福岡高等裁判所宮崎支部 昭和55年(ラ)17号 決定 1981年3月10日
抗告人 山田民夫
相手方 山田多寿子
事件本人 山田美津夫 外一名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告人は「原審判を取消す。本件を宮崎家庭裁判所延岡支部へ差戻す又は抗告人の相手方に対する養育費支払を免除もしくは減額する。」との裁判を求め、その抗告理由は別紙のとおりであるが、当裁判所は、やはり、原審判を相当と認め、抗告人の本件抗告は理由がないと判断するものであつて、その理由は次のとおり訂正する外、原審判の理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原審判一枚目裏一〇行目から同二枚目表一行目までを次のとおり改める。
「(1) 抗告人と相手方とは、昭和四五年五月一三日婚姻し、その間に事件本人長男美津夫(昭和四六年一月二四日生)及び事件本人長女陽子(昭和四七年一月二九日生)を儲けたが、抗告人は、昭和五一年七月頃、かねてから親密な関係にあつた現在の妻市川ミチヱ(以下、ミチヱという)といわゆる駈落ちをして、相手方に対して暫らくの間その所在を明らかにしなかつたうえ、この間に、相手方名義部分を偽造した相手方との協議離婚届書を作成して、これを届け出るとともに、ミチヱとの新たな婚姻の届出をするなどの挙に出たため、これを知つた相手方は、抗告人を相手取つて離婚無効確認の訴及び抗告人とミチヱを相手取つて婚姻取消の訴を各提起して争つた結果、右各訴訟は昭和五二年二月いずれも相手方の勝訴判決が確定し、右判決により戸籍も従前どおりに訂正された。しかし、抗告人は、ミチヱとの関係を清算することなく、依然として同女と同棲関係を続けたため、相手方は抗告人との離婚の調停を申立て、結局、昭和五三年四月一八日、宮崎家庭裁判所延岡支部において、原審判末尾添付別紙(二)記載の内容による調停離婚(同庁昭和五三年家イ第二五号事件)が成立したこと。」
2 原審判四枚目表一行目から同裏七行目までを次のとおり改める。
「(2)そこで、本件調停成立後に、これに定める抗告人の養育費支払義務を変更又は免除すべき事情の要旨変更が生じたか否かについて按ずるに、家庭裁判所が、民法第八八〇条により、扶養関係に関する協議又は審判があつた後に、事情の変更があつたものとして、その変更又は取消をすることができる場合のいわゆる事情とは、前審判又は協議の際、考慮され、その前提ないし基準とされていた事情を指し、しかも右事情の中には、前審判又は協議の際、既に判明していた事情のみならず、当事者において当然予見し得た事情も含まれるものと解するのが合理的である。したがつて、右予見し得た事情が、その後現実化したとしても、原則として、これは事情の変更があつたものと解することはできない。
これを本件についてみると、原審判理由第二の一において認定の各事実中、4及び8以外の各事実は、本件調停成立当時、既に存在して判明していた事情か、或いは当事者において当然予見し得た事情であるから、いずれも本件調停で定められた抗告人の義務を変更すべき事情の変更と認められるものではない。
これに対して、4の事情は、本件調停成立の際、判明もしくは当事者において当然予見し得た事情でなかつたことは明らかであるから、一応事情の変更にあたるとはいえるが、民法第八八〇条にいわゆる事情の変更とは、前審判又は協議により定められた現在の扶養関係をそのまま維持することが当事者のいずれかに対してもはや相当でないと認められる程度に重要性を有すること、即ち重要な事情の変更でなければならないものと解されるから、本件においても、更にこの点の検討がなされなければならない。そして、前認定の事実によれば、抗告人が宅地を購入して自宅を新築したのは、本件調停成立後わずか一年半余のことであるが、右宅地購入及び自宅新築のいきさつとして、それまで居住していた借家の明渡しを迫られる等の切迫した事情があつたものとは全く窺えず、しかも右購入及び新築にあたつての資金は、いわゆる頭金(自己資金)の用意を殆どせず、大部分を借金に頼つた結果、毎月の返済金額は抗告人の税込月収の三五パーセント余にも達するという過大なものとなり、いわんや本件調停で定められた養育費の支払を長期(一年五か月)にわたつて不履行を続けていたのであるから、これらも考慮に入れれば、右宅地購入及び自宅新築の無謀なことは一層明らかとなる。抗告人としては、前認定の自己の収入と本件調停に定められた義務の履行を前提として、その生活設計を定め、いわゆる持家を取得するとしても、自己の収入が増加して、自己資金が或る程度準備されるか又は本件養育費の支払いが左程負担にならない段階まで、その時期を延ばす等の配慮は、当然なされるべきであつたといわなければならない。