福岡高等裁判所宮崎支部 昭和59年(ネ)81号 判決 1988年9月30日
目次
主文
事実
(当事者の求めた裁判)
第一節 被告
第二節 原告ら(原告佐藤ハツネを除く)
第三節 原告佐藤ハツネ
(当事者の主張及び証拠関係)
〔原判決事実摘示の付加訂正〕<省略>
〔被告の主張〕
第一編 補足主張
第二編 公健法に基づく補償給付による損害の補填
第三編 仮執行原状回復及び損害賠償の請求
第四編 原告らの補足主張に対する答弁
〔原告らの主張〕
第一編 補足主張(本件被害者らの個別症状に関する主張の追加等)
第二編 被告の補足主張に対する反論
第三編 被告の主張第二、第三編に対する認否及び反論
第一章 公健法に基づく補償給付による損害の補填
第二章 仮執行原状回復等請求
理由
第一章鉱害及び因果関係
第一原判決の付加、訂正、削除<省略>
第二補足主張に対する判断
一被告の補足主張第一章第一節の一(池田牧然報告書「甲第一号証」)
二同二1(旧窯の操業)
三同二2(反射炉の操業)
四同二3(亜砒酸の生産量)
五同三(新窯当時の鉱煙排出)
六同四1(「収率」というものの意味)
七同四2(ハウスダストの砒素量)
八同第二節一(捨石、鉱滓中の砒素の熔解度)
九同二(旧焙焼炉跡等に残存している亜砒酸の写真なるもの)
一〇同第三節一(坑内水の放流)、二(坑内水の砒素量)
一一同第二章第一節一(汚染物質閉じ込め論の誤り)
一二同二1(拡散型風洞実験)
一三同二2(推算結果の正確性の表現方法)
一四同第二節一1(宮崎県調査結果)
一五同一2(宮崎県総合農業試験場調査結果)
一六同二(原審証人生田の分析結果)
一七同三(土壌汚染の結論)
一八同第三節(河川水汚染)
一九同第四節(牛馬の斃死)
二〇同第三章第一節(堀田見解)
1 堀田見解の内容
2 同主張二(成書の知見)
3 同三(柳楽見解)
4 同四1(各項目相互の矛盾)
5 同四2(量・反応関係の原則との矛盾)
6 同四3(各項目内部の誤謬)
二一同第二節一(砒素の生体に対する作用機序)
二二同二(古い文献)
二三同第三節(甲第一四二、同第一〇五、同第三六号証)
二四同第四節一(行政認定の寛大性)
二五同二(砒素曝露歴者と行政認定)
二六同三(認定要件)
二七同第五節一(宮崎県調査および倉恒報告・甲第一六、同第一七号証)
二八同二(中村報告(一)・甲第一二、同第一三号証、同(二)・甲第一三〇号証)
1 中村報告(一)
2 中村報告(二)
二九同三(太田報告・甲第一一号証)
1 疫学調査方法
2 自覚症状
三〇同四(堀田報告・甲第一四五、同第一六二号証、堀田第二報告・甲第二六四号証)
三一同五(常俊報告(一)・甲第二七二号証)
三二同六(村山報告・甲第一四号証)
三三同七(大野報告・甲第二七四号証)
三四同八(結語)
三五同第四章第一節一(皮膚症状)
1 晩発性、非可逆性の当否
2 ボーエン病
3 発癌性と各報告例
三六同二(呼吸器症状)
1 慢性砒素中毒と慢性呼吸器障害
2 土呂久地区における呼吸器障害の高頻度出現の有無
3 器質的病変の確認の意義
三七同三(眼、鼻、口の粘膜障害)
1 眼粘膜(土呂久地区における眼粘膜障害の高頻度出現の有無)
2 鼻粘膜
3 口腔粘膜(歯の障害)
三八同四(心臓・循環器障害)
1 ブドウ園従業者事件
2 ブラックフット病
3 アントファガスタ事件
4 ガイヤー、チンニー、オッペンハイム、クレン、クレッツァー、レイノルズの各報告
5 リネベエー報告、アクセルソン報告、ペトリ報告
6 土呂久地区における心臓・循環器障害の高頻度出現の有無
三九同五(胃腸障害)
1 経口曝露、経気道曝露と起因性
2 堀田第二報告
3 環境庁検討結果資料
4 土呂久地区における消化器症状の高頻度出現の有無
四〇同六(肝障害)
1 各症例報告
2 動物への砒素投与実験
3 土呂久地区における肝障害の出現状況
四一同七(神経系の障害)
1 末梢神経障害(多発性神経炎)
2 視力、視野障害
3 聴力障害(難聴)
4 嗅覚障害
5 自律神経障害
6 中枢神経障害
四二同八(レイノー症状)
1 報告例
2 土呂久地区におけるレイノー症状の高頻度出現の有無
四三同九(造血器障害〔貧血〕)
1 報告例
2 土呂久地区における貧血の高頻度出現の有無
四四同一〇(内臓癌〔内臓悪性腫瘍〕)
1 肺癌その他呼吸器癌
2 肝癌、泌尿器癌、乳癌その他
3 潜伏期間
4 砒素と内臓癌との関連性(補充)
四五同第四章第二節(本件被害者ら各人に関する具体的事実)(原告らの補足主張〔本件被害者らの個別症状に関する主張の追加等〕に対する判断を含む)
1 亡佐藤鶴江
2 亡靍野秀男
3 亡佐藤仲治
4 原告佐藤ミキ
5 亡佐藤数夫
6 亡佐藤勝
7 亡靍野クミ
8 亡佐藤ハルエ
9 原告佐藤ハルミ
10 亡佐藤高雄
11 原告佐藤チトセ
12 原告清水伸蔵
13 亡陳内政喜
14 原告陳内フヂミ
15 原告甲斐シズカ
16 亡佐保五十吉
17 亡松村敏安
18 亡佐保仁市
19 原告佐藤實雄
20 原告佐藤ハツネ
21 亡佐藤健蔵
22 原告佐藤正四
23 亡佐藤アヤ
第三総括
第二章本件被害者らの損害と被告の責任
第一本件被害者らの損害
一原告らの主張・請求の把握
二本件被害者らの健康被害の態様
三慰藉料としての認定
第二被告の責任
一被告の補足主張第五章(責任論)に対する判断
1 損害発生時期確定の必要性(同第一節の一)について
2 経過規定の解釈等(同一、二)について
3 鉱業を実施しなかった鉱業権者の責任(同三)について
4 捨石、鉱滓の堆積等に関する不作為と鉱害賠償責任の原因行為(同四)について
5 鉱業法一一六条の適用(同第二節)について
6 消滅時効・除斥期間(同第三節)について
7 請求権自壊(同第四節)について
二公健法給付による損害の補填について
第三章慰藉料の算定
第一総論
第二算定要素
一共通事情
二個別事情―そのランク付け―
第三算定基準額の設定
第四和解及び公健法給付の取扱い
一和解について
二公健法給付について
第五本件被害者らの慰藉料額
第四章原告らの請求
第五章仮執行原状回復等の請求
総括
甲事件控訴人・附帯被控訴人乙事件被控訴人
住友金属鉱山株式会社
右代表者代表取締役
藤森正路
右訴訟代理人弁護士
山口定男
同
成富安信
外七名
右訴訟復代理人弁護士
冨永正一
甲事件被控訴人(六〇号)・附帯控訴人(一審原告亡佐藤鶴江訴訟承継人)
佐藤安夫
外四名
甲事件被控訴人(六一号)・附帯控訴人(一審原告亡靍野秀男訴訟承継人)
靍野キミエ
甲事件被控訴人(六一号、六六号)・附帯控訴人 (一審原告靍野秀男訴訟承継人兼一審原告靍野クミ訴訟承継人)
飯干千代子
外二名
甲事件被控訴人(六二号、六八号)・附帯控訴人 (六二号につき一審原告亡佐藤仲治訴訟承継人)
佐藤ハルミ
甲事件被控訴人(六二号)・附帯控訴人(一審原告亡佐藤仲治訴訟承継人)
佐藤武男
外五名
甲事件被控訴人(六三号)・附帯控訴人
佐藤ミキ
甲事件被控訴人(六四号)・附帯控訴人(一審原告亡佐藤数夫訴訟承継人)
佐藤ハナエ
外三名
甲事件被控訴人(六五号)・附帯控訴人
佐藤トネ
外五名
甲事件被控訴人(六七号、七八号)・附帯控訴人 (六七号につき一審原告亡佐藤ハルエ訴訟承継人)
佐藤實雄
甲事件被控訴人(六七号)・附帯控訴人(一審原告亡佐藤ハルエ訴訟承継人)
佐藤正雄
外八名
甲事件被控訴人(六九号)・附帯控訴人(亡佐藤高雄訴訟承継人)
佐藤モミ
外一〇名
甲事件被控訴人(七〇号)・附帯控訴人
佐藤チトセ
甲事件被控訴人(七一号)・附帯控訴人
清水伸蔵
甲事件被控訴人(七二号、七三号)・附帯控訴人 (七二号につき一審原告亡陳内政喜訴訟承継人)
陳内フヂミ
甲事件被控訴人(七二号)・附帯控訴人(一審原告亡陣内政喜訴訟承継人)
陳内清志
外二名
甲事件被控訴人(七四号)・附帯控訴人
甲斐シズカ
甲事件被控訴人(七五号)・附帯控訴人(一審原告亡佐保五十吉訴訟承継人)
佐保千代子
甲事件被控訴人(七六号)・附帯控訴人(一審原告亡松村敏安訴訟承継人)
松村静子
外四名
甲事件被控訴人(七七号)・附帯控訴人(一審原告亡佐保仁市訴訟承継人)
佐保ハルコ
外五名
甲事件被控訴人(七九号、八一号)・附帯控訴人 (八一号につき一審原告亡佐藤アヤ訴訟承継人)
佐藤慎市
外二名
甲事件被控訴人(八〇号)・附帯控訴人
佐藤正四
乙事件控訴人
佐藤ハツネ
右(但し甲事件被控訴人(六九号)らを除く)訴訟代理人弁護士
鍬田萬喜雄
外三八名
右訴訟復代理人弁護士
衞藤彰
外五名
甲事件被控訴人(六九号)ら訴訟代理人弁護士
成見正毅
右訴訟復代理人弁護士
池田純一
外六名
主文
(甲事件)
一 左記控訴事件につき控訴人の控訴を棄却する。
(一) 昭和五九年(ネ)第六〇号事件(被控訴人一審原告亡佐藤鶴江訴訟承継人ら)
(二) 同第六一号事件(被控訴人一審原告亡靍野秀男訴訟承継人ら)
(三) 同第六五号事件(被控訴人被害者佐藤勝相続人ら)
(四) 同第六七号事件(被控訴人一審原告亡佐藤ハルエ訴訟承継人ら)
(五) 同第七八号事件(被控訴人佐藤實雄)
(六) 同第八〇号事件(被控訴人佐藤正四)
二 その余の控訴事件につき、原判決中控訴人敗訴の部分(主文第一項)を次のとおり変更する。
1 控訴人は、別表1−1「認容金額一覧表〔一〕」記載の被害者番号19、20、22を除く被控訴人ら及び別表1−2「認容金額一覧表〔二〕」記載の被害者番号1、2、6、8欄を除く欄記載の被控訴人らに対し、それぞれ、右各表の該当「認容金額」欄記載の金員及びこれに対する昭和五八年二月二三日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 右被控訴人らのその余の各請求をいずれも棄却する。
三 第一項記載事件の被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決主文第一、二項中同被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
1 附帯被控訴人は前掲別表1−1の被害者番号19、22及び同別表1−2の被害者番号1、2、6、8欄各記載の附帯控訴人らに対し、それぞれ右各表の該当「認容金額」欄記載の金員及びこれに対する昭和五八年二月二三日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 右附帯控訴人らのその余の請求(当審拡張請求部分を含む)をいずれも棄却する。
四 第二項に記載する被控訴人(附帯控訴人)らの附帯控訴(当審拡張請求部分を含む)をいずれも棄却する。
五 控訴人の仮執行原状回復等請求に基づき、
1 前掲別表1−1、2の「仮執行原状回復金額」欄に金額記入のある被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ右各該当金額及びこれに対する昭和五九年三月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の右被控訴人らに対するその余の請求及びその余の被控訴人らに対する右各請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用中(一)控訴人(附帯被控訴人)と第一項記載の被控訴人(附帯控訴人)との間においては、控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用はこれを一〇分し、その一を附帯被控訴人(控訴人)のその余を附帯控訴人(被控訴人)らの負担とし、(二)控訴人(附帯被控訴人)とその余の被控訴人(附帯控訴人)との間においては、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)らの負担とし、その余は第一、二審を通じ控訴人の負担とする。
七 第三項1及び第五項1は仮に執行することができる。
(乙事件)
一 原判決中控訴人(佐藤ハツネ)敗訴の部分を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し金一三二〇万円及びこれに対する昭和五八年二月二三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求(当審拡張部分を含む)はこれを棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
五 第二項は仮に執行することができる。
事実
(以下、理由中でも甲事件控訴人・附帯被控訴人、乙事件被控訴人住友金属鉱山株式会社を「被告」と、甲事件被控訴人・附帯控訴人ら、乙事件控訴人をいずれも「原告」らと呼称する。)
(当事者の求めた裁判)
第一節 被告
第一 甲事件につき
一 原判決中被告敗訴の部分を取り消す。
二 右部分につき原告らの請求をいずれも棄却する。
三 原告らの本件附帯控訴並びに当審で拡張した請求部分をいずれも棄却する。
四 別表2−4「原状回復目録」の「原告」欄記載の各原告らは、被告に対し、同「給付金額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五九年三月二九日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審とも原告らの各負担とする。
第二 乙事件につき
一 原告佐藤ハツネの本件控訴並びに当審で拡張した請求部分をいずれも棄却する。
二 当審訴訟費用(控訴費用並びに請求拡張によって生じた費用)はいずれも同原告の負担とする。
第二節 甲事件原告ら
第一 被告の本件控訴につき
一 被告の本件控訴を棄却する。
二 被告の民事訴訟法一九八条二項に基づく申立て(前記第一節第一の四の請求)をいずれも棄却する。
三 控訴費用はいずれも被告の負担とする。
第二 附帯控訴につき
一 原判決中、原告らと被告との間に関する部分を次のとおり変更する。
被告は、別表2−1、2「請求金額一覧表〔一〕、〔二〕」の各「原告」欄記載の各原告に対し、それぞれ同表の「請求金額」欄記載の各金員(原判決添付別表2−1、2「請求金額一覧表〔一〕、〔二〕」の各「請求金額」欄記載の金額を超える部分は、当審で請求を拡張したものである。)及びこれに対する昭和五八年二月二三日以降(別表2−1、2「請求金額一覧表〔一〕、〔二〕」の各「弁護士費用以外の部分」記載の金員に対する遅延損害金の起算日を右同日とするのは、請求を減縮したものである。)支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(別表2−1、2「請求金額一覧表〔一〕、〔二〕」の各「弁護士費用」欄記載の各金員に対して遅延損害金の支払いを求める部分は、請求を拡張したものである。なお、別表2−2「請求金額一覧表〔二〕」の「被害者番号7」の「靍野クミ」、同「被害者番号10」の「佐藤高雄」、同「被害者番号13」の「陳内政喜」については、受継に伴う請求の趣旨の訂正を含むものである)。
二 原告らの本件附帯控訴によって生じた費用は、被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第三節 原告佐藤ハツネ(乙事件)
第一 原判決中、原告に関する部分を取り消す。
第二 被告は、原告に対し、別表2−3「請求金額一覧表〔三〕」の「請求金額」欄記載の金員(原判決添付別表2−1「請求金額一覧表〔一〕」の「請求金額」欄記載の金額を超える部分は、請求を拡張したものである。)及びこれに対する昭和五八年二月二三日以降(別表2−3「請求金額一覧表〔三〕」の弁護士費用以外の部分」記載の金員に対する遅延損害金の起算日を右同日とするのは、請求を減縮したものである。)支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(別表2−3「請求金額一覧表〔三〕」の「弁護士費用」欄記載の金員に対して遅延損害金の支払いを求める部分は、請求を拡張したものである。)。
第三 訴訟費用は、第一、二審とも被告の負担とする。
第四 第二項につき仮執行宣言
(当事者の主張及び証拠関係)
当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、原・当審記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
なお、当事者双方は、当審において、原審主張を補足して縷々陳述するが、左に付加する双方の各主張は、いずれも原則として原判決事実摘示と重複しない限度でこれを摘示するものである。
〔原判決事実摘示の付加訂正〕<省略>
〔被告の主張〕
第一編 補足主張
(第二分冊<省略>に編綴)
第二編 公健法に基づく補償給付による損害の補填
公害健康被害補償法(以下「公健法」という。)に基づく補償給付として本件訴訟において被害者であると主張する左記の者らが、昭和六二年三月三一日までに受給した補償給付(以下「公健法給付」という)の額は左記のとおりである。
記
被害者番号
被害者
昭和六二年三月末日時点までの公健法給付金合計額(推計)
四
佐藤ミキ
八、四九七、六〇〇円
九
佐藤ハルミ
七、五三六、八〇〇円
一一
佐藤チトセ
七、三二二、〇〇〇円
一二
清水伸蔵
一七、〇一五、二〇〇円
一四
陳内フヂミ
一一、八六八、〇〇〇円
一五
甲斐シズカ
七、四〇八、四〇〇円
三
佐藤仲治
一八、三七七、二〇〇円
五
佐藤数夫
二一、七六七、一〇〇円
一〇
佐藤高雄
三七、三二〇、〇〇〇円
一三
陳内政喜
一七、一八九、八〇〇円
一六
佐保五十吉
一五、六一七、五〇〇円
一七
松村敏安
一八、一九三、四〇〇円
一八
佐保仁市
一六、六三七、七〇〇円
ところで、同法に基づく補償は、公害による健康被害に係る慰謝料を含めた損害を補償することを目的とするものであり、右被害者らは、本件訴訟で主張する被害と同一の被害について、同法に基づく補償給付を受けたものであるから、すでに補償給付されて受給した額の限度において損害は補填され、被害者らの損害賠償請求権は、その部分について消滅ないし縮減している(公健法一三条参照)。
なお、原告らは、公健法給付により損害が補填されるのは公健法に基づく賦課金を納付した事業者に関してのことであり、被告は右の賦課金を納付していない旨反論するが、そもそも公健法上の補償給付がなされたことにより、ここで認定された被害と同一の被害についてその給付の限度において損害が実質上補填されるものであることは論理上当然のことであり、現時点において被告が公健法上の賦課金を納付したか否かと全く関係はないのであり、原告の反論は失当である。
第三編 仮執行原状回復及び損害賠償の請求
一 被告は、昭和五九年三月二九日、原告ら(原告佐藤ハツネを除く。以下この編において同じ。)に対し、別表2−4「原状回復目録」の「給付金額」欄記載の金員の支払をなし、原告らはこれを受領した。
二 被告の右支払いは、原告らの仮執行宣言付判決による強制執行を避けるため、止むなく支払いをなしたもので、債務の存在を承認して純粋に任意弁済としてなされたのでないことは否定する余地がない。
一般に、金銭の給付を命ずる仮執行宣言付判決がなされた場合、原告側は、直ちにその強制執行手続に着手することが当然予想されるとともに、その際被告側の差押財産等に関して生ずべき紛争又は混乱を回避することが合理的に考慮されるのが通例である。特に被告側においては訴訟手続上、上訴による強制執行の停止等の申立(民訴法五一一条、五一二条)をなしてこれを差止める余地があるため、これを避ける意味からも原告側の右執行手続きは急速に、かつ一方的になされ、そのための執行行為をめぐり不必要に混乱が倍加する恐れが予想しうるのである。
右の如き仮執行宣言付判決に伴って生ずる諸々の実態に鑑み、本件の被告の代理人は、不必要な混乱の発生を避けるため、事前に原告代理人の申入れに基づき本件における一審判決において仮執行宣言が付された場合を想定して両者間で協定し調印されたものが昭和五九年三月二二日付協定書(別紙一「協定書」)である。
ところで、右協定書の趣旨は、その文言から極めて明らかなように、仮執行宣言付判決による強制執行にかえて、被告が、原告らに対して仮執行宣言の付された部分を銀行口座に振込送金の方法によって支払う(協定書一、二項)ということの確約であり、この確約の当然の帰結として、原告らが現実の強制執行手続を行わないこと、被告も執行停止あるいは免脱の手続をとらないことを約し(同三項)、さらに当然のことではあるが、本協定が原・被告の控訴の権利を何ら拘束するものでないことを確認した(同四項)ものであった。
したがって、右協定のもとにおいて被告からなされた前記の支払いは、原告らの仮執行宣言付判決による強制執行を避けるための手段としてなされたものであって、債務の存在を積極的に承認してその弁済として任意に支払われたというものでないことは明瞭というべく、これが民訴法一九八条二項にいう「仮執行の宣言に基き………給付したるもの」に当たることにいささかの疑念もはさむ余地はない。
三 右の点に関し、原告らは、右協定書二項(二)後段には「支払うべき金額については、判決後遅滞なく原告代理人及び被告代理人の間で確認するものとする」旨の約定があったのに、被告は双方代理人間で支払金額の確認を行うことをしなかったのみならず、被告代理人から原告ら代理人に対して確認の申入れすら行うことなく、判決言渡の翌日、一方的に、独自に計算した金額を振込送金したのであり、かつ、送金後においても、送金した旨の通知ないしは送金した金員を協定書一項に定める金員に充当する旨の連絡もなかったとしてこれを難詰し、被告らの前記振込送金が前記協定書二項に定める支払方法に従っていない旨主張するが、これら難詰は一部は事実に反し、その主張は事柄の本質を見失ったものであり、全く不当である。
すなわち、言渡された判決主文によると、原告ら別に認容額は明示されており、従ってこれに対する仮執行宣言の付された限度額は計算上単純に算出しうるものであって、仮執行限度額の計算確定に当たり疑義をはさむ余地はないことが明らかであった。このため、被告代理人は判決正本を受領した後、直ちに判決主文第一項の認容金額につき同第五項に基づく仮執行限度額を支払日との関連において計算算出し、その結果を同日、原告ら代理人宛に別紙二「御通知書」と題する書面をもって送付、通知し特段の異論がないことを確認しているのであり、右の通知書には、右の計算金額に相違がある場合には連絡を得たい旨も付記されている(ちなみに、右通知書写を別添する)。このように、被告は現実に言渡された判決主文との関係においてまず、計算書を作成送付したうえ送金したのであるから、前記協定書二項の約定の趣旨に則してなされていることは否定すべくもない。
これを要するに、原告らの右の主張は、前記事実関係のもとにおける被告の振込支払いが民訴法一九八条二項にいう「仮執行の宣言に基き………給付したるもの」に当たることの判断になんらの消長をきたすものではない。
四 以上の次第であるから、一審判決を変更する場合においては、前掲「原状回復目録」記載の金員の返還及び支払の日から右返還ずみに至るまで年五分の割合による損害賠償金の支払を求めるものである。
第四編 原告らの補足主張に対する答弁(第二分冊<省略>に編綴)
〔原告らの主張〕
第一編 補足主張(本件被害者らの個別症状に関する主張の追加等)
第二編 被告の補足主張に対する認否及び反論
(以上第二分冊<省略>に編綴)
第三編 被告の主張第二、第三編に対する認否及び反論
第一章 公健法に基づく補償給付による損害の補填
一 認否
主張事実中原告らが公健法給付として被告主張のとおりの各金員を受領したことは認めるが、その余は争う。
二 反論
1 原告らは、被害者らが被った損害で、且つ、公健法給付によって填補されない損害について賠償を求めているのであるから、被告が主張する公健法給付によって填補された損害は、もともと原告の請求に含まれていない。従って、公健法に基づく補償給付により二重の控除を求める被告の主張はそれ自体失当である。
2 被告は本制度の賦課金を納付していない。このような事業者の民事免責は否定すべきである。因に、昭和四八年四月五日中央公害対策審議会費用負担特別部会答申の「八、民事上の責任との関係」は、「本制度により給付が行われた場合には、給付に要する費用を本制度に基づいて拠出したものはその限度において被害者に対する損害賠償の責を免れる。」としている。
3 そもそも、被告が控訴審で提出した、公健法給付の主張は、時機に遅れ訴訟の完結を遅延させるから却下すべきである。
第二章 仮執行原状回復等請求
一 認否
1 被告の主張第三編一の事実は認める。
2 同二の事実中、被告主張の「協定書」が原・被告双方代理人間で作成されたことは認め、その余は否認する。
3 同三、四は争う。
二 反論
1 被告の原告ら(原告佐藤ハツネを除く。以下この項において同じ。)に対する前掲「原状回復目録」の「給付金額」欄記載の金員の支払の経過は以下のとおりであり、被告主張の「協定書」に則って支払われたものとは言い難い。一審の当事者双方代理人は、原審判決言渡に先立って、昭和五九年三月二二日、前記の協定書を取り交わしたのであるが、協定書第二項(二)には、「支払方法」として振込送金先を「土呂久鉱害訴訟弁護団代表鍬田萬喜雄」名義の銀行預金口座と指定して、原審判決の認容額のうち仮執行宣言の付された部分の送金を行うこととし、かつ支払うべき金額については判決後遅滞なく双方代理人の間で確認する旨の約定があった。そして、同協定書第四項には、右協定は原・被告の上訴権を拘束しないが、協定書に基づく支払が完了するまでの間は相互に原審判決に対する控訴手続きをとらない旨の約定が付されていたのである。従って、右協定書に従った支払、及び控訴手続きがなされたと言うためには、まず原審判決後に双方代理人間で支払うべき金額の確認手続を行い、被告が確認を了えた金額を前記口座に振込送金した後、原判決に対する控訴手続に及ぶことが必要だったことになる。ところが、現実に被告は、双方代理人間で支払金額の確認を行うことはもちろん、被告代理人から一審原告ら代理人に対する確認したい旨の申入れを行うことすらないまま、原判決言渡の翌日(昭和五九年三月二九日)一方的に独自に計算した仮執行宣言部分の金額を前記口座に振込送金したのである。そして、送金後に、原告ら代理人の下には送金した右金員を協定書一項に定める金員に充当する旨の連絡はおろか、送金した旨の通知すら被告から直接にはしなかったのである。原判決後に双方代理人が、判決の取扱に関する原告らと被告との交渉の方式については協議する機会を設けた際、被告代理人は、前記の支払金額の確認手続を履践しなかったことを認めている。このような経過を辿ってなされた支払が、協定書の定める支払方法に従ったものであるとする被告の主張は到底理解し難い。
2 もっとも、原告らは、前記支払にかかる金員が協定書に定める「仮執行宣言の付された部分」に該らないと主張するつもりはない。協定書の定める手続に違背して支払われた金員であっても、支払の当時、原告らと被告の間の合意に基づき存在した債務は協定書に基づくもの以外にはなかったことは原告らとしても認めるものであり、右支払金員がその弁済としてなされたことを争う意思はない。
3 被告は右支払が民事訴訟法第一九八条第二項の「給付」に該ると主張する。しかし、被告は、手続上の約定違反はともかく、協定書という合意に基づき前記支払をしたと自ら主張しているのであり、協定書が未だ原審判決の帰趨が全く明らかでない時に取り交わされたことを考慮すれば、協定書作成時において、原判決に任意に従う意思があったこと、即ち上訴しないまま判決が確定する場合もあり得ることを承認していたことが推認し得るのである。とすれば、被告が協定書において仮執行宣言による執行を回避するためにのみ金員を支払う約定をしたと断ずべきではなく、被告が自ら原判決に従う意思も留保して任意に支払をなすべき意思をも表示したと解すべきである。被告は自ら認めるようにこの協定に従って支払をなしたにすぎないのであるから、右協定が締結時に全くの任意で作成されたか否かを問えば足り、右協定書が上訴するか否かにかかわらず仮執行宣言部分の任意の支払をすべきことを定めている以上、右支払が被告の全くの任意弁済であると解されるのである。
従って、右支払が民事訴訟法一九八条二項の「給付」に該るものでないことは明白であり、被告の本件仮執行原状回復等請求は理由がない。
理由
第一章鉱害及び因果関係
当裁判所も本件鉱山の操業により概ね原告ら主張の鉱害が発生し、その結果本件被害者らが概ね原告ら主張の健康被害を受け、その間に法的因果関係が存在すると認めるものであって、その理由は、原判決理由第一章ないし第三章及び「個別主張・認定綴」各Ⅲ項の説示を左記第一のとおり付加・訂正してここに引用し、第二、第三に双方の補足主張に対する判断及び総括として示すとおりである。
第一原判決の付加、訂正、削除(なお、後記第二「被告の補足主張に対する判断」で触れる部分については、特に本項で別個に原判決の補正をしないこともある。)<省略>
第二補足主張に対する判断
ここでは右原判示(右付加・訂正・削除して引用した原判決理由をいう。以下同じ)に関する双方の主張(被告の補足主張第一章ないし第四章と原告らの補足主張)に対する判断を併せ示すものである。
(なお、原判示中に成立の真否についての認定を示してある書証については、その説示を重ねることを省略し、単に甲(乙)第何号証」とのみ表示する。)
一被告の補足主張第一章第一節の一(池田牧然報告書「甲第一号証」)
<証拠>並びに原審証人鈴木日恵の証言によれば、同号証は、大正一四年土呂久部落から西臼杵郡畜産組合に対し、牛が痩せあるいは死んだりするので調査して欲しいとの依頼を受けて、同組合の技手である池田牧然(以下「池田」ともいう)が部下であった同証人と土呂久に赴いた際の見聞記(作成名義人は池田)であり、その一部は池田が自ら、一部は池田の原稿に基づき同証人が清書したものであること、同号証の文中には、二、三年前からの農作物、特に豆類や椎茸の不作、植林の枯死、蜜蜂の全滅、牛馬の斃死、野生鳥類の死亡等に関する記述がなされていることが、それぞれ認められるところ、同証人の証言中には、上記記述の一部は同証人自身が実際に経験していないことも池田作成の原稿のまま清書した旨供述する部分は存するが、それ以上に同記述部分が同証人の経験に反し真実と異なる事実の記載がなされていると解すべき供述部分は見当たらず、また当時において池田がそのメモにことさら虚偽の記載をしたと考えなければならない理由も見当らない。
しからば、甲第一号証は池田自身の見聞記であることからその記述中の一部に右証人の経験しない事実が記載されていることの一事をもって同号証の信憑性を否定することは相当でなく、また、そのほか同号証の信憑性を疑わせるに足りる証拠もなく、被告の右主張は理由がない。
二同二1(旧窯の操業)
原審証人神崎三郎の供述中、旧焙焼炉の操業方法に関する部分は、原判示と齟齬するものとは認め難く、旧焙焼炉からの煙の排出に関する部分は、原判示と異なり、被告の主張に副うものであり、当審証人工藤誉、同古市鉄郎、同伊藤尚の各供述には、右供述と合致する部分もあるが、これらの各証拠は、いずれも成立に争いがない甲第一八二、同第四九八号証、いずれも原審における原告佐藤仲治、同靍野秀男、同佐藤ハルエ、同佐藤数夫、同佐藤ハツネ、同佐藤實雄、同佐藤正四、同佐藤ハルミの各本人尋問の結果に照らせば、到底採用し難く、他に原判決の右認定を覆すに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
三同二2(反射炉の操業)
原審証人神崎三郎の証言によっても、原判示を覆すには足りない。もっとも、右証人の証言によれば、反射炉から排出されていた煙中に含まれる亜砒酸ないし亜硫酸ガスの濃度が低かったことは推測し得るものの(右原判示中「反射炉から回収された亜砒酸は純度が低く、製品にならなかった」の部分参照)、反射炉が輻射熱によって砒鉱石を酸化させるものであることから、これらが全く排出されなかったとまでは認め難く(同証人の証言もこの点を明確に否定するものではなく、右原判示と矛盾するものではない。)、他に右原判示を覆すに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
四同二3(亜砒酸の生産量)
被告の主張は理由があり、原判決を訂正ずみである。
五同三(新窯当時の鉱煙排出)
乙第五二号証、当審証人古市鉄郎の証言によっていずれも中島鉱山株式会社社員が昭和二八年(乙第四五一号証)、昭和三〇年(同第四五三号証の一、二、同第四五四ないし四五八号証)に本件鉱山を撮影した写真であることが認められる同各号証、弁論の全趣旨によりいずれも旧中島鉱山株式会社社員が昭和三〇年(乙第三六号証)、昭和三一年(同第五三号証)に本件鉱山を撮影した写真であることが認められる同各号証によっても、右撮影当時少なくとも新旧焙焼炉及び精錬所付近では枯れた樹木が多く、草の成長も悪かったことは否めず、これと<証拠>を総合すれば、新旧窯の操業時には少なくとも新旧焙焼炉及び精錬所付近では、枯れた樹木が多く、草の成長も悪かったと認めるのが相当であり、これに反する当審証人土持榮士、同工藤誉、同古市鉄郎の各供述部分は右各証拠に照らせば右認定を左右するに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
