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福岡高等裁判所宮崎支部 平成3年(ネ)22号 判決 1992年12月25日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告株式会社エフピコ及び同木之下隆俊は、一審原告に対し、各自金九二三万七一八七円及びこれに対する昭和六二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審被告住友海上火災保険株式会社は、一審被告株式会社エフピコに対する本件訴訟の判決が確定したときは、一審原告に対し、金九二三万七一八七円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その四を一審原告の、その余を一審被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項の1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

一  一審原告は、「原判決を次のとおり変更する。一審被告木之下隆俊及び同株式会社エフピコは、一審原告に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月二七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。一審被告住友海上火災保険株式会社は、一審被告株式会社エフピコに対する本件訴訟の判決が確定したときは、一審原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する右確定の日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、一審被告らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  一審被告らは、「原判決中、一審被告ら敗訴部分を取り消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審原告は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、一審被告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車を運転中、追突事故を受けて負傷した運転者である一審原告が、加害車両の運転者である一審被告木之下隆俊(以下「一審被告木之下」という。)及びその運行供用者である一審被告株式会社エフピコ(以下「一審被告エフピコ」という。)に対し、事故による損害賠償金の支払を求めるとともに、一審被告エフピコとの間で自家用自動車保険約款(PAP)に基づく自動車保険契約を締結していた一審被告住友海上火災保険株式会社(以下「一審被告住友」という。)に対し、同約款一章六条の規定による損害賠償額の支払を求めた事案である。

一  (争いのない事実)

一審被告木之下は、昭和六二年二月二七日午後一〇時五分ころ、宮崎県東臼杵郡門川町大字門川尾末九二九二番地先路上において、一審被告エフピコが所有し、その運行の用に供する自家用普通乗用自動車(福山五六ま二〇六)を運転して走行中、前方不注視により、前方停車中のバス待ちのため徐行中の一審原告運転の自家用乗用自動車(宮崎五七て五五三四)の後部に自車を追突させた(以下「本件事故」という。)。

二  (争点)

一審被告らは、本件事故と一審原告の症状との間の因果関係、症状固定の時期及び損害額を争うほか、一審原告の体質的素因等の競合を主張し、また、一審被告住友は、一審原告に対して、損害賠償義務を負わないと主張する。

第三争点に対する判断

一  事故と一審原告の症状との因果関係

1  一審原告の受傷と治療経過

甲第二、第三号証、第四号証の一ないし九、第七号証の一ないし一三、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし三、第一三号証の一ないし七、第一四号証の一、二、原審証人前田丈夫、原・当審証人高岸直人、原審証人向野利彦及び同甲斐允雄の各証言、原・当審における一審原告本人尋問の結果、鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故は、一審被告木之下が時速約五〇キロメートルで加害車両を運転して進行中、前方に停車中の大型バスの右側を通り抜けようとして時速約二〇キロメートルで進行中の一審原告運転の車両に気付くのが遅れて、急ブレーキを踏んだものの間に合わずに、加害車両の右前部を一審原告車両の左後部に衝突させたが、加害車両はそれだけでは止まらずに、右停車中のバスの後部に追突して停止したもので、この事故によつて、一審原告車両は、リヤーバンパーの左側部分が変形し、車体から外れる等の損傷を受けた。

(二) 一審原告は、右追突を受けた際、運転席のシートに頭を強く打ちつけ、その直後から首筋にシビレや痛みを感じた。

(三) 一審原告は、本件事故の翌日の昭和六二年二月二八日に甲斐整形外科医院において受診したが、この時点で、頸部痛、頸筋硬直、頸部運動機能障害等の症状があり、甲斐允雄医師により、頸椎捻挫と診断された。なお、その際のエツクス線写真検査での異常所見はなかつた。

(四) 一審原告は、その後、甲斐整形外科医院に昭和六二年三月四日から同年一二月一六日まで入院し、内服、注射、理学療法等の治療を受けたが、この間のエツクス線写真検査で、頸椎の第四、第五間で中程度の前屈の変化が見られ、吐き気、眩量、不眠、頸部・後頭部疼痛、左上肢シビレ等の症状が見られ、退院後も、通院を継続している。

