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福岡高等裁判所那覇支部 平成14年(ネ)47号 判決 2003年5月22日

控訴人

甲山A男

外3名

上記4名訴訟代理人弁護士

金城睦

仲山忠克

被控訴人

同代表者法務大臣

森山眞弓

同指定代理人

吉田勝英

外11名

被控訴人

沖縄県

同代表者知事

稲嶺惠一

同訴訟代理人弁護士

池宮城紀夫

同指定代理人

伊波興静

外7名

主文

1  原判決中,被控訴人国に関する部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人国は,控訴人甲山A男及び甲山春子に対し,それぞれ1064万1602円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人国は控訴人乙川C男及び乙川夏子に対し,それぞれ497万7164円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  控訴人らの被控訴人国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  原判決中被控訴人沖縄県に関する部分についての本件控訴をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,控訴人らと被控訴人国との関係では,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人国の負担とし,控訴人らと被控訴人沖縄県との関係では,控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者双方の申立て

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人甲山A男に対し,連帯して,3441万7507円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人らは,控訴人甲山春子に対し,連帯して,3441万7507円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人らは,控訴人乙川C男に対し,連帯して,3388万3147円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人らは,控訴人乙川夏子に対し,連帯して,3388万3147円及びこれに対する平成9年5月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

(7)  仮執行宣言。

なお,控訴人らは,丙野F男(原審における弁論分離前の相被告。以下「丙野」という。)から損害の一部(各控訴人につき500万円)の填補を受けたことを理由として,当審において,請求額を上記(2)ないし(5)のとおりに減縮した。

2  被控訴人国

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

(3)  立担保を条件とする仮執行免脱宣言。

3  被控訴人沖縄県

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2  事案の概要

本件は,沖縄県八重山郡竹富町西表島の沖縄県道沿いの国有林野内に存在する池(丙野による土砂採取跡に雨水が溜まってできた池様の窪地。)に転落して溺死した亡甲山B男及び亡乙川D男の両親である控訴人らが,(1)上記林野の所有者兼管理者である被控訴人国に対して,①上記林野が公の営造物であることを前提に,上記林野の設置又は保存に瑕疵があったと主張して国家賠償法2条1項に基づき,②上記池が土地の工作物に該当することを前提に,上記池の設置又は保存に瑕疵があったと主張して民法717条1項に基づき,又は,③被控訴人国の職員である森林官が丙野に対して土砂採取を許可したこと若しくは森林官等が上記池の存在を看過してこれを放置したことが故意・過失による違法な職務行為(不作為)であると主張して,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求し,(2)上記県道の管理者である被控訴人沖縄県に対して,①県道拡幅工事の際の県道周辺の雑木の伐採により容易に上記池に接近できる状況になったのに防護柵を設けるなど危険を防止する措置を講じなかったことが公の営造物である道路の設置又は保存の瑕疵にあたると主張して国家賠償法2条1項に基づき,②同被控訴人が県道拡幅工事の際に周辺の雑木を伐採した結果上記池に容易に接近できるようになったから,同被控訴人は防護柵を設置するなどの作為義務を負ったにもかかわらず,過失により同義務に違反して何ら措置を講じることなく放置したと主張して,民法709条,民法719条1項(丙野との共同不法行為)に基づき,又は,③上記県道拡幅工事を担当した被控訴人沖縄県の職員が上記②のとおりの過失により上記作為義務に違反したと主張して,国家賠償法1条1項(公権力の行使に該当する場合)又は民法715条(公権力の行使に該当しない場合)に基づき(③は当審における新たな主張),損害賠償を請求した事案(いずれも上記転落事故の発生した日である平成9年5月29日以降民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求を含む。)である。

1  前提となる事実

前提となる事実は,次のとおり付加,訂正するほかは,原判決が「第2 事案の概要」の「1 前提事実」に摘示するとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決4頁11行目の「当時5歳。」の次に「以下「B男」という。」を加え,同行目及び同12行目の各「亡甲山B男」をいずれも「B男」に,同行目及び同16行目の各「財産上の地位」をいずれも「権利義務」に,同15行目の「当時5歳。」を「当時4歳7か月。以下「D男」という。」に,同行目及び同16行目の各「亡乙川D男」をいずれも「D男」に各改める。

(2)  同20行目の「所在する」を「存在する」に改める。

(3)  同5頁1行目の「被告県」を「被控訴人沖縄県(以下「被控訴人県」という。)」に,同4行目の「分離前被告丙野F男(以下,単に「丙野」という。)」を「丙野」に,同8行目の「亡甲山B男と亡乙川D男は」を「B男及びD男は」に各改める。

2  争点

争点は,次のとおり補正するほかは,原判決が「第2 事案の概要」の「2 争点」に摘示するとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決5頁13行目の「民法717条1項前段」を「民法717条1項」に改める。

(2)  同17行目冒頭から同18行目末尾までを次のとおり改める。

「イ 民法709条,719条に基づく責任の有無

ウ 国家賠償法1条1項又は民法715条に基づく責任の有無―当審における新たな主張―」

3  争点に関する当事者の主張

争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決が「第2 事案の概要」の「3 争点に関する当事者の主張」に摘示するとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決6頁8行目の「べきところ,」の次に「ひろく国や公共団体が設置・管理する物や施設は「公の営造物」にあたると解すべきであり,」を加える。