また、<証拠>によっても、新旧焙焼炉の操業時期に対応して杉の年輪に特異の変化が生じていることは否めず、これと<証拠>を総合すれば、新旧焙焼炉の操業は土呂久地区の樹木の成長に悪影響を与えたものと認めるのが相当であり、同認定に反する<証拠>の記載部分は右各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
六同四1(「収率」というものの意味)
金属工学の知見上本件鉱山におけるような焙焼法で亜砒酸を製造する場合の収率(回収率)は、粗製七〇ないし九〇パーセント、精製八〇パーセントとされていることは、原判示のとおりである。しかして、図書の一部であることは争いがない甲第三九六号証、甲第二八五号証によれば、日刊工業新聞社発行の「粉体工学用語辞典」では「収率(歩留り)」の定義として「一般に製造過程において原料中の製品となるべき成分に対する製品中のその成分の割合をいうが、分級においては原料中に含まれる有効成分に対する実際の製品に回収された割合をいう。」とされているのであって、そこには回収された成分以外の成分が原料中にそのまま残存したりして外部漏出しないのか、あるいは他に飛散したりして外部漏出するのかについては、何ら触れられておらず、他の証拠との兼合いによっては「収率」が一〇〇パーセントでないことは、残る成分が外部漏出することの有力な証拠となるというべきである。
従って、「収率」の定義自体からして、亜砒酸の収率が一〇〇パーセントでないことは回収された亜砒酸以外の亜砒酸が外部漏出することの根拠となり得ないとの被告の右主張は理由がない。
七同四2(ハウスダストの砒素量)について
原判決別表3−1記載の六個のハウスダスト調査地点の各新旧焙焼炉からの距離と検出砒素量をみれば、新旧焙焼炉からの距離と検出砒素量との間には相関関係があることが明らかであり、新旧焙焼炉に近接する地点では一〇〇メートル毎に検出砒素量に大幅な相違があり、新旧焙焼炉から離れた一定の地点からは検出砒素量にさほどの差はなく、むしろ距離の遠いほうが若干上回ることがあることは、原判示の汚染物質の飛散の態様からして、特に異とするに足りないとみるのが相当であり、被告主張の数値は、新旧焙焼炉からの距離と検出砒素量との間に相関関係があるとの認定を左右するに至らないと解するのが相当である。
従って、被告の右主張は理由がない。
なお、当審証人秦秀雄は、ハウスダストの成分を理論的に計算すれば、その数値上ハウスダスト中に亜砒酸が含まれているはずがない旨供述し、同証人作成の乙第四七五号証の一(同証人の証言により成立を認める)にも同旨の記載部分がある。しかしながら、他方、同証人の証言によれば、同証人の理論計算なるものは、成分分析の結果出ている砒素量がすべて硫砒鉄鉱に由来するとの仮説を前提にしており、同砒素が亜砒酸であればその計算も異なってくることが認められるなど疑問点も多く、また、成立に争いがない甲第九六号証によれば、宮崎県の昭和四七年度調査では、ズリ堆積場跡より北へ約三〇〇メートルの橋の欄干上の砂塵(A)、ズリ堆積場の約四〇メートル周辺の雨とい中の降下塵(C)、同所の椿の葉表面の塵芥(B)中の砒素含量は、(A)が五四〇ppm、(B)が二二〇〇ppm、(C)が一三〇〇ppmであったことが認められるところ、右証人の証言によれば、右(B)、(C)の各数値はバックグランドのみでは説明がつかないことが認められることから、ハウスダストに関する同証人の右供述部分及び乙第四七五号証の一の右記載部分はいずれも採用し難く、他にハウスダストに関する原判示を左右するに足りる証拠はない。
八同第二節一(捨石、鉱滓中の砒素の熔解度)
乙第一〇九号証によれば、宮崎県による昭和四七年度土呂久地区の鉱害にかかわる社会医学的調査成績の報告書中鉱滓等(焙焼炉跡付近のカラミ、ズリ)の熔解度試験の結果が、原判決別表3−2と同一であることは明らかである。
しかしながら、被告が、右熔解度試験の方法として、試料No1、No2については、五メッシュ以下に粉砕、五〇gを五〇〇ccの純水中で、約一二時間、激しく振盪し、その上澄液を試料とする方法が用いられたこと、試料No3ないしNo5については、A法として、二〇〇メッシュ以下に粉砕した試料五gを一〇〇ccの純水に浸漬し、一日一回攪拌し、七二時間後の上澄液(濾過後)の砒素を定量分析する方法が用いられたこと(この事実は同号証によって認められる)を論難する点は、対象とされた試料が自然界に長期間にわたって野ざらしのまま存在したカラミ、ズリであることを考えれば、一二時間あるいは七二時間という短時間で試料の熔解度を試験する方法として右方法が採られたことは、特に異とするには当たらないとみるのが相当である。
また、同表記載の「熔解度」欄の数値をもって、不溶性あるいはそれに近い数値に該当するものと認むべき証拠はなく、むしろ同数値といずれも図書の一部であることは当事者間に争いがない甲第四七一ないし同第四七三号証、成立に争いがない甲第四七四号証、原審証人生田国雄の証言を併せると、酸化物としての砒素が可溶性であることはもとより、硫化物としての砒素も酸化物としての砒素に比べて難溶性ではあるが可溶性であることに変わりはないと認めるのが相当であり、同認定に反する乙第六一五号証の一、二は右各証拠に照らして措信し難く、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。
さらに、乙第一〇九号証によれば、右熔解度試験では、試料No3ないしNo5については、右A法のほかにB法として、粉砕しないままのズリ五〇gを一〇〇〇ccの純水に浸漬静置し、七二時間後の上澄液(濾過後)の砒素を定量分析する方法が採用されていることが認められ、同一試料についてA法とB法が試みられた場合には、A法の方がより熔解度が増加するであろうことはみやすいところであるのに、右別表をみると、試料No3については、むしろB法の方の数値が高く、その意味するところの判断は難しい。しかし、試料No4及びNo5についてはA法の方の数値が高いことを考慮すると、試料No3の右数値を重要視することはむしろ不適当と考えるのが相当というべきである。
なお、同別表の熔解度の数値だけから、検出された砒素がすべて硫化物としての砒素で亜砒酸は含まれていないことが明らかであるとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告の右主張はすべて理由がないことが明らかである。
九同二(旧焙焼炉跡等に残存している亜砒酸の写真なるもの)
なるほど、原判決掲示の甲第一一六号証の写真(1)ないし(3)だけをみると、旧焙焼炉跡地付近(この場所の点については原審証人阪本暁の証言によって認める)の焼滓と看取される岩石様のものの間に白っぽい小さな塊が写っているだけであり、この写真だけからその塊が亜砒酸の結晶であると認めることは相当でなく、また、右塊は亜砒酸の結晶であるとする右証人の供述についても、右塊が亜砒酸の結晶であることは土呂久の方たちから聞いて知っているというだけであって、誰から聞いたのかの特定もなく、証明力に乏しいところがあることは否めない。
しかしながら、甲第一四二号証、同第一四三号証によれば、元素としての砒素の色は灰色、黄色、黒色の三色であるのに対し、土呂久で産出された三酸化砒素(亜砒酸)は白色無臭の粉末であることが認められる。また、原審における原告佐藤アヤ、同靍野秀男、同佐藤数夫、同清水伸蔵、同佐藤ミキ、同佐藤正四、同甲斐シズカ、同松村静子、同佐藤サキ子の各本人尋問の結果によれば、本件鉱山の操業中その周辺には亜砒酸の白い粉が降ることもあったことが認められる。さらに、原審証人佐藤正健の証言によれば、同証人が昭和四六年一二月上旬に取り壊し直後の旧亜砒焼窯の状況を調査した際、同窯の壁には白い亜砒酸の結晶が「べったり」と付着していたことが認められる。
しかして、上記認定の各事実と前記甲第一一六号証及び原審証人阪本暁の証言とを総合して判断すれば、原判示のとおり「戦前本件鉱山において使用された旧焙焼炉は、昭和一六年の鉱山操業中止後は、焙焼炉の石積み等に白い亜砒酸の結晶が付着していたにもかかわらず、そのまま放置され、昭和四六年になってようやく覆土が行われたこと、右防護工事後も同所付近に残存していた鉱滓中に亜砒酸の白い結晶が認められた」と認定するのが相当であるというべきである。
従って、被告の右主張も理由がない。
一〇同第三節一(坑内水の放流)、二(坑内水の砒素量)
確かに被告主張のとおり、宮崎県による昭和四七年度土呂久地区の鉱害にかかわる社会医学的調査成績の報告書である前掲乙第一〇九号証の付表五八には、大切坑坑内水の水質分析の結果として検出砒素量が記載されているものの、検出された砒素がいかなる砒素の化合物であるのかについては何ら触れられておらず、その意味では土呂久地区住民の健康被害との間の因果関係が必ずしも明らかとはいえない面もあることは否めない。
しかしながら、原判示のとおり、土呂久地区を含む祖母傾山一帯の地域が砒素の鉱化、鉱床地帯の上にあるのに、土呂久川全体の中で本件鉱山の下流から岩戸川に合流するまでの流域だけが砒素濃度が高いのは大切坑坑内水中に本件鉱山の操業に由来する何らかの砒素の化合物による汚染の存在によるものと推測し得るのであって、これをもって土呂久川の前記流域の砒素汚染の一つの根拠とすることは不合理ではないというべきである。
従って、被告の右主張も理由がない。
一一同第二章第一節一(汚染物質閉じ込め論の誤り)
確かに甲第一二三号証(大喜多敏一著「大気汚染」一六三頁)には、「煙突から排出された煙の温度が高いときには煙は浮力のために上昇し、ある高さに達した後に水平方向に流れて行く」旨の記載があることが認められる。しかしながら、他方、同号証(一六四頁ないし一六六頁)によれば、安定度による煙の拡散変化の一つである扇型の場合(大気の下層全体が逆転層になっており、垂直方向の煙の拡散が弱く煙の幅がごく薄い場合)においても煙突から遠い地点ではあるが結局その煙は地上に達する旨記載されている(残る他の四つの型の場合でも、屋根型の場合《煙突出口より下層では安定、上層では不安定の場合》を除き、煙が地上到達する趣旨の記載である)ことが認められることからすれば、前記「煙が水平方向に流れる」旨の記載があるからといって、その煙が地上に到達することはないと即断することはむしろ誤りといわなければならない(仮に、煙自体は水平方向に流れるだけで地上に到達することはないとしても、それだけではその煙に含まれた亜砒酸の粉末が地上に下降しないことの証左とはならないというべきである)。
また、原判示(第一章第一節)に、甲第一八、同第一五九号証並びに原審証人守田康太郎、同山本厚の各証言を総合すれば、土呂久地区は、土呂久川を底部とする高低差数百メートルにおよぶ南北に向く谷あいに位置し、谷の底部自体北から南へ傾斜しているのであるが、土呂久地区の中にはかなり広範囲の平坦な土地部分もあり、土呂久地区全体としては傾斜地の中の傾斜の緩いテラス状の地形であることが認められ、しからば、冷気は下降中障害物にぶつかればそこに滞留するであろうことはみやすい原理であることから、土呂久地区においても下降中の冷気の滞留が多かったであろうことが容易に推察できるといわなければならない。
従って、被告の右主張は理由がない。
一二同二1(拡散型風洞実験)
弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第五五七号証によっても、原告らの本件での風洞実験に対する非難が、強風型風洞実験に対してなら格別、本件で採用された拡散型風洞実験に対しては的外れであると認めるには十分ではなく、他に被告の右主張を裏付ける証拠も見当たらず、同主張は理由がない。
一三同二2(推算結果の正確性の表現方法)
原審証人森田康太郎の供述中には「数値シュミレーションの正確度は、普通一〇パーセントないし二〇パーセントです。」と供述する部分があり、それがプラス、マイナス一〇ないし二〇パーセントの意味であったとしても、同証人の証言及び前掲乙第五五七号証を合理的に解すれば、土呂久地区のような複雑地形の場合数値シュミレーションで予測された数値そのものの精度は高くてファクター二(真値は計算による推定値の二倍から二分の一の範囲にある)であり、その一般的な意味での正確度は高くて五〇パーセントと解されていることが認められ、同認定に反する証人の右供述部分は措信できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
一四同第二節一1(宮崎県調査結果)
宮崎県作成の昭和四七年七月付土呂久地区の鉱害にかかわる社会医学的調査成績の報告書である前掲乙第一〇九号証の付表六七、六八及び付図一〇を検討すると、被告主張のとおり、同県が土呂久地区及びその周辺地区の農用土壌(田、畑)の含有砒素量を調査した結果、土呂久地区の中の一採取地点から採取した土壌の数値(付表六七図面番号9)が、同地区の中のより亜砒焼き窯に遠い二地点から採取した土壌の数値(同付表図面番号10、11)の約五分の一ないし九分の一であったこと、亜砒焼き窯からみれば土呂久地区より遙か遠隔地である五ケ瀬川沿岸下流の六地点から採取した土壌には約三〇〇ないし五〇〇ppmの数値を示すものがあったことが認められる。
しかしながら、右付表六七、六八並びに付図一〇によると、右県の調査は、土呂久地区の中でも前記三地点を含む八地点、周辺地区として五ケ瀬川沿岸下流地域では前記六地点を含む二六〇の地点を採取地点としていることが認められるのであって、前記数地点を除けばほぼ土呂久地区の中では亜砒焼き窯に近い方が数値が高く、また同地区の数値は周辺地区の数値よりはるかに高いことが認められ、しからば、同調査の結果からは、土呂久地区の農用土壌に含有される砒素は本件鉱山の操業に由来するものであることが推察されるといわなければならない。
従って、被告の右主張は理由がない。
一五同一2(宮崎県総合農業試験場調査結果)
宮崎県総合農業試験場が昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの間に惣見地区、土呂久地区外五地区で行った農用土壌の含有砒素量調査の結果が記載された甲第一二一号証、右と同様に同農業試験場が延岡市及び高千穂町の農用土壌(表層及び次層)の含有砒素量調査の結果が記載された成立に争いのない甲第一二二号証によれば、原判決別表3−3(2)は右甲第一二一号証の調査結果と同一内容であること、延岡市では四五箇所が採取地点とされ、そのうち七地点で土呂久地区の最高数値を上回る数値が得られたこと、高千穂町では二三箇所が採取地点とされ、そのうち三箇所の地点で土呂久地区の最高数値を上回る数値が得られたことが認められる。
しかしながら、右認定事実に表れた調査地点の数と土呂久地区の最高数値を上回る数値を出した地点の数とを比較し、これに右各号証に明らかな右地点を除く各地点の数値と土呂久地区及び惣見地区の各地点の数値とを対照すれば、やはり右調査時点において土呂久地区の農用土壌には周辺地区の農用土壊に比べ高濃度の砒素が含有されていたと認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原審証人西澤徳雄の証言によって真正に成立したと認められる乙第一九三号証によれば、土呂久地区を含む祖母傾山地域には、土呂久より砒素含有量の多い地域がかなりの数記載されていることが認められるが、他方、同証人の証言によれば、同号証は、同証人が金属鉱業事業団の広域調査として祖母傾山地域を調査した資料に基づき昭和五五年に作成したもので、土壌汚染の調査を目的とするものでなく、鉱化鉱床地帯である祖母傾山地域の砒素含有量調査としてなされたものであることが認められる。しからば、同調査での分析の対象物は当然農用土壌あるいはその他の土壌の表層や次層といったものではなかったことが容易に推認され、同調査結果をもって、土呂久地区の本件鉱山の操業に由来する砒素汚染の有無を云々することは相当でないといわなければならない。
従って、被告の右主張は理由がない。
一六同二(原審証人生田の分析結果)
前掲甲第一八号証並びに原審証人生田の証言によれば、同証人は、土呂久公害関係調査の一環として昭和四七年二月二七日、同年四月二四日の二回にわたって土呂久地区の土壌等を採取して分析調査の対象とし、その結果を同号証のとおり報告しているのであるが、同報告の中のtable1(原判決別表3−3(3)と同一)の調査では、分析調査対象の試料として佐藤操方周辺の土地の内約六箇所(試料ⅠⅡⅢは屋敷前、Ⅳは裏山の畑、ⅤⅥは約二〇〇メートル離れた水田)から土壌を採取した(試料が土壌に限られていることは、table4として鉱滓をサンプルとする調査結果が挙げられており、その数値もtable1の数値のほぼ一〇倍以上であることから明らかである。)のであるが、同土地部分を採取対象地としたのは、同土地部分及びその周辺に亜砒焼き窯、大切坑、ズリ堆積等が密集しており、高濃度汚染が予測されたからであり、同調査結果の数値をもって土呂久地区内土壌汚染の代表値や平均的数値とすることを意図したものではないことが認められる。
しからば、右数値が土呂久地区の代表値ないし平均的数値であることを前提とし、試料の採取地点や採取方法を論難する被告の右主張はその前提を欠くことになり、理由がないといわなければならない。
一七同三(土壌汚染の結論)
<証拠>によれば、ボーエンの著作である「生化学における微量元素」には、乾燥土壌における各元素の平均的ppm(いわゆるボーエン値)が記載されているところ、同書には「数値は天火乾燥した土壌のものである。鉱床地帯周辺の土壌は、範囲の計算にあたり除外されている。」と記載されていることが認められ、従って鉱化鉱床地帯の土壌の成分を調査し、検出された成分にボーエン値をそのまま当て嵌めるのは相当でないといわなければならない。
しかしながら、前記原判決別表3−3(1)記載の土呂久地区農用土壌の含有砒素量をボーエン値と比較すると、土呂久地区のそれはボーエン値の約五ないし三〇倍の高率であることから、他に土呂久地区農用土壌の含有砒素量が高率であることを裏付ける事実が認められるときは、これと併せて右ボーエン値との比較を同裏付事実の一つとすることは相当とみるべきである。
従って、土呂久地区の農用土壌の含有砒素量の多寡の判定に当たって、右ボーエン値は全く比較の基準に用いてはならないとする被告の右主張は理由がない。
一八同第三節(河川水汚染)
宮崎県による昭和四七年度土呂久地区の鉱害にかかわる社会医学的調査成績の報告書である前記乙第一〇九号証によれば、被告主張のとおりの各地点で採取された河川水の含有砒素量が被告主張のとおりの数値であったことが認められる。
しかしながら、同じく同号証によれば、右各河川水の含有砒素量の調査は、昭和四四年一一月一三日から昭和四七年七月二〇日までの約三年六ケ月もの期間をかけて、土呂久川及び岩戸川水系一四箇所を採取地点として行われたのであり、各採取地点からの右期間内河川水採取回数も、一〇回が一箇所、四回が一箇所、三回が五箇所、二回が九箇所、一回が二箇所と相当の回数であったこと、被告主張の各採取箇所は、被告主張のとおりの上流下流の関係はあっても、惣見鉱精錬釜跡上流五〇〇メートルの地点から跡取川山附橋下までに及ぶ広範囲の右各採取地点の中では相互に比較的近接した場所であること、被告主張の各数値を除けば、その余の各数値を全体としてみれば、各採取地点で採取された河川水の含有砒素量は、右鉱山より上流にあたる地点では低く、本件鉱山より下流でかつ土呂久川が岩戸川と合流するまでの流域(東岸寺用水取水点を含む)では高く、0.05ppmを越えたものや、これに近い値のものが多かったが、それよりさらに下流の土呂久川が岩戸川と合流した後の地点では再び低くなっていること、被告主張の各数値は差があるといっても0.007から0.044ppmの範囲内であり、同数値はその余の各地点間の数値の相違と比較して相対的に小さいことがそれぞれ認められる。
しかして、右認定事実を総合的に判断すれば、乙第一〇九号証の報告書から土呂久川及び岩戸川水系の内本件鉱山の上流下流における河川水含有砒素量の濃淡を右のごとく看取するのは相当であり、被告主張の各事実はその解釈の妨げとはならないというべきである。
従って、被告の右主張は理由がない。
一九同第四節(牛馬の斃死)
いずれも家畜病理学の学術書である被告指摘の乙第一ないし同第三号証(いずれも成立に争いがない)によっても、これらの学術書において、被告主張の「中毒症状の所見」欄記載の症状が各症状の発症原因の一つとして砒素等の中毒が挙げられ、また、「甲第二号証に記載されている所見」欄の症状のうち被告が細菌性感染症の症状に酷似していると指摘する「斃死牛の所見」欄記載の症状が細菌性感染症によって発症する「細菌感染症症状」欄記載の症状と近似性があることが認められるだけで、「中毒症状の所見」欄記載の症状が砒素等の中毒に必発する、換言すれば、その症状がなければ砒素等の中毒であることを否定しなければならないとまで認むべき記載部分や、「甲第二号証に記載されている所見」欄記載の各症状のうち右症状が砒素等の中毒では発症し得ないとの記載部分は全く認められない(「中毒症状の所見」欄記載の各症状の発症原因としては多数の発症原因が掲げられていることから、むしろ同各症状は非特異的症状とみるべきである。なお、同発症原因として伝染病が共通して挙げられていることからも、本件斃死牛にこれらの各症状があったとしても、その発症原因が伝染病の可能性があることに変わりはなく、その真の発症原因を究明するにはさらに疫学的調査等他の要素の検討が必要である。)。
さらに、被告主張の甲第四号証、乙第六、同第七号証(いずれも弁論の全趣旨によって成立を認める)によっても、宮崎県は、右斃死牛についてその症状の原因究明のため病理学的検査と薬物検査を行い、砒素中毒による疑いも強いとして、今後十分な調査を尽くす必要があるとの結論を出したことが認められるが、その原因として砒素中毒の疑いを否定したことを認めるに足りる記載部分は存しない。
そのほか、原判示(第一章第五節第一の一1ないし4)に照らしても、右牛の斃死の死亡原因を砒素中毒とみるのは誤りであり、その原因を細菌性感染症とみることを否定すべき証拠はないとの被告の右主張は到底採用できず、他に同主張を認めるに足りる証拠はない。
二〇同第三章第一節(堀田見解)
1 堀田見解の内容
現在熊本大学医学部付属遺伝医学研究施設(原審当時の名称・同大学医学部体質医学研究所)勤務の医師である堀田医師が、砒素中毒症状の特徴として「1 砒素の毒作用の普遍性、2 個体差、3 症状の広範囲、4 発現形式、5 症状の非特異性」の五項目を挙げていること(以下「堀田見解五項目」あるいは「堀田見解」という)及び同各項目の内容は、いずれも原判示のとおりである。
そこで被告の主張について判断する。
2 同主張二(成書の知見)
(a) 甲第一一号証についての被告の主張に対する判断は、後記3と同一である。
甲第一二五号証〔森永砒素ミルク中毒に関する疫学調査―瀬野地区における広大・岡大合同検診最終報告―〕及び乙第二三号証〔日本公衆衛生学会の「中毒事件等の疫学調査ならびに対策に関する委員会」報告(その2)〕によれば、後者には主として前者の結論部分に対し批判している部分がある(同報告四五二頁)ことが認められるが、同批判の内容と原審証人柳楽翼の証言(特に原審記録九七〇四ないし九七一〇丁、同九六二二ないし九六二八丁)とを併せて考えると、同批判部分はいずれも甲第一二五号証を正解したうえのものとは認め難く、同批判部分自体が相当性に欠けるというべきである。なお、甲第一二五号証が堀田見解を支持するものであることはその内容から明らかである。
(b) 甲第一二六ないし第一二八号証(鳥取大学医学部による笹ケ谷地区住民健康調査報告書)によれば、同報告書一五頁には、「慢性砒素中毒に関係ありと考えられる内科的(神経系統を除く)疾患ないし症状は、文献上、まず造血器障害として再生不良性貧血様の貧血、好塩基性斑点を有する赤血球の出現および好酸球増多があり、消化器障害として肝における腫大、黄疸、肝硬変および肝癌、消化管における胃炎をはじめとする諸障害、呼吸器障害として咽頭炎、気管支炎更には肺癌、循環器障害として重症時に心筋炎、腎障害として腎炎ないしはネフローゼ様症候群などがあげられている。以上の点に留意しながら、笹ケ谷周辺地区住民について内科的(神経系統を除く)健康調査を行った。」旨の記載がなされていることが認められ、同記載を含む同報告書の内容と、原審証人柳楽翼の証言とを総合すると、右調査の際留意事項とされた各症状が広範なものと評価し得ることはもとより、同調査では右各症状のみを砒素中毒症状としてとらえ、これを前提にしていたものではないことが認められ、同認定に反するかのごとき当審証人川平稔の供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(c) 甲第一四九、同第一五八、同第一九八号証、乙第二三九号証によれば、同各号証はいずれも森永砒素ミルクによる乳児の急性・亜急性中毒例についての報告書であることが認められる。しかしながら、右中毒例が乳児の急性・亜急性事例であるがゆえに、慢性砒素中毒事例や成人についての砒素中毒事例には参考となり得るものではないとの被告の主張については、被告指摘の前掲甲第一二七号証によっても長期の予後について参考となり得ること自体を否定するものとは認められず、また、当審証人川平稔の証言も、同報告書を環境中毒としての慢性砒素中毒事例、特に成人について直ちに応用することは相当でないと供述する部分もあるが、同証人の証言を全体としてみれば、そのような砒素の急性中毒症状も慢性中毒症状の検討の際十分参考となり得るものであることを認めるものと解するのが相当であり、他に右被告の主張を認めるに足りる証拠はない。むしろ、前記甲第一二五号証、報文であることは当事者間に争いがない甲第四七九号証、原審証人柳楽翼の証言等によっても、森永砒素ミルクによる被害者の中にも長期にわたって中毒の症状を来している者も認められ、前記各報告書を慢性砒素中毒事例の参考にすることは十分に理由があるというべきである。
(d) 被告指摘の甲第一五五号証についても、同号証が単に砒素入り醤油による亜急性中毒事例であることから、慢性中毒事例の参考にならないとする点が理由のないことは、前記(c)と同様である。
(e) 被告指摘の甲第一九四号証についても、同じくドイツにおけるブドウ園砒素中毒事件に関する報文である甲第一四八、同第一五六、同第一九三、同第一九五号証と照らせば、同第一九四号証が同中毒事件において砒素に起因する症状を末梢循環障害に限定する趣旨まで報告しているものとは到底認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(f)、(g) 乙第一一〇号証の二、同第二四〇号証の一、二によれば、環境庁作成の「土呂久休止鉱山におけるヒ素問題について」と題する報告書である同第一一〇号証の二には、眼、鼻、口、皮膚、肝臓、腎臓、消化管、造血器、神経の各障害、運動・知覚麻痺、脳炎等が慢性砒素中毒症状として挙げられていること、ブロウニング作成の「産業用金属の毒性」には、同じく慢性砒素中毒症状として皮膚、粘膜、末梢神経、肝臓、心臓・循環系の障害が挙げられ、砒素の発癌性も否定していないことがそれぞれ認められるのであり、右の各症状はほぼ全身に及ぶ広範囲のものと認めるのが相当であるのみならず、右各号証が慢性砒素中毒症状を限定する趣旨はどこからも読み取れず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告の右主張はいずれも理由がないことが明らかである。
3 同主張三(柳楽見解)
当審証人柳楽翼の証言により真正に成立したと認められる甲第四二五号証によれば、同証人は、昭和四二年一一月に医師国家試験に合格した医師であることが認められ、同事実と同号証に記載された同医師の研究歴、職歴、著作、論文とを併せ考えると、砒素による中毒の症状等が同医師の専門外であるとは認め難い。また、同医師が被告のいう守る会の立場にあって、医師としての見識を曲げてまで原告らに有利になるような調査活動をし、証人としての供述を行ったことについても、これを認めるに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
4 同四1(各項目相互の矛盾)
原判示から明らかなように、堀田見解五項目の1「砒素の毒作用の普遍性」の内容は、砒素により活性を阻害されるSH基系酵素は全身に分布しすべての細胞代謝に不可欠であるから、砒素中毒は、いかなる生体組織にも影響を「与え得る」というところにあり、砒素はSH基系酵素の活性を阻害するが故に常に必ずすべての生体組織に影響を与えるというものではないことは、その表現から明らかなことといわなければならず、砒素がSH基系酵素の活性を阻害した場合にも、砒素に対する人体反応の個人的特異性(個体差)により、侵襲される臓器や程度等に個人差があっても、それは何ら「砒素の毒作用の普遍性」と矛盾するものとは考えられない。
次に、堀田見解五項目の4「発現形式」についても、原判示に明らかなその内容並びに甲第一六二号証によれば、同項では症状の種類(類型)を最大公約数的にⅠ消化器系、Ⅱ喉頭及び管官支カタル、発疹、Ⅲ知覚障害、Ⅳ麻痺の四類型に分け、汚染の型・経路のいかんを問わず、急性・慢性の別なく、ほぼ同じ種類の症状が一定の順序で出現してくるといっているだけであり、各種類(類型)の内部での各症状の発現及び経過に「汚染の型・経路」、「急性・慢性」、「個体差」等による差異があることまでを否定するものではなく、また、右症状の種類(類型)等に右各影響を上回る各臓器の砒素に対する親和性があり、その出現の順序が一定していたとしても、それにより「個体差」をはじめとする右各影響の存在が否定されるものでないことはいうまでもない。
なお、右「発現形式」の解釈からすれば、堀田見解五項目の5「症状の非特異性」で「併発パターンの特徴の重視」もこれと何ら矛盾するものでないことは明らかである。
従って、被告の右主張は理由がない。
5 同四2(量・反応関係の原則との矛盾)
堀田見解五項目は、いずれも閾値を越える砒素の摂取があって中毒症状が出現した場合の、症状の広範性、毒作用の普遍性及び発現形式、症状発現順序の一定性について触れたものと解され、この点において閾値以下の摂取を前提とする被告の論難は理由がなく、また皮膚症状や末梢神経障害が必発症状とする被告の論難は、当審証人堀田の証言に明らかなとおり、同証人が、一定の症状を砒素中毒の主要症状としてとらえるだけで、しかもこの主要症状を重要視し過ぎるのは誤りであるとすることの批判にはなり得ても、堀田見解が被告のいう量・影響、量・反応関係と矛盾することの根拠とはなり得ないと解するのが相当である。
6 同四3(各項目内部の誤謬)
堀田見解五項目の1項に対する批判について
同項は、被告のいう三段論法を前提にするものといえようが、前記4でのべたとおり、砒素によるSH基系酵素の活性阻害は生体組織に影響を「与え得る」というに止どまるものであり、同項自体は何ら被告のいう充分条件に触れるところではないのであるから、同項が右充分条件を充たしていないことから直ちに誤りであるということはできない。
亜砒酸の体外排泄の速さをいう点も、同項自体は侵襲した亜砒酸の生体組織への影響の継続時間に何ら触れるものではないことから、同項のみでは長期間にわたる全身性障害を説明できないことにより直ちに同項が誤っているということはできない。
同2項に対する批判について
被告自身1項に対する批判の箇所で、砒素の濃厚分布臓器(いわゆる標的臓器・組織)が即障害発生臓器とは限らないとの結論を来す実験を掲げていることでもあり、砒素の体内分布に一定の分布パターンがあることが直ちに「個体差」の幅が小さいことや2項が誤りであることにつながるとは考えられない。
同3項に対する批判について
被告の1項に対する批判が理由がないことは、前記のとおりであるから、同批判が正しいことを前提とする3項への批判が理由がないことは明らかである。
また、原審証人堀田(第一回)の証言によれば、甲第一四五号証の表14「文献にみる砒素中毒の臨床症状」(原判決別表4−1と同一)に掲げられた各臨床症状は、同証人が約一〇〇編の文献上砒素中毒症状と一応認めた症状を類型別に羅列したものであることが認められるのであって、同症状の羅列が「機械的羅列」に当たることを前提として3項「症状の広範性」が誤りであるとする被告の批判は理由がない。
同4項に対する批判について
前記4で判断したところに照らせば、被告の4項に対する批判が理由がないことが明らかである。
同5項に対する批判について
被告の主張によるも、症状併発パターンの特徴の重視が5項(症状の非特異性)と矛盾するものとは考えられない。
二一同第二節一(砒素の生体に対する作用機序)
<証拠>によれば、ヒトの体内における三酸化砒素(亜砒酸)の作用機序は、摂取後三酸化砒素は、無機砒素である三価砒素及び五価砒素、有機砒素であるメチルアルソン酸(MAA)ジメチルアルシン酸等(DMAA)に体内変換すること、右のうち有機砒素であるMAAとDMAA、無機砒素である五価の砒素の毒性は微弱であること、ヒトの三酸化砒素摂取後の尿中砒素量あるいは尿中三価の砒素の量が正常値に戻る時間については二〇時間から八五時間の間とする報告例が多いことが認められる。
