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福岡高等裁判所宮崎支部 平成21年(ネ)186号 判決 2010年12月22日

控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

小川秀世

伊藤修一

被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

大窪和久

主文

一  控訴人の本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  上記の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文第一、二及び四項と同旨

二  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、二二〇万円及びこれに対する平成二〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(3)  仮執行宣言

第二事案の概要

一  請求、争点及び各審級における判断の概要

本件(平成二〇年一二月二二日訴え提起)は、被控訴人が弁護士である控訴人に債務整理を委任したところ、控訴人が弁護士として求められる説明義務を怠ったほか、債権調査までは行ったもののその後は何もせずに放置した上で一方的に辞任し、委任事務を処理すべき義務を怠ったもので、これによって不必要な支出を余儀なくされたり、債権者から訴訟提起されて給料を差し押さえられるなどして精神的苦痛を被ったと主張して、控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償として二〇〇万円及び弁護士費用二〇万円の合計二二〇万円並びにこれに対する平成二〇年一二月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件の争点は、(1)説明義務違反の有無、(2)委任事務処理義務違反の有無、(3)損害の額の三点である。

原判決(平成二一年一〇月三〇日言渡し)は、争点(1)について、受任に際して控訴人が説明義務に違反していたとはいえないが、辞任する際に、適切な方法を講ずれば被控訴人と連絡を取って事件処理の状況や辞任による不利益等について説明できたにもかかわらず、これを怠って辞任通知を債権者に送付した点で説明義務違反が認められる旨の、争点(2)について、控訴人が破産手続開始の申立ての準備をしなかったのは、被控訴人が平成一七年九月下旬以降、控訴人側にほとんど連絡をしなかったことなど、控訴人の責めに帰することができない事由によるもので、委任事務処理義務違反は認められない旨の、争点(3)について、控訴人が説明義務を怠って一方的に辞任通知を債権者に送付したことから、被控訴人は債権者に訴訟提起されて給料の差押えを受け、精神的に落ち込んで休職を余儀なくされるなどの精神的苦痛を被ったものであり、これによる被控訴人の損害は慰謝料一四四万円及び弁護士費用一四万円の合計一五八万円の限度で認められる旨の各判断をして、被控訴人の請求を一五八万円及びこれに対する平成二〇年一二月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却した。

これに対し、控訴人と被控訴人の双方が、それぞれ敗訴部分を不服として本件控訴及び本件附帯控訴に及んだものであるが、本判決は、争点(2)については原判決と同旨の、争点(1)については原判決と異なり、控訴人に説明義務違反は認められない旨の各判断をして、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の本件附帯控訴を棄却するものである。

二  前提となる事実

争いのない事実、証拠(各文章の末尾に掲記のもの。いずれも枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1)  当事者

ア 被控訴人は、鹿児島県奄美市に居住し、医療法人a会の経営するa病院(以下「a病院」という。)において看護師として勤務しているものである。

イ 控訴人は、弁護士過疎地であった奄美群島内に日本弁護士連合会のひまわり基金の支援を受けた公設事務所として設立されたb事務所(以下「b事務所」という。)の初代所長として、平成一七年三月から平成二〇年四月まで弁護士業務を行っていたが、同年五月、静岡県掛川市内に法律事務所を開設し、現在まで同所で弁護士業務を行っている。

なお、控訴人の在職中、b事務所にはA(以下「A」という。)を含む四名が事務職員として勤務し、このほかパートも採用されていた。

(2)  債務整理を目的とする委任契約の締結

被控訴人は、平成一七年五月二三日、b事務所を訪問して、Aから説明を受けた後、控訴人と面談し、同人との間で債務整理を目的とする委任契約を締結した。その際、委任契約書は作成されず、控訴人は、被控訴人に対し、法律扶助制度の説明をしなかった。

(3)  委任事務処理の経過

ア 控訴人は、被控訴人の債権者の大半に対し、同月二五日、「債務整理開始通知」と題する書面を送付し、取立行為の中止と債権調査に要する書類の送付等を求めたほか、翌二六日には株式会社プライメックスキャピタル(当時の商号は株式会社キャスコであった。以下「キャスコ」という。)に、同年六月一六日にはネットカード株式会社(以下「ネットカード」という。)に対し、それぞれ同様の書面を送付した。

