福岡高等裁判所宮崎支部 昭和25年(う)518号 判決
昭和二一年二月一日から施行された昭和二〇年一二月二八日法律第六四号による第一次改正の農地調整法第九条第三項によれば、農地の賃貸借の当事者、賃貸借の解約をなし、または、更新を拒まんとするときは、命令の定むるところにより、市町村農地委員会の承認を受くべし。とあり、また、同法第一七条の五には、第九条第三項の規定に違反したる者は六月以下の懲役または五〇〇円以下の罰金に処す。との趣旨の規定に徴すれば、昭和二一年一〇月二一日法律第四二号による第二次改正の農地調整法の施行された同年一一月二二日の前日までは、農地の賃貸借の解約をする場合、市町村農地委員会の承認を得ないときは処罰される筋合である。そこで、今本件につきこれをみれば、当審証人湯浅新左衛門及び同原田勝二に対する受命判事の証人尋問調書中の同人等の各供述記載によると、被告人と湯浅新左衛門及び原田勝二との間において、原判示掲記の各農地につき、賃貸借の合意解除のなされたのは、いずれも昭和二一年三、四月頃のことであつて、前示第一次改正の農地調整法の施行されていた当時のことであることが明らかであるから、被告人としては、その合意解約するにつき、同法第九条第三項に基き、農地委員会の承認を受けなくてはならなかつたはずである。しかし、訴訟記録を調べてみると、被告人はその合意解除するについては、当時農地委員会の承認を受けた形跡は認め得ないから、本来は、被告人は前掲同法第一七条の五の規定により処断せらるべき筋合のものであるといわざるを得ない。しかしひるがえつて、当審証人円福藤義及び同小野計佐右衛門に対する受命判事の証人尋問調書中の同人等の各供述記載、当審において証拠として取り調べた昭和二二年五月二〇日附廿二農地第一八〇号農地部長より各市町村農地委員会長宛の土地取上げに関する件と題する書面、昭和二二年六月六日囎農地第二四七号囎唹地方事務所長より各町村農地委員会長宛の土地取上げ承認申請書の取扱に関する件と題する書面及び同書添附の昭和二二年五月二〇日附廿二農地第一八一号農地部長より市町村農地委員会長宛の土地取上げ承認申請書の取扱に関する件と題する書面写、中本覚蔵の土地取上追認申請についての決議録写及び農地部長より各市町村農地委員会長、各地方事務所長、鹿児島地方裁判所長、同管下支部判事、日本農民組合鹿児島県聯合会長に各宛てた前掲昭和二二年五月二〇日附廿二農地第一八〇号の書面写の各記載を彼此綜合してみれば、元来西志布志村農地委員会の委員の選挙が行われたのは、被告人の前掲農地の賃貸借の合意解除をした後である昭和二一年一二月二五日であり、ようやく機構が整い同委員会の会合のできたのは昭和二二年一月初頃であるからその頃同委員会は初めて発足したわけである。かように、他の農地委員会の発足も一般的に遅延し、そのため農地をめぐる紛争も多かつたので、鹿児島県においては、各市町村農地委員会に対し、昭和二一年二月一日以降昭和二一年一一月二二日の前日までに発せられた解約の申入れ等につき、地主、小作人等に紛争を惹起している場合の措置として、市町村農地委員会において、承認申請書を提出させた上、追認の手続を採ることにせよとの趣旨の指令を発し、その結果西志布志村農地委員会においても、その指令の趣旨に則り、前掲本件農地についても被告人に承認申請書を提出させて追認の手続をとり、被告人の前掲合意解除を適法として承認したいきさつが明らかである。しかして、かように追認手続をとり、合意解除を適法と承認した以上、その合意解除の時期は前掲昭和二一年三、四月頃であることが明らかである。さすれば原判示摘示の昭和二三年三月とあるのは、前示合意解除に基く農地引渡の履行の月であつて、これを合意解除の時期とみるのは当らないところである。果して然りとすれば、農地の賃貸借合意解除の当時、敍上のいきさつから、所定の承認を求むべき機関である農地委員会がいまだ発足していなかつた本件において、被告人に対し、その合意解除につき農地委員会の承認を求めることを期待するの不可能なことは、何人も首肯し得られるところであり、鹿児島県において採つた前敍手段もまたその辺の消息を物語るものと認められるところであるから、結局被告人に対しては、期待可能性なしとして無罪を言い渡すべきが相当である。