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福岡高等裁判所那覇支部 平成14年(ネ)6号 判決 2002年10月31日

控訴人兼被控訴人・一審原告 知花昌一

控訴人・一審原告 有銘政夫 ほか6名

被控訴人兼控訴人・一審被告 国

代理人 杉浦徳宏 竹中章 小田時彦 菅野俊明 祐名三佐男 中尾博記 瀬名波廣 仲村朝安 ほか27名

主文

1  第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

2  第一審被告の本件控訴に基づき、原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。

3  上記取消部分につき、第一審原告知花昌一の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審とも、第1事件、第2事件を通じ、第一審原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者双方の申立て

1  第一審原告ら

(1)  原判決中、第一審原告知花昌一(以下「第一審原告知花」という。)の敗訴部分及びその余の第一審原告らに関する部分を取り消す。

(2)  第一審被告は、第一審原告知花に対し、原判決で支払を命じられた金員のほかに、200万円及びこれに対する平成9年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  第一審被告は、第一審原告有銘政夫(以下「第一審原告有銘」という。)に対し、394万7686円を支払え。

(4)  第一審被告は、第一審原告眞榮城玄徳(以下「第一審原告眞柴城」という。)に対し、6435万5647円を支払え。

(5)  第一審被告は、第一審原告池原秀明(以下「第一審原告池原」という。)に対し、3万2580円を支払え。

(6)  第一審被告は、第一審原告大城保英(以下「第一審原告大城」という。)に対し、3万2580円を支払え。

(7)  第一審被告は、第一審原告宮城正雄(以下「第一審原告宮城」という。)に対し、4865万6784円を支払え。

(8)  第一審被告は、第一審原告島袋善祐(以下「第一審原告島袋」という。)に対し、1004万4316円を支払え。

(9)  第一審被告は、第一審原告津波善英(以下「第一審原告津波」という。)に対し、360万3064円を支払え。

(10)  第一審被告は、第一審原告有銘、第一審原告眞榮城、第一審原告池原、第一審原告大城、第一審原告宮城、第一審原告島袋及び第一審原告津波に対し、それぞれ100万円及びこれに対する平成9年5月15日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

(11)  第一審被告の本件控訴を棄却する。

(12)  訴訟費用は、第1、2審とも、第1事件、第2事件を通じ、第一審被告の負担とする。

(13)  (2)ないし(10)につき仮執行宣言。

2  第一審被告

(1)  原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分につき、第一審原告知花の請求を棄却する。

(3)  第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

(4)  訴訟費用は、第1、2審とも、第1事件、第2事件を通じ、第一審原告らの負担とする。

第2事案の概要

本件第1事件は、第一審原告知花が、我が国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「在日米軍」又は「駐留軍」ともいう。)の楚辺通信所施設の用地内に所有し、従前第一審被告との間で賃貸借契約を締結していた別紙物件目録記載1の土地(以下「本件第1土地」という。)について、同賃貸借契約が期間満了により終了したことを理由に、<1>賃貸借契約の期間満了日の翌日である平成8年4月1日から平成9年4月24日(平成9年4月23日法律第39号「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の一部を改正する法律」<以下「改正特措法」という。>15条及び同法附則2項に基づいて第一審被告が担保の提供を行った日)までの間の第一審原告の本件第1土地の占有は占有権原なくしてされたものであると主張して、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(賃料相当損害金及び慰藉料)の支払を求め、<2>改正特措法が憲法に違反するものであることを前提に、平成9年4月25日から平成10年9月2日(沖縄県収用委員会による使用裁決の定めた権利取得日の前日)までの第一審被告の本件第1土地の占有は占有権原なくしてされたものであると主張して、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰藉料)の支払を求め、<3>改正特措法が憲法に違反するものであることを前提に、改正特措法の制定により第一審原告知花は精神的苦痛を受けたとして、改正特措法を立法した国会議員の立法行為につき、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰藉料)の支払を求め、<4>第一審被告が第一審原告知花の本件第1土地への立入りを違法に妨害したことが第一審原告知花に対する不法行為に当たると主張して、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づき、これによる損害賠償(申立てを余儀なくされた立入妨害禁止等仮処分命令申立事件<那覇地方裁判所平成8年(ヨ)第56号>の弁護士費用又は本件訴訟の弁護士費用、同仮処分命令申立事件において提出した鑑定意見書作成費用、本件第1土地の従前の賃貸借契約満了日前に第一審被告に送付した内容証明郵便料金、慰謝料等の一部)として<1>から<4>までを合わせて247万9671円及びこのうち慰藉料請求部分200万円に対する改正特措法施行日以降の遅延損害金の支払を求めたのに対し、第一審被告が、<1>第一審被告の占有は「公権力の行使」によるものであって、民法709条の適用はなく、<2>占有権原のない占有も直ちに国家賠償法上違法と評価されるものではない、また、<3>改正特措法は憲法に反するものではなく、その立法行為に違法はないし、改正特措法の定める手続に従ってされた第一審被告の占有は適法な占有である、<4>平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有に係る賃料相当損害金請求権については、第一審被告(那覇防衛施設局長)が平成10年6月22日に47万9671円を供託したことにより既に消滅している、<5>第一審被告が本件第1土地につき使用権原を有しない状態になったとしても、自力救済禁止の原則により、第一審原告知花が本件第1土地を直接管理する在日米軍の意向に反して第1土地に立ち入ることは許されないから、同立入行為を阻止することは不法行為法上又は国家賠償法上違法となるものではない、旨各主張し、また、<6>仮処分に要した弁護士費用、鑑定意見書作成費用、内容証明郵便料金については消滅時効を援用して、第一審原告知花の請求を争っている事案である。

本件第2事件は、別紙物件目録記載2ないし11の各土地(以下、併せて「本件第2土地」という。)の所有者である第一審原告ら(第一審原告知花を除く。以下「第2事件原告ら」という。なお、各第2事件原告らとその所有土地の対応関係は後記「1 前提事実」に記載のとおり。)が、いずれも在日米軍施設用地(嘉手納飛行場の一部、普天間飛行場の一部、キャンプ・シールズの一部及び牧港補給地区の一部)であり、従前から改正特措法による改正前の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下「旧特措法」という。)に基づき昭和62年2月24日にされた沖縄県収用委員会の使用裁決に基づいて第一審被告が占有していたところ、従前の使用期間満了日の翌日である平成9年5月15日から後記1(7)ウ及びエの各使用裁決の日の前日までは改正特措法15条1項及び同法附則2項に基づいて第一審被告が占有していた本件第2土地について、改正特措法が憲法に違反する無効なものであることを前提として、<1>第一審被告が占有権原なく本件第2土地を占有したことを理由とする民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(平成9年5月15日から後記1(7)ウ及びエの各使用裁決の日の前日までの各賃料相当損害金及び慰藉料)、<2>改正特措法を立法した国会議員の立法行為につき、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰謝料。上記<1>の慰謝料と合わせて各第2事件原告につき100万円ずつ。)を求めるとともに、<3>上記各慰藉料に対する従前の使用期間満了日の翌日からの遅延損害金の支払を求めたのに対し、第一審被告が、改正特措法は憲法に反するものではなく、その立法行為に違法はないと主張して争っている事案である。(なお、第2事件原告らは、原審では、第一審被告による本件第2土地の占有が権原に基づくものでないことの確認を求めていたが、当審においてはその旨の請求はしていない。また、第2事件原告らは、当審において、本件第2土地につき後記1(7)ウ及びエのとおり各使用裁決が行われたことに伴い、上記<1>の各賃料相当損害金の請求額を上記第1の1(3)ないし(9)のとおりに各訂正した。)

1  前提事実(証拠により認定した事実については末尾に証拠を掲記した。その余は当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる事実ないし当裁判所に顕著な事実である。)

(1)  第一審原告らによる別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)の所有

ア 第一審原告知花は、平成6年6月1日、本件第1土地の所有権を父知花昌助から贈与によって取得した。

イ 第一審原告有銘は別紙物件目録記載2の土地を、第一審原告眞榮城は同目録記載3ないし6の土地を、第一審原告池原は同目録記載7の土地(共有持分138分の4)を、第一審原告大城は同目録記載7の土地(共有持分138分の4)を、第一審原告宮城は同目録記載7の土地(共有持分138分の13)並びに同目録記載8及び9の土地を、第一審原告島袋は同目録記載7の土地(共有持分138分の69)及び同目録記載10の土地を、第一審原告津波は同目録記載11の土地を、遅くとも平成9年5月15日以降、それぞれ所有している<証拠略>。

(2)  第一審被告による本件各土地の占有及びアメリカ合衆国軍隊への提供

ア 第一審被告は、アメリカ合衆国から日本への沖縄施政権返還以降、本件第1土地及び本件第2土地を「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安全保障条約」という。)」6条及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「日米地位協定」という。)」2条1項に基づいてアメリカ合衆国軍隊が使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供している。

イ アメリカ合衆国は、本件第1土地を楚辺通信所の施設用地の一部として、別紙物件目録記載2ないし7の土地を嘉手納飛行場の施設用地の一部として、同目録記載8及び同9の土地を普天間飛行場の施設用地の一部として、同目録記載10の土地をキャンプ・シールズの用地の一部として、同目録記載11の土地を牧港補給地区の用地の一部としてそれぞれ使用している。

(3)  第一審被告の従前の占有権原及び使用期間の満了等

ア(ア) 第一審原告知花の父知花昌助は、昭和51年12月20日、第一審被告(支出負担行為担当官・那覇防衛施設局長)との間で、本件第1土地について、賃貸借期間を昭和51年4月1日から20年間(平成8年3月31日まで)とする賃貸借契約を締結した。第一審原告知花は、平成6年6月1日知花昌助から本件第1土地の贈与を受けてその所有権を取得し、同契約上の賃貸人の地位を承継した。

(イ) 第一審原告知花は、平成7年11月22日、第一審被告(那覇防衛施設局長)に対し、本件第1土地について新たな賃貸借契約を締結する意思はない旨及び期間満了後は本件第1土地の返還を求める旨を表示し、その後も平成8年3月31日に至るまで、本件第1土地についての賃貸借契約の更新に応じなかった。

(ウ) 第一審被告の機関である那覇防衛施設局長は、平成7年4月17日、内閣総理大臣に対し、旧特措法4条に基づき本件第1土地の使用認定を申請し、内閣総理大臣は同年5月9日、同法5条に基づいて本件第1土地の使用認定をし、同日付け官報で告示した。また、那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、旧特措法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定に基づき、本件第1土地について沖縄県収用委員会に使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)をした。

(エ) 那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、本件第1土地について旧特措法14条により適用される土地収用法123条1項の規定に基づいて、沖縄県収用委員会に緊急使用許可の申立てをしたが、同申立ては、同年5月11日、不許可となった。

(オ) 上記(ウ)の使用裁決手続は、平成9年4月23日に改正特措法が施行された時点でも終了しておらず、第一審被告は、結局、本件第1土地の賃貸借の期間満了日である平成8年3月31日までに本件第1土地についての使用権原を取得することができなかった。

イ(ア) 沖縄県収用委員会は、旧特措法14条により適用される土地収用法47条の2の規定に基づき、昭和62年2月24日、本件第2土地について、使用期間を昭和62年5月15日から10年間(平成9年5月14日まで)とする使用裁決をした。

(イ) 内閣総理大臣は、平成7年5月9日、旧特措法5条に基づいて本件第2土地の使用認定をした。

(ウ) 那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、旧特措法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定に基づき、本件第2土地について沖縄県収用委員会に使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)をした。しかし、結局、本件第2土地についての使用期間満了日である平成9年5月14日までに使用裁決手続は終了しなかった。

(4)  第一審原告知花による仮処分申請等

第一審原告知花は、平成8年4月1日、那覇地方裁判所に対し、第一審原告知花を債権者とし、第一審被告を債務者として、本件第1土地について、工作物収去・同土地明渡及び同土地への立入妨害禁止を求める仮処分命令を申し立て(那覇地方裁判所平成8年(ヨ)第56号妨害禁止、工作物収去・土地明渡仮処分命令申立事件。以下、この仮処分を「本件仮処分」という。)、同年4月26日の審尋期日において、第一審被告が第一審原告知花ほか29名以内の者の本件第1土地への2回の立入りを認めることを骨子とする和解が成立した。

第一審原告知花は、同年7月25日、第一審被告に対し、本件第1土地の明渡し等を求める本件訴訟を提起したが、その後、後記(5)のとおり改正特措法が公布施行され、沖縄県収用委員会が後記(7)アのとおり平成10年5月19日に本件第1土地について使用裁決をしたことから、第一審原告知花は本件第1事件の訴えを民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えに変更した。

(5)  改正特措法の成立及びその内容

平成9年4月17日、改正特措法が成立し、同月23日、平成9年法律第39号として公布され、同日施行された(同法附則1項)。

改正特措法によれば、防衛施設局長は、<1>駐留軍(日本に駐留するアメリカ合衆国の軍隊)の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又はこの法律の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について第5条の規定による認定があったもの(以下「認定土地等」という。)について、<2>その使用期間の末日以前に同法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定による裁決の申請及び改正特措法14条の規定により適用される土地収用法47条の2第3項の規定による明渡裁決の申立て(以下「裁決の申請等」という。)をした場合で、<3>当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときは、<4>損失の補償のための担保を提供して、当該使用期間の末日の翌日から、当該認定土地等についての明渡裁決において定められる明渡しの期限までの間、引き続き、これを使用することができる(改正特措法15条1項本文)。ただし、次の各号に掲げる場合においては、その使用の期間は、当該各号に定める日までとされ(同条1項ただし書き)、ただし書きの各号として