イ 控訴人は、同年一〇月下旬ころまでに各債権者から取引履歴の開示を受けたが、その後、被控訴人について破産手続開始の申立てを行わず、準備のための諸手続も行わなかった。

(4)  被控訴人とのやりとり等

ア Aは、被控訴人に対し、同年七月一五日ころ及び同年九月六日ころ、各連絡文書を送付した。

イ 控訴人は、同年九月三〇日、b事務所において、被控訴人と打合せを行い、その際に、次の打合せ日を翌一〇月二一日と取り決めた。

ウ その後、被控訴人は体調不良のため、前記イの日時には事務所に出られない旨を連絡し、その際、改めて連絡するよう指示を受けたが、その後、控訴人に連絡をしなかった。

エ Aは、被控訴人に対し、平成一八年九月一九日ころ及び平成一九年七月二三日ころ、各連絡文書を送付したが、被控訴人からの連絡はなかった。

(5)  控訴人の辞任等

ア 控訴人は、平成二〇年一月二三日、被控訴人の各債権者に対し、被控訴人の代理人を辞任する旨の通知書をファックス送信した。

イ 控訴人は、同年四月一七日ころ、被控訴人に対し、「事件終了のお知らせ」と題する書面を送付したが、被控訴人からの連絡はなかった。

ウ 被控訴人は、同年二月上旬にネットカードから訴訟提起されたほか、他の債権者からも支払督促の申立てを受けるなどし、その後、同年六月二〇日に鹿児島地方裁判所名瀬支部に破産手続開始を申し立て、同支部は、同年七月一八日、被控訴人について破産手続の開始決定をした。

三  争点

(1)  説明義務違反の有無

(2)  委任事務処理義務違反の有無

(3)  損害の額

四  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(説明義務違反の有無)について

(被控訴人の主張)

ア 控訴人は、受任に際し、被控訴人の意向も考慮せずに破産しかないと決めつけ、その理由を説明しなかったほか、事件の見通しや処理方法についての説明もなく、被控訴人がなすべきことについても家計簿の作成を指示しただけで、途中経過の説明をしなかった。また、控訴人が、債権者のうちキャスコには支払を続けるよう誤った指示をしたため、被控訴人は控訴人に債務整理を委任した後も、キャスコに合計で二二六万六〇〇〇円もの金員を支払うことになった。さらに、控訴人は、被控訴人に対し、弁護士報酬の総額や費用金額、その支払方法等について具体的な説明をしておらず、委任契約書の作成、交付もしなかった。このほか、公設事務所に所属する弁護士でありながら、被控訴人に法律扶助制度を利用できることの説明もしなかった。

イ 被控訴人としては、控訴人に辞任されれば、債権者らから訴訟提起される等の不利益を被る可能性があったにもかかわらず、控訴人は、b事務所から送付された辞任を予告する連絡文書を実際に被控訴人が受領したかを電話等で確認しなかった。そして、結局、被控訴人に対し、委任事務の経過報告や、辞任により被控訴人が被る不利益について説明しないまま、債権者らに辞任通知をファックス送信して一方的に辞任した。

(控訴人の主張)

控訴人が被控訴人との委任契約において、説明義務に違反した事実はない。

ア 被控訴人から初めて相談を受けた際の提出書類によれば、負債総額の大きさや取引期間が二、三年程度で短いことからすれば、一〇〇〇万円程度の負債が残ると見込まれたほか、同人の手取りが少なく、同居の親族が無収入であることなどからして、破産以外の選択肢はなかった。控訴人はその理由を具体的に被控訴人に告げている。また、一か月後の次回の打合せまでに、初回の借入れから現在までの負債の推移が分かる陳述書や家計簿を作成して持参するよう指示していた。

被控訴人に、キャスコに支払を続けるよう指示した事実はない。そもそも控訴人は一切の借金返済をしてはならないと明確に告げており、本件訴訟で指摘されるまで、被控訴人がキャスコに支払っていたことさえ知らなかった。

控訴人が途中経過について報告しなかったのは、平成一七年一〇月以降、被控訴人と連絡が取れなくなったためである。

また、破産の場合には、申立手数料その他の実費として二万円、弁護士費用として三〇万円を要すると説明し、これを分割して支払うよう被控訴人に求め、次回の打合せの際に分割金を持参するよう指示していた。

