福岡高等裁判所宮崎支部 昭和60年(う)102号 判決
本件は,被告人が小遣銭に窮した結果,金欲しさから独り暮らしの老女(当時70歳)から金員を窃取しようと企て,窃盗の目的で同女方に侵入したところ,その直後に仮眠中の同女に顔を見られたと思い込み,自らの犯行の発覚を恐れ,とっさに同女を失神させて金員を強取しようと決意し,手拳でその頭部等を殴打するなどの暴行を加え失神させたが,同女が意識を回復させる様子を見せたため,同女殺害を決意し,包丁で同女の頭部等を突き刺し,さらにテレビコード等を使用して,その頸部を絞めつけ同女を窒息殺害し,現金23,000円を強取したほか2回にわたり現金及び原動機付自転車1台を窃取したという事案である。
1 本件(強盗殺人)犯行前後の状況に関する被告人の検察官に対する供述調書の内容は,関係証拠と矛盾するところはなく,被告人の当時の精神状態を考慮に入れても不自然な点は見当らず,その供述内容は十分信用に値するものと認められるところ,
(1) 顔見知りの家に窃盗の目的で忍び込んだ者が家人に発見された場合,窃盗を断念するか謝罪するのが必ずしも普通とはいえず,本件のように居直り強盗に及ぶことも希有のことではなく,被告人の行為が殊更異常であるとはいえないこと
(2) 被告人は被害者に顔を見られたと思い,とっさに気絶させて金員を強取しようとして暴行を加えて同女を失神させたものの,その後同女がうめき声をあげ意識を回復する様子が見られたことから,同女の殺害を決意したものであり,同女の殺害を決意した点に衝動的かつ短絡的な面があるものの,このような状況で衝動的に殺害を決意するに至る心理過程はそれなりに了解可能であって,了解困難な異常なものとはいえないこと
(3) 犯行態様は執拗かつ残忍であり,いささか特異行動である点は否定できないが,この種の事案では,犯行の発覚を恐れるあまり,強い衝動に駆られて攻撃的行動に出ることもよく見られることも考慮すると,この種犯罪に見られる類型的態様とさしたる径庭はなく,これが異常な犯行態様であるとまではいえないこと
(4) 被告人が当時着用していたズボンは,付着した血液が比較的目立たない黒色であったことから,被告人自身その着用するズボンに返り血が付着していることに気がつかなかったとしてもこれが不自然であるとはいえず,したがって,被告人の犯行後の行動についても了解可能であって,異常な行動とはいえないこと
(5) 被告人において軽愚級の軽度の精神遅滞があり,また左大脳半球の中等度萎縮が存在しこれに起因するとみられる言語障害のあることは首肯できるが,当審において作成された鑑定人畑田耕司作成の鑑定書等を検討すると,被告人にてんかん性異常脳波による脳機能の不安定性がみられるとする滝川鑑定の見解は首肯し難く,したがって,その鑑定結果も全面的には首肯し難いものがある上,これに加えて,被告人の学校時代の成績や知能検査の結果(IQ73)及びこれまでの生活歴や捜査段階における簡易鑑定書などを検討すると,被告人には知的低下がみられるものの,その程度は精神薄弱との境界域である限界知程度であること
などが認められ,これらの諸事情を総合すると,本件犯行当時,被告人の是非善悪を弁別する能力及びこれに従って行動する能力が減弱していたことが認められるところ,さらに,その程度について検討すると,前記(1)ないし(5)のとおり,本件犯行の動機,犯行後の諸行動は了解可能であり,犯行態様も異常で特異なものであるとまではいえず,犯行時において意識障害があったとは認められないことなどに徴すると,犯行当時,被告人の是非善悪を弁別する能力及びこれに従って行動する能力が著しく減弱し刑法上の心神耗弱の状態に陥っていたとは認められない。
以上によれば,本件犯行当時,被告人には刑事責任能力があったことが認められるから,原判決が強盗殺人の犯行当時被告人が心神耗弱の状態にあったと認定したのは,事実を誤認したものであり,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。
2 量刑の事由
本件各犯行のうち,特に強盗殺人の犯行は
(1) 自己の物欲のためには被害者の生命を犠牲にすることも辞さないという極めて自己中心的,悪質な所為であって,その犯行動機に酌量すべき余地はないこと
(2) 犯行態様も確定的殺意に基づく,執拗かつ残忍なものであること
(3) 結果が極めて重大であること
(4) 被害者の無念さや遺族の痛恨の情は察するに余りあること
(5) 本件が地域住民に与えた衝撃は計り知れないものがあり,社会的影響も大きいこと
などを考慮すると,被告人の刑事責任はまことに重大であり,他方
(1) 被告人には,乳幼児期に高熱が続きけいれん発作に煩わされて言語障害をきたし,知能の発育遅滞を招いて軽愚級の精神薄弱となった人格形成過程における不遇な側面があること
(2) 強盗殺人の犯行は,計画的なものではなく,当初金員窃取の目的で侵入した被告人が,仮眠中の被害者に顔を見られたと思い込み犯行の発覚を恐れる余り興奮激情して犯した偶発的犯行であること
(3) 強盗殺人の件では,被告人の両親が被害者側に対するせめてもの慰謝の措置として,被害者の住んでいた土地建物を遺族の希望する価格で買い取り,また,その余の窃盗の被害金は弁償し,被害品は被害者に還付されていること
(4) 被告人には前科がなく,本件の非を反省していること
など被告人に有利な又は同情すべき諸情状を十分参酌しても酌量すべき事由とは認め難く,強盗殺人の罪につき無期懲役を選択し処断すべきが相当である。