(2)  同9頁19行目の「民法717条1項前段」を「民法717条1項」に改め,同10頁2行目冒頭から同4行目末尾までを次のとおり改める。

「 そして,本件池は,本件事故当時,水深が3メートルほどであったが水の透明度が低く,水深が判然としない状態であったこと,水底はすり鉢状になっていて,いったん転落すると容易にはい上がることができない形状であったこと,本件池は,○○団地に近接して存在する上,被控訴人県が平成8年から平成9年にかけて本件事故現場付近で実施した本件県道の拡幅工事(以下「本件拡幅工事」という。)に伴う雑木伐採により,本件事故が発生するまでの約7か月にわたって本件池に接近することが容易な状況にあり,○○団地の居住者,特に幼児が本件池に接近して転落するという事態が容易に発生しうる状態であったこと,被控訴人国の職員である森林官は,本件県道を月1回程度巡回し,本件拡幅工事が実施されてから本件事故が発生するまでの間に本件池の存在及び状況を認識し得たはずであるのに,被控訴人国は,本件池を埋め戻したり防護柵等を設置するなどの措置を講じなかったことなどからすれば,本件池は,本件事故当時,通常有すべき安全性を欠く状態にあって,本件池の保存には瑕疵があったというべきである。なお,工作物の設置又は保存における瑕疵の存否は,客観的性状によって決すべきであって,その所有者は,瑕疵が何人によって作出されたかにかかわらず無過失責任を負うものであるから,森林官等の主観的認識によって工作物の設置又は保存の瑕疵の存否が決せられることはない。したがって,土地(本件林野)の所有者である被控訴人国は,民法717条1項に基づき,本件池の保存に瑕疵があったことによって発生した本件事故による損害を賠償する責任がある。」

(3)  同6行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 民法717条にいう「土地の工作物」とは,一定の目的に供するために土地に接着して設備された物をいうと解すべきである。本件池は,丙野が土砂を採取した後に水が溜まってできたものに過ぎず,一定の目的に供するために設置したものではないし,本件池の周辺は湿地帯で,降雨量によって本件池の性状は変化するものであるから,本件池は,土地の工作物には該当しない。土地の工作物の設置又は保存における瑕疵の有無は,営造物責任の場合と同様その物の「本来の用法」に即して検討されるべきところ,本件池は一定の目的のために設置した物ではないから,「本来の用法」ということがあり得ない。このことからも,本件池が「土地の工作物」に該当しないことは明らかである。

本件拡幅工事以前には,本件池に接近することはもとより本件県道から本件池を視認することも困難であった。また,森林官は,本件拡幅工事後も本件池の存在を認識していなかったし,本件池付近が子供の遊び場として常態化していたとか,本件池について転落事故が続発して付近住民から安全対策をとるよう陳情が行われるなどしていた事実はないこと,森林官が本件県道を巡回していたといっても,一定以上の速度の自動車を運転して巡回しているものである上,森林官としては,国有林野の管理運営という観点から巡視を行っているのであって,人家及び本件林野の境界標が存在する本件県道の北側(本件池と反対の側。本件池の側には人家は存在しない。)に注意を集中するのが当然であるから,森林官が自動車の運転席から本件池の存在に気付くことはほとんど不可能であることからすれば,森林官が本件池の存在を認識していなかったことにつき過失はない。したがって,本件池の設置又は保存に瑕疵があったとはいえない。」

(4)  同17行目から同18行目にかけての「本件県道の拡幅工事(以下「本件拡幅工事」という。)」を「本件拡幅工事」に改める。

(5)  同12頁19行目末尾の次に「本件県道の利用者が本件県道を走行中に直接本件池に転落する危険性がなくても,本件県道から容易に本件池に接近しうるのであるから,本件県道の利用者が本件池に接近して転落する事故が発生するであろうことは通常予測しうる事態であって,本件池への接近・転落事故に対してもそれを防止すべき安全性を具備していない以上本件県道の設置又は保存に瑕疵があるというべきである。公の営造物が設置されて公共の用に供された場合は,予定された一般的な使用目的以外の使用であっても,それが予測しうるものである限り,そのような用法から生じる危険性に対しても当該営造物は安全性を具備しなければならない。」を加える。

(6)  同13頁3行目冒頭に「本件県道が公の営造物であることは争わない。」を加える。

(7)  同6行目の「そして,本件県道と」から同9行目末尾までを次のとおり改める。

「本件事故当時,本件県道は,本件池付近では見通しのよい緩やかなカーブを描いていて,幅数十センチメートルの路肩があり,路肩の外側から本件池までは比較的緩やかな下り斜面になっていて,一部平坦な部分もあり,本件県道(路肩)の南端から本件池までの距離は最短で約12メートルあったから,車両や歩行者が本件県道を通行中に誤って本件池に転落する危険性はなかった。雑木類の伐採の結果本件道路から本件池が見通せるようになり,本件池に接近することが可能になったとしても,それによって本件県道自体の危険性が増大したわけではない。国道や県道等に必要とされる防護柵は,当該道路を通常の用法に従い通行する車両や歩行者が道路から転落する危険を防止することを目的とするもので,本件県道から最短距離で約12メートル離れている本件池に幼児が接近する危険を防止することまでは,本件県道の本来の用法からは予定されていない。」

(8)  同14行目から同15行目にかけての「責任の有無について(争点(2)イ,ウ)について」を「責任の有無(争点(2)イ)について」に,同14頁6行目の「丙野ともに」を「丙野とともに」に各改める。

(9)  同14頁13行目末尾の次に「上記伐採によって本件県道を通行中の車両や歩行者が本件県道から転落する危険性が生じたわけではないから,被控訴人県が防護柵や危険標識を設置するなどしなかったとしても,不法行為が成立することはない。」

(10)  同13行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「ウ 国家賠償法1条1項又は民法715条に基づく責任の有無(争点(2)ウ)について

(控訴人らの主張)

被控訴人県が本件拡幅工事に伴い雑木類を伐採した結果,本件県道から本件池が視認できるようになり,本件池へ容易に接近可能となって,本件池について具体的危険性が生じた。被控訴人県の担当職員は,自ら上記のような具体的危険を生じさせたのであるから,防護柵を設置するなどして危険な状況を除去すべき義務を負ったにもかかわらず,その義務を懈怠し,本件池の危険な状況を漫然と放置して本件事故を発生させたものであるから,被控訴人県は,国家賠償法1条1項に基づき,又は,上記雑木類の伐採が公権力の行使に当たらないとすれば,民法715条に基づき,本件事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(被控訴人県の主張)