本件契約について委任契約書は作成しなかったが、そもそも、合意内容を書面で明確にしなかったとしても、債務不履行責任を問われるだけの義務違反とはいえないし、キャスコからの借入れについて被控訴人の親族が連帯保証人になっていたため、同人らについて別途債務整理が委任されるかどうかが不明であり、報酬額が定まっていなかったために作成しなかったに過ぎない。法律扶助の説明はしなかったが、被控訴人は月額三〇万円の収入があると申告していたものであるし、相当額の過払金回収が見込める場合にこれを弁護士報酬に充てたとしても、説明義務に違反したとはいえない。

イ 控訴人は、被控訴人から債務整理について受任したものの、Aら事務職員において被控訴人の携帯電話や自宅、職場に連絡をしたり、辞任予告通知を送付することによって至急連絡するよう求めたにもかかわらず、被控訴人が連絡をしなかったため、やむなく辞任したものであって、説明なしに辞任したとしても、控訴人の責めに帰することができない事由によるものである。

(2)  争点(2)(委任事務処理義務違反の有無)について

(被控訴人の主張)

控訴人は、被控訴人から債務整理を受任した後、債権調査までは行ったものの、その後は長期に亘って何もせずに放置した上、一方的に辞任し、委任事務を処理する義務を怠った。控訴人は、事件を大量受任した挙げ句、これらを処理できなくなり、辞任名目で委任事務を放棄したものである。

(控訴人の主張)

委任を受けてから辞任まで長期に及んだのは、被控訴人が連絡をせず、弁護士費用を納めなかったのが原因である。被控訴人は、平成一七年九月三〇日に保険の解約返戻金の分として二万円を持参したのみで、そのほかに弁護士報酬や実費に要する金員を全く支払っていない。

債権調査までは進められても、破産申立ては被控訴人の協力がなければ進めることができない。被控訴人は、同日の打合せの後、b事務所から至急連絡を求める内容の連絡文書を何度も受け取っていながら、協力しなかったものである。したがって、委任事務を処理しなかったとしても、控訴人の責めに帰することはできず、控訴人は債務不履行責任を負わない。

(3)  争点(3)(損害の額)について

(被控訴人の主張)

控訴人は、債務整理について必要かつ適切な説明をしなかったほか、委任事務としての破産手続開始の申立てもしなかった。そのため、被控訴人は、各債権者に対し、遅延損害金の分だけ多い債務を負うことになり、控訴人に委任したことで却って金銭的な負担が増えた。また、控訴人が誤った指示をしたため、キャスコに対して二二六万六〇〇〇円もの支出を負担せざるを得なかった。そして、被控訴人は、債権者から訴訟提起されて給料の差押えを受け、その精神的苦痛から休職にまで追い詰められた。

その精神的苦痛を慰謝するには二〇〇万円を下らず、訴訟提起のための弁護士費用は二〇万円を下らない。

(控訴人の主張)

被控訴人の主張は否認する。控訴人に説明義務違反や委任事務処理義務違反はなく、被控訴人に損害は生じていない。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記争いのない事実及び《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  被控訴人が控訴人に債務整理を相談するに至る経緯

被控訴人は、平成一三年四月から現在の勤務先であるa病院に勤務するようになったが、平成一四年三月に長女であるB(以下「B」という。)の学費等に充てるために九州労働金庫から四二〇万円を借り入れるなど、子どもの学費や生活費、転居費用等のために他から借入れをしては返済するといったことを繰り返し、多重債務の状態に陥った。

平成一六年になると、取引のあったキャスコから複数の債務をまとめるよう勧められ、同年五月下旬には、弟であるC(以下「C」という。)、Bほか一名に連帯保証人になってもらう形で新たに三〇〇万円を借り入れ、同年六月から毎月六万六〇〇〇円を返済するようになった。そして、九州労働金庫からの四〇〇万円の借入金について、平成一七年四月から毎月六万円が給料から天引きされるようになり、キャスコに毎月の返済をすると他の業者にほとんど返済できなくなったことから、限界を感じ、奄美市役所に債務整理の相談に赴き、担当者からb事務所を紹介された。