しかしながら、他方、<証拠>によれば、右短期日の内に尿中砒素量あるいは尿中三価の砒素の量は正常値に戻るとする各報告例においても、正常値に戻るまでの尿中三価の砒素の量は数十パーセントとしており、三酸化砒素の摂取後生体内で前記のごとき変換が行われるが、なお短期日ではあっても生体内に三価の砒素のまま相当量が留どまること、また、摂取された三酸化砒素が一〇〇パーセント排泄されるものでなく、数パーセントあるいは数十パーセントの範囲で各臓器に滞留することが認められ、同認定に反する乙第五五六号証(成立に争いがない)は右各証拠に照らして措信できず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右後者の認定事実に照らせば前者の認定事実をもって被告の主張のように解するのは相当でないというべきであり(前者の認定事実で明らかなのは、あくまでも尿中砒素量あるいは尿中三価の砒素の量であって、短期日の内に尿中砒素量あるいは尿中三価の砒素の量が正常値に戻ったとしても、摂取された三酸化砒素が一〇〇パーセント排泄されず、残りが滞留するのであれば、なお、被告主張のように速かに無毒化・排泄されるとまでいうことはできないとした原判示も誤りではないと考える。)、その他原判示に照らしても、被告の主張は理由がないというべきである。
従って、被告の右主張は理由がない。
二二同二(古い文献)
被告指摘の書証のみならずその他の書証によっても、人体内に摂取された砒素が被告主張の如く速かに無毒化・排泄されるものとはいえないとの原判示に誤りがないことは前記二一のとおりであり、また、前記二一掲記の書証のうち乙第二四二、同第三〇八号証、同第三一〇、同第三一一号証の各一、二、同第三一二号証によれば、これらの各報告はいずれもヒトを実験対象とするものであることが認められる。
しかし、右二一の認定及び判断に照らせば、被告の右主張は理由がないことが明らかである。
二三同第三節(甲第一四二、同第一〇五、同第三六号証)
右各号証によれば、甲第一〇五号証には、掲記された中毒症状は主要症状である旨の記載がなされ、また、甲第一四二号証では、肺癌、皮膚癌を中毒症状として認めているほか肝癌、血管肉腫についても疑わしいので十分注意すべきであるとし、甲第三六号証では肺癌について十分注意すべき問題であると指摘していることが認められ、右認定事実からすれば、右各号証によっても、同各号証に中毒症状として掲げられた症状〔原判示第二章第一節第二の一の1(甲第一四二号証)、同2(甲第一〇五号証)、同3(甲第三六号証)〕が、それ以外の症状は中毒症状として認めないとする限定列挙であるとは認められず、また、原判決第二章第一節第二の一掲記の各証拠のうち右各証拠を除いた証拠によっても、右各号証掲記の各症状が十分に網羅的とはいえないことが認められる。
従って、被告の右主張は理由がない。
二四同第四節一(行政認定の寛大性)
亡佐藤高雄については、県の健診でボーエン病が認められていることは原判示のとおりであり、被告の主張はその前提を欠き理由がない。
原告佐藤トネについても、公害健康被害補償不服審査会は、同原告の皮膚所見を砒素による疑いがあるものとし、また慢性気管支炎を認めるなど砒素起因と認め得べき数個の症状の存在を認め、これらの症状や曝露歴等を総合的に考慮したうえで、同原告の症状を慢性砒素中毒症状と認定したことは原判決掲記の甲第二二三号証によって明らかである。しかして、同事実に原判示のとおり、行政認定の要件につき昭和五六年に「なお書」として「(1)に該当し、(2)の①を疑わせる所見又は砒素によると思われる皮膚症状の既往があり、かつ慢性気管支炎の症状が見られる場合には、その原因に関し総合的に検討し、慢性砒素中毒症であるか否かの判断をする。」が追加改訂されたことに鑑みれば、同審査会の判断が、慢性砒素中毒に起因する多発性神経炎の存在を否定しながら、同原告の症状を慢性砒素中毒症と認定したことは必ずしも同要件を逸脱したものではなかったとみるのが相当である。従って、同原告に関しても被告の主張は理由がない。
二五同二(砒素曝露歴者と行政認定)
本件鉱山の操業に由来する本件被害者らの砒素曝露歴に関する証拠並びに認定については、原判示(個別主張・認定綴記載)のとおりであり、本件における砒素曝露の態様、時期、期間等を考慮すると、本件被害者らの曝露濃度(数値)が個別的具体的に直接明らかにされないからといって、その砒素曝露を否定するのは相当でない。
従って、被告の主張は理由がない。
二六同三(認定要件)
原判示第二章第二節第一の二の3掲記の証拠並びに雑誌登載報文であることは当事者間に争いがない甲第四〇三号証、当審証人柳楽翼の証言並びにこれにより真正に成立したと認められる甲第四二四号証、当審証人堀田の証言並びにこれにより真正に成立したと認められる甲第三四〇号証を総合しても、原判示のとおり、慢性砒素中毒症たることの認定要件を行政認定における皮膚症状、鼻粘膜・鼻中隔症状、多発性神経炎に限定すべき医学的根拠は見当たらないと認めるのが相当であって、当審証人川平稔の証言並びにこれにより真正に成立したと認められる乙第四八七号証、当審証人チャールズ・H・ハインの証言並びにこれにより真正に成立したと認められる乙第五二五号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第五一五号証によっても、右各証人においては範囲の大小はあれ、右認定要件以外の症状を慢性砒素中毒症状として容認しており、また、同証人川平は総ての砒素中毒が多発性神経炎を伴うものではないとしていることが認められ、前記認定を左右する証拠とはならず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。
従って、被告の右主張は理由がない。
二七同第五節一(宮崎県調査および倉恒報告・甲第一六、同第一七号証)
慢性砒素中毒が曝露経路のいかんを問わず、結膜炎、角膜炎等の眼粘膜障害をきたすことは、原判示(第三章第三節第三の三)のとおりであるところ、原判決掲記の右各号証によれば、県健診の結果結膜炎を主体とする眼の炎症性疾患は土呂久地区の男に有意に高く、眼の炎症性疾患及び白内症を除く眼の疾患は男女共有意に土呂久地区が高いことが認められる(原判示〔第二章第二節第二の一の1の(一)の(1)〕参照)のであって、県調査結果はその点でも土呂久地区における慢性砒素中毒症患者の存在を裏付けるものであることに変わりはない。
被告が県調査結果の自覚症状調査に関して、心理的バイアス等によってもたらされた心因的なものとする主張が理由がないことは、原判示第二章第二節第二の三の1のとおりである。
その他、右各号証の過去の受診状況の調査結果、死亡原因調査、死亡例調査、ケースコントロール調査に関し被告が云々する点は、いずれも、被告指摘のとおりの諸点を考慮に入れつつ他の調査例や報告例と照らし合わせて勘案すれば足りることであって、必ずしも原判示第二章第二節第二の二の「まとめ」と矛盾するものとは解されない。
従って、被告の主張はいずれも理由がない。
二八同二(中村報告(一)・甲第一二、同第一三号証、同(二)・甲第一三〇号証)
1 中村報告(一)
同報告掲記の感音性難聴、視力低下、神経痛様症状がいずれも加齢によっても惹起され得るものであるとしても、それは医学上常識に属することと考えられ、また、原判決掲記の右各号証によれば、同報告では、右各症状はいずれも他の砒素中毒事例の報告等に中毒症状として掲げてあることを調査するなど、砒素との関連性を検討したうえで、これらを同報告においても砒素中毒症状として掲げたものであることが認められる。しからば、同報告では加齢との関係も考慮したうえで、これらの症状を砒素中毒症状と診断したものであることが推測されるのであって、同報告では調査の対象となった患者がこれらの症状を有することから直ちにこれらを砒素中毒症状と診断したとは到底認められない。
原審証人堀田(第一回)、当審証人川平稔の証言によれば、肺繊維化像、肺気腫像、胸膜肥厚の各症状はいずれも呼吸器障害であり、ただ、肺繊維化像及び肺気腫像はいずれも気管支拡張症、慢性気管支炎の二次的障害であり、胸膜肥厚は肋膜炎の二次的障害であることが認められ、しからば右各症状を「砒素との密接な関連性を否定できない」とした中村報告(一)が医学常識を逸脱したものとは到底認められない。
従って、被告の同報告に関する主張は理由がない。
2 中村報告(二)
甲第一三〇号証によれば、同報告は、認定患者四八名が有する各慢性砒素中毒症状についての報告であること(個体差から同認定患者らがすべて慢性砒素中毒症状を有するとは限らない)、同報告は、その中で、慢性砒素中毒症状は全身性の症状であるとする見解を採る立場から昭和四九年五月設定の環境庁の認定基準に対する批判があることを記載し、同報告においても認定患者らに同基準に包含されない呼吸器症状、眼症状があることを指摘し、どの範囲の症状を慢性砒素中毒症状とみるかは今後の課題であるとしていることが認められ、他方、同報告において認定患者の症状として掲げられた症状以外の症状を慢性砒素中毒症状と認めないとしていることはこれを認めるに足りる証拠はない。
従って、被告の同報告に関する主張は理由がない。
二九同三(太田報告・甲第一一号証)
1 疫学調査方法
当審証人川平稔の証言によれば、同証人は太田報告に批判的な立場に立っていることが認められるところ、同証人においても、同報告の疫学調査方法に関しては、調査の対象と対照集団との間の年齢構成に開きがあるというに止どまっている(なお、同証人は、同報告により対照集団に特定の疾患、特定の病像に偏りがあることは指摘されるとしている)こと、その他同報告の疫学調査方法が同報告の価値に重大な影響を及ぼすべき誤謬をおかしていることを認めるに足りる証拠はないこと、並びに原・当審証人柳楽翼の証言とを併せ考慮すると、同報告の疫学調査方法には、右証人川平が指摘する点のほか対照集団の設定方法(自主検診の受診者のみを対象としている点・これは右証人川平の証言によって認める)等につき若干疑問の点が認められるものの、それは同報告を判断資料として組み込む際に十分考慮すれば足りる程度であると解するのが相当である。
2 自覚症状
原判示(別表4−2)並びに原・当審証人柳楽翼の証言を総合すれば、同報告の調査方法は、自記式自覚症状調査だけでなく、問診、視診、触診や他覚的検査をも行っていることが推察されるのであるから、診察の一方法として自記式自覚症状調査の方法により訴症率の頻度を確認したこと自体、それほど非難さるべきこととは断じ難い。
従って、被告の右主張はいずれも理由がない。
三〇同四 (堀田報告・甲第一四五、同第一六二号証、堀田第二報告・甲第二六四号証)
右各号証並びに原(第一回)・当審証人堀田の証言によれば、同証人ら(共同報告者を含む)は、調査対象者の砒素曝露歴並びに臨床症状(初発、経過、現症)を重視し、両者間に医学的に妥当とみなされる範囲の関連が認められた場合(簡潔にいえば、砒素曝露歴を有する者に、従来の研究や報告等により慢性砒素中毒症状と認められている症状が出現している場合)には同症状を慢性砒素中毒症と診断する立場に立って、同調査を行ったことが認められる。
しからば、被告の堀田報告に対する批判は、結局のところ堀田らが右のごとき立場に立つことに対する批判に帰着するが、本件において右のごとき視点において各健康障害と砒素との関連性を探究することが決して不当ではないことは原判示(第三章第三節第一)のとおりであって、これに副う右堀田らの診断結果を採用することが誤りであるとはいえない。なお、堀田らが右の立場に立つが故に故意に判断を曲げた診断を下していると認められる証拠はない。
被告の堀田第二報告に対する批判については、台湾の鳥脚病患者中のレイノー症状を有するものの割合と同報告の調査対象者中のレイノー症状を有するものの割合とを比較しただけで、同報告のレイノー症状の診断を直ちに否定するのは相当でないというべきである。
従って、被告の右主張はいずれも理由がない。
三一同五(常俊報告(一)・甲第二七二号証)
甲第二七二号証によれば、同報告は、土呂久地区の現居住者及びかつての居住者を調査対象とし、対照集団を設定して調査を行ったものであるが、同報告には、被告指摘の呼吸器障害につき、「持続性せき、たんの訴症率は対照地区に比し汚染地区に高率であったが、呼吸機能検査成績では両地区間に明らかな差はみられず、地区間の訴症率の差を裏付ける充分な成績を得ることは出来なかった。」とされているが、更にそれに続いて「持続性せき、たんの訴症率の地域差が単なる自覚症状の差にとどまるものか、或いは機能的変化に結びつくものかについては、追跡調査を実施するなどによって更に検討する必要があるものと考えられる。」としていること、被告指摘の高血圧の頻度の点に関しても、同報告には被告主張のとおりの記載がなされているが、更にそれに続いて「しかし、昭和四七年七月の宮崎県土呂久地区社会医学的調査専門委員会の慢性砒素中毒症状の報告並びに砒素及び亜硫酸ガス曝露による影響発現に関して、曝露期間、曝露量、発病に要する期間(潜伏期間)が明確でないこと等を考えると、本結果だけで直ちに砒素の影響の有無を結論することはできない。」との記載がなされていることが認められるのであって、右認定事実に照らせば、同報告が前記太田報告や堀田報告を全く否定する証拠とみることは相当でない。
従って、被告の右主張は理由がない。
三二同六(村山報告・甲第一四号証)
同報告には、原判示(第二章第二節第二の一の8)のとおりの報告がなされており、同報告が僅か一例にかんしての症例報告であっても、それによって同報告の意義が滅失すると考えるのは相当でなく、また、右報告内容からすれば、同報告が特に多発性神経炎だけに関する報告ともみられない。さらに、甲第一四号証によれば、同報告書には、皮膚症状につき被告指摘の記載がなされているが、同記載部分は、入院時所見に関する部分であって、その後の検査等により、躯幹・大腿部の皮膚に色素沈着と脱色斑があり降圧剤の内服の既往がないことなどから砒素疹が疑われたとの記載がなされていることが認められる。
従って、被告の右主張は理由がない。
三三同七(大野報告・甲第二七四号証)
砒素曝露と聴力損失との因果関係の有無については後記するとおりであり、被告の主張は理由がない。
三四同八(結語)
原判示(第二章第二節第二の一の1ないし10)の各調査、研究のほか、次の調査を総合すれば、原判示(同章同節第二の二(まとめ))は相当であるというべきであって被告の右主張は理由がない。
「 11 堀田宣之らによる土呂久鉱毒病(慢性砒素中毒症)の予後・6年後の追跡調査に関する報告(以下「堀田第三報告」ともいう)
雑誌登載報文であることは当事者間に争いがない甲第三四〇号証並びに当審証人堀田の証言によれば、熊本大学体質医学研究所気質学研究部の医師堀田宣之らは、昭和五〇年四月ないし昭和五六年九月までの間に一二一名(男五八、女六三名)の土呂久川流域住民及び元鉱山従業者に対する検診を行い、その臨床像の概要と昭和五〇、五一年度に調査した九六名につき六年後の経過(昭和五六年六月ないし九月の再調査による)を要旨次のとおり報告した。
(一) 自覚症状
対象者の四〇%以上にみられた自覚症状は別紙図表(一)のとおりであり、手足のしびれ、異常感覚、倦怠感、嗅覚障害、四肢のこむらがえり、易疲労、物忘れ、めまい、起ち暗み、咳、頭痛、頭重などは五〇%以上にみられた。
(二) 臨床症状の概要
砒素中毒症状に関連のある主要所見のみの出現頻度は別紙図表(二)のとおりである。
(1) 神経症状
嗅覚障害五五%(男二五、女三〇)、聴覚障害八〇%(男四一、女三九)、求心性視野狭窄三二%(男一二、女二〇)、多発神経炎二七%(男一一、女一六)、中枢神経障害三三%(男一七、女一六)
などが主なものである。中枢神経障害では脳循環障害によるものが二八%(男一三、女一五)を占め、このうち片麻痺が一〇%(男四、女六)にみられた。これに関連して錐体路症状二〇%(男一〇、女一〇)、錐体外路症状一七%(男九、女八)、失調、意識喪失発作およびパーキンソニスムス各二%、知的機能障害二九%(男一六、女一三)、情意障害二三%(男11.5、女11.5)、精神薄弱および精神病状態各一%、抑うつ状態二%などを認めた。
(2) 呼吸器症状
肺結核を除く慢性呼吸器障害五七%(男三〇、女二七)、この内訳は慢性気管支炎五三%(男26.5、女26.5)、気管支喘息一二%(男四、女八)、塵肺七%(男六、女一)、喉頭炎三%、喉頭癌一%などである。慢性鼻炎は三〇%(男一六、女一四)、副鼻腔炎は九%(男七、女二)にみられた。
(3) 消化器症状
慢性胃腸炎五一%(男二二、女二九)、肝障害一二%(男九、女二、注一%は計算ミスと認める)がみられた。
(4) 心臓・循環器症状
八一%(男三九、女四二)に何らかの障害がみられた。その内容は高血圧五三%(男二九、女二四)、心雑音四二%(男一五、女二七)、片麻痺一〇%(男四、女六)、心肥大、眼底血管異常が各六%、低血圧、不整脈、心臓発作が各三%などである。またレイノー症候群は二三%(男八、女一五)、間歇性跛行二%、下肢静脈血栓一%などがみられた。腎障害は七%(男一、女六)にみられた。心電図は被験者七三例中五五%に異常所見をみた。
(5) 皮膚症状
色素沈着八一%(男三八、女四三)、白斑四五%(男二二、女二三)、掌蹠角化症六九%(男三一、女三八)などである。既往歴により初期に亜砒まけ(砒素皮膚炎)に罹ったものは三六%(男二〇、女一六)であった。これらのうち汚染中断後も反復して慢性皮膚炎或は湿疹様皮疹のみられるものが八%あった。
(6) 悪性腫瘍
ボーエン病を除く悪性腫瘍は一四例(男一一、女三;一二%)に認められた。内訳は肺癌八例、泌尿器系癌四例、喉頭癌、肝癌、皮膚癌、乳癌および白血病が各一例である。つまり一四人の患者に一七個の癌がみられた。重複癌の三例は喉頭癌と皮膚癌、肺癌と白血病、乳癌と泌尿器癌であった(別表(一)のとおり)。
(7) その他の症状
結膜炎一二%(男五、女七)、角膜炎九%(男五、女四)、白内障四七%、貧血一一%(男四、女七)、歯の障害七八%(男三二、女四六)などである。
(三) 経過
(1) 初期症候群―皮膚粘膜刺激症候群
病初期に初期症候群(皮膚炎、鼻炎、結膜炎、角膜炎、咽・喉頭炎、気管支炎、胃腸炎等)が存在したもの九三例(男四六、女四七;七七%)、存在しなかったもの二八例(男一二、女一六;二三%)であった。別表(二)は初期症候群と各症状の出現率を鉱山従業歴の有無別にみたものである。初期症候群の出現は従業歴の有った群が無かった群よりも有意に高く、居住歴は両者間に差がない。慢性砒素中毒と診断された者の率は初期症候群の有った群に高く死亡率では両者間に差はない。
(2) 慢性皮疹について
亜砒まけの有無と皮疹の関係は、亜砒まけが有った群の一部では汚染中断後相当期間経過しても尚、皮膚発疹を繰り返している者が有り、しかも、昭和五〇年と昭和五六年の両調査時共に皮膚症状がみられた者のすべてが病初期に亜砒まけが出現している。これは亜砒まけの無かった群ではみられない現象であり両群間では有意差が認められる。亜砒まけの有った者のうち瘢痕の認められる率は二三%である。
(3) 臨床症状の経過
昭和五〇年―昭和五一年の初回調査から五年以上経過した昭和五六年六―九月の再調査で九六名を追跡調査し以下の結果を得た。
死亡:一八名(男一一、女七;一九%)
病状悪化:三五名(男一五、女二〇;三六%)
病状遷延:三七名(男一五、女二二;三九%)
病状軽減:六名(男二、女四;六%)
全体的傾向として初期症候群に属する症状は漸次軽減―遷延を示しているが、神経症状、心・循環器症状、色素沈着・白斑・角化などの遅発症状は遷延―増悪化を示し、新たな症状として悪性新生物の出現が加わってきている。また白内症が増加しているのも注目される。
(4) 悪性腫瘍と潜伏期間
一二一名中にみられた一四例の悪性腫瘍とその潜伏期間(砒素汚染の開始から癌発見までの期間)は別表(一)のとおりであり、潜伏期間は二五―七一年(平均54.71年)となる。一方、砒素中毒の初期症候群の発現から癌発見までの期間を潜伏期間とみれば潜伏期間は二四―六〇年(平均49.14年)である。
(5) 死亡者と死因
対象者一二一名中、昭和五一年二月―昭和五八年八月までの死亡者は二六名(男一六、女一〇;二一%)であった。死因別には悪性腫瘍一三名(男一〇、女三;五〇%)、脳血管障害六名(男二、女四;二三%)、心臓障害七名(男四、女三;二七%)である。悪性腫瘍では呼吸器癌八例、泌尿器癌四例、肝癌一例であった。死亡者に占める呼吸器癌死亡率は30.7%、悪性腫瘍に占める呼吸器癌の割合は61.5%でいずれも非常に高い。
(6) 土呂久鉱毒病の経過と症候学
症候学的立場から、その顕在化する諸症状を経過順にみると以下の三群に分けられる。
Ⅰ 初期症候群:前記のとおり
Ⅱ 中間期症候群:諸種の末梢神経障害、レイノー現象、肝障害、腎障害、貧血、色素沈着・白斑・角化症など
Ⅲ 遅発症状群:心循環器障害、中枢神経障害、悪性新生物など」
三五同第四章第一節一(皮膚症状)
1 晩発性、非可逆性の当否
当審での新たな証拠調の結果〔いずれも雑誌登載の報文であること(甲第四一三号証の一、二については原本の存在を含む)は当事者間に争いがない甲第三四〇、同第四〇九号証、同第四一三号証の一、二、同第四一四、同第四九〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三三七号証の一、二、当審証人川平稔、同堀田宣之、同チャールズ・H・ハイン、同柳楽翼の各証言〕によれば、砒素曝露に基づく皮膚症状は一〇年を越えて存続し得る(角化症等三〇年を越えても消失しなかった例も確認されている)ことはもとより、症状が進行することもあること、砒素曝露に基づく皮膚症状の一つとされているボーエン病(この点は次の2のとおり)並びに皮膚癌は、色素沈着、色素脱失、角化症等に続発して数十年後に発症することも、これらの症状の消失後あるいはこれらの症状が発症していなくても数十年後に発症することもあることが認められる。
被告指摘の乙第二五五ないし同第二五八号証によれば、右各号証には略々被告主張のとおりの各記載がなされていることが認められるが、前記のとおりボーエン病並びに皮膚癌は色素沈着等の皮膚症状が消失した後でも発症すること、右乙第二五六号証には、色素沈着が退色したあとボーエン病が発症した例も報告されていること等に照らせば、右被告主張の各記載の存在だけでは前記認定を覆すに足りず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の認定並びに原判決第三章第三節第三の一の2掲記の各証拠を総合すれば、原判示(前同2)のとおり砒素曝露に基づく皮膚症状は一般に晩発性、非可逆性であるのが通例であると認めるべきである。
従って、被告の右主張は理由がない。
2 ボーエン病
当審での新たな証拠調べの結果〔いずれも雑誌登載の報文であることは当事者間に争いがない甲第四一六、同四五四、同第四六三号証、図書の一部であることは当事者間に争いがない甲第四五三号証、当審証人柳楽翼の証言並びに同証言により真正に成立したと認められる甲第四一七号証、当審証人堀田宣之、同チャールズ・H・ハインの各証言〕並びに原判決掲記の前記各証拠を総合すれば、原判示(前記同箇所)のとおり、医学界では、ボーエン病は表皮内癌の一種で癌そのものないしその前駆症であるとされているし、砒素角化症自体すでに前癌状態であるとする見解も有力であることが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
3 発癌性と各報告例
被告指摘の各報告例(file_8.jpgを除く)がいずれも慢性砒素中毒事例に参照不可能なほどに特異な長期大量曝露事例であることを認めるに足りる証拠はない(ブラックフット病、ブドウ園従業者事件については後述する。)。
被告指摘の甲第二六五号証についても、同号証によれば、医師今村貞夫らによる「一地方に発生した多発性ボーエン氏病について」の報告書である同号証には、「まとめ」として「黒んぼう、手掌足蹠化異常は砒素中毒症に一致するものと思われ、かつてこれらの三部落に限局して集団砒素中毒が発生した事実が推測される。」、「これらのことから当地の多発性ボーエン氏病も砒素中毒を原因としていると考えられる。」と記載されていることが認められることから、被告の主張は理由がないことが明らかである。
砒素の発癌性については後記するとおりであり、被告の主張は理由がない。
三六同二(呼吸器症状)
1 慢性砒素中毒と慢性呼吸器障害
被告指摘の各曝露事例に関する報告が、いずれも慢性砒素中毒事例に参照不可能なほどに大量濃厚曝露事例または特殊な事例であることを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、原判示(第三章第一節一)のとおり、本件被害者らは、本件鉱山の操業により、長期間にわたり継続的に、しかも殆ど四六時中、経気道、経口、経皮、複合的に鉱毒(砒素及び亜硫酸ガス等)の曝露を受けてきたことからしても、右各事例をもって本件被害者らの症状の判定の資料とすることは許されるというべきである。しかして、以下、各報告の症例を本件土呂久地区の参考に供する場合、特段の事情が認められない限り、曝露濃度の濃淡あるいは急性・亜急性中毒であるか、慢性中毒であるかにはことさら意を用いる必要はないと解すべきである。雑誌登載の報文であることは争いがない甲第四一四号証、当審証人堀田宣之、同柳楽翼、同川平稔の各証言ならびに原判決第三章第三節第三の二2掲記の各証拠、原判決第二章第二節第二の一掲記の各種調査研究、前記堀田第三報告を総合すれば、「慢性砒素中毒が慢性呼吸器障害をもたらすことは」、「曝露経路のいかんを問わない内外多数の報告例によっても」明らかであるということができる。
従って、被告の右主張は理由がない。
2 土呂久地区における呼吸器障害の高頻度出現の有無
(一) 太田報告(甲第一一号証)
前掲甲第一一号証によれば、同号証は、岡山大学医学部衛生学教室所属の医師太田武夫らによる旧土呂久鉱山従業員及び住民の健康被害に関する報告書であり、同医師らは、問診の結果、対照群より統計的有意差をもって多いと認められた健康被害(症状)として「咳、嗄声、痰、息切れ、動悸胸苦」(被告指摘の各症状のうち右症状を除く症状については、同報告書で土呂久地区における高頻度出現を明言した箇所は見当たらない。)を挙げていることが認められることから、被告の主張は理由がないことが明らかである。
被告は、各報告を論難するにつき、各報告において、診断された各症状と砒素の起因性、あるいは慢性砒素中毒症との関係が報告されていない、あるいは断定されていないことを理由に、当該各報告を本件において採証することを非難するが、特定の集団的砒素中毒が発生した地域の住民がいかなる症状、障害を有するかを疫学的に調査することは、それなりに意義があることと考えられるので、単に同報告において砒素の起因性や慢性砒素中毒症との関係が報告あるいは断定されていないことの一事をもって、同報告が本件において採証し得ないと解することは相当でないといわなければならず、この点に関する被告の主張は、右の意味からも理由がない。
なお、これは以下の各報告についても同様である。
(二) 堀田報告(甲第一六二号証)
被告援用の乙第二七一号証は未だ右報告の信用性を左右するに足りない。
(三) 中村報告(甲第一三〇号証)
前掲甲第一三〇号証によれば、同号証の第二表(土呂久地区慢性砒素中毒症認定患者の臨床症状一覧表。原判決表4―4)には、「消化器症状」、「呼吸器症状」、「耳鼻科的症状」、「眼科的症状」、「神経症状」、「皮膚症状」、「その他」の各欄が設けられており、被告指摘の「肺結核、硅肺病」はいずれも右「その他」の欄に掲げてあること、被告指摘の「なんらかの呼吸器系障害」の字句は「呼吸器症状」の項目の中に存することが認められる。
しからば、同報告書では、「肺結核、硅肺病」についてはこれを「呼吸器症状」の中に入れておらず、また、同報告書の「なんらかの呼吸器障害」には「肺結核、硅肺病」は含まれていないことが明らかであり、被告の主張は理由がない。
(四) 常俊報告(甲第二七二号証)、同(二)(甲第三一八号証)
自覚症状と機能検査との関係は後記のとおりであり、後者に有症率の顕著な差がなかったとしても、それが直ちに前者に有症率の顕著な差があることを否定することになるものではないと解するのが相当である。
常俊報告(二)が土呂久地区において呼吸器症状が高頻度に出現した事実の証拠となり得ないことは被告主張のとおりである。しかしながら、このことは原判決第三章第三節第三の二の2の(四)掲記の各証拠(ただし、常俊報告は常俊報告(二)を除く)によって右事実を認めることの妨げになるものではない。
(五) 環境庁昭和五六年検討結果報告(甲第二七三号証)
甲第二七三号証によれば、環境庁による慢性砒素中毒症に関する会合検討結果報告書である同号証では、「3砒素による環境汚染地域に関する臨床疫学的検討、(1)宮崎県西臼杵郡高千穂町土呂久地区」の箇所で「土呂久地区住民二三九名と対照地区住民三八名につき自覚症状の調査及び呼吸機能検査を行い、その結果、喘鳴、持続性せき、たんの有症率は土呂久地区の方が対照地区に比較して明らかに高率であった。」旨の報告がなされ、同項の「まとめ」の箇所でも「呼吸器に対する影響の可能性は住民の受診率の調査、呼吸器に関する自覚症状に関する調査より、慢性気管支炎に該当する呼吸器症状、疾患の多発が懸念される。」と報告されていることが認められる。
しかして、右報告の各文言に照らせば、同報告書で懸念されているのは、土呂久地区で高率に出現した「喘鳴、持続性せき、たん」と原因が慢性気管支炎であり、慢性気管支炎に基づく各症状の多発であり、右「喘鳴、持続性せき、たん」(これらはいずれも呼吸器症状にあたる)の高率出現でないことは明らかである。
(六) 従って、被告の主張はいずれも理由がない。
3 器質的病変の確認の意義
ここで器質的病変の確認の要否及び他覚的検査の要否について原判示に敷衍して総括する。
<証拠>によれば、健康障害には、器質的障害と機能的障害とがあること、前者は他覚的検査により判明できる(しかしそれも一〇〇パーセントに至らず、その大半がというに止どまる)が、後者は他覚的検査に現れないことが多く、同検査によってはその存否を決め難いことがそれぞれ認められる。
しかして、右事実からすれば、他覚的検査の結果が異常なしであってもそれだけで健康障害がないと断定することや、健康障害があるというためには同検査により器質的障害が確認されることが必要であるとすることは、相当でないというべきである。右証人川平の供述中には、一部右認定に反するかのごとき部分も見受けられるが、同証人においても、他覚的検査の結果が異常なしであっても健康障害が存在する場合があることを容認していることから、同証人の見解も基本的には右認定と矛盾するものではないと認めるべきであり、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
従って、器質的病変の存続の確認の意義に関する被告の主張も理由がない。
三七同三(眼、鼻、口の粘膜障害)
1 眼粘膜(土呂久地区における眼粘膜障害の高頻度出現の有無)
(一) 倉恒報告(甲第一六号証)
甲第一六号証によれば、土呂久地区社会医学的調査専門委員会委員長倉恒の報告書である同号証では、土呂久地区住民の眼疾患の罹患率は対照地区に比較して有意に高いが、その原因を特定の原因で説明することはむずかしいとされているが、その理由は、調査の困難性(鉱山は約一〇年前に操業中止しており、現在その影響が希薄化していることから、その影響を容易に臨床的に把握し難いこと、土呂久地区、対照地区共に住民の過去の健康状態の把握が困難であること、両地区共に過去の分母人口が不明な期間が多いこと)のためその原因を断定し難いというにあり、その原因を砒素曝露に結び付けることを否定する趣旨ではないことが明らかである。
しからば、砒素による起因性の問題は前記三六2(一)のとおりであり、同報告書をもって土呂久地区の眼疾患の高頻度出現の証拠とすることは何ら差し支えないというべきであり、被告の主張は理由がない。
(二) 太田報告(甲第一一号証)
前掲甲第一一号証によれば、太田報告では、医師太田らの問診により統計的有意差をもって高率と認められた症状の中に被告主張の流涙(五〇パーセント)、眼脂(38.5パーセント)が挙げられていることが認められるが、同症状が健康障害としての症状に該当すると解すべきことは、前記三六の2(一)のとおりであり、また、右に掲げられたパーセンテージが信憑性に乏しいことは、これを認めるに足りる証拠がない。
従って、被告の主張は理由がない。
(三) 堀田報告(甲第一六二号証)
堀田報告は、堀田医師らが調査の結果明らかとなった各症状につき、一定の立場に立って慢性砒素中毒症の診断をしたものであることは前記三〇のとおりであり、従って被告の主張は理由がない。
(四) 常俊報告(二)(甲第三一八号証)
原判決掲記の甲第三一八号証によれば、常俊報告(二)では、多数の眼科的所見を認めながら、「これらの所見は、対象者が比較的高齢者であることのためと考えられるものもあるので、これらについては、今後の検討が必要である。」としていることが認められる。従って、同報告だけから同報告で認められた眼科的所見を慢性砒素中毒症と認めることは相当でないが、なお、同報告に現れた眼科的所見の種類やパーセンテージをみると、これらは土呂久における眼科的症状の多発を証するものとして、慢性砒素中毒症の存否を判断するに当たって重要な資料となると解するのが相当であり、被告の主張は理由がない。
2 鼻粘膜
(一) 土呂久地区における鼻粘膜障害の高頻度出現の有無
