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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和58年(ネ)221号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

次の判決。

(一)  原判決中被控訴人に関する部分を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人組合に対し金一〇五万一、〇五〇円及びこれに対する昭和五五年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人は控訴人平田、同相良に対し、それぞれ金五万円及びこれに対する昭和五五年一一月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  原判決の引用

当事者の主張は、以下のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示中、被控訴人関係部分のとおりであるから、これをここに引用する。

原判決三枚目裏一行目の「被告組合」を「原告組合」と、同六枚目表四行目の「説明ないし説明しようとした」を「説明し、もしくは説明しようとした」と、同表六行目の「いつた」を「した」と訂正する。同一三枚目表五行目の「その間……」から同六行目の「……あつた。」を「その間多大の精神的苦痛を受けた。」と訂正する。

同一四枚目表五行目の「使用」を「目的外の使用」と訂正する。

二  控訴人らの主張

(一)  学校施設の目的外使用に関する法律関係について

1 学校施設の確保に関する政令の立法目的と同三条の規定の意義

(1) 問題の所在

原判決は「学校施設の目的外使用の許否については、管理者である教育委員会の裁量の範囲が広く認められていると解せられる。」(原判決書一六丁表)との解釈を導くにあたり、学校施設の確保に関する政令(以下、「政令」という。)三条の規定を判決理由の冒頭(同一五丁裏)に引用している。これは、原判決が政令三条の規定を右解釈論の最大の根拠としていることのあらわれにほかならない。

また、被控訴人による原審以来の主張を総合しても、政令三条の規定は被控訴人の主張の要めをなしているといえる。

このように、学校施設の目的外使用の許否について管理者に広汎な裁量権を認める解釈を行なうためには、政令三条の規定をその依りどころとせざるを得ないのである。

しかし、政令の立法目的、政令三条の規定が設けられた趣旨を正しく理解すると、以下に述べるとおり、学校施設の目的外使用の許否に関する管理者の裁量の範囲を論ずるうえで政令三条の規定は何らの意味をも有するものではないことが明らかになるはずである。

(2) 政令の立法目的について

政令の立法目的を論ずるうえで、指摘されねばならないのは、政令が制定されたのは昭和二四年二月一日であるが、この時には既に学校教育法(昭和二二年三月二一日制定)および旧教育委員会法(昭和二三年七月一五日制定)が存在し、学校教育法八五条には学校施設の目的外使用に関する基本規定が、旧教育委員会法四九条一二号、同五三条一項には教育財産の管理権および規則制定権の所在に関する規定がそれぞれ設けられていた、ということである。つまり、学校施設の目的外使用を管理者の許可にかからしめるということは、政令の制定を待つまでもなく、学校教育法八五条によつて既に明確化されていたうえ、その許可の手続、許否の基準の詳細等についてはこれに基づいて教育委員会が規則により定めるということも旧教育委員会法により法律上予定され、このための法律は現在と同程度にまで整備されていたのである。

このような政令と前記法令との立法経過に照らすと、学校施設の目的外使用について管理者の許可にかからしめ、管理者の許可なき目的外使用を禁止することについては前記法令により明確になつていたのであるから、政令はこれを目的として制定されたものではない。

それでは、前記法令が既に立法化されていたにもかかわらず、これとは別個に政令が制定されたのはいかなる理由に基づくのであろうか。これは、当時の戦後の混乱期の中で住宅を失つた戦災者等が学校施設を生活の場として占拠していたため―これは、戦争中に疎開していた子ども達が敗戦後学校へ戻つてくる前に、戦災者らの方が先に学校を占拠してしまつたという事情もあつたものと想像される―学校教育に重大な支障をもたらしていたという状況があつたからにほかならない。このため、学校施設が正常に学校教育のため使用されている状態を前提とし、これに支障を与えない範囲での目的外使用について規定する前記法令のみではこのような状況に対処することが出来ず、これらの法令とは別個に、学校施設を強権をもつてしてすみやかに学校教育のために確保するための法令が必要となり、このような理由によつて政令が制定されたのである。

以上に述べた政令の立法理由に照らしても、また政令の全条文の構成から見ても、政令が制定された積極的な意義は、第一に四条以下に学校施設の占拠者からの返還手続が詳細に定められたこと、第二に特に返還に応じない者に対する管理者の直接強制が認められたこと(同二一条)、第三に違反者に対する刑罰規定が設けられたこと(同二九条ないし三一条)に求められる。これらの規定を設ける必要があつたため、政令が前記法令とは別個に制定されたのである。

(3) 政令三条の規定が設けられた理由と同規定の意義

政令三条一項において、管理者の許可なき学校施設の目的外使用を禁止する旨の規定が設けられたのは、違反者に対する処罰規定(同三〇条一項)を制定する前提として、処罰の対象となる行為を明示する必要があつたからである。そして、それ故に同政令においては、「管理者の許可を得て学校施設を目的外に使用することができる。」という許容的文言ではなく、政令三条一項本文の示すとおり、「禁止された行為」として表現されねばならなかつたのである。

他方、政令三条一項がこのような規定を設けたため、一見すると、既に立法化された前記法令と政令とが重複して学校施設の目的外使用について規定しているかの如き様相を呈することとなり、政令の前記法令に対する関係を明確にするために設けられたものが同三条二項の規定にほかならない。

一般に法令が許可制について定める場合、単に当該行為を処分権者の許可にかからしめる規定を置くだけでなく、当該法令自体の中に許可の手続、許可の基準等についての規定を設けるか(例えば、道路交通法七七条ないし八〇条)、あるいはこれを下位の法令に授権する規定(例えば、風俗営業等取締法二条)を設けることが多い。ところが、政令三条二項は政令自体の中にそれらの規定を設け、または下位法令にこれを授権する規定に設けることをしなかつたばかりでなく、それらについては、「他の法令に従わななければならない。」と定めているのである(この文言が、下位法令に授権するという趣旨でないことは多言を要しないであろう。)。

つまり、政令三条二項は学校施設の目的外使用に関する管理者の許可の基準、許可の手続等の一切について、政令はこれに関与するものではないことをここで明確に宣言し、それらについては同項のいう「他の法令」すなわち学校教育法八五条およびこれに基づいて制定される教育委員会規則にすべて委ね、それらの法令によつて認められる管理者の許可に基づく学校施設の目的外使用を政令が制約するものではないことを確認したところの規定であるということができる。