いずれも争う。本件拡幅工事は「公権力の行使」に当たらないし,本件拡幅工事を担当した被控訴人県の職員の行為に何ら違法はなく,故意過失もない。

(11)  同14頁15行目冒頭から同15頁6行目末尾までを次のとおり改める。

「(3) 控訴人らの損害(争点(3))について

(控訴人らの主張)

ア 控訴人甲山A男及び甲山春子(以下,併せて「控訴人甲山ら」という。)の損害

各3441万7507円

(ア) 逸失利益 各2523万4098円

控訴人甲山らは,B男が取得した以下の損害賠償請求権(逸失利益)5046万8197円のそれぞれ2分の1に当たる2523万4098円(1円未満切捨て。以下同じ。)を相続により取得した。

B男(平成4年5月14日生まれ。本件事故当時5歳。)が死亡した平成9年当時の男子労働者平均賃金は559万9800円(平成7年度賃金センサス)を下回ることはないところ,B男が67歳まで稼働可能であったものとし,生活費5割を控除した上,新ホフマン係数(18.025)により中間利息を控除してB男の逸失利益を算出すると,5046万8197円となる。

559万9800円×(1−0.5)×18.025=5046万8197円

(イ) 葬儀費用 各60万円

控訴人甲山らは,B男の葬儀費用としてそれぞれ60万円を支出した。

(ウ) 慰謝料 各1000万円

控訴人甲山らは,実子を失ったものであって,それぞれ民法711条に基づき固有の慰謝料請求権を取得した。控訴人甲山らの精神的苦痛を慰藉するための金額は,少なくともそれぞれにつき1000万円を下らない。

(エ) 弁護士費用 各358万3409円

控訴人甲山らは,本訴を提起,追行するために弁護士に委任することを余儀なくされた。被控訴人らの不法行為又は違法行為と相当因果関係を有する弁護士費用の額は,各控訴人甲山につきそれぞれ358万3409円である。

(オ) 上記(ア)ないし(エ)の合計は,各控訴人甲山につきそれぞれ3941万7507円となるが,控訴人甲山らは,丙野から不法行為に基づく損害賠償の一部としてそれぞれ500万円の弁済を受け,その限度で本件事故による損害は填補されたので,上記金額を控除した後の損害額は各控訴人甲山につきそれぞれ3441万7507円である。

イ 控訴人乙川C男及び同乙川夏子(以下,併せて「控訴人乙川ら」という。)の損害

各3388万3147円

(ア) 逸失利益 各2474万8316円

控訴人乙川らは,D男が取得した以下の損害賠償請求権(逸失利益)合計4949万6632円のそれぞれ2分の1に当たる2474万8316円を相続により取得した。

D男(平成4年10月5日生まれ。本件事故当時4歳7か月。)が死亡した平成9年当時の男子労働者平均賃金は559万9800円(平成7年度賃金センサス)を下回ることはないところ,D男が67歳まで稼働可能であったものとし,生活費5割を控除した上,新ホフマン係数(17.678)により中間利息を控除してD男の逸失利益を算出すると,4949万6632円となる。

559万9800円×(1−0.5)×17.678=4949万6632円

(イ) 葬儀費用 各60万円

控訴人乙川らは,D男の葬儀費用としてそれぞれ60万円を支出した。

(ウ) 慰謝料 各1000万円

控訴人乙川らは,実子を失ったものであって,それぞれ民法711条に基づき固有の慰謝料請求権を取得した。控訴人乙川らの精神的苦痛を慰藉するための金額は,少なくともそれぞれにつき1000万円を下らない。

(エ) 弁護士費用 各353万4831円

控訴人乙川らは,本訴を提起,追行するために弁護士に委任することを余儀なくされた。被控訴人らの不法行為又は違法行為と相当因果関係を有する弁護士費用の額は,各控訴人乙川につきそれぞれ353万4831円である。

(オ) 上記(ア)ないし(エ)の合計は,各控訴人乙川につきそれぞれ3888万3147円となるが,控訴人乙川らは,丙野から不法行為に基づく損害賠償の一部としてそれぞれ500万円の弁済を受け,その限度で本件事故による損害は填補されたので,上記金額を控除した後の損害額は各控訴人乙川につきそれぞれ3388万3147円である。」

(12)  同15頁15行目の「亡甲山B男及び亡乙川D男」を「B男及びD男」に改める。

第3  当裁判所の判断

1  本件事故に至る経緯について

本件事故に至る経緯についての当裁判所の認定は,次のとおり補正するほかは,原判決の「第3 当裁判所の判断」の1記載のとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決16頁11行目の「甲6の3,8,12」を「甲2,3,4,8,9,14」に,同行目の「乙イ1」を「乙イ1ないし3」に改め,同13行目の「15」を「15の1及び2」に改め,同14行目の「乙ハ2」の次「,検証の結果」を加え,同行目から同15行目にかけての「同証人筒口,丙野本人(下記認定に反する部分を除く。)」を「同証人筒口武宏,原審における弁論分離前の被告丙野本人(ただし次の認定に反する部分はその認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らしてそのとおりには採用しない。),控訴人甲山A男本人,控訴人乙川C男本人」に各改める。

(2)  同18行目冒頭に「本件事故当時の本件池付近の概略は,別紙図面のとおりである。」を加える。

(3)  同17頁11行目の「また」を「なお」に改め,同14行目の「理由もないのであるから」から同16行目末尾までを「理由も見当たらないこと,大和森林官が平成7年12月1日ころ,後任の筒口森林官に事務引継を行うために作成した事務引継メモ(乙イ23)及び事務引継報告書(乙イ24)中にも,大和森林官が丙野に対して上記許可を与えたことを窺わせるような記載は一切ないことからしても,丙野の前記供述は,これに乙ハ第1号証を併せても,そのとおりには採用することができず,他に,大和森林官が丙野に口頭で土砂採取の許可を与えたとの控訴人ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。」に各改める。

