大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所宮崎支部 昭和53年(う)48号 判決 1978年9月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

控訴の趣意は、被告人、弁護人野崎義弘の各控訴趣意書のとおりであり、これに対する答弁は、検察官伊津野政弘の答弁書のとおりである。

訴訟手続の法令違反の所論、すなわち、原判決は、その挙示する証拠の標目中被告人作成の供述書謄本(交通事件原票謄本中のもの)以下の各証拠は、いずれも違法になされた自動車検問によって得られた証拠であるから、禁止、排除すべきであるのにこれを証拠として採用した、また、被告人の自動車運転に関する補強証拠を示さず、被告人の自白だけでこれを認定している、右の二点において原判決の訴訟手続には誤りがあるという主張について。

まず、証拠の証拠能力の点について検討する。被告人について本件酒気帯び運転違反が問責された契機、その端緒となった自動車検問の実態、右違反事実に関する証拠の収集とそれに対する被告人の応待状況を含む本件捜査の経過は、原判決の(被告人および弁護人の主張に対する判断)の二の2に認定するとおりである。すなわち、原口、鹿島両巡査は、本件当夜、時期的に飲酒運転の多い情況を踏まえて飲酒運転など交通関係違反の取締を主な目的とする交通検問を実施し、橘橋南詰道路端に待機し、同所を北方から南方へ通過する車両のすべてに対し走行上の外観等の不審点の有無にかかわりなく赤色燈を廻して合図をする方法で停止を求めた。被告人は、自車を運転して橘橋を南進中に右停止の合図に気付き、これに応じてみずから車両を道路左端に寄せて同巡査の前で停止した。そこで、鹿島巡査は、被告人に運転席の窓を開けてもらい、その窓越しに運転免許証の提示を求めたところ、酒臭がしたため、ここにおいて被告人について酒気帯び運転違反の疑いが生じ、原口巡査も酒臭のすることを確認したうえで被告人にその旨を告げ、その承諾のもとに同所から一〇ないし二〇メートル離れた中村警察官派出所に被告人を同行し、同派出所で右違反事実の捜査を開始した(被告人は、鹿島巡査と徒歩で赴き、被告人の車両は、その承諾の下に原口巡査が同派出所まで移動させた)。同所において、被告人は、両巡査がなした同派出所常備の飲酒検知管一本とその比色表を使用した飲酒検知検査や飲酒量、飲酒時刻等についての質問になんら異議なく応じた(なお、被告人は、右の検知が、その飲酒の時から約七時間を経過しておりアルコール反応が出るはずがないのに、これが検知されたのは、右検知管に欠陥が存したにほかならないというが、本件検知管は、交通取締の飲酒検知がしばしば実施されていた前示派出所のキャビネットに、そのために常備してあったものの一本を使用し、飲酒直後ではなかったので口腔粘膜にアルコール分の附着はないものとして呼気採取前のうがいはさせなかったものの、その使用方法を説明したうえで行われたのであって、被告人がいう飲酒時から相当時間が経過しているとの一事をもって、取扱いの的確性について欠けるとするのは当らず、他にそれを疑わせる事情はない)。検知の結果は、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールが検出された。そこで、原口巡査が右検知結果および被告人の見分状況を基に被告人の酒気帯び鑑識カードを作成するとともに、被告人に右検知管を示して結果を確認させたうえで、酒気帯び運転違反の交通事件原票を作成し、その供述書欄に署名、押印を求めたところ、被告人は、供述を記入したうえ、署名し、指印を押捺した。そして、交通事件原票のいわゆる赤切符の交付を受けて、警察官の運転中止の指示に従い徒歩で帰宅した。

右の本件経過のもとにおいて、法律上問題とされているのは、走行中の車両に停止を求める交通検問が許されるものかどうか、であるが、警察法二条は警察官の権限行使の一般的根拠を定めたものであり、同条一項が交通取締を警察の責務として掲げ、交通の安全と交通秩序の維持をその職責として規定していることに鑑みると、同条項は、交通取締の一環として、当然右のような交通検問の実施を警察官に許容しており、右権限の行使に当り強制手段に出る場合は、その権限を規定した特別の根拠規定のあることを要するが、強制手段に出ないで任意手段による限り特別の根拠規定がなくともこれをなし得ると解すべきである。その場合、いかなる態様、程度の行為が任意手段として許容されるかは、同条二項と警察官職務執行法一条にいういわゆる警察比例の原則に従い、警察官の権限行使の具体的必要性と相手方の受ける不利益とを比較考慮して、具体的状況のもとで相当と認められる限度と解される。この観点からすれば、本件検問は、時期的に多発する飲酒運転等を取締る必要から警察官が右の目的で実施し、走行上の外観の不審点にかかわりなく通過する車両の全てに対して停止を求める方法でなされたのも、交通違反が走行中の車両の外観から直ちに確実に見分けられない(本件のような酒気帯び運転、運転免許不携帯、特別運行許可証の不携帯、整備不良車両の運転等)点を考慮するとやむを得ないところであり、しかし、その方法には強制的要素が全くなく、相手方である被告人に対して過重な負担をかけるものでなかったこと、検問の時間、場所等を総合すると、本件の具体的状況の下において相当と認められる方法、限度の任意手段によってなされたというべきであって、違法とはいえない。のみならず、本件検問は、違反事実発覚の端緒ではあるが捜査そのものではなく、証拠の収集は、その後なされた捜査に被告人が任意応じた結果にほかならないのである。

してみると、本件における証拠の収集には、被告人の利益を侵害し、その意思の自由を奪い人格の独立を害するような重大な瑕疵があったとはいえないから、これを違法として収集された証拠を禁止、排除すべき理由はない。

加えて、被告人の供述書謄本(交通事件原票謄本中のもの)、司法巡査二名の捜査報告書は、被告人側が証拠とすることに同意し(右供述書謄本についてのそれには、任意性を争わないという趣旨も含まれていると解される)、司法巡査の酒気帯び鑑識カード(質問応答欄を除く)は、これを作成した司法巡査原口勉を公判期日において証人として尋問し、作成の真正についての立証を経て証拠とし、飲酒検知管一本および比色表一枚(飲酒検知管入れ(紙箱)に貼付してあるもの、(比色表部分については証拠とすることに同意))は、被告人側が証拠とすることに異議ない旨述べた結果、いずれも適法な証拠調べを行っているのであって、右の点からしても原判決の証拠採否の手続に非難すべき点はない。

つぎに、運転の事実についての補強証拠の挙示の点については、原判決挙示の証拠の標目中司法巡査二名の捜査報告書以下の各証拠(その証拠能力については前示のとおりである)が補強証拠たりうることは明らかである。

以上の次第で、原判決の訴訟手続に違法はない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 徳松巖 裁判官 松信尚章 井野場明子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例