以上のように政令三条の規定は、学校施設の目的外使用を管理者の許可にかからしめるということを創設したものでないばかりか、逆に、政令の制定にかかわらず、その許可の基準および手続等の一切については既に整備されていた前記法令に従うべきことを政令自身が明記している。従つて、学校施設の目的外使用に関する管理者の裁量の範囲を論ずるうえで、政令三条の規定は何ら積極的な意義を有するものではない。

(4) 政令三条一項の立法形式について

被控訴人は政令三条が積極的な意義を有するかのようにとらえたうえ(その誤りについては前述のとおり)、同条一項本文が学校施設の目的外使用を原則的に禁止しているということをその主張の依りどころとしているようである。しかし、政令三条一項が、本文において原則的な禁止の規定を置き、但書において例外としての許可による許容の規定を置くという立法形式をとつていることそれ自体にも格別の意味は認められないといわざるを得ない。

そもそも、あらゆる許可制において、原則的には当該行為が禁止されているものであることはその論理的前提をなしているのであつて、これは法令の中でそのことを明言するか否かにより左右されるものではない。また、許可制について立法化するにあたり、原則的な禁止の部分を条文で明記するか否かによつて特に実質的な違いも生じないとされている。

従つて、政令三条一項の立法形式それ自体から、許可権者の裁量の範囲を論じること自体全く無意味なことでしかない。

2 学校教育法八五条、地方自治法二三八条の四第四項、地方教育行政法二三条二号、同三三条および県立学校管理規則八条の各規定の相互関係について

(1) 被控訴人の主張について

被控訴人は、本件学校施設の目的外使用許否に関する適用法令について、(1)地方自治法二三八条の四第四項と鹿児島県立学校管理規則(以下、「県立学校管理規則」という。)八条の規定とは一般法、特別法の関係に立つこと、(2)県立学校管理規則八条は地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下、「地方教育行政法」という。)二三条二号及び三三条の規定に基づいて制定されたものであること、(3)学校教育法八五条はいわゆる訓示規定にすぎないことを主張している。

しかし、被控訴人による右主張は、行政法規に対する基本的な理解すら欠いたものといわざるを得ない。

(2) 地方教育行政法二三条二号および同三三条の規定と県立学校管理規則八条について

まず、県立学校管理規則八条が学校施設の目的外使用の許否に関する基準を定めていること、それ故、右許否に関する管理者の裁量の範囲の問題は結局のところ右規則八条の解釈に帰着するものであること、そして、県教委が右規則を制定する権限は地方教育行政法二三条二号、同三三条によつて付与されていることについては、控訴人らもこれを否定するものではない。

ところで、被控訴人は学校管理規則の制定権が地方教育行政法二三条二号、同三三条によつて付与されたものであるということが、右規則八条を解釈するうえで一定の意味を有するものの如くとらえているようである。

しかし、いうまでもなく、地方教育行政法二三条二号は単に学校施設の管理権が教育委員会に帰属することを、また、同三三条は学校管理規則を制定する権限が教育委員会に帰属することをそれぞれ規定しているにすぎず、学校施設について教育委員会の行なうべき管理の具体的内容や制定すべき学校管理規則の内容までもそれらの規定によつて定められている訳ではない。

従つて、学校施設の目的外使用の許否の基準を定める県立学校管理規則八条が地方教育行政法二三条二号および同三三条の規定を根拠として制定されたものであるということが、右規則八条の内容を解釈するうえで格別の意味を持つことはあり得ない。

(3) 地方自治法二三八条の四第四項と県立学校管理規則八条について

被控訴人は、地方自治法二三八条の四第四項の規定と県立学校管理規則八条の規定とは、一般法と特別法の関係に立つものと主張している。

しかし、前記地方教育行政法の規定と同様に、行政財産一般の管理権の存在については地方自治法二条二項、三項および一四九条六号によつて、また、これについての規則の制定権の所在については同法一五条一項によりそれぞれ規定されており、それらの規定に基づき、行政財産一般の目的外使用の許否に関して適用することが予定された管理規則が各地方公共団体において制定されている。例えば、鹿児島県においては「鹿児島県公有財産管理規則」が制定され、同規則二八条において、県有の行政財産一般の目的外使用に関する規定が設けられている。

このように、学校施設の目的外使用について規定する県立学校管理規則八条と対応するのは、右に述べた県公有財産管理規則二八条であつて、地方自治法二三八条の四第四項は右公有財産管理規則の上位にあつてこれを根拠付ける規定として位置付けられるのである。

被控訴人の右主張はこれらを混同したものにすぎない。

なお、被控訴人は特別法たる右規則八条は一般法たる地方自治法二三八条の四第四項の趣旨をふまえて解釈、運用さるべきものと主張しているが、これは一般法、特別法の関係と上級法、下級法との関係とを混同するものといわざるを得ない。

(4) 学校教育法八五条の法的効力について

学校施設の目的外使用については管理者の許可を必要とすること、管理者は右許可について一定の裁量を有することについては控訴人らも何ら否定していない。つまり、学校教育法八五条の規定から直ちに目的外使用の具体的権利を当然に導くことが出来ると控訴人らは主張している訳ではない。

ところで、行政法規の中には、詳細については下位法規たる条例、規則等で定めることが予定されているものが多く――学校教育法八五条もその一つである――その場合には、処分の適法性の有無は直接にはそれらの下位法規の適用によつて判断されることとなる。しかるに、行政機関によつて下位法規が制定される場合に、右行政法規は行政機関に対して、制定さるべき下位法規の内容を規制する指導原理としての役割を果し、同時に、制定された下位法規の解釈、運用の基準としての意義を有する。従つて、例えば裁量権の濫用の有無が問題となつている時、条例、規則等上位に位置する右行政法規の趣旨はその問題についての重要な判断要素となるのである。学校教育法八五条の規定もこのような法的意義を有することについては否定できないはずである。例えば、教育委員会の規則制定権を定める地方教育行政法三三条は明白に「法令又は条例に違反しない限度において」と規則制定権と法令、条例との関係を規定している。

ちなみに、社会教育法四四条一項の法的性格に関して被控訴人が引用している最判昭和三二年九月六日(刑集一一巻九号二一五五頁)がその中で述べている趣旨も右に論述したことと合致したものである。すなわち、右判決が前提とした認定事実および弁護人の上告理由の内容と照し合せて社会教育法四四条一項の法的性質に関する判示部分を読めば、その趣旨が、社会教育法四四条一項の規定の趣旨は同四五条に基づく管理者の許可の判断において斟酌さるべきものであるが、しかし、社会教育活動に該当する行為であるからといつて当然に同四四条一項の規定によつて使用権が認められるものではない、ということにあるのは明らかである。いいかえれば、同条は一般的に不許可処分の無効を定めたものではなく、せいぜい裁量権濫用に基づく取消を容認するにとどまるというものである。