現在、抗告人が生計を主として借金によつて賄い、その返済がまた生計を圧迫するという悪循環に陥つている状態は、結局自ら招いたものというの外なく、これを打開するためには、本件養育費の支払を免れ、もしくは減額をうけるという方途以外の抜本的措置を真剣に考慮する必要がある。なお、抗告人の前示返済金を除外した場合の、抗告人の相手方との間における事件本人らの養育費の分担額(月額)について、前認定の昭和五四年の抗告人及び相手方の収入額を前提として、労働科学研究所の総合消費単位によつて算出(いわゆる労研方式)してみると、次のようになる。
(註) 以下の計算式中、110、90、80、60、55は、順次、抗告人、相手方、抗告人の妻ミチヱ、抗告人の養子稔、事件本人美津夫、同陽子の各消費単位、0.2は抗告人及び相手方の職業上の必要経費である。現在、事件本人らが相手方と共に生活している場合の、事件本人らのために費消される生活費は、
事件本人美津夫について
61192×(1-0.2)×60/(90+60+55) = 14327円
(相手方の月収)
事件本人陽子について
61192×(1-0.2)×55/(90+60+55) = 13133円
仮に、抗告人が事件本人らを引取つて生活する場合、同人らのために費消される生活費は
事件本人美津夫について
178145×(1-0.2)×60/(110+80+60+60+55) = 23427円
(抗告人の月収)
事件本人陽子について
178145×(1-0.2)×55/(110+80+60+60+55) = 21475円
となり、事件本人らは相手方のもとにおけるよりも、抗告人のもとにおいての方が豊かに生活しうることが認められるから、事件本人らは抗告人らと同居した場合得らるべき生活費を保障されるべきである。そして、これを抗告人と相手方の収入の割合で按分負担することが合理的と解されるから、この場合の抗告人の負担額は、
事件本人美津夫について
23427×(178145×(1-0.2)/178145×(1-0.2)+61192×(1-0.2)) = 17437円
事件本人陽子について
21475×(178145×(1-0.2)/178145×(1-0.2)+61192×(1-0.2)) = 15984円
となり、本件調停成立当時の抗告人の収入が、昭和五四年の収入よりは若干低いことを考慮しても、本件調停で定められた事件本人各自につき毎月金一五、〇〇〇円の養育費支払義務が抗告人にとつて不当に重い負担といえないことは明らかである。以上の検討によれば、前示(4)の事情の変更は、いまだ本件調停において定められた抗告人の養育費支払義務を変更又は取消すべき重要な事情の変更とはいえないものというべきである。
次に8の事情については、調停において定められた支払義務を遅滞すれば強制執行を受けることは、本件調停成立の際抗告人において当然これを予見し得た筈であるうえ、仮にこれを予見し得なかつたものとしても、相手方によつて昭和五四年一一月以来なされている抗告人の給与に対する強制執行は、抗告人の無謀な住宅取得により惹起された本件養育費支払義務の不履行に基づく当然の結果であるから、これをもつて右養育費支払義務を変更又は取消すべき重要な事情の変更にあたるものとは到底いえない。
してみれば、本件調停成立後に、これに定める抗告人の養育費支払義務を変更又は免除すべき事情の変更は生じていないものというべきである。」
二 よつて、原審判は相当で、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用はこれを抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 古川純一 裁判官 大沼容之 竹江禎子)
抗告の理由
抗告人らの生活保護以下の生活を強いる結果となる扶養料は苛酷であり、一方充分生活ができる相手方がなお制裁的に強制執行を続けられる状況は許さるべきでないと思料する。
調停事項が守れず支払えなかつたのは、怠慢だからではなく、支払が不可能だからである。
住居は持家か借家かいずれか必要なものであつて、持家の方法は借家より多少額が大きくなるかもしれないが、しかし持家せずに安い借家(狭い、環境の悪い)でがまんし、節約できるだけして、持家はもちろん貸家まで持つて生活している相手方に、扶養料を全額払わなければならないというのは不公平ではなかろうか。
そして、そもそも調停の際の状況を、その後の扶養料変更を考える際の資料とするのも又当然ではなかろうか。