(1) 太田報告(甲第一一号証)
前記甲第一一号証によれば、太田報告により土呂久地区において鼻閉(37.5パーセント)が高頻度で出現していること、鉱山就労歴のある者がない者より鼻汁の症状が多かったことが認められ、これらの事実は、同地区における鼻の障害が高頻度で出現していることの一つの証左となるものと解され、被告の主張は理由がないというべきである。
(2) 堀田報告(甲第一六二号証)
前掲甲第一六二、同第二七三号証によれば、被告主張の各事実が認められるが、同事実により明らかなごとく、環境庁検討結果別添資料に記載されているのは、土呂久地区と対照地区の鼻及び副鼻腔炎の「受療状況」の比較であり、「受療状況は」土呂久地区と対照地区の診療機関の有無や容易性等に左右されると解される(原(第一回)・当審証人堀田宣之の証言によれば、土呂久地区では本件鉱山操業当時診療所に恵まれず、受療状況が悪かったことが認められる。)ことから、鼻及び副鼻腔炎の「受療状況」の面では土呂久地区と対照地区との間に差がない(土呂久地区の方が若干低い)ことは、「土呂久地区では粘膜障害は普遍的」とする同報告の結論を左右するものとは解し難い。
従って、被告の主張は理由がない。
(3) 中村報告(甲第一三〇号証)
前掲甲第一三〇号証によれば、中村報告では、認定患者四八例中一二例(二五パーセント)に鼻粘膜萎縮の診断がなされていることが認められ、同事実からすれば、土呂久地区における鼻粘膜萎縮の高率出現が窺われ、これは同症状の砒素起因性の有無の判断に当たって重要な資料となり得ると解される。また、同報告においては右鼻粘膜萎縮が砒素曝露に起因することを否定する趣旨であることを窺わせる部分は存しない。
従って、被告の主張は理由がない。
(4) 常俊報告(二)(甲第三一八号証)
前掲甲第三一八号証によれば、常俊報告では、認定患者九二例中鼻粘膜萎縮二〇例、21.7パーセント、鼻粘膜瘢痕及び鼻中隔穿孔一五例、16.3パーセント(うち鼻中隔穿孔一例)と報告されていることが認められ、同事実からすれば、土呂久地区における鼻粘膜症状の高頻度出現が窺われ、同事実が同症状の砒素起因性の有無の判断に当たって重要な資料となり得ることは、前記と同様である。
従って、被告の主張は理由がない。
(二) 鼻粘膜障害と副鼻腔炎の関係
<証拠>によれば、亜砒酸精錬所で一一年ないし二二年間精錬作業に従事した作業員四例の症例報告である大井田報告では、全例につき職業性亜砒酸中毒症状の存在を認めたのであるが、四例中三例に慢性副鼻腔炎の症状を診断していること(同報告では右三例の副鼻腔炎につき亜砒酸中毒の起因性をのべていないが、職業性亜砒酸中毒症患者の七五パーセントに副鼻腔炎が存在したという事実は、その起因性を考えるに当たって重要なことである。)、旧松尾鉱山従業員六一名の健康調査報告である久保田報告では、第一次検診受診者六一例中異常所見者二八例中二五例の中に慢性副鼻腔炎二例が存し、うち一例については「砒素粉じん障害あるいは中毒を疑われるもの」の範疇に入れて報告していること(他の一例は「じん肺症として業務上疾病と確定」の範疇に入れて報告されており、その原因鑑別がなされていることが明らかである。)がそれぞれ認められ、同事実に原判決第三章第三節第三の三の2の(二)掲記の各証拠並びに当審証人堀田宣之、同川平稔の各証言を総合すれば、慢性副鼻腔炎は鼻粘膜障害として、あるいはその二次的障害として発症し得るものであり、土呂久地区では多発していることを認めるべきである。
被告主張の常俊報告(二)と堀田報告との差については、同各報告によれば、常俊報告(二)と堀田報告とでは調査の時期も対象も異なっていることが認められることから、調査の結果に異動が生じてもそれは当然のことと考えられ、また、前記環境庁検討結果報告別添資料(甲第二七三号証)によれば、同報告では副鼻腔炎について「受療状況」の調査結果を報告しているものであることが認められ、しからば前記したのと同様に同調査結果が堀田報告等と異なることは、堀田報告等の信憑性を左右することにならないと解すべきである。その他、前記認定に反する当審証人チャールズ・H・ハインの供述部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
従って、被告の主張は理由がない。
3 口腔粘膜(歯の障害)
(一) 被告の主張第四章第一節三の3の(一)
(1) 甲第三八号証
同号証によれば、株式会社海外技術資料研究所による「今後の重要公害汚染物質三〇種」と題する成書には、砒素中毒の症状のうち慢性症状の欄に「歯ぐきの粘膜の炎症、歯ぐきの痛み」が挙げられ、同書の砒素の人体への影響の欄に「砒素ダストは皮ふ・粘膜に刺激を与える。」との記載はあるが、同記載に先立って「大気中に砒素化合物が存在していると砒素は呼吸、経口、皮ふを通して体中に侵入する。」との記載がなされていることが認められ、右後者の記載に照らせば前者の記載が被告主張のとおり右歯の各症状は急性刺激症状のみであることを示しているとは直ちに解されず、他に被告の主張を裏付ける証拠はない。
(2) 甲一五三号証
同号証によれば、医師鯉沼茆吉による「本邦における工業的金属中毒」と題する報告では、急性中毒、亜急性中毒、慢性中毒のそれぞれに分けて症状が報告されているところ、被告主張の「口腔のカタルは」急性中毒あるいは亜急性中毒の欄に記載がなく、砒素の局所作用の欄に記載があることから、同症状は急性、亜急性、慢性を問わず全般的に現れる症状とも解されるのであって、同症状を急性中毒のみの症状であるとする被告の主張は理由がない。
(3) 乙第一一〇号証の二
前掲同号証によれば、環境庁は、砒素中毒による慢性中毒の初期症状に続く症状として被告指摘の「口内炎、流涎」が「結膜炎、鼻腔、咽喉の炎症」と併記されていることが認められるが、同事実だけで前者の症状が刺激症状として起こる炎症の反復であると認めることは相当でなく、被告の主張は理由がない。
(4) そのほか乙第二三九、同第一六二号証に関する被告の主張は、いずれも採用し難く、理由がない。
(二) 被告の主張同(二)
(1) 甲第一四八号証
歯芽の障害が口腔粘膜の変化を前提とすることなしには起り得ないことを認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は理由がない。
(2) 甲第一九四号証
前掲同号証によれば、ブッツェンガイガーは、同号証で、口腔と舌粘膜に黒皮症の症状があることを報告していることが認められ、黒皮症も色素沈着の一種と考えられるから、被告の主張は理由がない。
(3) そのほか、被告の甲第一九一、同第一九〇、乙第二四四号証に関する主張についてみても、右各号証の各報告に現れた被告指摘の各症状がいずれも急性、亜急性中毒症状としての報告であると断定することは相当でなく、また、仮に同症状が急性、亜急性中毒症状であったとしても、そのことだけで同報告が慢性中毒例にとって参照にならないと解すべきではなく、被告の主張は理由がない。
(三) 被告の主張同(三)
(1) 甲第一五八、乙第二五八号証
前掲右各号証によれば、同号証による医師川津らの報告では、色素の異常を認めた症例として歯齦の「色素増強」と「点状白斑」を挙げているところ、同報告で「これまで報告されている砒素性皮疹とは合致しない」とされているのは、「点状白斑」だけであることが認められる。従って、被告の主張は理由がない。
(2) 甲第一九七、同第一九八、同第一二五、乙第二三九、同第二五五号証
甲第一九七号証、前掲その余の右各号証の記載に照らせば、いずれも各症状の砒素起因性を否定する被告の主張は採用し難い。
(四) 被告の主張同(四)
(1) 堀田報告(甲第一六二号証)
口腔粘膜、歯齦の炎症症状がなければ、歯脱落症状が生じないことを認めるに足りる証拠はなく、同報告が前述のとおり一定の立場に立っての診断であることに照らせば、被告の主張は理由がない。
(2) 前記した土呂久地区における診療機関の不備等により、同地区住民の受療状況調査の結果と当該症状の存否とは必ずしも一致しないと考えられるので、被告の主張(四)の(2)は理由がない。
(3) 久保・草場報告(甲第一八八号証)
原本の存在及び雑誌登載報文であることは当事者間に争いがない甲第一八八号証によれば、医師久保、同草場による「宮崎県高千穂地区の歯芽含有砒素量に関する検討」と題する報告には、被告主張(四)の(3)のとおりの報告文が散見していることが認められるが、他方、同報告によれば、「高千穂地区の環境汚染は、亜砒酸焼鉱の操業当初より継続して存在し、同地区の砒素中毒症が、主に慢性発症であったことを示唆」している旨の報告も存し、同報告全体として見た場合、同報告が高千穂地区の歯芽含有砒素量の高率の原因を同地区のバックグランドに帰しているとみることは困難であり、被告の主張は理由がない。
三八同四(心臓・循環器障害)
1 ブドウ園従業者事件
<証拠>によれば、同園従業者のワイン飲酒量は、一日二ないし四リットル(甲第一四八、同第一五四号証)、夏季には一日四ないし五リットルと多量であること、同従業者の中毒事件の主因をアルコールやニコチン、あるいはその両方に求める見解も多いことが認められる。
しかしながら、他方、<証拠>によれば、学界では、同事件の主因を砒素中毒に求め、アルコール、ニコチン、あるいはその両方については症状の拡大等に対する影響物質とみる見解が主流であることが認められ、同事実並びに原判決第二章第二節第三の四の1の各証拠を総合的に考察すれば、今日の段階では未だ少なくとも同事件の主因をアルコールやニコチンあるいはその両者に求めたり、砒素曝露の影響を全く否定したりすることは相当でないと言うべきである(原審証人川平においても、同事件はワインだけでは説明がつかない旨述べている。)。
従って、被告の主張は理由がない。
2 ブラックフット病
<証拠>によれば、ブラックフット病については、その主因を蛍光物質とみる見解が現れてきていること、しかし、同主因を砒素曝露に求める見解も多く、これと反する前記見解も断定した結論を示しているわけでなく、砒素曝露の影響を今後の研究課題とするものが多いこと、蛍光物質中には無機砒素が成分として含まれていることが認められ、これと原判決掲記の前記(一)掲記の各証拠を総合して考えれば、ブラックフット病の主因が蛍光物質であるとして、同病と砒素との関係を否定し去ることは相当でないというべきであり、被告の主張は理由がない。
動脈硬化に関しても、<証拠>によれば、動脈硬化は、加齢やアルコールによっても惹起されることが認められる。しかしながら、他方、動脈硬化が砒素曝露を起因としては生じないことを窺わせる証拠はなく、むしろ、当審証人堀田宣之、同川平稔、同チャールズ・H・ハインの各証言によれば、砒素中毒症として動脈硬化が発症し、あるいは少なくとも他の共存因子が存在する場合には動脈硬化も発症し得ることが認められる。従って、被告の主張は理由がない。
3 アントファガスタ事件
甲第一九九号証によれば、アントファガスタ事件に関するローゼンベルグの報告は乳・幼児の剖検例に基づくものであることが認められるが、同報告には乳・幼児以外に砒素中毒例が生じたことを否定する部分は見当たらず、むしろ、雑誌登載の報文であることは争いがない甲第四〇四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二七〇号証によれば、他の報告例では、同事件につき成人の砒素中毒患者が発生していることが窺われる。
また、<証拠>によっても、栄養不良は同事件の健康障害を促進ないし拡大させる要因となったことを推測させるだけで、同事件が栄養不良を主因とするものであることを認めるには足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従って、被告の主張は理由がない。
4 ガイヤー、チンニー、オッペンハイム、クレン、クレッツァー、レイノルズの各報告
(一) ガイヤーの報告
前掲甲第一九四号証によれば、カール・H・ブッツェンガイガーが「ブドウ栽培農民の慢性砒素中毒」のなかで報告している趣旨は「前世紀に砒素汚染地域であったライヒエンシュタインでの曝露例につき、患者の手指、足趾に発症した壊疽性変化に対して、当時の同地域の医者が『老人性壊疽』の診断をしていたことに対する批判」と解され、被告主張の趣旨に解する余地はなく、被告の主張は理由がない。
(二) チンニーの報告
前掲甲第一九四号証によれば、被告主張の該当箇所は、砒素汚染水を飲用した患者に関する部分の記述であることが認められ、砒素起因性を否定する趣旨の記述部分は見当たらない。従って、被告の主張は理由がない。
(三) オッペンハイム、クレンの各報告
甲第一九六号証によれば、オッペンハイム及びクレンは、いずれも当該患者の症状を慢性砒素中毒症と診断したうえでこれを報告していることが認められ、被告主張の事実は同認定を左右するものではなく、被告の主張は理由がない。
(四) クレッツァーの報告
甲第一九〇号証によれば、被告主張の該当箇所はクレッツァーがレイノー病と診断していたことが明らかであるから、被告の主張は理由がない。
(五) レイノルズの報告(砒素ビール事件)
<証拠>によれば、被告主張のロスト報告によっても、砒素の関与が否定されているわけでなく、砒素単独による症状であることは否定し、共存因子としてセレンの存在を指摘するものにすぎないことが認められ、その他被告主張事実を裏付ける証拠はない。従って、被告の主張は理由がない。
5 リネヴェー報告、アクセルソン報告、ペトリ報告
被告主張によっても、右各報告が無意味あるいは無価値なものとは考えられず、被告の主張は理由がない。
6 土呂久地区における心臓・循環器障害の高頻度出現の有無
(一) 前記三六の2で述べた趣旨に照らせば、太田報告、堀田報告、中村報告に関する被告の主張は理由がないことが明らかであり、また、被告主張の土呂久地区における有症率の推移や同有症率と他の砒素汚染地区の有症率との比較(堀田第二報告)、あるいは、症状と砒素曝露との因果関係が断定されていない(常俊報告(一))というだけでは、右各報告に現れた有症率そのものを否定する根拠にはならないと解するのが相当である。従って、右各報告に関する被告の主張はいずれも理由がない。
(二) 前掲甲第三一八号証によれば、常俊報告(二)では、高血圧を循環器疾患の範疇に入れて報告していることが明らかであり、被告の主張は理由がない。
三九同五(胃腸障害)
1 経口曝露、経気道曝露と起因性
本件被害者らが、本件鉱山の操業により、経気道、経皮のみならず経口を含め鉱毒(砒素及び亜硫酸ガス等)の複合的曝露を受けていたことは、原判示(第三章第一節一)のとおりである。
従って、本件被害者らが鉱毒の経口曝露を受けていないことを前提とする被告の主張は、その前提を欠くことになり、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
2 堀田第二報告
前掲甲第一九九号証によれば、ローゼンベルグ報告では「この点までは、大部分の現象は全身性の血管変化に帰することができるが、慢性砒素中毒を主要な原因であるとして考察する時は、多数の詳細部分が説明されずに残る。」とされている部分があるが、同報告では右記述に続き慢性砒素中毒では説明し難い各症状が掲げられているところ、胃腸障害については「胃腸障害は、ひんぱんな下痢の発生およびこれらすべての患者に影響を与えている『るいそう』によっても説明できる。」とされているだけであることが認められる。
しからば、右のように、当該症状が他の原因によっても説明可能であるというだけでは、同報告で診断された胃腸障害の総てを同地特有の特異な症状ということは相当でない。
また、アントファガスタ事件の中毒症状と栄養不良との関係については前記のとおりである。
従って、被告の主張は理由がない。
3 環境庁検討結果資料
前掲甲第二七三号証によれば、同号証には被告主張のとおりの記載部分が存することが認められ、その他同号証の内容に鑑みれば、同号証では胃腸症状を砒素中毒初期の症状として捉えていることが明らかである。しかし、このことは、原判決第三章第三節第三の五の1掲記の各証拠により慢性砒素中毒症状として胃腸症状が存することを容認する妨げとはならないと解される。
4 土呂久地区における消化器症状の高頻度出現の有無
(一) 太田報告(甲第一一号証)
アンケート調査は医学的には素人である土呂久地区及び対照地区住民の判断にたよるものであるのに対し、問診は医師による診断であることから、両者の調査結果に差が生じても、そのことだけで問診による結果に信用性がないとはいえず被告の主張は理由がない。
また、前掲甲第一一号証によれば、太田報告の結論部分に、主要な自覚症状及び他覚的所見として「嘔気、腹痛等消化器症状」が挙げられていることが認められるが、他方、同号証によれば、同報告では、問診により三〇パーセント以上の訴え率を認めた症状の中に「嘔気(34.6%)、腹痛(40.4%)、腹部膨満・違和感(44.2%)」が入れられていることが認められることから、右結論部分が調査に基づかず唐突に出てきたかのごとき被告の主張は理由がない。
(二) 堀田報告(甲第一六二号証)
前掲甲第一六二号証によれば、堀田報告では、問診により自覚症状の調査を行い、その結果として被告主張の各数値が出されていることが認められることから、同数値が対照地区との疫学的比較がないことは、同数値自体の信用性に影響を及ぼすべきこととは考えられず、また、調査方法の違いにより数値に差が生じても、それだけでは当該数値の信用性に影響を及ぼすものとも考えられない。その他被告の主張で納得できるものはなく、同主張は理由がない。
(三) 中村報告(甲第一三〇号証)
砒素の起因性の有無が当該症状の出現の頻度の判定に当たって影響を及ぼすべき事項とは考えられないことは前記のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(四) 常俊報告(甲第三一八号証)
これまでに述べてきたことから、被告の主張はいずれも理由がないことが明らかである。
四〇同六(肝障害)
1 各症例報告
(一) ブドウ園従業員事件、砒素ビール事件、アントファガスタ事件
右各事件については、前記三八の1、3、4(五)で述べたとおりであり、その他首肯し得る被告の主張は見当たらない。
(二) 砒素含有医薬品投与の事例
前掲甲第二七三号証によれば、「慢性砒素中毒症に関する会合検討結果報告書・別添資料」である同号証には、砒素含有医薬品投与の事例がそれぞれ出典を示して引用されていることが認められ、同事例が単に孫引きされているということだけで排斥されるべきものとは考えられない。
従って、被告の主張は理由がない。
(三) 砒素醤油事件、新潟井戸水事件、森永砒素ミルク事件
被告主張の砒素曝露態様、症状の経緯等はいずれも右各事件が砒素曝露歴者の症例報告であることに影響を及ぼすものとは考えられず、被告の主張は理由がない。
(四) 石西報告
前掲甲第三六号証によれば、石西報告は、それまでに発表された他の各報告や症例を参考に自らの砒素中毒症状についての見解をまとめたものであることが認められる。
従って、曝露条件の詳細等は同報告の意義を左右するものではなく、被告の主張は理由がない。
(五) 笹ケ谷事件
前掲甲第一二七号証によれば、鳥取大学医学部笹ケ谷地区住民健康調査部会による「笹ケ谷周辺地区、住民健康調査報告、各科別報告書」である同号証には、A群の中に一名、B群の中に二名の肝疾患を有する症例が報告されていることが認められ、被告の主張は理由がない。
2 動物への砒素投与実験
(一) ストーパー、ツィーグラー、Soffer、Grahnの動物実験報告
本件で原典が証拠として提出されていないというだけでこれを引用した報告書の信用性を否定するのは相当でないと解され、被告の主張は理由がない。
(二) 石西らの「ラットへの投与実験の結果」
前掲乙第三二六号証によれば、医師石西らによる「ラットによる三酸化砒素の経口的慢性毒性に関する研究」報告書である同号証には、「肝臓の病理組織学的変化において慢性砒素中毒の特長と考えられる病理組織像が認められ、subclin-icalな変化が起こっていることを確かめた。」と、また、「肝硬変、肝癌、肝の血管肉腫は認めることができなかったが、『これらに関しては今後の研究が必要であろう。』」とそれぞれ記載されていることが認められる。
しかして、右認定事実に照らせば、被告の主張は理由がないことが明らかである。
3 土呂久地区における肝障害の出現状況
中村報告、常俊報告(二)、堀田報告に関する被告の主張については、砒素の起因性を否定する証拠はなく、機能検査と障害の存否との関係は前記のとおりであり(中村報告)、一横指の肝触知をもって肝肥大と診断することが臨床医学的に全くの誤りであることは、これを認めるに足りる証拠はなく(常俊報告(二))、その他被告の主張で納得し得る主張はなく、同主張は理由がない。
四一同七(神経系の障害)
1 末梢神経障害(多発性神経炎)
(一) 土呂久地区における高頻度出現の有無
堀田報告、中村報告、太田報告、常俊報告(二)、甲第二七三号証に関する被告の主張は、これまでに述べてきたことに照らせば理由がないことが明らかである。
(二) <証拠>によれば、久保田報告では、精錬従事者中七名に左右対象性でない他覚的な知覚異常を認めていること(同報告では、右知覚異常については、軽度の知覚低下が最も多く、左右対象性にglove and stocking typeの異常知覚を訴えたものは認めなかったとの理由で、同症状を砒素中毒症とは診断していないが、なお同報告において左右対象性でない右知覚異常が認められたこと自体は事実として否定さるべきでない。)、ジェンキンス報告では、「神経病が発病しかかり、反射作用が消失しかかっていた時には、片側の痕跡が既に消失してしまった段階ででも、もう一方の側でこれを検出することが可能であった。」旨報告されていること、チャタニー報告では、一名の患者に一側の回旋麻痺を伴う両側の肩胛帯筋の若干の障害を認めていること(同報告では、右障害については、砒素神経障害における肩胛帯筋を支配する個々の神経障害の併発に言及した文献を探し得なかったとの理由で、同症状を砒素中毒症とは診断していないが、なお同報告において一側性の右障害が認められたこと自体は事実として否定さるべきでない)、石西報告では、「同報告で認められた知覚異常(多発性神経炎)は、ときにより非典型的に一側性の場合もある」旨報告していることがそれぞれ認められ、同認定事実と右各報告を除く原判決第三章第三節第三七1(三)(1)掲記の各証拠を総合すれば、原判示(前同部分)は相当というべきであり、右の点に関する被告の主張は理由がない。
2 視力、視野障害
(一) 文献
(1) Hass Schirmer等の報告
他の報告に引用された右各報告がそれぞれ原典が明らかでない(Duke-Elderについては前掲甲第一三〇号証によりその出典が明らかである。)というだけでは、右引用された各報告の存在を疑うに足りない。
また、右甲第一三〇号証によれば、中村報告では、四八例中視野異常一五例(三一%)、結膜炎二三例(四八%)を認めた旨報告し、それに続いて大井田報告及びDuke-Elderの報告でも視野狭窄の存在が報告されている旨報告し(これらの報告は中村報告における右診断の信用性を補強するために掲げたものと考えられる。)、更にそれに続いて大鳥報告では森永砒素ミルク中毒児につき一五年目の検診で視野狭窄が検出されていないことを報告しているにすぎない(大鳥報告は一五年目の検診の結果の報告であることから、同検診で視野狭窄が認められないことは必ずしもそれまでの間の不発症を意味しない。)ことが認められ、右記載及び判断からすれば、中村報告がDuke-El-derの報告を否定する趣旨で引用したとは到底考えられない。
さらに、報告された症例の中毒の原因が有機砒素であっても、無機砒素による中毒症例に関して全く参考にならないとは考えられない。
そのほか、被告の主張に納得し得るものはなく、同主張は理由がない。
(2) フローンの報告(甲第一四八号証)
前掲甲第一四八号証によれば、フローンは「神経系統も一般的な中毒の影響をこうむる」と報告し(同神経系統から視神経を除く趣旨は伺えない)、その他の欄であっても明瞭に「初期的『視神経』萎縮」と診断していることから、フローンは右初期的視神経萎縮を視神経の障害事例とみていることは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(3) これまでに述べてきたことに照らせば、被告の主張第四章第一節七2(一)(3)及び同(4)はいずれも理由がないことが明らかである。
(4) 前掲甲第一五五号証によれば、水田報告では、「赤色比較中心暗点を検出したのは一三例(18.6%)で、一般症状の『軽重』とこの出現との間には著しい相関はなかった」報告しているにすぎない(被告は著しい相関がなかったのは同赤色比較中心暗点一三例の『出現率』と一般症状の出現率であるかのごとく主張するが、それは誤りである。)ことが認められ、また、同報告によって砒素中毒患者に視神経障害が診断されたことは明らかであり、これは慢性砒素中毒症の診断にあたっても十分参考に供すべきことと考えられるので、右の点に関する被告の主張は理由がなく、その他採るに足りる被告の主張も見当たらない。
(5) 小田ら報告、増田義哉報告、大平昌彦報告
採るに足りる被告の主張はない。
(二) これまでに述べたところによれば、被告の主張第四章第一節七1(二)ないし同(五)はいずれも理由がない。
3 聴力障害(難聴)
(一) 聴力障害の発症事例に関する各報告
(1) ベンコーら報告(甲第一四六号証)
甲第一四六号証によれば、ベンコーら報告は、聴力変化の解析のみを目的とした調査に基づく報告であることが認められ、従って、被告の主張は理由がない。
(2) 佐藤報告、山下ら報告
これまでにのべてきたところに照らせば、被告の主張は理由がないことが明らかである。
(3) 検診対象者九三名中感音性難聴が認められた九名の数値をもって多数とみるか少数とみるかは、判断の問題であって、にわかに決し難く、多数とみるのが全く誤りとも言い切れず、被告の主張は理由がない。
(二) 実験的研究に関する各報告
有機砒素による中毒症例であっても無機砒素による中毒症例の参考に供し得ることは前記のとおりであり、中耳腔の出血病変も聴器の障害であることに変わりはないと考えられ、その点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張は見当たらないので、被告の主張第四章第一節七の3(二)(1)ないし(3)は理由がない。
(三) 各引用報告
前掲甲第一五八号証によれば、佐藤報告では、聴器毒と名付けられる薬剤の中に被告主張の砒素製剤を挙げていること、聴器毒としては薬剤と産業中毒欄に掲げられた各化学物質との間に差異は設けられていないことがそれぞれ認められ、後者に砒素が掲げられていないとしても、砒素が聴器毒であることに変わりはないと考えられ、また、前掲甲第三六号証によれば、大野報告引用の石西らによる報告は、いわゆる石西報告のほか二編の報告があることが認められ、従って右の各点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張は見当たらず、被告の主張第四章第一節七の3の(三)の(1)、(2)は理由がない。
(四) 難聴、感音系難聴の高頻度出現の有無
堀田報告(甲第一六二号証)
堀田報告が一定の立場に立って慢性砒素中毒症の診断をしていることは前記のとおりであり、被告の主張はこれに対する論難にすぎないことも前記のとおりであり、また、被告主張の各報告が認めた難聴、感音性難聴の数値そのものはいずれも集団的砒素中毒事例の中での数値であることから、その原因等とかかわりなく意義を有することも前記のとおりであり、この点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張は見当たらず、被告の主張第四章第一節七の3の(四)(1)ないし(4)はいずれも理由がない。
4 嗅覚障害
嗅覚障害の原因、土呂久地区における神経系の障害としての嗅覚障害の多発の有無
鼻粘膜障害や副鼻腔炎が多く二次的に嗅覚障害をきたすことが一般によく知られていること、土呂久地区においては嗅覚障害が高頻度に出現していること、堀田らは土呂久地区で出現している嗅覚障害の一部には神経性(一次性)障害が含まれている可能性もあると報告していることは、原判示(第三章第三節七の4の(一))のとおりである。右事実によれば、いずれにしても土呂久地区で多発している嗅覚障害の大部分が鼻粘膜障害の二次的障害であることが推認できるのであり、それ以上に右嗅覚障害の一部の原因が、鼻粘膜障害あるいは副鼻腔炎等の二次的障害でなく嗅神経障害であることまでを確定する必要性は認められない。
従って、被告の主張第四章第一節七の4の(一)ないし(三)は特に意義を認むべき理由がない。
5 自律神経障害
(一) Cannon,Gifter,Kelynack、フローン、リネヴェーの各報告
(1) 原典の内容がつまびらかでないというだけで、堀田報告のうちこれを引用した部分の信用性を否定するのは相当でなく、砒素ビール事件についてのアルコールの関与の意義については前記のとおりであり、アルコールの関与に拘わらず、同事件は砒素中毒症例として参考に値するものであることから、被告の主張第四章第一節七の5の(一)の(1)は理由がない。
(2) フローン報告(甲第一四八号証)
前掲甲第一四八号証によれば、フローン報告では、植物神経系とホルモン系とを明確に区別はしていないが、「もっとも重大な結果をあらわすのが、植物神経系とホルモン系領域の脱落症状であり、それらは一般的な緊張喪失、異常な疲れ易さと無力、不能になるほどの性欲の減少、過血糖症の傾向、食餌性の真正糖尿がその実体である。」と報告していることが認められることから、同報告では自律神経障害を認めたものと解するのが相当であり、被告の主張は理由がない。
(3) リネヴェー報告(甲第一五四号証)
前掲甲第一五四号証によれば、リネヴェー報告では、「血管運動神経と植物神経の刺激過多が多汁症の形で、何よりも手足に認められ、そして、微細な手の間歇振顫が見られた。」と報告されていることが認められ、同事実によれば、同報告では同症状を自律神経障害としてとらえていることが明らかである。なお、同号証によれば、同報告には、右報告部分からしばらくおいて「前述の苦痛は末梢の軽い多発性神経炎性の徴候に原因を帰することができる。」との報告部分があることが認められるが、同部分の「前述の苦痛」がいかなる症状を指すのかが明らかでなく、また、前記症状については「植物神経」の用語が用いられていることから、「前述の苦痛」が「前記症状」を指すものとは考えられない。
従って、被告の主張は理由がない。
(二) 堀田報告(甲第一六二号証)
前掲甲第一六二号証によれば、同報告では、「自律神経症状・レイノー現象」の欄で被告主張の各症状に触れていることが認められ、被告の主張は理由がない。
(三) ジェンキンス報告、チャタニー報告
これまでに述べたことに照らせば、右各報告に関する被告の主張は理由がないことは明らかである。
(四) 中村報告(一)(甲第一二号証)、中村報告(二)(甲第一三号証)、堀田報告(甲第一六二号証)
(1) 中村報告(一)
甲第一二号証によれば、中村報告では、手掌・足底における発汗機能の低下を推察した理由については「四症例では黒点が不規則且つ少なく、殊に手掌鶏眼様角化部位においては全く欠如している」ことを挙げていることが認められ、同事実に照らせば、前記「発汗機能の低下」が「推察」に過ぎないからといってそれだけで信用性を否定するのは相当でないと考えられ、被告の主張は理由がない。
(2) 中村報告(二)
前掲甲第二六五号証によれば、今村ら報告には被告主張のとおりの報告がなされていることが認められ、同事実に照らせば中村報告(二)は今村ら報告を正確に引用していないといわなければならないが、それだけで中村報告(二)がすべて信用性がないとするのも相当でないと考えられる。
従って、その点に関する被告の主張は理由がなく、また、その他採り得る被告の主張もなく、被告の主張は理由がない。
(3) 堀田報告
これまでに述べたことに照らせば被告の主張は理由がないことが明らかである。
6 中枢神経障害
(一) 各報告
(1) エッカーら報告(乙第二五四号証)
これまでに述べたことに照らせば被告の主張は理由がないことが明らかである。
(2) 岡野報告(甲第一九八号証)
(1)と同様である。
(3) サルデバル報告(甲第二七〇号証)
前掲甲第二七〇号証によれば、被告主張の事実が認められるが、当該「小児における関連する死因のパターン」はその症状の類型からして脳中枢神経障害の症状と考えられ、同報告において同症状を脳中枢神経障害とみていないことを裏付ける報告部分は見当たらず、その他採り得る被告の主張もない。
従って、被告の主張は理由がない。
(4) イエーら報告(甲第一九六号証)
前掲甲第一九六号証には、内臓に普遍的に認められる動脈硬化症が脳の虚血発作であることを窺わせる報告部分は見当たらず、被告の主張は理由がない。
(5) 森永砒素ミルク中毒事件
これまでに述べたこと並びに原判示(第三章第三節七の6の(二)の(2)。なお、当審証人川平稔においても脳血液関門により脳には砒素が全く侵襲しないと供述するものとは解されず、当審証人堀田宣之の証言に照らしても右原判示は相当である。)に照らせば、被告の主張は理由がない。