「1 裁決の申請等について却下の裁決があったとき 同法14条の規定により適用される土地収用法130条2項に規定する期間(裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して30日以内)の末日(当該裁決について同日までに防衛施設局長から審査請求があったときは、当該審査請求に対し却下又は棄却の裁決があった日)

2 当該認定土地等に係る改正特措法5条の規定による使用の認定が効力を失ったとき 当該認定が効力を失った日」

と規定されている。

また、改正特措法15条1項の規定による担保の提供は、防衛施設局長において、同項の規定による使用(以下「暫定使用」という。)の期間の6月ごとに、あらかじめ自己の見積もった損失補償額(当該見積額が当該認定土地等の暫定使用前直近の使用に係る賃借料若しくは使用料又は補償金の6月分に相当する額を下回るときは、その額とする。)に相当する金銭を当該認定土地等の所在地の供託所に供託して行うものとされ(同法15条2項)、防衛施設局長は、認定土地等の所有者又は関係人の請求があるときは、損失の補償の内払として、同条2項の規定による担保の全部又は一部を取得させるものとされている(同条4項)。

さらに、暫定使用によって認定土地等の所有者及び関係人が受ける損失の補償は、暫定使用の時期の価格によって算定しなければならず(同法16条1項)、収用委員会は、認定土地等について明渡裁決をする場合において、当該明渡裁決において定める明渡しの期限までの間に暫定使用の期間があるときは、当該明渡裁決において、併せて暫定使用による損失の補償を裁決しなければならない旨規定している(同条2項)。

同法15条及び16条の規定については、<1>同法の施行の日前において、駐留軍の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又は旧特措法の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について旧特措法5条の規定による認定があったものについて、<2>防衛施設局長がその使用期間の末日以前に同法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定による裁決の申請及び旧特措法14条の規定により適用される土地収用法47条の2第3項の規定による明渡裁決の申立てをしていた場合についても適用するものとされ(同法附則2項前段)、この場合において、改正特措法施行日において従前の使用期間が満了しているにもかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等の暫定使用については、暫定使用期間の始期を「当該担保を提供した日の翌日」とするとされている(同法附則2項後段)。

防衛施設局長は、同法附則2項後段の土地等(改正特措法施行日において従前の使用期間が満了しているにもかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等)の暫定使用を開始した場合においては、その従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した日の前日までの間の当該土地等の使用によってその所有者が通常受ける損失を補償するものとされている(同法附則3項)。

(6)  第一審被告による担保の提供

ア 那覇防衛施設局長は、本件第1土地につき、次のとおり、損失補償額を見積もり、損失補償額に相当する金銭を那覇地方法務局沖縄支局に供託することにより、改正特措法15条1項、2項に基づく担保を提供した(<証拠略>。なお、供託日は日本銀行コザ代理店に入金された日である。)。

平成9年4月24日 12万5286円

(平成9年4月25日から同年10月24日までの分)

平成9年10月17日 12万6162円

(平成9年10月25日から平成10年4月24日までの分)

平成10年4月8日 12万6762円

(平成10年4月25日から同年10月24日までの分)

イ 那覇防衛施設局長は、本件第2土地につき、次のとおり、各期間の損失補償額を見積もり、損失補償額に相当する金銭を那覇地方法務局沖縄支局に供託することにより、改正特措法15条1項、2項に基づく担保を提供した(<証拠略>)。

平成9年5月15日から同年11月14日まで

別紙「暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分)」一覧表(以下「別紙一覧表」という。)の第1回目供託額欄記載のとおり。

平成9年11月15日から平成10年5月14日まで

別紙一覧表の第2回目供託額欄記載のとおり。

平成10年5月15日から同年11月14日まで

別紙一覧表の第3回目供託額欄記載のとおり。

平成10年11月15日から平成11年5月14日まで

別紙一覧表の第4回目供託額欄記載のとおり。

平成11年5月15日から同年11月14日まで

別紙一覧表の第5回目供託額欄記載のとおり。

平成11年11月15日から平成12年5月14日まで

別紙一覧表の第6回目供託額欄記載のとおり。

平成12年5月15日から同年11月14日まで

別紙一覧表の第7回目供託額欄記載のとおり。

平成12年11月15日から平成13年5月14日まで

別紙一覧表の第8回目供託額欄記載のとおり。

平成13年5月15日から同年11月14日まで

別紙一覧表の第9回目供託額欄記載のとおり。

平成13年11月15日から平成14年5月14日まで

別紙一覧表の第10回目供託額欄記載のとおり。

(7)  沖縄県収用委員会による使用裁決等

ア 沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地について、次の内容の使用裁決をした<証拠略>。

(ア) 権利取得の時期 平成10年9月3日

(イ) 使用期間    平成10年9月3日から平成13年3月31日まで

(ウ) 土地及び土地に関する所有権以外の権利に対する損失補償 111万4230円

(エ) 平成9年4月25日から平成10年9月2日までの期間にかかる暫定使用による損失補償 64万3111円

イ 第一審被告(那覇防衛施設局長)は、上記裁決に従い、平成10年7月17日、第一審原告知花に対し、損失補償金合計175万7341円を同原告の指定した銀行預金口座に振り込む方法により支払った<証拠略>。

ウ 沖縄県収用委員会は、平成13年10月30日、別紙物件目録記載8ないし11の各土地について、次の内容の使用裁決をした(同年11月7日更正決定。<証拠略>)。

(ア) 権利取得の時期 平成13年12月14日

(イ) 使用期間    平成13年12月14日から平成15年9月2日まで

エ 沖縄県収用委員会は、平成14年1月22日、別紙物件目録記載2ないし7の各土地について、次の内容の使用裁決をした<証拠略>。

(ア) 権利取得の時期 平成14年5月9日

(イ) 使用期間    平成14年5月9日から平成15年9月2日まで

2  争点

(1)  第一審原告知花関係

ア 争点1

平成8年4月1日(従前の賃貸借契約による賃貸借期間満了日の翌日)から平成9年4月24日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日の前日)までの第一審被告による本件第1土地の占有が不法行為法上又は国家賠償法上違法か、否か、及び第一審被告の故意・過失の有無。

イ 争点2

平成9年4月25日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日)から平成10年9月2日(使用裁決による権利取得日の前日)までの第一審被告による本件第1土地の占有について、その占有権原を定めた改正特措法15条及び同法附則2項は憲法に違反するか、否か。

ウ 争点3

改正特措法が憲法に違反する法律であるとした場合に、同法を成立させた国会による立法行為が国家賠償法上違法か、否か、及び国会議員の故意・過失の有無。

エ 争点4

第一審被告が第一審原告知花による本件第1土地への立入を妨害した行為が不法行為法上又は国家賠償法上違法か、否か。

オ 争点5

第一審被告の不法行為又は違法行為により第一審原告知花に生じた損害の有無及び範囲。

カ 争点6

平成8年4月1日から平成9年4月24日までの本件第1土地についての占有を理由とする損害賠償(賃料相当損害金)請求権が第一審被告の供託により消滅したか、否か。

キ 争点7

不法行為(立入妨害)に基づく損害賠償請求権のうち、本件仮処分申立て関連費用に関する部分につき消滅時効の成否。

(2)  第2事件原告ら関係

ア 争点8

平成9年5月15日(使用期間満了日の翌日)以降の第一審被告による本件第2土地の占有について、その占有権原を定めた改正特措法15条及び同法附則2項は憲法に違反するか、否か。

イ 争点9

改正特措法が憲法に違反する法律であるとした場合に、同法を成立させた国会による立法行為が国家賠償法上違法か、否か、及び国会議員の故意・過失の有無。

ウ 争点10

第一審被告の違法行為により第2事件原告らに生じた損害の有無及び範囲。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  第一審原告知花関係

ア 争点1

(第一審原告知花の主張)

(ア) 改正特措法に基づいて第一審被告の暫定使用権が創設されたとしても、第一審被告が本件第1土地について改正特措法に基づく担保を提供したのは平成9年4月24日であるから、暫定使用権が発生するのは翌25日からであり、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の占有は、何らの占有権原も存しない不法占拠であり、不法行為法上又は国家賠償法上も違法であって、第一審被告には故意又は過失があるから、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生することは明らかである。

(イ) 第一審被告に日米安全保障条約上の基地提供義務があるからといって、直ちに、個人に対する所有権侵害が適法となるものではない。

(第一審被告の主張)

(ア) 第一審被告は、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づき、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾しており、第一審被告の駐留軍に対する同土地の提供及びそれに基づく占有は、公の用に供する行為であるところ、国家賠償法1条にいう「公権力の行使」は、私経済作用及び国家賠償法2条の規定する公の営造物の設置・管理作用を除いたすべての作用を指すから、第一審被告の本件第1土地の占有は「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかである。そして、公権力の行使に該当する行為について民法の適用はないから、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。

(イ) 公権力の行使は、元来、国民の権利に対する侵害を当然に内包していると考えられるから、権利侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできず、国家賠償法上の「違法」は、公権力の主体がその行使に当たって遵守すべき行為規範ないし職務義務に違反したか否かによって決すべきである。そうすると、第一審原告知花が所有する本件第1土地に対する平成8年4月1日から平成9年4月24日までの第一審被告の占有は、占有権原を欠くものではあるが、次のような事情を勘案すれば、国家賠償法上、直ちに「違法」とはいえない。また、本件第1土地の使用権原の取得について責務と権限を有する内閣総理大臣及び那覇防衛施設局長は、いずれも使用権原取得のため最大限の努力をしており、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と手続を行ったと認めうるような事情は見当たらないから、職務上の義務違反は認められず、違法ということはできないし、職務上の義務に違反していることの認識もなく、認識すべきであったともいえないから、国家賠償法上の故意過失もない。

i 条約上の義務の履行

第一審被告は、アメリカ合衆国に対し、本件第1土地を含む区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負担しているのであり、この義務は、我が国が国内法上当該区域の地権者から使用権原を取得しているか否かにかかわらず存在するものである。そして、憲法98条2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めているから、我が国としては、本件第1土地を含む区域を駐留軍に使用させなければならない条約上の義務を誠実に遵守すべきことを憲法上も要請されている。

ii 楚辺通信所の高度の公共性・重要性

日米安全保障体制は、我が国の安全を確保していくために不可欠であるとともに、アジア太平洋地域の平和と繁栄にとって極めて重要な役割を果たしている上、楚辺通信所は、国家の安全維持のために極めて重要な情報収集のための施設であり、世界的なアメリカ合衆国通信ネット・ワークの不可欠な部分を構成しているところ、本件第1土地を第一審原告知花に返還することは、同施設の機能を著しく阻害し、ひいては我が国の安全及び極東における国際社会の平和と安全に重大な影響を及ぼすおそれがあった。また、楚辺通信所の通信施設全体を他に移転させることは事実上困難であったし、他方で、楚辺通信所のある区域の面積の約99.96パーセントについては、既に第一審被告がこれを賃借するなどして使用権原を取得しており、使用権原を取得できないでいたのは、わずか約0.04パーセントにすぎない本件第1土地部分のみであった。このように、第一審被告及び駐留軍が本件第1土地を使用する必要性及び重要性は極めて高かった。

iii 使用権原取得の努力及び権原欠缺の一過性

第一審被告は、当該区域の地権者から権原を取得するために適正な努力をしていたのであり、権原を取得できていなかったのは当該区域の土地の面積のわずか0.04パーセントを占めるにすぎない第一審原告知花所有の本件第1土地のみであって、同土地についても法的手続を進めており、権原の欠缺は一時的なものとなる可能性が高かった。

iv 本件土地使用に伴う対価支払の用意

第一審被告は、平成8年4月1日以降も本件第1土地の使用を継続する以上、土地使用の対価を適正な鑑定評価に基づき算出した上、支払う用意をしており、第一審原告知花がこの対価相当額を受領する限り、同人に財産的な損害が生じないように配慮していた。

イ 争点2

(第一審原告知花の主張)

改正特措法15条及び同法附則2項は、次のとおり、憲法に違反する無効な法律であるから、これを根拠とする暫定使用権は発生せず、第一審被告の占有(本件第1土地につき平成9年4月25日から平成10年9月2日まで)は、不法占拠であって、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生する。

(ア) 憲法41条に違反することについて

憲法41条に基づく国会の「立法」は、一般性(受範者が不特定多数であること)及び抽象性(規制の対象となる場合ないし事件が不特定多数であること)を具備したものでなければならず、特定の者をねらい打ちする立法は、立法権の範囲を超え、憲法上禁止されている。そして、法律が一般的・抽象的性格を有するかどうかは、立法の動機や立法の内容のみならず、制定された法律の適用結果をも考慮して判断すべきである。