なお、学校教育法八五条と地方自治法二三八条の四第四項とが、前者が学校施設についての特別規定、後者が行政財産一般についての一般規定の関係に立つことについては多言を要しないことと思われる。両者の法的意義は本質的に異なるという被控訴人の主張はまさに独断というほかない。

そして、その下位法規として、行政財産一般については公有財産管理規則が、学校施設については学校管理規則がそれぞれ存在するのである。

3 学校施設の目的外使用の許否に関する管理権者の裁量の範囲について

以上のとおり、県立学校管理規則八条の規定は学校教育法八五条の立法趣旨およびその解釈に即して解釈されねばならない。

学校教育法八五条の立法趣旨およびその解釈については要するに、地方自治法二三八条の四第四項の規定が単に「行政財産の効率的利用の見地」から行政財産一般について目的外使用を認めているのに対し、学校教育法八五条の規定は学校施設の特性に着目し、これを社会教育その他公共のために積極的に開放する趣旨で設けられたものである。

そうすると、学校教育法八五条の規定は確かに管理者に対して一定の裁量の余地を認めているものと解されるが、その範囲は限定されたものとなることは明らかである。

この点について、広島地判昭和五〇年一一月二五日(判例時報八一七号六〇頁)が、学校施設の目的外使用についての不許可処分が裁量権濫用に該当する場合のメルクマールとして、(1)社会通念上、集会の目的から見て学校施設の使用が不相当でないこと、(2)他の場所で集会を行なうことが困難であること、(3)当該目的外使用が物的支障も与えず、児童に対し精神的悪影響を与えるおそれもないこと、の三点を掲げているのは、結論において是認できる。

(二)  本件不許可処分の裁量権濫用について

1 被控訴人の学校施設目的外使用に関する校長の裁量理論について

被控訴人は、学校施設の目的外使用について、校長の許可処分に関する裁量につき、「学校長に広い裁量権限」を県立学校管理規則八条は与えているとし、その論拠として、「本来行政財産は、その行政目的とするところに直接的に資するため設置運営されるものなのであつて、その目的外の使用は、あくまで二次的、副次的に考えられるものにすぎない。したがつて、当該行政財産の管理者に対する行政財産管理法の態度は、管理者が当該行政財産の本来の設置目的に反し具体的用途を妨げるような管理運営を行わないよう厳格に覊束することを第一義としていると解さねばなら」ないとした上で、さらに、「行政財産の設置目的を損わずまた用途を妨げないものであつて、目的外使用である以上、これを許可すべしとして覊束しなければならない必要性はどこにもなくまたそうすることの妥当性もない。」と述べ、それを前提として「そのような使用の許否は、現に当該行政財産を管理する立場にあつて、具体的諸事情にも通じ得る者をして……広い裁量判断の権限を付与している」と述べている。

現時における行政処分の裁量に関する到達点は、裁量権の範囲をそれぞれの行政領域ごとに裁量を定める法の趣旨、目的等に応じて判断することを求めている。例えば、出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の在留期間の更新に関する事案について、最高裁は次のとおり判示している。(最判昭和五三年一〇月四日、民集三二巻一二二三頁)

「法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量の範囲を越え又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならない。」

この見地に立つて学校施設の目的外使用については、教育基本法七条、社会教育法二条、四四条一項、学校教育法八五条の趣旨、目的等を整合的に考察して、学校長の許可権限の裁量の限界を見きわめるべきである。

しかるに、被控訴人は、前記のように目的外使用が副次的であることのみを論拠として、広範囲な学校長の裁判権を認めようとしている。これは明らかに、最高裁の判示する法の趣旨、目的等を考慮することなく、裁量の範囲を定めようとするもので許されない。

学校教育法八五条に定める学校長の許可権をめぐる裁量の限界について、控訴人らは、学校長の裁量権を認め、学校教育上支障がないと認められる場合に、他に利用すべき施設がなく、平穏かつ社会教育(社会教育法二条に定める社会教育以外の社会教育を指すもので、以下社会教育とはその意味に用いる。)および公共的な催しであつて、しかも主任制反対闘争の一環であるという憲法二八条、地方公務員法五二条以下の保障のある組合活動であるから、これらの諸事情を考慮すべきにかかわらず、何ら考慮することなく、これを不許可にする処分は、裁量権の濫用に該当すると主張しているのである。従つて、学校長の裁量権を認める以上被控訴人の主張する学校教育法八五条に定める「学校教育上支障のない限り」校長は許可すべく覊束されると解することはできないというのは当然の論理的帰結である。

2 本件不許可処分の裁量権濫用について

(1) 裁量判断基準について今日、処分権者の裁量権濫用判断の基準として、判例、学説は①事実誤認、②動機の不正、目的違反、③比例原則、④要考慮、他事考慮、⑤平等原則等が論ぜられている。なお、裁量の限界は、右の基準を判断するに際しては、法の制約、法の趣旨、目的等をも考慮して裁量権の限界を見定めることが必要である(前掲最判参照)。

右基準に照らし、本件不許可処分の裁量権濫用を考察すると、先づ学校教育上全く支障がないのに支障があると認定した事実誤認があり、続いて後記に詳細するように考慮しなければならない事項を考慮しなかつたばかりか、考慮してはならない事項を考慮した裁量権の濫用がある。

(2) 原判決の不許可処分の適法性判断の誤りについて

原判決は、学校教育法八五条に定める「学校教育上支障がない」という学校長の目的外使用許可に関する裁量の不確定概念を解釈するについて、これを「学校教育にマイナスの影響を与えかねない結果となる虞れ」がある場合も含むものとしている。これは不当に広く右要件を解するものである。

ところで、高教組が計画実行しようとしたカチューシャ公演の実施によつて、原判決の認定する「学校教育にマイナスの影響を与えかねない結果となる虞れ」の原因として掲げる主任制反対運動の一面をカチューシャ公演が帯有している以上、学校施設をその会場として使用させると、校長および組合員でない教職員と高教組および組合員である教職員との間に、対立緊張を昂めるという推認は、明らかに事実誤認であり、原判決のいうような、校長と分会および教職員間に何等対立緊張を昂める虞れすらなかつたのである。

また、仮にカチューシャ公演によつて、前記当事者間に対立緊張を昂める虞れがあつたとしても、それを主任制反対闘争によつて惹起されたものとして高教組側の責めに帰することは、主任制反対闘争の法的評価を誤るものである。