(二) 堀田報告、堀田第二報告
(1) 堀田報告(甲第一六二号証)
前掲甲第一六二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二五四号証によれば、エッカー報告では、「神経系に対する砒素の毒性作用は特異的なものではなく、………(一八頁)」と報告していること(同報告部分及び同報告全体からすれば、同報告が被告主張の各症状を特異的症状として報告しているとは到底考えられない。)、また、堀田報告では、エッカー報告につき、「臨床像は高血圧性血管障害にみられる症状群と同じで、………(二二六頁)」と引用しているにすぎず、他の多くの報告を引用して主病変を血管性変化とする結論をだしていることが認められ、しからば、右の点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張もなく、被告の主張第四章第一節七の6の(二)の(1)、同(2)は理由がない。
(2) 堀田第二報告(甲第二六四号証)
脳血管障害が生ずるのであれば、脳中枢障害の多発と共に四肢壊疽も多発していなければならない筈との被告の主張を認めるに足りる証拠は見当たらず、その他採り得る被告の主張はなく、被告の主張第四章第一節七の6の(二)の(3)は理由がない。
(三) 土呂久地区における脳循環障害の出現の有無
(1) 中村報告(甲第一三〇号証)
被告の主張によっても、それだけで中村報告の脳波異常に関する報告部分が全く信用性がないと解するのは相当でないというべきであり、被告の主張は理由がない。
(2) 堀田報告(甲第一六二号証)
加齢現象については原判示(第三章第三節第三の七の6の(二)の(3)以下)のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(3) 村山ら報告(甲第一四号証)
前掲甲第一四号証によれば、同報告では、三〇数年前に本件鉱山で働いていた患者につき、色素沈着、脱色等慢性砒素中毒症状として現れる諸症状が認められ、その他砒素疹も疑われたため、その原因を砒素中毒による障害と疑ったのであるが、被告主張の各症状は同患者に関する症状であることが認められ、しからば、被告主張の各症状をもって砒素に起因する(まれな)脳神経障害の出現例とすることが誤りであるとは到底考えられず、被告の主張は理由がない。
四二同八(レイノー症状)
1 報告例
クレッツァー報告、岸井利昭らの著書
砒素中毒におけるレイノー症状ないしその類似症状の出現状況については原判示(第三章第三節第三の八の1の(一)。そこで引用する同四及び七の5を含むが、特に同四の1の(二)の説示に詳しい)のとおりであって、ブドウ園従業者事件、ブラックフット病事件、アントファガスタ事件その他の事件に関する各報告においては、レイノー症状の病名は掲げてなくともこれと同様の各症状の出現が報告されていることが明らかであり、クレッツァー報告以外にレイノー症状の報告例はないとの被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張も見当たらず、被告の主張第四章第一節八の1、同2の各主張はいずれも理由がない。
2 土呂久地区におけるレイノー症状の高頻度出現の有無
これまでに述べてきたことに照らせば、被告の主張第四章第一節八の2の(一)ないし(三)はいずれも理由がないことが明らかである。
四三同九〔造血器障害(貧血)〕
1 報告例
(一) ブドウ園従業者事件
(1) フローン報告(甲第一四八号証)
前掲甲第一四八号証によれば、フローン報告では、明白に二三人の症例中三例に「白血球減少症」が認められる旨診断されていることが認められ、しからば、他方、同号証によれば、同報告では、臨床症状の項に「造血器障害」が掲げられておらず、報文中にも特に「貧血」について触れられていないことが認められ、その理由は同報告からは不明であるが、少なくとも、同報告では砒素中毒患者中に造血器障害者が存在することを報告しているものとみるのが相当である。
従って、被告の主張は理由がない。
(2) ハジョロワ報告(甲第一八九号証)
原判決掲記の甲第一八九号証によれば、ハジョロワ報告では、ブドウ園従業者の慢性砒素中毒患者三五例中、七例についてはヘモグロビン九〇ないし一〇〇パーセントの多血球血症(赤血球増多症)を認めているが、一〇例については、ヘモグロビン八〇パーセント以下の軽い貧血を認め、さらに、同報告のまとめの箇所では、「ヘモグロビンは事例の二〇パーセントにおいて正常値を上回り、赤血球数は一七パーセントの事例で上回る。白血球像については、特徴的な、しばしば見られる気管と胃―腸管の慢性炎症過程にもかかわらず、白血球数値の減少傾向が観察される。42.8パーセントの事例に、われわれは白血球減少症をみいだした。」と報告していることが認められ、同事実に照らせば、被告の主張が理由があるとは到底考えられず、他に採り得べき被告の主張もなく、被告の主張は理由がない。
(二) 廃棄毒ガス事件、キール報告、砒素醤油事件、寺田報告、森永砒素ミルク事件
これまでに述べてきたところに照らせば、被告の主張第四章第一節九の1の(一)ないし(六)はいずれも理由がないことが明らかである。
2 土呂久地区における貧血の高頻度出現の有無
(一) 倉恒報告(甲第一六号証)
倉恒報告における貧血の男女性差は、前記砒素中毒症状の個体差や女性特有の罹患し易い要因(出産、生理等)等の影響によるものと考えられ、同報告の貧血の男女性差の存在のみによって同報告の信用性を否定するのは相当でなく、また、これまでに述べてきたところに照らせば、同報告に関する被告のその余の主張も採用し難いといわなければならない。
(二) 堀田報告(甲第一六二号証)
慢性砒素中毒により発症する貧血は、再生不良性貧血(ないしその像に近い貧血)であることは原判示(第三章第三節九の1の(一))のとおりであるところ、前掲甲第一六二号証によれば、堀田報告においては、調査対象者中一一名に認めた貧血につき造血器に関する検査を行っていないことが認められる。しかしながら、他方、同号証によれば、同報告の調査対象者は土呂久地区住民、旧本件鉱山従業者ら砒素曝露歴を有する者であることが認められることに照らすと、同調査対象者の中に一一名の貧血患者が認められたこと自体、無視し得ないことといわざるを得ない。従って被告の主張は理由がない。
四四同一〇〔内臓癌(内臓悪性腫瘍)〕
1 肺癌その他呼吸器癌
(一) 各報告
(1) ブドウ園従業者事件
(ⅰ) ロス報告(甲第一九三号証)
前掲甲第一九三号証によれば、ロス報告では被告主張のとおり、呼吸器癌としては気管支癌を確認したと報告しているが、同報告部分には、局在する場所として、胸部、右あるいは左上葉、右あるいは左下葉といった肺を指す用語を用いていることが認められることから、これを肺癌として引用してもあながち誤りともいえず、被告の主張は理由がない。
なお、同号証によれば、肝硬変に伴う悪性腫瘍に関する被告の主張事実が認められる(この点は、原判示第三章第三節第三の一一の1の(一)の(1)のfile_9.jpgの(ⅰ)を訂正ずみである。)。
(ⅱ) ブラウン報告、バウエル報告、パイン報告、Liebegott, Gary, Latarigot報告
前掲甲第一三〇号証、乙第二四〇号証の一、二によれば、ブラウン報告の引用につき、中村報告では「一六例中肺癌九例」と、ブローニング報告では「一六例中気管支癌九例」と引用し、癌発生部位に相違があることが認められる。しかし、癌発生部位に相違があるといっても、右のとおり呼吸器系の癌であることに変わりはないことから、その相違は右各引用文献の信用性を全く否定せざるを得ないほど大きいものとは考えられない。
前掲甲第一五六号証によれば、「食道と気管の間の膿瘍」が存在し、組織学的検査の結果「食道に至るろう孔形成を伴う左側頸部の拡大した膿漿性の崩壊孔。周辺の組織学的検査は角化した偏平上皮癌を示した。」との報告部分があることが認められ、しからば、同報告部分をもって気管支癌の招来も否定できないことを裏付ける報告として引用しても、あながち誤りとはいえないと考えられる。
以上の認定及び判断にこれまで述べたことを併せて考察すれば、被告の主張第四章第一節一〇の1の(1)の(ⅰ)ないし(ⅲ)はいずれも理由がないことが明らかである。
(2) ブラックフット病
(ⅰ) Sommersら報告
前掲甲第一三〇号証、乙第二四〇号証によれば、Sommersらは、その年(1953年)までに各国で報告された一八例の内臓癌についての総説を発表した中で、肺癌は一八例中七例と最も多い旨報告していることが認められることから、これをもって肺に癌が好発する報告例として引用しても、あながち誤りともいえず、その他同報告に関して採り得る被告の主張はない。
(ⅱ) 被告の主張第四章第一節一〇の1の(一)の(2)の(ⅱ)については、原判決第三章第三節第三の一一の1の(一)の(1)file_10.jpgの(ⅲ)を訂正ずみである。
(3) 職業的曝露事例
これまでに述べたことに照らせば、被告の主張第四章第一節一〇の1の(一)の(3)の(ⅰ)ないし(ⅲ)はいずれも理由がないことが明らかである。
(4) 徳光弘行や倉恒らの疫学的調査報告
前掲甲第三六、乙第二五六号証によれば、被告主張事実が認められるが、他方同各号証によれば、「環境汚染と肺癌を結びつける調査研究はまだ見いだされない………」に続いて「………が充分警戒すべき問題である。」と結んでいることが認められるのであって、石西ら報告をもって徳光・倉恒らの疫学的調査報告の信用性を否定することは相当でなく、被告の主張は理由がない。
(二) 成書
後藤「産業中毒便覧」(甲第一四二号証)の発癌性に関する動物実験の意義については原判示(第三章第三節第三の一の3の(三))のとおりであり、その他これまでに述べたことに照らせば採り得べき被告の主張もなく、被告の主張第四章第一節一〇の1の(二)の(1)ないし(3)はいずれも理由がない。
(三) 国際癌研究機関(IARC)の化学物質の発癌性に関する報告(乙第二七七、同第二七八号証の各一、二)
乙第二七七、同第二七八号証の各一、二によっても、国際癌研究機関の化学物質の発癌性に関する報告の「無機の砒素化合物がヒトの皮膚ガンと肺ガンの発癌物質であることは十分な証拠がある。」との報告部分には、被告主張の条件が付いていると認められる部分は存せず、また、乙第二七八号証の一、二によれば、右報告には「これらのデータは……砒素に非職業的に曝露したときの危険性を評価するには不適当である。」との報告部分が存するが、右「非職業的に曝露したとき」についてはその曝露態様が「空気中の低レベルの砒素に曝露したとき」との条件が付せられていることが認められる。
従って、被告の主張は理由がない。
(四) 環境庁の昭和四九年障害度の評価に関する通知(甲第二二四号証)
前掲甲第二七二号証によれば、環境庁においては、「皮膚癌、肺癌と砒素との関連性は完全には解明されていない」としつつも、「ボーエン病、皮膚癌は(慢性砒素中毒症状である)皮膚の色素沈着、角化症に続発して起こりうると考えられ、また、慢性砒素中毒に特徴的な皮膚病変化や末梢神経障害等が認められている場合は、これらが認められていない場合よりも肝障害、肺癌等と砒素との関連が濃厚と考えられる………」ことを理由に、慢性砒素中毒症認定患者について皮膚癌、肺癌を慢性砒素中毒によるものとみなすこととしたことが認められる。しかして、右事実に照らせば、環境庁が砒素と右各癌との因果関係の追及を省略したとは到底認められず、被告の主張は理由がない。
(五) 県調査・倉恒報告(甲第一六号証)
前掲甲第一六号証、同第一二九号証によれば、倉恒らによる「宮崎県高千穂保健所管内における肺がん死亡者の症例対照研究」報告書は、同保健所に保管されている昭和三四年から昭和四四年までの(昭和四〇年を除く)死亡票の中から、肺癌患者二七名を抽出して症例群とし、症例群と性、年齢(五才以内)、死亡年をマッチさせた二七名を抽出して対照群とし、両者を対照させて調査を行ったものであること、被告主張の「肺癌死亡者の中には土呂久居住歴をもつ者が多かった」との報告に該当する箇所は、「土呂久居住歴のあるものは、症例群のみ29.4パーセントであり、対照群より有意に高い」と報告されていること(右報告の表現からして、同報告の趣旨は、症例群の中で土呂久居住者とそうでないものとの比率と、対照群の中で土呂久居住者とそうでないものとの比率を比較した結果、前者の比率の方が高かったということにあることが明らかである。)、被告主張の「喫煙歴」、「土呂久居住歴」、「土呂久鉱山就業歴」、「土呂久を含む鉱山就業歴」の有無に関する同報告の調査は、症例群の中での比率に重点をおいたものではなく、症例群と対照群との比較に重点をおいたものであること(単純に症例群の中での有無の比率により、「土呂久居住歴」、「土呂久鉱山就業歴」、「土呂久を含む鉱山就業歴」はいずれも肺癌に関与していないとみることは相当でない。)がそれぞれ認められ、右認定及び判断によれば、被告の主張は理由がないことが明らかである。
2 肝癌、泌尿器癌、乳癌その他
(一) 各報告
(1) ブドウ園従業者事件
ロス報告中「二七名の剖検で五例の肝悪性腫瘍」に関する被告の主張については、前記1の(一)の(1)の(ⅱ)のとおりであり、また、甲第一九三号証に記載がないというだけでは、ロス報告を引用した各報告が全く信用性がないということは相当でないというべきであり、その他採り得べき主張は見当たらず、被告の主張は理由がない。
(2) ブラックフット病
前掲甲第二七〇号証によれば、被告主張事実が認められる(この点は原判決第三章第三節第三の一一の2の(一)の(1)のfile_11.jpgを訂正ずみである。)。
(3) Zaldival報告
これまでに述べたことに照らせば、被告の主張は理由がないことが明らかである。
(4) IARC報告
前掲乙第二七八号証の一、二によれば、IARC報告には、被告主張の各報告部分があることが認められるが、他方、同号証によれば、「評価するには十分でない」とされているのは、「その他の部位のガンの発生の危険性の増大を示唆するデータ」であることが認められる。しからば、「評価するに十分でない」の趣旨は、その発生率の高さが危険性の増大を示唆するまでは至らないとする趣旨(判断)であり、各種の癌の発生率が高い事実まで否定する趣旨ではないと解するのが相当である。
従って、被告の主張は理由がない。
3 潜伏期間
(一) ロス報告、ブラウン報告
前掲甲第一九三号証、乙第二四〇号証によれば、ブラーニング報告、ロス報告にはいずれも被告主張のとおりの報告部分が存在することが認められる。しかしながら、被告指摘の「印象」の用語は「推測」の意味としてとらえ、また、ロス報告についても、一三〜五〇年後の悪性腫瘍の発生を予測していたための報文であるとみるのが、各報文を全体としてみた場合相当であると考えられる。
従って、被告の主張は理由がない。
(二) ノイバウエル報告、Sommers報告、Liebegott報告、Fier報告
これまで述べたことに照らせば被告の右各報告に関する主張はいずれも理由がないことが明らかである。
(三) なお、当裁判所は、原判示(第三章第三節第三の一一の3「潜伏期間」)を引用するものであるが、なお右説示に敷衍して次のとおり補足する。
「堀田………皮膚癌一〇数年〜四〇数年
肺癌一〇数年〜五〇数年」
4 砒素と内臓癌との関連性(補充)
砒素の発癌性については原判示(第二章第一節第二の二)のとおりであるが、さらに内臓癌のうち肺癌その他呼吸器癌を除くものとの関連性について敷衍すると次のとおりである。
(一) 砒素と皮膚、呼吸器以外の悪性腫瘍との関連性に関する報告例としては、原判示第三章第三節第三の一一の2の(一)の(1)ないし(3)及び(4)の(ⅰ)の各報告のほか、当審証拠調の結果左記報告及び成書類の存在が認められる。
(1) 砒素の発癌性につきこれを否定あるいは疑問を呈する各報告(いずれも成立に争いがない乙第五四七号証の一、二、同第六〇二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同第六〇三号証の一、二によって認める。)
(ⅰ) ダグラス・V・フロスト
「生物学におけるヒ素化合物―回顧と展望」において、砒素化合物の発癌性もしくは補発癌性に関する約三五の実験は否定の証明であったとして、砒素化合物の発癌性は極めて低いように思われる旨報告している。
(ⅱ) 呂鋒洲ら報告
同報告では、台湾における鳥脚病について、鳥脚病罹患区域の各疾病の原因を蛍光「腐植物質」とすれば比較的合理的かつ円満な解釈ができるとし、発癌物質についても、蛍光「腐植物質」の成分の一つである「フタル酸エステル」に発癌性があるとして、同区域の癌の高い発生率と蛍光「腐植物質」との間には密接な関係があると報告している。
(ⅲ) フロイド・フロストら報告
同報告では、銅精錬所から放出された砒素に曝露されていたワシントン州タコマ市銅精錬所事件につき、たとえ砒素放出がタコマールストン地区における肺癌の危険度を増大したとしても、タコマ地区の肺癌の大部分は喫煙で説明されようと報告している。
(2) 砒素を発癌の促進物質あるいはそれと類似の物質とみる各報告(仮説を含む)(いずれも成立に争いがない乙第五〇〇、同第五〇一、同第五四九号証の各一、二、当審証人チャールズ・H・ハインの証言により真正に成立したと認められる同第五二五号証の一、二によって認める。)
(ⅰ) A・ファースト報告
同報告では、入手可能な証拠からは、砒素が一次発癌物質であると結論することはできない、砒素は強力な成長因子であって、新生物過程が開始され確定された後に、砒素、特に三価の砒素は、その癌の成長速度を加速し、そのために砒素は発癌因子であるように見えるのであろうという仮説が提示される旨報告している。
(ⅱ) ハーディング・バーロウ報告
同報告では、フォーレル水による砒素中毒症例、チリのアントファガスタ事件、アルゼンチンのコルドバ地区の砒素含有水による中毒症例、台湾の鳥脚病等各症例を検討した結果、砒素による皮膚癌が発症した人達には、食物の欠乏、免疫障害や必須元素の代謝の不均衡といった他の因子が砒素の多量摂取と共存していたように思われる。かくして、砒素は完全な発癌物質ではなさそうであり、むしろ共同促進物質であるように思われる旨報告している。
(ⅲ) フィリップ・E・エンターラインら報告
同報告では、タコマ市銅精錬所事件につき検討した結果、砒素の癌との関係について、二つの新しい情報をつけ加え、その一つは、砒素の発癌反応はかなり早急に生ずる―この研究では明らかに約一〇年のうちに生ずるということであり、もう一つは、砒素曝露の影響は時の経過とともに消失する傾向があるという初期の観察がこの研究の追加データによって支持されるということであるとし、これらの観察は、この状況のもとでは砒素は癌のイニシエイター(発癌物質)としてよりも、むしろプロモーター(促進物質)として作用していることを強く示唆する旨報告している。
(3) 砒素を発癌物質とみることに積極的な各報告(いずれも成立に争いがない甲第四八一ないし同第四八三、同第四八八号証の各一、二、乙第五五〇、同第五五一、同第六〇四号証、いずれも雑誌登載報文であることは争いがない甲第三四〇、同第四〇一、同第四一四、同第四一六、同第四五四、同第四六三、同第四七六、同第四七八号証、同第四八二、同第四八五号証の各一、二、同第四九〇号証、いずれも原本の存在及び雑誌登載報文であることは争いがない甲第四〇九ないし同第四一二号証の各一、二、いずれも図書の一部であることは争いがない甲第四二〇、同第四二九、同第四三〇、同第四五三号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三三四、同第三三五号証の各一、二、同第四一七、同第四二七、同第四二八、同第四四一号証によって認める。)
(ⅰ) 一般的報告例(砒素曝露者の発癌報告例等)
① A.M.Baetjerら報告
殺虫剤工場で無機砒素化合物に曝露された労働者中一二年間に死亡した者男性二二名、女性五名について死因を調査した結果、男性一七名、女性二名の死因は諸種の悪性新生物(男性一七例中一〇例は呼吸器系の癌、三例はリンパ肉腫、四例はその他種々の悪性腫瘍)であった旨報告している。
② 緒方克巳ら報告
ボーエン病患者についての所見の中で砒素の発癌性を肯定している。
また、「ボーエン病は内臓悪性腫瘍を高率に合併することがGraham & Heiwigによって指摘されて以来、それを確証付ける論文が多数発表されている。しかし合併頻度については報告者によって一〇〜八〇パーセントとかなり差異がみられる。ボーエン病は各種の発癌因子によって発症した上皮内癌であるから、その誘因が系統的な発癌因子かあるいは局所的なものなのかの違いによって内臓癌合併頻度や侵襲臓器に相違がみられるのは当然であろう。発癌因子である砒素の場合合併する内臓癌は、肺癌、肝血管肉腫、大腸癌、尿路系癌、子宮癌などである。」旨報告している。
③ 越智敬三ら報告
ボーエン病患者二一例について発癌因子を中心に検討を加えた結果、一例につき砒素を発癌因子と推察している。
④ 肥田野信ら報告
各砒素中毒事例を検討した結果、砒素の発癌性を認め、悪性腫瘍の種類として、ボーエン病、有棘細胞癌、基底細胞腫が主で、そのなかでも多発性ボーエン病が代表的な位置を占めている。砒素皮膚癌の三七パーセントに内臓癌の合併があることが注目をひく旨報告している。
⑤ 井上勝平ら報告
砒素による角化症は良性角化症からボーエン病、実在性基底細胞癌などがあり、緩徐に進行し浸潤癌(有棘細胞癌、基底細胞癌)となるとし、砒素角化症の特徴の一つには内臓特に肺癌、消化器癌の合併が多いことがある旨報告している。
⑥ 旗野倫報告
多発性ボーエン病では主として砒素が原因とされる、二〇パーセント前後に内臓癌を併発する旨報告している。
⑦ 国際癌研究機関(IARC)
国際癌研究機関(IARC)では、砒素を十分な発癌性の証拠がある物質の中に掲げている。
⑧ 世界保健機構(WHO)
一リットルに飲料水中に0.05mgの濃度の砒素が含有されていることが判明したときは要注意であるとし、砒素の慢性中毒により、必要な臓器の悪性腫瘍すら観察されているとしている。
⑨ 米国立職業安全衛生研究所(NIOSH)
皮膚癌が砒素被曝の結果であると長い間考えられてきたが、内臓の多発性癌もまた報告されているとして、皮膚癌、肺癌の他リンパ系の腫瘍(A・M・ベーチャー報告、M・G・オットー報告)、他の臓器の癌(F・ロス報告・ブドウ園従業者事件)についての各報告を挙げている。
(ⅱ) 台湾の鳥脚病
① C・J・チェンら報告
台湾の一般人口と比較して、鳥脚病発生地域においては、膀胱、腎、皮膚、肺、肝、および結腸の癌による標準化死亡率および累積死亡率とも有意に高かったとしている。
② イー・エン・スーら報告
一九八〇年一月から一九八四年六月にかけて、台湾北部のメディカル・センターであるChang Gungメモリアル病院の泌尿器科に入院した三一八人の患者における三四四例の悪性尿路疾患について検討した結果、患者七二人に生じた八六例は慢性砒素中毒流行地域出身者であった。一流行地域では尿路移行上皮癌の発生率が異常に高く、他の流行地域では腎移行上皮癌の発生率が異常に高かった、流行地域における移行上皮癌の高い発生率に関係する因子としては、いまのところは、砒素が唯一の可能性のある因子であると考えられた旨報告している。
③ 李豊ら報告
長期にわたる追跡調査を経て、鳥脚病患者の死因は、癌によるものが最も多く、死亡総数の一九パーセントを占めることがわかった。癌死患者をさらに分析すると、肺癌、膀胱癌、肝臓癌、皮膚癌・胃癌などが多い旨報告している。
④ 江漢聲ら報告
三年間の四回にわたる調査で、疾病群とコントロール群を比較研究し、統計上の分析を行った結果、鳥脚病流行地域の住民は非流行地域の住民に比べ、尿細胞検査の結果に陽性反応が多いことばかりでなく、膀胱癌と病理診断された者や家族の病歴に膀胱癌症例のある者の比率もすべて高くなっていることが実証され、統計上有意である旨報告している。
⑤ 許東栄報告
一九六九年における鳥脚病流行地域の人口のうち、癌症の死亡率は17.5パーセント(対照群である皮膚癌患者は1.5パーセント)で、台湾の総人口(一九六三〜一九六四)中癌患者は11.6パーセントである。癌の内訳は皮膚癌三例、膀胱癌一例、肺癌三例、肝癌三例、喉頭癌一例、腸癌二例、鼻腔癌一例、乳癌一例、胃癌一例である旨報告している。
(ⅲ) ブドウ園従業者事件
H・リヒトラス報告
慢性砒素中毒に罹っていたブドウ園従業者一六三例を分析した結果、内臓の悪性腫瘍は一三〇例(砒素中毒全例の八〇パーセント)にあり、内臓の種類は、肺一〇一例(六六パーセント)、上部呼吸器系(咽頭、喉頭)三例、上部消化器系(扁頭、食道)六例、胃一例、胆管一例、直腸一例、泌尿生殖系四例(副腎、尿管、膀胱、前立線各一例)、肝臓五例であった。内臓癌の外に皮膚の悪性腫瘍が多数(偏平上皮癌二〇例、基底細胞癌一〇例、ボーエン病五四例)が認められた、慢性砒素中毒に特徴的なことだが、皮膚腫瘍はほとんどが内臓の癌と合併していた旨報告している。
(ⅳ) アルゼンチン・コルドバ州砒素中毒事件
レーモ・M・ベルゴーグリオ報告
コルドバ州砒素汚染地域内における一一年間の研究の結果、癌及び悪性腫瘍による死亡率の平均値は23.84パーセントで、同期間におけるコルドバ州全体の平均率15.3パーセントよりはるかに高いことが分かった、この15.3パーセントの数値は諸外国のパーセンテージにほぼ匹敵する、周知の皮膚癌の他に内臓癌による死亡率の高いことを発見した、特に呼吸器管(三五パーセント)及び消化器管(三五パーセント)が侵されている、皮膚癌による死亡率も2.3パーセントで低くはないものの、総体的に影響はさほどではない旨報告している。
(ⅴ) タコマ銅精錬所砒素中毒事件
リンカーン・ポリサーら報告
肺癌の死亡率及び発生率は同精錬所周辺住民とキング・カウンティ及びワシントン州とで、ごく僅か違うだけである旨報告している。
(ⅵ) 新潟県中条町砒素中毒事件
津田敏秀ら報告
新潟県の検診により砒素中毒症と確診もしくは疑診とされた住民八八名を調査した結果、肺癌死亡では有意差を示したが、非肺癌死亡では有意差を認めなかった旨報告している。
(ⅶ) M・G・オットー報告
砒素を含む殺虫剤の生産に携わり砒酸鉛及び砒酸カルシウムに曝露された工場労働者中死亡者一七三名と非曝露者一八〇九名の死亡比率を比較した結果、曝露された労働者では、呼吸器系癌が有意差をもって高いことが認められた(呼吸器系の悪性新生物は、曝露グループの死亡者の16.5パーセントを占めたのに対し、対照群では5.7パーセントであった、呼吸器系癌の実数は期待数の3.5倍、呼吸器系癌死亡の期待数は3.7となる)、白血病を除いたリンパ及び造血組織の癌も、期待値よりも頻繁に見られた(曝露グループでは六例の死亡《内訳・リンパ芽球腫一例、細網細胞肉腫一例、ホジキン病四例》が認められたのに対し、期待値は2.8例であった、白血病を除いたリンパ及び造血組織の悪性新生物による死亡の実数と期待数との比もかなり期待数を上回ったが、該当数は少なかった)旨報告している。
(ⅷ) 旧松尾鉱山事件
柳楽翼は、慢性砒素中毒患者の慢性砒素中毒症に合併した肺癌二例を報告している。
(ⅸ) A・M・リーら報告
一九三八年から一九六三年までの間に三酸化砒素に曝露された八〇四七名の白人男性精錬所作業員の死亡統計を調査し、同じ州の白人男性群のそれと比較した結果、精錬所作業員は、主に呼吸器系の悪性腫瘍や心疾患のために総死亡率が高かった(呼吸器系癌の頻度は三倍で、期待値より有意に増加していた)旨報告している。
(ⅹ) 佐々木健司ら報告
慢性砒素中毒患者と認められる砒素系農薬工場元従事者二名に、偏平上皮癌、膀胱癌が認められた旨報告している。
(xi) 土呂久地区に関して
① 堀田第三報告
昭和五〇年〜昭和五六年に調査した土呂久鉱害被害住民及び元鉱山従業者一二一名(平均年齢62.8歳)につき、ボーエン病を除く悪性腫瘍は一四例(男一一、女三;一二%)に認められ、その内訳は、肺癌八例、泌尿器系癌四例、喉頭癌、肝癌、皮膚癌、乳癌、白血病各一例(一四名の患者に一七個の癌)であった、昭和五二年以降に発見された一四名の悪性腫瘍では、肺癌七例、肺・造血器癌、喉頭癌、皮膚癌、肝癌、尿管癌、前立線癌、膀胱癌、乳癌、泌尿器癌各一例であった、昭和五一〜昭和五八年八月までの死亡者二六名の死因中悪性腫瘍は五〇パーセントであった旨報告している。
② 野村芳雄ら報告
土呂久地区慢性砒素中毒患者に発生した二例の尿路悪性腫瘍につき、砒素起因性を認める旨報告している。
③ 津田敏秀ら報告
一九七二年以降慢性砒素中毒症として公害病認定された一四二名のうち、認定後一年以内に肺癌で死亡した二名を除く一四〇名につき公害病認定以降を観察期間として調査した結果、観察期間中の死亡総数は四二で、そのうち癌は一一例(肺癌五、喉頭癌、癌性胸膜炎、尿管癌、尿道癌、非ホジキンリンパ肉腫、乳癌各一例)であり、期待値(対象群を、一九七二〜一九七七、一九七八〜一九八二、一九八三〜一九八六の三群に分けて人年を計算し、それぞれ一九七五年、一九八〇年、一九八四の全国及び宮崎県の年齢階級別人口と死亡数に基づいて求めたもの)を有意に上回ったのは、肺癌、呼吸器癌、腎並びにその他の泌尿器癌であった旨報告している。
④ 常俊の報告
土呂久地区公害病認定患者一四四名中一八名(うち一四名は死亡)に悪性新生物が認められ、その内訳は、肺癌一〇名(死亡者七名、生存者三名、期待値の約五倍)、癌性胸膜炎、喉頭癌、乳癌、尿管癌、膀胱癌、脈管内肉腫、悪性リンパ腫各一名(いずれも死亡)、直腸癌一名(生存)であった旨報告している。
(4) チャールズ・H・ハイン報告
同報告(当審での証言の補助として作成されたものではあるが、報告と同視した)では、砒素の発癌影響の証拠を論じるには、三つの面、すなわち動物実験、変異誘発性及び疫学的研究の評価が必要であるとし、動物実験が長期間多くの種類の動物で行われてきたにも拘わらず、砒素による癌を発症させることに失敗してきたことから、発癌性における砒素の役割は未だ十分に確定されていない、砒素が助発癌物質または促進因子として作用するのかどうか、あるいは砒素自体が発癌要因として作用するのかどうかを確定するためには、さらに研究が必要である旨報告している。
(二) 前記各報告のうち当審認定の(1)のものについては次のとおり評価しうる。
(ⅰ) ダグラス・V・フロスト
図書の一部であることは争いがない甲第四二〇号証、当審証人チャールズ・H・ハイン、同堀田宣之、同柳楽翼の各証言によれば、化学物質の発癌性の研究に際しては、①動物実験、②変易原性試験、③疫学研究の三つの面からみることが肝要であるといわれてはいるが、その中でも最も重要なのは③の疫学研究であって、そのため国際癌研究機関(IARC)においても、疫学的に人における発癌性が証明された化学物質を発癌物質のグループ一に掲げ、仮に動物実験で発癌性が確立し、あるいは変易原性試験で強い変易原性が認められても、人間における証明が不十分なものは、グループ一より下位にランクされていることが認められ、右事実に原判示(第三章第三節第三の一の3の(三))を総合すれば、砒素につき動物実験で発癌性が証明されないとしても、それだけで長期間曝露下における砒素の発癌性を否定するのは相当でないといわなければならない。
(ⅱ) 呂鋒洲ら報告
鳥脚病と蛍光物質との関係については前記三八の1のとおりであり、同報告は採用し得ない。
(ⅲ) フロイド・フロストら報告
成立に争いがない乙第五四七号証の一、二によれば、同報告には、「………ヒ素曝露指数は、症候群の方が年齢を調整した対照群よりも高かった。その差異は・〇五信頼限界で有意ではなかった。」旨の報告部分もあることが認められ、砒素曝露指数に有意の差異がない症例群と対照群とを比較することの疫学的な相当性には疑問がもたれ、また、肺癌その他呼吸器癌に関する原判決第三章第三節第三の一一の1の(一)の(1)掲記の各報告等に照らしても、右フロイド・フロストら報告は到底採用し難いといわなければならない。
(三) 前記各報告のうち当審認定の(2)の各報告等によると、砒素を発癌物質そのものとしてでなく、発癌の促進物質あるいはそれと類似の物質とみる見解が相当強く唱えられていることが認められ、これと上来掲記してきた各報告や前(3)の各報告等に照らせば、現在の知見として、砒素は発癌物質か或は少くとも癌の進行性に大きく寄与する物質と認めるのが相当というべきである。
(四) 前(一)掲記の各報告例等(但し前(二)で排斥したものを除く)に原判示(第二章第一節第一の一)並びに当審証人堀田宣之、同柳楽翼、同チャールズ・H・ハイン(一部)の各証言を総合すると、(1)砒素は、一般に原形質毒で、酵素活性、特にSH基系酵素活性の阻害作用があるが、この酵素は細胞の酸化還元即ち細胞の新陳代謝にとって不可欠の酵素であり、かつ全身に分布しており、これが不活性化される結果組織呼吸が低下すること、(2)主に肺及び消化器から吸収された砒素化合物は、その大半が赤血球の中に存在し、血清中のものは蛋白と結合し、全身の諸組織に運ばれ、二四時間以内に血液より離れ、主に肝、腎、肺、消化管壁、脾、皮膚に分布する。少量は脳、心、子宮にも分布し、骨及び筋肉も濃度は低いが分布総量としては大きく、皮膚とともに体における砒素の主な蓄積組織と考えられること、(3)体内に吸収された砒素は主に屎中に排泄されるが、尿中にも少量排泄され、汗線、気管支粘膜から、或は毛髪、皮膚の脱落等によっても排泄されること、(4)以上に明らかな砒素の代謝、毒性に関する特質並びに原判示第三章第三節第三の一ないし一〇において認定された各報告等に明らかな疫学的結果から、砒素曝露者の身体は、砒素の吸収(侵入経路)、体内分布、排泄の全経路を通じて、そのほとんどが砒素による侵襲にさらされ、砒素のもつ毒性に侵される蓋然性を有するとみるべきであり、特定の臓器のみが砒素の侵襲にさらされるとか、特定の臓器のみが砒素の侵襲にさらされないとかいったことを認むべき要素は何もない。しからば、砒素の毒性により癌が発症する、つまり砒素が発癌物質であれば、癌の発症部位も特定の臓器に限定されず、砒素の毒性に侵襲され得べき臓器に癌が発症したのであれば、特段の事情が認められない限り、その癌は砒素の影響を受けた蓋然性が高いとみるのが相当であること、が認められる。