(4)  同18頁14行目の「約7メートル」を「約6メートル」に,同17行目の「乙ロの13の1,2,36,42」を「乙ロの13(写真)の番号1,2,36,42」に各改め,同19行目の「なお」から同20行目末尾までを削る。

(5)  同19頁1行目の「その他に」から同21行目末尾までを「本件事故が発生するまでは,本件県道沿いに転落防止設備を設置したり,危険標識が設置されることはなかった。また,本件拡幅工事後は本件県道から本件池が目視できるようになり,控訴人ら及び○○団地付近の住民らも本件池の存在に気付いていたが,本件事故が発生するまでは,控訴人ら及び付近住民らから被控訴人らに対し,本件池が危険であるとの指摘や,その埋戻し又は防護柵の設置等の要請が出されたりしたことはなかった。」に改める。

(6)  同4行目冒頭から同5行目末尾までを次のとおり改める。

「(4) 本件事故の発生

平成9年5月29日午後,B男の母である控訴人甲山春子は,B男及び同控訴人宅(沖縄県八重山郡竹富町字上原<番地略>)に遊びに来ていたD男を連れて控訴人乙川らの自宅(○○団地)を訪れ,在宅していた控訴人乙川夏子にD男を引き渡すとともにB男を預けていったん辞去した。B男及びD男は,しばらく控訴人乙川ら宅の庭で遊んでいたが,食事の支度をしていた控訴人乙川夏子が気付かない間で,本件県道を横断して本件池に接近し,同日午後3時過ぎころ,本件池付近で遊んでいるうちに誤って本件池に転落した。たまたま本件県道を通りかかったD男の兄乙川E男(当時7歳)がその様子を目撃し,急ぎ帰宅して控訴人乙川夏子にその旨知らせたため,同控訴人は初めて本件事故の発生を知り,勤務先のペンション所属のダイビングインストラクター丁谷秋子(以下「丁谷」という。)に電話をかけて救助を要請した上で本件事故現場に駆けつけた。まもなく,救助の要請を受けた丁谷が本件池に潜水してB男及びD男を救出したが,両名ともに既に意識がなく,搬送後の病院で死亡が確認された。」

2  本件事故当時の現場付近の状況について

本件事故当時の現場付近の状況についての当裁判所の認定は,次のとおり補正するほかは,原判決の「第3 当裁判所の判断」の2記載のとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決19頁7行目の「「6の9,」の次に「甲8,9,12,14,15,乙イ2,3」を加え,同8行目の「4の5ないし8,4の10ないし13」を「4の5ないし13」に,同9行目の「19,乙ロ1,18」を「乙イ12,13の1ないし8,乙イ19,乙ロ1,3,18,検証の結果」に各改める。

(2)  同13行目の「生じるが」から同14行目末尾までを「生じ,降雨量の多寡によって本件池の形状も変化するが,乾期であっても本件池には常に水が溜まっていた。なお,本件池付近の湿地帯には,本件池が出現する以前から自然に存在する池様の窪地が存在していて,そのうちの1箇所(本件池の東側に存在する池。乙イ12参照。)では,数十年前に小学生が溺死する事故が生じたことがあった。」

(3)  同18行目の「すり鉢状になっていた。」を「水底はすり鉢状になっていて,特に,B男及びD男が発見された付近である本件道路側の池の縁部分の水底は急傾斜になっていたため,大人(B男及びD男を救出した丁谷)であっても自力ではい上がることは困難であった。」に改める。

(4)  同20頁2行目末尾の次に「○○団地は平家建の住宅3棟から成る町営住宅で,当時6世帯,幼い子供3,4人を含む約17人(弁論の全趣旨)が居住しており,また,○○団地の東側には2,3歳の幼児のいる矢野維幾宅があり,本件池は同人宅の敷地からは本件県道を挟んで20ないし30メートルの位置にあった。なお,平成14年11月22日に実施した検証の結果によると,検証当時における本件池及び付近の形状は,南北方向の辺長が約18メートルと短くなっているほか,本件県道の南側から本件池までの最短距離も約10.85メートルと短くなっているなど,上記認定の形状とは多少異なっているけれども,本件事故の翌日に撮影された写真(乙イ4の1ないし25)と同検証の結果とを対比してみると,本件事故当時は,上記に認定したとおりの形状であって,その後降雨等により法面が浸食されるなどした結果,検証当時の形状に変化したものと認められる。」

(5)  同6行目の「できた。」を「でき,本件県道から本件池に至るまでの傾斜も比較的緩やかで,その間に障害物等はなく,幼児でも本件県道から湿地帯に立ち入って本件池に接近することがたやすい状況にあった。」に改める。

(6)  同6行目末尾の次の「本件県道は,緩やかなカーブを経て本件池付近に至るが,本件池付近の約100ないし150メートルの間はほぼ直線であった。」を加える。

(7)  同9行目冒頭から同12行目末尾までを次のとおり改める。

「(5) 本件池付近は,自然に植生する雑木林のある湿地帯であって,所々に窪地が点在していることに加え,一般に,自然に植生する林野内に立ち入ることはハブの咬傷やアシナガバチの刺傷を負う危険性があるため,付近住民が本件池付近に日常的に立ち入ったり利用したりすることはなく,また,幼い子供を持つ親たちは,上記のような危険性に鑑み,日ごろから子供らが雑木林等に立ち入ることのないよう気を配っていた。」