労使のそれぞれの立場による利害意見の対立は、労使関係に必然にともなうものであつて、憲法二八条に定める団結権等の保障は、このような労使間の対立を前提として、団結権の行使によつて解決することを建前としている。従つて、労使関係における対立を、逆に、労働組合運動の結果とみて、これを押えようとする考え方は、憲法二八条の保障の趣旨と相いれない。従つて、主任制反対闘争の一面があるから学校内に対立緊張を昂めるというような理由で、体育館使用を不許可にすることは、組合活動が憲法上の保障があり、尊重されなければならないという要請を、考慮しなければならないにもかかわらずこれを考慮しなかつた誤りがある。

(3) 本件不許可処分の裁量権濫用について

イ 学校教育法八五条と本件不許可処分の裁量権濫用

(2)で明らかにしたように、本件カチューシャ公演が主任制反対闘争の一環であつたとしても、その公演を学校施設である体育館を使用したからといつて、学校教育上何等の支障もない。それのみならず、カチューシャ公演は、島民にとつて社会教育ともいうべきもので、教育基本法七条の規定からしても学校施設はむしろ開放さるべきである。それにもかかわらず、カチューシャ公演の会場として予定された学校体育館を使用できないことによつて離島における公演は著しい阻害を受け、例えば大島北高の体育館を使用できなかつたために野外公演を余儀なくされ、しかも雨のため公演途中で中止せざるをえなかつたこと、すなわち公演実施のためには、学校施設以外に適当な会場がなかつたことが明らかであつた。また、カチューシャ劇団が上演したのは「ああ野麦峠」であつて、映画は文部省推薦をうけた芸術の香り高い作品であり、文化活動として、島民に提供するに適した催しであつた。

以上のとおり、本件カチューシャ公演は、主任制反対闘争の一面を有することを否定し得ないとしても学校教育上支障がなく、しかも、学校体育館に代る適当な施設、設備のない離島において催され、芸術の香り高い歌劇の上演であつて、平穏にして社会教育および公共性の高い文化活動であるから、これらの事情を考慮すべきにかかわらず、考慮しなかつた本件不許可処分は明らかに裁量権濫用というべきである。

ロ 憲法二八条等の制約と本件不許可処分の裁量権濫用

本件不許可処分は憲法二八条、地方公務員法五二条に保障された職員団体の団結権活動を尊重しなければならないのに、これを考慮しない裁量権濫用がある。

カチューシャ公演が主任制形骸化闘争としてなされた主任手当拠出運動の一環であり、その拠出金によつて離島の島民に芸術的文化的観賞の場を提供し、もつて地域住民の理解を得て、終局的に主任制度の廃止を求めたものとすれば、それは明らかに組合活動である。

高教組に参加する教職員は、地方公務員として憲法二八条の団結権を保障され、その規定に基づき地方公務員法五二条で職員団体結成の自由を保障されている。高教組の機関決定に基づき行われる諸活動中、団交権、争議権に含まれない活動が、組合員の団結の強化と経済的地位の向上のためになされる時は団結権活動と評価される。このように団結権の保障のある組合活動は、使用者たる当局および第三者はこれを尊重しなければならず、ましてやこれを侵害することは許されない。

本件カチューシャ公演は、高教組の機関決定に基づいて計画、実施されたことは、甲第七号証の三、四の記載によつて明白である。また、同公演活動が団体交渉権、争議権の行使でないことも明らかである。さらに主任手当の拠出は、主任手当受領者に対し任意にその拠出を求めたもので、全く合法な行為である。

ところで、経済的地位の向上のための活動の範囲を狭く解するいわれはなく、最高裁第三小法廷国労広島地本臨時組合費請求事件昭和五〇年一一月二八日判決(判例時報七九八号三頁)は、組合活動の経済的地位の向上の領域を広く認めて次のように判示している。

「活動(注、組合活動の意味である)は、決して固定的でなく、社会の変化とそのなかにおける労働組合の意義や機能の変化に伴つて流動発展するものであり、今日においては、その活動の範囲が本来の経済的活動の域を超えて政治的活動、社会的活動、文化的活動など広く組合員の生活利益の擁護と向上に直接間接に関係する事項にもおよび、しかも更に拡大の傾向を示している。このような労働組合の活動の拡大は、そこにそれだけの社会的必然性を有するものであるから、これに対して法律が特段の制限や規則の措置をとらない限り、これらの活動そのものをもつて、直ちに労働組合の目的の範囲外であるとし、あるいは労働組合が本来行うことのできない行為であるとすることはできない。」

高教組が、主任制反対闘争を組織したのは、主任の制度化が職場に校長、教頭、主任、教諭と階層制をつくり、教員を支配するための手段であると同時に、主任手当の支給が一般職の職員の給与に関する法律一三条に定める「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務」であることを理由とする不当きわまりない強引な措置によつてなされたことに対するものであつた。但し、地方公務員である鹿児島県の教職員に対する主任手当の法的根拠は、鹿児島県学校教職員の特殊勤務手当に関する条例四条の二一項および一三条とその規定に基づき制定された教育業務連絡指導手当支給規則である。それは教職員にとつて新たに労働強化が計られ、それまで支給されたことのない主任手当なるものが持ち込まれ、教員間に手当をめぐつて対立を生ぜしめる等、直接、間接に主任制度は教職員の勤務条件に影響を与えるものであつた。

ここでいう勤務条件とは、「労働関係法規において一般の雇用関係についていう『労働条件』に相当するもの、すなわち同条項(地方公務員法二四条六項)に例示されている給与および勤務時間のような、職員が地方公共団体に対し勤務を提供するについて存する諸条件で、職員が自己の勤務を提供し、またはその提供を継続するかどうかの決心をするに当り一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項であるもの」(法制意見昭二六・四・一八法務府意一発第二〇号)をいうものである。それ故、主任制(手当支給を含む)の実施は、右定義中、教職員が「自己の勤務を提供し、または、その提供を継続するかどうかの決心をするに当り一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項」に該当し、勤務条件であること明白であろう。

また、主任制形骸化のために、主任手当を拠出した教職員の意思を固め、組合員の場合にはさらに主任制反対闘争の団結を固めて対抗していくために、拠出金を如何に有効に使用していくかが、重要な課題となる。そのため高教組は、拠出金の使途を教育環境整備資金規定を設け、同規定六条に運用委員会を定め、七条で運用委員会の議を経て、高教組の大会に次ぐ決議機関である中央委員会で決定することにしている(甲第七号証の五)。本件カチューシャ公演もこの手続を経て実施されたもので、主任制反対闘争を前進させるため、主任手当拠出金の有効な利用によつてなされた団結強化の活動であつた。

