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福岡高等裁判所那覇支部 平成13年(ラ)15号 決定 2001年6月12日

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

2  当裁判所の判断

民事再生手続開始の申立てをするときは、申立人は、再生手続の費用として裁判所の定める金額を予納しなければならず(民事再生法二四条一項)、その金額は、再生債務者の事業の内容、資産及び負債その他の財産の状況、再生債権者の数、監督委員その他の再生手続の機関(本件のように給与所得者等再生を行うことを求める旨の申述があった場合には、同法二四四条が準用する同法二二三条により個人再生委員が再生手続の機関となる。)の選任の要否その他の事情を考慮して定めることとされており(民事再生規則一六条一項)、裁判所は、これらの事情を考慮し、爾後の再生手続の進行を予想しつつ、その円滑な遂行を図る見地から具体的な予納金額を定めるのであるから、その額の決定は裁判所の広範な裁量に任せられているものと解するのが相当である。この観点から本件を見るのに、一件記録を精査しても、予納金額を三〇万円とした原決定が、その裁量権の範囲を著しく逸脱した不当・違法なものであることを窺わせるような事情や資料は全く見当たらない。

なお、抗告人は、上記予納金額のうち二七万円は、個人再生委員として弁護士を選任し、その報酬として支払うことを予定していることが明らかであるところ、①同法の規定や立法趣旨からみて、個人再生委員を選任しないのが原則であり、これが選任されるのは特にその必要があると認められる例外的な場合にすぎないから、一律にその選任を前提として予納金額を定めることは同法に違反する、②申立人は財産のない給与所得者であるうえ、事前に特定調停手続を経ており、また、司法書士が書類作成をするなどの援助をしているから、財産や収入の調査、債権の評価の補助、再生計画案の作成のための勧告など、個人再生委員の担当すべき職務が殆どなく、その選任の必要性が乏しい、③個人再生委員を選任する必要がある場合でも、その職務内容に応じて報酬を定めればよく、一律の報酬額を定めてこれを予納させるのは同法の趣旨に反する、④仮に個人再生委員を選任する必要があるとしても、その対象を弁護士に限定する必要はないから、その報酬額は低廉なもので足りる、などと主張するが、①ないし④のいずれをみても、独自の見解に立って原決定を縷々非難するにすぎないものであって、理由のないことが明らかである。付言するのに、小規模個人再生及び給与所得者等再生は、いずれも通常の民事再生手続の特則として、債権調査や再生計画案の決議手続を簡素化・合理化し(給与所得者等再生では、小規模個人再生よりもさらにこれが押し進められ、再生計画は再生債権者の決議ないしその多数の同意なしに定められる。)、再生計画の履行監督機関も設けないこととしているのであるから、その手続において、公正かつ中立的な立場をもって、裁判所、債務者を補助する個人再生委員が関与する必要性は一般的に高く、申立人に代理人弁護士がない場合は尚更であるから(本件においてもその選任の必要性が低いなどということはできない。)、一般的にその選任を予定ないし予想して一律の予納金を定めることには十分な合理性があるし、また、本件で定められた予納金額が高額であるということもできない。

3  よって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・大谷正治、裁判官・松下潔、裁判官・大野勝則)

別紙抗告状

原決定の表示

那覇地方裁判所沖縄支部平成一三年(再ロ)第二号給与所得者等再生申立事件

主文

申立人は、この決定送達の翌日から一四日以内に民事再生費用として金三〇万円を予納せよ。

抗告の趣旨

原決定を取り消し、予納金を三万円とする

との裁判を求める。

抗告の理由

1、民事再生費用として金三〇万円の予納を命じた決定は、前提として本件再生手続について民事再生法(以降法と称す)第二二三条に基づく裁判所の裁量による個人再生委員を選任することを示すものである。すなわち、別紙「申立手数料及び予納費用の額」表は、沖縄県司法書士会が本年三月二九日に那覇地方裁判所との打合せのなかで通知を受けた内容についての報告書であるが、同報告書に照らすと予納金三〇万円の指示は、公告等費用三万円と個人再生委員報酬二七万円の予納を命ずるものであることが明らかである。

