訴人に対し,過払金利息に加え,平成19年7月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の遅延損害金の支払義務がある。
(控訴人の主張)
争う。
(3) 争点(3)について
(控訴人の当審における主張)
本件契約には,弁済金の支払を1回でも怠った場合には無催告で期限の利益を喪失する旨の約定がされているところ,被控訴人は,第1回目の約定日である平成10年3月20日に分割元金と利息制限法1条1項所定の制限利率による利息合計8万5753円(元金・5万円,利息3万5753円)のうち5万円しか返済しなかったから,同日の経過をもって期限の利益を喪失した。そうであれば,被控訴人の弁済金を利息制限法の制限利率に引き直して充当計算するに当たり,同月21日以降は遅延損害利率である年30%を適用するべきである。
なお,控訴人は,被控訴人から一部弁済を4年以上にわたり受領しているが,これは,被控訴人が一括弁済できないため,やむなく分割弁済に応じてきたものであり,期限の利益を再度付与したものではない。これは,控訴人が被控訴人の弁済金を一貫して「利息」ではなく「損害金」に充当する旨を明記した受取証書を交付していたことからも明らかである。
(被控訴人の当審における主張)
控訴人は,第1回弁済日における入金額が不足していたことから,被控訴人が期限の利益を喪失したと主張する。しかし,当日(平成10年3月20日)の約定の支払額は12万1030円であったのに対し,利息制限法上は8万5753円の支払で足りていたところ,被控訴人は当日に5万円を支払っており,その不足額は3万5753円にすぎない。そして,被控訴人はこのわずか6日後に3万5725円の支払をしており,結局,控訴人は,上記弁済期日の6日後に,法律上受領できる弁済額のほぼ全てを補填できているのである。
そもそも,控訴人の顧客のほとんどは収入の金額及び日時の一定しない零細事業者であって,60回という返済期間の中では構造的不可避的に多少の分割払いの遅れは生じ得るのであって,被控訴人は当初から顧客が一定期日での返済が遵守できる可能性が乏しいことを認識しつつ,毎月一定の返済期日と期限の利益喪失特約を厳格に設定して,後日損害金の名目で高利を取ることを企図していたといえる。実際,現実の控訴人の顧客のほとんどは60回という長期の返済期間の中で支払が遅れても継続的に分割金の返済を行っているのであり,このような場合,分割払いの遅れがわずかに生じたとして期限の利益喪失の効果を認めると,顧客が被る不利益は重大かつ過酷というほかない。
したがって,控訴人が被控訴人からの分割金を受領して元本の利用を継続させていたにもかかわらず,制限利率の2倍又は1.46倍の損害金を取るため,平成10年3月20日に遡って期限の利益の喪失を主張することは信義則に反して許されない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁判所平成19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。
(2) ところで,証拠(乙24~28)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,少なくともみなし弁済の成立要件である「任意性」の有無について判断した前掲平成18年1月13日第二小法廷判決(平成18年判決)が出る以前は,控訴人が顧客との間で締結する消費貸借契約に基づく弁済につき,貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有していたことが推認される。
しかし,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるというためには,平成18年判決以前において,控訴人の認識に一致する解釈を示す裁判例が相当数あったとか,上記認識に一致する解釈を示す学説が有力であったというような合理的な根拠があって,上記認識を有するに至ったことが必要である。この点,控訴人は,平成18年判決以前において,控訴人のみなし弁済の主張を認めた裁判例が多数存在すると主張し,同主張に沿う証拠を提出するが,他方,控訴人のみなし弁済の主張を否定した裁判例も少なからず存在することが窺われること(弁論の全趣旨)を考慮すると,いまだ,上記特段の事情があるとまでは認め難い。
したがって,控訴人は,過払金発生時から民法704条所定の悪意の受益者に当たるというべきである。
2 争点(2)について
被控訴人は,不当利得返還請求権の法定利息とは別個に遅延損害金の支払を求めることができる旨主張する。
しかし,民法704条後段の損害は,同条前段の利息とは別個に計算されるべきものではなく,損失者が全体として年5分を上回る損害を生じたことを証明したときに,受益者にこれを賠償させる趣旨であるところ,本件においては,被控訴人に上記年5分を上回る損害が生じたことを認めるに足りる証拠はないから,同条前段の法定利息とは別個に遅延損害金の支払を認めることはできない。この点に関する被控訴人の主張は採用できない。
3 争点(3)について
控訴人は,被控訴人が第1回目の弁済約定日である平成10年3月20日に分割元利金の支払をしなかったことにより期限の利益を喪失したとして,過払金の計算に当たっては遅延損害利率である年30%を適用するべきであると主張する。
確かに,被控訴人は,平成10年3月20日,元金及び利息制限法所定の制限利率による利息合計8万5753円に満たない5万円の返済しかしなかったものであり,これが契約が定める期限の利益喪失事由に該当することは控訴人の主張するとおりである。しかし,被控訴人はその6日後である同月26日には3万5725円の支払をしており,これにより,ほぼ控訴人は利息制限法で許容される弁済金を受領したといえる。そもそも,被控訴人としては,利息制限法で許容される弁済額8万5753円を大幅に超える12万1030円の支払を求められていたのであり(乙3),仮に利息制限法の範囲内で弁済をすれば足りると考えていたのであれば,約定の弁済日である同月20日に利息分の返済もできた可能性もないとはいえない。他方,控訴人は,同月21日以降も,被控訴人に対し,期限の利益を喪失したことを理由に元利金の一括返済を請求したことはなく,4年以上もの間,被控訴人からの分割弁済金を受領し続けていたのであるから,控訴人としては,被控訴人が元金及び利息制限法所定の制限利率による利息の支払をしなかった場合であっても,期限の利益喪失約定を適用することなく,期限の利益を付与して被控訴人の分割弁済に応じていたものであり,また,被控訴人もその前提で分割払いを継続していたとみるのが相当である。仮に控訴人が被控訴人に対して期限の利益を付与していなかったとしても,控訴人は,期限の利益喪失約定による一括請求をしないで,被控訴人から利息制限法所定の制限利率を上回る利息の支払を4年以上にもわたり受領し続けていながら,被控訴人から過払金返還請求を受けるや,一転して,過払金充当計算において,期限の利益喪失約定を根拠として利息制限法所定の遅延損害金利率による計算方法を主張することは信義則に反するものとして許されないというべきである。
よって,原判決のとおり,利息制限法所定の制限利率である年15%により過払金の充当計算をするのが相当である。
4 以上によれば,被控訴人は,別紙計算書のとおり,控訴人に対し,平成15年1月20日の時点において過払金元本166万9094円及び同月19日までの法定利息7万8622円を有していることとなる。
第4結論
よって,上記判断と同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山秀憲 裁判官 林潤 裁判官 山口和宏)
<以下省略>