改正特措法15条1項及び同法附則2項の法文自体は、一般的・抽象的な体裁となっているが、在日米軍基地の現状からは、改正特措法15条1項の適用対象は、現実には沖縄県における未契約地主の土地に限定されることが明らかである上、「使用期間末日になっても必要な権利取得手続が完了していない」という今回と同様の事態が将来においても生ずる可能性は極めて低く(橋本内閣総理大臣も今回の使用権原切れは「さまざま予期しない事件に遭遇」したことによって生じた旨答弁している。)、結局、改正特措法15条1項の適用対象は、本件第2事件原告らを含む平成9年5月15日からの契約を拒否した約3000人の未契約地主の土地だけに限られるということになる(本件第1土地については後記のとおり同条項が適用されない。)。

そして、改正特措法15条1項は、「当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了していないとき」を要件としているが、「使用期間満了後なお権利取得手続が未了」の場合(本件第1土地の場合)は、端的にいえば、第一審被告が違法に土地を占有している状態を指すものであり、同条項もまた最高法規たる憲法の授権に基づいて制定された以上、かかる状態を予め想定して同条項を成立させたと考えることはできない。すると、かかる場合には、同条項の適用はない。したがって、改正特措法附則2項後段は、確認規定ではなく、かかる場合にも暫定使用を可能とするために創設的に制定された規定であるといわなければならない。

したがって、本件第1土地は改正特措法附則2項後段の規定によってはじめて暫定使用の対象となったというべきであり、かつ、同条項は、同土地だけを適用対象とすることになる。

このように、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、受範者が第2事件原告ら未契約地主約3000人及び第一審原告知花だけに特定されているという意味で個別的であり、また、上記地主らが賃貸借契約を拒否している場合にだけ適用されるという意味で具体的である。特に、同法附則2項後段は、第一審原告知花だけを受範者とし、本件第1土地だけを対象としており、個別的なものである。

したがって、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、憲法41条の「立法」には当たらず、法規範としての効力を持たない。

(イ) 憲法29条に違反することについて

i 本件における暫定使用は、憲法29条3項の「公共のために用ひる」の要件を満たさない。

仮に、旧特措法に基づく土地の強制使用について、それが「公共のために用ひる」といえたとしても、そこから直ちに本件における暫定使用までもが「公共のため」であるとはいえない。当該土地の強制使用が適正かつ合理的であること(改正特措法3条)を前提として初めて「公共のために用ひる」といえるのであるから、事前に収用委員会による「適正かつ合理的」判断を経ることが必要であって、このような判断を経ることなく土地を暫定使用することが「公共のため」といえるためには、少なくとも暫定使用をなすに足りる必要性・緊急性が客観的に明らかであるという場合でなければならない。

しかし、駐留軍基地の使用形態は様々であるから、単に使用認定がなされているというだけで、かかる必要性・緊急性があるとはいえない。一旦提供を合意した軍用地についても、当該土地についての使用権原を日本政府が取得し得ない場合には、条約上、提供しないものとすることが可能であり、しかも、当該土地が駐留軍にとって必要性が極めて弱い場合には、アメリカ合衆国政府の同意を得ることが十分可能であるから、使用認定手続が完了しない場合に直ちに日米安全保障条約の実施上の重大な支障が生じるとはいえない。にもかかわらず、改正特措法15条には暫定使用権を付与する必要性があることを個別に審査・判断する行政判断手続が用意されておらず、財産権制限の仕組みとしては著しく不当である。

また、改正特措法の国会における審議の経過から考えてみても、要するに、本件第1土地に対する暫定使用権原の取得の規定(附則2項後段)に関しては、平成9年5月14日で使用期間が満了する他の施設用地の使用権原を取得させる法改正のついでに、この際一気に全ての土地についての使用権原の疑義を解決しておこうとの意向のもとで、挿入されたものといわざるを得ず、少なくとも本件第1土地について、使用権原をあえて付与する法改正などをする必要性・緊急性は全くなかった。また、本件第2土地についても、使用期間の満了は10年前から予測されていたことであり、土地収用法に存する緊急使用裁決制度があるにもかかわらず、第一審被告はこれを利用しておらず、法改正の緊急性はなかった。

ii 暫定使用は「正当な補償」に基づくものではない。

憲法29条3項にいう「正当な補償」は、財産権という憲法上保障された基本的人権を制約する条件であることからは、事前にこれをなす必要があると解すべきである。

しかるに、改正特措法は、使用申請者の一方的な判断で決められた見積額を担保として供託することを要件としているのみであり、これが適正な補償とならないことは明らかである。

また、改正特措法15条4項は、「所有者または関係人の請求があるときは、政令で定めるところにより、(中略)損失の補償の内払いとして(中略)、担保の全部又は一部を取得させるものとする。」と規定するが、これでは、いまだ私有財産権の制限のための補償の履行としては不十分である。

(ウ) 憲法31条に違反することについて

憲法31条は、直接的には刑罰を科する場合について規定するが、適正手続の要請は刑罰を科する場合に限定されるものではない。

財産権が憲法の保障する重要な基本的人権であることから、憲法は、私有財産を制限するに際しては、<1>事前に「告知、弁解、防御の機会」を与えられること、<2>中立的で公正な機関によって判断されること、<3>行政手続内部において、行政判断の違法性の有無及びその妥当性についても再考を求めること(不服申立手続)を保障していると解すべきである。

そして、<1>改正特措法15条によって制限されるのは、土地所有権という財産権の中でも特に保障の必要性が高い権利であること、<2>その制限の程度も暫定的とはいえ、使用権という土地所有権の中心的な権利を剥奪するものである上、その期間も、「暫定」とはいうものの、使用裁決申請が収用委員会によって却下された場合においても、防衛施設局長が国土交通大臣に対して審査請求をなすと、さらに国土交通大臣が審査請求を却下するまで「暫定的」使用が継続し、国土交通大臣が裁決を取り消すと、改めて収用委員会が裁決をなすまで「暫定的」使用が継続するものとされており、結局のところ長期間にわたるものであること、<3>沖縄にあっては土地の有効利用は地域社会にとっても必要性が高いものであることからは、適正手続の要請は強い。

しかるに、改正特措法は、<1>土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、<2>収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与し、しかもそこでは、個々具体的に私有財産権の保障と公共の利益との調和を判断するのではなく、一律に暫定使用権を発生させ、さらに、<3>事後の不服申立も一切認めておらず、適正手続を欠くものであることは明らかである。

第一審被告は、使用によって達成しようとする「高度の公共性」「緊急性」を強調するが、改正特措法の規定それ自体は、「緊急性」は要件としていない上、実際にも適正手続の保障を不要とすることを正当化するだけの緊急性は何ら存しない。

また、第一審被告は、暫定使用権発生のための要件はいずれもその要件の有無が外形的・客観的に明らかなものであるから、土地所有者に対する事前の告知・聴聞は不要であると主張するが、その要件は、いずれも権利を制限される側の事情を最初から全く無視するものである。

(エ) 法の不遡及原則違反

憲法は、近代法の根底に横たわる自明の原理・原則として、刑罰だけでなく、一切の不利益・負担を課すについて、立法以前の事実を理由に、あるいは過去の事実を基礎に不利益・負担を課すことを禁止していると解すべきで、これも憲法31条の適正手続の保障に含まれると解すべきである。憲法39条は、刑事処罰における刑罰不遡及の原則を規定しているが、これは近代社会における自明の原理・原則を歴史の中で最も弊害の大きかった刑事罰について明文化したものであり、その原理・原則は、刑事罰に限定されるものではない。

確かに、改正特措法に基づく暫定使用権の発生自体は、改正特措法施行後であって、それ以前に遡及して発生するものではない。

しかし、そもそも暫定使用権は、改正特措法によって創設された権原であり、改正特措法と旧特措法は、別個の法律である以上、暫定使用権を発生させるためには、改正特措法に基づいて要件を充足する必要がある。そして、改正特措法附則2項は、旧特措法によって駐留軍に提供されている土地については、改正特措法施行前になされた旧特措法5条による使用認定及び14条による裁決申請等をもって、改正特措法5条の使用認定及び14条の裁決申請等がなされたものとみなすことで、改正特措法5条及び14条を施行日以前に遡及的に適用している。このように、立法前に存在した事実(改正特措法施行前の防衛施設局長による使用裁決申請行為)を理由として私人の権利を剥奪ないし制限することは、法的安定性を阻害し、実質的に法律の不遡及原則に反するもので許されない。

また、暫定使用権の付与は、新たな所有権制限という面のみならず、従前の使用権取得時に保障された期間終了後の返還請求権を剥奪するという面を有しており、この面でも法の不遡及原則に違反している。

(オ) 憲法95条に違反することについて

憲法95条の趣旨が、一般の法律とは違った特例を特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等な扱いが住民の意に反してなされないようにするということにあることからすれば、当該立法が適用されることによって、特定の地域住民が不利益を負う場合には、地方公共団体の組織、権限、運営についての特別立法でなくても、立法に際して住民投票を実施することが必要であると解すべきである。

改正特措法は、沖縄県だけに適用されるものであり、かつ、暫定使用という名目のもと半永久的に土地を強制的に取り上げることを可能にするものであるから、その成立のためには、国会の議決のみならず、沖縄県民の住民投票を実施する必要があった。にもかかわらず、改正特措法は、これを実施せずに公布されたもので、憲法95条に違反する。

(第一審被告の主張)

改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、同法の暫定使用権に基づく占有は適法な占有である。

(ア) 憲法41条に違反しないことについて

第一審原告知花は、改正特措法15条及び同法附則2条は、一般性・抽象性を有しないから、憲法41条の「立法」に該当しないと主張するが、憲法は、法律が常に一般的規範であることまで要求しておらず、個別的・具体的法律も一定の限度までは許されると解すべきである。

確かに、改正特措法案の提出は、旧特措法には、継続して使用する必要がある土地等について、従前の使用期限までに収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかった場合の手当がなかったため、平成9年5月14日をもって従前の使用期間が満了する土地につき、同手続が完了しなかった場合の問題点が顕在化するおそれがあったこと、及び、本件第1土地については、既に平成8年4月1日からその問題点が顕在化していたことから、これらの問題を解消する必要があったことを契機としてはいる。しかし、立法の契機と立法の内容とは別に考えなければならず、改正特措法の適用対象は、沖縄県に限られるものではなく、今後全国において本件と同様の事態が生じれば、同様に適用されることになるのであるから、法文上も、一般的・抽象的性格を有することは明らかである。

そもそも改正特措法附則2項は、同法の施行後において、その施行前になされた使用認定及び裁決の申請等がなお有効に存続していることを要件として、同法の施行日後に従前の合意又は使用裁決による使用期間の末日が到来するものについてはその翌日から、同法の施行日前に従前の合意又は使用裁決による使用期間が満了しているものについては同法の施行後担保の提供をした日の翌日から暫定使用ができることを確認的に明らかにしたものにすぎず、創設的な規定ではない。したがって、たとい、同法附則2項後段が適用されるのが事実上第一審原告知花所有の本件第1土地のみであっても(同法附則2項自体は、平成9年5月14日に使用期限が切れる約3000人の地主所有の土地にも適用された。)、憲法違反が問題となる余地はない。

(イ) 憲法29条に違反しないことについて

憲法29条3項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しているから、私有財産であっても、「正当な補償の下に」「公共のために」用いるのであれば、同条1項に違反しない。

i 暫定使用制度は、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。

我が国は、日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めにより、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を、駐留軍の用に供する条約上の義務を負う。そして、我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らず、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならない。

そして、改正にかかる暫定使用制度は、内閣総理大臣において引き続き駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断した土地等を対象とする収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しない場合に生ずる日米安全保障条約の実施上の重大な支障を回避するための制度であって、同条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるから、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。

第一審原告らは、当該土地使用が「適正かつ合理的」要件(改正特措法3条)を充足するか否かを収用委員会が判断しなければならないと主張するが、同法3条及び5条によれば、当該土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを土地の使用又は収用の要件とした上で、内閣総理大臣が使用認定を行うに当たり、同要件を判断すべきものとされていることは明らかである。これに対し、収用委員会による裁決手続は、内閣総理大臣による使用又は収用の認定がされたことを前提として、損失補償額、権利取得の時期や明渡しの期限、使用期間等を定めることのみを任務とするものである。このように、改正特措法が「適正かつ合理的」という要件の判断を専ら内閣総理大臣に委ねたのは、国際情勢、必要性の程度等諸般の事情を総合考慮して判断する必要があり、政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断も求められることから、上記要件の判断権者としては内閣総理大臣がもっともふさわしいことによるものであって、同法の上記規定は極めて合理的であり、何ら憲法29条に違反するものではない。

ii 暫定使用制度には「正当な補償」がある。

憲法29条3項は、私有財産を公共のために用いるために「正当な補償」を要求しているが、その補償が財産の供与に先立って、又はこれと交換的に同時に履行されるべきであるということまでは規定していない。そして、改正特措法15条及び16条は、事前の「損失の補償のための担保の提供」と事後の「収用委員会の裁決」により土地所有者等が受ける損失を補償することとしており、これら規定が、<1>損失の補償のための担保(金銭)を、その期間の6月ごとにあらかじめ提供(供託)しなければならないこととしていること、<2>土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができることとしていること、<3>暫定使用による損失については、収用委員会が明渡裁決において裁決し、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決による当該土地等の使用開始前に完了しなければならないとしていること、<4>補償額は、使用の時期の価格によって算定しなければならないものとしていることからすると、その補償は憲法29条3項の「正当な補償」として欠けるところはない。