それ故、主任制度反対闘争は組合員の団結の強化と経済的地位の向上をめざした団結活動であるこというをまたない。

以上のとおり、主任制反対闘争の一環としてのカチューシャ公演は、憲法二八条、地方公務員法五二条に保障された団結権活動である。この活動に対しても、もし校長、非組合員が嫌悪の情を抱く程度にとどまらず、高教組やその組合である教職員を攻撃し、対立抗争を激化せしめ、学校教育上支障を生ぜしめるならばそれは、団結権を尊重しない校長と非組合員たる教職員の責に帰すべきことであつて、高教組と組合員たる教職員には何等の責もない。従つて、団結活動を尊重すべきであるにかかわらず、これを考慮せず、考慮してはならない組合活動上の対立抗争を考慮してなされた本件不許可処分は裁量権を濫用するものである。

(三)  なお、控訴人らは、本件学校施設利用不許可処分の違法性の根拠として地方自治法二四四条二項を援用してこれを主張していたが、右法条に関する主張は撤回する。

三  被控訴人の主張

(一)  本件学校施設の目的外使用許否に関する適用法令について

1(1) 地方公共団体の所有にかかる公有財産で、その公用ないし公共用に供されている行政財産(地方自治法二三八条)の目的外使用の許否については、一般法として地方自治法二三八条の四第四項が設けられており、その適用によつて処理することが予定されている。

しかして、公用財産たる学校施設については、その目的外使用の許否を決するについて特別法とみられる個別の法令が存在するところである。すなわち、政令(学校施設の確保に関する政令)、地方教育行政法二三条、三三条及び三三条に基づいて制定され、地方自治法二三八条の四第四項の趣旨をふまえて解釈運用される学校管理規則(教育委員会規則)がそれである。

(2) もつとも、控訴人らは、政令は「一時使用」を想定したものではないから、本件の学校施設利用可否を律する法規たり得ないとするもののようであるが、以下のとおり失当である。すなわち、①昭和二七年措置法制定時(「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく文部省関係諸命令の措置に関する法律」制定時)の趣旨説明及び本政令の規定の全体からして、一時使用を除外する越旨は表現されていない。②政令一条の趣旨は公用財産の性質上当然の事柄であつて、同条は、これを一般的に宣明したものであるから、「一時使用」を除外する合理的理由は存在しないし、政令制定時、措置法制定時及び現在においても、「一時使用」によつて本来の設置目的を阻害する場合を除外すべき格別の事情も存在しない。③戦後の混乱期の不法占拠といつた事情は今日では全く存在しないのであるから、この点を顧慮した解釈を行なうべき余地はない。

2 以上のように、政令は目的外「一時使用」の場合についても適用されるものと解すべきであるが、政令、地方教育行政法、学校管理規則の関係は、次のとおりである。すなわち、政令三条は、「学校施設は学校が学校教育の目的に使用される場合を除く外、使用してはならない。但し、左の各号の一に該当する場合は、この限りではない」(一項)とし、その第二号に「管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合」を掲げ、管理者又は学校の長が右同意を与えるには、他の法令の規定に従わなければならない(二項)としている。ところで、地方教育行政法は、地方公共団体における教育行政の観点から、地方自治法の一般規定に対する必要な特例をその組織及び運営について規定したものであつて、教育委員会の設置、組織及び権限、学校その他の教育機関の設置やその管理等について規定するものであるが、同法二三条二号、二八条は教育委員会がいわゆる教育財産を管理する職務権限を有する者と定め、同法三三条は、教育委員会は法令又は条例に違反しない限度において右教育財産を含め教育機関の管理運営に関する基本的事項について必要な教育委員会規則を定めるものとしており、本件(乙第三四号証)がこれにあたる。右規則はその第二節「学校施設の利用」において利用許可の手続、条件(同規則七条)及び利用許可を与えない場合(同規則八条)について詳細な規定を設けており、政令三条の指示するところに従い、管理者又は学校の長は、使用の同意を与えるについて、その許否、法形式、手続等について具体的に定める「他の政令」に当り、学校施設の目的外使用は地方教育行政法三三条に基づいて制定され、地方自治法二三八条の四第四項の趣旨をふまえて解釈運用される県立学校管理規則七条及び八条に従つて行なうことになる。

3 学校教育法八五条、社会教育法四四条等の意義及び政令等との関係について補足検討する。

(1) これらの法条も、政令三条にいう「他の法令」及び地方教育行政法三三条にいう「法令」に含まれると解される。しかしながら、学校教育法八五条、社会教育法四四条は、いわゆる訓示規定であつて、学校施設の管理者に対し、教育基本法七条の社会教育充実の理念実現に向けて配慮し努力することを求めたものである。従つて、個々の具体的な学校施設使用許否の場合あるいは使用許否の基準を設定する場合に、それらの許否あるいは許否基準に対する適法・違法あるいは有効・無効の法的評価を導くような法的意義ないし効力を有するものではない。

このことは、社会教育法四四条については、その文言自体において十分明確であるのみならず、裁判例(最高裁昭和三二年九月六日第二小法廷判決、刑集一一巻九号二一五五頁)においても明言されているところであるし、学校教育法八五条についても、その規定自体「できる」として単に許容する文言にとどまつており、社会教育法四四条の趣旨・規定に比較してより消極的であるのみならず、同法は、国公私立を問わずそのいずれの学校をも適用対象としているところ、私人たる学校法人に対して目的外使用の受忍を強要することが許されないのは自明のことであるから、結局同条の趣旨は、国公私立の学校管理者に共通する限度、すなわち、学校施設の目的外使用については、社会教育充実の理念に照らし一定要件のもとに学校施設を提供することができるとしたにとどまる。

(2) 従つて、社会教育に関する学校施設の利用についていうこれらの条項の文言が地方自治法二三八条の四第四項の文言に近似するものであるとしても、それ故に同法と同じ法的意義ないし効力を有するものとして「単に学校施設について言いかえたもの」と解することはできないし、また、政令三条との関係でも「管理者又は学校の長は、目的外の使用について同意を与えるか否かを決するについて、社会教育の充実に向けた配慮を求め、ないしはこれに対する配慮を可とするこれらの「他の法令」の趣旨をも参酌して行う」というにとどまるのであつて、仮に、不同意が社会教育充実についての配慮ないし努力を欠如したところがあつたとしても、そのことから直ちに違法な不同意との法的評価が帰結されることにはならず、それは単に当・不当の問題にとどまるものである。