(五) 一審原告は、甲斐整形外科医院に入院中に視力の低下を訴えて、昭和六二年四月二三日、前田眼科医院において受診し、この時点で矯正視力の低下(矯正視力右〇・三、左〇・六)及び調節衰弱の症状がみられ、その後、調節性眼精疲労、視野の中心部比較暗点、視床周辺の網膜ビマン性混濁、調節衰弱の各症状が見られ、また、矯正視力は、同年一一月四日には、矯正視力が、右〇・七、左〇・八と改善が見られたが、昭和六三年初めから徐々に視力が悪化し始め、矯正視力が左右とも〇・二程度となつており、前田丈夫医師によつて、これらの各症状は、頭頸部外傷症候群によるものであると診断され、同医院に通院を継続している。

(六) 一審原告は、本件訴訟の鑑定のため、福岡大学病院整形外科へ、平成元年一〇月二〇日、同月二七日、同年一一月一日、同月八日、同年一二月一日にそれぞれ通院し、さらに同月四日から一二日までと平成二年一月五日から同月一八日まで入院し、また、同じく鑑定のため平成元年一〇月から同二年二月までの間に六回にわたつて九州大学付属病院眼科に通院し、鑑定終了後も、福岡大学病院整形外科及び九州大学付属病院眼科にそれぞれ通院し、治療を受けている。

2  鑑定の結果

(一) 甲第一三号証の三ないし五、第二五号証、原・当審証人高岸直人の証言、鑑定人高岸直人の鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 一審原告には、鑑定人高岸直人による鑑定時において、左上肢のシビレや疼痛、また、頭痛、頭重感、眼症状、眩量、耳なり、悪心等の自覚症状があり、また、左上肢全体に筋の軽い萎縮、エツクス線写真検査で、頸椎の第三、第四間及び第四、第五間において、前屈及び後屈の両方の場合に頸椎のずれがそれぞれ認められた。

(2) 鑑定人高岸直人は、一審原告に頭痛、頭重感、眼症状、眩量、耳なり、悪心等の自覚症状があり、星状神経節ブロツクを行うと、数日間、上肢脱力感、頭重感の消失、眼症状の軽快が見られたところから、一審原告に、バレリユー症候群の疾患が生じていると鑑定し、また、一審原告に対する理学的検査の結果、モーレイテスト左陽性、三分間テスト左陽性、過外転テスト左陽性、エデンテスト左陽性の検査結果を得たこと及び左上肢のシビレや疼痛の自覚症状から、一審原告に、左胸郭出口症候群の疾患がある疑いが強いと鑑定し、その他に、エツクス線検査の所見により第三、第四間及び第四、第五間に頸椎不安定症が生じており、左肩関節運動が外転、屈曲とも正常値より制限されていることから、左肩拘縮の疾患が生じていると鑑定した。

(3) 鑑定人高岸直人は、一般的に、一審原告のように首の長い女性は、胸郭出口症候群になりやすいが、一審原告にそのような体質的素因があつたところに、一審原告が、本件事故によつて頭部を強くシートに打ちつけたことから、前斜角筋や中斜角筋に損傷を受け、この衝撃によつて前斜角筋や中斜角筋の間を通つている神経叢や血管が挫折して胸郭出口症候群が生じた可能性が高いと判断した。

(4) 甲斐整形外科で昭和六二年六月二三日に行つたエツクス線写真検査では、頸椎の第四、第五間において、前屈の場合のみ頸椎のずれが生じていたが、鑑定時におけるエツクス線写真検査では、頸椎の第三、第四間及び第四、第五間において、前屈及び後屈の両方の場合に頸椎のずれが生じていて頸椎の不安定症の症状が悪化しているが、鑑定人高岸直人は、一審原告には、もともと多少の頸椎の不安定症があつたが、一審原告が本件事故に遭つて首を動かさなくなつて首の筋肉の力が落ち、また、骨の間を固定しているじん帯も固定力が弱まつたため、右のとおり症状が悪化したものと判断した。

(5) 鑑定人高岸直人は、一審原告には多少に頸椎の不安定症の素因があつたところ、一審原告は本件事故によつて頸椎が障害を受け、椎骨動脈に異常が起こり、右動脈と一緒に走つている第三頸椎ないし第六頸椎内に枝を出している交感神経にも異常が起こつてバレリユー症候群が生じ、少なくとも、右素因がバレリユー症候群の症状を悪化せしめたことは否定できないものと判断した。