(ウ) 憲法31条に違反しないことについて

第一審原告知花は、憲法31条は、<1>告知と聴聞の機会を与えられる権利、<2>財産権の制約・収用を求める者とその判断を行う者(機関)とが同一でないこと(中立性の保障)及び財産権の制約・収用を判断する者(機関)が公正であること(公正さの保障)、<3>事後の不服申立手続の存在、<4>法の不遡及原則をそれぞれ保障していると主張するが、次のとおり、第一審原告知花の主張はいずれも失当である。

行政手続についても、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に憲法31条の保障の枠外にあると判断することは相当ではないが、憲法31条による保障が行政手続に及ぶと解すべき場合であっても、行政手続は、刑事手続とはその性質においておのずから差異がある上、行政目的に応じて多種多様であるから、保障されるべき手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである。

これを暫定使用権制度について検討するに、<1>制限される権利は、土地等の所有者がその使用を受忍しなければならなくなるという私益であること、<2>制限の程度も、暫定使用は、従前と同様の使用態様が継続されるだけであり、しかも使用期限も定まっている暫定的なものであること、<3>対象土地は、内閣総理大臣による使用認定によって、その必要性が客観的に認められたものであること、<4>暫定使用は、収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかったことによって生ずる日米安全保障条約上の義務の履行上の重大な支障を回避するという高度の公共性及び緊急の必要性を有すること、<5>適正な補償が確保されたもとで行われること、<6>暫定使用権が発生する要件は、その有無が外形的、客観的に明らかなものであり、しかも、これらは土地等の所有者側の事情にはかかわらないものであることなどの事情を総合考慮すれば、暫定使用に当たり、<1>事前の告知・弁解・防御の機会の保障や<2>中立的で公正な機関による裁定という制度を採らなくても、憲法31条に違反しないことは明らかである。

さらに、事後の不服申立手続についてであるが、行政手続において適正手続の内容とされるのは、通常、告知・聴聞、文書閲覧、理由付記、処分基準の設定・公開であり、事後の不服申立手続はこれに含まれていない。また、暫定使用は、改正特措法15条の定める要件に該当する限り、行政処分の介在なく使用権が発生するものであるから、厳格な意味において、行政内部における事後の不服申立手続を観念する余地はない。さらに、改正特措法15条の定める暫定使用権発生要件を満たしていないというのであれば、暫定使用権は発生していないものとして、所有権に基づき当該土地等の明渡訴訟を提起することができるし、また、この要件の一つである改正特措法5条の規定による使用認定に取り消すべき瑕疵があるというのであれば、その取消訴訟を提起することにより暫定使用権の発生を争うことができるから、実質的には、事後の不服申立ての方法があり、いずれにしても原告らの主張には理由がない。

(エ) 法の不遡及は、憲法31条の内容ではない。

法の不遡及の問題は、法の効力の時的限界の問題として憲法39条の問題として取り上げるべきものであり、憲法31条が保障する適正手続の内容とはいえない。

そして、憲法39条は、民事法規の遡及効を禁止したものではなく、原告らの主張はその前提を欠いている。また、改正特措法附則2項は、前記のとおり、改正特措法の施行前に使用認定及び裁決の申請等がされている場合についても、改正特措法15条の規定が適用されることを確認的に明らかにしたものであって、改正特措法の遡及適用を規定したものではなく、この点でも原告らの主張はその前提を欠いている。

(オ) 憲法95条に違反しないことについて

憲法95条にいう「特別法」とは、地方公共団体について一般的・原則的な制度を定めている既存の法律に対し、新たに特別的・例外的な制度を設ける法律であり、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをする法律をいうところ、改正特措法は、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをした法律ではなく、また、同法は、前記のとおり一般的・抽象的性格を有しており、沖縄県にのみ適用される特別法になっているものでもないから、憲法95条にいう特別法に該当しないことは明らかである。

ウ 争点3

(第一審原告知花の主張)

(ア) 国家賠償法上の「違法」

立法行為といえども、明白な憲法解釈違反が存する場合には、国家賠償法上「違法」と評価される。そして、改正特措法15条及び同法附則2項には、次のとおり、明白な憲法解釈違反が存する。

i 改正特措法は、土地所有権に対する重大な制限を課するものであることは、その規定上、一見して明らかであるにもかかわらず、<1>土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、<2>収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与するもので、かつ<3>事後の不服申立も一切認めておらず、憲法29条1項、2項、31条に反することは明白である。

ii 改正特措法は、補償金の支払ではなく、担保の提供だけで所有権を制限するもので、この点が憲法29条3項の文言に一義的に違反することは、明白である。

iii 特に、改正特措法附則2項の規定は、過去の事実を対象(要件)として、過去に収用手続により保障されていた権利を剥奪するもので、立法の名において特定の者の権利を制限・剥奪するものであり、これが近代法の大原則、法の不遡及原則に違反することは明白である。また、同項は、土地所有者の権利を強制使用する際に、保障されていた権利(裁決により定められた使用期間満了時の土地返還請求権)を事後に剥奪するという点においても、事後立法により土地収用手続(ルール)を変更するものであり、近代民主主義の公正手続の精神及び憲法31条が保障する「適正手続の保障」に違反することが明白である。さらに、同項の規定内容は、憲法41条における国会の立法権の限界を超えることも明らかである。

(イ) 国会議員の故意・過失

国会議員は、憲法99条において「憲法を尊重し擁護する義務を負う」ものと規定され、立法に当たっては、当該立法が合憲か違憲かを審議、判断する高度な義務を課せられている。そして、この義務は、国会議員がその行動について、これを選出した国民に対して政治的責任を負うことによって免除されるものではない。

しかるに、改正特措法は、その立法経過及びその内容からして、立法によって権利制限を受ける第一審原告知花及び第2事件原告らの意見ないし利益は全く考慮していないことが明らかであり、沖縄におけるこれまでの土地強制使用の歴史を考慮すると、当該立法行為の恣意的政治性、違憲性は明白であって、今回の改正特措法は、「立法」に名を借りた暴挙法であり、わが国の憲法秩序の下では到底許されないものである。したがって、これを立法した国会議員には、この違憲立法による第一審原告知花の権利侵害につき故意があり、少なくとも過失がある。

(第一審被告の主張)

改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に適合している上、国家賠償法上、立法行為が違法とされるためには、憲法の規定上あるいは解釈上、憲法に反することが一義的明白であることが必要であるところ、上記各規定が第一審原告知花が挙げる憲法諸規定に一義的明白に違反しているとは認められない。

エ 争点4

(第一審原告知花の主張)

第一審被告は、本件第1土地について従前の賃貸借契約期間が満了し、何ら占有権原を有しない状態となっていた平成8年4月1日午後、本件第1土地の所有者である第一審原告知花が同土地に立ち入ろうとしたのに対し、多数の施設職員及び機動隊員を配置してこれを妨害した。第一審被告の上記立入妨害行為は、第一審原告知花の正当な権利行使を違法に妨害して、その人格権を侵害したものであって、第一審原告知花に対する不法行為(民法709条又は国家賠償法1条1項)を構成する。

(第一審被告の主張)

第一審被告職員(防衛施設庁の職員)は、日米地位協定による米軍の管理権に基づくとして、第一審原告知花の立入りを拒否したのであるから、この立入り禁止行為が「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかであり、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。

また、第一審原告知花が本件第1土地の所有者であり、第一審被告が同土地について使用権原を取得できない状態になったとしても、自力救済禁止の原則からは、第一審原告知花は、同土地を直接管理している駐留軍の第一審原告知花の立入りを承諾しないという意向に反して強制的に立ち入ることまでは法的に保護されていない上、同土地は通信施設である楚辺通信所の機能面における極めて重要な場所に位置しており、前記のとおり、第一審被告はこれを駐留軍に使用させる条約上の義務を負っていたという事情からは、第一審原告知花の立入りを拒否した第一審被告職員の行為を国家賠償法上「違法」であるとすることはできない。

オ 争点5

(第一審原告知花の主張)

(ア) 賃料相当損害金

従前の賃貸借契約の期間満了の日の翌日である平成8年4月1日から第一審被告が担保を提供した日である平成9年4月24日までの賃料相当額は47万9671円である。

(イ) 慰藉料

第一審被告は、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間は、まったくの無権原にもかかわらず本件第1土地の不法占拠を継続し、その間、憲法に違反する無効な改正特措法を成立させて暫定使用権なるものを創設し、それを根拠にして平成9年4月25日から平成10年9月2日まで不法占拠を継続し、本件第1土地を、戦争遂行の目的・機能を有することを基本的任務として存在する軍事基地用地として駐留軍に提供して使用させた。

第一審原告知花は、「戦争につながる一切のものを断固として拒否する」ことを強固な思想及び信条として確立し、自らの生き方・人生観の中核にすえて活動・生活をしている者であり、かかる不法占拠及び軍事基地としての提供によって、「戦争につながる軍事基地には自己所有地を一切提供しない」という思想及び信条を侵害され、多大な精神的苦痛を被った。

また、当時なされていた新たな使用裁決手続の進捗状況からは、従前の使用権原の期間満了前に新たな使用裁決がなされることは不可能であり、第一審原告知花は、その期間満了によって、自己所有地が返還されることを強く期待した。そして、かかる期待は、所有権者として当然のものであるのみならず、本件第1土地の特異な歴史を踏まえると、期待権として法的保護を受けるべき実質を有するものであった。しかるに第一審被告は、当初は警察権力による物理的強制力をもって立入り及び明け渡しを拒み、その後は創設した暫定使用権をもって立入り及び明け渡しを拒んで、その所有地を強制使用し、第一審原告知花の上記期待権を侵害し、第一審原告知花に多大な精神的苦痛を与えた。

確かに、一般的には、財産上の損害が賠償されれば精神上の苦痛も慰謝されるから、財産上の損害賠償のほかに特に精神上の損害賠償を認める必要はないとされているが、侵害された財産と被害者とが精神的に特殊なつながりがあって、財産上の価額の賠償だけでは、被害者の精神上の苦痛が慰藉されないと認められるような場合には、財産上の損害賠償とは別に精神上の損害賠償が許されると解される。第一審原告知花は、その思想信条に基づいて先祖伝来の土地を守り、米軍基地に提供したくないと考えて長年に渡り土地返還闘争を重ね、本件第1土地に対して特殊な精神的なつながりを有している上、絶え間ない土地の強制使用という権力的対応の中で、やっと法的に土地返還を請求しうる数少ない法的期待を侵害されたものである。加えて、不法行為形態は、精神的損害を発生させる重要な要素となると考えられるところ、前記のとおり、第一審被告国は、本件第1土地についての賃貸借期間終了日の翌日である平成8年4月1日、警察権力による物理的強制力をもって同土地への立入り及び明け渡しを拒み、その後、第一審原告知花の土地所有権を侵害する目的で改正特措法を立法し、国家権力が総力をあげて、特定の限定された第一審原告知花の所有権を侵害したものであり、第一審原告知花には、賃料相当損害金だけでは償いきれない精神的損害が存する。

このように、第一審被告による不法占拠及び国会議員による違憲立法行為によって、第一審原告知花は、多大な精神的苦痛を被ったものであり、第一審原告知花の精神的苦痛を慰藉するには、200万円(内訳<1>平成8年4月1日から平成9年4月24日までの不法占拠に対する慰謝料100万円、<2>平成9年4月25日から平成10年9月2日までの不法占拠及び違憲な立法行為に対する慰謝料100万円)をもって相当とする。

なお、第一審原告知花は、前記オ(ア)(賃料相当損害金)、後記(ウ)(本件仮処分申立て関連費用等)及び(エ)(本件訴訟の弁護士費用)の損害とともに、<1>のうちの84万円8780円を一部請求し、前記オ(ア)、後記(ウ)及び(エ)の損害が認められない場合には、認められなかった分について、<1>のその余の請求、次いで<2>の請求をする。

(ウ) 本件仮処分の申立て関連費用等

i 弁護士費用 100万円

第一審被告職員(那覇防衛施設局職員)は、本件第1土地の賃貸借期間が終了したにもかかわらず、第一審原告知花の同土地への立入りを違法に妨害したため、第一審原告知花は前記のとおり、本件仮処分の申立て、ひいては弁護士費用の支出を余儀なくされた。そして、事案の性質及び実働弁護士数が20人を下らないということを考慮すると、弁護士費用として少なくとも100万円は必要である。

ii 内容証明郵便料金 1220円

第一審被告の不法行為又は違法行為(不法占拠及び立入妨害)は、平成8年3月12日当時には確実に予測できたから、同日、第一審原告知花が第一審被告(那覇防衛施設局)に対して送付した期間満了後の即時明渡及び立入り妨害禁止を求めることを内容とする内容証明郵便の費用は、第一審被告の不法行為又は違法行為と相当因果関係のある損害である。

iii 鑑定意見書作成費用 15万円

本件仮処分事件において、本件第1土地の返還により楚辺通信所の機能に支障が生じるか否かが重要な争点となり、この点に関する鑑定意見書は重要かつ不可欠な証拠方法であった。

(エ) (前記(ウ)iの弁護士費用と選択的に)本件訴訟の弁護士費用100万円

(第一審被告の主張)

(ア) 賃料相当損害金

平成8年4月1日から平成9年4月24日までの本件第1土地の使用料相当額が47万9671円であることは争わない。ただし、同損失補償額47万9671円の請求権については、後記カのとおり、第一審原告知花の受領拒絶を理由とする供託により消滅した。