(二)  本件不許可処分の適法性

1 以上のとおり、本件学校施設の目的外使用拒否の適否は、政令三条、地方教育行政法二三条、三三条及び同三三条に基づいて制定され、地方自治法二三八条の四第四項の趣旨をふまえて解釈適用される県立学校管理規則八条に則して検討されるべきである。

そして、その適法であることにつき以下において簡単にふえんする。

2(1) すなわち、学校施設の目的外使用は原則的に禁止されており(政令三条一項本文、なお地方自治法二三八条の四第四項)、例外は、法律又は法律に基づく命令の規定による場合及び管理者又は学校の長の同意を得た場合のみである(政令三条一項但書各号)。そして管理者又は学校の長が同意を与えるについては、他の法令の規定に従つてなされるべきところ(政令三条二項)、地方教育行政法三三条に基づいて制定され、地方自治法二三八条の四第四項の趣旨をふまえて解釈運用される県立学校管理規則八条は、「許可」(同意)を与えてはならない場合として、「(1)学校教育上支障があるとき。」のほか「(5)その他校長において支障があると認めるとき。」等五項を規定しており、学校長に広い裁量判断の権限を与えている。

(2) 本来行政財産は、その行政目的とするところに直接的に資するため設置運営されるものであつて、その目的外の使用は、あくまで二次的、副次的に考えられるものにすぎない。従つて、当該行政財産の管理者に対する行政財産管理法の態度は、管理者が、当該行政財産の本来の設置目的に反し具体的用途を妨げるような管理運営を行なわないよう厳密に覊束することを第一義としていると解さねばならず、当然目的外使用の許否にあたつても、本来の設置目的に反し具体的用途を妨げるような許可を与えないように厳に覊束していると解さねばならない。

しかしながら、他面行政財産の設置目的を損わずまた用途を妨げないものであつても、目的外使用である以上、これを許可すべしとして覊束する必要性はどこにもなく、またそうすることの妥当性もない。むしろそのような使用の許否は、現に当該行政財産を管理する立場にあつて、具体的諸事情にも通じ得る者をして、当該行政財産の本来の設置目的、具体的用途、設備、構造の種類、態様、その損傷等の可能性、人員配置、費用負担の問題、安全管理の問題、そして使用の目的、態様、使用人員、本来の行政目的、財産の用途等に与える影響、周辺の他者に与える影響など、諸々の事由を総合的に評価・判断して決定させることにするのが、事柄の性質上より具体的に妥当な結果が得られるのであつて、地方自治法二三八条の四第四項等の行政財産管理法は、このような観点に立つて管理者に広い裁量判断の権限を付与しているのである。

そして、本件学校管理規則七条・八条は、右の趣旨・観点に立つて制定されたものであるから、目的外使用の許否について、学校長に広い裁量判断の権限を付与していると解される。

3 控訴人らの企画した本件公演は、いわゆる主任制反対闘争の一環として行なうことを企図したものであり、具体的には、主任制を実質的に空洞化させるべく主任手当を組織的に強制拠出させてこれを組織的に管理し、同時に主任制反対闘争に対する理解と協力を求めて行なう教宣活動の費用として右拠出金を用いるためその具体的手段として本件公演を企図したものである。そして、その企図したところを外部に対して明示し、実践しようとしたものであつて、このことは既に証拠上明白である。

このような使用目的、使用態様、使用申請に至る経緯等を鑑みれば、控訴人らの求める本件目的外使用は、学校教育施設という行政財産の目的外使用として許容されるにふさわしいものとは到底考えられない。それにもかかわらず、控訴人らに対して学校施設の使用権を特別に設定することは、むしろ行政財産管理法制上許されないことである。故に、本件学校施設の目的外使用不許可処分の裁量判断は、適切かつ妥当なものであつたといわねばならない。

第三  証拠<省略>

理由

第一当事者間に争いのない事実

控訴人ら主張の原判決事実摘示請求原因1の事実、及び同2の事実中学校施設利用許可関係部分(但し、原判決添付別紙一覧表1イの申請日と不許可日の日付に一日のずれの争いがあるので、この点を除く)は当事者間に争いがない。

第二学校施設使用不許可処分の検討

控訴人らは原判決事実摘示請求原因3及び当審における前示事実摘示第二の二のとおり原判決添付別紙一覧表許可被申請者欄記載の各県立高等学校長が行なつた学校施設使用不許可処分が、憲法二一条、地方自治法二四四条三項、鹿児島県立学校管理規則八条に違反する違法な処分である旨主張するので、この点につき、検討する。

一学校施設の目的外使用の法律関係

(一)  地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するために設置した公の施設につき、住民がその目的に適う公の施設としてこれを利用をすることを正当な理由がなく拒んではならない(地方自治法二四四条)。

しかしながら、公の施設をその目的外に使用する場合は、施設管理権者の使用許可が必要であり、それは行政財産たる公の施設の用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができるのである(地方自治法二三八条の四第四項)。

そして、このような公の施設ないし行政財産の目的外使用の一般的原則は、その施設ないし財産の一である学校施設の目的外使用についても、特段の定めがない限り当篏るといわねばならない。

(二)  学校施設の目的外使用については、昭和二四年二月一日政令三四号によつて制定され、これがポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く文部省関係諸命令の措置に関する法律第一条一号により平和条約の効力発生日〔昭和二七年四月二八日〕以後も法律としての効力を有する前示政令第一条が「この政令は、学校施設が学校教育の目的以外の目的に使用されることを防止し、もつて学校教育に必要な施設を確保することを目的とする。」旨を定め、第三条が学校施設は、学校が学校教育の目的に使用する場合を除く外、使用してはならない。但し、左の各号の一に該当する場合は、この限りでない。一法律又は法律に基く命令の規定に基いて使用する場合

二管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合 2管理者又は学校の長は前項第二号の同意を与えるには、他の法令の規定に従わなければならない。」と定めているのは、前示行政財産一般の目的外使用に関する通則を定める地方自治法二三八条の四第四項とその趣旨を同じくし、その細目を学校施設の目的外使用について定めたものと解すべきである。

なお、控訴人らは、右政令は戦災者らが学校を占拠していた当時の特殊事情からこれを排除し、強権をもつて返還させるために制定されたもので、学校施設が正常に学校教育のために使用されている状態における目的外使用については学校教育法八五条などをもつて律すべきである旨主張し、成程、同政令第四条以下において学校施設の占有者に対する返環命令と返環手続等が定められているが、だからといつて、法律としての効力を有する右政令一条、三条を控訴人ら主張のように異常事態とその返還請求に関することのみに限定して解釈すべきものでないことは、前示規定の明文自体からも明らかである。