3  被控訴人国の責任(争点(1))について

(1)  国家賠償法2条1項に基づく責任(争点(1)ア)について

当裁判所も,被控訴人国に対する国家賠償法2条1項に基づく請求は理由がないものと判断する。その理由は,原判決の「第3 当裁判所の判断」の3記載のとおりであるから,これをここに引用する。ただし,原判決20頁16行目の「同条同項の」から同18行目の「ところ,」までを「同条項にいう「公の営造物」とは,国又は公共団体が特定の公の目的に供する有体物及び物的設備のことをいうものと解すべきところ,」に改める。

(2)  民法717条1項に基づく責任(争点(1)イ)について

当裁判所は,被控訴人国に対する民法717条1項に基づく請求は理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア  まず,本件池が民法717条1項にいう「土地の工作物」に当たるか否かについて判断する。同条項にいう「土地の工作物」とは,土地に接着して人工的作業を加えたことによって成立した物をいうと解すべきところ,本件池は,自然に出現したものではなく,丙野が本件林野内で土砂を採取して,土地の形状を人工的に変化せしめてできた窪地に雨水が溜まって出現したものであるから,土地に接着して人工的作業を加えたことによって成立した物であって,「土地の工作物」に当たるというべきである。

これに対し,被控訴人国は,土地の工作物責任(民法717条1項)の設置又は保存の瑕疵の有無についての判断基準と営造物責任(国家賠償法2条1項)の設置又は保存の瑕疵についての判断基準を同一に解すべきことを前提に,一定の目的のために設置されたものでなければ「通常の用法」ということは考えられないから「土地の工作物」というためには一定の目的をもって設置されたものであることが必要であると主張する。しかしながら,土地の工作物責任と営造物責任とは,その成立要件及び適用範囲が完全に重なり合うものではないし,設置又は保存の瑕疵についての判断基準が必ずしも同一ということはできないのであって,土地の工作物の場合には,何らかの公の目的に供されることが必要とされる公の営造物の場合と異なり,目的をもって設置されることが必要であると解すべき根拠はない。また,被控訴人国は,本件池は,降雨量等によってその形状を変えるものであるから「土地の工作物」には当たらないとも主張するけれども,本件池が降雨量や時間の経過によってその形状を変えるものであったとしても,そのことのみから直ちに,本件池が「土地の工作物」に当たらないということはできない。この点に関する被控訴人国の主張は,いずれも採用することができない。

イ  次に,本件林野の所有者である被控訴人国について,「土地の工作物」である本件池の設置又は保存の瑕疵が認められるか否かにつき検討する。

「土地の工作物」の設置又は保存に瑕疵があるか否かは,当該工作物が通常備えるべき安全性,すなわち,通常予想される危険に対応して備えているべき安全性を備えているか否かという観点から,当該工作物自体の物理的性状のみならず四囲の状況等も踏まえて客観的に判断されるべきであって,当該工作物の所有者の主観的意思(故意・過失ないし義務違反)は問題とならないものというべきである。

そして,本件池のような土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったか否かは,池の構造上人が転落して生命,身体を害される危険性が高いものであるかどうか,転落する虞のある人がこれに接近することが通常予想される場所にその池があるかどうか,上記のような危険と立地条件がある場合に,その池に危険性の度合に応じた転落防止設備が備えられているかどうか等を総合的に検討して決すべきである。このような観点から本件池につき設置又は保存の瑕疵があったか否かについて検討するに,本件池は,本件事故当時,水深が約3メートルであり,水底は傾斜の急なすり鉢状になっていて,いったん転落すると幼児はもとより大人でも自力ではい上がることが困難であったこと,本件拡幅工事に伴い本件県道付近の雑木類が伐採された平成8年10月末ころまでは,本件県道と本件池の間にはゆうな等の雑木が繁茂していて,本件池の存在を知る者はほとんどおらず,本件池に接近することも困難であったが,本件県道付近の雑木類が伐採された同月末ころから本件事故が発生した平成9年5月29日までの約7か月間は,本件県道から本件池を見通すことができ,また,本件県道の南端から本件池までの間(最短で12メートル程度)は比較的緩やかな傾斜になっていて,その間に障害物等はなく,幼児でも本件池に接近することが容易にできる状態であったこと,本件県道と本件池の間又は本件池周辺には防護柵等は一切設置されておらず,○○団地には幼い子供3,4人を含む約17人が居住していたこと,本件池は,○○団地から本件県道を挟んで約40メートル程度しか離れていなかったことの各事実は,上記に認定したとおりである。これらの事実に照らせば,本件池が出現してから本件拡幅工事に伴い雑木類が伐採されるまでの間は,本件池の存在を知る者もほとんどおらず,本件県道と本件池の間には雑木類が繁茂していたために本件県道から本件池を見通すことも本件池に接近することも困難だったというのであるから,このような,本件池に人(特に幼児)が接近するということが通常考えられない状況のもとでは,本件池の周辺に防護柵等の転落防止設備がなかったからといって,工作物が通常有すべき安全性を欠いているということはできない。しかしながら,本件事故が発生した当時は,本件拡幅工事に伴い本件県道と本件池の間の雑木類が伐採されたことにより本件県道から本件池を見通すことができ,また,本件県道から本件池までの間は比較的緩やかな傾斜になっていて,幼児でも本件池に接近することが容易にできる状況になっていたというのであって,同事実に,上記のような本件池自体の危険性,及び,本件池が○○団地から約40メートル程度しか離れていなかったことなどの立地条件を併せ考慮すれば,本件事故が発生した当時において,本件池に接近した幼児等を転落から防止するための防護柵等が設置されていなかったことは,本件池が通常予想される危険に対して備えるべき安全性を欠いたものというべきである。もっとも,本件池周辺には,ハブによる咬傷やアシナガバチによる刺傷の危険性のある湿地帯であって,付近住民が一般的に利用していた場所でなかったことは上記認定のとおりであるけれども,幼児は,一般に好奇心と冒険心に富む反面,理解力や理性的判断能力が未成熟であり,柵その他の障害物が存在せず,傾斜が比較的緩やかで本件池への接近が容易にできる状況にあれば,ハブやアシナガバチ等の危険を知らず,又はそのような危険を顧みずに本件池に接近してその付近で遊ぶということは通常予想される事態というべきであるから(なお,このような子供の危険な行動を防止,抑制すべき責任が親にあることはいうまでもないが,このことは,後記のとおり被害者側の過失として斟酌すべき事柄であって,このことから直ちに幼児が本件池に接近することが通常予想されない事態とまでいうことはできない。),上記のとおり,本件池が幼児も居住する○○団地から約40メートル程度しか離れていなかったことをも併せ考慮すれば,幼児等が本件池に接近して転落することを防止するための防護柵等が設置されていなかったことは,本件池が土地の工作物として通常予想される危険に対応して備えているべき安全性を欠いていたといわざるを得ず,本件池の設置又は保存に瑕疵があったというべきである。