(2)  委任契約の締結

ア 法律相談受付カード(以下「法律相談カード」という。)への記載

被控訴人は、平成一七年五月二三日、母親であるD(以下「D」という。)とともにb事務所に赴き、法律相談カード及び債権者一覧表に必要事項を記載した。

この際に被控訴人が作成、提出した法律相談カードには、当時の被控訴人の住所(名瀬市<以下省略>)や自宅及び携帯電話の電話番号、勤務先の勤続年数(五年)や役職(看護師)、月収(三〇万円、手取り七・五万円)、家賃(月額三万六〇〇〇円)、サラ金七社に七五七万円、キャッシング一社に二〇万円、ショッピング一社に二〇万円、銀行一社に四二〇万円の各負債があること、家族構成等(扶養家族として在学中の三子及び七〇歳の母親があり、いずれも収入がないこと)、残ローンのある自動車及び生命保険の他に資産がなく、生活費のほかに毎月二一万円の返済を要すること、今後の支出予定として長男が専門学校に進学予定であることなどが記載されていた。また、債権者一覧表には、キャスコ等九社の債権者から借り入れており、ユニマットに七〇万円、キャスコに二九〇万円、ワールドファイナンスに約二九〇万円、国内信販に七五万円、九州労働金庫に四二〇万円の残債務がある旨が申告されているほか、キャスコについては平成一六年五月二九日に三〇日ごとに六万六〇〇〇円を返済する約束で三〇〇万円を借り入れ、C及びE(被控訴人の弟。以下「E」という。)が連帯保証人になっている旨記載されていた。

他方で、この当時、被控訴人が実際に支払っていた社宅の家賃は月額六万円であった。また、被控訴人は、勤務先であるa病院に、自らが以前通っていた看護学校の奨学資金三三〇万円及びその間の生活費一八〇万円に係る借入れがあり、毎月九万円以上が給料から天引きされていたが、そのことを法律相談カード等に記載しなかった。

イ 被控訴人との面談及び委任契約の締結

Aは、上記アの各書面に沿う形で、被控訴人から事実関係を聴取した。

Aに引き続いて面談に当たった控訴人は、被控訴人に対し、抱えている負債額が非常に大きいので自己破産するほかない旨を告げ、破産の場合の実費が二万円、弁護士報酬として三〇万円から三五万円くらいはかかるので、分割で払ってもらう必要があるなどと説明した。そして、自らに債務整理を委任する旨の委任状に署名するよう求め、これに応じた被控訴人との間で債務整理を目的とする委任契約を締結した。契約締結に際し、控訴人から法律扶助制度の説明はなく、委任契約書も作成されなかった。控訴人は、被控訴人に対し、借金を抱えて払えなくなった経緯を記載した陳述書や、日々の家計簿をつけて提出するように指示した。

控訴人は、キャスコからの借入れについて連帯保証人になっている被控訴人の親族(債権者一覧表や事情聴取によって連帯保証人であると判断したC、E及びB)について、債務整理を依頼する可能性がないかどうかを確認する必要があると考え、被控訴人にその旨を告げた。

ウ 契約締結後の打合せ等

被控訴人は、同日午後六時ころ、奄美に居住していたEとともに再びb事務所に赴いた。

控訴人は、Eに対し、被控訴人について債務整理をするとキャスコから連帯保証人が請求されることになるので、Eも弁護士をつけて債務整理をしてはどうかと説明をしたが、Eは応じなかった。

また、C及びBはいずれも遠方に居住していたため、控訴人は、被控訴人に対し、Cらが控訴人に債務整理を依頼するつもりがあるか、意思確認をするよう求めた。そうすると、Cが希望しない一方で、Bは希望するとのことであったため、控訴人は同月二五日ころ、債務整理についての委任状をBに郵送した。

その後、被控訴人側から、キャスコからの借入れについてはC、E及び被控訴人の弟であるFが三分の一ずつ分担して支払うことになったとの連絡があったため、Aは、キャスコにかかる取引履歴の表紙に「※二二〇〇〇づつ(計六六〇〇〇支払)、弟Cさん(福岡)、弟Eさん(名瀬)、弟Fさん(名瀬)」と記載した。