(三) 学校施設の目的外使用に関しては、学校教育法八五条に「学校教育上支障のない限り、……学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。」の旨の規定があるが、これはとくに前示行政財産の目的外使用一般を律する地方自治法二三八条の四第四項を学校施設の目的外使用に敷衍したもので、両規定は同一の趣旨を定めたものにほかならない。なお、学校教育法八五条の「学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる」というのは、学校施設の目的外利用を「社会教育その他公共のため」の使用に限定する趣旨でないと同時に「社会教育その他公共のため」であれば必ず利用させねばならないものではなく、学校管理権者において「学校教育上支障がない限り、利用させることができる」という裁量的なものである。

(四)  社会教育法四四条一項、スポーツ振興法一三条一項は、学校の管理機関は「学校教育上支障がないと認める限り、その管理する学校の施設を社会教育ないしスポーツのために利用に供するように努めなければならない。」と規定する。

これは、前示地方自治法二三八条の四第四項、政令三条一項の規定に対する特別法の関係に立つが、社会教育ないしスポーツのためには積極的に使用の許可を付与するよう努力すべきことを訓示的に定めたものである。したがつて、この訓示規定に反するとの一事をもつて、直ちにその使用不許可処分が使用許可申請者に対し違法な処分となるものとはいえない。

控訴人らは本件ミュージカル公演が「社会教育」に当り、そのための学校施設の利用を不許可にした本件処分は右社会教育法四四条一項に違反する違法なものであると主張する。

成程、同法にいう「社会教育」とは「学校教育法に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対し行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む。)をいう」から(社会教育法二条)、或いは本件ミュージカル公演もここにいう「社会教育」に含まれると解する余地がないではないが、後示のとおり、各校長においてその利用が「学校教育上支障がある」と認めた以上、それが裁量権の濫用であると認められるなど特段の事情がない限り、同法四四条一項の適用がなく、本件不許可処分が同条項の訓示規定に違反するものとはいえない。

(五)  県教委が公立学校施設の目的外使用許可基準等について定めた管理規則は、地方教育行政法三三条一項に基づき適法に制定されたものであるが、同管理規則は次のように定めている。

「第八条 次の各号の一に該当し、又は該当するおそれがある場合においては、校長は、施設、設備の利用の許可を与えてはならない。

(1) 学校教育上支障があるとき。

(2) 公安を害し、風俗をみだし、その他公共の福祉に反するとき。

(3) もつぱら私的営利を目的とするとき。

(4) 施設、設備を損傷する等、その管理上支障があるとき。

(5) その他校長において支障があると認めるとき。」

右管理規則八条も学校施設の目的外使用について前示地方自治法二三八条の四第四項、政令三条、学校教育法八五条、社会教育法四四条一項、スポーツ振興法一三条一項等の趣旨を踏えて学校施設の第一次的管理権者である県教委がその目的外使用基準を定めその基準内において校長にその利用許可権限を授権したものであるというべきである。

二「学校教育上の支障」について

(一)  学校施設の目的外使用許可の前提条件とされている前示学校教育法八五条、社会教育法四四条一項、スポーツ振興法一三条一項ないし管理規則八条(1)、(5)号にいう「学校教育上支障がない」とは、単に施設が狭隘であるなどの物理的支障に限らず、教育上の配慮から広く児童、生徒に対し精神的悪影響を与え当該学校の教育方針に悖るような場合もこれに当るというべきである。

そして、「学校教育上の支障」は、単に現在の具体的な支障の存否だけでなく将来における教育上の支障が生ずる虞れが明白な場合を含むものと解するのが相当である。

(二)  本件公演実施と学校教育上の支障

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和五〇年一二月二六日「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」が文部省令第四一号をもつて公布され、昭和五一年三月一日から施行されることになつた。

改正省令の趣旨はいわゆる主任制を採用するもので、学校においては、調和のとれた学校運営が行なわれるためにふさわしい校務分掌の仕組みを整えるものとすることとし、現在各学校に設置されている各種の校務を分担する主任等のうち、特に全国的に共通した基本的なものである教務主任、学年主任、生徒指導主事等について、それらの設置と職務内容を明確に規定し、それらの主任等が積極的に学校運営に協力することを期待する趣旨のものであり、右主任にはのちに主任手当を支給することとされた。

これに対し、日本教職員組合等は右主任制に反対し全国的に反対闘争を繰りひろげ物議をかもしつつあつた。

鹿児島県においても、昭和五一年一月二七日県教委が右改正省令及び同年一月一三日付文部事務次官通達(乙第一号証)をうけて、右主任制実施の方針を表明した。

控訴人組合はこの主任の制度化が職場に校長、教頭、主任、教諭と階層制をつくり、教員を支配するための手段であるとともに、主任手当の支給が一般職の職員の給与に関する法律一三条に定める「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務」であることを理由とするもので不当きわまりない強引な措置であると称して主任制反対闘争を組織して強くこれに反対した。

かくして控訴人組合及び鹿児島県教職員組合と県教委との間に激しい対立が生じ、右両組合員多数が鹿児島県教育庁内等で連日座り込みやデモを行ない、ストライキが計画されたりして混乱が続き、社会の耳目を集めたものの、県教委は同年四月主任制度を実施した。

しかし、翌昭和五二年三月に至り主任手当支給をめぐつて再び右両組合は座り込みやストライキによる反対闘争を行ない、右給与条例成立後は、従前どおり主任の職員会議における選出、一年交替制の確立、主任中心の学校運営の排除を目標とする活動をするとともに、主任手当支給対象者に対し主任手当金を両組合へ拠出することを求め、その旨の誓約書を提出させる主任手当拠出闘争に積極的に取組み、その結果鹿児島県立高校の主任手当受給者のうち控訴人組合への拠出者が、昭和五三年七三・六%、昭和五四年七五・五%に達したが、主任手当受給者である控訴人組合員の中にも右拠出闘争から脱落した者もあるし、非組合員でも右拠出に応じた者もいた。控訴人組合は昭和五四年度の具体的闘争目標の一つとして、主任制の空洞化のための主任手当の完全拠出を実現させるため組織を挙げて積極的な説得活動をすること及び累積した拠出金を公立高校の体育教材の購入及び不足する学校施設の改善の資金として寄附すること、及び右拠出金をもつて本件公演を実施することを掲げている。本件公演の宣伝用パンフレットにも「主催者のごあいさつ」の標題で「主任手当は、ごく一部の先生にしか支給されず、学校の仕事をみんなで公平に分担し合い協力し合つている先生がたにとつては非常に不公平な手当であり、先生がたの和が乱れるもとになります。ほとんど大部分の先生がたがこの主任手当に反対し、主任手当は、支給されても受けとらず、教育を向上させるための資金になるように寄附されています。」との記載があり、この資金を役立てるため本件公演を計画したとの趣旨が併せて記載されているし、本件公演の際の主催者である控訴人組合の挨拶においても同旨のことが述べられた。