(五) 前(三)、(四)の認定に左記(1)、(2)の事実を併せ考えると慢性砒素中毒症患者が癌に罹患しておれば、その癌が皮膚癌、肺癌その他の呼吸器癌でなくその他の臓器の癌であっても、砒素の毒性によるものである蓋然性が強く、原判示第三章第三節第一に説示したところに照らし、その法的因果関係を認めるのが相当である。
(1) 各報告において対照群より有意差をもって高い、あるいは期待値より有意に高いとされた癌の発症部位(皮膚、肺その他呼吸器を除く)だけでも、消化器系、泌尿器系、リンパ及び造血器系その他多数の臓器に及んでおり(各報告等の間のバラツキは、各報告等の目的や、砒素の毒作用と相乗して人体に影響する地域格差によるものとも考えられ、そのバラツキのみをもって当該報告等の信用性を否定するのは相当でない。)、そこに特定の臓器のみが癌の発症部位であり、あるいは特定の臓器のみが癌の発症部位でないと窺うべき余地はない。
(2) 世界保健機構(WHO)においても「枢要な臓器」の悪性腫瘍の観察例を挙げ、注意を促しているものと考えられ、米国立職業安全衛生研究所においても、具体的に報告例を挙げたうえリンパ系の腫瘍のみならず他の臓器の癌の発症について注意を促しているものと考えられる。
四五同第四章第二節(本件被害者ら各人に関する具体的事実)
この項においては、当審原告らの主張第一編(原告らの補足主張=本件被害者らの個別症状に関する主張の追加等)の主張に対する判断をも含むものである。被告は右原告らの補足主張は時期に遅れた攻撃防御方法である旨主張するが、原判示(第二章第一節第一)の砒素の代謝及び毒性、前記のとおり本件被害者らの各慢性砒素中毒症は生存中は原則として進行中の損害とみるべきであること、右原告らの補足主張は被告の補足主張を承けて、その反論としてもなされているものであり、かつ同事実の有無の取調べには多大な時間を要するとは考えられないこと等を総合して考慮すれば、右補足主張が時期に遅れた攻撃防御方法と認めることは相当でなく、被告の主張は理由がないというべきである。
(以下この項中各被害者ら各人につき、各該当項中では名のみで呼称する。)
1 亡佐藤鶴江
(一) 居住歴、鉱毒への曝露
鶴江の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(二) 症状(皮膚障害)
(1) 原判示第一章によれば、土呂久地区においては本件鉱山の操業停止後も長期間にわたって砒素による環境汚染が存続したことが明らかであり、甲第一六五号証記載の鶴江の皮膚症状発症時期に関する被告の主張は理由がない。
(2) 前掲甲第一三〇号証によれば、中村報告では、皮膚病変の併発パターンの面から、躯幹の色素沈着・脱色斑、掌蹠角化症、被覆部位の角化症を併発する病型(A型)、躯幹の色素沈着、脱色斑、掌蹠角化症(または限局性角化を伴った足蹠角化症)を併発する病型(B型)、この他の併発型(C型)の三つの型に分け、土呂久地区住民でA型、B型の併発パターンを呈するものは慢性砒素中毒症の皮膚病変である可能性が強いとするが、C型のものについても、砒素と無関係な病変としても出現し得るので、より精密な皮膚病変の記載と組織学的検査などが必要となろうとしていることが認められ、C型というだけで砒素の起因性を否定する報告部分は見当たらない。従って、鶴江の皮膚症状がC型というだけで砒素の起因性を否定する被告の主張は理由がない。
(3) 前掲甲第一二、同第一三号証と右甲第一三〇号証とを比較すると各号証にある症例3は年齢、性別、症状等から同一人(鶴江)であることが推認され、被告の主張は理由がない。
(三) 生活状況等
原判示(「個別主張・認定綴」一のⅢの3)に照らせば、鶴江は五〇年余の人生が終わるまで闘病の連続であったといえ、被告の主張は理由がない。
2 亡靍野秀男
(一) 被告の主張第四章第二節二
(1) 居住歴、鉱毒への曝露
秀男の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 角膜炎、結膜炎
秀男につきトラコーマ罹患を窺わせる証拠はなく、砒素が角膜の炎症性病変をもたらすことは原判示(第三章第三節第三の三の1の(1))のとおりであり、その他亡秀男の各症状に照らしても、秀男のパンヌス形成の砒素起因性を認めるのが相当であり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 視力障害
原審における秀男の小学校当時の視力に関する供述部分の信用性を左右する証拠はなく、また、昭和五〇年当時の視力右0.1、左0.6の数値は両眼視力で0.5の可能性がない数値とも認め難いことから、秀男がバイクの運転免許を取得していたとしてもそのこと自体は同人の視力の程度に関する右認定を左右するものとも考えられない。その他原判示(「個別主張・認定綴」二のⅢの3(A))の各症状に照らせば、秀男の視力障害の砒素起因性は明らかであり、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 多発性神経炎
<証拠>によれば、秀男は、両肢の四肢末梢に知覚障害が存するところ、ラセーグ徴候によっては上肢の知覚障害を説明できないことが認められ、さらに前記秀男の各症状を併せ考えれば、砒素起因性の多発性神経炎の存在を認めるべきであって、被告主張の兵役や職歴をもってしては同記載を左右することはできない。従って、被告の主張は理由がない。
(3) 生活状況等
原判示の前記亡秀男の症状等に照らせば、秀男の生活状況等に関する被告の主張は到底採用できず、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一
(1) 皮膚症状
<証拠>よれば、秀男は、遅くとも昭和五一年三月八日実施の県検診(宮崎県が実施した健康観察検診をいう。以下同例)当時、その左下腹部にボーエン病を罹患していたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右事実と秀男のその余の症状並びに砒素等曝露歴を併せ考えれば、右症状の砒素起因性が明らかであるといわなければならない。
(2) 難聴、視野異常
<証拠>によれば、秀男は、遅くとも昭和四六年実施の県検診当時、感音性難聴及び軽度の視野沈下を罹患していたことが認められ、被告主張のバイクの運転免許の取得の事実は、右各症状が軽度であったことを表すだけであると解すべきである。
しかして、右事実と秀男のその余の症状並びに砒素曝露歴を併せ考えれば、右症状の砒素起因性が明らかであるといわなければならない。
3 亡佐藤仲治
(一) 被告の主張第四章第二節三
(1) 居住歴、鉱毒への曝露
仲治の症状と砒素との関連性を疑わしめる程度の砒素曝露の有無については、原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状(慢性胃腸障害)
<証拠>によれば、仲治が焼酎五合を飲んでいたのは「若いころ」とあるところ、胃潰瘍の手術をしたのは昭和四一年で当時六〇歳弱であったことが認められることから、被告主張のとおり胃潰瘍を直ちに仲治の飲酒に結び付けることは相当でなく、また、原判示(「個別主張・認定綴」三Ⅲ3(A)(1)(同Ⅰ3(三)))の症状及びその経緯に徴すれば、仲治の慢性胃腸障害罹患の事実は明らかであり、被告の主張は理由がないといわなければならない。
(二) 原告らの補足主張二
(1) 皮膚障害
<証拠>によれば、仲治は、昭和四八年一二月五日宮崎県立延岡病院(以下延岡病院という)皮膚科においてうけた診断の中には、ボーエン病の初期段階またはパジェトイド・ボーエン病と認められる背部組織所見としての棘細胞の配列の乱れ及び空胞化細胞の出現があったとの診断が含まれていたこと、右診断をした当時の主治医は、右症状を砒素性のものと判断していたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右事実と仲治のその余の前示症状並びに砒素等曝露歴を併せ考えれば、右症状の砒素起因性が肯定さるべきである。
(2) 眼粘膜障害
<証拠>によれば、仲治は昭和四八年一二月五日の延岡病院眼科での診察の際、両眼慢性結膜炎の診断を受けていたこと、仲治は、本件鉱山勤務の頃「眼やに、流涙」が続いていたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右事実と仲治のその余の症状並びに砒素曝露歴を併せ考えれば、右症状の砒素起因性が明らかであるといわなければならない。
4 原告佐藤ミキ
(一) 被告の主張第四章第二節四
(1) 居住歴、鉱毒への曝露
ミキの鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状(皮膚症状)
当審証人川原一之の証言によれば、同証人は、原告ら(一部)の代理人として提起した行政不服審査において、その審理過程で宮崎県から提出された同原告らの健診票のうち皮膚症状の欄の概要を転写したメモを作成したこと、同メモが甲第二三五号証に該当することが認められ、右事実によれば、同号証の作成に疑いはなく、同号証の成立の真正に関する被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張三
<証拠>によれば、ミキは、昭和四八年一二月五日延岡病院皮膚科において、ボーエン病類似所見である左大腿の黒色を呈する角化腫の診断を受けていたこと、主治医においては、同角化腫には細胞配列の乱れ、空胞化細胞の存在等が認められたことなどから、ボーエン病類似あるいはボーエン病そのものと診断していたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右事実とミキのその余の症状並びに砒素曝露歴を併せ考えれば、右ボーエン病の砒素起因性が明らかであるといわなければならない。
5 亡佐藤数夫(被告の主張第四章第二節五)
(一) 居住歴、曝露歴
数夫の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(二) 症状
(1) 慢性胃腸障害、慢性呼吸器障害、鼻炎、心循環器障害
被告は、数夫の右各症状の初発時期を云々するが、右各症状の初発時期に関する原告らの主張、数夫の供述等においてかなりな齟齬があったとしても、それは数十年前の出来事(それも記憶に残りにくいと考えられる自覚症状の初発時期)に関するものであり、しかも数夫は医学的には素人であることを考えれば、あながち非難はできず、原判決「個別主張・認定綴」五のⅢの5掲記の各証拠によれば、右各症状の初発時期に関しては原判示の各該当箇所のとおりに認めるのが相当であり、被告の主張は理由がない。
(2) 歯の障害
被告指摘のとおり歯の脱落が発症した時期に数夫が土呂久に居住していなかったとしても、それまでの間の居住歴や原判示第二章第一節第一の砒素の代謝及び毒性等に鑑みれば、それだけで歯の脱落と砒素曝露との間の因果関係を否定するのは相当でないというべきであり、被告の主張は理由がない。
(3) 死因について
原判示第一章の土呂久地区の環境汚染の実態に照らせば、到底被告の主張は採用し得ない。
6 亡佐藤勝
(一) 被告の主張第四章第二節六
(1) 症状
(ⅰ) 慢性砒素中毒症の認定
<証拠>によれば、公害健康被害補償不服審査会第七、第八、第九、第一〇号事件第二回目口頭審理の際勝につき医学的には慢性砒素中毒症として認定される症状相当である旨の説明がなされたことが明らかであり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 求心性視野狭窄
<証拠>によれば、勝には、求心性視野狭窄と中心暗点が存していたことが明らかであり、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) ボーエン病
<証拠>によれば、勝は、延岡病院皮膚科において昭和四八年度健康観察第三次検査を受けた際、細胞の配列の乱れ、空胞化細胞の出現の診断を受けており、主治医はこれを砒素性のボーエン病様所見と診断していたことが認められ、被告の主張は理由がない。
(2) 生活状況等
砒素の代謝及び毒性並びに勝の各症状に照らせば、被告の主張は到底採用できない。
(二) 原告らの補足主張四
前記(一)(1)(ⅲ)のとおりである。
7 亡靍野クミ(被告の主張第四章第二節七)
(一) 居住歴、鉱毒への曝露
クミの鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(二) 症状
(1) 多発性神経炎
<証拠>、原・当審証人堀田宣之の証言によれば、同証人は、クミにつき振動覚の検査のみによって多発性神経炎と診断したものではなく、振動覚の検査のほか手足の痺れや四肢脱力の確認、アキレス腱反射検査、固有反射検査等を経て多発性神経炎の診断をしたものであることが認められ、従って、振動覚の検査結果だけから同証人の診断を排斥するのは相当でなく、被告の主張は理由がない。
(2) 皮膚症状
(ⅰ) 皮膚症状の併発パターン中C型の意義については前記1の(二)の(2)のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) クミのボーエン病様症状は前掲甲第二三五号証によっても裏付けられ、被告の主張は理由がない。
(3) 循環器障害
器質的障害の存否の意義、内臓癌に対する砒素の起因性についてはいずれも前記したとおりであって、被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張も見当たらず、被告の主張は理由がない。
(三) 生活状況等
クミの死亡時の年齢が七二歳であったことは、同人が慢性砒素中毒症患者であったとの認定を左右するものではない。
8 亡佐藤ハルエ
(一) 被告の主張第四章第二節八
(1) 居住歴、鉱毒への曝露
ハルエの鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 多発性神経炎
甲第一八一、乙第三〇五号証、当審証人堀田宣之の各証言によれば、被告主張の乙第三〇五号証中一二頁、一三頁記載の表在知覚図が、ハルエに関する熊本大学体質医学研究所のカルテを正確に写したものであることには疑問がもたれるのであり、同表在知覚図を根拠とする被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 鼻炎、嗅覚障害
原判示の、土呂久地区で本格的に砒鉱の採掘、亜砒酸の精錬が行われるようになった時期(大正中頃)、ハルエの居住歴、鉱毒への曝露歴に鑑みれば、鼻閉、嗅覚低下の初発時期に関する被告の主張は理由がないことが明らかである。
また、県検診によるものではあっても、個々の検診対象のカルテに基づくものではなく、単に総括的な結論部分に被告主張のごとき記載が存したとしても、そのことだけで、鼻粘膜に小瘢痕を認めた堀田診断(甲第一八一、乙第三〇五号証)の信用性を否定することは相当でないと考えられ、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 皮膚症状
<証拠>によれば、ハルエは、昭和四八年七月一八日延岡病院皮膚科において右肩甲部に角化性腫瘍が認められていたが、当時の主治医は同腫瘍につき核が円形大型の細胞であることからこれを砒素起因性のボーエン病と診断していたことが認められ、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張五
(1) 皮膚障害
前記(一)の(2)の(ⅲ)のとおりである。
(2) 視力障害、視野狭窄、難聴
前掲甲第三六三号証によれば、ハルエは、昭和四八年七月一八日前記延岡病院において視力障害、視野狭窄、難聴の診断を受けていたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右各症状とハルエのその余の症状並びに鉱毒への曝露歴とを併せ考慮すると、右各症状もまた砒素に起因するものというべきである。
9 原告佐藤ハルミ
(一) 被告の主張第四章第二節九
(1) 居住歴
ハルミの鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 心循環器障害
① 砒素は血管毒とも呼ばれ、心臓及び血管の障害を包括した全循環系の障害を惹起することは、原判示(第三章第三節第三の四)のとおりであり、ハルミの意識障害・半身不随等の障害の直接の原因が脳溢血や脳卒中であったとしても、それだけで砒素の起因性を否定するのは相当でなく、被告の主張は理由がない。
② 心臓発作が昭和四〇年頃をもって治癒したことを窺わせる証拠は見当たらず、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 皮膚症状
被告主張の併発パターンの意義については前記のとおりであって、被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張も見当たらず、被告の主張は理由がない。
(3) 生活状況等
ハルミの各症状に鑑みても、ハルミが砒素起因の疾病による闘病生活を送ったことを否定する被告の主張は採用できない。
(二) 原告らの補足主張六
<証拠>によれば、ハルミは、昭和四九年一一月の県検診において、鼻粘膜障害、視野狭窄の診断を受けていたことが認められ、右各症状とハルミのその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等を併せて考慮すると、右各症状の砒素起因性を肯定すべきである。
10 亡佐藤高雄
(一) 被告の主張第四章第二節一〇
(1) 居住歴
高雄の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 皮膚症状
<証拠>によれば、高雄は、昭和五〇年一一月の県検診の際、肩甲間部に異型性上皮腫(ボーエン病)が診断され、また色素沈着、色素脱出、口腔内色素沈着のいずれも「有」と診断されていたことが認められる。
しかして、右症状並びに高雄のその余の各症状、鉱毒への曝露歴等を併せて考察すれば、右皮膚症状の砒素起因性を肯定すべきであり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 慢性胃腸障害
<証拠>によれば、高雄のカルテには二〇〜三〇歳頃の「下痢、腹痛」、五〇歳頃からの「腹痛、便秘」が記載されているだけで、その中間の時期における症状の継続を明記する記載部分は存しないが、堀田診断書では「二〇歳頃から下痢………が出現、これらの症状は一部持続し、現在………腹痛、便秘などがある」と記載されていることが認められ、右堀田診断書の記載内容並びに前記砒素の毒性及び代謝、高雄の鉱毒への曝露歴等を総合的に考察すれば、右胃腸障害は右中間期にも持続していたとみるのが相当である。なお、仮に、右中間期に症状が持続していなかったとしても、「下痢、腹痛」の存した期間は二〇〜三〇歳と約一〇年間に及び、五〇歳頃からの「腹痛、便秘」はその後持続していることが明らかであることから、やはり同症状をもって慢性胃腸障害とすることは、何ら異とするに足りないというべきである。
従って、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 前記カルテの記載内容をもってしては前記堀田診断書の診断の信用性を否定することは相当でなく、被告の主張は理由がない。
(ⅳ) 心循環器障害及び中枢神経障害
脳血液関門の意義についてはこれまでに述べたとおりであり、被告の主張は理由がない。
(ⅴ) 鼻の障害
甲第二三五号証の成立については前記したとおりであり、特に同号証の成立を疑わせる証拠はなく、被告の主張は理由がない。
(ⅵ) 多発性神経炎
前掲甲第三六八、同第三六九号証によっても、高雄は、昭和五〇年一一月宮崎県の検診を受けた際、四肢末梢部知覚低下等の多発性神経炎の診断を受けていたことが明らかであり、被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張も見当たらない。
(ⅶ) 難聴
高雄のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴、砒素の代謝毒性等を考慮すると、高雄の難聴を騒音性難聴や加齢性難聴だけで説明することは相当でないというべきである。
(ⅷ) ボーエン病
前記(ⅰ)のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(3) 生活状況等
高雄の各症状からしても高雄が同症状による闘病生活に苦しんだことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張七
(1) 皮膚障害
(1) 前記(一)(2)(ⅰ)のとおり
(2) 味覚障害
前掲甲第三六九号証によれば、高雄は、昭和五〇年一一月の県検診の際、味覚障害の診断を受けていたことが認められ、これと高雄のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴を併せ考慮すると、同味覚障害についても砒素起因性を認めるのが相当である。
(3) 心循環障害
当審証人堀田宣之の証言によれば、高雄には昭和六〇年両下肢末端に末梢循環障害による壊疽が発症していたことが認められ、同事実と高雄のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴を併せ考慮すると、同症状についても砒素起因性を認めるのが相当である。
(4) リンパ腫
前記四四の4の認定及び判断、<証拠>を総合すれば、高雄は、昭和六一年八月四日死亡したが、その後の病理組織検査で非ホジキンリンパ肉腫が診断されていること、非ホジキンリンパ肉腫は癌の一種で砒素の起因性が肯定されることが認められ、これと高雄のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴を併せ考慮すると、同症状についても砒素起因性を肯定するのが相当である。
(5) 死亡
前掲甲第四二一号証の二によれば、高雄の直接の死因は呼吸不全、喀血で、その原因は喘息、その原因は慢性砒素中毒、硅肺とされていることが認められ、右記載内容からすれば、慢性砒素中毒に基づく呼吸器障害が一因となって右直接死因に至ったものと推認される。
11 原告佐藤チトセ
(一) 被告の主張第四章第二節一一
(1) 症状
(ⅰ) 心循環器障害
当審証人堀田宣之の証言によれば、甲第一七四号証の堀田診断書は、乙第二九八号証のカルテのみならず、同診断書作成までになされた各検査の結果等を検討して作成されたことが認められる。従って、同カルテ上の所見のみにより同診断書の信用性を否定するのは相当でなく、被告の主張は理由がないといわなければならない。
(ⅱ) 視野狭窄
右(ⅰ)と同一である(なお、当審証人堀田の証言によってもチトセに視野狭窄があったことは明らかである)。
(ⅲ) 嗅覚障害
右(ⅰ)と同一である。
(ⅳ) 皮膚障害
皮膚症状の併発パターンについては前記のとおりであり、被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張もない。
(2) 生活状況等
チトセの各症状からしてもチトセが同症状による闘病生活に苦しんだことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張八
(1) 皮膚障害
<証拠>によれば、チトセは、昭和五〇年一一月の県検診において右背(肩甲)部にボーエン病が診断されており、その後昭和五九年には堀田医師により左頬部にもボーエン病が診断されていたことが認められ、右事実と同原告のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴を併せて考慮すれば、右各ボーエン病の砒素起因性を肯定すべきである。
(2) 視力障害
チトセは、昭和五〇年五月三一日当時堀田医師により視力低下の診断を受けていたことが認められ、同事実とチトセのその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴を併せて考慮すれば、右視力低下の砒素起因性を認めるのが相当である。
12 原告清水伸蔵
(一) 被告の主張第四章第二節一二
(1) 居住歴
伸蔵の鉱毒曝露に直接影響を及ぼすべき事実につき、特に原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状(皮膚症状)
皮膚症状の併発パターンの意義については前記のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張九
<証拠>によれば、伸蔵は、昭和六二年七月一三日国立熊本病院における検診の際、右胸部にボーエン病の診断を受けていることが認められ、右事実と伸蔵のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等を併せて考慮すれば、右ボーエン病の砒素起因性を肯定すべきである。
13 亡陳内政喜
(一) 被告の主張第四章第二節一三
(1) 居住歴
政喜の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 鼻の障害
甲第二三五号証の成立については前記のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 心循環器障害及びレイノー症状
砒素の代謝及び毒性、政喜のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等に鑑みれば、政喜のレイノー症状の砒素起因性を全く否定するのは相当でないというべきである。
(ⅲ) 多発性神経炎
右(ⅰ)のとおりである。
(ⅳ) 結膜炎
堀田診断書とカルテとの関係については前記したとおりであり、被告の主張は理由がない。
(ⅴ) 皮膚症状
甲第二三五号証の成立、皮膚症状の併発パターンの意義についてはいずれも前記したとおりであり、被告の主張は理由がない。
(3) 生活状況等
政喜の各症状からしても政喜が同症状による闘病生活に苦しんだことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一〇
(1) 鼻の障害
<証拠>によれば、政喜は、昭和四九年一一月の県検診において、鼻粘膜萎縮の診断を受けていたことが認められ、同事実と政喜のその余の各症状並びに鉱毒曝露歴等を併せて考慮すれば、右鼻粘膜萎縮の砒素起因性を肯定するのが相当である。
(2) 尿路感染症
<証拠>によれば、政喜は昭和五八年八月三一日死亡し、その直接死因は心不全で、その原因は尿路感染症であったことが認められる。
しかしながら、当審証人柳楽翼の証言によっても、尿路感染症は腎障害の一種ではあるが、それはあくまでも感染症であって、砒素による直接の起因性はなく、ただ一般に砒素中毒に罹患した者は細菌感染に対する抵抗力が低下することから、砒素中毒患者は尿路感染症にかかり易いことが認められるに止どまり、その他尿路感染症の砒素起因性を認めるに足りる証拠はない(右甲第二一号証の一の「尿路感染症の原因」欄にも「慢性砒素中毒」の記載がない)。
従って、原告らの補足主張は理由がない。
14 原告陳内フヂミ
(一) 被告の主張第四章第二節一四
(1) 居住歴
フヂミの鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 慢性呼吸器障害
<証拠>によれば、原告フヂミには、二四歳頃から頭痛、嗄声等が出現し、昭和五三年八月三〇日の堀田診断当時も同一症状が診断されていることが認められ、同事実と甲第二一三号証を総合すれば、フヂミの慢性気管支炎罹患の事実は疑いなく、被告指摘の陳述書と堀田診断書の記載内容の齟齬は右認定を左右するに足りず、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 皮膚障害
皮膚症状の併発パターンについては前記のとおりであり、その他ボーエン病が必ず皮膚角化症の続発症として発症することを認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一一
(1) 眼粘膜障害
<証拠>によれば、フヂミは、三〇歳頃から流涙、眼やにが発症し、昭和五三年八月三〇日の堀田診断当時も同一症状が診断されていたこと、フヂミは、昭和四九年一一月県検診の際結膜炎の診断を受けていたこと、フヂミは、昭和五九年、昭和六〇年、昭和六一年の大分診療所での検診の際いずれも慢性結膜炎の診断を受けていたことがそれぞれ認められ、右事実に徴すれば、フヂミは慢性的に眼粘膜障害に罹患していたと認められ、同事実とフヂミのその余の各症状並びに鉱毒への曝露等を併せ考慮すると、右慢性眼粘膜障害の砒素起因性を認めるのが相当である。
(2) 肺癌
<証拠>によれば、フヂミは、昭和六〇年九月の大分診療所での検診の際、肺偏平上皮癌の診断を受け、同年一〇月右肺下葉の切除手術を受けたことが認められ、同事実に砒素の代謝毒性、内臓癌と砒素との因果関係、フヂミのその余の各症状及び鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すると、右の肺偏平上皮癌の砒素起因性を認めるのが相当である。
(3) 腎障害
尿路感染症については、前記13の(二)の(2)と同一の理由により砒素の起因性を認め難い。
15 原告甲斐シズカ(被告の主張第四章第二節一五)
(一) 症状(皮膚症状)
甲第二三五号証の成立に関しては前記したとおりであり、被告の主張は理由がない。
(二) 生活状況等
シズカの各症状からしてもシズカが同症状による闘病生活に苦しんだことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
16 亡佐保五十吉
(一) 被告の主張第四章第二節一六
(1) 居住歴
五十吉の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 慢性呼吸器症状
慢性砒素中毒が気管支拡張症や肺繊維症を伴うことは原判示(第三章第三節第三の二の2)のとおりであって、右の点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得る被告の主張もない。
(ⅱ) 消化器障害
甲第二四七号証によれば、五十吉は、昭和五一年二月三日千鳥橋病院に入院したが、主治医による入院時所見の中には、腹部膨隆、腹水があり、その後胃の透視検査では特記すべき異常は認められなかったが、その後の昭和五一年四月五日の段階になっても腹水の貯留が診断されていたことが認められ、右事実と前掲甲第二四五号証等を併せて考慮すると、五十吉には原判示(「個別主張・認定綴」一六Ⅲの3(A)(同1の3の(三)))の各消化器障害が存したことが明らかであり、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 中枢神経障害
前掲甲第二四七号証(堀田診断書)に示されている診断を覆すに足りる主張並びに証拠はなく、被告の主張は理由がない。
(3) 生活状況等
五十吉の各症状からしても五十吉が同症状による闘病生活に苦しんだことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一二
<証拠>によれば、五十吉は、昭和四九年一一月の県検診の際鼻粘膜萎縮の診断を受けていたことが認められ、右事実と五十吉のその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等を併せて考慮すると、右鼻粘膜萎縮の砒素起因性を認めるのが相当である。
17 亡松村敏安(被告の主張第四章第二節一七)
(一) 居住歴及び曝露状況
敏安の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(二) 症状
(1) 多発性神経炎
<証拠>によれば、敏安は、昭和五〇年一一月の県検診の際診断を受けた神経障害は、被告主張のとおり右半身性の各症状であったことが認められる。
