福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(う)293号 判決
弁護人の論旨第二点(法令適用の誤)、第三点(訴訟手続の法令違反または法令適用の誤)について。
所論は、原判決は、一の(一)において、被告人は、昭和二七年三月二七日から昭和二九年一一月五日までの間に七回にわたり、大入島農業協同組合常務理事として業務上保管中の同組合資金合計金六二五、〇〇〇円を、同組合の定款による業務の範囲外において、大分県佐伯市長または同市農業水産課檜垣利亮等に貸し付けて、業務上横領した旨判示している。(一)農業協同組合法第九九条は、組合の役員が組合の事業の範囲外において貸付をすることを禁じ、同法第一〇条はその貸付事業を組合員の事業または生活に必要な資金の貸付とし、大入島農業協同組合の定款も貸付事業を同様に定めている。しかしながら、右同法第九九条にいう組合の事業範囲外の貸付とは組合員以外の者に対するすべての貸付を意味するものではなく、組合員以外の者に対する貸付も、その実体すなわちその相手方、動機、態様等を正しく把握して、それが組合の目的である組合員の農業生産力の増進に必要であり役立つものであれば(同法第一条参照。)、組合の事業範囲内の貸付と解すべきである。本件についてみるに、前記金六二五、〇〇〇円の貸付も、佐伯市長個人または佐伯市役所農業水産課檜垣利亮個人に対する貸付ではなく、佐伯市に対する貸付であり、しかも檜垣利亮の検察官に対する供述調書によれば、右貸付の大部分は、佐伯市が行う大入島農業協同組合員所有の農地に属する堤塘、畦等の災害復旧工事の国庫補助金の交付が遅れて、工事施行者から工事金の支払を迫られ、工事が完成せず、同組合員の受ける損害が増大するので、同組合から佐伯市に貸し付けられたものであり、佐伯市は国庫補助金の交付を受けた後直ちに右借入金を同組合に支払い、同組合はなんらの損害を受けていない。したがつて、右貸付の大部分は、組合員所有の農地の保全、補修に絶対的に必要であつたもので、同組合の事業の範囲内に属するものと解すべきであるから、右貸付をした被告人の行為が同組合の常務理事としての権限を超えたもので業務上横領罪となるとした原判決には、法令の適用解釈の誤がある。(二)かりに、右被告人の貸付行為が違法であるとしても、何人を被告人の地位においても右貸付を拒否しうる可能性を期待することができないことが明らかであるから、被告人の右貸付行為は、責任阻却事由があり、罪とならない。したがつて、右貸付の実体を把握するに必要な審理を尽さなかつた点において、原審には訴訟手続に法令の違反があり、しからずとするも、責任のない行為を有罪と認めた点において、原判決には法令の適用解釈の誤がある、というのである。
そこで、検討するに、農業協同組合法第九九条は組合の事業の範囲外の貸付を禁じ、当時の大入島農業協同組合定款(佐伯農林事務所作成の「証拠書類の提出について」と題する書面、大入島農業協同組合定款四冊(証第五一号)により認められる。)第二条第一号は貸付事業を組合員の事業または生活に必要な資金の貸付と定めているが、同条の他の各号と同定款第四七条の規定とを参酌すると、右第二条第一号の貸付事業は組合員に対する貸付に限る趣旨と解されるので、組合員以外の者に対する貸付は事業の範囲外の貸付となり、同組合役員が組合員以外の者に対し組合名義で貸付をすれば、組合の事業の範囲外の貸付をしその任務に背くものといわなければならない(原判決は被告人の所論の各行為を業務上横領罪と認定しているが、後記のとおり被告人が組合名義で貸付けた分は、被告人の各行為が罪となるとしても、背任罪を構成し、業務上横領罪とはならない。)。しかしながら、任務に背いた場合でも、本人の利益を図る目的でなされたものと認められるときは、自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的でなされたものとはいえず、背任罪を構成しないものといわなければならない。
そこで、本件の事実関係をみると、安藤好雄の検察官に対する昭和三一年九月二七日付供述調書、檜垣利亮の検察官に対する供述調書、同人に対する当審証人尋問調書、被告人の司法警察員に対する同年八月三〇日付および同年九月一二日付各供述調書、同人の検察官に対する同月二七日付供述調書によると、原判示一の(一)の2.3.5.6.(昭和三一年一〇月一日付起訴状記載の公訴事実第一の2.3.5.6.)の昭和二七年一二月一九日から昭和二九年二月二日にかけての貸付は、佐伯市が行つた大入島農業協同組合の区域内の災害復旧工事に対する国庫補助金の交付が遅れたので、その間の一時立替として、被告人が同組合常務理事として同組合名義で佐伯市に貸し付けたものであることを認めることができ、さらに、当審証人天野教一、檜垣利亮に対する各証人尋問調書、佐伯農林事務所長作成の「証拠書類の提出について」と題する書面、大入島農業協同組合定款四冊(証第五一号)によると、大入島農業協同組合は、その後昭和二九年四月二九日定款を改正し、その第四七条において「土地改良事業に必要な資金を区域内の公共団体に貸付ける場合」に限り組合員以外の者に貸付をすることができることになり、被告人のした各貸付も定款に反しないこととなつたのであるが、右改正は右のような公共団体に対する貸付は結局組合のため必要でありまたその利益となると解されるに至つたためであり、改正前も定款に反するとはいえ右のような貸付も結局組合の利益となると解されていたことが認められる。したがつて、被告人のした佐伯市に対する右貸付は、結局本人である大入島農業協同組合の利益を図る目的になされたもので、自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的でなされたものとはいえず、背任罪とはならない。そこで、この点において原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があり、破棄を免れない。
(裁判長裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治 裁判官 矢頭直哉)