(6) また、左肩拘縮については、鑑定人高岸直人は、外傷後一年か二年たつてそれまで現れていなかつた拘縮の症状が現れることがあるところ、一審原告の場合は、肩の痛みのため、肩を動かすまいとし、その結果、関節が拘縮を起こしたものと判断した。

(二) 甲第一五号証、第二三号証、原審証人向野利彦の証言及び鑑定人向野利彦の鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 鑑定人向野利彦の鑑定時において、一審原告には遠見及び近見視力障害(遠見の矯正視力が、左右とも〇・二程度、近見の矯正視力が、左右とも〇・三程度)の症状があり、検眼鏡検査、中心フリツカー値、視野等の検査では、視神経・視路に関して、明らかな器質的障害を認めることはできなかつた。

(2) 鑑定人向野利彦は、調節近点・遠点を日をかえて各々一〇回以上測定して平均値を求めた結果、一審原告の調節力は、約一D(ジオクター)で、一審原告の年齢(鑑定時において三三歳)で通常期待される調節力六Dないし七Dに比べて低いことから、調節不全麻痺の症状があると鑑定し、また、薬物を投与して調節を麻痺させた状態で検出される屈折状態がマイナス六D程度であるのに比べて、薬物を投与しない状態での屈折がマイナス一一Dとより近視化していることから、調節痙攣の症状があると鑑定し、視神経・視路に関して、明らかな器質的障害を認めることはできなかつたことから、一審原告の遠見及び近見視力障害の症状は、調節不全麻痺及び調節痙攣にその原因があると鑑定した。

(3) 鑑定人向野利彦は、一審原告の病歴において、本件事故以前に調節異常をきたすような症状の訴えがなく、本件事故後に矯正視力の低下及び調節障害の症状が生じていることから、これらの障害が、本件事故に基づいて発生したものであると判断した。

(4) 鑑定人向野利彦の臨床経験によれば、鞭打ち症で、眼科を受診する患者の大部分に調節機能の障害が認められ、統計上も、鞭打ち症で、眼科を受診する患者の中では、調節障害の症例が多いことが確認されている。

3  以上のとおりであつて、本件事故の態様、一審原告の治療経過及び前記各鑑定人の鑑定の結果にかんがみるとき、本件事故と一審原告の前記各症状との間には相当因果関係があると認めることができる。

二  症状固定の時期

前記認定の事実及び甲第二三号証、第二五号証並びに弁論の全趣旨によれば、一審原告のバレリユー症候群、左胸郭出口症候群、頸椎不安定症、左肩拘縮については、平成二年五月三一日、一審原告の調節不全麻痺及び調節痙攣については、平成二年三月二六日をもつて、それぞれ症状固定したものと認めることができる。

三  損害額

1  治療費 合計二〇万三八六〇円

(一) 甲斐整形外科医院に対して一審原告が負うべき治療費のうち、平成二年四月までの分を一審被告らにおいて支払済みであることは当事者間に争いがなく、それ以外に、甲斐整形外科医院に対して、一審原告が支払うべき治療費の存在を認めるに足る証拠はない。

もつとも、一審原告は、平成二年六月から平成四年一月までの間、甲斐整形外科医院に通院し、治療費を要したとして、右治療費を損害として請求するが、右は一審原告の疾患の症状固定後の治療に係るものであつて、その治療の有効性ないし必要性を認め難いので、これを本件事故による損害ということはできない。

(二) 甲第二四号証の一ないし二〇によれば、昭和六三年六月から平成二年三月分までに一審原告が、前田眼科医院に対して受診した治療費及び診断書代の合計が、金一〇万二三八〇円、一審原告が、前田眼科医院に受診後に新規に購入したコンタクトレンズ代が、金六万〇八〇〇円となることが認められ、前記一のとおり、本件事故と一審原告の眼症状との間には因果関係があり、また、原審証人深草幸輝の証言によれば、前田丈夫医師から、一審原告の視力は眼鏡では矯正できないからコンタクトレンズを購入するように勧められて、新規にコンタクトレンズを購入したことが認められるから、右コンタクトレンズ代を含め、右はいずれも、本件事故と相当因果関係にある損害ということができる。