しかしながら、他方、<証拠>によれば、敏安は、昭和四九年一一月の県検診の際、神経症状として左下肢の振動覚低下等左半身の神経障害も診断されていたこと、敏安には、昭和五一年六月川平医師による診察を受けた際にも、両側アキレス反射の減弱の診断を受けていたことが認められることから、前記<証拠>だけによって敏安の神経症状を片側性のものと断定するのは相当でなく、他に右神経症状が片側性であったことを認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は理由がない。
(2) 嗅覚障害
鼻粘膜障害と副鼻腔炎の関係は前記三七の2の(二)のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(3) 求心性視野狭窄
敏安には、右眼の視野異常のほか結膜炎(両眼)も認められることは原判示(「個別主張・認定綴」一七Ⅲ3(A)(1)(同Ⅰ3の(四)))のとおりであり、その他敏安の各症状に鑑みれば、視野異常が右眼のみであることから、眼の障害が片側性のものと認めるのは相当でなく、被告の主張は理由がない。
(4) ボーエン病
<証拠>によれば、平島医師による敏安の剖検で「ボーエン様の変化なし」とされたのは「色素が脱出し萎縮が認められた左大腿、下腿の表皮」であるところ、昭和五一年一一月の県検診の際ボーエン病と診断されたのは「右大腿外面、軽度隆起した褐色局面の組織」であり、昭和五一年六月の県検診の際ボーエン病様局面散生と診断された部位は明らかでないことが認められる。
しからば、ボーエン病の診断に関する右各剖検、検診は、それぞれ違った部位に関するものであることも推認されなくもないのであって、各剖検、検診で診断が異なることは、当該診断の信用性を左右するものではないというべきである。
従って、被告の主張は理由がない。
18 亡佐保仁市
(一) 被告の主張第四章第二節一八
(1) 居住歴
仁市の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 鼻の粘膜障害
甲第二三五号証の成立については前記のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 多発性神経炎
甲第一六七号証によれば、仁市には、昭和五四年四月一六日当時、他覚的所見としてアキレス腱反射の両側低下、四肢筋力両側低下、四肢にほぼ対称性の触・痛覚鈍麻、四肢振動覚低下が診断されていたことが認められ、同事実に当審証人川平稔の証言等を併せ考慮すると、仁市の多発性神経炎罹患の事実は明らかであり、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 自律神経症状
前掲甲第一六七号証によれば、仁市には、昭和五四年四月一六日当時、他覚的所見として両足のチアノーゼ、四肢厥冷、皮膚紋画症が診断されていたことが認められ、同事実に照らせば被告の主張は理由がないことが明らかである。
(ⅳ) 皮膚症状
甲第二三五号証の成立に関しては前記のとおりであり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一三
<証拠>によれば、仁市は、昭和四九年一一月の県検診の際、口腔内色素沈着が診断されていたことが認められ、同事実並びに仁市のその余の各症状、鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すると、右口腔内色素沈着の砒素起因性を認めるのが相当である。
19 原告佐藤實雄
(一) 被告の主張第四章第二節一九
(1) 砒素の代謝及び毒性、實雄の難聴およびその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すれば、實雄の難聴の砒素起因性を認めるのが相当であり、被告の主張は理由がない。
(2) 生活状況等
實雄の各症状に鑑みれば、實雄は同症状による闘病生活に苦しんでいることが認められ、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一四(皮膚障害)
<証拠>によれば、實雄は、昭和四八年一二月五日延岡病院における検診の際、胸部にボーエン病の診断を受けていたことが認められ、同事実並びに砒素の代謝及び毒性、實雄の各症状、鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すれば、右ボーエン病の砒素起因性を肯定するのが相当である。
20 原告佐藤ハツネ
(一) 被告の主張第四章第二節二〇(皮膚症状)
皮膚症状の併発パターンの意義は前記のとおりであり、砒素の代謝及び毒性、ハツネの症状、鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すれば、ハツネの皮膚症状の砒素起因性を肯定するのが相当であり、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一五
(1) 皮膚障害
<証拠>によれば、ハツネは、昭和四八年一二月五日延岡病院において検診を受けた際、腰部組織所見としてボーエン病の診断を受けていたこと、ハツネは、その後昭和六二年七月一三日国立熊本病院において診察を受けた際、左大腿角化腫(有棘細胞癌)の診断を受けていたことがそれぞれ認められ、同事実と砒素の代謝毒性、ハツネのその余の各症状(後記を含む)並びに鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すると、右ボーエン病及び左大腿角化腫(有棘細胞癌)の砒素起因性を肯定するのが相当である。
(2) 慢性呼吸器障害
<証拠>によれば、ハツネは、畑中に居住していた当時から「喉がゼロゼロ、ヒュウ、ヒュウと鳴りだした」こと、柳楽医師はハツネにつき、昭和五九年、昭和六〇年、昭和六一年、昭和六二年の四回、主として癌の早期発見を目的とした検診を行ったが、その際、鼻から喉にかけての慢性の炎症を認め、砒素起因性の慢性上気道炎と診断したことが認められ、堀田医師の昭和五〇年の診察時に慢性上気道炎の診断がなされなかった(これは弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二八八号証によって明らかである)ことをもってしては、右認定を覆すに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実に砒素の代謝及び毒性、ハツネのその余の各症状並びに鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すれば、右慢性上気道炎の砒素起因性を肯定するのが相当である。
(3) 難聴
<証拠>によれば、ハツネは、昭和四〇年頃から難聴が始まり、昭和四八年一二月五日延岡病院における検診の際、神経性難聴の診断を受け、柳楽医師からも昭和五九年、昭和六〇年、昭和六一年の各検診の際内耳性難聴の診断を受けたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
しかして、右症状と砒素の代謝及び毒性、ハツネのその余の各症状、鉱毒への曝露歴等を併せ考慮すれば、右神経性難聴の砒素起因性を肯定するのが相当である。
21 亡佐藤健蔵
(一) 被告の主張第四章第二節二一
(1) 居住歴及び鉱毒への曝露
健蔵の鉱毒曝露の有無に直接影響を及ぼすべき事実につき原判示の認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 症状
(ⅰ) 皮膚症状
<証拠>によれば、堀田医師がボーエン病と診断した際基礎とした症状は、健蔵が昭和四八年一二月五日延岡病院で受けた診断である背部表皮の色素沈着、細胞配列の乱れ、空胞化細胞の出現であったところ、同診断をした同病院医師桑原においても、右症状をもって砒素性のボーエン病初期又はパジェトイド・ボーエン病と診断していたことが認められるのであって、同事実に照らしても健蔵が砒素起因性のボーエン病であったことは否定できず、被告の主張は理由がない。
(ⅱ) 難聴、鼻炎
被告指摘の甲第二六〇号証による延岡病院での診断を左右する証拠は見いだし難く、被告の主張は理由がない。
(ⅲ) 胃腸、呼吸器症状
特に採り得べき被告の主張はなく、被告の主張は理由がない。
(ⅳ) 中枢神経障害
脳血液関門の意義については前記したとおりであって、その点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得べき被告の主張もない。
(3) 生活状況等
健蔵の各症状に鑑みれば、健蔵は同症状による闘病生活に苦しんでいたことが認められ、被告の主張は理由がない。
(二) 原告らの補足主張一六
前記(一)(2)(ⅰ)のとおりである。
22 原告佐藤正四(被告の主張第四章第二節二二)
(一) 居住歴
正四の鉱毒曝露の有無に直接に影響を及ぼすべき事実につき原判示を覆すに足りる証拠はない。
(二) 症状(皮膚症状)
皮膚症状の併発パターンの意義については前記のとおりであり、この点に関する被告の主張は理由がなく、他に採り得べき被告の主張も見当たらない。
23 佐藤アヤ(被告の主張第四章第二節二三)
(一) 症状
(1) 慢性呼吸器障害
機能検査と症状の有無に関しては前記のとおりであり、その点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得べき被告の主張もなく、被告の主張は理由がない。
(2) 皮膚症状
皮膚症状の併発パターンの意義については前記のとおりであり、その点に関する被告の主張は理由がなく、その他採り得べき被告の主張もなく被告の主張は理由がない。
(二) 生活状況等
アヤの各症状に鑑みれば、アヤは同症状による闘病生活に苦しんだことが認められ、被告の主張は理由がない。
第三総括
以上によれば、本件鉱山の操業(亜砒焼)により鉱害が発生したことは明らかである。そして、本件被害者らに原判示(個別主張・認定綴各Ⅲ)の各健康被害が生じているが、それらは、いわゆる行政認定の要件とされた症状以外の病疾についても、右鉱害(砒素等曝露)に起因し若しくは少くともその促進要因となっていることの高度の蓋然性が認められる。即ちそれは個々の被害者の個々の病疾について、砒素等曝露のみが原因であるとまでは断定できないが、翻えって砒素等曝露の影響が全く否定されるものと認めるに足る証拠はなく(この点で個別鑑定をなしても、現時の医学知見上、そのいずれにも断定し得る結果を得ることはないものと考える)、かえって前示資料を総合すれば右のような蓋然性を高度に認めざるを得ず、その限りにおいて法的因果関係を肯定し得るものというべきである。
第二章本件被害者らの損害と被告の責任
第一本件被害者らの損害
一原告らの主張・請求の把握
原告らは、本件鉱山においてなされた原判示第一章第二節認定の鉱煙、捨石及び鉱滓の堆積、坑内水の排出放流によって生じた同第三節認定の環境汚染により本件被害者らに生じた損害につき、被告は鉱業法一〇九条一、三項に基づき、①昭和四二年四月一九日以前に発生した損害については同三項の鉱業権承継人として、②同日以降昭和四八年六月三〇日までの間に発生した損害については同一項前段の損害発生時の鉱業権者として、③同日以降発生した損害については同一項後段の鉱業権消滅時の鉱業権者として、その賠償の責に任ずべきものであると主張し、且つ右「損害」を、「健康被害に止まらず、社会的、経済的、家庭的、精神的被害等のすべてを包括する総体」であると主張して包括・一律に死亡被害者につき六〇〇〇万円、生存被害者につき四〇〇〇万円を慰藉料の形式で請求すると主張している。
そこでまず、右原告らが主張・請求する「損害の賠償」を法律的にどう把握すべきかにつき検討するに、そもそも生命、身体の被害とは別個独立に発生する財産上の被害は原則として慰藉料に置き換えることはできないところ、原告らも前示農業被害等(原判示第一章第五節)については、本件被害者ら各個についての具体的な被害主張もしていないことなど弁論の全趣旨(原判示理由第六章第一節第一の六の原審判断にも特段不服を申し立てない)に徴すると、右原告らの主張・請求する損害の賠償とは、結局本件被害者らの生命身体を被害法益として、これを侵害されたこと、即ち前示健康被害によって直接・間接に生じた財産上及び非財産上の損害の賠償を求めるものに他ならず、且つそのような主張として理由がある。
二本件被害者らの健康被害の態様
後に原判決第六章第一節第一の一ないし五(但し一部後記のとおり訂正)を引用して説示するとおり、慢性砒素中毒症の特質は、「その症状の広範・重篤さである。それは、全身の諸臓器にわたる広範、多彩な症状が発現するものであるとともに、それら諸症状は、長期間継続、遷延するだけでなく、皮膚症状、心臓循環器障害、肝障害、神経系の諸障害、悪性腫瘍等において典型的に示されるように、砒素曝露から相当期間又は長期間経過後にも発現あるいは増悪するものである。それら症状の大部分は不可逆性で現在の医療において根本的には治癒しない。のみならず、その発症疾患のうち心臓循環障害や悪性腫瘍においては二次的帰結とはいえ、死の転帰がもたらされる危険性を強く秘めている疾病」といった深刻なものである。
本件被害者らに徴してみても、「極く一部の者を除き、本件砒素曝露開始以来、長年月にわたって、徐々に、広範、多彩な症状が出現、増悪し、粘膜刺激症状や胃腸症状の一部が軽減、回復した者はあるものの、症状の大半ひいては全体的な健康不全状態においては、次第に増悪、進行してきている。これら本件被害者の症状は、個々的にも相当重篤なものが多いうえに、大半の被害者は、身体の各部位、器官に多数の症状が併発、出現しており、それら各個の障害・苦痛が相互に増幅し合う結果、総合的に観察するとき、労働過程は勿論その他日常生活の全過程において、本人及び家族に多大の苦痛をもたらしている―過去長期間にわたり且つ現在も―ものというべきである。」ことは、原判示(「個別主張・認定綴各Ⅲ」)並びに当判決前章第二の四五の各認定を総合すれば明らかである。
しかして、右慢性砒素中毒症の特質からすれば、鉱毒を原因として発症した慢性砒素中毒症患者の健康被害は、臓器毎の各症状毎に別個の健康被害を被ったものと解すべきではなく、それら健康被害の総体を一個の被害、つまり慢性砒素中毒症をもって総括される過去、現在、将来発症する症状全体をもって、一個の健康被害と認めるのが相当である。
三慰藉料としての認定
前一認定のとおり、本件被害者らの損害は慢性砒素中毒によってもたらされた健康被害によって直接・間接に生じた財産上、非財産上の損害と把握すべきである(右財産上、非財産上の損害とは別のこれを包括した損害とみる立場はひとまず採らない。)が、前二に説示のとおり、慢性砒素中毒症のもたらす健康被害は総体一個のものとして発症後も進行を継続するものであって、個々の健康被害の発症の時期、進行の程度を個別に確定することは極めて困難であり、それによって生ずる財産上の損害(主として医療費及び稼働能力の低減に伴う逸失利益から構成される)は、その発生を観念的には思惟することはできても、これを具体的に把握し且つそれに対する砒素等曝露の寄与度を確定して算定することは事実上不可能とせざるを得ない。従って、本件被害者らについては、右財産上の損害それ自体の算定はこれをあきらめ、慰藉料として認容せざるを得ないが、右観念的には発生の認められる財産上の損害の補填を抛擲させることは許されないので、次善の策として、右相当の財産上の損害を被っている事実を慰藉料算定上に反映させ、実質的に財産上の損害に対する補償をも考慮した額として査定することとする。(なおこのように原告ら主張の包括請求論そのものではないが、慰藉料の補完的機能の中において財産損害に対する補償を実質的に考慮して慰藉料の請求を認容することは、「慰藉料の形式で」請求するという原告らの請求に対しても民訴法一八六条を逸脱するものではないと解する。)
第二被告の責任
本件被害者らに生じた上記損害の起因たる健康被害が原判示第一章認定の原因行為に基づき本件鉱山から排出された砒素(亜砒酸)、亜硫酸ガスによってもたらされ、これと法的因果関係を認め得ることは既に説示のとおりである。
そして被告が右健康被害により生じた上記損害につき賠償責任を有すると認むべきことは、左に被告の主張第一編第五章(補足主張のうち責任論)及び第二編(公健法に基づく補償給付による補填の主張)の各主張に対する判断を付加するほか、原判決理由第四、第五章のとおりであるからこれを引用する(<原判決訂正・省略>)。
一被告の補足主張第五章に対する判断
1 損害発生時期確定の必要性(同第一節の一)について
被告は原告らが前記のように自ら賠償請求の法的根拠を三分しながら、本件被害者ら各個の健康被害の発生及び固定の時期を明らかにしないのは不当であると主張する。
しかし乍ら被告の本件鉱害に基づく本件被害者らに対する責任の根拠は、第一に、現行鉱業法施行前の操業により、同法施行前に生じた損害については、同法一〇九条三項の鉱業権譲渡人としての責任、第二に、現行鉱業法施行後に生じた損害については、その原因となった操業が同法施行前になされたものか、施行後になされたものかを問わず、被告の鉱業権取得前に生じた損害については、現行鉱業法一〇九条三項の鉱業権譲受人としての責任、右鉱業権取得後鉱業権放棄までに生じた損害については、同法一〇九条一項前段の損害発生時の鉱業権者としての責任、右鉱業権放棄後に生じた損害については、同法一〇九条一項後段の鉱業権消滅時における鉱業権者としての責任であることは、原判示(第四章第二節第一)のとおり(後記2に補足する)であり、さらに、昭和一二年以前の亜砒酸精錬に基づく損害についても、結局被告は責任を免れないことも、原判示(同第四)のとおりである。
しからば、もともと本件被害者らの慢性砒素中毒症発症の時期並びに終期が何時であるかということは、適用法条の相違をもたらすだけで、被告の責任の有無には何らの影響も及ぼさず、本件においてこれを特定する必要を認めない。
被告の右主張は、被告が前記三つの時期に生じた損害についてそのいずれかの時期のものについては無責とされうるときにおいてのみ意味をもってくるわけであるが、前記のとおり被告はいずれの時期のものについても有責とされる以上、右被告の主張は採用の要をみない。
2 経過規定の解釈(旧鉱業法改正法附則の意義並びに同法改正の趣旨を含む。同第一節の一、二)について
被告の主張を斟酌してもなお、旧鉱業法改正法施行前に生じた損害については、同法附則四項により同法七四条の二第一項が適用される結果、右損害発生当時の鉱業権者が責任を負うことになり、その後同鉱業権を現行鉱業法施行後に譲り受けた者は、同法施行法三五条四項により、同法一〇九条三項に基づく責任を負うとした原判示を改めるべき理由はないというべきである。
何となれば、旧鉱業法改正法附則第四項が、同第三項により被害者が同改正法施行前に生じたる損害の賠償又は増額を求める場合には、同改正法七四条の二第一、二、四項を適用するとしながら同三項の適用を除外していることから、被告が主張するように同改正法施行前に生じた損害については、同改正法施行後に鉱業権を譲受けた者に対しても同改正法七四条の二第三項を適用することはできないと解すべきものとしても、それはあくまで同改正法の下での解釈であるに止り、同改正法の下でそのように解釈されるからといって、そのことが前記現行鉱業法の施行後に同施行法三五条四項により現行鉱業法一〇九条三項の適用を受けるものと解することにつき、何ら妨げとなるものではない。
すなわち、現行鉱業法施行法三五条四項によれば、「新法(現行鉱業法)一〇九条第三項………の規定は、第二項の規定により賠償の責任を有する旧鉱業法による鉱業権者………の旧鉱業法による鉱業権………が譲り渡され………た場合にも、適用する。」とあり、同第二項には「新法の施行前に旧鉱業法第七四条の二の規定によって生じた旧鉱業法による鉱業権者の賠償の責任については、従前の例による。」とあることから、同四項にいう「第二項の規定により賠償の責任を有する旧鉱業法による鉱業権者」の中には、「旧鉱業法改正法第七四条の二の規定によって責任を有する旧鉱業法による鉱業権者」が含まれていることは明らかであり、右「旧鉱業法改正法第七四条の二の規定によって責任を有する旧鉱業法による鉱業権者」の中に「旧鉱業法改正法附則第三項、同第四項で同改正法施行前に生じた損害につき責任を明言された鉱業権者」が含まれないと解すべき根拠は全くない。
のみならず、旧鉱業法改正法施行前に生じた損害に関する鉱業権者の責任については、同改正法附則第三項が新たに創設したものではなく、従来賠償が一種の慣習となっていたことから、同改正法において右慣習を整備して法制化したに止まるものと解せられることからすれば、同法施行前に生じた損害に関する鉱業権者の責任についてだけ、同法施行後に生じた損害に関する鉱業権者の責任とは別異に、同鉱業権譲受人の責任を否定することが旧改正法の立法趣旨によく合致するものであったかどうかには多分に疑念を抱かざるを得ず、鉱業法施行法三五条四項の規定は、そのような旧改正法附則四項がもたらした同改正法施行前に生じた損害に関するその後の鉱業権譲受人の責任の不明確さを除去して、前記鉱業法施行法三五条二項の規定により賠償責任を有する鉱業権者(旧改正法七四条の二の規定によって責任を有する鉱業権者をいい、その中には同改正法附則第三項により同改正法施行前に生じた損害についての責任も含むことは同附則第四項により明らかである。)からその鉱業権を譲り受けた者に対し、同改正法施行前に生じた損害についての責任をも課することを明認したものと解することができる。
なお、付言すれば、鉱業権者の鉱害に関する責任は、過去鉱業の実施には幾多の鉱害が随伴し、この場合鉱業権者の責任が慣習化していたことを考慮し、鉱害被害者の救済を目的として法制化されたものであり、そのため、鉱害の賠償は個々の操業を原因としてその操業者に責任を負担せしむべきものではなく、鉱業権自体の責任として、その鉱業権の実施(操業)が何時、何人の手によってなされたかを問わず、その鉱業権の実施より生ずる損害である以上、損害顕現の時の鉱業権者においてこれを負担すべきもの、換言すれば、鉱業賠償責任は、ひっきょう、原因たる操業の責任(原因主義)ではなく、鉱業権を有することによる責任(所有者主義)として法制化されたものと観念するのが相当である。このように解しても、既に鉱害が顕在し、あるいは未だ潜在している鉱業権を譲り受ける者としては、そのような顕在あるいは潜在する鉱害に基づく賠償責任負担の危険を考慮のうえ取得するか否かを決定することができ、また、その価格に右危険を反映させることもできるのであるから、鉱害被害者の救済とのバランス上鉱業権譲受人にとって特に酷であるとも認められない。従って、この点からも被告の右主張は理由がないことが明らかである。
然らば被告主張のように旧改正法附則第二項と同第三、四項とが相互に他方を排斥するとか、損害の発生が同改正法施行前後により責任負担者の範囲に差が生ずるとかは、前記現行鉱業法施行法三五条四項に基づく現行鉱業法一〇九条三項の適用問題にはもはや関わりのないことであって、右主張は理由がなく、又被告の補足主張第五章第一節二の各主張はいずれも採用の限りでない。
3 鉱業を実施しなかった鉱業権者の責任(同第一節の三)について
鉱業権を取得しただけで何ら稼業しなかった鉱業権者(非稼業鉱業権者)であっても、原判示(第四章第二節第三)並びに前記2の説示によれば、稼業した鉱業権者と同様現行鉱業法一〇九条第一、二項に基づく責任を負担すると解するのが相当であり、稼業しないのが希有の事例であるか否かは鉱業法一〇九条第一、三項の文理上の解釈に影響を及ぼすとも考えられず、憲法二九条違反等の問題が生ずる余地もないと考えられ、この点に関する被告の主張は理由がない。
また、成立に争いがない乙第二〇〇号証によれば、昭和一四年第七回帝国議会貴族院鉱業法中改正案特別委員会の審議において、被告指摘のとおりの質疑応答がなされていることが認められるが、他方同号証によれば、右質疑応答に先立って、「ある鉱業権者が稼業していた間に捨石鉱滓を相当量堆積したが、その稼業が成り立たずにその鉱業権を放棄した。その後別人が新たに出願して鉱業権を取得し、ほんの短期間殆ど稼業しない程度で調査の結果稼業の価値なしとして鉱業権を放棄した。その後右捨石が崩壊して損害を与えた。この場合後の鉱業権者の責任いかん」との質疑に対して「何代も鉱業権者が代わったような場合に、どの鉱業権者のどの時代の捨石鉱滓の堆積の仕方が悪かったかといったことを問題にすれば、損害の賠償ができないという結論に殆ど到達せざるを得ないということになることを理由に、前者が鉱業権放棄後後者が新たに鉱業権を設定した場合には後者が責任を負う定めになっている。」旨応答しており、質疑者が右質疑応答に引き続き「私のただ今申し上げましたのは………」として被告指摘の質疑に入ったのが認められる。
しからば、右質疑応答部分と被告指摘の質疑応答部分との整合性に疑問がもたれるのみならず、少なくとも、被告指摘の質疑応答部分は、鉱業権に連続性がない場合、つまり右のとおり前者が鉱業権を放棄し、その後後者が新たに鉱業権を設定した場合の後者の責任に関する質疑応答部分とみるべきである。そうすると、後者の新鉱業権には前者の鉱業権に付着する賠償の危険性は継承されないことから、後者の鉱業権者に責任がないとの右応答も当然予測されるのであって(その当否はさておく)、右質疑応答が、鉱業権に連続性がある場合にまで立法者が非稼業鉱業権者の責任を否定する趣旨であったとみることは相当でないというべきである。
なお、付言するに、被告主張のとおり非稼業鉱業権者には鉱害賠償の責任がないとすれば、鉱業権譲受後当該鉱業権に顕在あるいは潜在する鉱害賠償の危険性を察知した鉱業権者は、稼業しないことによりその責任を免れることができ、鉱業法の被害者救済の目的にも反することになる。
以上により、被告の主張はいずれも理由がなく、また、その他採り得る被告の主張もない。
4 捨石、鉱滓の堆積等に関する不作為と鉱害賠償責任の原因行為(同第一節の四)について
前記のとおり、鉱業権譲受人が稼業しなかったとしても、鉱害賠償の責任から免れることはできないと解されることから、捨石、鉱滓等の堆積等に関する不作為が鉱害賠償責任の原因行為とならないとしても、そのことは被告の責任に消長を来すものではなく判断の要もないのであるが、ここに一言するに、右不作為が鉱害賠償責任の原因行為にならないとの被告の主張は採り得ない。
すなわち、現行鉱業法一〇九条第一項をみても、その文理上「坑水もしくは廃水の放流」は積極的な放流行為だけを指し、消極的な放流の放置は除外されるとか、「捨石もしくは鉱さいの堆積」も同じく積極的な堆積行為だけを指すもので消極的な堆積の放置を除外するものであると解すべき根拠は見当たらない。実質的にみても、鉱害賠償責任の原因行為から右のごとき消極的な放置行為が除外されるとしたら、相当多数の鉱害が賠償責任のない鉱害となることが予測せられ、鉱害被害者の救済を目的とする同条の立法趣旨からして、法がかかる結果を容認するものとは考えられないことである。
このように解釈しても、鉱業権を譲り受ける者は、前鉱業権者のなした「坑水もしくは廃水の放流」や「捨石もしくは鉱さいの堆積」の放置による鉱害発生の危険性を検討し、あるいはそれら放置に基づく鉱害発生の危険性を除去するために要する費用等を考慮のうえ、当該鉱業権を取得するか否かの選択権を有し、さらにはこれを価格に反映させることも可能なのであり、また、求償権の行使も可能なのであるから、鉱業権譲受人にとって特に酷な結果をもたらすものともいえない。
従って、被告の主張は理由がなく、右と同旨の結論にたつ原判示に変更を加えるべき理由は見出せない。
5 鉱業法一一六条の適用(同第二節)について
本件被害者らに鉱業法一一六条を適用するのは相当でないことは、原判示第四章第二節第五の説示のとおりであり、被告の主張は理由がない。
6 消滅時効・除斥期間(同第三節)について
(一) 同二の2の(一)について
本件被害者らが本件鉱害により総体して一個の健康被害としての慢性砒素中毒症に罹患しているが故に、同症状の発症後、死亡者は死亡までその健康被害に因る損害は進行したものであり、生存者は現在においてもその損害が進行中であると認めるべきことは第一の二に説示のとおりであり、原判示第五章第二節第一の二もそのことを謳ったものである。しかして、慢性砒素中毒症状に基づく健康被害はそのように総体一括のしかも進行中の損害としてとらえられるが、各被害者毎の曝露量や個体差等により現れる症状には差があって、慢性砒素中毒症ということから直ちに一定の症状が必然的に現われるとみるべきものではないこともこれまでに述べてきたことから明らかである。
従って、健康被害を総体一括のものと捉える限り除斥期間の始期を本件被害者らがそれぞれ慢性砒素中毒症に罹患した時としなければ首尾一貫しないとの被告の主張は理由がなく、むしろ鉱業法一一五条二項そのものが、かかる場合に備えて「損害の進行中」なる法概念を採用したものと解するのが相当である。
(二) 同二の2の(二)について
本件被害者らの健康被害が総体一括のものであること、同被害(従ってそれに基づく損害)が発症以来死亡した被害者については死亡まで進行し、生存被害者については現在でも進行中かあるいは将来の進行が予測されること(換言すれば、慢性砒素中毒症の個々の症状が間断なくあるいは断続的に継続し、また新たに発現すること)とは何ら矛盾するものではなく、損害の進行中に鉱業権者に異動があれば、鉱業権を取得しあるいは喪失する時期を基準に賠償の根拠法条が異なってくることも何ら異とするに足りない。
被告の主張は、右(一)と同じく、本件被害者らの損害が総体一括の損害であるならば慢性砒素中毒症に罹患した時に単一に損害として発症しその後の進行はあり得ないという誤った解釈によるものであり、採り得ない。
(三) 同二の2の(三)、同(四)
本件被害者らの慢性砒素中毒症は、死亡した被害者らについては死亡まで増悪進行し、生存被害者については現在でも増悪進行中かあるいは将来の増悪進行が予測されることは前示(一)に判断したとおりであり、被告の右各主張は理由がない。
なお、付言するに、生存本件被害者らの慢性砒素中毒症につき将来の増悪進行が予測されるといっても、それは同被害者らが生存する限り永遠にといったものではなく、医学的知見上例えば砒素に起因する癌の潜伏期間を徒過するなど砒素に起因する各症状の発症の可能性がなくなったときには、症状固定の状態が生じることになることは考えられるが、本件被害者らに生じた慢性砒素中毒症については現在の医学的知見上未だその段階に達していないというものである。
(四) 同三について
本件被害者らにつき消滅時効が完成していないことは原判示(第五章第二節第二)のとおりであり、被告の主張で採り得るものはなく理由がない。
7 請求権自壊(同第四節)について
本件被害者らの請求権がいわゆる請求権自壊に陥っていると解すべきでないことは原判示(第五章第三節)のとおりであり、被告の主張で採り得るものはなく理由がない。
二公害健康被害補償法に基づく補償給付による損害の補填(被告の主張第二編)について
1 公害健康被害補償法(以下「公健法」ともいう)に基づく給付(以下「公健法給付」ともいう)の性格
公健法に基づく給付の性格には二面があり、公害の加害者による私法上の損害賠償が行われるまでのつなぎとしての「立替払的性格」を有すると共に、緊急に救済を要する者に対する「社会保障的性格」を有するものと解するのが相当である。
その理由は、次のとおりである。
(一) 大気の汚染や水質の汚濁による健康被害の救済については、従来、地方公共団体を中心として概ね医療を柱とした救済措置がとられていたが、昭和四四年、国において「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」を制定し、社会保障制度の補完的な制度として、事業者からの寄附による納付金と公費を財源とし、当面の緊急措置として医療費等の給付を行うという行政上の救済措置が講じられた。しかし、この救済制度においては、公害被害者の生活保障に関する措置が講じられていないという不備が被害者や地方公共団体から指摘されていた。一方、昭和四七年には大気汚染防止法と水質汚濁防止法の一部が改正され、無過失責任に関する規定が設けられ、私法上(民事上)の見地からも被害者の救済が図られるようになった。しかしながら、このように民事上の救済が図られても、訴訟という手段により損害賠償を求めるものであるために、その解決には多くの労力と日時を要し、また、被害者が訴訟で勝訴しても相手方の資力によっては賠償が実行されなかったり、加害者が不明なために訴訟の手段を取れないといった問題等が生じ、私法上の救済のみでは限界があった。
その後、右のごとき不備の点を解決すべく制定されたのが公健法であり、公健法一条によれば、同法の目的は「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る損害を補填するための補償を行なうとともに、被害者の福祉に必要な事業を行なうことにより、健康被害に係る被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的とする。」と定められている。しかして、右のごとき公健法の立法経緯と同法の目的の文理上の解釈を併せ考慮すれば、公健法給付は「私法上の損害賠償の立替払的性格」と「緊急に救済を要する者に対する給付という社会保障的性格」を併せ有すると解するのが相当である。