(3)  委任事務処理の経過

ア 受任通知の送付

控訴人は、平成一七年五月二五日にキャスコ及びネットカードを除いた債権者らに、翌二六日にキャスコに、同年六月一六日にはネットカードに対し、「債務整理開始通知」と題する書面を送付し、債権者らに被控訴人の代理人として債務整理を受任したとして、被控訴人や保証人らへの取立行為等を中止し、債権調査に要する書類を送付するよう求めた。

イ 控訴人は、同年七月二二日及び同年八月五日、キャスコに対し、取引履歴の開示を求める文書をファックス送信した。

ウ 控訴人は、同年一〇月下旬ころまでに各債権者から取引履歴の開示を受けたが、その後、被控訴人について破産手続開始の申立てを行わず、準備のための諸手続についても行わなかった。

(4)  被控訴人の生活状況等

ア 被控訴人は、控訴人に債務整理を依頼した当初は名瀬市《番地省略》にある社宅に居住していたが、平成一七年七月一〇日、同居の親族とともに名瀬市《番地省略》の借家に転居し、そのころ転居届を郵便局に提出した。その後、被控訴人が前住所の社宅に荷物を残したままで、同年一二月半ばまで社宅の鍵を勤務先の総務課に返却しなかったことから、しばらくの間、給与から社宅の家賃を天引きされる状態が続いていた。

イ キャスコからの借入れについて、被控訴人はもともと毎月六万六〇〇〇円の分割金を支払っていたが、控訴人に債務整理を委任した後は、自から、Dを介する形で、同借入れの連帯保証人であったCの預金口座に前記分割金に相当する金員を振込送金し、同人名義でキャスコに返済を続けるようになった。平成一八年一一月一七日の時点で当該借入金は全額が完済されたが、被控訴人はその後もCへの支払を続けていた。被控訴人は、このようにCを介してキャスコに支払を続けていることについて、控訴人に報告しなかった。

ウ また、b事務所に申告していなかったa病院からの借入れ(奨学資金三三〇万円及び生活費一八〇万円)については、毎月、給料からの天引きが続いていた。

(5)  契約締結後の被控訴人側とのやり取り

ア Aは、被控訴人に対し、平成一七年七月一五日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書を郵便で送付した。同文書には、自宅の電話や携帯電話に連絡がつかないこと、休みが決まり次第連絡をもらうことになっており、家計簿のチェックや、借金をし、払えなくなった経緯を記載した陳述書の確認をしたいことなどから、至急事務所に連絡してほしいこと、弁護士費用は分割で無理のない程度でお願いしたいことなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかった。

イ Aは、被控訴人に対し、同年九月六日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書を郵便で送付した。同文書には、被控訴人と連絡が取れない状態になっており、手続が遅れるので至急事務所に連絡してほしいこと、九月一五日までに連絡がなければ辞任することなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかった。

ウ 被控訴人は同年九月三〇日にb事務所を訪れた。打合せにおいて、控訴人は、被控訴人に対し、連絡が取れなくなるのは困る、きちんと家計簿をつけて弁護士費用も持参するよう約束したのに守れておらず、このままでは仕事を続けられないなどと厳しく指導した。この際、被控訴人が七月一〇日に転居した旨を告げたため、Aは被控訴人から聴取した新しい住所(名瀬市<以下省略>)を法律相談カードに記入し、以前の住所(名瀬市<以下省略>)を赤線で抹消した。また、控訴人は、被控訴人が転居したにもかかわらず、その後も以前の社宅の家賃が給料から天引きされているようであることに気づき、被控訴人に事情を確認すると、同人の勤務先に電話をかけ、担当者から説明を求めようとしたことがあった。このほか、被控訴人は、分割金の一部として、自らが加入していた生命保険の解約保険金である二万円を控訴人に支払った。そして、Aと被控訴人は、次の打合せ日を翌一〇月二一日と取り決めた。

その後、被控訴人はb事務所に、体調不良のため、取り決めた打合せ日には事務所に出られない旨を電話で連絡し、改めて都合のいい日を連絡するよう指示を受けたが、その後、b事務所に連絡をしなかった。

エ 控訴人は、平成一八年三月ころ、法律相談カードに記載されていたDの携帯電話に電話をかけ、応対したDに、被控訴人に折り返し連絡するよう被控訴人に伝言してほしいと伝えた。その後、Dは被控訴人に控訴人から電話があったことを伝えたが、被控訴人は控訴人に連絡をしなかった。