ウ  この点に関し,被控訴人国は,大和森林官及びその後任者等の担当職員(筒口森林官及び金城事務所長。以下,併せて「森林官ら」という。)は本件池の存在を認識していなかったし,認識することは困難であったから,本件池に防護柵等を設置すべきであったということはできず,本件池の設置又は保存には瑕疵がないと主張する。なるほど,森林官らが本件池の存在及びその危険性を認識すべきであったとは認められないことは後に認定するとおりであるけれども,土地の工作物責任は,その所有者については,その具体的予見可能性ないし過失の有無を問わず,また,当該瑕疵が何人の行為によって作出されたかを問わず,所有者であることのみに基づいて責任を負わせ,他に瑕疵の作出等について責任を負うべき者がある場合にはその者に対して求償させることにより処理することとしたものであるから,工作物の設置又は保存の瑕疵があったか否かは,所有者の故意・過失ないし義務違反の有無を問題とすることなく客観的に判断すべきであることは,上記に述べたとおりである。したがって,森林官らに過失ないし義務違反があったか否かは,本件池の設置又は保存に瑕疵があったとの上記判断を左右するものではない。被控訴人国の上記主張は理由がない。

エ 以上によれば,争点(1)イについての控訴人らの主張は理由がある。

(3)  国家賠償法1条1項に基づく責任(争点(1)ウ)について

前記(2)のとおり,控訴人らの被控訴人国に対する民法717条1項に基づく請求は理由があるので,国家賠償法1条1項に基づく請求(争点(1)ウ)については判断の必要がないが,以下において補足的に判断する。当裁判所は,被控訴人国に対する国家賠償法1条1項に基づく請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア 控訴人らは,大和森林官が丙野に対して土砂採取を口頭で許可したことを前提に,当該行為が国家賠償法1条1項の違法行為に当たると主張するけれども,大和森林官が丙野に対して土砂採取を許可したとの事実が認められないことは上記に認定したとおりであるから,この点に関する控訴人らの主張は前提を欠き,理由がない。

イ 控訴人らは,また,本件池が出現してから,少なくとも本件拡幅工事により本件池付近の雑木類が伐採されてから本件事故が発生するまでの間に,森林官らにおいて本件池の存在を認識していたか,認識することが可能であったから,森林官らには本件池を埋め戻すか防護柵又は危険標識等を設置すべき義務があったのにこれに違反したと主張する。そこで検討するに,証拠(検証の結果)によれば,本件池付近の雑木類が伐採された状態で本件県道の南側車線に停車中の自動車の運転席から本件池の方向を見れば,本件池を目視できることが認められる。しかしながら,他方,証拠(乙イ1,14の2,乙イ22,証人筒口武宏)によれば,祖納森林事務所の森林官らは西表島に存在する広大な国有林野のうち1万3551ヘクタールの区域を担当してこれを管理していること,森林官らは,本件林野の境界標(本件池とは反対の側に存在する。)を確認したり,来客等の案内やその他の用務のために平均して月1回程度本件県道を自動車で走行することがあったにとどまること,本件事故の発生まで,森林官らは,丙野からも○○団地の住民等からも,本件池の存在について報告を受けたりその危険性を指摘されたりしたことはなかったことの各事実が認められ,これら諸事実に加えて,本件池の水深や水底の状況は外見からは明らかでなく,控訴人甲山A男自身,その本人尋問において,本件事故が発生するまで,本件池の存在は知っていたが危険と感じたことはなかった旨供述していることをも勘案すれば,せいぜい月1回程度本件池付近の本件県道を自動車で走行することがあったに過ぎない森林官らにおいて,仮に走行中に本件池が視界に入ることがあったとしても,その危険性を認識して本件池の埋め戻しや防護柵の設置等を行うべき義務を負っていたということはできないし,森林官らが本件池の存在及びその危険性を認識しなかったことにつき過失があったということはできない。

ウ したがって,争点(1)ウについての控訴人らの主張は理由がない。

4  被控訴人県の責任(争点(2))について

(1)  国家賠償法2条1項に基づく責任(争点(2)ア)について

当裁判所も,被控訴人県は国家賠償法2条1項に基づく責任を負わないものと判断する。その理由は,原判決の「第3 当裁判所の判断」の4(1)記載のとおりであるから,これをここに引用する。ただし,原判決24頁11行目冒頭から同19行目末尾までを次のとおり改める。