(二) 公健法の実施に必要な費用については、ばい煙発生施設等設置者等に対し原則として大気の汚染又は水質の汚濁に対する寄与の程度に応じて賦課金を分担させることとされている(同法五二条以下)が、これは同法に基づく給付が「私法上の損害賠償の立替払的性格」を有するとみることにより、合理的な説明が可能である。
2 しかして、公健法給付の私法上の損害賠償の立替払的性格からすれば、同給付が行われたときは、公害被害者の損害賠償請求権は給付の限度で補填されたことになり、私法上の損害賠償義務者は右給付の限度で責任を免れると解するのが相当であり、このことは右損害賠償義務者の前記賦課金納付の有無によって消長を来すものではないと解される(原告らの主張第三編第一章二の2は理由がない)。
第三章慰藉料の算定
第一総論
本件被害者らの損害は前第一認定のとおり慰藉料として算定することとなるが、その性格は前示のとおりであるから、その額の算定に当っては、本件被害者ら各自につき共通及び個別に生じた様々の事情を考慮する必要がある。原告らは一律請求論を援用するけれども、本件において各被害者につき認定される損害が結局は各人の被った健康被害―それは結局主として慢性砒素中毒症の発症に帰結することは従来説示のとおりである―から発しているものであって、右各被害者に発現した各症状の種類、程度、経緯は皆一様ではなく、個体差等により出現する症状の種類、程度、経緯に個人差があることも、前認定のとおりであるから、慰藉料算定の要素としては現実に出現した症状をとらえ、その日常生活や生存に及ぼす影響等を考慮して各人に応じた適正な損害額を算定する必要がある。原告らの一律請求論は採用できない。
第二算定要素
一共通事情
本件被害者らについての共通の事情は左に付加、訂正するほか、原判決理由第六章第一節第一の一ないし五のとおりであるからこれを引用する。
<原判決訂正・省略>
二個別事情―そのランク付け―
本件被害者についての各個別の算定要素は原判決理由第六章第一節第二のとおりであるからこれを引用する。
ところで、右個別事情に基づき各別に算定すべきものとしても、各被害者らの各健康被害は、これを慢性砒素中毒症の発症として包括しうる点に着眼すると、これまでみてきた砒素の代謝及び毒性、慢性砒素中毒症の一般的病像、本件被害者らに発現した各症状の種類、程度、経緯等からみて、その個体差なるものもその症状が各被害者に一様に同一症状が発現するわけではないということに帰着し、本件被害者らの症状の程度及び経緯には自ずとほぼ共通した範疇が認められ、各被害者の症状の種類、程度、経緯を全体的にみて共通する範疇毎に慰藉料算定の一応の基準となるべきランク付けをすることが可能であり、且つそうすることが、右慰藉料額算定の適正な物指したりうるものと考える。
右の見地から本件においては、右ランク付けの指標として、(1)症状の経緯とくに入・通院の有無等、(2)死亡者については、死因の砒素起因性の有無、死亡の経緯、死亡時の年齢(一般的には高齢で死亡した方が若年で死亡した方よりも精神的被害が少ないといえる。しかし、死亡までの期間が長いことから症状の程度及び入・通院の経緯等によってはそうともいえない場合が存することも当然予測される)、(3)生存者については、現在の年齢(一般的には高齢であるほどこれまで生きてこれたということで精神的被害が少ないといえる。しかし、これまでの症状の程度及び入・通院の経緯等によってはそうともいえない場合があることは死亡した場合と同様である)、現在の入・通院、生活介助の要否、(4)死亡あるいは生存を問わず、本件被害者の家族の中で占める地位(家族の支柱あるいはその配偶者の方がそうでない者よりも精神的被害が大きいと考えられる。)、本件被害者の各症状の稼働力に対する影響及び実際の就業歴、本件被害者の家族の生活に対する影響を考慮して、左のとおり五段階(最重症、中症上、中症、軽症上、軽症)にランク付けするのが相当である。
(一) Aランク(次の各要素の相当多数を複合的に具備するもの)
① 慢性砒素中毒症発症の時期が幼児期(〇歳ないし一三歳未満頃、以下同じ)ないし若年(一三歳頃ないし二〇歳未満頃、以下同じ)であること。
② 症状が発症当初あるいは若年から死亡あるいは現在まで最重症であること。
③ 高年(五〇歳頃ないし六〇歳未満頃、以下同じ)の段階で死亡し、死因に砒素起因性があること。
④ 多数の症状が複合的に発現していること。
⑤ 発症当初あるいは若年から就業が不能であるか著しく困難であること。
⑥ 一家の支柱あるいは一家の主婦であること。
⑦ 家族の中に他に慢性砒素中毒症患者が存すること。
(二) Bランク(次の各要素の相当多数を複合的に具備するもの)
① 慢性砒素中毒症発症の時期が幼児期あるいは若年期であること。
② 症状が発症当初あるいは若年から中年(三〇歳頃ないし五〇歳未満頃、以下同じ)あるいは高年までを平均すると中症の上以上であり、遅くとも高年以降重症以上であること。
③ 高年あるいはこれに近い年齢の段階で死亡し、死因に砒素起因性が認められること。
④ 多数の症状が複合的に発現していること。
⑤ 発症当初あるいは若年から就業に相当影響があり、高年以降就業が不能あるいは著しく困難であること。
⑥ 一家の支柱あるいは一家の主婦であること。
⑦ 家族の中に他に慢性砒素中毒症患者が存すること。
(三) Cランク(次の各要素の相当多数を複合的に具備するもの)
① 慢性砒素中毒症発症の時期が幼児期あるいは若年期であること。
② 症状が発症当初あるいは若年から高年までを平均すると軽症以上であり、高年以降中症以上であること。
③ 死因に砒素起因性が認められること。
④ 多数の症状が複合的に発現していること。
⑤ 発症当初あるいは若年から死亡あるいは現在まで就業に相当影響があること。
⑥ 一家の支柱あるいは一家の主婦であること。
⑦ 老齢で死亡しあるいは老齢まで生存していること。
(四) Dランク(次の各要素の相当多数を複合的に具備するもの)
① 症状が発症当初あるいは若年から死亡あるいは現在までを平均すると軽症の上以上であること。
② 多数の症状が複合的に発現していること。
③ 就業に影響があったこと。
④ 老齢で死亡しあるいは老齢まで生存していること。
(五) Eランク(次の各要素を複数具備するもの)
① 症状が発症当初から軽症であること。
② 複数の症状が発現していること。
③ 就業に若干影響があったこと。
④ 老齢で死亡しあるいは老齢まで生存していること。
第三算定基準額の設定
前一認定の共通事情と前二の各ランクに後記のとおり位置ずけられる本件各被害者らが被った各肉体的、精神的、経済的、家庭的、社会的各損害を斟酌し、その他自動車損害賠償保障法別表の後遺障害保険金額、各慰藉料請求に関する先例、物価並びに社会の情勢等諸般の事情及び原告らが遅延損害金の起算日を請求の日以後の原審口頭弁論終結の日を選択していることなどを総合的に考察して前各ランクごとの慰藉料基準額を設定するが、この場合、原判示(第三章第三節第一)のとおり、皮膚症状や多発性神経炎以外の健康被害と本件鉱山の操業との因果関係は、その原因寄与の高度の蓋然性に基づき肯認されるものであるものの、その具体的な寄与度が数値的に確定されていないのであるから、その砒素等曝露との因果関係にある損害の範囲の反映たる慰藉料額の算定はいきおい抑制されたものとせざるを得ないし、被告が本件損害賠償義務を負うとされる立場へも配慮を及ぼさざるを得ない。
以上により、前二の各ランクに位置付けられるべき各被害者らの慰藉料基準額はAランクが三五〇〇万円、Bランクが三〇〇〇万円、Cランクが二〇〇〇万円、Dランクが一五〇〇万円、Eランクが一〇〇〇万円と設定するのが相当である。
第四和解及び公健法給付の取扱い
一和解について
前認定(原判示第五章第一節第二の二2の(三)及び同第五)のとおり、和解の対象とされた健康被害に基づく損害は前認定の和解給付の限度において補填され及びその余は放棄されているので、和解の成立している被害者らについては、算定基礎の対象とすべき健康被害は右和解の対象とされた健康被害を除くその余の健康被害を基礎として査定すべきこととなる。
二公健法給付について
1 公健法給付につき、公害被害者の損害賠償請求権は給付の限度で補填されることとなり、私法上の損害賠償義務者は右給付の限度で賠償を免れると解すべきことは前第二章第二の二に説示のとおりである。ところで公健法給付は療養給付及び障害給付としてなされるから原則的には健康被害によって生じた財産上の損害が補填されたものと考えられるところ、本件においては認定される慰藉料は前示のとおり実質上健康被害に基づく財産上の損害の補償を補完させるものとして査定するものであるから、右給付を受けた被害者らについては、右給付の限度において右財産上の損害のその部分が実質的に補填されているものとして算定すべきものとする。
2 ところで、この様に公健法給付をうけた事実を慰藉料算定に反映させることは、実質的に全損害額から右給付を控除するに等しいところ、原告らは、公健法給付の控除は二重控除になる旨主張する(原告らの主張第三編第一章の1)ので判断する。
原告らは、被告の賠償すべき損害とは「健康被害に止まらず社会的、経済的、精神的被害等のすべてを包括する総体」であるとしながらも、結局は身体(生命)的被害法益の侵害に基づく損害として本訴請求に及んでいることは、前第一認定のとおりである。しかして、原告らは、原審において、本件和解に基づき受領した金員についてはこれを控除したうえで本訴請求するものである旨主張しながら、公健法に基づく給付については全くその主張で触れるところはなく、当審においても被告が本件損害額から公健法に基づく給付額の控除の主張をするに及んで初めて原告らにおいても「本訴請求は公健法に基づく給付額を控除した残額についての請求である」旨主張するに至ったことは、本件記録から明らかである。従って原告らが本訴請求が全損害額から右給付額をも控除した残額についての請求である旨主張しても、結局それは全損害額を過大に主張していることに帰し、当裁判所が前認定の本件被害者らの各慰藉料額を算定するにつき、右給付の事実を減額事由として考慮することは何ら二重控除になるものではない。原告らの右主張は理由がない。
3 原告らは、被告が公健法に基づく補償給付控除の抗弁を当審で初めて主張したことに対し、時期に遅れた攻撃防御方法として却下すべきであると主張するが、右補償給付が損害の填補としての性格を有すること、並びに同給付がなされたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、同給付の有無につき特段の証拠調べを要しないことを併せ考慮すれば、被告の右抗弁の主張が時期に遅れた攻撃防御方法に該当するとは考えられず、原告らの主張は理由がない。
第五本件被害者らの慰藉料額
以下、前記算定基準に従い、原判示個別認定綴各Ⅲの認定(前記第一章第二の四五の判断を含む)に基づき各被害者ごとに見積ると次のとおりとなる。
1 亡佐藤鶴江
Aランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Aランク相当であるが、呼吸器、皮膚障害について和解が成立し三〇〇万円の支払をうけているので、金三二〇〇万円が相当である。
2 亡靍野秀男
Bランクの①ないし⑦の各要素を具備する(⑥の要素については原審における亡靍野秀男本人尋問の結果によって認める。)ものと認められるが、同人はじん肺にも罹患していた点で基準額からの減額が相当であり、また呼吸器、皮膚障害については和解が成立して三五〇万円の支払をうけているので、金二一五〇万円が相当である。
3 亡佐藤仲治
Cランクの①ないし⑥の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、公健法給付一八三七万七二〇〇円を受けていることを考慮し金三〇〇万円が相当である。
4 原告佐藤ミキ
Cランクの①ないし⑤、⑦の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、公健法給付八四九万七六〇〇円を受けていることを考慮し金一二〇〇万円が相当である。
5 亡佐藤数夫
Cランクの①ないし⑥の各要素を具備し、ほぼ⑦の要素も具備するものと認められ、Cランク相当であるが、公健法給付二一七六万七一〇〇円を受けていることを考慮して金三〇〇万円が相当である。
6 亡佐藤勝
Bランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Bランク相当であり、同人の慰藉料としては金三〇〇〇万円が相当である。
7 亡靍野クミ
Cランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、呼吸器、皮膚障害について和解が成立し二〇〇万円の支払をうけているので金一八〇〇万円が相当である。
8 亡佐藤ハルエ
Cランクの①ないし⑥の各要素を具備し、ほぼ⑦の要素も具備するものと認められ、Cランク相当であるが、皮膚、鼻粘膜障害については和解が成立し二三〇万円の支払をうけているので金一八〇〇万円が相当である。
9 原告佐藤ハルミ
Cランクの①、②、④ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、公健法給付七五三万六八〇〇円を受けていることを考慮し、金一三〇〇万円が相当である。
10 亡佐藤高雄
Bランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Bランク相当であるが、同人のじん肺罹患並びに公健法給付三七三二万円を受けていることを考慮し、金三〇〇万円が相当である。
11 原告佐藤チトセ
Eランクの①ないし④の各要素を具備するものと認められ、Eランク相当であるが、公健法給付七三二万二〇〇〇円を受けていることを考慮し、金三〇〇万円が相当である。
12 原告清水伸蔵
Bランクの①、②、④ないし⑥の各要素を具備するものと認められ、Bランク相当であるが、公健法給付一七〇一万五〇〇〇円を受けていることを考慮し金一三〇〇万円が相当である。
13 亡陳内政喜
Dランクの①、②、④の各要素を具備するものと認められるDランク相当であり(死因には砒素起因性は認められない)、さらに公健法給付一七一八万九八〇〇円を受けていることを考慮すれば、金三〇〇万円が相当である。
14 原告陳内フヂミ
Dランクの①ないし④の各要素を具備するものと認められ、Dランク相当であるが、公健法給付一一八六万八〇〇〇円を受けていることを考慮し金三五〇万円が相当である。
15 原告甲斐シヅカ
Eランクの①ないし④の各要素を具備するものと認められ、Eランク相当であるが、公健法給付七四〇万八四〇〇円を受けていることを考慮し、金三〇〇万円が相当である。
16 亡佐保五十吉
Cランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、公健法給付一五六一万七五〇〇円を受けていることを考慮し、金五〇〇万円が相当である。
17 亡松村敏安
Bランクの①、②、④ないし⑦の各要素を具備し、ほぼ③の要素も具備するものと認められ、Bランク相当であるが公健法給付一八一九万三四〇〇円を受けていることを考慮し、金一二〇〇万円が相当である。
18 亡佐保仁市
Bランクの①、②、④ないし⑦の各要素を具備するものと認められ(⑥については原審における亡佐保仁市本人尋問の結果によって認める)、③の要素は欠くものの死因に砒素起因性があり、Bランク相当と認められるが、公健法給付一六六三万七七〇〇円を受けていることを考慮し、金一四〇〇万円が相当である。
19 亡佐藤實雄
Dランクの①ないし③の各要素を具備するものと認められ、Dランク相当であるが、皮膚、鼻粘膜障害について和解が成立し二九〇万円の支払を受けているので、金一二〇〇万円が相当である。
20 原告佐藤ハツネ
Dランクの①ないし④の各要素を具備するものと認められ、Dランク相当であるが、皮膚、鼻粘膜障害につき和解が成立し二八〇万円の支払をうけているので、金一二〇〇万円が相当である。
21 亡佐藤健蔵
Bランクの①ないし⑦の各要素を具備するものと認められ(⑥については原判決掲記の甲第二四〇号証によって認める)、Bランク相当であるが、皮膚、鼻粘膜障害につき和解が成立し三九〇万円の支払をうけているので、金二六五〇万円が相当である。
22 原告佐藤正四
Cランクの①、②、④ないし⑦の各要素を具備するものと認められ、Cランク相当であるが、皮膚、鼻粘膜障害、多発性神経炎について和解が成立し五〇〇万円の支払を受けているので金一五〇〇万円が相当である。
23 亡佐藤アヤ
Bランクの①、②、④、⑤、⑦の各要素を具備するものと認められ、結婚を諦めなければならなかったことを加味して考えれば、Bランク相当である(死因に砒素起因性は認められない)が、皮膚、鼻粘膜障害、多発性神経炎について和解が成立し四〇〇万円の支払をうけているので金二一〇〇万円が相当である。
右3亡佐藤仲治、4佐藤ミキ、5亡佐藤数夫、9佐藤ハルミ、10亡佐藤高雄、11佐藤チトセ、12清水伸蔵、13亡陳内政喜、14陳内フヂミ、15甲斐シズカ、16亡佐保五十吉、17亡松村敏安、18亡佐保仁市らにあっては公健法給付の額が各認定ランク基準額の半額を超え、中にはこれに匹敵ないし上廻る者も存するため、公健法給付の額と認定慰藉料との合計が前記ランク基準額を上廻ることとなっている。しかし、公健法給付は財産上の損害が補填されたものとみるべきであるから、右公健法給付により先に説示した視点からなされる慰藉料の算定上、純粋な非財産上の損害部分に喰い込んで補填されるものとすることはできないので、右公健法給付の額と認定慰藉料額との合計が先の認定基準額を上廻っても、前記基準額を設定した意義と矛盾するものではない。
第四章原告らの請求
一本件被害者らの損害賠償請求権と遺族原告らの相続承継
以上によれば、本件各被害者らは、被告に対し、本判決添付別表3記載の認定慰藉料額(前第三章第五)相当の損害賠償請求権を取得したものである。しかして、うち別表2−2「請求金額一覧表〔二〕」の(一)欄記載の一四名及びうち佐藤健蔵の妻タツ子が原告ら主張の年月日に死亡したことは当事者間に争いがなく、右一四名の被害者及び佐藤タツ子の権利義務を、同表(三)欄記載の続柄にある同表(二)欄記載の原告らが同表(三)記載の法定相続分に応じて相続承継したこと(但し佐藤健蔵の関係は、原告ら主張の経緯で、結局同表記載の原告らがその記載の割合で相続承継したこと)は被告において明らかに争わないので、右各原告らはそれぞれ別表3の相続分欄記載の数額の慰藉料請求権を承継したこととなる(円未満切捨)。
二弁護士費用
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると別表3の弁護士費用欄記載の金額が本件原因行為と相当因果関係のある弁護士費用として被告にその求償を求めうる金額として相当なものと考える。
三当審認容額
よって原告らの本訴請求は、本件被害者原告らにつき別表3の認定慰藷料額と弁護士費用との、亡被害者らの承継原告らにつき同表の相続分額と弁護士費用との各合計額である同表当審認容額記載の金員及びこれに対する各請求の日以後である昭和五八年二月二三日(原審口頭弁論終結日)以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があって認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。
第五章仮執行原状回復等の請求(被告の主張第三編)について
一弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五九年三月二八日の原判決の言渡しに先立って、原告ら(代理人弁護士矢島惣平)との間で、別紙一「協定書」記載のとおりの約定をなし、右言渡しの翌日である同月二九日、右原告ら代理人に対して、右協定書二項に基づく支払いとして、被告において原判決主文第一項の認容金額に対する同第五項による仮執行限度額(三分の二)として算定した金三億五四三一万〇四三四円を、振込送金したことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
二そこで、被告の右支払が民事訴訟法一九八条二項所定の「仮執行の宣言に基き被告が給付したもの」に該当するか否かについて検討する。
前記一の認定事実からすれば、被告の原告らに対する右支払は、原判決の仮執行宣言に基づく強制執行の結果支払われたものではないことが明らかであり、また、右支払が執行官の催告に応じてなされたとか、原告らが仮執行を利用して被告に弁済を強要した結果なされたものとかいった事情を認むべき証拠もない。しかしながら、他方、本件記録によれば、被告は右支払をなした日と同日に原判決に対する本件各控訴を申立て、当審においても原判決によって履行を命じられた損害賠償債務の存否を終始争っていることが認められ、同事実からすれば、被告は、前記支払の時点において、右損害賠償債務の存否を争うため、本件各控訴を申立て、あるいはその準備をなしていたことが推認される。
しかして、このように、被告が、仮執行宣言付判決によって履行を命じられた債務の存否を争うため上訴を提起し、あるいは上訴の提起を準備していたような事情がある場合には、通常被告において自ら右債務の存否を争う実益を失わせるような任意弁済をすることはあり得ないことであることから、かかる場合被告において上訴の提起と同時あるいは上訴の提起の準備中になした当該債務の弁済は、それが全くの任意弁済と認め得る特別の事情のない限り、前記「仮執行の宣言に基き被告が給付したもの」に該当すると解するのが相当である(最高裁昭和四七年六月一五日判決・民集二六・五・一〇〇〇参照)。
本件においては、被告の前記弁済が全くの任意弁済であると認め得べき証拠はなく、従って、被告の同弁済は、民事訴訟法一九八条二項所定の「仮執行の宣言に基き被告が給付したもの」に該当するというべきである。原告らは縷々反論するが、被告の右支払が協定書所定の双方代理人による金額確認手続を経ていないことは、被告の同支払が「仮執行の宣言に基き被告が給付したもの」に該当することにつき何らの消長を来すものではないというべきであり、その他採り得る主張も見当たらず、原告らの右反論はいずれも理由がない。
三なお、被告が原告ら代理人に対して振込送金した日である昭和五九年三月二九日当時の原判決主文第五項による仮執行限度額は、別表4記載のとおり合計金三億五四二二万六四一三円となるが、被告の振込送金額は前記のとおり金三億五四三一万〇四三四円であって、若干これを上廻っているが、これによって被告の右支払が「仮執行の宣言に基き被告が給付したもの」に該当することに何らの消長を来すものではない。
四よって原告らのうち仮執行受領額(なおそれは、前記のとおり被告の振込送金額は前示仮執行限度額の合計を若干上廻ってはいるけれども、原告ら各人は前示別表4に示した各人の仮執行限度額を受領しているものと看做して判断するのが相当である。)が当審認容額とこれに対する遅延損害金起算日昭和五八年二月二三日から支払日昭和五九年三月二九日までの年五分の遅延損害金との合計額である別表3の仮執行認定債務額欄記載の金額(当審認容額に係数1.055〔0.05×399/365≒四捨五入〕を乗じたもの)を超える原告らは、その差額である同返還額欄記載の金員及びこれに対する昭和五九年三月二九日以降右支払(返還)ずみに至るまで年五分の割合の損害金(被告が超過支払により失った運用利益相当の損害金)を支払うべき義務がある。
総括
一被告の控訴中、(1)被害者1佐藤鶴江の相続原告らに対する控訴事件(第六〇号)、(2)被害者2靍野秀男の相続原告らに対する控訴事件(第六一号)、(3)被害者6佐藤勝の相続原告らに対する控訴事件(第六五号)、(4)被害者8佐藤ハルエの相続原告らに対する控訴事件(第六七号)、(5)被害者原告19佐藤實雄、同22佐藤正四に対する各控訴事件(第七八、八〇号)の関係については、いずれも各原告に対する当審認容額が原審認容額を上廻る(被害者6佐藤勝の相続原告らに関しては認容額は同一であるが当判決は遅延損害金を全額につき主張の起算日から認容するので、その限度でのみ増額となる)から、原判決は相当であって、被告の控訴は理由がない。
二被告の控訴中右事件を除く控訴事件の関係については、当審認容額は原審認容額に達しないので、原判決中右当審認容額を超えて原告らの請求を認容した部分は不当であって、右部分につき被告の控訴は理由があるので、右原判決部分の一部取消しに代えて原判決主文一、二項を当判決主文二項のとおり変更すべきものとする。
三しかして、前一記載の事件の被控訴人らの附帯控訴は各一部理由があるので、原判決中右被控訴人ら敗訴の部分を変更して附帯控訴請求を各当審認容額の限度で認容すべきものであるが、右被控訴人らのその余の附帯控訴請求(当審拡張部分を含む)及びその余の被控訴人らの各附帯控訴請求(前同)はいずれも理由なく排斥を免れない。
四控訴人の仮執行原状回復請求については前示のとおりである。
五乙事件控訴人佐藤ハツネの控訴は前記当審認容額の限度において一部理由がある。
よって、訴訟費用につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九六条を、仮執行宣言につき一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官潮久郎 裁判官澤田英雄 裁判官吉村俊一は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官潮久郎)
別表1-1認容金額一覧表〔一〕
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別紙別表1−2 認容金額一覧表〔二〕<省略>
別紙別表2−1、2、3 請求金額一覧表〔一〕、〔二〕、〔三〕<省略>
別表(一)
悪性腫瘍と潜伏期間
症例
性
発生臓器
汚染
開始年齢
初期症状
発現年齢
癌
発見年齢
潜伏期間
備考
症例1
男
肺
10歳
12歳
70歳
60(58)年
〃2
〃
〃
0
14
66
66(52)
塵肺
〃3
〃
〃
16
16
61
45(45)
〃4
〃
〃
0
4
62
62(58)
〃5
〃
〃
0
17
67
67(50)
〃6
〃
肺、造血器
27
28
52
25(24)
塵肺
〃7
〃
肺
14
14
73
59(59)
〃8
女
〃
0
30
71
71(41)
〃9
男
喉頭、皮膚
14
17
63
49(46)
〃10
〃
肝
20
20
61
41(41)
〃11
〃
尿管
0
2
55
55(53)
〃12
〃
前立腺
37
37
79
42(42)
〃13
女
膀胱
0
5
64
64(59)
〃14
〃
乳、泌尿器
19
19
79
60(60)
平均54.71(49.14)年
別表(二)
初期症状群と鉱山従業歴
従業者
(80人)
非従業者
(41人)
計
初期症状群
70人(88)%
23 (56)
93人(77)
皮膚炎
41 (51)
3 (7)
44 (36)
角・結膜炎
25 (31)
5 (12)
30 (25)
鼻炎
49 (61)
15 (37)
64 (53)
胃・腸炎
54 (68)
18 (41)
72 (60)
咽・喉頭炎
30 (38)
13 (32)
43 (36)
気管支炎
44 (55)
15 (37)
59 (49)
別表2−4
原状回復目録<抄>
事件番号
原告
給付金額
昭和五九年(ネ)第六〇号
佐藤安夫
佐藤律子
佐藤サキ子
三好スメ子
佐藤則子
四、一九七、七五四円
四、一九七、七五四円
四、一九七、七五四円
四、一九七、七五四円
四、一九七、七五四円
同 第六一号
靍野キミエ
飯干千代子
大賀春子
靍野高也
四、二三四、七五〇円
二、八二三、一六六円
二、八二三、一六六円
二、八二三、一六六円
同 第六二号
佐藤ハルミ
佐藤武男
佐藤健男
一一、五四九、三一六円
一、九二四、八八七円
一、九二四、八八七円
別表3
<抄>
番号
被害者
認定慰藉料
(円)
原告
相続分
(円)
弁護士費用
(円)
当審認容額
(円)
原審認容額
(円)
仮執行金額
(円)
受領額
認定債務額
返還額
1
亡
佐藤鶴江
三二〇〇万
佐藤安夫
六四〇万
六四万
七〇四万
六〇〇万
四一九万
六七六七
七四二万
七二〇〇
佐藤律子
同
同
同
同
同
同
佐藤サキ子
同
同
同
同
同
同
三好スメ子
同
同
同
同
同
同
佐藤則子
同
同
同
同
同
同
2
亡
靍野秀男
二一五〇万
靍野キミエ
七一六万
六六六六
七一万
七八七万
六六六六
六〇五万
四二三万
三七四四
八三〇万
九八八二
飯干千代子
四七七万
七七七七
四七万
五二四万
七七七七
四〇三万
三三三二
二八二万
二四九五
五五三万
六四〇四
大賀春子
同
同
同
同
同
同
靍野高也
同
同
同
同
同
同
3
亡
佐藤仲治
三〇〇万
佐藤ハルミ
一五〇万
二五万
一七五万
一六五〇万
一一五四万
六五七五
一八四万
六二五〇
九七〇万
〇三二五
佐藤武男
二五万
四万
二九万
二七五万
一九二万
四四二九
三〇万
五九五〇
一六一万
八四七九
佐藤健男
同
同
同
同
同
同
同
佐藤徳男
同
同
同
同
同
同
同
佐藤徳一
同
同
同
同
同
同
同
佐藤福雄
同
同
同
同
同
同
同
佐藤伸節
同
同
同
同
同
同
同
4
亡
佐藤ミキ
一二〇〇万
一二〇万
一三二〇万
一四三〇万
一〇〇〇万
七〇三一
一三九二万
六〇〇〇
5
亡
佐藤数夫
三〇〇万
佐藤ハナエ
一五〇万
二五万
一七五万
一六五〇万
一一五四万
六五七五
一八四万
六二五〇
九七〇万
〇三二五
甲斐康
五〇万
八万
五八万
五五〇万
三八四万
八八五八
六一万
一九〇〇
三二三万
六九五八
佐藤敬
同
同
同
同
同
同
同
佐藤修
同
同
同
同
同
同
同
6
亡
佐藤勝
三〇〇〇万
佐藤トネ
一〇〇〇万
一〇〇万
一一〇〇万
一一〇〇万
七六九万
七七一六
一一六〇万
五〇〇〇
佐藤幸利
四〇〇万
四〇万
四四〇万
四四〇万
三〇七万
九〇八六
四六四万
二〇〇〇
三原洋子
同
同
同
同
同
同
久保田奈美子
同
同
同
同
同
同
別表4
番号
原告
昭和五九年三月二九日現在の原判決主文第五項仮執行限度額
(合計三億五四二二万六四一三円)
1
佐藤安夫
四一九万六七六七〔600万+(540万×0.05×399/365)〕×2/3
佐藤律子
同
佐藤サキ子
同
三好スメ子
同
佐藤則子
同
2
靍野キミエ
四二三万三七四四〔605万+(550万×0.05×399/365)〕×2/3
飯干千代子
二八二万二四九五〔403万3332+(366万6666×0.05×399/365)〕×2/3
大賀春子
同
靍野高也
同
別紙一 協定書
原告佐藤トネ他六〇名、被告住友金属鉱山株式会社間の宮崎地方裁判所延岡支部昭和五〇年(ワ)第一八六号ほか三件にかかる損害賠償請求併合訴訟事件につき同庁が昭和五九年三月二八日午前一〇時に言渡す判決の取扱に関し、原告らと被告は、次のとおり確約し相互に誠実にこれを履行、遵守するものとする。
一、右判決において、若し原告らの請求の全部又は一部が認容され、かつ仮執行宣言が付された場合には、仮執行宣言付判決による強制執行にかえて被告は、原告らに対して、その認容額のうち仮執行宣言の付された部分(判決による損害金を含む)について、次項の通り支払うものとする。
二、前項により被告が原告らに対して支払うべき金員は、次のとおり、原告ら代理人に対して支払うものとする。
(一) 支払期日
昭和五九年四月四日までに損害金を含む全額を支払う。
(二) 支払方法
原告代理人矢島惣平の指定する左記銀行口座に振込送金するものとし、支払うべき金額については、判決後遅滞なく原告代理人及び被告代理人の間で確認するものとする。
記
宮崎銀行宮崎駅前支店普通預金口座
口座番号一一八四八九三 土呂久鉱害訴訟弁護団代表鍬田萬喜雄名義
三、原告らは、右判決の仮執行宣言に基づく強制執行を一切行なわないものとし、また、被告は執行停止あるいは免脱の手続をとらないものとする。
四、本協定は、原告ら又は被告における控訴の権利を何等拘束するものではない。
但し、原告ら及び被告は、第二項(一)の支払期日にその支払が完了するまでの間は、相互に右判決に対する控訴の手続をとらないものとする。
昭和五九年三月二二日
右合意の証として本書を作成する。
原告ら代理人
代表 弁護士 矢島惣平
被告会社代理人
代表 弁護士 成富安信
別紙二 御通知書
三月二二日付で合意した協定書第二項(二)による支払金額の計算について、判決主文第一項の認容金額につき、同第五項による仮執行限度額を、当方で計算したところでは左記のとおりとなりますので、この計算書をご送付いたします。
もし、金額に相違がございましたら、至急、私まで文書にてご通知ください。
記
支払日 合計金額
三月二八日の場合 三五四、二六八、四七六円
三月二九日の場合 三五四、三一〇、四三四円
三月三〇日の場合 三五四、三五二、三七二円
四月 二日の場合 三五四、四七八、二四二円
四月 三日の場合 三五四、五二〇、二〇三円
四月 四日の場合 三五四、五六二、一四五円
昭和五九年三月二八日
東京都千代田区丸の内二の六の二の四〇八
住友金属鉱山株式会社代理人
弁護士成富安信
横浜市中区弁天通二の二五 関内キャピタルビル八階
原告ら訴訟代理人
弁護士矢島惣平先生
(一審被告注、計算書の添付省略)
別紙図表(一)自覚症状<省略>
別紙図表(二)主要臨床症状<省略>