オ Aは、被控訴人に対し、同年九月一九日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書を郵便又はメール便で送付した。同文書には、休みが決まり次第連絡をもらうことになっていたが、連絡がないために手続が滞ってしまうこと、電話を待っていること、このまま連絡がない場合は辞任もやむを得ないことなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかったが、被控訴人からの連絡はなかった。

カ Aは、被控訴人に対し、平成一九年七月二三日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書をメール便で送付した。同文書には、同年八月六日までに連絡がなければ辞任するので、依頼を希望する場合は必ず連絡してほしいこと、辞任する場合は預り金を報酬に組み入れる形で清算することなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかったが、被控訴人からの連絡はなかった。

(6)  控訴人の辞任

ア 控訴人は、平成二〇年一月二三日、被控訴人の各債権者に対し、被控訴人の代理人を辞任する旨の同日付け辞任通知をファックス送信した。

イ 控訴人は、被控訴人の債務整理に併せて同人のキャスコからの借入れについて連帯保証人になっていたBの債務整理についても同人から委任状の提出を受けていたが、Bに対し、同年三月一九日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書を郵便で送付した。同文書には、被控訴人に何度も連絡をしたが連絡がないこと、Bの携帯電話にかけても不通であったこと、四月一一日までに連絡がなければ辞任することなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかったが、Bからの連絡はなかった。

ウ 控訴人は、被控訴人に対し、同年四月一七日ころ、同日付け「ご連絡」と題する文書を郵便で送付した。同文書には、何度連絡しても連絡がないので、やむを得ず辞任したこと、預り金二万円は相談料に充てたこと。同年五月から静岡県掛川市内に住所を移転することなどが記載されていた。その後、同文書はb事務所に戻ってこなかったが、被控訴人からの連絡はなかった。

エ 被控訴人は、同年二月上旬にネットカードから訴訟提起されたほか、他の債権者からも支払督促の申立てを受けるなどし、その後、同年六月二〇日に鹿児島地方裁判所名瀬支部に破産手続開始を申し立て、同支部は、同年七月一八日、被控訴人について破産手続の開始決定をした。

二  争点(1)(説明義務違反の有無)について

(1)  受任時における事件の見通し等に関する説明

前記一(2)ア、イによれば、控訴人が、平成一七年五月二三日の初回面談に際し、被控訴人から提出を受けた法律相談カード等の記載内容や同人から聴取した内容(債務総額が一〇〇〇万円を超えるのに対し、申告された取引期間からすると過払金を回収できる見込みが大きくないこと、被控訴人が資産を有せず、収入のない扶養家族を何人も抱えていることなどが確認できる。)を踏まえ、自己破産を選択するほかないと判断したことには合理性があるというべきである。

そして、控訴人は、被控訴人から委任を受ける際に、抱えている負債額が非常に大きいので自己破産するほかない旨を告げ、債務整理に関する委任状に署名してもらい、自ら又はAを介して、借金を抱えて払えなくなった経緯を記載した陳述書や、家計簿を作成して提出するように指示しており(前記一(2)イ)、被控訴人に対し、事件の見通しや当面の事件処理について一応説明したものと認められる。

これに対し、被控訴人は、控訴人が被控訴人の意向を考慮せずに破産しかないと決めつけた旨主張するところ、被控訴人が控訴人の破産しかないとの説明を聞いた上で、債務整理に関する委任状に署名していることからすると、破産を選択することもやむを得ないものとして承諾していたものと認めるのが相当である。

そうすると、控訴人が委任契約上の説明義務に違反したとまではいえないから、これに反する被控訴人の主張は理由がない。

(2)  キャスコへの支払に関する説明

この点、被控訴人は、債務整理を委任した後も、控訴人から、キャスコに対しては支払を続けるよう指示され、Cを介して合計二二六万六〇〇〇円もの金員支払を余儀なくされたなどと主張し、これに沿う内容の被控訴人の陳述及び供述も存する。