(イ) 慰謝料

前記のとおり、そもそも第一審被告による本件第1土地の占有に民法709条又は国家賠償法1条1項にいう違法は認められない。

たとい財産権侵害によって精神上の苦痛を受けたとしても、その苦痛は、その財産的損害が回復されれば慰藉されるのが原則であり、それでもなお慰謝され得ない精神上の苦痛を受けたと認めるべき特別の事情がある場合に限って、慰謝料請求が認められるべきである。

本件では、第一審原告知花所有の本件第1土地についての平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有に関してみても、使用権原の欠缺は一時的であり、長年にわたって継続してきた占有が継続しただけであって、新たな使用が開始されたわけではないから、例外的に慰藉料請求を認めるべき特別の事情は認められない。さらに、憲法19条が保障する「思想及び良心の自由」とは、内心の自由を意味し、それを「侵してはならない」とは、「人はどのような思想及び良心を持とうとも、自由であり、国家は、それを制限したり、禁止したりすることは許されない意である」と解すべきところ、本件では、第一審被告において原告らの思想・良心の在り方を制限したり、禁止した事実はなく、思想・良心の自由の侵害は認められない。加えて、原告の主張する期待権なるものは、実定法上の根拠を欠くものであり、法的保護に値するものとは解されない。

(ウ) 本件仮処分の申立て関係費用

本件仮処分の申立ては、第一審被告職員による立入り拒否行為の前になされており、第一審原告知花が本件第1土地への立入り拒否行為によって生じたと主張する各損害は、第一審被告職員による立入り拒否行為以前に支出され、または支出が決定されていたものであるから、立入り拒否行為との間に条件関係は認められない。

さらに、本件仮処分の申立ては、前記(争点1についての第一審被告の主張(イ)の事情に加え、本件第1土地の経済的合理性がある利用の困難性からは権利濫用に該当するというべきである。また、債権者たる第一審原告知花に仮の地位を定めなければならないほどの必要性は認められない上、第3者(駐留軍)による妨害禁止を求めた点については履行の確保が図れないもので、いずれにしても申立てが認容される可能性は低かったから、そのための費用相当額との相当因果関係は否定されるべきである。

カ 争点6

(第一審被告の主張)

防衛施設局長は、改正特措法附則3項に基づき、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の使用権原を欠く本件第1土地の使用によって第一審原告知花が通常受ける損失を補償するため、同法附則4項の規定に基づき、第一審原告知花との間で協議したが、協議が調わなかったため、平成9年10月23日、沖縄県収用委員会に対し、改正特措法附則5項及び土地収用法94条2項の規定に基づき、裁決を申請した。そして、同委員会は、平成10年5月19日、当該期間中の損失補償額を47万9671円、損失補償をすべき時期を同年7月3日とする旨の裁決をした。そのため、那覇防衛施設局長は、上記裁決にかかる補償金を払い渡すため、同年6月19日、第一審原告知花に対し、同人の住所において同補償金につき、現実の提供をしたが、同人はその受領を拒否した。そこで、那覇防衛施設局長は、同月22日、那覇地方法務局沖縄支局に対し、上記補償金47万9671円を供託した。したがって、当該期間中の占有についての第一審原告知花の請求権は、供託によって消滅した。

なお、使用権原を欠きながら従前の使用を継続した場合、所有者等が「通常受ける損失」を請求するための法的構成としては、不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権、損失補償請求権等の見解があり得るところであるが、改正特措法附則3項ないし5項は、使用権原の有無、占有の適法性如何については何ら触れることなく、当該土地等の使用によって所有者が通常受ける損失を補償することとしたものである。したがって、不法行為に基づく損害賠償請求権が成立する場合でも、これと並立して同法附則3項に基づく損失補償請求権が成立するのであって、本件第1土地についても、前記期間中の土地使用について同法附則3項に基づき47万9671円の損失補償請求権が有効に成立し、存在したのであるから、那覇防衛施設局長による弁済供託は有効である。そして、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権と上記損失補償請求権とは、同一当事者間において、同一の原因に基づいて発生し、同一の損失を補償するものであるから、上記損失補償請求権が弁済供託によって消滅した場合には、損害賠償請求権についても、実質的に損害の填補があったものとして損益相殺的な調整が図られるべきであり、損害額から供託額が控除されるべきである。

(第一審原告知花の主張)

前記のとおり、第一審被告は、改正特措法附則3項に基づく損失補償として供託しているが、同法は違憲無効な法律であるから、上記弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、第一審原告知花の上記期間についての損害賠償請求権は消滅していない。

不法行為の被害者は、加害者の責任を明確にし、加害者を法的に非難する権利ないし法的利益を有するから、仮に、改正特措法附則3項が、第一審被告による占有使用の適法・違法を問わずに損失補償することを認め、これによって被害者の損害賠償請求権が消滅すると解するとすれば、被害者の前記権利ないし法的利益を侵害するものであって、基本的人権を保障した憲法に違反することになる。したがって、合憲的に同附則を解釈すべきであり、同附則による損失補償金の供託は、土地所有者の損害賠償請求権を失わせる損害の填補又は損益相殺的な調整が図られるものと解すべきではない。

キ 争点7

(第一審被告の主張)

第一審被告職員の立入り拒否行為は、平成8年4月1日の一時的な行為を問題とするもので、第一審被告による本件第1土地の間接占有という継続的かつ観念的な行為とは、損害賠償の発生原因となる行為が異なることから、訴訟物も異なるものと解すべきである。そして、第一審原告知花は、弁護士に依頼して同日には本件仮処分の申立てをし、既に同人主張の各費用を支出していたものであるから、遅くとも、同事件において和解が成立した平成8年4月26日から3年の経過をもって消滅時効の期間は経過するというべきである。しかるに、第一審原告知花は、平成13年2月19日付け「訴状訂正申立書」において、初めて本件仮処分の申立て関連費用についての損害の主張をするに至ったものである。第一審被告は、平成13年6月5日の原審第21回口頭弁論期日において、前記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(第一審原告知花の主張)

立入妨害行為を理由とする損害賠償請求権が時効により消滅したとの第一審被告の主張は、争う。

(2)  第2事件原告ら関係

ア 争点8

(第2事件原告らの主張)

争点2に関する第一審原告知花の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に違反する無効な法律であるから、これを根拠とする暫定使用権は発生せず、本件第2土地についての平成9年5月15日以降の第一審被告の占有は、不法占拠であって、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生する。

(第一審被告の主張)

争点2に関する第一審被告の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、同法に規定する暫定使用権に基づく第一審被告の占有は適法な占有である。

イ 争点9

(第2事件原告らの主張)

争点3に関する第一審原告知花の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に一義的明白に違反する法律であるから、同法の立法行為は国家賠償法上違法であって、国会議員には故意、過失がある。

(第一審被告の主張)

争点3に関する第一審被告の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、立法行為には違法性はない。

ウ 争点10

(第2事件原告らの主張)

(ア) 賃料相当損害金

i 従前の使用裁決による使用期間終了日の翌日である平成9年5月15日から、別紙物件目録記載2ないし7の各土地については平成14年5月8日まで、同目録記載8ないし11の各土地については平成13年12月13日まで(前記1の(7)ウ及びエの各使用裁決により暫定使用期間が終了した日まで)の分の賃料相当損害金の額は、別紙「第2事件原告らの賃料相当損害金」記載のとおりである。

なお、上記金額は、別紙物件目録記載8及び9の土地については、沖縄県収用委員会が実施した不動産鑑定による鑑定額(平成9年5月15日から平成10年5月14日分)を基礎に沖縄県軍用地地主会連合会・各市町村軍用地地主会作成の各施設毎の契約軍用地料の単価表のうち、普天間飛行場の「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載10の土地については、主位的に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」の賃料を用いて、予備的に同目録記載8及び9の土地と同様に鑑定額を基礎に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載2ないし7及び同目録記載11の土地については、同単価表の各施設の「宅地」の賃料を用いて算出した。

ii なお、第一審被告は、改正特措法15条及び同法附則2項に基づき、損失補償のための担保を供託しているが、前記のとおり、同法は憲法に違反する無効な法律であるから、第一審被告の弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、第2事件原告らの損害賠償請求権は一切消滅していない。

(イ) 慰藉料

争点5に関する第一審原告知花の主張(イ)のとおり、第一審被告による不法占拠及び国会議員による違憲立法行為によって、第2事件原告らも、多大な精神的苦痛を被ったものであり、この精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ100万円をもって相当とする。

(第一審被告の主張)

(ア) 第一審被告は、本件第2土地につき、改正特措迭に基づく暫定使用権を間断なく有しており、民法709条又は国家賠償法1条1項による賃料相当の損害は発生していない。

(イ) 争点5に関する第一審被告の主張(イ)のとおり、そもそも第一審被告の占有に民法709条又は国家賠償法1条1項にいう違法は認められないし、財産権侵害によって例外的に慰藉料請求を認めるべき特別の事情は認められない。

第3当裁判所の判断

1  前記第2の1の各事実に、後掲各証拠を総合すると、改正特措法の制定等に至る経緯は次のとおりであると認められる(前記第2の1掲記の事実を含む。なお、証拠の摘示のない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)。

(1)  本件訴訟前の当事者間の交渉経緯

イ 第一審被告の機関である那覇防衛施設局長は、第一審原告知花に対し、同原告が本件第1土地を取得して以降、再三にわたって本件第1土地についての賃貸借契約の更新を求めた。しかし、第一審原告知花は、契約の更新に応じず、平成7年11月22日、第一審被告(那覇防衛施設局長)に対し、本件第1土地について新たな賃貸借契約を締結する意思はない旨表示するとともに、平成8年3月31日(賃貸借期間の満了日)経過後の土地返還を要求し、その後も第一審被告による使用が継続する場合は、あらゆる手段をもって所有地を取り戻すことを実行すると通告した<証拠略>。そして、第一審原告知花は、平成8年3月13日到達の内容証明郵便をもって、第一審被告に対し、同年4月1日における本件第1土地の明渡し、同土地上の工作物の収去及び第一審原告知花による同土地への立入りを認めることを要求した<証拠略>。

ロ 第一審被告は、第一審原告知花からの本件第1土地の明渡し等の要求に対し、本件第1土地は、平成8年4月1日以降も駐留軍用地として使用する必要がある旨回答し、同3月26日ころ、本件第1土地がその用地の一部として使用されている楚辺通信所に設置された高周波用アンテナ群の周囲にフェンスを設置し、警備員を配置した<証拠略>。そして、第一審被告は、同年4月1日午後1時40分ころ、家族ら、弁護士及び支援団体役員とともに本件第1土地への立入りを要求した第一審原告知花に対し、立入りを拒否し、多数の施設職員及び機動隊員を配置して、これを阻止した<証拠略>。

ハ そのため、第一審原告知花は、平成8年4月1日、那覇地方裁判所に対し、第一審原告知花を債権者とし、第一審被告を債務者として、本件仮処分を申し立てた。本件仮処分申立事件の第5回審尋期日において、同月26日、第一審原告知花と第一審被告との間で、債務者(第一審被告)は、債権者(第一審原告知花)に対して、平成8年6月末日までの期間内(日米両国の祭日を除く。)に合計2回、1回について債権者及びその指定する29名以内の者が、債権者が那覇防衛施設局長に対する文書によって指定する日時(文書により通知した日から5日間以上経過した日で、午後1時から4時までの間の継続する2時間)に、本件第1土地に立入り同土地上にとどまることを認め、妨害しないことを約することを骨子とする和解が成立した<証拠略>。

この和解成立を受けて、第一審被告は、同年5月14日及び同年6月22日、上記和解に基づき、第一審原告知花とその家族の同土地への立入りを認めたが、それ以外の立入りは認めていない(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(2)  本件訴訟前における占有権原取得に向けての第一審被告の行為等

イ 第一審被告は、在日米軍の駐留軍施設及び区域の用地としてアメリカ合衆国に対し提供すべき楚辺通信所施設用地のうち、平成8年3月31日に従前の賃貸借契約による使用期間が満了する本件第1土地を含む民有地の所有者との間で、契約更新の交渉を進め、第一審原告知花以外の所有者全員との間で契約更新の承諾を得た。

ロ しかし、第一審原告知花からは契約更新の承諾を得ることができなかったので、第一審被告は旧特措法に基づく手続を進めることとし、那覇防衛施設局長は、平成7年4月17日、内閣総理大臣に対し、本件第1土地の旧特措法4条による使用認定を申請し、内閣総理大臣は同年5月9日、旧特措法5条に基づいて本件第1土地の使用認定をし、同日付け官報で告示した(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