「  営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうが,営造物は,公の目的に供されるために設置・管理されるものであるから,営造物の設置又は保存に瑕疵があったか否かは,当該営造物の本来の用法に従った使用を前提として,その構造,場所的環境及び利用状況等の諸般の事情を総合考慮して通常予想される危険に備えるべき安全性を有していたか否かという観点から判断すべきである。そこで検討するに,本件県道は,歩行者や車両の通行の用に供されるものであるから,歩行者や車両が本件県道をその本来の用法に従って通行する場合に本件県道が通常有すべき安全性を欠いていたか否かを判断すべきところ,本件県道は,緩やかなカーブを経て本件池付近に至るが,本件池付近の約100ないし150メートルの間はほぼ直線であったこと,本件県道には幅数十センチメートルの路肩があり,路肩の南端から本件池までの距離は最短で約12メートルであったこと,本件県道から本件池までの間は比較的緩やかな下り斜面になっていて,一部平坦な部分もあること,本件池付近では,本件県道の南端に沿ってカラーコーンが数個設置されていたことの各事実は,上記に認定したとおりである。これら諸事実に照らせば,歩行者や車両が本件県道をその本来の用法に従って通行中に誤って本件池に転落するなどの危険性があったとは認められないし,あえて本件県道から外れて本件林野内に立ち入り本件池に接近する者があったとしても,そのことをもって本件県道が通常有すべき安全性に欠けるとか,本件県道の設置又は保存に瑕疵があったということはできない。」

(2)  民法709条,719条に基づく責任(争点(2)イ)について

当裁判所も,被控訴人県に対する民法709条,719条に基づく請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

ア 控訴人らは,被控訴人県が本件池付近の雑木類を伐採したことにより本件池に容易に接近できるようになったから,被控訴人県は防護柵や危険標識等を設置すべき義務があったと主張する。しかしながら,被控訴人県が本件拡幅工事に伴い必要な範囲で雑木類を伐採した結果,本件県道から本件池に接近しようとすればできるようになったとしても,そのことによって本件県道を通行中に誤って本件池に転落する危険が生じるなど本件県道自体の危険性が生じ又は増大したわけではないし,また,被控訴人県において,あえて本件県道から外れて本件林野内に立ち入り10メートル以上離れた本件池に接近することによって生じ得る危険を防止するために防護柵等を設置すべき義務を負ったものということはできず,他に,被控訴人県が上記のような作為義務を負っていたと評価すべき事実は認められない。

イ したがって,争点(2)イに関する控訴人らの主張は理由がない。

(3)  国家賠償法1条1項又は民法715条に基づく責任(争点(2)ウ―当審における新たな主張)について

ア 上記(2)アに述べたとおり,本件拡幅工事を担当した被控訴人県の職員らにおいて,本件池に転落する危険を防止するための防護柵等を設置すべき義務を負っていたとは認められない。

イ したがって,争点(2)ウに関する控訴人らの主張は理由がない。

5  控訴人らの損害(争点(3))について

(1)  控訴人甲山らの損害について

ア 逸失利益 各1385万2670円

B男は,平成9年5月29日に死亡した当時,満5歳の健康な男児であったところ,本件事故がなかったとすれば,平均余命まで生存し,18歳から67歳まで就労可能であったものと認められる。そして,B男の死亡時の年齢に照らせば,将来,少なくとも平成9年当時の賃金センサスによる平均給与額程度の収入を得られたであろう蓋然性があったと認められるから,平成9年の賃金センサス(産業計,企業規模計,男子労働者,学歴計,全年齢計)による平均給与額575万0800円を基準として,生活費割合として50パーセントを控除し,ライプニッツ方式により中間利息を控除してB男の逸失利益の現価を算出すると,2770万5341円となる。

575万0800×(1−0.5)×(19.0288−9.3935)

=2770万5341円

控訴人甲山らは,B男の被控訴人国に対する上記損害賠償請求権(逸失利益相当額2770万5341円)をそれぞれ2分の1の割合で(各1385万2670円)相続したものと認められる。

イ 葬儀費用 各60万円

甲第16号証によれば,控訴人甲山らは,B男の葬儀費用として,共同して合計125万9993円を支出したことが認められるが,本件不法行為と相当因果関係のある葬儀費用の額は,控訴人甲山らについてそれぞれ60万円をもって相当と認める。

ウ 慰謝料 各1000万円

控訴人甲山らは,いずれもB男の親であるところ,B男が死亡したことにより甚大な精神的苦痛を被ったものと認められる。そして,控訴人甲山らは慰謝料としては同控訴人らの固有の慰謝料のみを請求していることその他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,本件不法行為によって控訴人甲山らが被った精神的苦痛を慰藉するための金額としてはそれぞれ1000万円をもって相当と認める。

エ 上記アないしウを合計すると,控訴人甲山らの損害額(弁護士費用を除く。)は,それぞれ2445万2670円となる。

(2)  控訴人乙川らの損害について

ア 逸失利益 各1319万2910円

D男は,平成9年5月29日に死亡した当時,満4歳の健康な男児であったところ,本件事故がなかったとすれば,平均余命まで生存し,18歳から67歳まで就労可能であったものと認められる。そして,D男の死亡時の年齢に照らせば,将来,少なくとも平成9年当時の賃金センサスによる平均給与額程度の収入を得られたであろう蓋然性があったと認められるから,平成9年の賃金センサス(産業計,企業規模計,男子労働者,学歴計,全年齢計)による平均給与額575万0800円を基準として,生活費割合として50パーセントを控除し,ライプニッツ方式により中間利息を控除してD男の逸失利益の現価を算出すると,2638万5820円となる。

575万0800円×(1−0.5)×(19.0750−9.8986)

=2638万5820円

控訴人乙川らは,D男の被控訴人国に対する上記損害賠償請求権(逸失利益相当額2638万5820円)をそれぞれ2分の1の割合で(各1319万2910円)相続したものと認められる。

イ 葬儀費用 各60万円

甲第17号証によれば,控訴人乙川らは,D男の葬儀費用として,共同して合計143万2500円を支出したことが認められるが,本件不法行為と相当因果関係のある葬儀費用の額は,控訴人乙川らについてそれぞれ60万円をもって相当と認める。