2、個人再生申立事件の「本件申立事件」につき一律に個人再生委員を付すとする取扱いは法の趣旨に反するものである。

イ、法第二二三条は、「必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより又は職権で、……個人再生委員を選任することができる」と規定している。同規定を直に読むなら、個人再生委員を選任しないのが原則であり、特に「必要があると認められるとき」に選任できるとするのが法の趣旨である。これは、「個人倒産事件の増加……にかんがみ、……経済的苦境にあり個人債務者の経済生活の再生を迅速かつ合理的に図るための再生手続の特則を設ける」必要性(法律案の提案から)からも明らかと思われる。同様な趣旨で、債権調査や再生計画作成など手続の各段階で簡易な特則が定められている。

ロ、一方、再生債権の評価申立てがあったときは個人再生委員を必ず選任する取扱いを決定することにより、公正手続を担保する手だてが準備されていることも、「裁判所の裁量」による個人再生委員の選任は例外的取扱いであることを示すものと思われる。

ハ、上記の次第なので、再生申立てが本人申請でなされた場合、一律に個人再生委員を選任するとの取扱いは法の趣旨に反するものである。個別の申立て案件ごとに、「再生債務者の財産や収入の調査の必要性」「再生債権の評価の必要性の度合い」「適正な再生計画を作成できる可能性」等を勘案し、特に必要を認めたときに再生委員を選任することを決定するべきである。

ニ、本件給与所得者再生申立事件について、上記の諸事情が何ら検討されることなく、「那覇地方裁判所において決定したから」との理由で個人再生委員の選任を前提とする予納金の決定がなされたことが明らかであり、立法の趣旨に反するものであり、原決定は取り消されるべきである。

3、本件申立てについては、個人再生委員を選任する必要性は乏しく、選任することを前提とする予納金額の決定は取り消されるべきである。

イ、裁判所は、個人再生委員の職務として「再生債務者の財産及び収入の状況を調査すること」「再生債権の評価に関して裁判所を補助すること」「再生債務者が適正な再生計画案を作成するために必要な勧告をすること」のうち、一乃至二以上を職務として指定する扱いが法定されている。(法第二二三条第二項)

ロ、本件再生申立事件については、申立人の上申書でも明らかなとおり、申立人は継続的な給与所得者であり、給与月額、同年額も一件書類から明らかであり、また、隠れた財産が想定される等の特段の事情もない。いわば、「財産及び収入の調査の必要性」はほとんどないことが明らかである。再生手続中に、仮に債権者から隠された財産等が指摘されたとき、改めて個人再生委員を選任する取扱いも可能であり、財産等調査のための再生委員の選任の必要は乏しい。

ハ、また、本件再生申立事件については、事前に特定調停を経過しており、再生債権の調査のうえで必要な債権者からの「取引経過書=計算書」も事前に取得されていて利息制限法にもとづく元本充当計算もなされている。調停期日において取得した取引経過書も含めると全業者からの計算書が取得されている。債権者からの届出債権を検討する必要もあるので異議の留保をするが、債権者からの評価の申立てがなされる可能性は極めて低い。仮に評価申立てがなされた場合は、債権者負担で評価のための個人再生委員を選任するべきである。法は、仮に取引経過が明らかでなく債権者の主張する債権額を記載した債権者一覧表が提出された場合でも、債務者から債権者に対して資料送付を求める権利を付与(規則一一九条)している。債務者によりこれらの権利が行使されるなら、あえて債権調査のための個人再生委員の選任をなす必要はなく、債権者の評価申立てがあった場合に委員を選任すれば足りるとするべきである。本件申立ての場合、債権調査のために個人再生委員を選任する必要性は乏しい。

ニ、さらに、「適正な再生計画を作成できる可能性」についても、本件申立てについては、代理人ではないにしても、裁判所に提出する書類を作成することを職能とする司法書士が申立人を援助している。申立人は、同司法書士から給与所得者等再生手続についての概要の説明を受け、「再生計画の作成」をも依頼している。申立人の可処分所得の計算、清算価値に関する計算も既になされていて、住宅特例条項等の特別に困難な事情もないことは提出書類からも明らかである。よって、「適正な再生計画を作成するために必要な勧告をする」ための個人再生委員の選任も必要性に乏しいと言わざるを得ない。