ハ 那覇防衛施設局長は、上記使用認定の告示、公告等に引き続き、本件第1土地について、使用裁決を申請するために土地調書及び物件調書を作成した上(旧特措法14条、土地収用法36条1項)、第一審原告知花に対し立会い及び署名押印を求めたが(土地収用法36条2項)、同人はこれを拒否した。そこで、那覇防衛施設局長は、旧特措法14条、土地収用法36条4項により読谷村長に対し、立会い並びに土地調書及び物件調書への署名押印を求めたが、同村長も立会い及び署名押印を拒否した。那覇防衛施設局長は、さらに、旧特措法14条、土地収用法36条5項に基づき、沖縄県知事に対し、同県の吏員を指名して立会い並びに土地調書及び物件調書への署名押印をさせることを求めたが、沖縄県知事は、署名等の代行には応じられない旨の回答をした。そこで、内閣総理大臣は、沖縄県知事に対し、平成11年法律第87号による改正前の地方自治法151条の2第1項に基づき、土地調書及び物件調書への署名等代行事務を執行するよう勧告をし、さらに、同条第2項に基づき、署名等代行事務を執行するよう命じたが、沖縄県知事は、同命令で定められた期限までに署名等代行事務を執行しなかった。そのため、内閣総理大臣は、平成7年12月7日、沖縄県知事を被告として、本件各土地を含む使用期間又は賃貸借期間の満了が近づいた各土地について、土地調書及び物件調書を作成する場合の立会人を指名し署名押印させることを求める職務執行命令訴訟を提起し(福岡高等裁判所那覇支部平成7年(行ケ)第3号)、平成8年3月25日、内閣総理大臣の請求を認容する判決が言い渡された。しかし、沖縄県知事が判決に定められた期限までに立会人を指名し、署名押印させなかったので、同月29日、内閣総理大臣は、沖縄県知事に対し、自らが沖縄県知事に代わって署名押印等の事務を行うこととした旨通知した上、その指名した者に立会い及び署名押印をさせた。なお、同訴訟は、平成8年8月28日、上告棄却により、内閣総理大臣の請求を認容した判決が確定した(最高裁判所平成8年(行ツ)第90号)。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

ニ 次いで、那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、沖縄県収用委員会に対し、本件第1土地につき、旧特措法14条、土地収用法39条、47条の3、123条に基づく使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)並びに緊急使用許可の申立てをした。そして、同年5月11日、緊急使用許可の申立ては不許可となったが、使用裁決の申請は受理された。ところが、読谷村長及び沖縄県知事は、旧特措法14条、土地収用法42条により行うべきこれら裁決手続に伴う所定の公告並びに使用裁決申請書類に係る縦覧の手続及び明渡裁決申立て書類に係る縦覧の手続を行わず、沖縄県知事も旧特措法14条、土地収用法42条、24条により行うべき上記各手続の代行も行わなかった。そのため、内閣総理大臣は、沖縄県知事を被告として、本件第1土地について上記各公告縦覧の手続を求める職務執行命令訴訟を提起した。なお、同訴訟は、平成8年9月13日、沖縄県知事が内閣総理大臣に対し、公告縦覧の手続を代行することとした旨通知し、同月18日から手続が開始されたため、同日、訴えの取下げにより終了した。

ホ 本件第2土地については、旧特措法により、昭和62年5月15日を権利取得日、使用期間を10年間とする沖縄県収用委員会の使用裁決に基づいて在日米軍用地として提供されていたが、那覇防衛施設局長は、使用期間が満了する平成9年5月14日の翌日以降も引き続き在日米軍用地として提供するため、旧特措法4条に基づき、内閣総理大臣に対して使用認定申請をし、内閣総理大臣は、平成7年5月9日、同法5条による使用認定をした。那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、本件第1土地と同様に本件第2土地についても、旧特措法14条、土地収用法39条、47条の3に基づく使用裁決の申請(使用裁決及び明渡裁決の申立て)をした。

(3)  改正特措法制定前の本件訴訟の推移

以上の経緯により、本件第1土地について原告との間で従前締結されていた賃貸借期間が満了した時点では、第一審被告が申し立てた使用裁決については沖縄県収用委員会に申請が受理されたにとどまり、緊急使用許可の申立ても不許可となったため、本件第1土地について第一審被告が使用権原を有しない状態となったので、第一審原告知花は、平成8年7月25日、本件第1土地の所有権に基づき、同土地上に設置された工作物の収去及び同土地の明渡並びに賃料相当損害金等の支払を求めて、那覇地方裁判所に本件訴訟を提起し、改正特措法の成立までの間に4回の口頭弁論期日が開かれた。

(4)  改正特措法制定前の収用委員会における審理の状況

沖縄県収用委員会は、本件第1土地及び本件第2土地を含む約3000名の所有土地について、使用裁決手続の一環としての公開審理を進めることを決め、平成9年2月21日(第1回)、同年3月12日(第2回)及び同月27日(第3回)に公開審理が開催された。

(5)  改正特措法の制定及びその後の本件訴訟の推移

平成9年4月17日、改正特措法が成立し、同月23日に平成9年法律第39号として公布され、同日施行された。那覇防衛施設局長は、本件第1土地及び本件第2土地について前記第2の1の(6)のとおり担保を供託し、沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地について、平成10年9月3日から平成13年3月31日までを使用期間とする使用裁決をなすとともに、同期間の損失補償額を111万4230円、暫定使用期間(平成9年4月25日から平成10年9月2日まで)の損失補償額を64万3111円と定めた。これを受けて第一審被告は、同年7月17日、第一審原告知花の指定した銀行預金口座にこの合計175万7341円を振り込んだ。そこで、第一審原告知花は、平成11年2月2日(原審第11回口頭弁論期日)、本件訴訟における本件第1土地の明渡請求を取り下げた。

2  第一審原告知花関係の争点について

(1)  争点1について

ア 第一審被告が本件第1土地についての従前の賃貸借契約が平成8年3月31日の経過をもって期間満了によって終了した後も本件第1土地の占有を継続していることは、前記のとおりであるところ、第一審被告が本件第1土地につき改正特措法に基づく担保を提供したのは平成9年4月24日であるから、同土地について第一審被告が同法に基づく暫定使用権を取得したのは翌25日である(同法15条、同法附則2項)。したがって、第一審被告は、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間、占有権原なく本件第1土地を占有していたことになる。

イ そこで、まず、第一審被告の本件第1土地についての上記期間中の占有が国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に該当するものとして国家賠償法の適用を受けるのか、それとも民法の不法行為規定の適用を受けるのかについて検討する。第一審被告は、従前、昭和51年12月20日本件第1土地の所有者であった知花昌助との間で締結した賃貸借契約(第一審原告知花は、平成6年6月1日賃貸人の地位を承継した。)に基づいて同土地の引渡しを受け、これを占有していたものであるから、第一審被告による本件第1土地の占有は、私経済作用に付随する側面を有することは否定できない。しかしながら、第一審被告は、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づいて、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾し、同土地を駐留軍に提供してこれを使用させることを目的として占有(間接占有)していたものであることからすれば、第一審被告による本件第1土地の占有は、その取得の契機が民法上の賃貸借契約に基づくものであったとしても、純然たる私経済作用に尽きるものということはできず、公権力の行使としての側面を有するものというべきである。したがって、上記期間中の第一審被告による本件第1土地の占有は、公権力の行使に当たるものであって、国家賠償法1条1項の規定の適用を受けるものであると解するのが相当である。

ウ 次に、第一審被告による上記期間中の本件第1土地の占有が国家賠償法上の違法性を有するか否かについて検討する。一般に、公権力の行使は、国民の権利に対する侵害を当然に内包し、法の定める一定の要件と手続の下で国民の権利を侵害することが許容されているから、権利ないし法益の侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできず、当該公権力の行使が権利ないし法的利益を侵害された当該国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するか否かによって違法性の有無が判断されるべきであることは、第一審被告の主張するとおりである。しかしながら、我が国は、国会中心立法の原則を確立し、法律による行政の原理を保障した法治国家であるから、公権力の行使に当たる国の公務員が、個々の国民に対し、その所有する土地について、私法上の占有権原もなく、法令上の根拠もないのにこれを占有して所有者の使用収益を妨げる行為をしてはならないことは公務員の行為規範として当然のことであり、公務員がそのような職務上の法的義務を負担していることは自明の理であって、それにもかかわらず、これを占有して所有者の使用収益を妨げる行為は、当該所有者に対して負担する職務上の法的義務に違背してその権利を侵害するものと評価すべきものであって、国家賠償法上違法な行為というべきである。

これに対し、第一審被告は、上記期間中の本件第1土地の占有は、国として条約上の義務を履行するために必要であったものであり、高度の公共性、重要性を有していたことなどから、占有権原を欠いていても国家賠償法上違法ということはできないと主張する。しかしながら、公権力の行使は、法の定める一定の要件と手続に従って行われるべきものであり、その限りにおいて国民の権利ないし法的利益を侵害することが許容されているのであるから、条約上の義務を履行するために本件第1土地の占有を継続する高度の必要性、公共性が存在したことは認めうるとしても、そのことによって当然に、法令上の根拠なく国民の権利ないし法的利益を侵害する行為が違法でないことになるということはできず、この点についての第一審被告の主張は採用することができない。

第一審被告は、また、本件第1土地について沖縄県収用委員会に裁決申請手続をするに当たり読谷村長や沖縄県知事がその職務に違背して土地調書及び物件調書の作成に必要な立会い及び署名押印等を拒否したり、その後も使用裁決手続に伴う裁決申請書類に係る公告縦覧の手続及び明渡裁決申立書類に係る公告縦覧の手続を行わないなど、第一審被告にとって不測の事態が生じたために一時的に占有権原を取得できない状態が生じたものであって、那覇防衛施設局長及び内閣総理大臣は、使用権原取得のため最大限の努力をしており、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたから職務上の義務違反は認められず、違法ではないと主張する。しかしながら、第一審被告にとって、旧特措法及び土地収用法に定める手続に則って本件第1土地の占有権原を取得できないということが事前に予測困難な不測の事態であったとしても、そうであるからといって当然に、上記期間中の第一審被告による本件第1土地の占有が適法なものになるということはできない。また、本件において国家賠償法上違法と評価されるのは、私法上の占有権原も法令上の正当化すべき根拠もなく本件第1土地を占有した行為自体であって、那覇防衛施設局長又は内閣総理大臣が占有権原を取得すべき義務を怠ったという不作為を問題としているものではないから、那覇防衛施設局長又は内閣総理大臣が占有権原を取得するために努力を怠らなかったとしても、上記期間中における第一審被告による本件第1土地の占有が国家賠償法上違法であるとの上記判断を左右するものではない。この点についての第一審被告の主張も採用することができない。

エ さらに、第一審被告の当該所掌事務担当官である那覇防衛施設局長の故意・過失の有無について検討するに、土地の賃貸借契約は、土地の価値を一定の期間借主に利用させることを目的とする契約であるから、賃貸目的土地の返還約束は、賃貸借契約に不可欠の要素であるところ、那覇防衛施設局長(支出負担行為担当官)は、知花昌助との間で、賃貸借期間を平成8年3月31日までとすることを合意して、本件第1土地の賃貸借契約を締結してその引渡しを受け、我が国がアメリカ合衆国に対して負う条約上の義務を履行するため、駐留軍用地として提供していたものである。そして、上記賃貸借契約は、平成8年3月31日の経過により賃貸借期間が満了したのであるから、那覇防衛施設局長は、同年4月1日に賃貸人知花昌助の特定承継人である第一審原告知花に対し、本件第1土地を返還すべき上記賃貸借契約上の義務があったということができる(知花昌助と第一審被告との間の昭和51年12月20日付け「土地建物等賃貸借契約書」<証拠略>の15条にも、第一審被告は契約終了の際、賃借物件を現状のまま知花昌助に返還する旨の約定が明記されている。)。したがって、那覇防衛施設局長としては、平成8年4月1日には、上記賃貸借契約に基づく本件第1土地の占有権原を失ったことを認識したと推認することができる。しかして、第一審被告が、同日以降についても本件第1土地について法令上の占有権原を取得すべく努力していたこと及びそれにもかかわらず、第一審被告にとって不測の事態が生じたために、平成9年4月24日まではこれが取得できない事態に立ち至ってしまったことは、第一審被告の主張するとおりであり、そうであるとすると、那覇防衛施設局長としては、法令に則って行政事務を行う担当官として、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間は、本件第1土地の占有を正当化する法令上の根拠も存しないことをも認識していたものと推認することができる。そうすると、第一審被告の公権力の行使に当たる公務員である那覇防衛施設局長は、本件第1土地について、私法上の占有権原もなく、法令上の正当化すべき根拠もないことを知り、かつ、これを占有することにより第一審原告知花の所有権を侵害することになることを知りながら、違法な占有をしていたものということができ、仮に、そのことを知らなかったとしても、知らなかったことについて過失があったというべきである。

オ したがって、第一審被告は、上記期間中の本件第1土地の占有について、国家賠償法1条1項に基づき、第一審原告知花に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。争点1についての第一審原告知花の主張は、理由がある。

(2)  争点2について

改正特措法15条及び同法附則2項が憲法に違反するか否かについての各当事者の主張は、第一審原告知花関係及び第2事件原告ら関係に共通なので以下、これらについて併せて検討する。

ア 改正特措法15条及び附則2項が憲法41条に違反するとの主張について

第一審原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項の規定は、一般性、抽象性を有しない点で憲法41条の定める「立法」に該当せず、同条に違反する旨主張するが、採用することができない。その理由は次のとおりである。