なお、一審原告は、平成二年四月から平成四年一月までの間、前田眼科医院に通院し、治療費を支払つたとして、これを本件事故による損害として請求するが、右は症状固定後の治療に係るものであるから、その有効性ないし必要性を認め難いので、右治療費を本件事故による損害と認めることはできない。

(三) 前記一1のとおり、一審原告は、鑑定人高岸直人による鑑定後も福岡大学病院整形外科へ治療のため通院したところ、甲第二二号証の六ないし一四、第二八号証の一、二によれば、一審原告は、平成二年二月二日から同年五月二三日までの間に、同病院に対して、治療費として金四万〇六八〇円を支払つたことを認めることができる。

なお、一審原告は、右の福岡大学病院での治療のための交通費、宿泊費、付添費についてもその支払を求めるが、右各病院で原告が受けている交感神経ブロツク注射、筋力増強訓練、調節麻痺をさせる点眼等の各治療が、原告の居住する宮崎県内の病院において受診できない治療であることを認めるに足る証拠はないから、結局、右の福岡大学病院での治療を受けるための交通費、宿泊費、付添費は、いずれも本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない(なお、右治療に要した通院交通費は、後記認定の交通費の限度で認められるにすぎないというべきである。宿泊費、付添費については、これを認めるべき相当性がない。)。

なお、一審原告は、更に、平成二年六月一一日以降、福岡大学病院整形外科ないし九州大学付属病院に通院し、治療を受けたとして、治療費、右治療を受けるための交通費、宿泊費、付添費用等についてもその支払を求めるが、右は症状固定後のもので、乙第一号証、原・当審における一審原告本人尋問の結果によれば、右治療の効果は一時的なもので、永続的なものとは認められないので、これらを本件事故による損害と認めることはできない。

2  通院交通費 六〇万円

甲第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし三、原・当審における一審原告本人尋問の結果によれは、一審原告は、昭和六二年一二月一六日に甲斐整形外科医院を退院した後も、鑑定ないし治療のために福岡市に行つた以外の時は、ほぼ毎日同医院に通院し、また、月二回程度の割合で、前田眼科医院に通院していること、通院の手段は、一審原告の親族の運転する車か、タクシーを利用していることが認められ、右事実によれば、本件事故と相当因果関係にある通院交通費は、昭和六二年一二月一七日から最終的な症状固定日である平成二年五月三一日までの三〇か月間で、毎月金二万円程度、合計金六〇万円とするのが相当である。

3  入院雑費 金二八万八〇〇〇円

前記一1(四)のとおり、一審原告は、昭和六二年三月四日から同年一二月一六日まで合計二八八日間入院したが、この間の入院雑費は、一日当たり金一〇〇〇円が相当であるから、二八八日で金二八万八〇〇〇円となる。

4  休業損害 合計金六一七万四〇二四円

(一) 入院による休業損害

原審証人深草幸輝の証言、原・当審における一審原告本人尋問の結果によれば、一審原告は、本件事故当時、夫である深草幸輝及び夫の父である深草泉の経営する輪島美術漆器商会に勤務して、その営業の一部を担当するとともに、主婦として家事及び事故当時一歳八か月の長男の育児に従事していたが、入院治療を余儀無くされたことにより、全く右労働等に服することができなくなつたことが認められ、その間の休業損害は、昭和六二年の賃金センサスによる三〇歳、女子、短大卒の平均給与額金三二六万〇三〇〇円に基づき、入院治療日数二八八日分金二五七万二五一〇円とするのが相当である。

(二) 通院による休業損害

甲第一〇号証、第一一号証の一ないし三、原審証人深草幸輝の証言、原・当審における原告本人尋問の結果によれば、一審原告は、甲斐整形外科医院を退院した後も、同医院にほぼ毎日通院し、その外に月二回程度前田眼科医院に通院していること、通院中も、矯正視力が低下したことから、自動車の運転及び伝票発行、帳簿付け等の輪島美術漆器商会の業務を全くすることができず、眩量、シビレ、疼痛などの症状により、家事、育児も相当程度制限されたことが認められ、右事実によれば、一審原告の通院期間中の労働等の制限による損害は、前記(一)の平均給与額の四五パーセントを下らないというべきであり、通院治療日数を昭和六二年一二月一七日から平成二年五月三一日までの八九六日とすると、その損害額は、金三六〇万一五一四円となる。