4、個人再生委員の報酬額を一律とする取扱いも法の趣旨に反するものであり許されるべきでない。

イ、法定された個人再生委員の職務は前述したが、法は裁判所が裁量により個人再生委員を選任したとき、必要に応じて法定職務の一乃至二以上を指定することを定めている。すなわち、申立人の申立書等にもとづき格別に事情を検討して法定された再生委員の職務を指定する取扱いである。

ロ、それだけに、個人再生委員に指定すべき職務に応じて再生委員の報酬額は決定されるべきであり、一律に金三〇万円もの予納金額(金二七万円の再生委員報酬額)を指定するのは法の趣旨に反すると言わざるを得ない。また、事前に債権調査等の準備をおこなった申立者とそうでない申立者とを一律とする取扱いは、実質的な不平等な扱いともなる。

ハ、仮に手続の迅速のために個人再生委員報酬を一律にする必要があるとしても、その場合は再生委員の報酬は必要最少限に設定されるべきであり、事案の難度によって追加納付を求める取扱いがなされるべきである。そうでないと、経済的苦境にある債務者に最初から高額な予納金の準備を一律に求めることになり、制度の利用を阻害することになりかねない。

ニ、また、個人再生委員報酬を一律二七万円とする取扱いは、全国各地の地方裁判所の取扱いと比べても異常に高額である。別紙司法書士会連合会個人再生制度担当者のアンケート調査でも、東京地裁が一五万円であり、九州各県地裁では三万円から二〇万円とするのが多数である。

5、仮に本件給与所得者再生手続について個人再生委員を選任するとしても、再生委員報酬はもっと低額であるべきである。

イ、本件給与所得者再生手続については、第3項で述べたとおり個人再生委員の職務とされている全ての分野について相当な準備がされている。仮に個人再生委員を選任するとしても、申立人の準備した書類等の確認が主な職務であり、最高額の再生委員報酬を適用するのは合理的な理由に欠ける。

ロ、金二七万円もの再生委員報酬は、申立人の給与の約二ヵ月分にもあたり、本件再生手続において債権者に支払う予定金額(再生計画案)一〇〇万円と比べてもかなり高額であり、「手続費用と効果との均衡」からも疑問である。

ハ、なお、個人再生委員の報酬を高額と設定したのは、再生計画の遂行を個人再生委員に監督してもらう趣旨であるとの見解もあると聞いている。しかし、それは個人再生委員に法定されてもいない加重な職務を課すものである。法は再生計画の遂行を再生債務者の努力にゆだね、違約したときの再生計画取消しの制度も定めている。再生債務者の計画遂行を支援若しくはチェックするのは、申立代理人か申立書等を作成して再生債務者との信頼関係にある司法書士職能等の職務であり、けっして裁判所の補助機関で職務が限定的に法定されている個人再生委員の職務ではないと考える。申立人は宮里司法書士と遂行状況も最後まで報告することを約束しているし守る所存である。

ニ、申立人は、仮に個人再生委員を選任するなら、沖縄簡易裁判所の調停委員でもある石垣和博司法書士を選任するよう希望している。申立人は同氏と全く面識もなく利害関係もないが、宮里司法書士から内諾は得ていると聞いている。

ホ、個人再生手続を審議する第一五〇国会の法務委員会(平成一二年一一月一七日)における政府委員(細川法務省民事局長)答弁でも、「再生委員の選任資格については法律上制限を設けていません。職務が三つありますので、指定される職務の内容に応じて裁判所が適格者を選任する……裁判関係事務の専門職である司法書士さんとか、あるいは特定調停に携わっている調停委員さん、そんなようなことが考えられる」と個人再生委員の資格について説明がなされている。石垣調停委員(司法書士)の適格に問題はないと思われる。

6、結論

上記のとおりであり、予納金額を金三〇万円とする決定を取消し、本件給与所得者再生申立事件については、個人再生委員を選任しないことを前提に予納金額を金三万円(官報公告費用等)とするか、若しくは個人再生委員を選任するとしても、再生委員報酬を適正に減額することを求める次第である。

添付書類

1、沖縄県司法書士会と那覇地方裁判所の打合せにもとづく、司法書士会作成の報告書メモ「申立手数料及び予納費用の額」<省略>

2、日本司法書士会連合会民事再生制度担当者水谷司法書士作成の「地方裁判所における個人再生手続の運用方法に関するアンケート集計表Ⅱ」<省略>

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