(ア) まず、同法15条1項は、<1>駐留軍の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又はこの法律の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について内閣総理大臣が同法5条の規定による認定をしたもの(認定土地等)について、<2>その使用期間の末日以前に収用委員会に対して裁決の申請等をした場合で、<3>当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときについて、防衛施設局長が損失の補償のための担保を提供した上で、当該使用期間の末日の翌日から、当該認定土地等についての明渡裁決において定められる明渡しの期限までの間、引き続き、当該土地を暫定使用できる旨を規定したものであって、上記<1>ないし<3>の要件に該当する場合について一般的抽象的に規定したものであることは、その文言上明らかであるから、同条項が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということはできない。この点に関し、第一審原告らは、在日米軍基地の現状からすれば、改正特措法15条1項が適用されるのは、現実には沖縄県のいわゆる未契約地主らの所有する土地に限定されることが明らかであって、今回のような、使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないという事態が生じる可能性は極めて低いから、結局、同法15条1項が適用されるのは第2事件原告らを含む平成9年5月15日以降の契約を拒否した約3000人の地主らに限られる、と主張する。しかしながら、現状では在日米軍基地が沖縄県に集中している結果、現時点において改正特措法15条1項の適用が問題となりうるのは沖縄県内に存在する土地に限られるとしても、そのことのみから直ちに、同条項が一般性を有しない個別的法律であるということはできないし、また、使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないという事態が将来にわたって生じる可能性がないということもできないから、この点に関する第一審原告らの主張は、採用することができない。

(イ) また、同法附則2項前段は、同法15条から17条までの規定について、<1>改正特措法の施行の日前において既に旧特措法5条の規定による認定があった土地について、<2>防衛施設局長がその使用期間の末日以前に裁決の申請等をしていた場合についてもこれらの規定が適用されると規定するが、これは、同法15条から17条までの規定を前提としてそれらの条項が上記<1>及び<2>の場合にも適用される旨定めたものに過ぎず、同法附則2項前段によって特定の個人又は団体のみに格別の負担ないし制約を課したものではないから、同法附則2項前段は、同法15条から17条までの規定と一体をなすものと解すべきであって、同法附則2項前段のみを取り出して、同項に該当するのが第一審原告らを含む約3000人に限られることを理由に、同項の規定が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということはできない。さらに、同法附則2項後段は、同項前段に該当する場合のうち、同法施行日において従前の使用期間が満了しているにかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等については、同法15条1項中「当該使用期間の末日以前」とあるのを「改正特措法の施行の目前」と、「当該使用期間の末日の翌日」とあるのを「当該担保を提供した日の翌日」とそれぞれ読み替える旨を定めた読替規定に過ぎず、同法附則2項後段によって特定の個人又は団体のみに格別の負担ないし制約を課したものではないから、同条項をもって、改正特措法が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということもできない。

イ 改正特措法15条及び同法附則2項が憲法29条に違反するとの主張について

(ア) 「公共のために用ひる」ものか否かについて

第一審原告らは、憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」といえるためには、収用委員会等の中立公正な機関によって事前に当該土地の提供が「適正かつ合理的」(改正特措法3条)であるか否かの判断がされることが必要であって、そのような判断を経ないで土地を暫定使用することが公共性の要件を満たす場合があるとしても、それは暫定使用につき緊急性が存在する場合に限られるところ、そのような緊急性は認められないから、同法15条1項及び同法附則2項は、憲法29条3項に定める公共性の要件を満たしておらず、同条項に違反する旨主張するが、採用することができない。その理由は次のとおりである。

日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めるところによれば、我が国は、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供すべき条約上の義務を負うものと解される。我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条2項)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らないのであって、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである(最高裁判所平成8年8月28日大法廷判決・民集50巻7号1952頁参照)。そして、改正特措法3条ないし5条(旧特措法3条ないし5条と同一である。)によれば、駐留軍の用に供するため土地等を使用しようとする場合には、防衛施設局長から内閣総理大臣に対して使用認定申請を行い、内閣総理大臣において、同法3条に規定する「その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるとき」の要件に該当するか否かを判断した上で、これに該当すると認めたときに使用認定を行うものと規定され、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かの判断は内閣総理大臣に委ねられている。これは、その使用認定に当たっては、我が国の安全と極東における国際の平和と安全の維持にかかわる国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、当該土地等を駐留軍の用に供することによってその所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべき政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要することも明らかであることから、その判断を専ら内閣総理大臣の政策的、技術的な裁量に委ねることとしたものであり、十分な合理性を有するものというべきである。そうすると、第一審原告らが主張するように、内閣総理大臣が駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断して使用認定をした土地等について、暫定使用権を発生させるために収用委員会等の第三者機関がさらにその提供が適正かつ合理的(改正特措法3条)であるか否かについて判断することが必要であると解することはできないし、また、そのような判断がない限り同法15条1項及び同法附則2項に基づく土地の暫定使用が憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」に該当しないとの第一審原告らの主張も採用することができない。

(イ) 「正当な補償」の下になされているか否かについて

第一審原告らは、憲法29条3項にいう「正当な補償」は事前になされる必要があると主張するが、採用することはできない。その理由は次のとおりである。

憲法29条3項は、「正当な補償」と規定しているのみであって、補償の時期については何ら言及していないから、補償が財産の供与に先立ち又はこれと交換的に同時に履行されるべきことについては、憲法の保障するところではないから(最高裁判所昭和24年7月13日大法廷判決・刑集3巻8号1286頁参照)、補償が財産の供与に先立って行われないからといって直ちに憲法29条3項に違反するということはできない。

改正特措法は、同法15条1項に基づいて土地を暫定使用するためにはあらかじめ損失の補償のための担保を提供する必要があること(15条1項)、損失の補償のための担保の提供は、自己の見積もった損失補償額を暫定使用期間の6月ごとにあらかじめ供託して行わなければならず、その見積額は当該土地等の暫定使用前直近の使用にかかる賃借料若しくは使用料又は補償金の6月分を下回ってはならないこと(15条2項)、土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができること(15条4項)をそれぞれ規定し、また、暫定使用によって当該土地等の所有者及び関係人が受ける損失については、土地収用法の定める規定に準じて補償しなければならず、この場合において、損失の補償は、暫定使用の時期の価格によって算定しなければならないと規定するとともに(16条1項)、収用委員会が認定土地等について明渡裁決をする場合において、明渡しの期限までの間に暫定使用の期間があるときは、当該明渡裁決において、併せて暫定使用による損失の補償を裁決しなければならないとし(16条2項)、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決により定められた権利取得の時期までにしなければならないと規定している(14条により準用される土地収用法95条1項、100条)。これらの規定からすると、改正特措法による補償は、当該土地等を暫定使用する時点において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出される使用価値相当額であると認められ、憲法29条3項の「正当な補償」ということができる。

ウ 改正特措法15条及び同法附則2項が憲法31条に違反するとの主張について

第一審原告らは、改正特措法15条及び同法附則2項は、土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障していない点、中立的で公正な機関によって判断されることが保障されていない点、行政手続内部において事後の不服申立手続が認められていない点において適正手続を欠き、憲法31条に反すると主張するが、いずれも採用することはできない。その理由は次のとおりである。

(ア) 憲法31条は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではなく、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量した結果、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることが必要と解すべき場合も存在しうるものというべきである(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。

しかしながら、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、何らかの行政処分その他これに類する手続によって相手方の権利ないし利益を制約しうることを定めたものではなく、同条項に規定する要件に該当する場合には暫定使用権が発生することを一般的に定めたものであって、同所定の要件を満たす場合には当然に暫定使用権が発生し、この要件を満たさない場合には暫定使用権が発生しないこととなるのであるから、この場合に行政庁による何らかの判断ないし行為が介入する余地はない。すなわち、暫定使用権の発生により不利益を受ける相手方が事前に告知、弁解、防御の機会を与えられたとしても、これによって同法15条1項及び同法附則2項の適用の有無ないしその効果が左右される余地は全くないのであるから、そもそも、事前に告知、弁解、防御の機会を与える必要があると解すべき前提を欠くものといわなければならない。

もっとも、第一審原告らの主張は、同法15条1項及び同法附則2項に規定する要件に該当する場合に当然に暫定使用権が発生するものとすること自体が憲法31条に違反するとの趣旨と解されなくはない。しかしながら、暫定使用権を発生させるか否かを収用委員会その他中立的な第三者機関に判断させるべきであるとの第一審原告らの主張は、後記(イ)のとおり、採用することができない。また、改正特措法15条1項及び同法附則2項が適用されるためには当該土地等につき内閣総理大臣により同法5条による認定がされていることが前提となっているから、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かについて既に内閣総理大臣による判断がされていること、内閣総理大臣による使用認定が効力を失ったときには、同法15条1項に基づく暫定使用権は当然に消滅するものとされていること(同法15条1項ただし書2号)、内閣総理大臣の同法5条による認定は、土地の所有者及び関係人の意見書を添付した上でなされた防衛施設局長から内閣総理大臣に対する認定申請によってなされるものとされ(同法4条)、この時点で所有者及び関係人には当該土地等を駐留軍の用に供することにつき意見を述べる機会が与えられていること、使用認定を行うに当たり内閣総理大臣がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法がある場合には、使用認定によって自己の権利ないし法的利益を侵害された者は、当該使用認定に対する取消訴訟を提起してその瑕疵の有無を争うことも可能であることなどに徴すれば、暫定使用権を発生させるか否かについて、改めて内閣総理大臣による判断を必要としていないとしても、土地等の所有者又は関係人の権利保護に欠けるということはできず、改正特措法が同法所定の一定の場合に暫定使用権を発生させるものとした規定が適正手続を保障した憲法31条の趣旨に反するということはできない。

(イ) 第一審原告らは、また、暫定使用権を発生させるか否かにつき中立的で公正な機関によって判断されないことをもって憲法31条に違反すると主張する。

しかしながら、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かについての判断は、国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべきものであって、極めて政治的、外交的、専門技術的な判断を要する事柄であることから、専ら内閣総理大臣の政策的、技術的な裁量に委ねることとされている(改正特措法5条)ことは、上記イの(ア)で説示したとおりである。したがって、収用委員会その他の第三者機関に上記のような政治的、外交的、専門技術的な判断を行わせることは予定されておらず、また、相当でないことも明らかであるから、この点についての第一審原告らの主張は、採用することができない。

(ウ) 第一審原告らは、さらに、事後の不服申立手続がないことが憲法31条に違反すると主張する。しかしながら、改正特措法15条1項及び同法附則2項に基づく暫定使用権は、同条項所定の要件が充足されたときには当然に発生する法定の使用権原であり、行政庁その他の機関の判断、処分によって発生するものではないから、不服申立の対象がそもそも存在しない(防衛施設局長のする供託行為は、暫定使用権発生要件の1つを充足するためにされる事実行為に過ぎず、その行為自体の効力として直ちに暫定使用権が発生するものではないから、これを不服申立の対象とすることもできない。)。同条項所定の要件が充たされていないとすれば、そもそも暫定使用権は発生しないのであるから、土地所有者としては、同条項に基づく暫定使用権が存在しないことを前提として土地明渡等を訴求することが可能であるし、いったん発生した暫定使用権がその後に消滅した場合(裁決の申請等について却下の裁決があったときや同法5条の規定による使用認定が効力を失ったとき等。同法15条1項ただし書き1号、2号)にも、これを主張して裁判所の判断を得ることが可能であるから、行政機関内部における不服申立手続が設けられていないことをもって憲法31条に違反するということはできない。

エ 改正特措法15条及び同法附則2項が法の不遡及原則に反し、憲法31条及び憲法39条に違反するとの主張について

(ア) 第一審原告らは、法律の不遡及も憲法31条により保障されていると主張するが、そもそも、憲法31条が法律の遡及適用を禁止したものと解することはできない。また、第一審原告らは、立法前に存在した事実(改正特措法施行前の防衛施設局長による使用裁決申請行為)を理由として私人の権利を剥奪ないし制限することは、法的安定性を阻害し、実質的に法律の不遡及原則に反するもので許されないと主張するけれども、私人の権利を制限する法律を立法する場合に、当該法律効果を発生させるための要件又はその適用範囲を立法の時点で既に存在する事実の有無にかからしめることが当然に法的安定性を阻害するとか、法の不遡及原則に反するということはできず、第一審原告らの上記主張は、理由がない。

(イ) 第一審原告らは、さらに、憲法39条が法律の遡及を禁止しているとも主張するが、憲法39条は、民事法規の不遡及まで保障するものではないし(最高裁判所昭和24年5月18日大法廷判決・民集3巻6号199頁参照)、そもそも、改正特措法15条及び同法附則2項に基づく暫定使用権は、改正特措法の施行後に担保を供託することによって将来的に発生するものであって、法律の遡及効を認めたものではない。第一審原告らは、旧特措法に基づく使用認定、裁決の申請等の申請の事実に対して改正特措法15条から17条までの規定を適用することが不遡及原則に反するかのようにも主張するが、旧特措法に基づいてされた使用認定、裁決の申請等が改正特措法下でも有効に存続していることを前提として、これらの事実の存在を改正特措法による暫定使用権発生の要件とすることは、何ら憲法に違反するものではなく、第一審原告らの上記主張は、独自の見解に基づくものであって、採用することができない。

オ 憲法95条違反の有無について

第一審原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項は事実上沖縄県だけに適用される法律であると主張するけれども、在日米軍施設の多くが沖縄県内に集中している現状の下においては同条項が実際上沖縄県内に存する在日米軍の施設及び区域の土地に適用されることが多いということはできても、将来沖縄県以外の地域に存する在日米軍の施設及び区域の土地に適用される可能性がないとはいえないから、同条項が沖縄県のみに適用される特別法であることを前提に憲法95条違反であるとする第一審原告らの主張は、その前提を欠き、採用することができない。