ウ 慰謝料 各1000万円

控訴人乙川らは,いずれもD男の親であるところ,D男が死亡したことにより甚大な精神的苦痛を被ったものと認められる。そして,控訴人乙川らは慰謝料としては同控訴人らの固有の慰謝料のみを請求していることその他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,本件不法行為によって控訴人乙川らが被った精神的苦痛を慰藉するための金額としてはそれぞれ1000万円をもって相当と認める。

エ 上記アないしウを合計すると,控訴人乙川らの損害額(弁護士費用を除く。)は,それぞれ2379万2910円となる。

6  過失相殺(争点(4))について

(1)  本件事故は,幼い子供らだけで本件林野内に立ち入って本件池に接近し,本件池付近で遊んでいる間に誤って本件池に転落したことによって発生したものであるところ,本件池付近は本件池以外にも自然にできた池様の窪地が点在する危険な湿地帯であったこと,本件池付近に限らず,西表島は,その土地の大部分を国有林野が占めていて(本件事故当時の控訴人甲山らの居宅は○○団地から3ないし4キロメートルほど離れた位置にあったけれども,その周辺にはやはり林野が広がっている。乙イ1),自然のままの状態で維持されている林野内に子供だけで立ち入ることは,窪地や崖地からの転落,ハブによる咬傷やアシナガバチによる刺傷など極めて危険性の大きい行為であること,このことは,西表島に居住していた控訴人らにおいても当然認識していたはずであること,自然界にもともと存在する危険や作出された危険から幼児の生命,身体を守ってあげられるのは,最終的には親の存在を措いてほかにはないことなどに照らせば,控訴人らとしては,幼児であるB男(本件事故当時5歳)及びD男(本件事故当時4歳7か月)に対し,子供だけで雑木林の中等に立ち入って遊んだりすることのないよう指導・監督を徹底すべきであるのに(特に,控訴人乙川らの居住する○○団地は,本件池からわずか40メートルしか離れておらず,D男がいつでも容易に本件池付近の危険な湿地帯に立ち入りうる状況にあったのであるからなおさらである。),これを怠り,また,控訴人乙川夏子においては,D男から目を離して,B男と幼い子供らだけで遊ばせ,D男がB男とともに本件県道をわたり本件池に接近したのに気付かなかったというのであるから,控訴人らは,親として尽くすべき子供らに対する指導・監督を怠ったというべきである。

これに対し,控訴人らは,それぞれ,子供(B男又はD男)に対して日ごろから危険な場所に立ち入らないよう注意を与えていたから親としての義務を尽くしていたと主張し,控訴人甲山A男及び同乙川C男は,各本人尋問においてこれにそう供述をするけれども,現実に,B男及びD男は,控訴人乙川夏子の気付かない間に子供らだけで本件県道を横断して本件林野内に立ち入り,本件池に接近してその付近で遊んでいるうちに本件池に転落したと認められるのであるから,控訴人らが日ごろから与えていたと主張する注意のみでは不十分であったことは明らかである。

したがって,本件事故の発生については,親である控訴人らにも責任があるというべきであって,損害の公平な分担という不法行為法上の理念に照らし,上記のような事情を被害者側の過失として斟酌すべきところ,特に,自然なまま維持されていてそれだけに危険の多い林野に囲まれた地域に居住する親としては,幼い子供らだけで林野内等危険な場所に立ち入ることのないよう指導監督すべき義務は基本的かつ重要な義務であると考えられること,前記のとおり,本件林野の所有者兼管理者である被控訴人国ないし森林官らには本件林野又は本件池の管理について過失があったとは認められないこと,他方,控訴人甲山らは,本件池の存在は認識していたもののその付近に居住していたわけではなく,本件池及びその付近の湿地帯の具体的な危険性についての認識の程度は控訴人乙川らよりは低かったと思われること,また,本件事故発生の直前にB男及びD男を直接に監護していたのは控訴人乙川夏子であったことなど本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると,過失割合としては,控訴人甲山らについて4割,控訴人乙川らについて6割をもって相当と認める。

(2)  上記過失相殺後の控訴人らの損害額は,控訴人甲山らについてそれぞれ1467万1602円,控訴人乙川らについてそれぞれ951万7164円となる。

7  丙野による一部弁済について

控訴人らが本件事故による損害の填補として丙野からそれぞれ500万円の支払を受けたことは,当事者間に争いがない。上記6の損害額から填補額を控除すると,控訴人甲山らについてそれぞれ967万1602円,控訴人乙川らについてそれぞれ451万7164円となる。

8  弁護士費用について

控訴人らは,本訴の提起,追行を弁護士に委任したものであるところ,本件事案の難易度,認容額その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は,控訴人甲山らにつきそれぞれ97万円,控訴人乙川らにつきそれぞれ46万円をもって相当と認める。

9  損害額のまとめ

以上を合計すると,本件不法行為と相当因果関係のある損害の額(弁護士費用を含む。)は,控訴人甲山らにつきそれぞれ1064万1602円,控訴人乙川らにつきそれぞれ497万7164円となる。

第4  結論

そうすると,控訴人らの被控訴人国に対する請求は,民法717条1項に基づく損害賠償として,控訴人甲山らにつきそれぞれ1064万1602円,控訴人乙川らにつきそれぞれ497万7164円及び上記各金員に対する不法行為成立の日(本件事故発生の日)である平成9年5月29日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれをいずれも認容し,その余は理由がないからこれをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と一部結論を異にする原判決中被控訴人国に関する部分は,その限度で不当であるからこれを主文のとおり変更することとし,控訴人らの被控訴人県に対する請求は,理由がないからこれをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と結論を同じくする原判決中被控訴人県に関する部分は相当であって,この部分に関する本件控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する(仮執行宣言は,その必要性がないので,その申立てをいずれも却下する。)。

(裁判長裁判官・渡邉等,裁判官・増森珠美 裁判官・松下潔は,転補のため,署名押印することができない。裁判長裁判官・渡邉等)

別紙図面<省略>

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