5  後遺障害逸失利益 金七五三万〇八〇三円

(一) 後遺障害の程度

原・当審証人高岸直人及び原審証人向野利彦の各証言、鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定の結果によれば、鑑定人高岸直人は、前記一2(一)のバレリユー症候群の疾患は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」に該当し、左胸郭出口症候群の疾患は、同表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、左肩拘縮の疾患は、同表一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると判断し、鑑定人向野利彦は、前記一2(二)の調節不全麻痺及び調節痙攣の疾患は、同表一一級一号の「両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの」に該当すると判断していることが認められ、一審原告の前記認定の症状及び右認定事実によれば、一審原告の本件事故による後遺障害の程度は、右各障害を併せて、自動車損害賠償保障法施行令二条別表八級の後遺障害に相当するというべきである。

(二) 労働能力の喪失率及び喪失期間

自動車損害賠償保障法施行令二条別表八級の後遺障害がある場合、一審原告の労働能力の喪失割合は、四五パーセントと認めるのが相当である。

そして、本件のような、鞭打ち損傷による神経系統の障害の場合、経験則上、期間の経過により症状の改善が期待できるというべきところ、その神経障害としての特性、一審原告の障害の程度、内容等にかんがみるとき、一審原告の労働能力の喪失期間は、症状固定時から六年間とするのが相当である。

(三) したがつて、昭和六二年の賃金センサスによる三〇歳、女子、短大卒の平均給与額金三二六万〇三〇〇円に基づき、新ホフマン式計算法によつて中間利息を控除して、一審原告の後遺障害による逸失利益を算出すると、次のとおりとなる

三二六万〇三〇〇円×〇・四五×五・一三三=七五三万〇八〇三円

6  慰謝料 合計金七五〇万円

(一) 入通院慰謝料

一審原告は、前記一1のとおり、甲斐整形外科医院に約九か月入院し、その後最終的な症状固定日である平成二年五月三一日まで、約三〇か月間通院していること、その他本件に現われた一切の事情を考慮するとき、一審原告の入通院慰謝料としては、金二五〇万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料

前記のとおり一審原告には、自動車損害賠償保障法施行令二条別表八級の後遺障害が認められるが、右後遺障害の内容、程度、その他一切の事情にかんがみるとき、一審原告の後遺障害の慰謝料は、金五〇〇万円とするのが相当である。

7  鑑定に応ずるために一審原告が支出した費用 金一八九万七六二六円

(一) 甲第二〇号証の一ないし五七、同号証の七〇ないし七七、第二一号証の一ないし一〇、同号証の一三ないし一六、同号証の一九、二〇、第二二号証の一ないし五、原審証人深草幸輝の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、一審原告は、鑑定人高岸直人及び同向野利彦の各鑑定に際し、裁判所に鑑定費用として予納した金額を除いて、医療費として合計金一四万五六〇〇円を支出したこと、また、各鑑定人のもとに出頭するために、付添人の費用も含めて、旅費として合計金一三〇万九八七〇円、宿泊費として合計金四四万二一五六円の支出をしたことを認めることができる。

(二) ところで、右の各鑑定は、本件事故と一審原告の受傷との間の因果関係の有無等を解明するため不可欠のものとして、専門的知見を有する鑑定人の判断を経る必要があるとして採用されたものであるところ、その結果、右鑑定人により右の因果関係を肯定する旨の鑑定がなされ、本件において、これが有力な根拠となつて右因果関係が認められるに至つたというべきであるから、かかる事情の下では、前記認定の一審原告が鑑定に応ずるために支出した費用金一八九万七六二六円は、本件事故と相当因果関係がある損害ということができる。

四  一審原告の体質的素因等の競合

1  前記一2(一)のとおり、一審原告には、前記認定の体質的素因があつたところに、本件事故による損傷が加わつて、左胸郭出口症候群やバレリユー症候群の疾患を生じたというべきであり(なお、バレリユー症候群については、少なくとも、右素因が右疾患に起因する症状を悪化ないし拡大せしめたものということができる。)、また、甲第一五号証、乙第一六号証の三によれば、頭頸部外傷症候群による眼症状には、バレリユー症候群によるものが多いことが認められるから、矯正視力の低下及び調節障害の疾患についても、一審原告の右体質的素因がその被害の拡大に寄与したものと推認することができる。