カ 以上に検討したとおり、改正特措法が憲法に違反するとの第一審原告らの主張は、いずれも理由がない。したがって、本件第1土地についての平成9年4月25日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日)から平成10年9月2日(使用裁決による権利取得日の前日)までの第一審被告による占有は、暫定使用権に基づく適法な占有であって、争点2について第一審原告知花の主張は理由がない。

(3)  争点3について

争点2についての判断のとおり、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、いずれも憲法に違反するものではないから、争点3についての第一審原告知花の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

(4)  争点4について

本件第1土地についての賃貸借契約が期間満了により終了した結果、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の第一審被告による本件第1土地の占有が権原なくされたものであったことは、第一審原告知花と第一審被告との間で争いがなく、本件第1土地の所有者である第一審原告知花が上記期間中に本件第1土地に立ち入ろうとしたのに対し、第一審被告が本件第1土地周辺にフェンスを設置し、施設職員及び機動隊員を配置して第一審原告知花による立入りを阻止したことは、前記1(1)に認定したとおりである。

第一審原告知花は、第一審被告による上記立入り妨害行為は第一審原告知花の正当な権利行使を妨害し、その人格権を侵害したものであるから、第一審被告は、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うと主張する。しかしながら、本件第1土地の賃貸借契約期間が満了して第一審被告がその占有権原を失ったとしても、第一審被告が本件第1土地を返還することなく現に占有を継続している以上、その占有が違法との評価を受けるものであったとしても、たといその所有者であっても、差し迫った必要性もないのに占有者の意に反して本件第1土地に立ち入ることは、いわゆる自力救済として法により認められる権利行使を逸脱するものというべきであるから、これに対し、占有者である第一審被告が第一審原告知花による立入りを阻止するために必要な限度で有形力を行使することは、国家賠償法上違法となるものではないというべきである(公権力の行使に関わることであるから、民法709条の問題は生じない。)。第一審原告知花は、平成8年4月1日、本件仮処分を申し立てたものであるが、その申立書<証拠略>及び疎明資料とされた第一審原告知花作成の陳述書<証拠略>によると、同人は本件仮処分を申し立てる準備を整えた上で、上記立入りをしようとしたものであることが推認されるところ、本件仮処分申立事件の帰趨を待つことなく本件第1土地への立入を行わなければならない差し迫った事情があったとの事実は証拠上認められない。他方、第一審被告は、本件第1土地周辺にフェンスを設置し、施設職員及び機動隊員を配置して第一審原告知花による立入りを阻止しているが、それらの行為が第一審原告知花による立入を阻止するために必要な限度を逸脱して違法であるということはできず、他に、第一審被告が立入り阻止のために国家賠償法上違法と評価すべき行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点4についての第一審原告知花の主張は採用することができず、第一審被告の上記立入阻止行為を理由とする損害賠償の請求は、争点7について判断するまでもなく、理由がない。

(5)  争点5について

以上のとおり、第一審被告による平成8年4月1日(従前の賃貸借契約による使用期間終了日の翌日)から平成9年4月24日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日の前日)までの本件第1土地の占有は、国家賠償法上違法であって、第一審被告は、同法1条1項に基づき、上記期間中の占有により第一審原告知花に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。

ア 賃料相当損害金について

<証拠略>によれば、上記期間中の賃料相当損害額としては、47万9671円が相当であると認められる。

イ 慰謝料について

第一審原告知花は、第一審被告の違法行為によって財産的損害の賠償のみでは回復しきれない精神的苦痛を被ったと主張するけれども、第一審被告が上記期間中無権原で本件第1土地の占有使用を継続したことによって第一審原告知花の思想、信条の自由が侵害されたと認めることも法的保護の対象となる「期待権」が侵害されたと認めることもできない。また、第一審原告知花は、改正特措法を成立させて暫定使用権を発生させたり、第一審原告知花による立入りを実力で阻止したことなどの第一審被告の一連の行為の態様をも勘案すべきであると主張するけれども、上記のとおり、改正特措法を成立させたこと及び第一審原告知花による立入りを実力で阻止したことは、いずれも違法と評価することができないものであるから、これらの事実を慰謝料請求の根拠とすることは、その前提を欠く。そして、第一審原告知花の思想・信条、人生観等及びこれらに基づく活動歴、その他第一審原告知花が主張する諸事情を勘案しても、また、本件において取り調べた一切の証拠を総合考慮しても、第一審被告が上記期間中本件第1土地を占有したことにより、第一審原告知花に財産的損害の賠償によっては回復しきれない精神的損害が生じたと認めることはできない。

したがって、慰謝料についての第一審原告知花の主張は、理由がない。

ウ 本件仮処分申立て関連費用等について

第一審原告知花は、本件仮処分の申立てに関連して支出した弁護士費用、内容証明郵便料金及び鑑定意見書作成費用も第一審被告の違法行為により被った損害であると主張するが、そもそも仮処分は、本案についての権利関係を疎明に基づいて暫定的に定めるものにすぎず、終局的な権利関係は本案訴訟において最終的に確定させることが予定されており、その意味で実体上の権利を実現するために必須の手続であるとは言い難く、本件において、本件仮処分を申し立てなければ第一審原告知花の権利の実現が不可能ないし著しく困難になったとは認められないから、上記弁護士費用及び鑑定意見書作成費用は、第一審被告の無権原占有と相当因果関係のある損害とはいえず、内容証明郵便料金についても、第一審原告知花の権利を実現させるに当然必要とされるものとはいえないから、相当因果関係のある損害とはいえない。また、本件訴訟の弁護士費用については、後に述べるとおり、第一審原告知花の第一審被告に対する上記アの損害賠償請求権は既に消滅しており、第一審原告知花の本訴請求は、結局いずれも理由がないものとして棄却すべきであるから、本件訴訟の弁護士費用が第一審被告による本件第1土地の使用権原なき占有と相当因果関係を有すると認めることはできない。

(6)  争点6について

改正特措法附則3項によれば、防衛施設局長は、同法附則2項後段の土地等(改正特措法施行日において従前の使用期間が満了しているにもかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等)の暫定使用を開始した場合においては、その従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した日の前日までの間の当該土地等の使用によってその所有者が通常受ける損失を補償するものと規定する。同項の規定の趣旨は、同法附則2項後段の土地等について暫定使用が開始された場合、当該土地等の所有者は、暫定使用が開始された日以降の通常受ける損失については、同法16条1項、同法附則2項後段により補償の対象となるのに対し、従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した日の前日までの間の使用については、文言上同法16条1項、同法附則2項後段による補償の対象に含まれないこととなるが、この間についても、同様に、当該土地等の使用によってその所有者が通常受ける損失を補償するのが相当であると考えられることから、特に法律によって当該土地等の所有者が第一審被告に対する損失補償請求権を有することを定めたものと解するのが相当である。すなわち、同法附則3項に基づく損失補償請求権は、同項に規定する要件が充足された場合に、当該土地等の使用が国家賠償法上違法であるか否かにかかわらず、改正特措法附則3項によって認められた請求権であり、防衛施設局長による当該土地等の使用が国家賠償法上違法であって当該土地等の所有者が同法1条1項に基づく損害賠償請求権を有する場合には、これと改正特措法附則3項に基づく損失補償請求権と併存するものと解するのが相当である。そして、同項に基づく損失補償請求権は、上記のとおり、従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した日の前日までの間、那覇防衛施設局長が当該土地等の使用を継続した結果、当該土地等の所有者が通常その使用収益を妨げられたことにより通常受ける損失を補償することを目的とするものであって、当該土地等の使用が国家賠償法上違法である場合にその所有者が通常受ける損害を賠償することを目的とする損害賠償請求権と、その当事者、基礎となる原因関係、目的において同一であるから、両請求権は、相互に補完し合う関係にあって、一方が消滅すれば他方もその目的を達して消滅するものというべきである。

これを本件についてみるに、<証拠略>によれば、那覇防衛施設局長は、改正特措法附則3項に基づき、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の本件第1土地の使用によって第一審原告知花が通常受ける損失を補償するため、同法附則4項の規定に基づき、上記期間の損失補償金を見積もった上、第一審原告知花との間で協議しようとしたが、協議が調わなかったため、平成9年10月23日、沖縄県収用委員会に対し、同法附則5項及び土地収用法94条2項の規定に基づき改正特措法附則3項の規定による損失の補償に関する裁決を申請したこと、同委員会は、平成10年5月19日、上記期間中の損失補償額を47万9671円、損失補償をすべき時期を同年7月3日とする旨の裁決をしたこと、那覇防衛施設局長は、上記裁決にかかる補償金を払い渡すため、同年6月19日、第一審原告知花に対し、同人の住所において、同補償金につき現実の提供をしたが、同人はその受領を拒否したこと、そこで、那覇防衛施設局長は、同月22日、那覇地方法務局沖縄支局供託官に対し、上記補償金47万9671円を供託したことの各事実を認めることができる。これらの事実によれば、第一審原告知花の第一審被告(那覇防衛施設局長)に対する改正特措法附則第3項に基づく損失補償請求権は、第一審原告知花の受領拒絶を原因とする上記供託により消滅したものであって、これに伴い、第一審原告知花の第一審被告に対する上記期間中の本件第1土地の使用を理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権もまた、その目的を達して消滅したものというべきである。争点6についての第一審被告の主張は、理由がある。

この点に関し、第一審原告知花は、改正特措法附則3項が、第一審被告による占有使用の適法・違法を問わずに損失補償することを認め、これによって被害者の加害者に対する損害賠償請求権が消滅すると解するとすれば、不法行為の被害者が加害者の責任を明確にし、加害者を法的に非難することのできる権利ないし法的利益を侵害するものであって、基本的人権を保障した憲法に違反する、と主張する。しかしながら、不法行為の被害者が加害者を法的に非難することのできる権利ないし利益が憲法によって保証された基本的人権の一内容であると解することはできないから、第一審原告知花の上記主張は、その前提を欠き、採用することができない。

3  第2事件原告ら関係の争点について

争点2に対する判断において説示したとおり(上記2(2))、改正特措法15条、同法附則2項が憲法に違反して無効であるとの第2事件原告らの主張は、いずれも採用することができないから、争点8に関する第2事件原告らの主張は採用することができず、争点9に関する第2事件原告らの主張は、前提を欠く。したがって、第2事件原告らの本訴請求は、争点10につき判断するまでもなく、理由がない。

4  以上の認定及び判断の結果によれば、第一審原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決中、第一審原告知花の請求のうち、本件第1土地につき平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の賃料相当損害金の請求を認容した部分は不当であるから、第一審被告の本件控訴に基づきこれを取り消した上、上記取消部分につき第一審原告知花の請求を棄却することとし、原判決中、当裁判所の上記判断と同旨のその余の部分は相当であって、第一審原告らの本件控訴は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉等 松下潔 増森珠美)

別紙 当事者目録<略>

物件目録

1 沖縄県中頭郡読谷村字波平前原567番

宅地 236.37平方メートル

2 沖縄県沖縄市字森根伊森原272番

宅地 498.66平方メートル

(登記簿上の地積 489.25平方メートル)

3 沖縄県沖縄市字森根石根原359番

山林 1223.89平方メートル

(登記簿上の地積 1203平方メートル)

4 沖縄県沖縄市字森根石根原361番2

畑 4633.22平方メートル

(登記簿上の地積 4633平方メートル)

5 沖縄県沖縄市字森根石根原362番

宅地 1212.62平方メートル

(登記簿上の地積 1186.77平方メートル)

6 沖縄県沖縄市字森根石根原385番

山林 1059.47平方メートル

(登記簿上の地積 1041平方メートル)

7 沖縄県中頭郡嘉手納町字東野理原351番

畑 141.99平方メートル

(登記簿上の地積 138平方メートル)

8 沖縄県宜野湾市字大山勢頭原2500番

畑 2507.90平方メートル

(登記簿上の地積 2439平方メートル)

9 沖縄県宜野湾市字宜野湾馬場下原993番

畑 1326.41平方メートル

(登記簿上の地積 1292平方メートル)

10 沖縄県沖縄市字知花曲茶原2291番

原野 1473.03平方メートル

(登記簿上の地積 1398平方メートル)

11 沖縄県浦添市字城間嵩下1112番

畑 387.83平方メートル

(登記簿上の地積 386平方メートル)

(別紙) 第2事件原告らの賃料相当損害金

1 第一審原告有銘について

313万5971円+(82万5282円×359日/365日)=394万7686円

2 第一審原告眞栄城について

5112万2967円+(1345万3840円×359日/365日)=6435万5647円

3 第一審原告池原について

2万5881円+(6811円×359日/365日)=3万2580円

4 第一審原告大城について

2万5881円+(6811円×359日/365日)=3万2580円

5 第一審原告宮城について

4213万5992円+X=4865万6784円

X=(2万3839円×359日/365日+722万4362円×213日/365日+390万9588円×213日/365日)

6 第一審原告島袋について

870万8694円+(228万8742円×213日/365日)=1004万4316円

7 第一審原告津波について

311万7376円+(83万2283円×213日/365日)=360万3064円

暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分) <省略>

暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分) <省略>

暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分) (単位:円)

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