しかしながら、控訴人はそのような事実を否認している。そして、債務整理に当たり、自らに委任した依頼者が無断で債権者に支払うことを厳しく禁じ、後に発覚した場合は原則として辞任するという処理方針を採っていた控訴人が、ことさらに被控訴人にそのような偏頗弁済を指示するとは考えがたい。上記主張に沿う被控訴人の供述内容が、控訴人に報告することなくCを介してキャスコに支払を続けるという被控訴人の行動と整合しないことや(前記一(4)イ)、初回面談に携わったAがそのような指示について記憶はないと述べていることにかんがみても、被控訴人の供述等は信用しがたく、この点の主張は理由がない。

なお、被控訴人は、控訴人が、Eに対し、キャスコからの借入れについて連帯保証人になるようことさらに働きかけたなどと主張し、これに沿う内容の被控訴人らの陳述及び供述も存する。

しかしながら、控訴人はそのような事実を否認している。そして、前記一(2)イのとおり、控訴人は、債権者一覧表の記載内容から、キャスコからの借入れにつき、C及びBのほか、Eも連帯保証人であると判断していたものと認められる。これについては初回面談に携わったAも同様であった。そうすると、被控訴人のこの点の主張は前提を欠き、理由がない。

(3)  法律扶助制度に関する説明

控訴人が被控訴人から債務整理事件を受任するに当たって法律扶助制度について説明をしていない事実は、当事者間に争いがない。

しかしながら、被控訴人は控訴人に対し、看護師として月額三〇万円の収入があったと申告していたもので(前記一(2)ア)、控訴人が、債権者らに受任通知を送付し、当面の取立てが停止した後に、弁護士費用等のために一定の金員を積み立てる余裕があると判断したとしても不合理とはいえない(このことは、被控訴人が債務整理を委任した後に、Cを介して毎月六万六〇〇〇円をキャスコに支払っていたことからも明らかである。前記一(4)イ)。また、被控訴人は、回収を受けた過払金から弁護士報酬及び費用を支払う可能性があった(その後の破産手続により、一〇〇万円を超える過払金が存在する可能性があると報告されており、破産管財人は実際に約三八万円の過払金を回収している。)。

これらの事情にかんがみると、被控訴人が控訴人から法律扶助制度について説明を受けなかったことが、権利の保障に欠けるとまではいえない。

したがって、この点について控訴人に委任契約上の説明義務違反があったということはできない。これに反する被控訴人の主張は採用できない。

(4)  弁護士報酬及び費用に関する説明

前記一(2)イのとおり、控訴人は、被控訴人に対し、破産の場合は実費が二万円、弁護士報酬として三〇万円から三五万円くらいはかかるので、分割して支払ってもらう必要があるなどと説明を受け、これに同意して委任契約を締結したものと認められる。これに対し、被控訴人は、報酬の支払方法について何も説明を受けていなかったと述べるが、b事務所から被控訴人に送付された連絡文書の記載内容と整合しないから(前記一(5)ア)、信用性に乏しく、採用できない。

以上によれば、弁護士費用及び報酬に関しても、説明義務違反があったとはいえない。これに反する被控訴人の主張は採用できない。なお、これに関連して、本件では委任契約書が作成されていないものの、これをもって委任契約上の説明義務違反があったとはいえない。

(5)  辞任時における説明

前記一(6)アのとおり、控訴人は、平成二〇年一月二三日に被控訴人の各債権者に対し、被控訴人の代理人を辞任する旨の通知書をファックス送信している。そして、控訴人やAら、b事務所の事務職員らは、前記ファックス送信に先立ち、被控訴人に対して辞任する旨の電話連絡をしていない。

しかしながら、前記一(3)、(5)のとおり、①控訴人が平成一七年五月下旬から同年六月中旬にかけて被控訴人の債権者らにいわゆる介入通知を送付したころから、b事務所から被控訴人と連絡を取るのが困難になったこと、②Aが同年七月一五日ころ及び同年九月六日にそれぞれ至急事務所に連絡するよう求める文書を送付したほか、③控訴人も、同月三〇日の打合せに赴いた被控訴人に対し、連絡が取れなくなるのは困るなどと厳しく指導したこと、④その後、体調不良を理由に被控訴人が打合せ日の変更を申し出、都合のいい打合せ日を連絡するよう指示されたほか、⑤平成一八年三月ころには控訴人がDの携帯電話に電話し、折り返し連絡するよう伝言を受けたにもかかわらず、被控訴人が一度もb事務所に連絡をしなかったこと、その後、⑥Aが、被控訴人に対し、同年九月一九日ころ、このまま連絡がなければ辞任もやむを得ないなどと記載された文書を送付したほか、平成一九年七月二三日ころにも、同年八月六日までに連絡がなければ辞任するので必ず連絡してほしいなどと記載された文書を送付したところ、いずれの文書も事務所に返送されなかったのに、被控訴人からの連絡がなかったことがそれぞれ認められる。

