福岡高等裁判所宮崎支部 昭和28年(う)577号 判決
よつて記録について調査すると論旨摘録の証拠を綜合すれば被告人は真実株本辰武方で稼働しその対価により借用金を返済する意思がないのに「借金は働きながらお返し致しますと」申向け被告人の松岡弘喜に対する債務等金三万八千円を立替支払わせたものと認めるのが相当である。尤も被告人は当時株本から借受けた金員を全然「踏倒す」つもりでなかつたことは被告人の司法巡査に対する第一回供述調書により窺知することができるけれども最終的には支払う意思があつたとしても初めから同所で稼働する意思がないのにこれあるもののように装つて同所で稼いで借金を返済する旨申向けて金員の交付を受けたことは結局詐欺の犯意があつたものと認めざるを得ない。反面貸主株本としても被告人が同所で稼働して貸金を返済するものと誤信して該金員を支出したものと認めるのを相当とするから被告人が最終的には支払う意思があつたとしてもその所為を欺罔行為と認定する妨げとなるものではない。
次に原判決は被告人が右金員の交付を受くるに至つた接客婦として働くことを条件とする契約は婦女の貞操を金銭によつて代償せしむることにつながらしむるものであつて明かに私人の基本的人権を侵害することを内容とする契約であつて如何なる名義をもつてすることを問わず、憲法第十一条、第十三条、第十四条、第十八条、第三十一条等に背反するのみならず、民法第九十二条に定むる処の公の秩序善良の風俗に反する法律行為であつて無効と断ぜざるを得ない。本事案についてみるに当事者間における金銭の消費貸借契約の範囲においては有効であるが、この範囲を超えた接客婦として働くことを条件とする事を内容とする契約は如上の趣旨において被告人が仮りに詐欺の犯意ありて接客婦として働く意思なきに拘らず辛棒して働いて返す旨申向け相手方においてはこれに基いて出捐の決意をした場合であつてもこれを以て被告人の詐欺行為に基くものと断ずることはできない。斯くの如きは無効の法律行為なるをもつて、相手方においてはこのことを予め知つていることを前提とするが故に欺罔せらるる余地がないものといわなければならないとして被告人の行為を以つて罪とならないものとして無罪の宣告をしたものであるが原判示のとおり接客婦として働くことを条件とする契約が無効であることは将に判示のとおりに相違ないのであるが民事上右の契約が無効であると否とは刑事上の責任の有無とは、その本質を異にするものであるから、これを別個の観点から論断するのを相当と解せられるところ被告人の所為即ち相手方を欺罔した方法は社会秩序を乱すような手段であり、これにより相手方の占有する財物を交付せしめて財産権を侵害した以上被告人の行為が刑法の適用をまぬがるべき理由はないものと考えざるを得ない。従つて原判決が罪となるべきものを犯罪を構成しないものとしてこれに無罪の言渡をしたことは法律の解釈を誤りひいては事実を誤認したものであつて論旨は結局理由があり原判決は破棄せざるを得ない。
(後略)