以上の各事実を考え併せると、本件カチューシャ公演が主任制形骸化闘争としてなされた主任手当拠出運動の一環であり、その拠出金によつて離島の島民に本件公演に当り、右闘争の教育宣伝を行ない、もつて主任制度の終局的廃止を目指したものであつて、本件公演の会場として本件学校施設の使用を許可することは主任制問題をめぐる前示深刻な紛争に一石を投じ、校長らと控訴人組合員との間のみならず、教職員間の対立、緊張を一層昂め、紛争が激化増大して学校運営に支障を来たし、ひいて児童生徒に対する学校教育上に支障を与える蓋然性が高かつたものと推認するのが相当であり、この認定に反する<証拠>は前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

右事実によれば、控訴人らの本件各学校施設使用申請に対する各校長の行なつた不許可処分は、地方自治法二三八条の四第四項、政令一条、三条、学校教育法八五条、管理規則八条の趣旨に副うものであり、これらの規定はもとより、社会教育法四四条一項にも反するものでなく適法なものであつて、これが違法な処分であるという控訴人らの主張が認められないことが明らかであり、前示措信しない証拠のほか、これを認めるに足る的確な証拠がない。

三憲法二一条違反の主張について

控訴人らは、本件公演が憲法二一条によつて保障された優れた文化的、芸術的な表現活動であり、またそのための集会であつて、同条により最大限に尊重されねばならないところ、学校施設は学校教育の目的外使用も予定されているから、公共の安全に対し明白かつ差し迫つた危険を及ぼすものではない本件公演による学校施設の利用を認めない使用不許可処分は憲法二一条に違反し無効であると主張する。

しかしながら、学校施設は、前示のとおり本来学校教育の目的に使用すべきものとして設置されているものであつて、本来的に自由使用が予定されている道路、公園、あるいは当初から一般公衆の集会、表現活動等の利用に供するために設置された公会堂、公民館等の公の施設とは異なり、一般公衆の共同使用に開放することを予定されていないが、学校施設は学校教育の目的という本来的使用目的の外に副次的に前示社会教育法四四条一項、スポーツ振興法一三条一項の趣旨及び伝統的な慣行に照らし部分的に集会表現活動の場とされてきたことなどに照らし、全く住民が学校施設の目的外使用につき憲法二一条に基づく権利がないとはいいきれない。

もつとも、学校施設が右のように集会表現活動の場として使用するのは本来的目的と離れた副次的附随的なものに過ぎないものであるから、学校施設を使用して集会、表現活動をもとうとする者は、その本来の使用目的である学校教育上に支障がある場合にまでも、その使用を要求できる憲法上の権利を有しないというべきであり、また、その管理権者は右施設の本来の使用目的である学校教育上の目的に支障が全く存在しないことが明らかな場合など特段の事情のない限り、集会、表現活動の故をもつて右施設を使用させることを義務づけられるものではないというべきである。

そして、前示のとおり本件カチューシャ公演は学校教育の目的上明らかに支障がないとはいえない以上、本件各学校施設使用申請に対する各校長の行なつた不許可処分は憲法二一条に違反しないものというべきである。よつて、控訴人らの憲法二一条違反の主張は失当であつて採用できない。

第三裁量権濫用の検討

控訴人らは各校長が行なつた本件学校施設利用の不許可処分が裁量権の濫用に当ると主張するので検討する。

一地方自治法二三八条の四第四項、学校教育法八五条は前示のとおり、「用途又は目的を妨げない限度」ないし「学校教育上支障のない限り」その「使用の許可」ができ「利用させる」ことが「できる」ことを定めたものであつて、右学校教育上の支障があれば利用許可ができないことは明らかであるが、その支障がないからといつて直ちに利用許可を管理権者に義務づけたものでなく、その場合でもなお、行政財産たる学校施設の目的用途と当該目的外使用の目的、態様などとの関係において合理的、合目的的裁量判断により利用を許可しないこともできる趣旨であると考える。

そして、管理規則八条が「同条各号の一に該当し、又は該当するおそれがある場合においては、校長は施設、設備の利用の許可を与えてはならない。」旨を定めているのも、これと同趣旨であつて、県教委が地方教育行政法三三条一項に基づき学校の管理権を県教委から各学校長に委任するに際し、目的外使用を許すべきでない事由を例示したにすぎず、これらの事由がないからといつて、直ちに校長が目的外使用の許可をすべきものと覊束する趣旨を含むものではなく、前示合理的、合目的的裁量判断によりなお不許可処分をする余地が残されているものというべきである。

そして、本件学校施設の利用不許可処分は前認定第二の二(二)のとおり、本件公演が学校教育上支障がある場合ないしその虞れがある場合に該り、かつ各校長がそのように判断してなされたものであつて、本件全証拠によつてもそれがとくに恣意的な害意をもつてなされたものであるなど特段の事情が認められないから、前示合理的、合目的的裁量判断の枠内にあり、これが裁量権の濫用に当るものとは認められず、前示措信しない証拠のほか、これを認めるに足る的確な証拠がない。

二控訴人らは本件公演が主任制形骸化闘争の一環として行なわれたものとすれば、それは組合活動であり、控訴人組合は控訴人平田、相良らの憲法二八条の団結権、地方公務員法五二条の職員団体結成の自由に基づき結成されたものであるから、その正当な団結権強化と経済的地位の向上を目指した団体活動を嫌い、これを尊重せずに学校施設の利用不許可処分をしたのは裁量権の濫用である旨主張するが、そもそも行政財産たる学校施設は本来の学校教育の目的に使用すべきものであり、前示限度でこれを目的外に使用することを許可する場合の法律関係は私法上の賃貸借などの貸借関係たる性質を帯有するものにほかならないから、特段の事情がない限り賃貸主になろうとする者に対し賃借人が自己の団結権の保障を根拠に貸借契約の締結を強制することができないことは明らかである。

したがつて、第三者の行なう本件公演の学校教育の目的外使用の許可申請と団結権の保障とは無関係であつて、控訴人らの団結権の保障の故をもつて本件学校施設利用不許可処分が処分権の濫用になるという控訴人らの主張は採用できない。

第四結論

以上のとおり、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなくその理由がないことが明らかであるから、これを棄却した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官甲斐 誠 裁判官玉田勝也)

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