被控訴人は、債権者からの取立てがなくなり、控訴人が破産手続を進めていると思って連絡を取らなかったなどと述べるが、これらの事実に照らせば、不合理な弁解というべきである。

このほか、被控訴人が、勤務先の総務課においても、電話での連絡や郵便物が届きにくく、問題のある職員と受け止められていたことや、Aをはじめとするb事務所の事務職員が、連絡文書を送付する以前にも、相当回に亘って被控訴人に電話で連絡をとろうと試みたであろうと推認できること(弁論の全趣旨)にかんがみれば、控訴人が被控訴人の各債権者に辞任通知をファックス送信しようとした時点で、あらかじめ被控訴人やその関係者に電話で連絡を取ろうとせず、その結果、被控訴人が、債権者から訴訟提起されるまでそのことを知らなかったとしても、その責めはもっぱら被控訴人が負うのが相当であって、これをもって控訴人に辞任に関する説明義務違反があったとはいえない。

三  争点(2)(委任事務処理義務違反の有無)について

(1)  前記一(3)のとおり、控訴人は、被控訴人の債務整理について、債権者らに介入通知を送付し、平成一七年一〇月下旬ころまでに各債権者から取引履歴の開示を受けたものの、その後、被控訴人について破産手続開始の申立てを行わず、準備のための諸手続を行わなかったことが認められる。

とはいえ、控訴人による破産手続の処理方針としては、半年から一年は債務者に継続的に家計簿をつけさせた上で、それを関連資料として添付する形で破産申立てを行う扱いになっていたもので、これに対し、被控訴人は、一度もb事務所に家計簿を持参しなかった(被控訴人は持参したことがあった旨を供述するが、裏付けが乏しいほか、Aの供述内容とも整合しておらず、信用できない。)。また、負債を抱えたいきさつを記載した陳述書についても持参せず、分割して払うよう指示された弁護士報酬等も二万円しか支払わなかった(前記一(5)ウ)。

そうすると、控訴人が委任事務を完了させることができなかったのは、控訴人が被控訴人と連絡を取ることができず、家計簿や陳述書の提出を受けることができなかったために、破産申立ての準備ができなかったことによるというべきである。これは控訴人の責めに帰することができない事由によるものであるから、控訴人に委任事務処理を怠った債務不履行があるとはいえない。

(2)  このほか、被控訴人は、債務整理について弁護士に依頼していることを勤務先であるa病院に伝えていなかったにもかかわらず、平成一七年七月か八月の打合せの際に、控訴人が、自らを弁護士と名乗って同病院の総務課に電話をかけ、転居前に被控訴人が居住していた社宅の光熱費がその後も給与から天引きされている理由を問い合わせるなどしたほか、平成一七年中に何度も職場に電話をかけられたために、勤務先で問題職員として扱われるなどの支障が生じたと主張する。

確かに、本件全証拠によれば、控訴人が被控訴人の勤務先に何らかの事情で電話をかけたことがあったことは認められるものの、他方で、被控訴人の勤務先であるa病院に対する照会回答によれば、この当時、同病院の総務課としては、被控訴人につき、電話や郵便物などで連絡が取れなかったり、連絡しても対応が遅いことなどで問題があるとは認識していたものの、弁護士に破産手続を依頼していたとは知らず、弁護士を雇って病院を訴えるような職員とは受け止めていなかったとの回答がなされており、被控訴人のいうような不都合が生じたものとは考えがたい。これに反する被控訴人の主張は採用できない。

第四結論

よって、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これを一部認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消した上、上記の部分について被控訴人の請求を棄却することとし、また、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山秀憲 裁判官 川﨑聡子 空閑直樹)

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