また、乙第一号証、第一六号証の一ないし三によれば、バレリユー症候群にあつては、その症状の多くは他覚的所見に乏しく、自覚的愁訴が主となつており、実際においては神経症が重畳していることが多いので、更にその治療が困難とされていること、そのためもあつて、初期治療に当たり、不用に重症感を与えたり、後遺症の危険を過大に示唆したりしないことが肝要であるとされていることが認められ、これを一審原告の前記症状等に照らすとき、一審原告の右症状の悪化ないし拡大につき、少なからず心因的要素が存するということができる(なお、原審証人前田丈夫、同甲斐允雄、同向野利彦、原・当審証人高岸直人の各証言によつても、いまだ右事実を完全に否定することはできないというべきである。)。

2  このように交通事故と被害者の体質的な素因等が競合して、被害者の疾患が生じ、あるいはその被害が拡大した場合には、被害者に生じた、あるいは生じうる損害の全部を加害者側に負担させることは公平の理念に照らし相当ではないので、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して減額すべきところ、右体質的素因の内容、心因的要素の程度、一審原告の前記疾患の内容、その症状の程度等にかんがみるとき、本件事故による一審原告の損害のうち、六割の限度で一審被告エフピコ及び同木之下に負担させるのが相当である。

3  したがつて、前記三において認定した一審原告の損害額合計二四一九万四三一三円の六割に相当する金一四五一万六五八七円(一円以下切捨て)が一審被告エフピコ及び同木之下が負担すべき金額となる。

五  損害の填補

以上によれば、金一四五一万六五八七円が一審被告エフピコ及び同木之下が負担すべき金額であるところ、甲斐整形外科医院の治療費の外に、右一審被告らが一審原告に対し、本件事故の損害賠償として金六二七万九四〇〇円を支払済みであることは当事者間に争いがないので、結局、右一審被告らが負担すべき金額は、金八二三万七一八七円となる。

六  弁護士費用

一審原告が、本訴の提起と追行を弁護士である一審原告訴訟代理人らに委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、その難易、認容額、審理の期間等にかんがみるとき、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、金一〇〇万円とするのが相当である。

七  以上によれば、一審原告の一審被告エフピコ及び同木之下に対する請求は、連帯して金九二三万七一八七円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

八  一審被告住友に対する請求

1  一審被告エフピコと一審被告住友との間で締結されていた自動車保険の約款である自家用自動車保険約款(PAP)一章六条一項には、自動車事故による損害賠償請求権者は、保険会社が、被保険者に対しててん補責任を負う限度において、保険会社に対して、被保険者が、損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額を請求することができる旨の規定があり、同条二項一号には、保険会社は、被保険者と損害賠償請求権者との間で、損害賠償債権についての判決が確定したときに、右損害賠償の額を支払う旨の規定があることは、いずれも当事者間に争いがなく、右規定によれば、一審被告住友は、一審被告エフピコが一審原告に対して負担する損害賠償金の支払義務を一審原告に対して負い、一審被告住友にとつてその履行期は、一審被告エフピコと一審原告との間で、本件損害賠償債権についての判決が確定したとき(具体的には、右判決の確定の日の翌日)と解すべきである。

2  したがつて、一審原告の一審被告住友に対する請求は、将来の給付を求める訴えとして、あらかじめこれを請求する必要がなければならないが、一審被告住友に対する損害賠償請求権の履行期が、一審被告エフピコに対する本判決の確定と同時に到来することは前記のとおりであるところ、一審被告住友及び同エフピコにおいて、いずれもそれぞれの損害賠償義務を争つているから、右請求は、あらかじめする必要があるということができる。

3  よつて、一審原告の一審被告住友に対する請求は、一審被告エフピコに対する本件訴訟の判決が確定したとき、金九二三万七一八七円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

九  よつて、一審被告らの本件控訴に基づき、以上と異なる原判決を主文掲記のとおり変更し、一審原告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条、九二条、八九条を適用し、確認のために仮執行宣言を付し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 中路義彦 郷俊介)

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